25. スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
章内目次
25.1 概要
本スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門は, 2020年度第98期より機械学会の新部門制移行に伴うS2のクラス分け「新規分野」というカテゴリで通常部門として承認され,当該2021年度第99期は部門2年目に当たる.99期の締めにあたり,機械学会や社会における本部門の諸活動ならびに本部門や専門会議等の設立,発展にご尽力頂いた関係各位に,部門長としてあらためて感謝申し上げる.
本部門は,1989年に数名の発起人によって「スポーツ工学」の必要性が提唱され,以後スポーツに関連する工学的研究の推進,啓蒙,学会活動が推進されてきた.さらに,1994年には,「ヒューマン・ダイナミクス」の重要性も周知されるようになり,今日まで「スポーツ工学」と強い連携を保ちながら,様々な諸活動が進められてきている.これらの実績を踏まえ,2009年に「スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス専門会議」が設立され,現在の「スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門」に繋がっている.本領域は,本質的に分野横断的,学際的性質を有し,今後,より発展していくためには,隣接領域だけでなく,多様な領域の方々と連携,コラボレーションしていくことが重要となる.機械学会諸学兄,ならびに関係各位の益々のご支援,ご指導を頂きたく心よりお願い申し上げる次第である.
さて,本部門が通常部門として承認された同じ年,すでに誰もが周知のとおり日本を,そして全世界を席捲した新型コロナウイルス(COVID-19)の猛威の前に,部門関連行事は中止ないしOnLineによる遠隔開催を余儀なくされた.当該2021年度においても,行事運営はすべてがOnLineによる遠隔開催となっている.しかし,新しい年度に向けウイルス感染の猛威は変わらずも,多くの行事運営は対面と遠隔を組み合わせたハイブリッド開催を模索するという動きにより,一光がみえてきた感もある.この9月には,TOKYO2020オリンピック・パラリンピックが,1年の開催延期の後,無事成功裡に開催されたのは,その象徴のように思われる.その中ではスポーツ庁委託事業(スポーツ振興センター再委託事業)ハイパフォーマンスセンターの機能拡張事業(開発プロジェクト)等で本部門の多くの関係者が,選手の使用する用具の開発(写真25-1~4参照)や競技力の向上,そしてスポーツ施設環境整備等に携わり,多くのメダル獲得に貢献したことは部門として大いに誇るべきものであり,コロナウイルス感染禍の中で本部門が果たした大きな社会貢献と考えている.
写真25-1 東京パラリンピックに向け開発されたMg合金製車いす
写真25-2 Mg合金製車いすの構造解析一例
写真25-3 Mg合金製車いすの破壊試験
写真25-4 Mg合金製車いすシートのフォーミング
しかし,これらの事業のような研究成果の恩恵や還元は,単に一部のトップアスリートに限定されるものではなく,国民全体の健康増進,QOLの向上に資するべきものであり,その使命はより揺るぎのないものとしていかなければならない状況にある.研究の細かい話になるが,例えば大動脈解離等の疾患では,治療の精度の向上のため,解離のメカニズム解明にシミュレーションが果たす役割が期待されている.こういった研究課題では,バイオエンジニアリング部門との一層の連携が重要となってくる.このように当該部門を含め機械工学への社会の期待は,今後益々高まっていくものと考えられる.あらたに第100期を向えるに当たり,本部門もあらためて気持ちを引き締め,他の部門・分野との連携も促進して今後の研究活動に邁進する所存である.
なお,2021年度における当部門の紹介と主な活動の概要は以下のとおりである.
スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門:
部門長 塩野谷 明,副部門長 中島 求,幹事 廣瀬 圭
部門委員会委員長12名(部門長,副部門長,幹事は除く),運営委員会15名,運営委員会開催 4回
1)総務委員会,企画委員会,表彰委員会,広報委員会,出版・編集委員会,国際交流委員会,研究・技術委員会,財務委員会を構成し,さらにこれら委員会の委員長による幹部会を設置し,部門運営にあたった.また,臨時委員会として産学連携委員会,高専連携委員会,若手・女性研究者育成委員会,スポーツ情報委員会を設置した.
2)ニュースレター第6号を6月に発行した.
