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機械工学年鑑2022

18. ロボティクス・メカトロニクス

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18.1 総論

ロボティクス・メカトロニクスは,機械とコンピュータを中心とし様々な関連技術と融合しながら発展してきた.近年では,IoTやAIなどによるビッグデータと情報処理能力の進展によるロボットの高知能・高機能化が進んでいる.また,少子高齢化やパンデミックなどを起因とした社会ニーズの高まりもあり,ロボットの社会実装に向けて,2次産業のみならず1次産業や3次産業の分野で,また,スタートアップから大企業にて様々な規模でチャレンジが行われている.

2015年より始まった「ロボット革命イニシアチブ」の活動の一つとして2020年に計画されていたロボットの新しい国際ロボット競演会World Robot Summit(WRS)が新型コロナウイルス感染症の影響で延期され,2021年8月に愛知大会,2021年10月に福島大会が開催された.そこで,2021年の本大会の開催報告を行う.

また,世界トップ水準の成果の創出を目指した先端敵研究開発プログラム(FIRST, 2009年度〜),失敗を恐れずに困難な課題に果敢に挑む革新的研究開発推進プログラム(ImPACT, 2013年度〜)に続き,我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し,従来技術の延長にない,より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する「ムーンショット型研究開発制度」が2018年度より準備され,2020年度より採択プログラムが研究開発活動を開始している.これは,未来社会を展望し,困難だが実現すれば大きなインパクトが期待される社会課題等を対象とし,人々を魅了する野心的な目標及び構想を掲げ,最先端研究をリードするトップ研究者等の指揮の下,世界中から研究者の英知を結集し,目標の実現を目指すものである.当初6つの目標のうち,目標3では,「2050年までに,AIとロボットの共進化により,自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」を目指し,ゆりかごから墓場まで,人の感性,倫理観を共有し,人と一緒に成長するパートナーAIロボットの開発を目標としている.そこで,この目標3に2020年度に採択された4テーマについて,未来社会の展望や,破壊的イノベーション,社会インパクトについて,紹介する.

〔長谷川 泰久 名古屋大学〕

18.2 WRS(World Robot Summit)の開催報告

ワールドロボットサミット(WRS)は,世界のロボットエクセレンスを集めて開催される“競技”(WRC;World Robot Challenge)と“展示”(WRE;World Robot Expo)を統合した“ロボット競演会”である.その相互作用でロボットの社会実装を加速する.2015 年のロボット新戦略(1)で提案され,その後 WRS として経産省と NEDO により企画推進されている.2018 年のプレ大会の後, 2020 年の本大会を迎えようとしていたがコロナ禍で延期され,2021 年に本大会(WRS2020)が開催された.具体的には,2021 年 9 月に“WRS2020 愛知大会”が,10 月に“WRS2020 福島大会”が,さらに 2022 年になってから関連イベントとして,“ロボットアイデアコンテスト”が開催された.

18.2.1 WRS2020 概況

本大会は,2018  年のプレ大会(2)に比して,運営や競技面において著しく質が向上した.運営については,Web  参加者を意識して,競技や展示の発信方法が,わかりやすいものになった.無観客開催となった愛知大会では,バーチャル展示により最新のロボットや講演が,競技の全映像とともに Web 公開された.この甲斐あって,WRS の様子が文字通り“時間や空間”を超えて,一望できるようになった.また,福島大会の展示に関しては,緊急事態宣言解除後の有観客での開催となり,“ロボットの将来を示す展示”としての開会式でのロボットによる点火式は,印象的であった.競技会におけるロボットのパーフォマンスは,プレ大会などの技術やノウハウの蓄積と深層学習技術の進歩などにより向上した.

18.2.2 各カテゴリーにおける競技と結果

(ものづくりカテゴリー)  本カテゴリーの製品組立チャレンジでは,将来大事になる迅速な単品ものづくり(Lean One–off-manufacturing)を見据えて,産業ロボットの新しい使いこなし(活用)を刺激するチャレンジである性格が,より明確になった.SIer の重要性が再認識された.これには,2018 年に発案された“ツール  in  ハンド”の手法が,WRS2020 のチャレンジでは,優勝チームを含む複数の参加チームにも,『実用技術』として広まったことも寄与している(横小路競技委員長談).その一方で,段取り替えを含む組み立て方が当日に発表される“サプライズ製品の組み立て作業の課題“では,その困難性が将来課題として浮き彫りになった.

