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機械工学年鑑2021

24. 法工学

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章内目次

24.1 法工学のこの一年
 24.1.1 概要/24.1.2 レベル3(条件付運転自動化)の自動運転解禁/24.1.3 セルフレジ特許,一部無効審決/24.1.4 ベイルート港爆発事故/24.1.5 特許法等の一部を改正/24.1.6 スエズ運河封鎖事故
24.2 科学技術予測調査結果から見る法工学
 24.2.1 緒言/24.2.2 科学技術予測調査について/24.2.3 デルファイ調査/24.2.4 今後の法工学分野に関して
24.3 自動運転車による事故の責任追及のあり方
 24.3.1 はじめに/24.3.2 判決の概要(横浜地裁2020年3月31日判決)/24.3.3 技術者の法的責任の検討
24.4 法工学の新展開~科学技術イノベーションと文理融合
 24.4.1 概況


24.1 法工学のこの一年

24.1.1.概要

2020年度は,あらゆる分野で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に翻弄された年であった.4月に出された緊急事態宣言により大幅に行動制限されると共に,マスクや消毒用アルコール等の感染防止関連商品が品薄になる等,国民生活に多大な影響が生じた.一方,リモートワーク化が進み,WEB会議用のWEBカメラや高速インターネット回線の需要が進むと共に,都心のオフィスの解約や出張の減少による経費削減,コロナ関連技術の急速な発展という思わぬ副産物もあった.さらに,講演会やイベントのWEB開催が一般化し,都市と地方との地域間格差の解消にも繋がる等,大きく環境が変わったといえよう.

ここで,法工学(法律と工学の境界領域)の分野に着目してみると,以下のようなトピックが挙げられる.

24.1.2 レベル3(条件付運転自動化)の自動運転解禁

2020年4月,「レベル3(条件付運転自動化)」に関連する法律,すなわち道路交通法及び道路運送車両法が2020年4月に改正法が施行された(1)

改正道路交通法では,作動状態記録装置が不備な状態での運転を禁止するとともに,データの保存も義務付けている.また,自動運転システムが正常に作動している限り,ドライバーはスマートフォンの使用やカーナビなどの操作を行うことが可能となったが,自動運転システムが作動する条件から外れた際は自動運行装置を使用した運転が禁止され,ドライバーは迅速に運転操作を引き継がなければならないことも定められている.一方,改正道路運送車両法では,保安基準対象装置として,自動運行装置,すなわち「プログラムにより自動的に自動車を運行させるために必要な装置であって,作動状態記録装置も含むもの」が追加された.

上述した改正に伴い,自動運転中の飲酒や睡眠は従来通り不可であることは勿論であるが,その他のケース(例えば,飲食や読書等)については不明確である.さらに,事故発生時の責任の所在については,自動運転システムが作動している車両についても,事故責任者は運転者になることが明文化された(道路交通法)が,実際の事故は,複雑な要素が絡んでいることから,事故責任のあり方に議論は引き続き行われると思われる.

24.1.3 セルフレジ特許,一部無効審決

2020年8月,ファーストリテイリング社が提起したアスタリスク社のセルフレジ特許(特許第6469758号)について,請求項1,2及び4は進歩性欠如等の理由で無効,請求項3は特許維持という審決が出された.セルフレジは,買物客が商品を入れたカゴを無人の自動レジの所定位置に置くと,商品に付された無線自動識別タグが読み取られ,商品点数と合計金額が表示され,会計に進むシステムである.ファーストリテイリングが運営するユニクロのセルフレジは,人件費の削減に繋がるというメリットがある.実際,筆者も利用したことがあるが有人レジと遜色のない便利さである.

上記審決により,一部の請求項は無効になったものの,アスタリスク社の見解では,ユニクロのセルフレジは,請求項3の技術範囲内にあることから,双方が不服として知財高裁で争っており,原稿執筆時点において,最終的な紛争の解決まで,時間がかかると思われる.

このセルフレジ特許については,2018年,大企業であるファーストリテイリング社が行った新型セルフレジのコンペにベンチャー企業のアスタリスク社が参加したことが,結果的に採用されなかったという経緯がある.ベンチャー企業が大企業を相手に知財訴訟を提起しているという興味深い事例であり,今後の展開を注視したい.