3)日本機械学会2021年度年次大会(2021年9月5日(日)~8日(水),千葉大学OnLine)期間中の2021年9月8日(水)に,バイオエンジニアリング部門,韓国機械学会との共同で「日本機械学会分野連携企画」JSME・KSMEジョイントシンポジウムを開催した.
5)日本機械学会2021年度年次大会(2021年9月5日(日)~8日(水),千葉大学OnLine)において,スポーツ・生体計測,スポーツ工学(機械力学・計測制御部門と共同),ヒューマンダイナミクス((機械力学・計測制御部門と共同),スポーツ流体(流体工学部門,バイオエンジニアリング部門と共同)スポーツ材料(材料力学部門と共同),感性・癒し工学(バイオエンジニアリング部門と共同)のOSを主担当で運営した.
6)講習会(行事No.21-81)筋骨格モデルによるバイオメカニクス解析入門(On Line)を2021年9月10日に開催した.当該講習会は,バイオエンジニアリング部門との共同で,当該年度はスポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門が主担当であった.
7)高専・連携委員会を中心に,2021年10月22日開催の国際会議6th STI-Gigaku 2021 SDGs Goal 9 (OnLine)において,OS (Organized Session)Sports engineering(スポーツ工学)/ Welfare Engineering(福祉工学)を企画・運営した.
8)シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2021(2021年11月12日(金)~14日(日)OnLine)を開催し,特別講演,口頭発表のほか,若手優秀講演フェロー賞,学生優秀講演表彰,オーディエンス表彰の表彰を行った.
9)高専・連携委員会を中心に,2021年12月14日開催の高専フォーラム(On Line)において,オーガナイズドセッション(OS-56)高専のスポーツ工学とヒューマンダイナミクス研究~ムーンショット目標1.サイバネティック・アバター基盤技術への挑戦を企画・運営した.
10)合計2件の研究会活動を支援した.
11)スポーツ競技力向上支援研究開発委員会を中心に,スポーツ庁委託・日本スポーツ振興センター再委託事業ハイパフォーマンスセンターの基盤整備(スポーツ技術・開発事業),東京都立産業技術研究センター障がい者スポーツ研究開発推進事業等において,スポーツ用機器・用具などの最先端の研究開発を行い,1年延期となったオリンピック・パラリンピック支援ならびに選手の支援を行った.
〔塩野谷 明 長岡技術科学大学〕
25.2 スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス(ヒューマンダイナミクス)
長引くCOVID-19による活動自粛の影響で,子供や高齢者を含む様々な年代で身体機能の低下が危惧されている.しかし,計測データに基づく身体能力の評価法が未だ確立されておらず,この問題の深刻さが認識されていない.いま,人間の立つ・歩く・走るといった基本動作の評価技術が求められている.
人の基本動作の評価における一つのトレンドとして,動作計測の簡易化・高精度化が挙げられる.運動学解析においては,走りをモーションキャプチャで計測したときの筋骨格モデルの誤差の問題(1),慣性センサベースのウェアラブル計測におけるセンサ数の低減(2),慣性センサの姿勢角推定の高精度化(3),慣性センサ計測に基づくストライド長推定における1歩毎の偏差の問題(4)が報告されており,計測を簡易化しつつも,推定精度の限界への知見が深まりつつある.運動力学解析に関連する内容としては,慣性センサと力計測を組み合わせた足裏の摩擦係数の推定(5)や足圧センサに基づく床反力推定法() )が提案されており,限られた計測から必要な情報を抽出する研究が活発である.さらに,床反力内蔵型トレッドミルを活用した走行動作における関節トルクの貢献度推定(7)など,新たな装置を活用した研究も進められている.
計測法の開発や新たな計測装置を活用した研究事例と対照的に,基本動作の評価法の進展は遅れている.代表例として,安静立位のバランス評価では,非常に多くの研究事例が存在するにも関わらず,十分な成果が得られていない.新たな展開として,バランス維持が難しい動作を評価する試みがみられる.難しい動作の代表例として片脚立位があり,表面筋電位計測における高齢者と若者に違い(8)や,主成分分析と表面筋電位の関係から遅延時間を推定した事例(9)が報告されている.しかし,片脚立位の重心や関節トルクをウェアブルセンサ等で簡易に推定する技術が確立されていないため,評価事例が限られている.
