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機械工学年鑑2022

26. 医工学テクノロジー

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26.1 はじめに

医工学テクノロジー推進会議(以下,本会議)は,「(機械工学の)部門横断型とし,1)医療健康産業におけるニーズの把握に務めると共に,2)学問としてのポテンシャルをテクノロジーとして一層の推進をはかる」1ことを活動の基盤としており,工学分野と医療分野の共創による新たな臨床的価値を有する医療機器の創生を目指している日本医工ものづくりコモンズ2(以下,コモンズ:理事 谷下一夫 慶応大学名誉教授)の窓口として,その設立とほぼ同時期に設置された.上記の目的1),2)を推進するためには,医療側のニーズと機械工学のシーズのマッチングを行うことが極めて重要である.その様な機会はかつては希少であったが,近年,特に医療側から積極的に技術シーズを求める催しが増えつつある.ニーズを把握してこその技術開発であるので,これらの機会が価値観の共有や共創の場となることを期待したい.この様なマッチングを目的とした催しの案内の一部は,機械学会会員であれば,医工学テクノロジー推進会議に部門登録することで,日本医工ものづくりコモンズよりインフォメーションメールとして配信をうけることができる.

本会議の活動は,2020年度より始まった学会横断テーマの一つである,「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」~少子高齢化社会の課題を解決する新しい機械工学の創成~の一角を支えることも活動の一環である.2021年の年次大会では一般公開イベントが企画され,介護福祉,医療と音声言語学,先端医療ロボットをテーマとしてそれぞれ講演があった.介護福祉に携わる講演者からは,臨床看護の現場で必要となる様々な介護・検査行為を補う機器の開発の重要性や,福祉機器のニーズと技術シーズのマッチングを上手に進める方法について紹介があった.また,医療と音声言語学の講演では,発声や咽喉周りの機構に基づく物理現象を解明することで,リハビリテーションにつながる技術を開発した例を,さらに,先端医療ロボットに関する講演では,介護と看護医療を目指したスマートロボットの開発や産業用ロボットの技術を適用した国産初の手術ロボットの開発と概要について紹介があった.この様な医療・看護・介護側のニーズと機械技術のシーズを聞きあう機会が増えることで,有意義な研究・開発が進むものと思われる.

以下,本年鑑では,上記の様な共創の場の提供を鋭意行っている日本医工ものづくりコモンズの現状を,コモンズ理事長の谷下一夫氏よりご紹介いただいた.また, 2021年の年次大会で本会議が主催したワークショップ「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」および,OS「医療福祉機器に関する研究の動向」について,それぞれの開催をご担当頂いた岩﨑清隆氏,藤井文武氏より解説を頂いた.尚,本会議は2021年度が設置期間の最終年度であったが,2023年度までの延長が認められている.

〔白樫 了 東京大学〕

参考文献
(1) 日本機械学会 医工学テクノロジー専門会議, https://www.jsme.or.jp/bme/index.html

(2)日本医工ものつくりコモンズ,  https://www.jsme.or.jp/bme/doc/commons.html

(3) 日本医工ものつくりコモンズ,  https://www.ikou-commons.com/

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26.2 ものづくりコモンズ

26.2.1 概況

2021年度も,コロナ禍のために,オンラインでの開催が中心であった.本来,医療者とものづくり工学者が連携するためには,対面による対話が重要であるが,やむを得ない状況であった.2021年度では,海外医療機器の最新動向勉強会,コモンズシンポジウム,コモンズプレミアムセミナー,WEBセミナー・WEBインタビュー,臨床医学の学会での医工連携出会いの広場などの集会事業の開催,出版事業として,コモンズ会誌と論文集(医工連携と産業)を発刊した.集会事業に関しては,オンラインでの開催にも関わらず,医工連携に関心の高い参加者が多く,いずれも盛況なイベントになった.本稿では,それらの中から,いくつかご紹介したい.

