2. 人材育成・工学教育
2.1 人材育成・工学教育の動向
2.1.1 最近の動向
本年5月8日から,新型コロナの扱いが2類相当感染症から5類感染症に引き下げられ,ポストコロナ社会に完全移行した.新型コロナの影響は様々な所に残っているが,オンライン会議システムの普及により,対面とオンラインを併用したハイブリッド会議,在宅勤務,遠隔勤務,オンライン授業・セミナーなどが当たり前となり,働き方が大きく変わったことが最大の変化ではないかと思われる.最近,このような働き方の変化に呼応する形で,人材育成や教育について目指すべき将来の方向性が示されるようになっているので,ここでは,文部科学省・中央教育審議会,経済産業省から出された答申や提言の中から,人材育成に関係する部分を紹介する.
(1)中央教育審議会
中央教育審議会では,2018年11月に「2040 年に向けた高等教育のグランドデザイン」(1)を答申し,将来の多様で柔軟な教育体制の構築,大学教育の質保証の見直しなどが提言された.残念ながら,この答申にはあまり具体的な対策が明記されていないため,大学として直接対応することが難しいと思われる.また,新型コロナ前に出されたこの答申以降,高等教育に関する重要な答申は行われていないため,現在,大学の教育改革は一服状態にある.新型コロナへの対応のため,教育改革どころではなかったというのが実情かもしれませんが,,,
しかし,2018年のグランドデザイン答申の最後に,今後の検討課題として,以下のような項目が挙げられている.
- リカレント教育
- 留学生交流の推進
- 学位等の国際的通用性の確保
- 高等教育機関の国際展開
- 学位プログラムを中心とした大学制度
- 多様なバックグラウンドの教員の採用と質保証
- 大学間の連携による教育プログラムの多様化
- 情報通信技術(ICT)を活用した教育
- 教育の質保証システムの確立(設置基準における解釈の明確化,設置計画履行状況等調査や認証評価の結果を踏まえた厳格な対応についての必要な見直し等)
今後,これらの検討項目に関連して追加の答申が出されるものと予想される.逆に考えると,ポストコロナ社会に対応して,このような項目を積極的に検討し,大学教育を改革することが今後求められていくと言える.
(2)経済産業省
経済産業省の未来人材会議は,2022年5月に,雇用や人材育成から教育に至る広範な政策課題について一体的に議論し,未来を支える人材を育成・確保するための大きな方向性と今後取り組むべき具体策を「未来人材ビジョン」(2)として公表した.
未来人材ビジョンでは,これからの時代に必要となる具体的な能力やスキルを明示し,今働いている人,これから働き手になる学生,教育機関等に,それぞれが変わっていくべき方向性を明確にすべきという問題意識から検討が進められた.
様々なアンケート結果等のデータ分析を通じ,現状と未来の方向性を推定(予想?)しており,以下のような知見を導き出している(一部抜粋).
- 「問題発見力」や「的確な予測」等が求められるエンジニアのような職種の需要が増える一方,事務・販売従事者といった職種に対する需要は減る.
- 日本型雇用システムはこれからの時代に合わせて変わっていくべき.
- 企業における人的資本経営という変革を通じ,日本社会がより一層キャリアや人生設計の複線化が当然で,多様な人材がそれぞれの持ち場で活躍でき,失敗してもまたやり直せる社会へと転換していくべき.
- これからの採用では,新卒一括採用が相対化されていく.何を深く学び,体得してきたのかが問われ,多様で複線化された採用の「入口」になるはずである.このため,学生の就業観が早期に培われるインターンシップの重要性が増す.
- 好きなことにのめり込んで豊かな発想や専門性を身に付け,多様な他者と協働しながら新たな価値やビジョンを創造し,社会課題や生活課題に新しい解を生み出せる人材が自然に育つ教育が必要である.
- 情報化社会では、教育を「知識」の習得と「探究力」の鍛錬という2つの機能に分け,レイヤー構造として捉え直すべきである.
最終的な結論として,未来を支える人材を育成・確保するためには,雇用・労働から教育まで社会システム全体の見直しが必要であり,これから向かうべき2つの方向性として,以下の雇用と教育の転換を掲げている.
