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機械工学年鑑2022

19. 情報・知能・精密機器

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19.1 コンピュータ・記憶装置・記憶メディア

2021年のパソコン(PC)総出荷台数は約3億4880万台と対2020年比14.8%の増加で2020年に引き続き過去10年で最高の成長率であった.COVID-19の世界的な流行を受けてか,前年に続きノートPCの出荷台数が大きく伸びている.

2021年のHDD(磁気ディスク装置)総出荷台数は2020年とほぼ横ばいの約2億5900万台であった.Enterprise向けが大きく回復し21%増加したが,MobileおよびConsumer Electronics向けが合わせて8.5%の減少であった.記録容量に直すとトータルで1338EBと前年比31.4%の増加であり,Enterprise用大容量HDDの出荷が順調である.

2021年のSSD(Solid State Drive)総出荷台数は対2020年比12.2%増の3億7300万台と順調に増加している.記録容量に直すとトータルで266EBと前年比29%の増加であり,前年と変わらずHDDの1/5程度を占める.ただし2021年までの順調な成長に対して,今後5年間は成長の鈍化が予想されている.(統計はIDC社およびテクノ・システム・リサーチ社による)

〔江口 健彦 Western Digital〕

19.2 入出力装置

一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会が集計,公表している「事務機械出荷実績」(1)によれば,2021年の主要出力機器の総出荷額(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会会員企業のみの集計)は,1兆2,132億円であった.このうち,複写機・複合機とページプリンタの総出荷額は,それぞれ6,491億円(対2020年99.1%),3,501億円(同98.2%)であり,2020年とほぼ同じレベルを維持した.

電子写真方式が主流となっているオフィス向けの出力機器として,2021年に主要メーカーより発表されたニュースリリース案件は約10件程度である.これら新機種では,小型軽量かつ高生産性,省電力,用紙対応性,高静音性といった基本機能の充実化,高度化に主眼を置く製品が目立った.世界最小クラスやAC100V電源での稼働をセールストークとする製品もあり,COVID-19により社会,企業の様式・様態が変化するで,SOHOなどをターゲットとした商品開発の側面が見られる.また,COVID-19により加速されたもうひとつのトレンドとして,ストレージをはじめとするクラウドサービスとの連携の良さと高度なセキュリティ機能がさらに充実化してきている.

プロダクション(デジタル印刷)領域では,オフィス向け以上の精力的な製品発表がなされており,こちらは従来と同じくインクジェット方式が主流となっている.これら製品の大きな狙いのひとつは,印刷品質の高度化とともに,印刷所のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を目指した,自動化,省力化への取り組みである.画質調整やプリント品質検査の自動化と,プリント1枚ごとに情報を変化させるバリアブル印刷向け品質検査への対応などの高機能化が進められており,その中でAI連携の動きも加速しつつある.また,トランザクション市場と商業印刷市場など,特徴の異なる市場向けに特化したインクジェット機の発表が見られた.さらに,サインディスプレイ市場,ガーメント市場など特殊用途に向けた製品の発表もなされており,インクジェット方式ならではの多様化が進められている.

研究討論会や講演会に関しては,オンライン開催が定着し,一部ではハイブリッド開催の試みも行われてきている.日本画像学会が主催する年次大会では,画像出力技術に関して30件弱の研究発表がなされた(2)(3).インクジェット方式に関する報告が70%強を占めており,そのうちの約60%が,インク滴の吐出や,メディア上に着弾した後の浸透や蒸発などの現象を解析する技術に関するものであった.電子写真方式に関しては,現像サブシステムなどの解析に関する報告が多数を占め,新たな技術に関する報告はみられなかった.社会・生活様式の変革を推進し,また今後のさらなる成長が予測されるプロダクション領域での高品質化を目指した,新たな技術開発の活性化を期待したい.