(サービスカテゴリー)  ここのパートナーロボットチャレンジでは,トヨタ自動車株式会社製のロボット(HSR  :  Human  Support  Robot)を利用した競技が行われた.暮らしの中で役立つロボットが単なる夢物語でなく,そこに向かって一歩近づいたことが,多くのチームのパーフォーマス進化が実感させた.また,トーナメント制の導入や,岡田競技委員長などによる名実況中継も相まって,競技観戦を楽しめるものにした.フューチャーコンビニエンスストアチャレンジでは,商品陳列・廃棄やトイレ清掃作業などの実用的作業実施において,経産省のロボットを導入し易い“ロボットフレンドリー”な(ロボフレ)環境の実現に呼応する様々なチャレンジがみられた.

(ジュニアカテゴリ)  学校や家でロボットを活躍させるリモートチャレンジが行われた.ソフトバンクロボティクス株式会社の人型ロボット Pepper を操作する愛知会場のサポーティングスタッフおよび,日本と海外チームの連携によるリアルとリモートが融合した新しい取り組みは,参加した学生にとっても競技運営スタッフにとっても,ロボット技術力向上のみでなく,英語コミュニケーションとコラボレーション力の育成に役立った.江口競技委員長の教育への熱意の成果である.

(インフラ・災害対応カテゴリー)  ロボットの形態が一定の形に集約されてきた.階段を上下するロボットとして,6クローラタイプのロボットが目についた.パフォーマンスの高いロボットへの知恵の集約がチャレンジを繰り替えすことで実現したといえよう.このような連続的な向上は,どこかで突然非連続的飛躍につながり(田所競技委員長談),将来の飛躍を予感させる.

(ロボットアイデアコンテスト)  WRS2020  の併催事業として,中小やベンチャー企業向け「Future Service  Design」(協力セブン&アイ・ホールディングス),大学生向け「COBOTTA アイデアチャレンジ」(協力デンソー),小中高校生向け「Future Robot Design」(協力 LEGO)の3つのロボットアイデアコンテストが開催された.ここでは,スポンサー企業が課題を設定し,その解決に向けたアイデアが競われた.

(総括)  このように wrs2020 は,競技に参加する人のみならず,競技や展示をする運営側にとっても,コロナ下での開催という意味もあり,チャレンジングで貴重な知見が得られた大会となった.

佐藤 知正 東京大学

参考文献
(1) ロボット新戦略, http://www.kantei.go.jp/jp/singi/robot/pdf/ senryaku.pdf

(2) 佐藤知正, 細谷克己、,World Robot Summi(t WRS)の意義と WRS2018(東京大会),⽇本ロボット学会誌 Vol.37,No.3,“特集:World Robot Summit2018”, Apr.2019.

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18.3 Moonshot課題3 一人に一台一生寄り添うスマートロボット

18.3.1 目的

本研究開発プロジェクトでは,ムーンショット目標3の人・ロボット共生社会を実現するために,AI・ロボット・社会実装のチームにより,接客や家事はもとより,人材不足が迫る福祉・医療などの実世界の現場で,多様な高難易度の物理作業で人間をサポートし,さらに自らの身体から生まれる情動を持って人間と豊かな情緒コミュニケーションを行う,一人一台の汎用型スマートロボットAIREC (AI-driven Robot for Embrace and Care)の実現を2050年の目標として設定している.

具体的には,(1) AIとの統合を考慮した「体液(バックドライバブル油圧型人工筋,自己修復材,冷却剤など)」の循環機構,すなわちこれまでのDyだけではなくWetを取り入れたロボット身体の実現,(2) 深層予測学習による多様な物理作業の実現,またwet機構による身体調整から創発される「情動」によるコミュニケーション知能の革新,(3) ELSIや国際的視点から総合的に受容可能な論理・社会性の導出とそれに基づくAIRECの設計・動作の生成・制御方法の確立を行う.

