5. 材料力学
章内目次
5.1 まえがき
材料の強度や破壊は,言うまでもなく機械や構造物の健全性や安全性に直結する問題であるため,これらに関連する研究へのニーズは常に高く,時代の要請に応じて,材料の種類,負荷条件,環境,さらには注目するスケールなどを種々変化させながら精力的な研究が継続的に展開されてきた.近年では,自動車業界やエネルギ関連分野などをはじめとするパラダイムシフトが材料や加工技術の分野に大きな影響を及ぼしており,材料力学分野においても,これらに関連する研究の推進に大きな期待が寄せられている.なかでも,異種材料を適材適所に配置するマルチマテリアル構造に関する研究への期待は高く,特に,マルチマテリアル構造を担う代表的な材料である繊維強化プラスチックや,マルチマテリアル構造の実現に必要不可欠な接合技術に関する研究動向に注目が集まっている.
一方,材料の変形や破壊現象,さらには強度を根源から理解することなどを目指した「ナノ力学」に関する研究にも高い関心が寄せられている.これまでのマクロなスケールとは全く異なる新たな現象や,新しいナノ構造材料の力学機能に関する研究など,今後の進展が期待される研究が展開され,注目を集めている.
また,材料の破壊の未然防止や損傷の検出・評価に欠くことのできない非破壊評価技術やその活用についても,新たな進展が認められる.マイクロ・ナノのスケールの評価・観察技術の活用により,ナノ力学の分野の新しい知見の獲得や,繊維強化プラスチックの微視的疲労破壊機構の解明につながる成果が得られている.一方,インフラ構造物の老朽化が社会問題化している現代においては,大型構造物の効率的な検査や評価が可能な非破壊的手法の確立も急務となっており,予防保全のための非破壊検査法や,破壊力学に基づいた高精度な健全性評価を可能とするための実働応力評価手法などの分野で進展が認められている.
そこで,本稿では,破壊をキーワードとして,新たな展開を見せている「繊維強化プラスチックの疲労破壊」,「接合部の強度信頼性」,「マイクロ・ナノ材料の破壊」,「非破壊評価」のテーマに焦点を当て,それぞれの分野でご活躍の先生方にご寄稿いただいた.
〔田邉 裕貴 滋賀県立大学〕
5.2 繊維強化プラスチックの疲労破壊に関する研究の動向
繊維強化プラスチックは鉄鋼のような従来材料に比べて比強度や比剛性に優れており,構造の軽量化に大いに資することから,注目を浴びている材料である.航空機では軍用機,民間機のいずれにおいてもすでに炭素繊維強化プラスチックが構造材料として多用されており,自動車においてもレーシングカー,高級車においては炭素繊維強化プラスチックの構造材料としての適用が進んでいる.さらに自動車分野では,より低価格帯の乗用車への適用に向けて,量産性に優れる熱可塑性プラスチックを母材に用いた炭素繊維強化プラスチックの構造適用に関する研究開発が精力的に進められている(1)(2).鉄道車両では1999年には新幹線の先頭車両の先頭構体に炭素繊維強化プラスチックが使用されており(3),さらに2014年には炭素繊維強化プラスチックの適用により大幅な軽量化が図られた台車も実用に供されている(4).また,脱炭素社会の実現に向けて風力発電に注目が集まっている.風力発電機に使われるブレードはガラス繊維強化プラスチックが用いられているが,風力発電ブレードの大型化に伴い,最近は炭素繊維強化プラスチックの適用がはじまっている(5).これらの複合材料構造には繰返し荷重が作用することから,その耐疲労性の検討が不可避である.以下では,繊維強化プラスチックの疲労破壊に関する研究の最新動向の中から,迅速疲労試験法の開発とナノスケールの非破壊評価手法の適用に関して述べる.