26.2.2 海外医療機器の最新動向勉強会

この勉強会は,国際医療研究センターと正式に提携して交流しているイベントの一つである.海外医療機器の開発動向に関する文献は,不思議な事に唯一岡山の医療機器商社のオルバヘルスケアホールディングス株式会社が発刊しているMedical Globeだけである.同社のご厚意により,この雑誌をテキストにして,紹介されている記事から,センターの医師の先生が勉強会で討論するテーマを選択し,選択された記事に関して,特許庁の方から知財に関するコメントと,関連する診療科の医師の先生から,ユーザビリティに関するコメントを頂くという勉強会である.毎回3~4件の課題を取り上げるが,現役バリバリの医師からは,しばしば工学側の予想とは反対のコメントをされる事がある.即ち,工学技術としては優れているが,医療現場では使われないという課題が結構存在しているという事で,これをテクノロジープッシュと言われる.この点が,医工連携の難しさであり,同時に重要な点である.医師の先生のコメントをズバリ聞ける勉強会は,他に例が見られなく,この会は毎回好評で,ものづくり工学者,医療企業に加えて,官界(経産省,厚労省,AMEDなど)の方々が参加されている.アカデミアでは,都内の大学の機械工学科の先生方も頻繁に参加されている.

26.2.3 コモンズシンポジウム

2021年度では,日本コンピュータ外科学会大会における特別シンポジウム「大学発ベンチャーの飛躍」を開催した.ここでは,工学の研究者と臨床の医師が大学発ベンチャーを立ち上げて,ユーザビリティの高い機器の開発事例を紹介して頂いた.最近では,臨床の医師の先生が,起業する例が目立ち始め,臨床現場のニーズが十分に配慮された機器の開発を実現されているという点で,興味深く思われる.さらに,同学会の展示会において,メディカロイド社とリバーフィールド社の手術ロボットが展示されており,筆者も操作させて頂いたが,両者とも操作性抜群のロボットで,いよいよ日本のものづくり技術の底力を見せて来たと実感した.もう一つのシンポジウムでは,電気通信大学の脳・医工学研究センターでの成果を紹介して頂いた.同センターでは,他大学の医学部,医療機関,企業との連携を円滑に実施しており,アカデミア主導の医工連携の優れた事例と思われた.

26.2.4 出版事業

これまでの課題であった会誌と論文集の発刊を達成した.会誌は,会員同士の情報共有に加えて,コモンズの医工連携活動を広く知って頂くために発刊し,これからは毎年1回の発刊を予定している.コモンズが発刊した論文集「医工連携と産業」では,学術的な価値のみならず,医療機器の開発の段階で得られる有用性や安全性のデータを論文として残して頂き,医療機器開発に関する実学的な情報発信をも目的とする論文集とした.従って,論文執筆の経験の無い或いは少ない方(ものづくり企業やクリニックの医療者の方など)も投稿出来るように,論文執筆方法を査読者から教授できるように配慮している.学術論文としてのレベルを低くして,投稿しやすくするわけではなく,臨床治験データや製品レビューなども含めるという広範囲な原稿を受け付ける事とした.既に査読が完了している投稿原稿もあり,論文集発刊の準備が進められている.

〔谷下 一夫 日本医工ものづくりコモンズ)

26.3 医療福祉機器に関する研究の動向

医工学テクノロジー推進会議の設置趣旨に鑑み,機械工学の各分野で日々取り組まれている研究の成果を医療福祉の現場で活用可能な技術として還元するために必要となる分野横断的な議論を促進する目的で,年次大会においてOS 「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」が開催されてきた.2021年度の年次大会においても,前年と同程度の15件の発表を集め,盛会にセッションが行われた.

各研究で取り扱われている課題は,ガイドワイヤー・カテーテルの透視像からの立体形状復元(1),ガイドワイヤー・カテーテルを用いた治療における術者の手技支援(2),送液・混合等の液体ハンドリングのためのマイクロ流体デバイスの開発(3),子宮頸部細胞採取ブラシの開発(9),高粘度低流量域の小型ポンプの性能向上(4),数値計算技術を活用した病理学課題へのアプローチ(5),腫瘍運動の現象論的モデリング(6),耳疾患診断への機械学習技法の応用(7),治療用デバイスの生体内挙動に関する物理的検討(8)(11),薬剤吸入の改善を図るマウスピースの試作(10),超音波モータの医工学応用を見据えた制御技術開発(12),光干渉断層画像法を用いた生体計測(13)(14),皮膚脆化のメカニズム解明を視野に置いた数値解析(15)と多岐にわたっており,検査,診断,治療の各フェーズを対象とする取り組みがなされていることに加え,多くの診療領域がカバーされていることがわかる.