18.3.2 Dry-AIRECの開発

ハードウェア構築としては,Wetロボットのための油圧アクチュエータ,循環系構築の基礎実験を進めつつも,Wetには難しい技術課題が多いことから,その開発研究と同時に現状の最先端ロボット技術のインテグレーションにより,AIを導入した作業実験を評価するためのDry-AIRECを開発し(図18-3-1)1,基礎実験を進めている.2021年度は,移乗介助,拭き掃除,超音波診断などの作業が実現可能であることを確認した(図18-3-2).

図18-3-1 Dry-AIREC

図18-3-2 Dry-AIRECの作業(移乗・拭き掃除・診断)

18.3.3 Dry-AIRECと深層予測学習による調理作業

AIRECは,様々な場面で人のスキルを学習し人との協調作業を目指しているが,特に家庭における調理,洗濯,掃除・片付などの家事作業は,主要なターゲットである.ロボットに日常タスク支援をさせるには,操作対象の認識とその対象に合った動作生成が必要である.日常生活において,料理や掃除など温度や外力などによりその特性が変化する対象を扱う場面は多いため,時々刻々と変化する対象をリアルタイムで認識し,その変化に素早く対応する動作生成手法が求められる.本研究では,対象が変化してもその変化に合わせて適切な動作を生成できる学習モデルの構築を目指した2

深層予測学習モデルに注意機構を組み込むことにより,重要度の高い感覚運動情報に注目させ,リアルタイムでその特徴の認識を行いながらタスクを実行することで,変化する対象を扱うことが可能になる.2021年度は,対象作業として加熱すると液体から固体に変化する卵を使用し,AIRECのマニピュレーションによりスクランブルエッグの調理を実験した.提案する深層予測学習モデルには,CAEと注意機構つきMTRNNを用いた.学習では,予めアームの目標姿勢を複数設定し,実際に調理中に目標姿勢を随時指示することでロボットを操作し教示を行った.教示では,数種の調味料・具剤,異なる火加減で訓練し,提案モデルに学習させた.学習の結果,未学習の明太子が入った溶き卵でも適切にかき混ぜ,焦がすことなくスクランブルエッグの調理を実現できた.

18.3.4 今後の展望

Dry-AIRECと深層予測学習により,服の折り畳みなどの生活作業支援の拡大,介護の現場で必須となる,人を支える・誘導するなどの支援の実現を目指していく.並行してWetロボットの要素技術開発を進める.また,同時に看護・治療への展開,大規模の質的・量的調査により,AIRECの設計・制御条件を明らかにしていく予定である.

〔菅野 重樹 早稲田大学〕

参考文献
(1) AIREC紹介, 早稲田大学次世代ロボット研究機構, https://airec-waseda.jp/ (参照日2022年4月1日)

(2) Namiko Saito, Tetsuya Ogata, Satoshi Funabashi, Hiroki Mori, Shigeki Sugano, How to select and use tools? : Active Perception of Target Objects Using Multimodal Deep Learning, IEEE Robotics and Automation Letters 2021, DOI:10.1109/LRA.2021.3062004.

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18.4 Moonshot課題3 多様な環境に適応しインフラ構築を革新する協働AIロボット

プロジェクト「多様な環境に適応しインフラ構築を革新する協働AIロボット」(2020~2025年)(1)は,ムーンショット型研究開発事業(2)の目標3「自ら学習・行動し人と共生するAIロボット」内にあり,自然災害現場や月面に代表される難環境において臨機応変に対応し,インフラ構築を可能とするAI建設ロボット群の実現を目指している.このため,このプロジェクトは,「開いた設計」という概念をベースに,「動的協働AIロボット群」ならびに「Dynamic Synthesis(動的なシンセシス)」の構築を進めている.以下に,ここに記した3つのキーワードを解説しつつ,このプロジェクトについて説明する.

まず,最初のキーワードである「開いた設計」とは,無限定性を有する自然環境で活動する人工物の設計論であり,まだ確立されてはいないが,設計段階で境界条件が閉じていない状態で「そこそこ動く」人工物を開発するための概念である(3)(図18-4-1).このプロジェクトでは,ハードウエアからソフトウエアにわたり,この概念を念頭に置いた研究開発が進められる.