〔中山 信行 富士フイルムビジネスイノベーション(株)/東京工芸大学〕

参考文献

(1)事務機械出荷実績, 一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会, http://www.jbmia.or.jp/statistical_data/index.php (参照日2022年4月8日)

(2)日本画像学会, 第127回日本画像学会研究討論会Imaging Conference JAPAN 2021 Spring Meeting予稿集(2021).

(3)Imaging Society of Japan, International Conference on Advanced Imaging 2021 Proceedings (2021).

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19.3 ホームエレクトロニクス機器

一般社団法人 日本電機工業会の発表(1)によると,2021年度の冷蔵庫,洗濯機,ルームエアコンなどの白物家電の国内出荷額は,約2.5兆円,前年度比96.1%となった.巣ごもり需要や特別定額給付金の追い風があり,過去10年間で最高出荷額(2.6兆円)となった前年度は下回ったものの,前年度に次ぐ高水準を維持した.

製品別の出荷数量では,ルームエアコンが夏の天候不順の影響を受け,前年度比92.0%と前年度を下回った他,冷蔵庫は同95.0%,洗濯機は同93.6%となったが,いずれも高水準を維持している.冷蔵庫は全体では前年度を下回ったものの,まとめ買いや内食(家庭での食事機会)の増加により,501L以上の大容量タイプは前年度を上回った.また,洗濯機においても家事負担軽減のニーズや健康清潔意識の高まりから,「ドラム式洗濯乾燥機」は好調に推移している.一方,電子レンジは内食(家庭での食事機会)の増加から,前年度比101.5%と前年度を上回る出荷数量となった.

今後は,新しい生活様式が定着し,消費者ニーズに寄り添った製品や,IoT機能搭載で様々なサービスとつなげることで,より利便性を高めた,高機能・高付加価値製品の需要が高まることが予想される(2)

黒澤 真理 (株)日立製作所

参考文献

(1) 一般社団法人 日本電機工業会,民生用電気機器2022年3月度ならびに2021年度国内出荷実績,ニュースリリース(2022-4).

(2) 一般社団法人 日本電機工業会,2022年度 電気機器の見通し,ニュースリリース(2022-3).

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19.4 医療・福祉機器

医療分野に関しては,株式会社メディカロイドの手術ロボットシステムhinotoriの遠隔操作実証実験の開始1,リバーフィールド株式会社の資金調達2,Intuitiveの手術ロボットda Vinciを用いて行った手術手技のログデータの参照を可能とするモバイルアプリ「My Intuitve」3の提供開始など,2021度に引き続き,手術ロボットに関する開発が活性化している.hinotoriの遠隔操作実証実験においては商用5Gネットワークが活用された.「My Intuitve」では,手術ロボットの各アームの使用時間や手術時間等を過去のデータやベンチマークデータと比較して把握することが可能となり,外科医の技術向上の一助となることが期待されている.技術的な観点では「遠隔」「機器データの利活用」がキーワードとしてあげられ,本学会情報・知能・精密機械部門でも研究発表がなされている「触覚」「IoT」に関連する技術の応用が期待される.

また,医療機関の機能分化が進んできており,自宅を含め,複数の医療機関において療養することも少なくない状況の中,入院から在宅まで切れ目のない医療を個々の患者の状態に応じて提供することがより一層求められてきている.このような医療の実現には専門性の高い医療者の拡充と医療者が効果的に医療を実施するための技術が必要となる.医療者が適切な医療を提供するためには,患者の状態が正確に把握され,その情報が関係する医療者間で共有されることが前提となる.そのため,生体情報・生活情報等患者の状態を把握するための情報を,セキュリティ・プライバシーを担保しつつ様々な環境において収集し,収集された情報を一元化する必要があり,新たな技術開発が期待される.一方で医療の高度化・細分化に伴い,医療者が扱う機器が多様化・複雑化しているため,新たな技術の導入により医療者の業務負担が増大しているという現状もある.医療者の作業負荷軽減・人材不足の観点から,使用者の作業量を増大させずに目的の機能を実現する技術が求められる.

