24. 法工学
章内目次
24.1 法工学のこの1年
2021年度は,2020年度に引き続き,社会全体が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による大きな影響を受けた.しかしながら,国民へのワクチン接種,及び,感染症防止のための生活意識・行動の変化が進み,1年遅れではあったが東京において夏季オリンピック・パラリンピックが開催される等,徐々にではあるが,元の社会活動を取り戻しつつある.
一方,経済・社会・環境のバランスがとれた社会を目指すSDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)という言葉が広く社会に浸透すると共に,企業経営においても長期的な成長を目指すためには,ESG(Environment,Social,Governance)の3つの観点が必要だと認識される等,産業全般に環境問題が影響を与えつつある.
法工学(法律と工学の境界領域)の分野に関するトピックを着目してみる.東京パラリンピックが開かれていた2021年8月,東京都中央区の選手村を通る区道で,自動運転のバスが視覚障害のある柔道選手に接触して軽傷を負わせる事故が発生した(1).この自動運転のバスは,5段階の自動運転技術のうち「レベル2」,すなわち,人の運転をシステムが支援する車両であり,自動運転機能は正常に作動していたとみられる.「レベル2」においては,安全運転の責任は搭乗するオペレーターが負っており,オペレーターは自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)の疑いで書類送検された(その後,起訴猶予).オペレーターが運転者として立件されるのは極めて珍しい.
国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が2021年10~11月に開催され,内燃機関車に関して,「世界の全ての新車販売について,主要市場では2035年,世界全体では2040年までに電気自動車(EV)など二酸化炭素を排出しないゼロエミッション車とすることを目指す」という内容に国や企業が合意した(2).これに伴い,欧州連合は,ガソリン車・ディーゼル車の新車販売について2035年に終了する方針を打ち出し,米国カリフォルニア州も2035年までにガソリン車の新車販売を禁止することとなった.中国は,2035年までに新車販売の全てを電気自動車等の新エネルギー車やハイブリッド車にするとした.EV化の流れが加速することが予測され,各国の自動車メーカーは対応を迫られると共に,自動車産業を中核とした我が国の産業構造も大きな転換期を迎えざるを得ない.
知的財産に関する分野では,特許法施行規則及び実用新案法施行規則の一部を改正する省令が公布され,令和4年4月1日に施行された(3).この改正に伴い,特許出願及び実用新案登録出願において,マルチマルチクレーム(他の二以上の請求項の記載を択一的に引用する請求項(マルチクレーム)を引用する,他の二以上の請求項の記載を択一的に引用する請求項)が認められなくなった.マルチマルチクレームは,請求項の数を減らすことで,印紙代を節約する効果等があり,わが国では,これまでマルチマルチクレームについては許容されていた.しかし,審査負担の増大やマルチマルチクレームを制限している外国との国際調和等の観点から制限されることとなった.
法工学専門会議では,他部門との交流を図るため,新たな試みとして,2021年3月5日に環境工学部門と共同で「第1回法工学・環境工学連携セミナー」をWebにより実施した.このセミナーは,環境工学部門からの事例紹介(問題提起)に対して,法工学専門会議から回答を行う対話形式により実施され,企業で環境対策や騒音振動対策に取り組んでいるエンジニアが,法工学の知識と手法に基づいて,自らの業務の効率化や社会実装のためのヒントを得ることを目標とした.なお,2022年7月7日に「第32回環境工学シンポジウム」において,環境工学部門と共同で「第2回法工学・環境工学連携セミナー」を実施する.
〔伏見 靖 産業技術大学院大学〕
24.2 業務上過失事件裁判例研究会
24.2.1 研究会の目的
機械工学に関連する業務上過失事件の刑事裁判例を法律家の立場と技術者の立場の双方から検討して,これまでの刑事司法において事故の刑事責任がどのような論理で問われてきたかを明らかにし,可能であれば,業務上過失事件の捜査,裁判のあり方について提言することを目的としている.したがって,研究会のメンバーは,法律家9人と技術者19人から構成されている.
24.2.2 法律学における過失論の現状
刑法211条は,「業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する.重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする.」と規定している.この規定が,一般に「業務上過失致死傷罪」及び「重過失致死傷罪」と呼ばれている犯罪の根拠となる規定である.
この条文の前段には,「過失」という文字はないが,「業務上必要な注意を怠り」に該当するか否かは,「過失」の有無によって判断される.しからば,「過失」とは何か.