5.2.1 迅速疲労試験法の開発
風力発電ブレードには108回を超える疲労負荷が作用することから,繊維強化プラスチックの超長寿命域における疲労特性の評価が求められている.そこで,100Hzを超える疲労負荷が実現可能な共振型の疲労試験法を用いたガラス繊維強化プラスチックの疲労特性の迅速評価手法が2000年代からヨーロッパを中心に開発されてきた(6)-(8).なお繊維強化プラスチックの疲労試験の迅速化の一番の障害は試験片の発熱であり,軸荷重疲労試験と比較すると曲げ疲労試験であれば発熱源となる高応力振幅となる領域を試験片の一部に限ることができることから,試験片の水冷が必要となる共振型の軸荷重疲労試験手法(6)だけでなく,試験片が曲げモードで共振するように設計された迅速曲げ疲労試験手法(7)(8)も提案されている.これらの手法により,ガラス繊維強化プラスチックの108回程度までの疲労強度の迅速な取得が可能となった.一方,2010年代からは金属の迅速疲労試験法として確立しつつある超音波疲労試験技術を繊維強化プラスチックの疲労試験に応用する研究が進められている(9)-(14).超音波疲労試験の共振周波数は20kHzと超高速であり,109~1010回の疲労特性の評価が現実的な時間で可能となる.2015年に超音波疲労試験機に試験片を取り付ける必要がない3点曲げ疲労試験への超音波疲労試験技術の適用が報告された(9).その後,試験片を超音波疲労試験機に取り付ける必要がある軸荷重疲労試験への超音波疲労試験技術の適用も2017年に報告されている(11).なお,繊維強化プラスチック積層板に関しては,曲げ疲労と軸荷重疲労とでは疲労破壊形態が異なることから,曲げ疲労特性と軸荷重疲労特性は基本的に分けて考えるべきであることを補足しておく.これらの研究報告の結果からは,繊維強化プラスチックは超高サイクル域でも疲労破損し,その疲労強度は超高サイクル域まで単調に低下し続けると考えてよさそうである.なお,繊維強化プラスチックの疲労特性に及ぼすひずみ速度の影響の検討は現時点ではまだ不十分であり,その影響は十分に明らかではないことを付記しておく.
5.2.2 ナノスケールの非破壊評価手法の適用
繊維強化プラスチックの微視的疲労破壊機構については未解明な部分が多いことから,ナノスケールの非破壊評価が可能な手法を用いて微視的疲労破壊機構を解明する取り組みが始められている.まず,母材樹脂にあらかじめ存在する,ないしは繰返し荷重の作用によりあらたに生成する,サブナノメーターまでの大きさの空隙の体積を計測する手法として陽電子消滅法の適用が検討されている.22Naなどの陽電子源から放出された陽電子を試料に打ち込むと,試料の表層(最大で100μm程度)に陽電子が侵入する.これらの陽電子は固体中の空隙部に集まりやすく,かつ消滅までの時間は陽電子が存在する位置の電子密度に依存するため,空隙が大きいと陽電子が消滅するまでの寿命が長くなる.このことを利用し,試料の表層に存在するサブナノメーター以下の大きさの空隙に関する情報を得る手法が陽電子消滅法である(15).陽電子消滅法を炭素繊維強化熱可塑性プラスチックの疲労に適用した例(16)では,疲労負荷に伴い陽電子寿命が長くなる,すなわち,試験片表層に存在するサブナノメーター以下の空隙体積の増加傾向が見いだされている.ところで,繊維強化プラスチック積層板の疲労では,繊維強化方向が負荷方向に直交する層に生じるマトリックス割れが最初期損傷となることから,割れ発生の前過程に着目し,試験片表面を原子間力顕微鏡で繰返し観察した結果(17)も報告されている.この報告によると,繰返し荷重の作用により炭素繊維周りのエポキシの隆起が観察されていることから,繊維周りの応力集中により生じる塑性変形の蓄積により微小な隆起が生じ,その応力集中部を起点として微小き裂が発生,連結し,マトリックス割れが形成されていくという微視的疲労破壊機構が提案されている.そのようにして試験片表面に発生した繊維周りの微小き裂が繰返しに伴い深さ方向にどのように進展していくかについては,SPring-8の放射光X線ナノCT(分解能42nm)を用いて,数本の炭素繊維をエポキシで固めたモデル試験片に引張負荷と疲労負荷を与えた場合の微小き裂の発生と進展の様子をその場観察した報告(18)がある.この報告では,引張負荷と疲労負荷では微小き裂の発生位置や進展挙動が異なる可能性が示唆されている.
