8. 熱工学
章内目次
8.1 伝熱および熱力学
8.1.1 概説
2021年は,2020年に引き続き,COVID-19の世界的な感染状況が根本的には解決されず,この状況は,逐次出現する変異株の蔓延防止・治療に対する決定的な対策が現れない限り,当面続くことを覚悟する必要があろう.これに伴い,国内のほぼすべての学会,講演会,セミナーは,2年連続でオンラインでの開催が続いた.オンラインによる会合形式は,移動がない為に参加者に移動に伴う物理的負担が無いという長所があるので,海外からの参加・招待を含む講演が容易になった.反面,対面でのみ可能な,多くの未知の人との不規則なコミュニケーションが取り難い点で,創造の切っ掛けとなるような会合の質を保てないという短所がある.今後は冒頭の対策や蔓延状況により対面の長所を生かせるハイブリッド形式の講演の検討も必要かと思われる.
コロナ禍の影響もあり,わが国の最終エネルギー消費は2020年度で1987年度と同程度の12,000PJ程度にまで落ち込んでいる (1)(2)なか,2021年におきた熱工学分野に関わる行政指針の大きな変化の一つに,2021年6月に国・地方脱炭素実現会議がまとめた「地域脱炭素ロードマップ~地方からはじまる,次の時代への移行戦略~」(3)の決定が挙げられる.この決定は,2020年に政府が宣言したカーボンニュートラル(4)に対応したもので,「地域脱炭素ロードマップ」では,地域における脱炭素への取り組みは「地域課題の解決や地方創生に貢献する」ことを基調として,2030年度までに少なくとも100カ所の「脱炭素先行地域」をつくることを明記している.取り組む内容は全部で7項目あるが,そのうち少なくとも「再生可能エネルギー熱や未利用熱,カーボンニュートラル燃料の利用」,「CO2排出実質ゼロの電気・熱・燃料の融通」,「住宅・建築物の省エネ及び再エネ導入及び蓄電池等として活用可能なEV/PHEV/FCV活用」の3つの項目は熱工学が深くかかわる内容である.2019年の未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合技術開発センターの産業分野の排熱実態調査によれば (5)(6),主要15業種の未利用熱量(排ガス)743PJ/年の76%が200℃未満であることから,従来から進められている発電等のエネルギー変換の高効率化に加えて,この様な低温度レベルの熱利用技術の開発も必要になると考えられる.以下,2021年に開催された主要な熱工学分野の学会活動の内容を中心に紹介する.
2021年10月9日~10日の日程で,日本機械学会熱工学部門主催の熱工学コンファレンス2021が,佐賀大学理工学部を会場としてオンラインで開催された.オーガナイズドセッションとして,「外燃機関・排熱利用技術」7件,「火災・爆発」9件,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」14件,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用」12件,「乱流伝熱研究の進展」10件,「燃料電池・二次電池関連研究の新展開」15件,「マイクロエネルギーの新展開」11件,「熱工学からみたバイオマス変換の最前線」5件,「凝固・融解伝熱および結晶成長の新展開」10件,「ふく射輸送制御」7件,「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」13件,「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展」24件,「濡れ性制御と液滴ダイナミクス」 9件,加えて32件一般セッションの発表があった.一般セッションのうち9件は燃焼関連の発表であり,燃焼に関わる発表は全部で31件にのぼり,沸騰・凝縮を凌ぐ発表件数であった.また,2021年9月5日~8日の日程で,千葉大学(西千葉キャンパス)でオンライン開催された日本機械学会年次大会では,熱工学部門は,9つのセッションに関わった.このうち,「機械学習✕機械工学の最先端」,「Society 5.0を支える「電子実装技術の最先端」:熱・信頼性制御技術」,「燃料電池・二次電池とナノ・マイクロ現象」では中心的役割を担った.
熱工学では,温度制御とエネルギー利用(熱マネージメント)を目的とした技術の研究・開発が主流であるが,熱工学部門では,これに応える目的で毎年「伝熱工学資料(改訂第5版)の内容を教材にした熱設計の基礎と応用」(7)と題する講習会を開催している.2021年も9月16日-17日の日程で,開催され50名程度の受講者があった.また,後者の目的に関しては,2021年10月9日に,自動車産業における応用について,「新型MIRAI の燃料電池システム開発」,「自動車空調と暖房のヒートポンプ化」,「ナノ流体における伝熱促進-実験的アプローチによるメカニズム解明-」の3件の講演を,熱工学ワークショップ2021(8)として開催した.