福祉分野に関しては, 厚生労働省の介護ロボット等の効果測定事業において,見守り機器,移乗支援,排泄予測,介護業務支援の分野において,99施設に及ぶ介護ロボット導入の効果測定が行われた4.対象となった機器以外にも参考になる示唆が得られており,福祉機器開発の参考になると思われる.本実証においては期間を区切って導入効果の測定が行われたが,実際の運用においては,継続的な評価を行う必要があり,機器の導入環境や使用者等を評価する技術も必要となると考えられる.

また,介護の領域は個別性が高く,扱う技術分野のすそ野が広いという特徴を持ち,様々な機器の開発が行われている5.さらに近年では,介護の在り方として,高齢者や被介護者の身の回りの世話をするだけではなく,本人の自立を支援するとともに介護者・家族の支援を行い介護者と被介護者の双方が心身共に幸せな状態でいられるWell-beingも重要視されてきており6,機械工学の幅広い技術の活用が期待される.

〔桑名 健太 東京電機大学〕

参考文献
(1) 国立大学法人神戸大学,株式会社 NTT ドコモ,株式会社メディカロイド,神戸市 プレスリリース(2021/4/16), https://www.medicaroid.com/release/pdf/20210416_ja.pdf(参照日:2022年6月1日)

(2) リバーフィールド株式会社 プレスリリース(2021/9/15), https://www.riverfieldinc.com/news/【プレスリリース】資金調達のお知らせ(参照日:2022年5月31日)

(3) Intuitive My Intuitive, https://www.intuitive.com/en-us/products-and-services/my-intuitive(参照日:2022年5月31日)

(4) 厚生労働省 老健局高齢者支援課 介護ロボット等の効果測定事業報告書, https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000928397.pdf(参照日:2022年6月2日)

(5) 厚生労働省,福祉用具・介護ロボットの開発と普及2021, https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000928396.pdf(参照日:2022年6月2日)

(6) 介護ロボットポータルサイト「ロボット介護機器関連事業の成果と今後の見通し」, https://robotcare.jp/jp/column/01(参照日:2022年6月1日)

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19.5 知能化機器

機械の知能化を実現するためには,制御指標となる情報の生成および取得が重要である.一般に機械学習に代表されるAI技術による機械制御の最適化が試みられている.株式会社野村総合研究所は, 2030年には,日本の約49%の職業が機械に代替可能との試算結果を得ている1.既存職業の代替については,一般にネガティブな文脈で語られる傾向が強い.しかし,生産年齢人口の減少が見込まれる日本においては,いかにAI技術やロボットを活用していくかが,産業の維持・発展のために重要である.

一般に,機械学習を実装するためには学習データセットが必要となる.例えば,公的機関からオープンデータセットとして,DATA GO JP2,国立情報学研究データリポジトリ3などが公開されている.これらは,一般的な公共情報が中心で,機械制御に適用できるような情報はまだ十分とはいえない.今後,産業界で利用できる機械システムにAI技術を適用する際には,より広範にわたるデータ利用が望まれる.

この観点から,内閣府第5期科学技術基本計画(2016年1⽉22⽇閣議決定)にて提唱された Society5.04との連携が期待される.Society5.0は「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を⾼度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両⽴する⼈間中⼼の社会(Society)」と定義される.これは,現代の情報社会(Society4.0)の次に目指すべき社会の姿として,現実空間と仮想空間のシームレスな融合による新しい価値の創出を企図している.

Society5.0には2つの側面がある.1つ目は,IoTやセンサネットワークにより,現実空間の情報をクラウド・コンピューティングで構成される仮想空間へ集約する仕組みである.クラウド上に網羅的に収集された情報はビッグデータとよばれ,冗長性とともにこれまで見落とされていたキーファクターを含有する可能性がある.そして,2つ目として,ビッグデータから,AIや統計を駆使して有意義な傾向や特徴を分析・解析する技術の確立である.