〔島村 佳伸 静岡大学〕
5.3 接合部の強度信頼性に関する研究の動向
日本機械学会M&M2021材料力学カンファレンスでは,関連するセッションとして「界面,接合,接着の力学 」が企画され,26件の講演発表があった(1).接着接合部・異材接合部の特異応力場の問題や界面での接合原理・メカニズムに関する数値解析的検討,継手強度や接合部の実験的評価法に関する検討など,主に力学・評価に関する研究発表が行われていた.ほかにも,接着やコーティングのプロセス,継手形状や被接合材の機械的性質が接合強度に及ぼす影響に関する研究,ナノワイヤの接合,フレッティングなどに関する研究の報告もあった.これら力学的な検討によって接合部の強度評価法が確立されることにより接合メカニズム解明や実用化へ向けた接合部・継手設計法の開発の促進が期待される.
日本機械学会2021年度年次大会では,関連するセッションとして「異種材料の界面強度評価と接合技術」が企画され,23件の講演があった(2).材料では,高張力鋼やアルミニウム合金,マグネシウム合金など金属材料のほか,樹脂や複合材料,セラミックスなども取り上げられていた.接合法としては,レーザ溶接,スポット溶接,摩擦攪拌接合,摩擦圧接,接着接合,コーティング,ボルトやリベットなどの機械締結,三次元積層造形など,幅広く研究発表が行われていた.力学・強度評価の観点からは,継手の疲労,接合部のき裂の問題,残留応力,界面,接合メカニズムなどに関して,実験的および解析的な検討に関する研究報告があった.従来,プロセスと力学・評価は,別に検討される場合も多いが,それぞれが互いに影響を及ぼしているため実際の設計や製品開発では両者を同時に考慮する必要がある.このセッションでは,プロセスと強度信頼性の両者を取り扱っており,異材接合の実用化に対する期待の大きさと,そのための研究開発が活発に進んでいることが読み取れる.
日本機械学会機械材料・材料加工技術講演会M&P2021では,「溶接・締結・接合・接着のプロセスと信頼性評価/機械インフラの保守・保全・信頼性強化」が企画され,11件の講演発表があった(3).このセッションは,上記年次大会のセッションと同様,プロセスと力学・評価の両者を取り扱っており,フレッティング疲労や機械締結部の問題,接合部形状の影響など主に力学・評価に関する研究のほか,コーティング,積層造形,摩擦攪拌接合,接着などの様々な接合プロセスとそれらにより得られた接合体の強度特性に関する研究の報告があった.
溶接学会の2021年度春季大会では,関連するセッションとして「疲労」,「破壊」,「溶接変形・残留応力」が(4),同じく2021年度秋季大会では,関連するセッションとして「疲労」,「高温割れ」,「溶接変形・残留応力」があった(5).疲労やぜい性破壊,溶接変形に関する実験的および数値解析的検討が行われていた.これらの溶接学会の講演会では,アーク溶接,レーザやハイブリッド溶接,抵抗スポット溶接,摩擦攪拌接合など,様々な溶接・接合法により得られた継手の力学的特性や強度評価に関する研究報告の中で,接合部の強度や信頼性を向上・改善する接合・加工プロセスに関する研究報告が比較的多いことが特徴的である.
日本材料学会第70期通常総会・学術講演会のオーガナイズドセッション「疲労損傷観察ならびに強度評価」では関連するセッションとして「フレッティング・残留応力・予ひずみ」,「軽金属・継手」があり,フレッティング疲労や継手疲労強度特性,接合部の実験的評価法などに関する研究報告があった(6).他にも,複合材料,高温強度,破壊力学に関するセッションで,強化繊維/樹脂界面,コーティング材界面,接着接合部などに関しての研究発表が行われていた.なお,同じく日本材料学会の第20回破壊力学シンポジウムでは,接着接合部・界面の特異応力場や溶接部の疲労評価などに関する研究発表があり,新しい解析・評価法に関する実験的・数値的な研究が活発に行われていることがわかる(7).