刑法は,故意による犯罪を処罰することを原則とする.過失犯の処罰は例外である(刑法38条).例えば,刑法199条は,「人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する.」と規定している.犯人(刑事手続の間は被疑者又は被告人)の行為が「人を殺した」と評価できる場合にはこの規定により殺人罪になる.しかし,人を殺す故意がなく,単に,人を脅そうとしてナイフを振り回したと評価されれば,殺人罪にはならない.通常,ナイフを振り回した行為に人を傷つけることを認容する意思があったと評価され,傷害の限度で故意が認められ,刑法205条の「身体を傷害し,よって人を死亡させた者は,3年以上の有期懲役に処する.」という規定によって「傷害致死罪」として処罰される.
刑法理論における過失犯の理論は,いかにして「故意」を「過失」に置き換えるかという観点で発展してきた.そして,「過失」とは,通常人であれば結果の発生を予見して危険な行為を思いとどまるべきところ,結果を予見せずに,結果を回避するための行為を怠ったことであるとされている.つまり,結果を意図するか,又は認容することが故意であり,不注意によって結果を予見しなかったことが過失であるとされている.
業務上過失致死傷罪における「業務」とは,「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」であって,「他人の生命身体等に危害を加える虞のあるもの」とされている.したがって,狩猟を趣味とする者が猟銃を扱うことは,その行為が趣味に属するとしても,「業務」に該当する.
24.2.3 研究会における検討対象及び検討の視点
研究会は22件の事件をとりあげて,月1回オンラインで,事件の原因として共通性を有するものを2~3件まとめて議論している.コロナ禍であり研究会のメンバーが全国的に散らばっているが月1回の開催はオンラインだからこそ可能となった.
検討会に先立って,技術者と法律家のそれぞれについて事件の担当者を定めて,事件毎に,技術的見地からまとめた事件の概要と,裁判所の判決に基づいて作成した判決理由の骨子と法律上の問題点を報告書の形式でまとめてもらっている.将来的には,フォーマットを統一して報告書を作成する予定であるが,現時点では,担当者の自由な発想によって報告書を作成している.
しかし,報告内容が散漫にならないように,主査から仮説が提示され,報告者には,その仮説の検証という観点からの検討を要請している.その仮説は,刑法理論における「過失」の本質である「予見可能性」は後付けの理由であり,実質的には,社会の認知しているルールに違反した点が過失の認定根拠になっている,というものである.つまり,ある行為を義務付ける法令又は社会的ルールが存在し,その法令又はルールに違反した行為と致死傷という結果の間に因果関係が認められれば,「過失」の存在が認められるというのが,現実の裁判の背後にある論理であろう,という仮説の検証が行われている.
24.2.4 これまでの検討結果の概要
これまでに研究会で議論された事件の主な検討結果を以下にて紹介する(2022年2月末現在).
これまでに検討された事件は,以下の事件である.
- 三菱自動車リコール隠し事件(1)
- エキスポランドローラーコースター事件(2)
- シンドラーエレベータ事件(3)
- 焼津沖管制官便名呼び違い事件(4)
- 日本航空MD-11乱高下事件(5)
- 徳山コンビナート火災事件(6)
これらの事件のうち,最初の3件は,道路運送車両法に基づくリコール義務,建築基準法法に基づく検査義務,建築基準法に基づく検査義務に付随する保守要領に違反したことが事故の原因としてとりあげられている.そして,その義務に違反したことが予見可能性を認める理由の主要部分となっているのではないか,ということが検討された.
残りの3件では,その業務を行う上での通常のルールに違反したことが問われている.「焼津沖管制官便名呼び違い事件」では,離陸して上昇する航空機を上昇させ,着陸しようとして下降する航空機を下降させて衝突を防止するというルールがあり,管制官もそれを意図していながら,便名を呼び違ったために事故が起きたとされた.「日本航空MD-11乱高下事件」では,操縦輪を強く操作することによって自動操縦モードが解除されること(オーバーライド)に関連して,オーバーライドを禁止する社内ルールに違反したのではないかということが問われ,そうした内容の社内ルールが存在したか否かが審理の対象となった.そして,「徳山コンビナート火災事件」では,アセチレン水添塔(エチレンの不純物であるアセチレンに水素を添加してエチレンとする反応塔)の温度を下げる手段として,過剰な水素を供給したことの過失が問われた.社内の運用マニュアルでは,水素の流量を抑制して反応を抑制することが規定されていた.
これらの事件において,検察側の起訴理由を推測すると,現実に起きた事故の技術的な因果関係を予見できたかという観点よりも,法令や,法令に準ずる社内規定などに違反したことが予見可能性の根拠となっているように思われた.そして,「三菱自動車リコール隠し事件」,「エキスポランドローラーコースター事件」,「焼津沖管制官便名呼び違い事件」では,検察官の主張が認められて有罪判決が下された.