もう一つの展開として,機器を用いて外部刺激を付加し,それに対する応答を評価する取り組みが近年増加している.外部刺激の付加によって,バランス評価の精度の向上だけでなく,ロボットリハビリのような介入効果が期待されている.評価としては,予期しない外部刺激に対するインパルス応答解析(10)や周波数応答解析(11)に基づくバランスシステムの同定法が示されており,いずれも得られたシステムが遅延状態フィードバック制御理論における安定性の高い設計と整合する.トレッドミル歩行においても,外部刺激に対する安定化戦略を調べた報告(12)がある.また,外部刺激の与え方で評価対象とする感覚器を切り分ける試みもみられる.例えば,ストロボスコープ光源下では視覚による速度検知が難しくなることに伴って低周波特性が大きく変わること(13),前庭感覚喪失者と健常者の比較では1 Hz以下の応答がほとんど変わらないこと(14),予期できる一定周波数揺動に対して周波数に応じて支配的な感覚器が遷移し,姿勢制御戦略が変化すること(15)が示されている.
機器による介入に関しては,支持面の回転揺動による足関節トルクの正確性の改善(16),前額面方向の揺れの非対称に基づく重心の平衡位置の遷移(17),脳卒中患者に対し圧力中心と逆位相で支持面を動かすことによる歩行の改善(18)が報告されている.これらは非常に興味深い結果であるが,評価の信頼性向上や介入による改善メカニズムの明示が課題である.ロボットリハビリは近年注目を集めているが,介入効果を見極めるためにも基本動作の簡易的かつ高精度な評価が必要とされている.
〔園部 元康 高知工科大学〕
25.3 講演会
25.3.1 SHDシンポ
2021年11月12日(金)~14日(日)の3日間,シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2021(SHD2021)をオンラインで開催し,招待講演 1 件,特別講演 1 件,特別座談会 1 件,一般講演発表件数 91 件が行われた(1).
招待講演では,ISEA PresidentであるJonathan Shepherd氏より,「Sports Engineering Around the Globe. Perspectives from Academia, Working with Athletes, and Being in Industry」と題し,これまでのご本人の取り組みをからめて,世界中のスポーツ工学学界とアスリート,産業界の三者間における連携の重要性についてお話をいただいた.
特別講演では,東京大学 高齢社会総合研究機構 教授の飯島勝矢先生より,「人生100年時代を元気で乗り切るために -健康長寿 鍵は“フレイル予防”-」と題し,我々エンジニアがフレイル,そして加齢というものをより深く知り,そこからエンジニアとしてこの問題にどう貢献できるか,についてご講演いただいた.
特別座談会では,塩野谷明先生(長岡技術科学大学),浅井武先生(筑波大学),丸山剛生先生(東京工業大学),仰木裕嗣先生(慶応義塾大学),瀬尾和哉先生(山形大学)にご登壇いただき,中島求実行委員長(東京工業大学)の司会のもと,無事開催された東京オリンピック・パラリンピックに参加したアスリートをサポートするプロジェクトの裏話などをご紹介いただいた.
一般講演発表では,当部門とバイオエンジニアリング部門との共同開催による分野連携企画のオーガナイズドセッション「少子高齢化社会を支えるスポーツ・バイオ技術」のほか,スポーツ工学,ヒューマンダイナミクスの一般セッションとして,野球・ゴルフ・水泳・スキーのような特定の種目に関するセッションの他に,パラスポーツや傷害予防,日常生活,動作解析等,幅広いテーマを扱うセッションが設けられ,最新の研究内容が報告されました.
すべてのセッションは, Zoom のブレイクアウトルームを使用してオンライン上で開催された.機器展示プレゼンテーション8件は,各セッションの休憩時間中に参加者全員が集まる Zoom のメインルームで順次行われたほか,メインルームで常時動画配信も行われた.懇親会も同様に Zoom のブレイクアウトルームを使用してオンライン上で開催した.参加者は懇親会終了時間まで複数のルームを自由に行き来しながら交流を深めていた.
本シンポジウムの参加者数は,一般 125 名(正員:104名,特別員:6 名,会員外:11 名,協賛学会会員:4 名)学生 63 名(学生員:57 名,一般学生:4 名,協賛学会学生員:2 名)の計 198 名であった.対面開催時と遜色ない規模の開催であった前回を上回る参加者数となり,盛会裏に終了した.
〔倉元 昭季 東京工業大学〕