①旧来の日本型雇用システムからの転換
②好きなことに夢中になれる教育への転換
未来人材ビジョンは,現状分析から未来(2050年)のあるべき姿を推定しており,非常に興味深い内容にまとまっている.近い将来の人材育成の既定路線になる可能性が感じられるので,人材育成に携わる方には是非ご一読いただくことを勧める.
なお,日本経済団体連合会(経団連)は,2022年10月に,“「次期教育振興基本計画」策定に向けた提言-主体的な学びを通じ、未来を切り拓くことができる多様な人材の育成に向けて-”という提言(3)を公表している.このように,人材育成に関しては,現在,様々な立場の組織・団体が情報発信しており,人材育成に関係する,あるいは興味のある方々は,広く情報を収集して,今後の動向に注視する必要があるように思われる.
2.1.2 工学系高等教育機関での学生の動向(4)(5)
大学数は807校(公立+3校,私立+1校)となった.前年と比較して4校増加し,定員割れになっている大学が増加しているにもかかわらず,大学数の微増傾向が続いている.
大学生数は2,931千人となり,前年より13千人増加し,過去最多となった.学生数の内訳は,学部が2,632千人,大学院が262千人で,学部が7千人増,大学院は5千人増であった.学部の学生数は,大学学部への進学率が56.6%(1.7%増)に達して過去最高となったため,少子化にもかかわらず過去最多の更新が続いている.
学部学生のうち,機械工学科に所属する学生数は59千人で,全体の2.2%であった。
学部の女子学生数は1,201千人で,昨年度より4千人増加し,昨年度に続いて過去最多となった.女子学生が占める割合は,学部が45.6%(増減なし),大学院が32.7%(0.1%増)となり,過去最多を維持している.
大学院の学生数のうち,修士課程は166千人で4千人増,博士課程は75千人で増減はなかった.また,大学院の学生数のうち,機械工学関係を専攻する学生は8千人で,全体の4.7%(0.2%減)を占めていた.
大学の本務教員数は191千人で,昨年度に比べて増減はなかった.このうち女性教員の割合は51千人で1千人増となっており,全体の26.7%(0.3%増)を占めていた.教員数が減少する中で,毎年1千人程度の女性教員数の増加が続いている.なお,女性管理職の割合は14.6%となり,0.3%増加して過去最高となった.
大学生の学部卒業後の進路調査によれば,学部卒業者のうち,大学院への進学者は73千人で4千人増,就職者は440千人で7千人増であった.進学率は12.4%で前年に比べて0.6%増,就職率は74.5%で0.3%増であった.なお,就職者のうち,製造業,情報通信業,建設業へ就職した学生数はそれぞれ44千人(1千人増),50千人(3千人増),23千人(増減なし)であった.
大学院修士課程(博士前期課程を含む)修了者の博士課程への進学者は7.1千人(増減なし),就職者は55千人(増減なし)であった.進学率は9.9%で前年より0.2%減,就職率は76.1%で0.3%増であった.なお,就職者のうち,製造業,情報通信業,建設業へ就職した学生数はそれぞれ22千人,8千人,3千人であった.
大学院博士課程(後期課程を含む)修了者は16千人(増減なし)であり,そのうち就職者は11千人(増減なし),就職率が69.3%で前年より0.9%増加した.就職先産業としては,学術研究等,製造業に就職した学生が多く,それぞれ1.3千人,1.5千人であった.
学部,修士,博士の就職率は概ね2022年度と同様であり,新型コロナウィルス感染症による経済活動への悪影響が続いているものと考えられる.
2.1.3 日本機械学会の活動
「人材育成・活躍支援委員会」は2019年度に発足し(6),小中学生からシニアに至るすべての階層の人材を対象に,日本機械学会における人材育成および人材の活躍支援に関する様々な施策の検討・策定および実施を担っている.なお,2020年度より,人材育成が学会横断テーマのひとつに設定されており, 本委員会の活動の一環として合わせて取り組んでいる.2022年度は,12名の委員および1名のオブザーバにより活動し,様々な施策について検討を行った上で,以下のような取組を実施した(7).
(1)小中高校生向け企画
小中学生の理科・もの作り離れを防ぐため,またジュニア会友へのサービス向上の一環として,年間を通して「もの作り」に触れる機会を提供すべく,関東支部シニア会のご協力のもと、「エンジニア塾」を2021年から開催している.2022年度のエンジニア塾では,2022年4月に募集を開始し,2022年6月から2023年2月にわたって,もの作り・こと作りの体験,大学祭・工場等の見学などを企画・実施した.参加者は10名であった.なお,エンジニア塾の詳細は,エンジニア塾を主宰されている中山良一先生(元工学院大学)の記事(8)が学会誌2022年12月号に掲載されているのでご覧いただきたい.