これに対して,「シンドラーエレベータ事件」,「日本航空MD-11乱高下事件」,「徳山コンビナート火災事件」では,それぞれ,異なる理由で無罪判決となった.
まず,「シンドラーエレベータ事件」では,検査が適切に行われていたとしても,事故を予見し,事故を回避することが不可能であった可能性が否定できないとされた.この事件では,ブレーキパッドの摩耗が事故原因であることは争いがなかった.そこで,最後の点検から約3週間で急速にブレーキパッドが摩耗する可能性が問われ,控訴審において,その可能性は否定できないとされ,事故の発生によって点検ミスを結論付けることはできないとして無罪とされた.
次に,「日本航空MD-11乱高下事件」では,操縦輪の急激な操作が事故原因であることは認定されたものの,操縦輪の急激な操作を禁ずる社内ルールの存否が審理され,高高度におけるルールの存在が認められたものの,低高度におけるルールの存在は認められなかった.事故が着陸態勢になってから起きていたため,ルール違反が認められず,無罪となった.
最後に,「徳山コンビナート火災事件」では,過大な水素供給がアセチレンのみならず,エチレンの水添反応を起こし,反応塔の温度を上昇させることが認められたが,この反応では400℃以上の温度にはならないことも認められ,水素添加は火災の直接の原因であることが否定された.火災の直接の原因は,反応塔を冷却する意図で供給された原料ガスにあった.反応塔を冷却するために低温の原料ガスを供給することは社内ルールにおいて推奨されていた.したがって,この点に関する限り,ルールに従ったことが火災の原因になったことになる.
もっとも,事故後の専門家調査により,エチレンが400℃の温度にさらされることにより熱分解を起こし,熱分解が発熱反応であるために,さらに温度上昇を招いて火災の原因となったことが認められている.したがって,水素の過剰供給及びその後の原料ガスの供給と事故の間に因果関係がないとは言えなかった.しかし,判決は,被告人らが熱分解による温度上昇を予見することは不可能であったとして予見可能性を否定し,無罪とした.
24.2.5 安全設計から本質的安全設計へ
「シンドラーエレベータ事件」での裁判では,ソレノイドが半クラッチし,パッドが摩耗し,停止時の摩擦力が減じたことが事故の原因とされた.もっとも,本来,このブレーキは,停止時にのみ作動するものであるから,摩耗は,設計上の想定外の事象である.しかし,現実には,ソレノイドの短絡により,ブレーキを解放する電磁石の力が不足し,半クラッチ状態になった.当業者(機械の技術者)には,ソレノイドの短絡は予見可能であったと言えるのではないか.そうだとすれば,乗客の安全を最優先すべきエレベータのような乗り物には機械的に停止させるラチエット構造のブレーキとすることが本質的安全を考慮したブレーキであり,そのようなブレーキ構造を採用すべきであった.したがって,このような考えからすると原因はエレベータのブレーキを設計する際に摩擦によるブレーキを採用したことであり,事故の責任は設計者に有ることになる.
24.2.6 個人の処罰から組織・法人の処罰へ
「徳山コンビナート火災事件」では,操作員が会社のルールに従って操作したにもかかわらず事故が起こったのであり,事故の予見可能性を問うことができないプラントの操作員が事故の責任を問われるのは納得いかない.というのはルールを作成したのは会社であり,間接的であっても会社が事故を起こした責任を問われるべきである.
また,「シンドラーエレベータ事件」でも,設計者の具体的な過失を特定することは困難かもしれない.しかし,現在の法律では,過失事故等の刑事責任については,個人を処罰するのが原則であり,組織・法人を処罰することになっていない.刑法の目的が刑罰を予告することによって事故を抑止することにあるならば,このような事故を防ぐには,操作のルールを作った組織・法人を処罰するようにすべきであるという考え方も成り立つのではないか.事故原因を検討し,工学的に事故の再発防止策を提言することにより,伝統的な刑法理論そのものの反省を迫ることも,法工学の課題である.
24.2.7 人間依存からシステム依存へ
「焼津沖管制官便名呼び違い事件」では航空管制官およびその指導教官が業務上過失傷害の責任を問われているが,人間の力には限界があり,刑罰を予告することによってヒューマンエラーに起因する事故は防げない.音声の誤り等は機械によるシステムであれば回避できたのではないかと推定される.したがって,センサによる航空機の位置情報と管制官の音声認識を組み合わせることによって航空機の安全は人間に依存する方法から脱してシステムに依存した方法にすべきであるというのが技術者の意見である.