ここ2年ほどの間に,熱工学分野では,機械学習を乱流・伝熱・燃焼の現象予測や設計に取り入れる研究が萌芽しつつあり,2021年3月10には,熱工学,流体工学,計算力学の3部門企画として,オンライン講習会「機械学習×熱・流体工学の最先端」(9)を開催し,約180名の参加者があった.
〔白樫 了 東京大学〕
8.1.2 熱物性
熱物性は科学技術の重要な基盤の一つであり,この分野では高精度・高確度な物性計測技術開発,新物質の物性情報の提供,新たな機能の発現を志向した新材料開発などの研究が盛んに行われている.本項では,2021年に開催された熱物性関連の国内外のシンポジウムにおける状況について解説する.
本部門主催行事である熱工学コンファレンス2021(1)が2021年10月9日から10日の日程で佐賀大学を拠点としオンラインにて開催された.本会議では,熱物性研究に関連するものとして,ふく射輸送制御のための膜のふく射性質の計測や膜構造の最適化,熱電発電のための分子・ナノ構造の最適化,ハイドレート生成系での熱力学特性の計測などの研究発表が行われた.また,2021年9月に開催された本学会の年次大会(2)では,流体工学部門および計算力学部門との共催で「機械学習×機械工学の最先端」が企画された.本セッションでは,データ同化や最適設計などに関する21件の発表があり,その中において,化合物結晶の熱伝導率の探索や波長制御膜の開発など,機械学習を援用した熱物性研究が発表された.
以下に他学会の動向を記す.日本伝熱学会主催の第58回伝熱シンポジウム(3)が2021年5月25日から27日までの日程で日本大学を拠点にオンラインにて開催された.熱物性に特化したセッションは開催されなかったが,熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進,ふく射輸送とふく射性質などの熱物性に関連が深いオーガナイズドセッションが企画された.その他,ナノ・マイクロ伝熱や計測技術,分子動力学などの一般セッションにおいて熱物性に関連する基礎から応用までの幅広い研究発表が行われた.
また,熱物性を専門とした学会である日本熱物性学会主催で第42回日本熱物性シンポジウム(4)(5)が2021年10月25日から27日までの日程で北海道大学を拠点にオンラインで開催された.5つの一般セッションと7つのオーガナイズドセッションにて,合計98件の研究発表が行われた.オーガナイズドセッションでは, 高温融体物性と材料プロセス, 宇宙に関わる熱物性と制御, ナノスケール熱物性の評価, 高分子系サーマルマネージメント材料や部材の開発と評価, 省エネのための熱物性技術, 食品ならびに生物資源における熱物性, 熱流計測と熱流センサーの応用のオーガナイズドセッションが企画された.一般セッションでは, 低GWP冷媒の分子動力学による解析や各種状態量・輸送特性の測定,機械学習支援による材料構造推定,カーボンナノチューブの放射率などの研究発表が行われた.国際会議では,21st Symposium on Thermophysical Properties Conference(6)が,6月にNIST(National Institute of Standards and Technology)があるボールダーを拠点にオンラインで開催された.本会議は,アジア,欧州,アメリカで毎年会場を移して開催される国際会議シリーズである.本会議では,熱力学状態量,輸送特性,ふく射特性,界面特性,データ分析の5つの話題に関する講演を募集している.イオン液体や新冷媒,ナノ構造など熱物性に関するセッションがあるのはもちろんのこと,データベースおよび状態方程式に関するセッションが同会議で最も大きなセッションとなっており,35件の研究発表があった.熱物性研究の社会実装としてデータベースの提供が重要であることを感じさせるプログラム構成になっていた.また,日本冷凍空調学会が主催となり,2nd IIR Conference on HFOs and Low GWP blendsが2021年6月にオンラインで開催された.53編の研究発表のうち,熱力学性質や熱物性に関する研究は22編であり,新冷媒の研究開発を進めていく上で,基礎的な熱物性データの整理が重要であることを示している.
次に2021年での熱物性関連の学術誌の動向を紹介する.日本熱物性学会発刊の学会誌「熱物性」に掲載された論文は9件であり,宇宙用断熱材料の熱物性計測や新冷媒の状態方程式,二酸化バナジウムの相転移時の熱特性などに関する研究成果が報告された.論文誌International Journal of Thermophysicsでは,173報の論文が発表された.ナノ流体の光学特性,ナノ多孔質構造を有するエアロゲルの熱伝導率計測,液体有機水素キャリアの高圧下での密度データなどの先進的な材料の熱物性の他に,過冷却水の表面張力や音速計測に基づく液体トルエンの熱力学状態量の計測などの基礎的な研究成果もあり,基礎から応用の多岐にわたる熱物性研究が報告されていた.