(2)年次大会での啓発活動
年次大会において人材育成・活躍支援に関するワークショップを毎年実施しており,学会員に対する啓発活動に取り組んでいる.2022年度の年次大会(富山大学)では,「DX時代に求められる機械技術者像」と題して,4件の講演および総合討論を対面とオンラインを併用したハイブリッド形式で実施した.2023年度の年次大会(東京都立大学)では,「持続可能な社会を支える機械技術者の教育」をテーマとして同様のワークショップを実施する予定である.
(3)日本技術士会との共催行事
2022年度は,日本技術士会との共催により,人材育成に関する新たなセミナーを開催した.セミナーのテーマは「ジョブ型社会における働き方~機械系技術者のキャリア形成~」であり,10月15日(土)に日本大学理工学部駿河台キャンパスにおいてハイブリッド開催された.ジョブ型(ジョブディスクリプション型)雇用への転換を図る企業が拡大するなど,技術者の働き方が大きく変わっていくことが予想されている現状を踏まえ、技術者としてのコンピテンシー,IPD,各種スキルなどの向上,およびその継続研鑽(CPD)が一層重要になると考えられている.本セミナーでは,「ジョブ型社会における働き方」をテーマに,ジョブ型社会と機械工学分野における技術者資格を中心に,機械技術者のキャリア形成について活発な議論が行われた.2023年度も,同様のセミナーの共催を企画しているので,興味のある読者は本会ホームページの開催案内を参照していただきたい.
(4)技術相談窓口の開設
部門・支部・シニア会にご協力いただくことにより,利用しやすい技術相談制度を2020年度に整備した.現在,本会会員や非会員の方々から様々な技術相談が寄せられるようになっており,シニア会員の中からアドバイザーとして適任な方を見つけて相談者に紹介している.相談の申し込み等については,本会ホームページ(URL:https:// www.jsme.or.jp/human-resources-support/consultation)を参照していただきたい.なお,非会員の方には本会に入会してもらえるよう制度設計を再検討する予定である.
(5)講習会のパッケージ化
機械技術者あるいは特別員が利用しやすい教育システムを構築すべく,部門・支部のご協力のもと,講習会・セミナーをレベルやテーマで分類してまとめたリストをホームページに掲載した.現時点では,4力学,設計技術,生産技術,e-learningから成る「対象レベル別、分野別 講習会リスト(基礎編)」,および計算力学,計測技術,設計技術,生産技術から成る「対象レベル別、分野別 講習会リスト(応用編)」に講習会・セミナーを分類したリストとなっている.詳細は,本会ホームページ「イベント・事業」の中の「対象レベル別、分野別 講習会リスト(URL:https://www. jsme.or.jp/event_project/basic/)」などを参照していただきたい.なお,現状,講習会情報の更新がタイムリーに行われていないため,データの収集と公開のプロセスを明確化するよう検討する予定である.
(6)出前講習会の開催
講師を企業に派遣し,企業内で講習会を実施する「出前講習会」を開催して欲しいとの要望が,多くの特別員企業から上がっていた.この要望に応えるため,特別員企業に社内での開催を希望する講習会の内容や期間などをアンケート調査し,講師として適任の会員を特別員企業に紹介する出前講習会制度を2022年度から開始した.本原稿を執筆している時点で,ある特別員企業での出前講習会が実現している.
(7)インターンシップの学会枠設置
インターンシップが単なる会社説明会になってしまっている現状を改善し,長期インターンシップの活性化とともに,学生員・特別員のメリットを向上するため,インターンシップ希望の優秀な学生員を特別員企業に本会が紹介する制度を2022年度に創設し,2022年度冬期から,特別員企業からインターンシップ情報の収集,およびインターンシップを希望する優秀な学生(学会賞等の受賞者)への紹介を開始した.2023年度は夏期のインターンシップも紹介対象とし,年間を通じてインターンシップを紹介する体制を整えて行く予定である.