図18-4-1 開いた設計の概念図

次に「協働AIロボット群」とは,協働作業が可能な3t程度(月面用は100kg)の複数台の小型AI建設ロボットである.複数ロボットを用いることで,大きな通信遅れが生ずる月面や状況が刻一刻と変化する自然災害に代表される難環境において,環境の変化に臨機応変に対応しつつ,インフラ構築作業を遂行するシステムの実現を目指している.このためには,土工を革新する建設ロボットの実現ならびに,複数台建設ロボットの動的協働システムが重要であると考えられるが,このプロジェクトでは,この2つの研究開発が,並行して進められている.前者の「土工の革新」を進めるためには,従来の土工とは異なる柔軟な発想が必要であり,現在,上述の開いた設計に沿って,さまざまなアプローチで,ハードウエアを中心に研究開発が進められている.後者の「動的協働システム」については,自律分散型の動的協働システムの研究開発(4)が進められている.具体的には,複数の建設ロボットチーム(1チームは,掘削積込を担当するバックホウ1台ならびに運搬を担当するダンプトラック複数台で構成)による土砂移動タスクを対象とし,環境の変動や工事の進捗,建設ロボットの故障といった不測の事態に応じて,臨機応変にチーム編成を変更しつつ,インフラ構築を進める.これを実現する自律分散型のアルゴリズムを開発し,最終的に,実建設ロボット群による土砂運搬作業の実現を目指す.

三つ目のキーワード「Dynamic Synthesis」とは,協働AI建設ロボットならびに,センサポッド(環境内に設置された据置型センサユニット)を用いて,Physical空間で獲得したデータから「重要な」要素を抽出して動的にCyber空間内に対象環境を構築し,その上での環境評価や予測を逐次行うシステムである.これは,リアルタイム性の高いデジタルツインと考えるとイメージし易い.このDynamic Synthesis実現のため,ここでは,環境中に配備されるセンシングデバイスである「センサポッド」の研究開発が進められている.センサポッドに搭載すべきセンシング技術には,対象環境の形状のみならず,対象環境の性質に関する情報が不可欠である.しかしながら,地盤を構成する土については,土工の作業対象であり,環境条件であり,リソースでもあるにも関わらず,その性質を取得するロボットのためのセンシング技術は多くない.そこで,このプロジェクトでは,さまざまなアプローチにより,地盤に関するセンシング技術の研究開発を試みると共に,獲得したセンサデータを用いて対象環境の評価や予測を行うための,AI技術の活用の試みを行っている.なお,このプロジェクトが対象とする環境では,一般的なAI技術で必要とされる大量の学習データを収集することが大変困難であるため,少量データと不確実性を許容する新しいAIのプラットフォームを用いた環境評価と未来予測技術の開発が進められている.

このプロジェクトでは,以上に記した「動的協働AIロボット群」ならびに「Dynamic Synthesis」を実現することで,時々刻々と変化する難環境においても臨機応変に対応しつつ,インフラ構築を行うことが可能な協働AI建設ロボット群の実現を目指している.なお,これら構築したシステムについては,逐次,実機を用いたフィールド実験を行い,提案システムの評価を行う予定である.

 

参考文献
(1) 多様な環境に適応しインフラ構築を革新する協働AIロボット,永谷圭司,https://moonshot-cafe-project.org/(参照日2022年3月19日)

(2) ムーンショット型研究開発制度, 内閣府,https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html(参照日2022年3月19日)

(3) Nagatani K, Abe M, Osuka K, Chun P-j, Okatani T, Nishio M, Chikushi S, Matsubara T, Ikemoto Y and Asama H (2021), “Innovative technologies for infrastructure construction and maintenance through collaborative robots based on an open design approach”, Advanced Robotics., May, 2021. Vol. 35(11), https://doi.org/10.1080/01691864.2021.1929471

(4) Asama, H., Yano, M., Tsuchiya, K., Ito, K., Yuasa, H., Ota, J., Ishiguro, A., and Kondo, T.: System principle on emergence of Mobiligence and its engineering realization, IEEE/RSJ Int’l Conference on Intelligent Robots and Systems (IROS), pp. 1531-1534, 2003.

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18.5 Moonshot課題3 人とAIロボットの創造的共進化によるサイエンス開拓

ムーンショットムーンショット型研究開発制度による研究開発プロジェクト「人とAIロボットの創造的共進化によるサイエンス開拓」では,ムーンショット目標3が設定したターゲットのうち,「2050年までに,自然科学の領域において,自ら思考・行動し,自動的に科学的原理・解法の発見を目指すAIロボットシステムを開発する.2030年までに,特定の問題に対して自動的に科学的原理・解法の発見を目指すAIロボットを開発する.」を対象としてAIロボット科学者の開発を目指している.