〔岡島 淳之介 東北大学〕
8.1.3 伝熱
2021年の関連研究の動向を概観するために,まず,ASMEのJournal of Heat Transfer(JHT, vol. 143 Issue 1-12)に発表された論文についてトピックでの分類を行った.また,日本機械学会論文集(87巻 893~904号)および機械学会熱工学部門と日本伝熱学会が共同編集を行う論文誌Journal of Thermal Science and Technology(JTST, vol. 16 Issue 1-3)に発表された論文のうち伝熱に関するものを抽出し,同様の分類を行った.以上の3誌の結果を表8-1-2にまとめる.本記事および表8-1-2は,分類のカテゴリーも含めて機械工学年鑑2019~2021における「伝熱」の小節を参考にしている.
2021年のJHTの論文総数(review article,technical brief,technology review含む)は171件であった.それ以前の5年は,165件(2016),179件(2017),226件(2018),212件(2019),171件(2020)であった.これから,2021年の論文数は2020年と同等だったことがわかる.表8-1-1に示すように,掲載論文が多いトピックは「蒸発・沸騰・凝縮」,「熱・物質輸送」であり,次いで「強制対流」「自然対流・共存対流」,「熱システム」,「マイクロ・ナノ伝熱」であった.なお,2019→2020→2021年の変化で見ると,「強制対流」は20→23→14報,「マイクロ・ナノ伝熱」は31→27→10報,「二相流と伝熱」は2®→1→7報,「蒸発・沸騰・凝縮」は18→13→26,「熱交換器」は28→8→5報,「噴流・後流・衝突冷却」は11→9→3報,「生産における伝熱」が9→3→2報,「熱システム」が0→4→11報となっている.これらの変化は長期的傾向ではなく,分類や区分の仕方,ないしコロナ禍の影響によって生じた変化も含まれると思われるが,少なくとも短期スパンでの変化は一定程度表している可能性がある.なお,燃焼分野に関しては,ASMEでは別の論文誌Journal of Engineering for Gas Turbines and Powerに掲載されるため,JHTへの掲載は少なくなる事情がある.
表8-1-1 伝熱関係の主要論文誌と分野別論文数(2021)
ASME J. Heat Transfer | 日本機械学会論文集 | J. Thermal Sci. Tech. | |
多孔質 | 7 | 1 | 0 |
強制対流 | 14 | 0 | 0 |
マイクロ・ナノ伝熱 | 10 | 0 | 0 |
二相流と伝熱 | 7 | 0 | 0 |
蒸発・沸騰・凝縮 | 26 | 0 | 7 |
熱伝導 | 4 | 0 | 0 |
伝熱促進 | 3 | 1 | 3 |
熱交換器 | 5 | 0 | 2 |
噴流・後流・衝突冷却 | 3 | 0 | 0 |
自然対流・共存対流 | 12 | 0 | 1 |
ふく射伝熱 | 6 | 0 | 1 |
生体の熱・物質移動 | 3 | 0 | 0 |
実験技術 | 3 | 2 | 1 |
融解・凝固 | 4 | 0 | 1 |
電子機器冷却 | 5 | 0 | 0 |
生産における伝熱 | 2 | 0 | 0 |
熱・物質輸送 | 25 | 1 | 2 |
冷凍・空調 | 1 | 0 | 1 |
燃料電池・反応 | 0 | 0 | 2 |
モデリング・最適化 | 3 | 2 | 2 |
熱システム | 11 | 0 | 0 |
燃焼 | 0 | 14 | 13 |
その他 | 17 | 2 | 4 |
合計 | 171 | 23 | 40 |
日本機械学会論文集とJTSTに掲載された伝熱関連論文は,それぞれ23報と40報であった.これらの論文誌では,燃焼関係の論文がそれぞれ約60%および約33%と大きな割合を占めている.また,JTSTでは,「蒸発・沸騰・凝縮」の論文が約18%と比較的大きな割合を占めている.