ここで,ビッグデータ解析により得られた情報を現実空間の機械システムへフィードバックすることで,機器の知能化が大きく進展することが期待できる.今後,知能化機器はローカルなセンサ情報処理のみでなく,クラウドを経由した仮想空間内へのアクセスおよび有用な情報の抽出のためのビッグデータ解析が重要な要素となると考えられる.

〔五十嵐 洋 東京電機大学〕

参考文献
(1) 厚生労働省 第3回労働政策審議会労働政策基本部会資料「AIと共存する未来 ~AI時代の人材~」(2017), https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000186905.pdf (参照日2022年6月1日)

(2) DATA GO JP, https://www.data.go.jp/(参照日2022年6月1日)

(3) 国立情報学研究データリポジトリ, https://www.nii.ac.jp/dsc/idr/datalist.html(参照日2022年6月1日)

(4) 内閣府Society5.0,https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/(参照日2022年6月1日)

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19.6 柔軟媒体ハンドリング

柔軟媒体ハンドリング分野に関する代表的な市場である2020年度の国内のデジタル印刷市場は,新型コロナウィルス(COVID-19)の影響により減少した分野と,コロナ禍での経済対策によって拡大した分野があったことからほぼ横ばいと報告されている(1).しかし,デジタルトランスフォーメーション(DX)の流れは継続しており,またデジタル禍によってもたらされた在宅勤務という勤務形態の変化も予想されることから,デジタル印刷市場の減少という基本的な傾向は変わることはない.ただし,デジタル印刷市場自体がなくなることはなく,印刷の高速化や高精度化へ向けたカット紙ハンドリング技術開発の取り組みは継続するものと思われる.またフィルム市場に関しては,DXに伴うディスプレイやスマートフォンなどの情報端末の増加に伴う機能性フィルムの需要拡大だけでなく,5GやIoT社会への進展,およびEVの本格的な生産開始などに関係してより付加価値の高いフィルムへのニーズが高まると予想される.このため,より高性能かつ高品質なフィルム製造に関係するウェブハンドリング技術確立へ向けた取り組みが必要となっている.

このような市場の状況から,紙媒体やフィルムなどを取り扱う柔軟媒体ハンドリングの研究や技術開発の取り組みは,新たな製品展開への取り組みと,従来技術の一層の深化への取り組みの二つが主流となっている.新たな製品展開への取り組みの具体的な内容は,プリンティッドエレクトロニクス(PE)や高分子ナノシートなどに関するハンドリング技術に関する研究であり,従来技術の一層の深化への取り組みとは,フィルムや紙媒体などの柔軟媒体の処理に学理や実験を導入して根本的な信頼性確保は生産性向上を目指した研究である.

2021年度に開催された機械学会の講演会における,柔軟媒体ハンドリングの従来技術の一層の深化への取り組みに関する報告事例としては,カット紙の給紙機構の評価指標の提案(2)カット紙の受け渡し時に生じる姿勢変化のメカニズム検討(3),弾性ベルトのシフト運動とローラ形状の関係の検討(4)マイクロスリップの現象解明に向けた観察技術の検討(5),フィルムの厚み分布を考慮した巻取り条件の最適化の検討(6)PETフィルムの熱搬送時における熱伝導解析(7)などがある.また付加価値の高い柔軟媒体ハンドリング技術開発の事例として,カット紙を垂れ下がりのない取出し・搬送機構(8),ウェブの汚れや傷を防ぐための非接触搬送技術の検討(9)などある.さらにメソポーラスシリカ薄膜生産といったナノシートに関するする発表も行われた(10).新たな活動として,ナノシートに代表される新たな柔軟媒体の製造や生産に関する研究会も発足している

柔軟媒体ハンドリング技術はデジタル社会を支えるコア技術の一つであり,さらに薄く,長く,広いフィルムを高信頼に取り扱うハンドリング技術を実現する必要がある.