自然科学の領域にもロボット技術やAI技術の導入が急速に進んでおり,現在の主なトレンドは,科学者を単純な実験作業から解放するためのラボオートメーション技術,そして,ラボオートメーションにより収集されたビッグデータを活用した実験条件の最適化や実験結果の自動解析のためのAI技術である(1).例えば,この分野の先駆けであるRoss King教授は酵母の遺伝子の研究を行うロボット科学者Adam(2)と創薬のスクリーニングを行うロボット科学者Eve(3)を開発した.また,5年間かかる流体力学の実験を2週間で行うことができるロボット(4)や分析装置間を自律的に移動してサンプルを運ぶモバイルロボット化学者(5)などの報告もある.日本では,JST未来社会創造事業「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」(6)がロボットによる生命科学系実験の自動化の研究に取り組んでいる. このような技術がサイエンス探求に大きく貢献することは確実であるが,一方で,工学技術としては,人間が指示したタスクの自動化による高精度化・高効率化にとどまる.2050年のムーンショット目標を達成するためには,サイエンス探求を人間の指示がなくても自律的に行うことができるAIロボット科学者が必要となる.

当該プロジェクトでは,AIロボット科学者には,「何をやるか」を考える知識探求の知能,考えたことを「どうやるか」を考える技能習得の知能,そして「考えたことを実行してその反応をみる」身体が必要であり,その反応から「何をやるか」「どうやるか」の仮説や戦略を更新することで自律的な探求が可能になると考える.つまり,AIロボットの知能(AI)が身体(ロボット)を介して実世界である環境と相互作用を繰り返し,知識探求や技能習得のための知識や技能を更新しながら体系化していくことで成長すると考える(図18-5-1).

図18-5-1 AIロボット科学者に必要な能力

プロジェクトでは,AIロボット科学者に必要なこれらの要素技術を網羅することで,自律的に仮説や戦略を更新しながら体系化する能力を開発することに挑戦する.実際の自然科学領域における3つの研究課題(植物に乾燥耐性をもたせるための材料の研究,植物の驚異の再生力の研究,動物モデルを用いた疾患の解明の研究)を例として,AI技術とロボット技術を導入して構想を具現化しながら,徐々に人間の科学者の介入を減らして自律度を高めていく形で研究を進めている.また,このプロジェクトは,分野横断的研究として総合知を取り入れる形でマネジメントが行われていることも特徴とする.AIやロボットの開発と実装だけでなく,数理研究者による知能・技能の体系化の取り組みやユーザーである人間の科学者による実証を行うことで中長期的な社会実装を目指す.

〔原田 香奈子 東京大学〕

参考文献
(1) Kitano, H., Nobel Turing Challenge: creating the engine for scientific discovery, npj Systems Biology and Applications, Vol.7, No.1 (2021), pp.1-12.

(2) King, R., et al., The robot scientist Adam, Computer (2009), Vol.42, No.8, pp.46-54.

(3) Williams, K., et al., Cheaper faster drug development validated by the repositioning of drugs against neglected tropical diseases, Journal of the Royal society Interface (2015), Vol.12, No.104, 20141289.

(4) Fan, D., et al., A robotic intelligent towing tank for learning complex fluid-structure dynamics, Science Robotics (2019), Vol.4, p.36, eaay5063.

(5)Burger, B., et al., A mobile robotic chemist, Nature (2020), Vol.583, No.7815, pp.237-241.