医学における「検査」「診断」「治療」は,観察されている現象の原因を物理的視点から追跡し(検査),対象の現状を客観的に把握するとともに望ましい変化をもたらすための手法をその因果を踏まえて考え(診断),そしてその介入を実現する(治療)という,生体以外の対象に対して機械工学がとるアプローチと符合するものであり,これこそが,形あるものの力学的因果とものづくり技術を扱う機械工学が医学から大きな期待を寄せられている理由であるとも考えられる.

医工学分野の課題は,その解決に総合工学的なアプローチが求められるものが多いと考えられるが,他分野における技術の進展を取り込みながら自身が発展を続ける機械工学を基盤とする研究者であるからこそ可能なイノベーションに対する医学からの期待は極めて大きいものであり,今後もこの分野のさらなる発展が期待される.

〔藤井 文武 山口大学〕

参考文献
(1) 森,高嶋,当麻,小柴,斎藤,血管内治療デバイスの血管中での3次元形状再構築とジャンピング現象の観察, DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-01.

(2) 菊池,森,高嶋,当麻,小柴,斎藤,血管内治療デバイスに与えられる操作に対する応答性の評価指標の提案,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-02.

(3) 清水,上辻,医療検査用マイクロ流体システムにおける新型圧電複合アクチュエータの送液および混合性能評価,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-03.

(4) 松原,堀江,小型二重回転スクリューポンプに関する研究(ステータ段数及び材質がポンプ性能に及ぼす影響),DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-04.

(5) 蒋,陳,平野,松永,土井,大木,3D-1D-0Dマルチスケール肺気流解析手法の構築.

(6) 飯田,藤井,椎木,呼吸性移動を示す肺腫瘍の未来位置予測のための Bouc-Wenヒステリシスモデルを用いた腫瘍運動のモデル化に関する研究.

(7) 森田,李,池上,林,神崎,小池,機械学習による耳疾患判定法の構築.

(8) 山本,川村,大政,脱臼防止機構付き人工股関節におけるインピンジメント発生時の力学的挙動,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-08.

(9) 森野,平田,山根,野村,組紐および PLLA、Y字型異形断面繊維糸を用いた子宮頸部細胞採取ブラシの研究開発,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-09.

(10) 中川,肥田,伊藤,權,髙橋,加圧噴霧式定量吸入器(pMDI)用マウスピースの制作と口腔内画像による評価,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-10.

(11) 山口,高野,塩竈,澤村,中納,槇,歯科矯正用ポリエステルアライナーの熱成形および矯正治療時のひずみの変化,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-11.

(12) 岡,田中,喜多,パラメータ値高速切替法による超音波モータの精密位置決め制御.

(13) 中道,Chiu,光干渉断層血管撮影の信号特性の解明と血流速の定量化に関する研究.

(14) 古川,佐伯,光干渉断層画像法を用いた皮膚ひずみマイクロ断層可視化によるレオロジー特性の検討.

(15) 佐久間,北川,Lu,木村,崔,ヒト皮膚の脆化メカニクスの押込試験による評価法,DOI: 10.1299/jsmemecj.2021.J241-15.

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26.4 医工学ワークショップ

様々な工学技術で製品となる医療機器は,患者の救命,Quality of Lifeの劇的な改善,健康寿命の延伸等に貢献が期待されている.2040年までに,65歳以上の人口はおよそ8%程度増加すると見積もられており,医療機器に対するニーズは,今後益々増えてくることに疑いの余地はない.治療機器市場は日本のみならず,世界でも拡大していく傾向にあり,日本,そして世界の患者のQuality of Lifeの向上に資する治療機器の研究開発へのニーズは大きい.

2021年度の年次大会(千葉大学 web開催)において,日本循環器学会と日本機械学会のジョイントワークショップとして,「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」というセッションを開催させていただいた.日本循環器学会から,千葉大学大学院医学研究院心臓血管外科教授の松宮護郎先生に「心臓血管外科デバイス・治療の進展と工学への期待」,Stanford University, Stanford Biodesign Cardiovascular Medicineの池野文昭先生に「医療機器のスタートアップから実臨床:シリコンバレーでの経験と工学への期待」というタイトルで御講演をいただいた.座長は日本循環器学会から大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学教授の坂田泰史先生,日本機械学会から小生が務めさせていただいた.