これに対して,管制官は管制のプロフェッショナルであるから,自分の技量に磨きをかけてヒューマンエラーを防ぐことがプロフェッショナルの役割である,とする意見もある.いかなる場合に,ヒューマンエラーを処罰の対象とし,いかなる場合に,ヒューマンエラーを予見してシステムを構築しなかったことを処罰の対象とすべきなのか,その線引きは難しい.それ故,法工学がその解決に寄与することが期待される.
24.2.8 事後法から事前法(行政法)へ
業務上過失事故全般に言えることであるが,刑事罰はその性格から事後法であり,業務上過失事故を防止するという観点からは,事前規制が必要である.事前規制をするために行政法等の事前法の整備が必要である.
しかし,事前規制が適切に行われるという保証はない.むしろ,事後規制を通じて,行為規範が定立されるという考え方もある.わが国では,社会全体が行政的な規制に期待する傾向があるが,建築基準法によるジェットコースターの点検義務などは,疲労破壊の理論に基づいているわけではない.したがって,規制を守ることと安全は直結していない.
検討会では,業務上過失事故を防ぐには,業務上過失致死傷に対する刑事罰よりも,行政法等の事前法を充実することが必要であるという意見もあった.しかし,自動運転,ドローン,電動キックボードなど,新しい技術が誕生する時代にあって,リスクに対する技術者の感度を上げるためには,予見可能性に対する理論を精緻にして,正しい予見可能性の判断基準を定立することによって,技術者の行為規範を定立することも必要なのではないだろうか.
24.2.9 刑事罰の役割
刑事罰における過失事件の量刑が軽いので,事故を防止できないのではないか.そのためには,例えば,フォード自動車のヒンチ事件のように民事罰(不法行為)で損害賠償金額を3倍に引き上げることで過失事件を防止するという考えもある.
刑事罰で過失事件の量刑が軽いのは,刑法は行動の自由を確保するために故意犯の処罰が原則であり,予見可能性を要求する過失犯は例外である.したがって,刑事罰の量刑を重くすることには限度がある.
しかし,他方で,民事罰(不法行為)で損害賠償金額を引き上げることには,被害者の救済を原則とする損害賠償の本質の見地から,反対論が根強い.そうすると,刑事罰の役割は軽視できない.
わが国では,罰金額が低額であったり,執行猶予により,被告人が刑務所に入ることがなくても,刑罰には一定の抑止力があると考えられている.また,被害者の納得という意味でも,刑事罰には一定の社会的な意義がある.したがって,業務上過失事件裁判例研究会の活動を通じて法工学の意義を明らかにすることは,社会の要請に応えるものである.
〔平井 省三 日本工営(株)〕
24.3 修理する権利をめぐる問題領域
24.3.1 問題の端緒
2021年11月18日,アメリカのアップルは,17日に交換部品やツールの販売を開始し,ユーザ自身の手で製品の修理ができるサービスを始めると発表した(1).「修理の権利を特定業者に限定していた長年の方針を転換する.」
「アップルはこれまで,アイフォーンの修理は正規のサービス店や専用のトレーニングを受けた修理業者に限定していた.」
大手メーカーが修理業者を限定すると,修理費用は高額になる.そのために,「独占禁止法当局が,消費者がメーカーの指定業者を通さずに修理できる「修理する権利」を保証するための規制強化に動き出していた.」
アップル社にとってみれば重大な決定かもしれないが,「修理する権利」という言い方がされるほど大げさな論点はどこにあるのだろうか.その背景を探り,法工学の観点から問題をあぶりだしてみたい.
24.3.2 修理する権利に反対する論点
消費者に修理する権利を与えることに大手メーカーは反対している.それは,そのことによって製品の安全性が低下し,消費者が安全性のリスクに晒されるからだ.さらに,排ガス規制に対する修正や改ざんを消費者がする可能性があることも,アメリカの業界団体は指摘している(2).
ちなみに,日本では,通信機器は「技術基準適合証明」の下で使うので,資格を持たない人が分解して使うと,電波法違反に問われることがある(3),(4).