続いて,国際会議における研究発表の状況について概観する.2021年の特筆すべきイベントとして Second Asian Conference on Thermal Sciences(2nd ACTS,第2回アジア熱科学会議)の開催がある.2nd ACTSは本来2020年の開催予定だったが,コロナ禍のため一年延期され,2021年10月3日から7日の期間にオンライン開催された.前回の1st ACTSは2017年開催(開催地:韓国 済州島)だったので,4年ぶりの開催となった.2nd ACTSは日本伝熱学会が主催,中国・韓国・オーストラリア・インド・台湾の伝熱,輸送現象,機械工学の学協会および日本学術会議が共催,アジア熱科学工学連盟(Asian Union of Thermal Science and Engineering, AUTSE)が後援して開催された重要な国際会議であった.なお,AUTSEは日本伝熱学会の主導のもと設立された国際機関であり,設立経緯は「伝熱」誌2016年7月号の52~54ページに詳しい.2nd ACTSは,7件のプレナリー講演,23件のキーノート講演があり,最大10 室のパラレルセッションで開催された.オーガナイズドセッション(OS)の名称と発表件数(【 】内,以下同様)は,Air conditioning and refrigeration【7】,Bio and medical【10】,Boiling phase-change【14】,Combustion【22】,Condensation phase-change【4】,Conduction【8】,Convection【16】,Electronic cooling【11】,Environmental system【10】,Energy conversion【12】,Heat exchanger【3】,Measurement and instrumentation【19】,Micro/Nano heat transfer【21】,Multiphase phenomena【20】,Nuclear energy【4】,Solar/Renewable energy【13】,Thermal management【7】,Thermal radiation【12】,Thermal storage【16】,Thermophysics and thermophysical properties【9】であった.ここでも燃焼の件数が最多であった.また,マイクロ・ナノ伝熱,混相現象が多いのが特徴である.なお,Measurement and instrumentationとThermophysics and thermophysical propertiesは一部重複する面があるため,この領域も研究が活発と言えるであろう.筆者としては,Solar/Renewable energyやThermal storageなどの伝熱のアプリケーション面での発表が多かったことに注目したい.その他に一般セッション(General Session, GS)が7件があり,OSとGSを合わせた総発表件数は245件(筆者のカウント,withdrawされたものを除く)であった.
最後に,国内会議における状況を概観する.わが国の代表的な伝熱の会議としては,日本伝熱シンポジウム(日本伝熱学会主催)と熱工学コンファレンス(日本機械学会熱工学部門主催)とがある.
第58回日本伝熱シンポジウムは,2021年5月25日から27日の期間,オンラインで開催された.7個のOS,「水素・燃料電池・二次電池【25】」,「燃焼伝熱研究の最前線【17】」,「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進【9】」,「乱流を伴う伝熱研究の進展【15】」,「ふく射輸送とふく射性質【8】」,「化学プロセスにおける熱工学【10】」,「人と熱との関わりの足跡【3】」が開催された.一方,GSは,「沸騰・凝縮【26】」,「ヒートパイプ【23】」,「融解・凝固【12】」,「バイオ伝熱【6】」,「分子動力学【14】」,「ナノ・マイクロ伝熱【14】」,「強制対流【4】」,「空調・熱機器【4】」,「自然対流【5】」,「自然エネルギー【3】」,「電子機器の冷却【9】」,「物質移動【6】」,「多孔体内の伝熱【3】」,「混相流【6】」,「計測技術【10】」の15個であった.この他に39件のポスター発表があった.発表件数では,水素・燃料電池・二次電池,燃焼,ヒートパイプ,分子動力学/ナノマイクロ伝熱,乱流伝熱などの報告が多かった.このように,基礎伝熱から熱工学,エネルギー工学の応用まで包含する極めて多岐にわたる研究が発表されており,日本伝熱シンポジウムではわが国の伝熱研究(ここでの「伝熱」は関連領域も含む広義の「伝熱」を意味する)における最前線の報告がなされていると言えよう.