24.1.4 ベイルート港爆発事故

2020年8月,レバノンのベイルート港で大規模な爆発事故が発生した.この爆発により207人が死亡,6,500人以上が負傷する大きな被害が出た.この爆発によって,マグニチュード3.3の地震と同等の地震波が観測され,「核爆弾によらない爆発としては史上最大規模の一つ」とも言われている.

爆発の原因は,ベイルート港近くに保管されていた大量の硝酸アンモニウム(農業用肥料や鉱山で使われる爆薬の原料として使われる)である.この硝酸アンモニウムを積載した貨物船が2013年にエンジントラブルによりベイルート港で立ち往生し,その後,手続不備等により貨物は没収されたという経緯で,ベイルート港付近に保管されていた.その後,適切な管理及び安全対策が取られることなく,6年にわたり保管されていた.この大量の硝酸アンモニウムに,硝酸アンモニウムが保管されていた倉庫の外壁における溶接作業又はそれに伴う倉庫火災の火が引火したものと推測されている.

しかしながら,硝酸アンモニウムは本来比較的安定した化合物であり,融解温度は170℃である.それにも関わらず,大爆発になったのは,硝酸アンモニウムの量と,不適切な管理と保存期間が原因である.危険物の取扱いに関する基本的な知識があれば,大量の危険物を1カ所に保管しないことは当然のことである.しかしながら,危険物管理に関する致命的な知識欠如により,それらが徹底されず,不適切,かつ,大量の保管で硝酸アンモニウムが湿気により固まり,爆発しやすい状態にあったものと思われる.

なお,着目すべきは,事故の半年ほど前に,硝酸アンモニウムを移動しないとベイルート全体が吹き飛ばされることになると複数の検査官が警告していたという事実である.科学的知識の欠如に加えて,コミュニケーションが十分に取れていないことで,警告が有効に活用されなかったことは非常に残念である.

24.1.5 特許法等の一部を改正

2021年3月,「特許法等の一部を改正する法律案」が閣議決定された(2).改正のポイントは「新型コロナウイルスの感染拡大に対応したデジタル化等の手続の整備」「デジタル化等の進展に伴う企業行動の変化に対応した権利保護の見直し」「知的財産制度の基盤強化」の三点となる.特に,審判の口頭審理等について,審判長の判断で,当事者等が審判廷に出頭することなくウェブ会議システムを利用して手続を行うことが可能となる等,地方在住者にとって移動の手間が解消する等のメリットが期待される.

24.1.6 スエズ運河封鎖事故

2021年3月,スエズ運河において,コンテナ船「エヴァーギヴン」が砂嵐及び強風に煽られて進行方向から外れ,運河の岸壁に座礁した上,他の船舶の通航を遮る事故が発生した.1週間後,「エヴァーギヴン」は離礁し,スエズ運河の通航が再開されたが,事故の影響で停止していた船舶は400隻以上に上り,その後,通常の状態に復帰したとスエズ運河庁は発表した.スエズ運河庁等が船主や保険会社に請求する損害賠償額は数百億円に上るとみられているが,賠償協議は難航し,解決の見通しは立っていない.

〔伏見 靖 産業技術大学院大学〕

参考文献

(1)法律,警察庁
https://www.npa.go.jp/laws/kaisei/houritsu.html  (参照日2021年4月5日)

(2)特許法等の一部を改正する法律案 (2021-3閣議決定),経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2020/03/20210302003/20210302003.html  (参照日2021年3月31日)


24.2 科学技術予測調査結果から見る法工学

24.2.1 緒言

科学技術・学術政策研究所(以下NISTEP)では,科学技術及び科学技術と将来社会との関わりを見通すため,1971年から約5年ごとに科学技術予測調査を実施している.この大規模な科学技術予測(1)結果は,科学技術基本計画(2)策定に資するよう設計されている.本予測は,今後30年間という中長期の未来展望であり,多数の専門家の参画により実施されており,科学者・技術者といったシーズ側の視点だけでなく,需要側の視点や人文・社会科学の専門家の視点も取り入れた広範な議論を行っていることが特徴である.これまでデルファイ,シナリオ作成,ワークショップなどといった複数の予測手法を組み合わせ,目指すべき社会の姿を描き,その実現に貢献する科学技術を抽出するといった調査を継続的に実施している.