海外の動向として,IIW(International Institute of Welding)が2021年に発行したジャーナルWelding in the WorldのVo.65には186編の論文が掲載され,それらを見ると,継手の強度や疲労特性に関する実験的な検討のほか,残留応力や材料組織予測,プロセス・シミュレーション等の数値解析的な検討が行われていた(8).
機器・構造物は単一の材料や部品で構成されることはほとんどなく,溶接・接合が不可欠であり,その強度信頼性は実用上きわめて重要である.関連する研究や技術開発の発展のためには,産学連携や様々な学協会を横断した活動が求められる.例えば,日本機械学会M&M2021材料力学カンファレンスでは,溶接学会・溶接構造研究委員会と共催したセッション「溶接力学とその関連技術」が企画され,11件の講演発表があった(1).ほかにも,溶接学会・軽構造接合加工研究委員会が主催している「先進自動車製造技術における接合技技術2021(Joining Technologies in Advanced Automobile Assembly 2021, JAAA2021)では,日本材料学会疲労部門委員会「接合材の疲労強度研究分科会」と共催で「異材接合」,「疲労特性」のセッションを企画し,9件の講演発表を通して研究交流が行われた(9).今後も,同様の産学や学協会が協力した活動によるこの分野の研究,技術開発の活性化を期待したい.
〔宮下 幸雄 長岡技術科学大学〕
5.4 マイクロ・ナノ材料の破壊に関する研究の動向
材料力学の対象がマイクロ・ナノメートルオーダの微小な寸法領域にまでウイングを広げるようになって久しいが,2021年においてもこの分野の研究が活発に行われている.近年では,微小試験体に対する力学実験技術の発展に伴い,原子レベルから変形・破壊現象を捉え強度を根源から理解しようとするものや,新しいナノ構造材料の力学特性,あるいはナノスケールから力学特性の発現機構を解明しようとする研究が進んでいる.さらに他のトレンドとして,力学を主として他の物性との複合物理的な現象に着目して新たな材料機能を創出しようとする試みも盛んである.すべての動向を取り上げることは不可能であるため,本項では2021年9月に開催されたM&M2021材料力学カンファレンスにおいて議論された「ナノ力学」の話題を中心に本分野における研究の動向を紹介する.
破壊はき裂先端等の局所的な欠陥が支配する現象であり,究極的にどのスケールの物理現象がマクロな破壊を支配するかという根源的な問題がある.ぜい性材料の破壊機構に関する興味深い研究として,転位芯における結合の切断がき裂発生のトリガーとなり,その後のマクロな破壊をもたらすことが報告された(1).本研究では,意図的に転位を導入したチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶を対象として,透過型電子顕微鏡(TEM)によるその場観察破壊実験,および量子力学と分子動力学のハイブリッド解析により,原子的な視点から転位芯からの破壊を評価している.転位を有する材料の理想的な強度は8.8-10.7 GPaであり,転位のない場合(21.7 GPa)に比べて小さいことが示された.また,転位芯からの超微小き裂の発生を定量的に評価した.これらの結果は,従来は塑性変形の担い手とされてきた転位のぜい性破壊に及ぼす役割のみならず,原子スケールでの破壊機構に対する深い理解を提供するものである.また,破壊の機構と力学法則を検討するには,起点となる局所領域の力学場を評価することが不可欠である.このようなニーズに対して,走査透過型電子顕微鏡(STEM)法による原子像に基づいてひずみ場を原子分解能で直接観察する方法が開発されている(2)(3).負荷を与えたまま原子像を観察するのは困難とされてきたが,微小電気機械システム(MEMS)技術を発展させTEM用荷重負荷デバイスとして活用することにより,原子分解能での破壊の探求を可能としている.破壊の起点における原子スケールの力学場を直接観察して,転位やき裂発生の力学条件を実験的に解明できる点で画期的な方法である.本手法により,SrTiO3単結晶の切欠き底におけるひずみ集中場を原子レベルから実測しており,今後の破壊研究への展開が期待される.また,第一原理解析や分子動力学などで得られる結合の理想強度から,ぜい性材料の破壊じん性を予測できるかについて理論的な検討が行われた(4).これは,ぜい性材料の破壊は果たしてき裂先端の一本の結合に支配されるのかという本質的な問題を含んでおり,実験と理論解析の両面からさらなる議論が必要である.