熱工学コンファレンス2021は,2021年10月9日と10日の両日,オンライン開催された.この会議はOSが主体であり,14個のOS,「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究【17】」,「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展【34】」,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント【14】」,「燃料電池・二次電池関連研究の新展開【15】」,「濡れ性制御と液滴ダイナミクス【13】」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用(マクロからナノスケールまで)【12】」,「熱工学からみたバイオマス変換の最前線【5】」,「マイクロエネルギーの新展開【11】」,「外燃機関・排熱利用技術【7】」,「火災・爆発【9】」,「凝固・融解伝熱および結晶成長の新展開【10】」,「乱流伝熱研究の進展【10】」,「ふく射輸送制御【7】」,「熱工学コレクション2021【5】」が開催された.GSは計7セッションあり,計32件の報告がなされた.この会議もトピックが広範にわたり,わが国の伝熱研究の最新動向を表すが,おおまかな傾向は日本伝熱シンポジウムと類似している.すなわち,熱工学コンファレンスにおいても燃焼,沸騰・凝縮,燃料電池・二次電池の件数が多い.また,ナノ・マイクロスケール,乱流,電子機器,凝固・融解,ふく射に関する現象を扱う発表も多く,これらがおよそ現在の国内伝熱研究のトレンドを成しているように見受けられる.
機械工学年鑑は2019年以降オンラインで一般公開されている.本小節「伝熱」が過去3年間行った動向の概観,すなわち2018年についての記事(2019年),2019年についての記事(2020年),2020年についての記事(2021年),および2021年について概観した本記事は一連の動向分析と解説を提供しており,近年の伝熱分野の動向推移を把握できる貴重な資料として活用できよう.
〔村上 陽一 東京工業大学〕
8.1.4 熱交換器
2021年に開催された学会および学術雑誌で公開された熱交換器に関連する研究を報告する.熱交換器に付随するヘッダ,接触熱抵抗など熱交換器として必要な評価項目,ヒートシンクやヒートパイプ等の熱交換デバイスも含め,関連する研究を取り上げる.
第54回空気調和・冷凍連合講演会(4月・東京,オンライン開催)では,感染防止のために室内換気量が増加したことから,全熱交換器の熱エネルギー回収性能評価や必要換気量に関する報告がなされた.そのほか,地球温暖化係数の低い空調用冷媒の熱交換特性についても発表があった.
2021年度日本冷凍空調学会年次大会(9月・東京,オンライン開催)では,OS「熱交換器における技術展開」およびWS「熱交換器の技術開発動向と開発事例」が企画され,水平扁平多孔管を用いる空調機用熱交換器の蒸発・凝縮熱伝達率や冷媒偏流抑制法などについてそれぞれ,18件および11件の発表が行われた.冷媒側流路は内径1 mm程度の管が多く使用されるようになり,これに伴う分岐数の増加が性能を左右するケースが多くなっている.このほか,OS「霜・雪・氷の諸現象と利用技術」では熱交換器性能を低下させる霜の成長予測や着霜量低減技術,OS「地中熱利用技術」では地中熱利用ヒートポンプ用の地中熱交換器の伝熱評価やシミュレーションについて報告がなされた.
第58回日本伝熱シンポジウム(5月,オンライン開催)では「ヒートパイプ」のセッションが設けられ,自励式ヒートパイプの流動特性,ウィックの影響などについて,12件の発表があった.「電子機器の冷却」のセッションにおいても半導体冷却を対象としたヒートシンク,ベーパチャンバ,半導体との接触熱抵抗などに関する9件の研究報告があった.この他,積層型マイクロチャネル熱交換器内の沸騰流に関する研究も3件,プレート式熱交換器や,フィンチューブ式熱交換器の空気側フィン形状が着霜に及ぼす影響などの発表があった.
熱工学コンファレンス2021(10月・佐賀,オンライン開催)では「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」のセッションが設けられ,半導体機器の冷却を対象とした接触および熱伝導熱抵抗の低減,ヒートパイプ内の振動・脈動流などに関連する14件の発表があった.この他,マイクロチャネル熱交換器内の沸騰熱伝達,プレート式熱交換器に関わる研究発表があった.
HFO2021:The 2nd IIR Conference on HFOs and Low GWP blends(6月・大阪,オンライン開催)では,地球温暖化係数が低いハイドロフルオロオレフィン系の冷媒に関する熱物性と伝熱特性,またそれを用いた際の冷凍空調機器の性能に着目した47件の発表がなされた.このうちセッション「Transfer Processes」では,クロスフィンチューブ式熱交換器,扁平多孔管型フィンチューブ熱交換器,シェルアンドチューブ型熱交換器などを対象とし,新冷媒の物性や,混合冷媒の非共沸性が熱交換性能に及ぼす影響などについて13件の発表があった.
2nd Asian Conference on Thermal Sciences (10月・福岡,オンライン開催)では,「Heat Exchanger」のセッションにて,垂直ヘッダ内気液二相流と偏流の関連性や,サーモサイフォンの最適作動流体充填量などに関する発表があり,そのほか,ミニチャネル熱交換器内の流動特性測定に関するKeynote Lectureや,交流式ミニチャネル内沸騰流に関する発表等があった.