(6) ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速,JST未来社会創造事業

https://www.jst.go.jp/mirai/jp/program/core/JPMJMI20G7.html (参照日2022年4月11日)

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18.6 Moonshot目標3 活力ある社会を創る適応自在AIロボット群

本プロジェクトでは2050年までに,各種のAIを活用したロボット(以下AIロボットと呼ぶ)が社会のインフラとして整備され,誰もが,いつでも,どこでもAIロボット群の支援を享受することで,年齢や障がいの有無に関係なくすべての人の主体的な社会参画を実現する,スマーター・インクルーシブ・ソサエティの創生を目指して研究開発を進めている(1).この社会像においてAIロボットは,適用シーン・タスクやユーザの状態に合わせて選択され,形態や機能を自在に変化させるとともにユーザの残存能力を活かす必要最小限の支援を提供する.それにより,AIロボットはタスク実現のための単なる道具としてではなく「ロボットがいれば○○ができる」というユーザの自身の能力に対する認知,すなわち『自己効力感」を向上させる契機となり得る.ユーザ視点で,あるタスクを主体的に達成したと感じることで自己効力感が向上し,さらに困難なタスクや別タスクへの挑戦が誘発され,すべての人に対して主体的かつ積極的な社会参画を促すための研究開発を進めている.

2050年までのスマーター・インクルーシブ・ソサエティの創生を目指し,その前段階として2030年までには限定された適用シーン,介護およびリハビリテーション分野における支援を行うAIロボット群を実現することを目標として,大きく3つの研究項目に分類して研究開発を進めている.

図18-6-1 社会インフラとしてAIロボットが整備されたスマーター・インクルーシブ・ソサエティ

1つ目は,形状・形態をユーザの体格・障がい・身体能力等に合わせて最適化し,必要十分なアシストを提供する適応自在AIロボットの研究開発である.特に,個人に適した支援形態を導くAIとそれに基づき変幻自在にロボットの形や支援形態を変化させることが可能なハードウエア技術を確立するために,柔らかさ,硬さ,しなやかさを自在に変化させることが可能なアクチュエータや機構の研究開発を進めるとともに,それらのハードウエアに適したセンシング技術,ロボット制御技術の構築を行っている.

2つ目はユーザが離床や歩行といった動作と,それらの動作を組み合わせたタスクを行う際に,AIロボットの支援があれば他人の力を借りなくても自分でできる,さらにはAIロボットの支援が無くても自分でできると認知させ,そのような動作・タスクに意欲的に挑戦することを促すAIロボットの制御技術の研究開発を行っている.AIロボットの支援形態や支援パラメータを適切に設定することで,ユーザの特性に応じて動作・タスクの難易度を調整し,成功体験を蓄積させることで自己効力感が向上し,さらに新しいことに挑戦するという,ユーザの主観推定を取り入れた支援フレームワークの構築を進めている.

3つ目は,新しいロボットハードウエアや主観を扱うAIロボット制御技術を,いかに社会実装していくかに焦点をあてた研究開発である.社会に遍在するAIロボット群を適材適所で用いるために,どのAIロボットが,いつ,どこで,だれに,何を,どのように支援すべきかを自動決定するシミュレーション技術やAI技術の研究開発を進めている.また,倫理学や法学,社会学を基盤としたELSI(Ethical, Legal and Social Issues)を取り入れた学際的な研究開発を行うとともに,IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers) Standard Associationで提唱しているELSIを考慮したプロジェクト推進指針に沿った研究開発を進めている(2).さらに実環境を模擬した環境での検証を可能とするリビングラボ(3)を整備し実証実験を進めることで,開発するAIロボット群の社会実装はもちろんのこと,そこから生まれた個別技術のスピンオフ/スピンアウトを目指している.

図18-6-2 本プロジェクトにおける3つの研究項目

このような研究プロジェクトの推進を通じて,AI技術とロボット技術をともに進化させ,また人とロボットがともに進化する「共進化型適応自在AIロボット群」を開発し,あらやる環境で様々な適応自在AIロボット群が個人の人生に寄り添い,適切な支援・サービスを提供することを目指す.

図18-6-3 人生に寄り添うAIロボット群の支援・サービス

参考文献
(1) 活力ある社会を創る適応自在AIロボット群, https://srd.mech.tohoku.ac.jp/moonshot/ (2022年4月10日アクセス)

(2)IEEE Standard Model Process for Addressing Ethical Concerns during System Design, https://standards.ieee.org/ieee/7000/6781/?utm_medium=undefined&utm_source=undefined&utm_campaign=undefined&utm_content=undefined&utm_term=undefined (2022年4月10日アクセス)

(3)東北大学青葉山リビングラボ,  https://srd.mech.tohoku.ac.jp/living-lab/ (2022年4月10日アクセス)

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