〔吉田 和司 山陽小野田市立山口東京理科大学〕

参考文献
(1)ニュープリネット(newprintet.co.jp),2022年4月12日.

(2)川原田雅也,橋本崇,川島康成,高山英之,動特性に注目した給紙分離機構開発,IIP2021情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2021年),№21-11,IIP2A1-1.

(3)北内大介,宮坂徹,減速受渡し時の紙の搬送姿勢に関する基礎検討,IIP2021情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2021年),№21-11,IIP2A1-2.

(4)吉田和司,弾性ベルトの調心作用とローラ形状の関係に関する検討,IIP2021情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2021年),№21-11,IIP2A2-1.

(5)中山輝,中道共,吉田和司,光干渉断層法を用いた紙搬送装置におけるニップ領域の断層可視化と用紙搬送速度計測,日本機械学会2021年度年次大会,№21-1,S162-03.

(6)西田武史,砂見雄太,厚み分布を考慮した巻取りロールの内部応力解析と巻取り条件の最適化,IIP2021情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2021年),№21-11,IIP2A2-2.

(7)庄子岳輝,砂見雄太,PETフィルムの熱搬送時におけるトラフ発生実験および熱伝導解析,日本機械学会2021年度年次大会,№21-1,S162-02.

(8)柴田亨,宮坂徹,生活空間における柔軟媒体ハンドリング技術,IIP2021情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2021年),№21-11,IIP2A1-4.

(9)下地航,伊藤賢姿郎,川崎恭平,長妻忠浩,砂見雄太,ウェブ浮上装置を用いた静特性に関する実験的検討,日本機械学会2021年度年次大会,№21-1,S162-01.

(10)玉田麻樹,砂見雄太,柔軟性メソポーラスシリカ薄膜の大量生産技術と細孔制御,IIP2021情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2021年),№21-11,IIP2A2-3.

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19.7 社会情報システム・セキュリティ

ネットワークセキュリティビジネスの国内市場については,2021年度の市場規模は6,231億円(前年度比9.9%増)と推計している(1).市場が拡大している要因には,クラウドサービスの普及で社会からのネットワークへのアクセスが増えたため,社内・社外ネットワークを問わずセキュリティ対策を行うゼロトラストへの取り組みが加速したことが挙げられる.また,新型コロナウイルス感染症の流行を契機にテレワークの普及やデジタル活用・DX推進が加速し,新たなセキュリティ課題に対する投資が増えていることが挙げられる.2026年度の市場規模は8,078億円に達すると予測している.

夏に1年遅れで開催された東京オリンピック・パラリンピックでは,国際大規模イベントに対するサイバー攻撃が懸念されており,期間中には攻撃件数が約4億5,000万件に達した一方で,大会運営に影響を及ぼす重大インシデントの発生は皆無であった(2).セキュリティインシデントを発生させなかった成功要因として,脅威情報とモニタリング,総合的セキュリティソリューション,人材・心持・フォーメーション,ステイクホルダーマネジメントを挙げている.