2021年に出版された英文査読付学術雑誌に掲載された論文のうち,タイトル,抄録およびキーワードにHeat Exchanger(s)の語があるものをScopus®(1)で検索すると,3374報の論文が存在した.これら論文の,研究分野ごとの内訳を図8-1-1に示す.工学,エネルギー,化学工学に次いで物理・天文学分野の占める割合が多い.この内容を分析したところ,熱交換器を構成する素材や媒体の開発を対象とした材料化学や物性物理など,熱物理分野の研究論文が含まれており,今後,先端材料を用いる熱交換器開発が進展することが期待される.この次に大きな割合を占めているのが環境科学分野であり,排熱利用や再生可能エネルギーなどに熱交換器開発が密接に関連していることが伺える.
図8-1-2は2013年以降に掲載された関連する学術雑誌論文のうち,タイトル,抄録およびキーワードに,Heat Exchanger(s), Condenser, あるいは Evaporatorが含まれる論文の占める割合の推移を示す.伝熱に関連する主要な雑誌「Applied Thermal Engineering」,「International Journal of Heat and Mass Transfer」,「Journal of Heat Transfer」,「International Journal of Thermal Science」,および「International Communications in Heat and Mass Transfer」の5誌,エネルギーに関連する雑誌1「Energy」と「Energy Conversion And Management」,ならびにエネルギーに関連する雑誌2「International Journal of Refrigeration」,「Renewable Energy」,および「Journal Of Thermal Analysis And Calorimetry」に分類して示す.伝熱に関連する雑誌では2018年頃に僅かに減少が見られたが,2021頃から増加に転じている.熱交換器の材料や媒体の開発に関わる研究が活発になっていることが要因のひとつであると考えられる.エネルギーに関連する雑誌1では,僅かに減少が見られた.次世代のエネルギーソースや次世代燃焼機関など他の研究課題が増加したことなどが要因として考えられる.一方,エネルギーに関連する雑誌2では著しい増加がみられる.環境配慮型の作動媒体開発の進展や,未利用エネルギー活用システムの開発に関する研究論文数が増加していることが要因のようである.
表8-1-2はHeat Exchanger(s)とともに用いられたキーワードとその論文数を列挙している.排熱回収や再生可能エネルギーに関わる用語が非常に多いことからも,未利用エネルギー活用システムの開発において熱交換器が大きな役割を担っていることが伺える.また効率向上に関連する用語も多く,システムのエネルギー効率向上において熱交換器の性能向上が求められている.研究手法に関連する用語では,シミュレーションを示唆するものが非常に多く見られた.シミュレーション技術の向上が熱交換器開発を推し進めている.材料開発に関わる用語では,特にナノ粒子やナノフルイド,そして相変化材料に関連するものが多く,これらの開発に物理分野の知見が取り入れられているものと考えられる.
〔近藤 智恵子 長崎大学〕
図8-1-1 熱交換器に関わる学術雑誌掲載論文の研究分野内訳
図8-1-2 学術雑誌掲載論文のうち熱交換器に関わる論文の占める割合
表8-1-2 学術雑誌掲載論文に Heat exchanger(s) とともに用いられたキーワード
未利用エネルギー関連用語 | 効率に関わる用語 | 研究手法に関わる用語 | 材料開発に関わる用語 | ||||
Waste Heat | 306 | Energy Efficiency | 298 | Computational Fluid Dynamics | 230 | Nanofluidics | 246 |
Heat Storage | 210 | Exergy | 233 | Experimental Investigations | 114 | Thermal Conductivity | 238 |
Energy Utilization | 178 | Efficiency | 151 | Numerical Methods | 113 | Phase Change Materials | 157 |
Geothermal Energy | 153 | Energy | 115 | Numerical Models | 95 | Nanoparticles | 130 |
Waste Heat Utilization | 146 | Entropy | 76 | Numerical Investigations | 87 | Nanofluid | 102 |
Solar Energy | 139 | Exergy Efficiencies | 72 | CFD | 81 | Aluminum Oxide | 100 |
Energy Storage | 71 | Exergy Analysis | 61 | Numerical Simulation | 80 | Nanofluids | 98 |
Waste Heat Recovery | 70 | Numerical Model | 75 | Storage (materials) | 88 | ||
Thermal Energy Storage | 63 | Simulation | 59 | Phase Change Material | 67 | ||
Solar Power Generation | 61 |
8.2 燃焼及び燃焼技術
8.2.1 燃焼
2021年は,2020年度に続いて新型コロナウイルスの感染拡大の影響により,ほぼ全ての学術会議がオンラインで開催された.オンライン会議ツールの検討・利用が進んだこともあり,2020年度に中止になった学会,研究会や講習会も,2021年度にはオンラインで開催された.