破壊現象には多様性があり,マイクロ・ナノ材料の実用を考えると疲労やクリープに対する強度が重要となる.マイクロ・ナノスケールの金属材料では,疲労やクリープの特性が寸法に依存する寸法効果が表れることがあり,現象に応じた体系的な理解が不可欠である.金属材料の疲労破壊をもたらす固執すべり帯(PSB)に生じる疲労転位構造の寸法スケールは数マイクロメートルのオーダであり,それよりも小さいマイクロ・ナノ金属にこの転位構造が形成される領域は存在しない.このため,マクロ材とは異なる疲労挙動が存在するものと予想されるが,実験の困難から研究例は少ない.近年,単一すべり方位を有するマイクロ銅(Cu)単結晶試験片に対して精密な引張圧縮繰返し変形試験が行われた(5)(6).すべりの活動によってナノ厚さの平面的なプレートのずれによる突出し/入込みが形成され,疲労破壊に至ることが明らかにされた.さらに,この突出し/入込みの形成応力振幅は,マクロ材のPSB形成限界よりも小さかった.このように,マクロ材のものとは大きく異なる疲労現象の存在が示された.クリープに関する研究例として,走査型顕微鏡(SEM)を用いた電子線後方散乱回折(EBSD)法による結晶粒構造のその場観察下における金(Au)多結晶薄膜のクリープき裂伝播試験が実施された(7).膜厚が340 nmから120 nmに縮小すると,クリープ破壊の形態が粒内破壊から粒内/粒界破壊の複合的な機構に遷移することが示された.微小スケールでの長時間にわたる安定した実験が困難なこともあり研究例は限られている.未解明な点も多くさらなる研究の積み重ねが不可欠である.
一方,ナノスケールの内部構造を有する多様なナノ構造材料の力学機能発現に関する研究も盛んに行われている.一例として,厚さ方向には単原子層または数原子程度であり,他の方向にはマクロな広がりを持つ究極の薄膜である二次元材料,およびそれらがファンデルワールス力で積層した多層二次元材料の機械的特性に関心が払われている.一般に,二次元材料はぜい性的な破壊を生じ,高強度であるが低じん性である.二次元材料二硫化モリブデン(MoS2)に点欠陥を導入することで,破壊を防止できることが示された(8).本研究では,二次元材料に対してイオン照射によって原子空孔を形成して,ナノインデンテーション試験により破壊させている.その結果,0.15%の原子空孔が強度を40%低下させるが,原子寸法もしくはナノサイズの原子空孔の存在により破壊は数nmに抑制され,破壊じん性は向上した.また,二次元材料が密に積層した多層二次元材料では,層間に生じる局所的なしわ構造であるリプロケーション(9)が変形に関与することが示された.近年,高配向性熱分解グラファイトのマイクロ片持ちはり試験片の曲げ変形(10)により,負荷-除荷過程において大きな変形を許容してヒステリシスループを形成するものの,除荷により変形が復元する特徴的な変形特性が明らかになった.さらに,リプロケーションの発生条件や変形メカニズムに関して分子動力学による解析(11)(12)も行われている.その他の興味深いナノ構造材料の例として,タンパク質結晶の塑性変形(13)(14)に関する実験的な検討が行われている.タンパク質結晶は,巨大なタンパク質分子から構成される結晶性材料であり,弱い分子間力によって構成されている.タンパク質の一種であるグルコースイソメラーゼの高品質な結晶では,転位の発生と運動によって塑性変形を生じることが,放射光単色X線トポグラフィを用いた実験により確かめられた.このような新しいナノ構造材料の力学機能に関する研究は,今後ますます発展していくものと期待される.