海外では5月に米国のパイプライン大手のITシステムが身代金型ランサムウェアに感染し,被害の局所化のために東海岸地域に供給するパイプラインの運用を1週間にわたり停止した(3).ランサムウェアの攻撃者は「ランサムウェア as a サービス」によるものと見られており,仲介業者がランサムウェア攻撃のための基盤を開発運用し,会員を募集して会員が企業に対する攻撃を実行し,仲介業者は得られた身代金から費用を差し引いて会員に渡すという仕組みである.ランサムウェアによる被害は国内でも増加しており,国内の医療機関が標的となり,市民生活にまで重大な影響が及んだ(4).また12月にはログ管理ソフトウェアの深刻な脆弱性が報告され,第三者が当該機器を乗っ取り任意のコードを実行できることが判明した.本ログ管理ソフトウェアは広く使われており,少なくとも1.7万種類の製品に影響が及ぶとされ,本脆弱性の影響が数年間にわたり長引く可能性が報告されている(3).また年度をまたがった情勢として,2019年にメール経由で世界的な被害を及ぼしたボットネット「エモテット」に対して,2021年1月にユーロポール(欧州刑事警察機構)によってテイクダウン作戦が行われ一時的に終息に向かったが,2021年11月に入りふたたび活動が再開し,注意喚起がおこなわれた(5).さらに2020年12月にネットワーク管理用のソフトウェア製品の開発元が侵入されて,ソフトウェア製品のアップデートのたびにバックドアを埋め込み,米国の主要官庁や大企業が攻撃されたことの続報として,米国サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA, The Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)は2021年1月に分析報告書を発表した.多数の攻撃者がクラウドサービスの設定誤りを狙っていること,多要素認証のないVPNはセキュリティリスクが高いこと,サプライチェーンによって脆弱性が継承されることやその修正に極めて長い時間がかかることを指摘した(3).継承された脆弱性に製品利用者が気づける仕組みとしてソフトウェア部品表(SBOM, Software Bill Of Materials)が求められる.

9月にはデジタル庁が発足し,日本がめざすデジタル社会の姿と,それを実現するために必要な考え方や取組みを示す「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を策定した(6).主な分野の取組みとして,デジタル社会に必要な共通機能の整備・普及を挙げており,その元で,マイナンバーカードを活用し新型コロナウイルスワクチンの接種証明をスマートフォンに搭載することを可能にした.今後,デジタル庁のリーダーシップのもと,社会全体のデジタル改革を徹底していくことが期待される.

〔甲斐 賢 (株)日立製作所〕

参考文献

(1) 富士キメラ総研,ネットワークセキュリティビジネスの国内市場調査結果を発表,日本経済新聞,https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP623034_T01C21A2000000/ (参照日2022年4月1日)

(2) 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会におけるNTTの貢献~通信サービス with サイバーセキュリティの観点から~,日本電信電話株式会社,https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/10/21/211021a.html (参照日2022年4月1日)

(3) 制御システム・セキュリティの現在と展望~この1年間を振り返って~2022年版,宮地利雄,https://www.jpcert.or.jp/event/ics-conference2022.html (参照日2022年4月1日)

(4) 令和3年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について(速報版),警察庁,https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/R03_cyber_jousei_sokuhou.pdf (参照日2021年4月1日)

(5) 【注意喚起】マルウェアEmotetが10カ月ぶりに活動再開,日本も攻撃対象に,株式会社ラック,https://www.lac.co.jp/lacwatch/alert/20211119_002801.html (参照日2022年4月1日)

(6) デジタル社会の実現に向けた重点計画,デジタル庁, https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program/ (参照日2022年4月1日)

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19.8 生体知覚・感覚機能の機械システム応用

Metaverseに象徴されるコンピュータやコンピュータネットワーク内に構築された仮想空間の枠組みでは,人間の視覚的・聴覚的機能の拡張と言う視点での技術進歩が目覚ましく,視覚・聴覚以外の感覚における拡張感覚研究を先んじている.もちろん,人間の情報処理系入力が視覚・聴覚優位である点を考えれば,研究資源のリソース配分も納得できるが,より将来的な仮想現実世界を実現するためには,視覚・聴覚以外の感覚機能に着目する必要がある.

こうした技術的潮流の必然性を受けて,触覚に関する機能の解明が加速的に進んできている.特に,人間の触覚器官の一つである「手指」に関しての機能解明や機械システムとの接続に関する研究が散見される.例えば,接触する対象物の硬軟感,粗さ感,温熱感といった様々な触覚のメカニズムを解明するため,光コヒーレンストモグラフィを用いて接触時の指先皮膚の変形状態を観測し,上述した触覚感覚の発現機序を客観的にとらえようとする研究(1)では,皮膚表面および角質層境界の物理的変形を定量化している.手指による操作時の押し付け力や摩擦力に対する指先皮膚変形を測定することができ,個人レベルでの指先角質層の機械的特性と触覚感覚のモデル化に大きな寄与が期待できる.