燃焼に関する講演・発表が主体となる学術会議として,第59回日本燃焼シンポジウムがオンラインで開催された.その他燃焼関連の講演・発表が多くなされる学術会議として,2020年5月25日~27日の第58回伝熱シンポジウム,7月26日,27日の第25回動力・エネルギー技術シンポジウム,7月8日~9日の第31回環境工学総合シンポジウム,5月26日~28日の自動車技術会春季大会,10月13日~15日の同秋季大会,9月5日~8日の日本機械学会2021年度年次大会および10月9日,10日の熱工学コンファレンス2021,10月13日,14日の第49回日本ガスタービン学会定期講演会がオンラインで開催された.また,2020年度には中止となった国際燃焼学会によるCombustion summer schoolも,6月21日~25日にオンラインで開催された.日本では,日本燃焼学会が主催する燃焼の基礎から応用までを網羅的に解説する講義企画「燃焼工学講座」(全4回)が,2021年度に続きオンラインで開催された.
開催された学術会議の具体的な内容について例を挙げると,まず,オンライン開催となった第59回日本燃焼シンポジウムでは,「固体燃料の燃焼」と題した1件の特別講演,「燃料アンモニアのガスタービン利用に向けた噴霧燃焼と生成ガス特性」,「高密度・高硬度の新規バイオ燃料に対する燃焼科学の開拓に向けて」,「脱炭素社会に向けた発電分野における水素利用技術の開発」,「風洞依存性補正ツール開発に向けた実飛行データの取得について」の4件の基調講演が行われた.また,オンライン開催のメリットを生かした1件の国際基調講演・2件の海外招待講演も企画され,火災安全科学やレーザーを利用した先端燃焼計測技術に関する講演などが行われた.一般セッションに関しては,口頭発表158件,ポスター発表42件の合計200件,例年通りのトピックでセッションが構成された.講演内容は水素やアンモニアといった脱炭素を対象としたものが増加の傾向にあった.特筆するべきは,最終日に開催された「カーボンニュートラル化に向けた燃焼技術の役割」と題したワークショップである.最先端の二酸化炭素排出削減への取り組みについて,発電,ボイラ,内燃機関,都市ガスといった主要分野における研究者・技術者から「国際水素サプライチェーン構築と水素燃焼技術の開発・実証への取組」,「アンモニア燃焼によるカーボンニュートラル発電技術」,「水素燃焼技術による産業用ボイラのカーボンニュートラル実現に向けた取り組」,「カーボンニュートラル液体合成燃料の内燃機関への利用に向けた取り組み」,「SOECメタネーション技術革新による都市ガスのカーボンニュートラル化への挑戦」と題した講演が行われ,講演者によるパネルディスカッションが行われた.
日本機械学会2021年度年次大会では,燃焼に関連した講演が少ない中,熱工学部門・エンジンシステム部門企画による実機視点での基調講演「ディーゼル機関の燃焼と熱伝達に関する計測と考察」があった.また,日本機械学会熱工学部門主催の熱工学コンファレンス2021では「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」というオーガナイズドセッションが組まれ,アンモニア燃焼,水素燃焼などの脱炭素を視野に入れた研究や,高効率燃焼器開発に関する研究など,様々な報告がなされた.
燃焼関連の学術雑誌では,2020年度はProgress in Energy and Combustion Scienceにて29件のレビュー記事,Combustion and Flameで計551件の学術論文が掲載された.Progress in Energy and Combustion Scienceでは燃焼関連の内容として,CO2回収や回収CO2の利用技術,水素やアンモニアの燃焼に関する記事,Combustion and Flameでは水素,アンモニア燃焼,含酸素燃料の燃焼特性・排出特性,燃焼合成などの論文に注目が集まっていた.これらの雑誌はそれぞれI.F.が29.39および4.18と高水準を維持しており,従来と同様,品質の高い論文を掲載している.また,その他にもCombustion Science and Technologyにて331件の学術論文,日本燃焼学会誌にて計3件の学術論文が発行されている.