その他の方向性として,材料の力学特性の発現機構を電子のスケールから理解して,強度を根源から設計しようとする新たなアプローチが試みられている.材料の機械的特性や強度は材料ごとに固有のもの,すなわち素材や組織によって決まる材料定数であり,本質的には変えることができないものと信じられてきた.ところが,電子線や光を照射することによって,余剰な電子/ホールを意図的かつ強制的に注入・制御することで,ぜい性材料が大きな塑性変形能を獲得するなど,機械的特性が変化することが明らかになりつつある.例えば,半導体材料である酸化亜鉛(ZnO)に対する球圧子による局所負荷試験では,電子線照射によってせん断強度が最大24%低下することが示された(15)-(17).照射を停止すると強度がもとの水準に回復したことから,恒久的な欠陥の導入によるものではなく,電子的な効果により強度が変化したと考えられている.この結果は,密度汎関数法に基づく第一原理計算による強度解析の結果と整合した.また,硫化亜鉛(ZnS)は,暗闇の中では大きな塑性変形を生じる.ところが,光を制御した条件下でのナノインデンテーション試験により,光照射により転位の運動性が低下することが明らかになった(18)(19).これは,光によって励起した電子やホールにより転位の運動が抑制されるためと考察されている.さらに,暗闇における運動性の増大により,光照射下に比べて最大45%もの破壊じん性が増大することが示された(20).一方,このような電子の制御により,機械的特性のみならず多様な物理特性を変えられることが発見されている.例として,SrTiO3に余剰電子(Polaron)を注入することで,実現が難しいと考えられてきたトポロジカル強誘電体を原子スケールで創出できることが第一原理解析により見出された(21)(22).このような原子スケールあるいは電子スケールにおける力学特性と他の物理特性(熱物性,電気磁気特性,光特性など)との相関性に着目して新奇な機能創出を目指す研究は,この分野の発展の一つの方向性を示すものである.
〔平方 寛之 京都大学〕
5.5 破壊力学と非破壊評価
2021年10月3日に和歌山県の六十谷水管橋が崩落し,紀の川右岸の6万戸で断水が発生した.崩落の要因として,吊り材の腐食が考えられている.この水管橋は耐用期限内であり,目視点検で異常は報告されていなかった.この破損事例は高度成長期に作られたインフラ構造物の老朽化やその破損による影響,人材や財源の確保といった社会問題を再認識させることとなった.効率的な非破壊検査および非破壊評価技術や維持保全手法が注目されている.本節では,非破壊評価手法を取り上げ,最近の研究状況を紹介する.
5.5.1 予防保全のための非破壊検査法
予防保全は,時間基準保全と状態基準保全に分類される.時間基準保全とは一定間隔ごとに検査を実施するものであり,供用を停止および開放して実行されることが多く,確実な検査が可能である.一方で検査の周期の適切な設定が重要であり,短すぎる場合は生産性を損ない,長すぎる場合は故障や破損をおこす結果となる.状態基準保全とは,予知保全ともいわれ,温度,圧力,振動などの状態を連続的または定期的に監視して,機器の故障と損傷を状態変化から間接的に検出するものである.異常を早期に予測して,保全の時期を設定できる特徴がある.
状態基準保全を行う非破壊検査手法として,アコースティック・エミッション(AE)法がある.AEとは材料の破壊,変形に伴い内部に蓄えられていた弾性エネルギが弾性波(AE波)として放出される現象であり,AE波を高感度のセンサで検出して機械構造物の欠陥の発生や進展などを評価する.一つのAEセンサがカバーする検出領域は大きく,常時のモニタリングが可能であるため,機器の状態監視を可能とする.脱炭素社会の次世代エネルギとして注目されている水素の輸送・貯蔵方法として,繊維強化プラスチック(FRP)で金属のライナーを補強した複合圧力容器の活用が進められている(1).複合圧力容器の主な漏洩原因はライナー内側の疲労き裂発生と進展と考えられているが,複合圧力容器の外側はFRPでおおわれているため,内側のライナーの検査は容易ではない.また水素の高い純度が要求されるため開放検査ごとに内部洗浄による休業が必要とされる.そこでAE法を用いた複合圧力容器の供用中検査の適用や品質管理への応用が進められている(1)-(3).