さらに,手指先の触覚に関しては,指に力が作用することにより爪内側の血色分布が変化することに着目し,CMOSカメラで爪の表面画像を撮像し,機械学習により指先に作用する力の大きさと方向を推定しようとする研究(2)がある.爪内側の血液分布は,指に力が作用した時の弾性変形によって変化すると考え,指先に発生した三軸力を計測し,その計測値と爪色画像の関係を深層学習によりモデル化する.この手法では,指先にかかる力学的な物理量を非接触,かつ,比較的コンパクトに推定できる可能性があることから,複雑な熟練技能者の手指技の定式化と言った微妙な指先挙動計測に期待が広がる(3)

上記の研究は,人間の触覚機能を物理的に計測し,触覚感覚との関係をモデル化しようとする試みであるが,人間に触覚感覚(触り心地)を積極的に提示する研究(4)も注目される.Velvet Hand Illusionと呼ばれる触錯覚現象に着目し,ヒューマンインタフェースデバイス(ハプティック・ディスプレイ)としての機能について検討されている.この研究プロセスにおいてもfMRI,fNIRSなどの高次脳機能計測データと提示刺激の関係から,効果的なハプティック・ディスプレイの機械デバイスとしての設計指針が検討されている.また,熱刺激が加わった場合に上記の触錯覚現象がどのように変化するかについての研究(5)も上記触覚提示研究の広がりを感じる.

触覚という機能の物理的解釈と触覚感覚という人間の主観的感覚の関係を探求する試みは,さらに多方面に拡大し,モノづくりにおける設計者の造形的デザインを脳波情報に基づきながら作り上げていく支援システムの提案研究(6)に発展している.モノとしての物理的な形状・構造の妥当性とデザインとしての形状の主観的妥当性の両面を人間の感性特性を脳波を介して評価することにより融合することができる新しいパラダイムであり,モノつくり設計環境の黎明を感じる.

〔高橋 宏 湘南工科大学〕

参考文献
(1) 原昂大,奥山武志,田中真美,光コヒーレンストモグラフィを用いた指先皮膚変形計測システムの開発,日本機械学会2021年度年次大会,J163-11,(2021).

(2) 渡邉圭介,大岡昌博,CNNによる爪画像に基づく触覚データの推定,IIP2020 情報・知能・精密機器部門講演会,26-27,(2020).

(3) 渡邉圭介,小村啓,大岡昌博,CNNによる爪色三軸触覚センサの高精度化,日本機械学会2021年度年次大会,J162-02,(2021).

(4) 小村啓,山下恭平,大岡昌博,LABNIRSによるVHI感と脳賦活の関係の調査,IIP2022 情報・知能・精密機器部門講演会,IIP2R2-G04,(2022).

(5) 小村啓,大岡昌博,熱刺激と蝕錯覚現象を用いた触覚ディスプレイの開発,日本機械学会2021年度年次大会,J162-01,(2021).

(6) 豊嶋葵輝,長谷川浩志,BMIに基づく形状創生:前向きな期待を用いた形状評価,IIP2022 情報・知能・精密機器部門講演会,IIP2R2-G01,(2022).

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19.9 サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System: CPS)

いわゆるIoT(Internet of Things)の概念が社会に浸透するにつれ,その上位概念として登場した語がCPSである.両者の定義は非常に似通っているが,IoTが「モノのインターネット」と呼ばれ,実世界(フィジカル)のありとあらゆるものをインターネットに接続してデータを取得することを示した概念なのに対し,CPSとはそのようにして収集したデータを,サイバー世界でデジタル技術を用いて分析し,活用しやすい情報や知識に変換した上で,それをフィジカル側にフィードバックして新たな付加価値を創造することを目的としたシステムの総称である(1)