〔下栗 大右 広島大学〕
8.2.2 燃焼技術・燃料
2020年10月に管前首相が「2050年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指すこと」を宣言し(1),10年間2兆円のグリーンイノベーション基金(2)が造成されて以降,温室効果ガス削減に貢献するための研究開発に大型予算が投じられており,関連する研究開発が大きく加速している.グリーンイノベーション基金では14の重要分野が設定されている.その中で,「燃料アンモニア」,「水素産業」,「自動車・蓄電池産業」,「船舶産業」,「航空機産業」,「資源循環関連産業」は,燃料・燃焼技術が深く関わっている分野であり,この中でも「燃料アンモニア」分野では,燃焼技術に関わる多数の大型プロジェクトが進行している.政府が策定した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(3)においても,「燃料アンモニア産業」は戦略の目玉の一つとなっており,燃焼してもCO2を排出しない燃料としてアンモニアの利点が明示され,2050年には「我が国がコントロールできる調達サプライチェーンとして国内含む全世界で1億トン規模を目指す」とある.
このような背景から,2021年はテレビのニュースなどでもアンモニアの燃料としての利用に関する研究開発が取り上げられる頻度が非常に高くなった.2021年1月には「燃料アンモニアサプライチェーンの構築プロジェクト」(4)が開始され,500億円規模の研究開発資金が投じられている.石炭火力へのアンモニア混焼では,JERAとIHIが共同で実機ボイラ(碧南火力発電所4号機,発電出力:100万kW)を対象として,アンモニア20%混焼の実証試験を行う計画である(5).実機石炭ボイラへのアンモニア混焼は,内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)にて,2017年に中国電力水島発電所において0.8%のアンモニア混焼試験が行われた実績がある.しかし,発電用実機石炭ボイラを対象として20%もの混焼率での実証試験は非常に大規模なアンモニア混焼試験となり,世界を見渡してもこのような大規模なアンモニア混焼試験の計画は他には発表されておらず,日本のアンモニア関連研究開発が世界でも突出している状況である.アンモニアを燃料とするガスタービン発電については,IHIが産総研,東北大とともに液体のアンモニアを直接ガスタービン燃焼器に噴霧するアンモニア噴霧燃焼技術開発に取り組んでおり,2 MW級ガスタービン発電用燃焼器を用い,70%混焼率において安定的な火炎の維持に成功している(6).現在は,ガスタービンを対象とした液体アンモニア専焼技術の開発にも取り組んでいる.また,船舶関連では,同じくグリーンイノベーション基金から320億円を投じ,水素およびアンモニアを燃料とした船舶用エンジンの研究開発が始まっている(7).船舶用のエンジンに関しては,ドイツのMAN社も開発を行っており,三井E&Sマシナリーと商船三井がMAN社とアンモニアを燃料とする船舶用主機関発注に関する基本協定書を締結した(8)他,中国や韓国も欧州の企業と連携した開発の動きがあり,国際的な競争が加速している.
航空機産業関連では,グリーンイノベーション基金から水素を燃料とする航空機の研究開発に210億円が投じられ,水素燃焼に適した航空エンジン燃焼器の開発が始まっている(9).米国もバイデン政権が2021年9月に,2050年までに全ての航空燃料を持続可能エネルギー由来の航空燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)にすると発表しており(10),航空機の燃料・エンジン燃焼器の開発競争が加速している.
自動車関連では,グリーン成長戦略の中で,通常の燃料を使用した自動車用エンジンの高効率化という項目が記載されなかったこともあり,自動車用エンジン開発に関する新規の大型研究開発案件は2021年中には発表されなかった.また,2021年4月23日にホンダの三部新社長が「2040年にEVとFCVを合わせた販売比率100%を目指す」旨の就任会見を行ったため(11),「脱エンジン宣言」との見方が拡がり,日本の自動車業界に衝撃が走った.しかし,グリーン成長戦略の中で,発電所や工場から回収したCO2と水素を合成して得られる液体燃料「e-fuel」の開発は重要な研究開発項目となっており,2021年2月に45億円のe-fuel研究開発が開始されている(12).そのため,内閣府SIPにより自動車用エンジンの熱効率50%超を達成した日本のエンジン技術は,e-fuelを利用する技術として今後も維持・発展させていく余地があるのではないかと考えられる.
〔橋本 望 北海道大学〕