また,日本ではパロマの事故,松下温風器の事故が経年劣化に関して,興味深い論点を提供している.パロマの事故では,メーカー以外の人が安全装置を回避して「修理」した.結局,技術力のない人が修理(不正改造)できないような装置を作るべきだということになった(5).松下温風器の事故では,(個人情報保護法の影響もあり)顧客情報を廃棄した後に10年以上前に販売した温風機がCO中毒事故を起こした(6).ここには2つ論点があり,メーカー,もしくはメンテナンス会社に,他人の所有する機器の情報が伝わらないことがある.例えば,シンドラーのエレベータの事故でも,エレベータの所有者,管理者が,メンテナンス会社にエレベータの情報を伝えられなかった,ということがあった.もう一つは,PL法でも,10年の消滅時効が認められているにもかかわらず,事故を起こした会社に対する社会的非難は,それを超えていたということだ.その点と関わって,製品寿命の導入の提案も行われていた(7).(前者の論点は,24.3.4で更に少し触れる.)
24.3.3 修理する権利の支持の論点
製品を作ったメーカーが,不具合があればその修理を請け負うのは,当たり前かもしれない.
しかし,iFixitという団体は,「私たちは所有する全てのモノを修理する権利を持っています」「所有する全てのモノの内部を開いて,さわり,修理できる権利を要求する時が来ました」という主張を行っている(8).
アップルのように,交換部品やツールを認定業者のみに供給するのは,独占禁止法上の問題があるだろう.ただ,人工物,製品に対するメンテナンスをどこまでメーカーが行うかは考えるべき問題である.ここでいう,メンテナンスは,回復を目指す修理だけでなく,実際は改良なども含むものと考えている.すると,IoTなどとの結びつきも関わってくる.
さて,iFixitなどが明確な立場として主張しているのは,所有権である.所有権絶対の原則とは言われるが,私が買った腕時計は,壊そうが,誰かにあげようが,勝手だろう.ただ,その人工物を修理したり改変することは難しいことが多い.複雑な人工物ではそういう問題が生じる.
メンテナンスが難しいものは,メーカーなどに頼ることは良いとして,自分でできるはずの修理は自分でできるようにしろというのが,ここでのポイントとなっている.個人の自律や個人の選択が,私の所有する製品に関してもあるはずだ.ただ,「修理する権利」として,その主張をどこまで拡張できるかが問題である.
もともと修理や改変が難しいものに関しては,例えば,私の身体では,医者という専門職に委ねることになる.そして医者は医療倫理という仕方で,患者に配慮した仕方で対処してくれることになっている.専門家が素人をだます,などということは,やっていないはずだ.実は弁護士でも,個人間のトラブルに関して,専門家として助言を行い依頼者の立場に立って配慮することになる.
医者も弁護士も,いわばメンテナンスをしているが,ある種の職業倫理の下で活動するということになっていて,個人の自律は侵さないことになっている.
24.3.4 メンテナンスのビジネスモデル
ここには2つのポイントがある.
一つ目は,昔から行われていたビジネスモデルである.つまり,「機械の分野では,「新品を安く売ってもメンテナンスで長く儲けよう」というビジネスモデルを持つ製品が多い.例えば,建設機械や分析装置がそうであるし,20世紀のエレベータもそうであった.」(9)と言われている.
二つ目は,機器のデータの収集とその分析に関わるより現代的なポイントである.
IoTという言い方で,産業機器にセンサーを付けそのデータなどを集積することによって,これまでの機器の改良ができる可能性が出てきた.例えば,GEはPredixというIoTのプラットフォームを開発して売り出そうとした.つまり,航空機エンジンなどのハードウェア にセンサーなどをつけてデータを収集し,そのデータを解析しAIによる予測モデルを顧客へ提供しようというものだった(10).
さて,一般的にコンビニの優位性は,売っている商品の品質の問題だけでなく,「若い人」が「雨の日」の「夕方」に,「この商品」を買う確率が高まる,という情報である.この情報をうまく集め,分析することによって,コンビニは繫栄することになる.どのようなデータを,どう集めて,どのように分析するかがポイントとなる.
メンテナンスに関わるデータや情報は,「お客様に迷惑をかけてはいけない」という観点からだけではなく,メーカーの品質管理上必要な情報として,さらには新しい製品を作るためのヒントとなる情報(クレーム情報,トラブル情報)としても使えることがポイントだった.
ただここでの問題は,メンテナンスのために収集されたデータは誰のものか,どのようなデータなら収集者が使えるかということである.プラットフォーム企業が独占を行えるなら,個人が対決すべきだと考えるのだろう.
24.3.5 どのような技術論的枠組みが見えるか
もともと,テクノロジーは大量生産と結びついていた.良い品質のものを水道水のように多量に供給することによって,誰にも手に取りやすい科学の成果が提示されることになっていた.ただ,大量生産は同質性を示すことになり,金太郎あめのようだと,揶揄されることもあった.