松宮先生からは,補助人工心臓を用いた治療に携わっている医師として,3つのアンメットニーズについてのお話をいただいた.1つ目は,完全植込型に関することであった.現在,心臓の機能が著しく低下した生命予後不良の患者の治療手段として植込型左心補助人工心臓があり,仕事復帰ができるなど進歩が目覚ましく,日本製の植込型左心補助人工心臓も1製品ある.これまでの人工心臓の役割は,心臓移植までのつなぎであったが,2021年度日本でも”Destination Therapy”という心臓移植を目的としない治療が厚生労働省によって承認された.体内に設置する遠心型ポンプまたは軸流型ポンプを駆動するためのバッテリーとコントローラに関しては,現状では体外に設置され,ケーブルが皮膚を貫通しているため,数年オーダの使用状況では感染が課題となっている.経皮的にエネルギー供給を行うシステムは人工心臓システムとしては現在承認されて使用できる製品は存在しないが,2019年に海外においてワイヤレス・コプレーナーによるエネルギー伝送による初の人での使用例が報告されたと紹介された.2つ目は,小児植込型補助人工心臓である.小児の体内に入る大きさで,かつ,成長する一定期間,成長に合わせてポンプ流量を増加でき,高せん断応力等によって赤血球やvon Willebrand factor等を破壊しないポンプデザインが求められる.挑戦的な課題であり,今後の研究開発が期待されている.3つ目は,拡張不全に対する補助人工心臓の研究開発である.心不全は,心室の収縮機能障害によって生じるものと考えられてきたが,近年,左心室の拡張機能障害によって生じる心不全が全体の約30-60%を占めることがわかってきている.拡張不全による心不全治療を目的として,僧帽弁位に植込む人工心臓や,左心室心尖部に拍動型のポンプを接続して血流を増加させる新たな発想の小型人工心臓開発の動向について紹介があった.

スタンフォード大学の池野先生からは,医療機器によるイノベーションが多く創出されているシリコンバレーで研究開発において大切にされていることについて御講演をいただいた.シリコンバレーには,(1) 12700~15600社のベンチャー企業が存在し,約200万人の技術者がおり,(2) 世界のユニコーン企業(企業評価額10億ドル以上のベンチャー企業)の1/4以上が立地しており,(3) ベンチャー企業への投資の28%をシリコンバレーの企業が獲得しているという現状をご紹介いただいた.

強調されていた点は,医療においては,「困っていること」に対してテクノロジーを用いてイノベーションを興そうと目指す際に,最も重要な点は,最も価値を生み出すニーズを見出すことであるということだった.最も解決してほしい困り事であるアンメットニーズへのソリューションを技術で創出することが,価値のある発明,そして事業につながるというお話をいただいた.技術が起点となると,工学側からは「こんな革新的な技術を持っているんだ!」,医療側からは「でも,現場では重要ではないんだけど」と嚙み合わない事態に陥りやすく,困っていることを,できれば潜在的なアンメットニーズを見つけ出すことが最も重要で,現場観察の重要性も述べられていた.

また,アメリカのベンチャークラスターについてご紹介があった.(1) シリコンバレーの他に,ミネアポリス,ボストン,シアトル,サンディエゴ,デンバー等のベンチャークラスターがあり,それぞれの場所で個性があること,(2) クラスターの中心にはヒトとモノを提供する大学があること,(3) クラスターにはベンチャー,大学の他に,資金提供や買収先となる大企業,サプライヤーとなる中小企業が存在し,エコシステムが構築されているとのことだった.

また,革新的医療機器が実用化されてきた歴史,そのプロセスとこれまでの挑戦,課題について紹介があった.革新的医療機器を実用化するためには,First in Humanと言われる「患者で初めて使用する」というプロセスを経ることが必要となる.印象深かった点は,画期的な医療技術が発展してきた歴史を振り返ると,経皮的冠動脈形成術,ペースメーカ,経カテーテル大動脈弁置換術等,必ず3段階のステップを経てきているという点であった.

第一段階は,「誰も用いたことのない治療は信じない」と否定されるステージ,第二段階は,ヒトでの使用が開始された段階において,「そんなものは重要でない」と否定されるステージ,第三段階は,その技術が常識になると,「そんなの常識だよ」と言われるステージとのことだった.First in Humanは第一段階で実施するため,米国においても難しいという話だった.First in Humanの前に期待される有効性と安全性を評価し,First in Humanへとつなげる,ヒトに代わる評価機器の研究開発が必要だと強く感じた.

オンラインでの開催であったが質疑も活発に行われた.講演者の先生方に心より感謝申し上げる.

〔岩﨑 清隆 早稲田大学〕