24.2.2 科学技術予測調査について

当所で実施している科学技術予測調査は,科学技術全般にわたる中長期的な発展の方向性について,専門家の知見を得ることを目的としたアンケート(以下デルファイ調査)であり,これまで第11回実施してきたが,実施当時の社会情勢を踏まえた調査設計となっており,最近は,科学技術基本計画策定の時期に合わせて実施している.予測調査と社会背景,基本計画との関係について俯瞰した図を図24-2-1に示す.

第1回から7回までは,技術を中心としたデルファイ調査のみであったが,社会情勢や我が国の科学技術インフラが発展してきたことを踏まえて,ニーズやシナリオ,ビジョン,論文分析といった様々な手法を組み合わせた,俯瞰的な調査設計へと変化している.

図24-2-1 予測調査設計における科学技術政策の変化と基本計画との関係

24.2.3 デルファイ調査

新技術の実現は,政策決定だけでなく,研究開発におけるシナリオやロードマップの検討などにも深くかかわる.本デルファイ調査は,技術に注目してその技術の実現時期や社会普及年,実現に必要な施策などについて,専門家にアンケートした結果をまとめたものである.デルファイ調査とは,同じアンケートを2回実施し,意見を収斂していく手法である.1回目の結果を基に再度回答を求めることで,意見が収束していく.調査は毎回20-40年先をターゲットとした設計となっており,50年の歴史があることから,実現したものとそうでないものを評価でき,こうした調査を長年継続しているのは日本だけであることから,海外からの評価が特に高い.これまで実施したデルファイ調査結果は,テータベースとして当所のホームページにて公開している(3)

2018-19年に実施した第11回科学技術予測調査(4)(5)では,2040年をターゲットイヤーとしつつ,2050年までの30年間を展望する設計とした.すべての科学技術を俯瞰すべく,7分野(①健康・医療・生命科学,②農林水産・食品・バイオテクノロジー,③環境・資源・エネルギー,④ICT・アナリティクス・サービス,⑤マテリアル・デバイス・プロセス,⑥都市・建築・土木・交通,⑦宇宙・海洋・地球・科学基盤)において702の科学技術トピック(2050年までの実現が期待される研究開発課題)を設定し,各トピックに関して表24-2-1に示すようなアンケート調査を実施し,各分野の専門家5,352名から回答を得た.

表24-2-1 第11回デルファイ調査質問内容

 

24.2.3.1. 法規制の整備が必要なトピックスと分野

表24-2-1に示したように,技術の実現が期待される政策手段の中から,特に法規制の整備という回答が多かった上位10件を表24-2-2に示す.ICT関連が8件を占める.世界各国のICTの普及状況(普及度ランキング)について,国際電気通信連合(ITU)が「Measuring the Information Society Report 2018」(6)を公表しているが,これによると日本は世界で10位である.また2018年に行われたPISA(7)の調査では,日本は数学で世界1位,科学は2位と結果になったにもかかわらず,ICT活用に関しては,授業中のデジタル機器使用時間がOECD加盟国の中で最下位となった.順位に関わる議論は多くあるが,2021年にはデジタル庁が発足(8)されることから,こうした課題にも取り組むことであろう.

また,Society5.0(9)でも取り上げられているドローンや,話題となった空飛ぶ車に関する技術もここで上がっている.新たな技術の社会実装には,技術開発と並行して法規制や社会の許容性などに関する社会科学の視点も今後ますます重要になってくる.

表24-2-2 法整備が必要な上位10トピックス

24.2.3.2 ELSIが必要なトピックス

科学技術的実現に向けて倫理的・法的・社会的課題(ELSI)対応の必要性が高いトピックスを表24-2-3に示す.ここでは遺伝子・ゲノム・生殖関連といったライフサイエンス系や,個人情報関連及びAI・ロボットとの共存などといったICT関係のものがあげられた.技術実現よりもさらに社会的実現に向けては,必要性がさらに高まる.