しかし,メンテナンスの時代になると,問題領域が少し変わる.故障やトラブルは様々な箇所で起こる.それでも使い続けようとすると,その製品(航空機や製造機器,橋などの構造物など)は,ある意味個別化する.その個別化に対応して,問題を解決することが現代の課題となる.
メンテナンスは個別化した人工物に対して,様々な専門家が診断を下し,修復を試みることである.複雑な機構を備えた人工物は,それなりにメンテナンスの時代になると問題設定も異なる.それに対応する,法的,社会的対応も異なってくる.
一つは,所有権の移転によって,人工物をコントロールする主体が変わるにもかかわらず,そのメンテナンスは単純に所有者ができるわけでもない.すると,私の所有物に関わる情報を他人に伝えることを通じて,やっと私がその人工物をコントロールすることができる.
すると,リベラリズムの立場から,所有権,私のコントロール権を余りに強調しすぎるのは,社会的なトラブルが起こる原因になりそうだ.ソフトウェアに関しても,オープン化でバグがなくなるとする『伽藍とバザール』で述べられている考えに対しても,その実現にはある程度の社会的枠組みが必要だという指摘もある(11).
もう一つは,工学倫理が公衆の配慮まで求めていることに関わる.医者も弁護士も,専門職として,依頼人や患者への配慮は求められた.実は,技術者は,公衆(発注者のようなお金を払う人でもない)にまで配慮すべきだ,というのが人工物を作る技術者の義務ではないか,と現代の倫理綱領では言われている(実際,20世紀初頭の技術者倫理の倫理綱領では,発注者への配慮までしか記されていなかった)(12).
もともと,人工物を作る人とその所有者,ユーザを超えて,人工物は使われる.人工物と共に生活する場合には,例えば,消安法によって,政府が事故情報を把握するとか,事故調査を行う運輸安全委員会やNITE,さらにドイツでの第三者委員会のような仕組みをうまく育て上げることも必要だろう.メーカーとそれに対抗する個人という枠組みでは扱えないのが,公衆に関わる人工物であって,そこに関わる技術者はその点の理解も必要になるだろう.
新しくてよい機能の製品,人工物を作って,消費者,発注者に販売すればそれで基本的な仕事は終わる,と考えるなら,修理をめぐる問題はよけいなものかもしれない.しかし,人工物と共に暮らす社会では,少し別の枠組みでも考えを進める必要がある.
結局,大きな枠組みとしては,所有権が移転しているにもかかわらず,消費者が個人として人工物をコントロールすることは難しいということがある.それにもかかわらず,製品(人工物)の稼働情報は,メーカーにとっても製品の改良に役立つ.ただ,単純な情報の収集を超えて,メーカーが製品のコントロールまでするなら,それなりの社会的課題が課されることになる.一つには,自動運転車が事故を起こした場合の責任の所在のような問題が表に出てくるであろうし,少しおとなしい対応である製品寿命の設定も,所有物への介入として消費者にすぐに受け入れられることにはならないだろう.これらの事例のどちらも,社会における人工物の安全を増すために,技術者やメーカーが行うことだともいえるが,その「善い」行為が,社会に受け入れられるためには,法律のような社会システムの媒介を必要とする.つまり,技術基準を決めたり,売買時の契約ルールを作り上げることも必要になる.もちろん,そのようなルールも現実と突き合わせて,修正,修理していくことが結局は必要になるだろう.様々な段階で,修理の可能性は残さなければならない.
〔斉藤 了文 関西大学〕
24.4 電動キックボードをめぐる法整備
24.4.1 概況
近年,首都圏では見かけない日がないほど利用者が増えてきた電動キックボードは平成14年ごろから存在が確認されている乗り物である.日本においては立ち乗り型の乗り物としてはセグウェイ(2014年に中国Xiaomi社とベンチャーキャピタルSequoiaCapitalChinaの投資によりNinebot社に買収され,Segway-Ninebot社となる(1))の導入が検討され,横浜市やつくば市で実証実験が行われてきた.しかし日本法においては前後ではなく左右に並んだタイヤであること,速度計がないことなどから道路運送車両法上二輪車とは扱われず,ロボットとして取り扱いがなされてきた(2).しかしセグウェイは高価であり,重量も重かったことから実証実験や私有地内での園内利用にとどまり一般には浸透してこなかった.