最後に,本委員会では今後も様々な人材育成事業を進めて行く予定であり,会員の皆様には人材育成・活躍支援委員会が実施する各種事業への一層のご支援・ご協力をお願いする次第である.
〔山本 誠 東京理科大学〕
2.2 技術者教育プログラム認定の動向
2.2.1 ISO18436準拠機械状態監視診断技術者の認証
我が国の産業界は,競争力維持,強化のため,機械設備の安定安全操業が不可欠な環境にある.本会では,その一助として,2004年よりISO18436-2に準拠した機械状態監視診断技術者(振動)を,また,2009年からは日本トライボロジー学会と協力して,ISO18436-4に準拠した機械状態監視診断技術者(トライボロジー)の資格認証事業を実施している.以下に,両診断技術者の2022年度の資格認証試験の概要と現況のトピックスを示す.
(1)ISO18436-2に準拠した機械状態監視診断技術者(振動)
第1回試験を6月25日(カテゴリIVの記述,面接試験は7月16日)に,第2回試験は11月19日に実施した.合格者数(合格率,受験者数)は,カテゴリI/II/III/IVでそれぞれ,25名(93%,27名)/197名(88%,224名)/36名(72%,50名)/2名(50%,4名)であった.2022年度末での合格者数総数は,6,024名となった.
(2)ISO18436-4に準拠した機械状態監視診断技術者(トライボロジー)
第1回試験(カテゴリI/II)を12月3日(カテゴリIIIの面接試験は12月17日)に実施した.合格者数(合格率,受験者数)は,カテゴリI/II/IIIでそれぞれ,32名(100%,32名)/12名(75%,16名)/2名(29%,7名)であった.2022年度末での合格者数総数は,1,471名となった.
(3)その他の活動
機械状態監視診断技術者(振動)については,年1回,コミュニティを開催し,資格認証者間での情報交換,共有を推進している.2022年度のミーティングはオンラインで開催した.2023年度は10月にハイブリッドで開催予定である.コミュニティに関する情報は,本会のホームページhttps://www.jsme.or.jp/conference/joutai/を参照されたい.本ホームページには機械状態監視診断技術者の認定試験の詳細についても記載されている.
海外での実情を把握し,国内における認証事業を推進するため,コロナの影響で止まっていた韓国KSNVE,米国VIとの定期会合を今後再開予定である.当該資格認証事業が,機械技術者,機械状態監視診断技術者の技術レベルおよび社会的地位の向上に貢献できるよう,更に事業推進していく.
〔藤原 浩幸 防衛大学校〕
2.2.2 計算力学技術者認定
機械設計プロセスにおける計算力学(CAE)の急速な普及とともに,産業界においては計算力学技術者の品質保証が重要な課題となっている.本会では,CAEに携わる技術者の能力レベルを認定・保証するために,2003年度から計算力学技術者認定試験を実施している.2022年度も,本会関連部門・支部の協力,国内53学協会の協賛,日本機械工業連合会,日本産業機械工業会,日本電機工業会の後援を得て,固体力学,熱流体力学及び振動分野の上級アナリスト試験を9月17日(土)・25日(日)に,1・2級認定試験を12月2日(金)・8日(木)・9日(金)に実施した.,40都道府県において1600名を超えるCAE技術者が試験に臨んだ.合格者数および合格率は,固体力学分野が上級アナリスト:7名(63.6%),1級:103名(69.6%),2級:247名(37.9%),熱流体力学分野が上級アナリスト:8名(100.0%),1級:67名(50.4%),2級:198名(70.0%),振動分野が上級アナリスト:2名(50.0%),1級:32名(47.1%),2級:101名(70.1%)であった.また,書類審査による初級認定者は,固体分野が50名,熱流体分野が28名,振動分野が5名であった.認定試験開始以来,順調に合格者を輩出されており,累計で11,685名という多くの認定CAE技術者が誕生している.
また,2014年度から開始した非営利組織NAFEMS(The National Agency for Finite Element Methods and Standards)におけるPSE (Professional Simulation Engineer)資格と上級アナリスト資格との国際相互認証の協定に基づき,熱流体分野上級アナリスト1名がNAFEMSのPSEとして新たに認定された.
計算力学技術者の認定試験の詳細や合格者のリストなどについては,https://www.jsme.or.jp/cee/ をご覧いただきたい.
〔店橋 護 東京工業大学〕