表24-2-3 ELSIが必要な上位10トピックス

24.2.4 今後の法工学分野に関して

新たな未来を切り拓き,種々の課題を解決していくための科学技術イノベーションが世界的に推進される中で,複数の学問分野を横断・融合する科学技術領域が改めて注目されている.その理由の一つとして,世界的な地球環境問題,人口動態変化への対応,エネルギー・食料・資源の確保など,これまでに専門化,細分化を進行させてきた学問だけでは対処しきれない社会的課題が顕在化し,それらの解決が必要とされていることが挙げられる.新技術が社会に普及しても,それに対応する法律や規制がなく,事故が発生した際に問題が発覚することがないよう,法工学は課題解決の一部として,技術者に一般化することが望まれる.

コロナ過が続く中,人々の価値観や社会構造に変化も見られる.人口が減少する我が国では,これまでのような科学技術の取り組みでは,人々の幸福感を得ることも困難になってきている.単純に技術開発を進めるのではなく,人々の求める社会像や描く未来像を実現するための科学技術の発展が求められていることから,研究開発においてもこれまで以上に社会科学的視点の考慮が不可欠であろう.

〔浦島 邦子 文部科学省 科学技術・学術政策研究所〕

参考文献

(1)科学技術予測調査,https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-foresight-and-science-and-technology-trends

(2)第6期科学技術基本計画,https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/6gaiyo.pdf

(3)デルファイ調査検索,https://www.nistep.go.jp/research/scisip/delphisearch/start/

(4)第11回科学技術予測調査ST Foresight 2019 の概要, https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/ST-Foresight-2019-summary.pdf

(5)第11回科学技術予測調査 各論報告書の公表について, https://www.nistep.go.jp/archives/44457

(6)Measuring the Information Society Report 2018, https://www.itu.int/en/ITU-D/Statistics/Pages/publications/misr2018.aspx

(7)PISA,https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point-eng.pdf

(8)デジタル庁(準備中),https://www.digital.go.jp/

(9)Society5.0とは,内閣府,https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/


24.3 自動運転車による事故の責任追及のあり方

24.3.1 はじめに

自動車は,コロナ禍において「個」による移動手段として再注目されており,中でも自動運転は移動弱者の移動手段確保,輸送業界における人手不足解消の一手段として脚光を浴びている.特に衝突被害軽減ブレーキは2021年から新車への装着が義務づけられ(1),また同年には渋滞時に車両システムが運転を担うレベル3(道路交通法上,自動運転時にドライバーはスマートフォン等の使用が認められる.緊急時はドライバーが運転の交替を求められる)の車両が発売される.このような新技術の開発・普及とともに,技術者が問われる法的責任も変化している.そこで,本稿では運転支援車ドライバーの刑事責任が問われた判決(2)の検討を通じ,自動運転時代の技術者の責任について検討したい.

24.3.2 判決の概要(横浜地裁2020年3月31日判決)

本事故は,運転支援機能を有する車両(判決によると,前車との車間距離を調整し,自車位置を車線中央に維持する機能等があるレベル2の車両)のドライバーが居眠りにおちいり,進路前方に停車していたバイクに気づかず,加速した状態でバイクに衝突し,付近にいた1名を死亡,2名を負傷させた事例で,運転支援車のドライバーに禁固3年執行猶予5年の有罪判決が言い渡された.判決によると,同車の運転支援システム(同システム)は「いかなる状況においても適切に動作することを保証されたものではなく」,マニュアルでもドライバーは常に注意を払い対応することが求められていた.ドライバーは事故防止の責任は基本的に運転者にあるという説明を受けており,同システムが道路状況に応じた適切な動作をしないことがあり得ることを理解していた.そして,ドライバーが強い眠気を覚えた時点で,同システムが適切な動作をせず,ドライバーが適切に対処しないと事故が発生する危険を予見できたが,運転を中止しなかったとして過失が認められた.

また,本件では,ドライバーの運転と人の死傷の結果との因果関係が争われた.ドライバーの弁護人は,同システムが衝突前に前方の車両を検知しない状態となり,前方のバイクに明らかに衝突する速度まで加速したことをもって,本事故は同システムの故障によるものであり,ドライバーの居眠りは事故への寄与度が少ないと主張した.これに対し判決は,同システムが本来予定されていない加速をしたことは,同システムの故障か機能の限界によるかは「判然としない」ものの,ドライバーが居眠りをせず前方を注視していれば,車両を適切に操作して本件事故を避けられたとして,因果関係を認めた.量刑で,同システムの存在や本来予定しない動作(加速)をしたことは考慮されなかった.