ところが2017年ごろから海外でシェアリング事業が行われていることがニュース等で報道され,日本でも電動モビリティが広く知られるようになったことに伴い,日本のシェアリング事業者や,日本国内の小型電動モビリティを開発・販売するスタートアップが立ち上がってきた.また2017年頃から電動キックボードは安価な海外製のものが個人輸入等で手軽に入手できるようになり,またコロナ禍において密を避ける乗り物として社会現象としても注目を集め始めている(3).
そもそも電動キックボードとは,“キックボード(車輪付きの板)に取り付けられた電動式のモーター(原動機(定格出力0.60キロワット以下))により走行する”乗り物を指し,道路運送車両法上の原動機付自転車に該当する.そのため,保安基準を満たした装備が必要である(4).
原動機付自転車(以下,原付)の開発経緯としては自動車メーカーの本田技研工業株式会社創業者である本田宗一郎が自転車に小型のガソリンを使用する動力を取り付け,販売したことに始まる.自動車と異なり,利用者が自らの責任で保安基準を満たせばメーカーが運輸局で型式認定を取得していない乗り物であっても公道走行が可能な制度設計となっている.そのためかつては廃車から利用可能なパーツを集め自ら自作・組み立てをして運転していた若者が多くいた世代もあった.しかし平成10年の自動車排出ガス規制に伴う価格の上昇やバイクの「3ない運動」(全国高等学校PTA連合会が昭和57年8月25日に開催された第32回宮城大会において特別決議文として高校生に対しオートバイ及びバイクについて「免許を取らない」・「乗らない」・「買わない」ことを徹底するための活動)といったことから50cc規格の原付保有台数は徐々に下がってきている.さらに2025年の排ガス規制の強化に向けて,ガソリン車に関しては開発コストに見合わない日本独特の50cc原付の生産からバイクとしての世界でのスタンダードである125cc以上のバイクへ開発の重点を移行している(5).
そこで,今まで50cc原付で満たしていた程度の移動手段の代替として社会の移動に対する意識の変革とともに電動化による脱炭素への貢献が期待できる電動モビリティの需要が伸びてきており,法改正が進められている.
24.4.2 規制緩和・ルールメイキングに向けた新興ベンチャー主体の業界団体の発足
電動キックボードの開発メーカーとして各国既存の自動車メーカー(BMW,Audi,HYUNDAI,Ducati,メルセデスベンツなど)や,モビリティ新興ベンチャーとしてSegway-Ninebot(中国),INOKIM(イスラエル),Niu Technologies(中国),UNAGI(アメリカ)などが世界展開をしている.日本ではglafit株式会社(和歌山県),FreeMile株式会社(東京都)が代表的なモビリティ新興ベンチャーである.
海外において電動キックボードは自転車と同等に扱われていることが多く,海外の標準化などの場面においてはCEN/TC354/prEN17128などPersonal Light Electric Vehicleと言われており,運転に際し免許不要な国も多い.日本では前述のように原付として扱われるため,交通ルールの啓発が急務となったこともあり,glafit株式会社や筆者が所属するSWALLOW合同会社(以下SWALLOW社)など新興6社で2020年9月に日本電動モビリティ推進協会という業界団体を発足し,交通ルールや保安基準に即した機体の販売や安全運転の啓もう活動を行っている.
一方,電動キックボードの乗り捨て型シェアリングではLime,lyftやBirdといったアメリカ発スタートアップがまず挙がる.日本では株式会社Luup,株式会社mobby rideなどが挙げられ,電動キックボードのシェアリング事業を行う事業会社の業界団体としてマイクロモビリティ推進協議会が2019年5月に発足している.そして,マイクロモビリティ推進協会が規制緩和に向け経済産業省の新規事業特例制度を活用し2020年および2021年に内容の異なる計画の認定を取得し,各地域で実証実験を個社で行っている(6).
日本電動モビリティ推進協会にもマイクロモビリティ推進協会にも発足時に既存の日本のモビリティ関連企業は所属しておらず,新興ベンチャーが主体となって業界団体を発足し,規制緩和やルールメイキングに向けて活動しており,新興ベンチャーが直面する今後のイノベーション促進に向けた先行事例となっている.
24.4.3 警察庁・国土交通省における検討会・ワーキンググループ・官民協議会
今回議論に上がっている電動モビリティを社会実装するにあたっては,免許やヘルメットの着用と言った交通ルールとして道路交通法と,車体の要件をどのように定めるか,保安基準としての道路運送車両法の法改正が必要となってくる.