日本機械学会においても,CPSIoTの重要性に着目し,過去に学会誌にて何度か特集が組まれ(2)(3),その要素技術や応用先について議論が為されてきた.情報・知能・精密機器部門では,2016年の部門講演会から「IoT と情報・知能・精密機器」というオーガナイズドセッションを企画し,以来毎年,CPSに用いられるセンサシステムの電源として期待されるエネルギーハーベスティング技術を中心に活発な議論を展開している(4).昨今では,次世代のCPSの開発に向けて,より質の高いデータを取得可能な超高性能センサシステムを実現するために,最先端の機械工学を他の技術領域と融合させていく取り組みが果敢に行われている(5)

このような動きにも支えられ,特に生産技術分野においては,CPSを用いた業務プロセスの改善が広く浸透しつつある(6).その一方で,CPSによる機械やインフラの保守・保全,信頼性強化の分野に関しては,インフラの深刻な老朽化を背景に極めて高いニーズがある(7)にも関わらず,社会へ普及に向けては更なる課題解決が求められている状況である.この課題は個々の技術分野における単独の技術進展のみで解決をすることは困難と考えられ,実社会のニーズに即した形での複数分野の技術シーズの網羅的な適用が不可避であることから,日本機械学会では2020年に学会横断テーマ「機械・インフラの保守・保全と信頼性強化」を立ち上げ,日本非破壊検査協会や土木学会とも連携し,分野横断的な課題解決スキームの構築に取り組んでいる(8)

また,CPSの導入においては,高度なIT人材を社内に多数雇用し,数千万~数億円規模のシステム開発費の投資が実行可能な大手企業が先行しているのが実情であり,より広範囲の社会実装に向けて技術の裾野を中小企業まで広げていくためには,技術のプラットフォーム化による開発コストの圧縮,開発期間の短縮が不可避である.こうした背景から,2018年より内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期において「フィジカル空間デジタルデータ処理基盤」の開発プロジェクトが進行しており(9)CPSを差異化する超高感度センサや高効率エネルギーハーベスタをエッジプラットフォームとして提供する試みが検討されている.同プロジェクトは2022年度の完了を予定しており,その後の技術成果の社会への普及が期待される.

〔冨澤 泰 (株)東芝〕

参考文献
(1) CPS(Cyber Physical Systems)とは,株式会社東芝, https://www.global.toshiba/jp/cps/corporate/about.html(参照日2022年4月1日)

(2) 有坂寿洋,これからが本番,IoT研究発展に向けた取り組み,日本機械学会誌, Vol.123, No.1223(2020), pp.6–9, https://www.jsme.or.jp/kaisi/1223-06/.

(3) 神野伊策,特集「機械工学が拓くIoT技術」,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201(2018), pp.4–5, https://www.jsme.or.jp/kaisi/1201-04/.

(4) 神野伊策,谷 弘詞,橋口 原,IoT電源としての振動発電技術,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201(2018), pp.22–25, https://www.jsme.or.jp/kaisi/1201-22/.

(5) 小島章弘,冨澤 泰,吉川宜史,次世代CPS開発における機械工学,Vol.125,No.1238(2022),https://www.jsme.or.jp/kaisi/1238-08/

(6) 中川泰忠,秋山靖裕,デジタル生産技術を駆使した東芝グループの業務プロセス変革への取り組み,東芝レビュー,Vol.76,No.1(2021),pp.2-7.

(7) 冨澤泰,インフラIoTと機械工学,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201(2018), https://www.jsme.or.jp/kaisi/1201-26/.

(8) 井原郁夫,2020年度「学会横断テーマ」③機械・インフラの保守・保全と信頼性強化,日本機械学会誌, Vol.123, No.1225(2020), https://www.jsme.or.jp/kaisi/1225-04/.

(9) 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)フィジカル空間デジタルデータ処理基盤 研究開発計画,内閣府, https://www.nedo.go.jp/content/100899305.pdf(参照日2022年4月1日)

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