定期検査などで広く利用されている超音波探傷においても様々な萌芽技術が開発されている.レーザ超音波などの非接触検査が可能なセンサをドローンなどに取り付けてリモートセンシングする技術(4)や,プラントの配管を遠隔から診断する技術が開発されている.プラント配管遠隔損傷評価では,遠隔からのレーザ照射によって発生する弾性波を遠隔給電MEMSマイクロホンで受信し,損傷を画像化する弾性波カメラの開発が進められている(5).
赤外線サーモグラフィを用いると,時間基準保全と状態監視保全の中間的な非破壊検査が可能となる.赤外線サーモグラフィは検査対象から放射される赤外線を測定して温度分布として画像化するデバイスであり,非接触で広範囲を一度に計測できることや,望遠レンズを用いることで遠隔からの撮影が可能である.検査のための足場などを準備せず,かつ供用中にも検査を実施できる.超音波探傷や放射線検査などには欠陥検出寸法では及ばないが,検査頻度を高めることで高度な保全を可能とする(6).赤外線サーモグラフィを用いることで大型鋼構造物中の多数の溶接部中に発生した疲労き裂を効率よく検出する温度ギャップ法が実用化されている(7).再生可能な電力発電として期待され,大型化が進む風力発電機に対して,赤外線サーモグラフィを活用した風力発電ブレードの遠隔からの欠陥検出への適用が検討されている(8).非破壊検査にドローンを活用した研究も進められている.可視カメラを搭載したドローンにより,作業員が近づけない場所の目視点検が可能となり,さらに赤外線サーモグラフィを搭載した検査が検討されている.広い面積を有する太陽光パネルに対して,不具合による異常発熱をドローンによる上空から検出することが行われている(9).しかしながら自己発熱ではなく,欠陥に起因した温度分布変化をもとに欠陥を検出する場合では,ドローンが発生するプロペラ風が,赤外線サーモグラフィの測定結果に影響を与えることが確認された(10).そこでドローン搭載用の赤外線サーモグラフィが開発されており,これを用いた非破壊検査手法の確立が進められている(11).
5.5.2 その場全視野応力・ひずみ測定
破壊力学に基づいた健全性評価では,応力拡大係数が用いられ,き裂長さと作用している応力の評価が必要とされる.き裂長さは非破壊検査を通じて取得されるが,応力については設計時に想定される大きさが用いられる.より高精度な健全性評価を行うには,作用されている実働応力を把握することが望まれる.供用中の応力を全視野計測する手法として,デジタル画像相関法を用いた応力・ひずみ評価法がある.デジタル画像相関法とは,負荷前後の画像を取得して比較することにより対称点の変位を得る手法であり,全視野の変位計測が可能となる.さらに変位分布からひずみ分布や弾性変形範囲内であれば応力分布も取得できる.デジタル画像相関法によればき裂材に対する応力拡大係数の計測が可能である.近年では,X線CTによる変形前後の3次元画像から,物体内部の3次元変位およびひずみを測定するDVC(Digital volume correlation)(12)や,不均一変形時のひずみ分布から有限要素法を用いて応力場を近似的に定量化する手法により局所的な応力分布評価を可能とする研究(13)が進められている.赤外線サーモグラフィ法においても,熱弾性応力測定により主応力分布を可視化できる.本手法により供用下の鋼橋梁に車両輪荷重が作用する時の,疲労き裂先端近傍における特異応力場を計測することができ,き裂の応力拡大係数評価やそれに基づいたき裂の進展性評価が可能となる(14).実際の鋼橋梁において疲労き裂の補修前後の熱弾性応力測定によって補修効果を破壊力学的に評価できることが示されている(15).
〔塩澤 大輝 神戸大学〕