シェアリング事業会社から始まった社会実装への取り組みとして,日本の交通ルールを定める道路交通法においてまずネックとなったポイントはヘルメットの着用であった.街中に置いてある無人管理された電動キックボードを気軽に乗るためJIS規格で定められたヘルメットを利用者が持ち歩くことは現実的ではない.そこでまず警察庁において電動キックボードのみならず,歩行領域である電動車椅子や無人配送ロボットなどと合わせて,「多様な交通主体の交通ルール等の在り方に関する有識者検討会」が2020年7月2日から開催された.関連事業者のヒアリングに基づき2021年3月に中間報告,2021年12月に報告書がまとめられ(7),2022年3月道路交通法の一部を改正する法律案が閣議決定された(8).本法律案では動力のみで走行する小型電動モビリティについて,最高時速6km/未満の電動車いすや無人配送ロボットなどの歩行領域カテゴリ・最高時速20km/h未満の電動キックボードや電動バイクなどの新しく創設される特定小型原動機付自転車というカテゴリ・従前の最高速度20km/h以上の原付カテゴリに分類される.その中でも, 特定小型原動機付自転車はヘルメットの着用が任意で,16歳以上であれば原付の免許も不要とされている.また機構的に走行速度が時速6キロメートル未満に制限されていれば歩道を通行できる点で電動車いすなどの歩行領域カテゴリとの整合性に配慮され,電動アシスト自転車と同様に自転車専用道路や自転車道も走行することが可能である.継続的な検討事項については新たに2022年2月からパーソナルモビリティ安全利用官民協議会が発足し,審議されている(9).なお,本法律案において電動アシスト自転車は動力により自走する乗り物ではない(人力なくして走行しない)ことから含まれていない.
一方,国土交通省では2021年10月から新たなモビリティ安全対策ワーキンググループが官民で開催され,車両の保安基準について検討が進められている.もともとバイクも電動キックボードも成り立ちは最先端技術を駆使した乗り物ではなく,自動車産業で使い古され,すでに価格競争となったような枯れた技術をつないで作られているところが多く,他社との差別化においてはデザイン・静穏性・軽量化などによるところが大きい.加えて製品の製造のみならず自社単体ではなく加入する業界団体を通じ,規制緩和が技術的信頼を軽視する過度な要件とならず,かつ価格競争によって安全性が脅かされることのないようバランス感覚をもってルールメイキングに参画していくことが必要になってくる.例えば制動力に関して,原付と同様に特定小型原動機付自転車に対してもディスク・ドラムブレーキを独立して2系統備えることとするのは急停止につながることとなるためかえって危険で,一方は回生ブレーキで十分と考える.また,その制動力に対してはソフトウエアが安易に改造できないよう求められているが,ソフトウエアに対する利用者の改造の困難性を事業者に対して完全に求めることは難しい.構造がシンプルであるがゆえなんらかの免責事項を定めるとともに,日本製品が海外へ販売していけるよう標準化を視野に入れたソフトウエアも業界団体を通じて考えていくべき項目と言える.
24.4.4 社会実装に向けた実証実験でのヒアリング
SWALLOW社では2021年4月に経済産業省の新規事業特例制度を用いた計画として認定された最高速度15km/hとした電動キックボードを用いてヘルメット着用を任意とする実証実験を福島県南相馬市にある福島ロボットテストフィールドおよび南相馬産業創造センター入居者を対象として行っている(表24-4-1).実証実験に伴い,地域住民およびすでにSWALLOW社の車体を購入した顧客に対しアンケートを実施した.アンケートは地域住民からは247件の回答,顧客からは302件の回答を得た.
表24-4-1 電動キックボードに関する実証実験
「実証実験において利用した電動キックボード(時速20km/h以下,ママチャリ程度)はどこを走行すべきか(複数回答)」の問いに対し,利用したことのない地域住民で車道を選択した人は7%しかなかった(図24-4-1).すでに利用している顧客も10%しか車道を選んでいない(図24-4-2).
図24-4-1 電動キックボードがどこを走行すべきか(地域住民)
図24-4-2 電動キックボードがどこを走行すべきか(顧客)
メディアで取り上げられがちなのは渋谷の駅前と言った都市が多いが,地方や実際の利用者としては,地域によって交通事情が異なり,場所によって車道はトラックが片側1車線で速い速度で走行しているにもかかわらず歩道には誰も歩いていない,また自転車専用通行帯や自転車道がそもそも整備されていないといった状況があるためと考えている.2022年の法案成立を目指した道路交通法・道路車両運送法に加え,状況が異なる地方ごとにインフラ面における法整備に注目する必要がある.
引き続き,交通ルールの啓もうと日本の技術・デザインを世界に発信していく機体開発を支えつつ法整備に貢献していきたい(10).
〔新井 秀美 SWALLOW(合)〕