本件は,同システムが常に適切に動作するとは保証されていない場合,異常作動の原因を問わず,ドライバーには従来の車と同様の注意義務を科されるとして責任を認めた事例といえよう.

24.3.3 技術者の法的責任の検討

では仮に,事故防止の責任は運転者にありつつ,一定の条件下という限定付きで,上記の運転支援システムが,自動的に停車することを含め車間距離や自車位置の調整を適切に行うと保証されている場合はどうであろうか.まず刑事責任について検討する.

この場合,機能の限界と故障(設計上の問題とする)で分けて検討する必要があると思われる.機能の限界とは,運転支援システムが正常に機能しないことが想定されている条件下で,いわば「予定どおり」不作動・誤作動を起こす場合といえよう.そして,ドライバーも不作動等が起きうる自車の特性を理解している必要があろう.そうであれば,ドライバーは,機能上の限界により運転支援機能が正常に機能しない場合を予見し,適切な対処をとることで事故を回避する必要があり,これを怠って事故を起こした場合はドライバーに過失が認められるであろう.一方,故障の場合は本来機能すべき場面で運転支援が機能しなかった場合なので,ドライバーの過失も問題となるが同時に,欠陥のある車両を製造販売した,メーカー技術者の業務上過失致死傷罪や道路運送車両法違反が問題になりうる(3).メーカー技術者の刑事責任追及は実際には困難とされる(3)が,同車種や同機種のシステム搭載車が,共通する原因で事故を起こしており,これを知りつつ放置していたような場合は刑事責任が問題になる可能性もある(この点については(4)の判例が参考になると思われる).

次に,民事責任について検討する.機能の限界の場合,上記と同様にドライバーが車両の特性を理解し注意を払うべき場面なので,必要な注意が払われず事故が起きた場合は,主にドライバーの責任が問題となる(5).但し,機能の限界について,車両メーカーないしディーラーがユーザーに適切に情報提供できていたかがシビアに問われる場面でもあり,もし情報不足だったり誤解を与える内容であれば,「指示・警告上の欠陥」としてメーカーの製造物責任が問われうる(6).一方故障の場合,本来は減速・停止するべき場面で加速したことになる.この場合,被害者との関係では車両メーカーの製造物責任(設計・製造上の欠陥)が大きな問題となるであろう(具体的に何が自動運転車の「欠陥」なのかも議論になっている(5)が,ここでは問題の指摘にとどめる).製造物責任法は被害者救済を趣旨としており(1条),過失を問わず,製品に欠陥および欠陥と損害との因果関係があれば,メーカーの損害賠償責任が問われうる.被害者側はメーカーの過失を立証しなくても,欠陥という製品の客観的状態を証明すれば請求が認められることになり,被害者救済の容易化が立法的に図られている.

高度な技術を用いた製品の開発・普及に伴い,従来は問題となることが少なかった技術者の責任に脚光が当たることが増えると予想される.技術者および製造者の立場にある組織としては,新技術に伴う法的責任を正しく理解し,新たに生じうるリスクとして,組織の安全管理に生かすことが重要といえよう.

〔岡本 満喜子 関西大学〕

参考文献

(1)乗用車等の衝突被害軽減ブレーキに関する国際基準を導入し,新車を対象とした義務付けを行います.(2020年1月31日報道発表資料), 国土交通省https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha08_hh_003618.html(参照日2021年4月1日)

(2)横浜地方裁判所2020年3月31日判決 D1-Law,com判例体系 判例ID28281877

(3)中川由賀 自動運転に関するドライバー及びメーカーの刑事責任,CHUKYO LAWYER Vol.27(2017)pp.15-29

(4)東京地方裁判所2010年5月11日判決 判例タイムズ1328号 241頁

(5)栗田昌裕 自動運転車の事故と民事責任,法律時報 91巻4号(2019)pp.27-33

(6)佐藤典仁・芳川雄磨 Iot先端技術の法律問題 第1回 自動運転をめぐる法制度の現状と今後の方向性 NBL No.1157(2019)pp.45-50

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24.4 法工学の新展開~科学技術イノベーションと文理融合

24.4.1 概況

2020年は,日本学術会議会員の任命拒否問題を通じて,奇しくも人文・社会科学研究者の存在が世間的に注目された年でもあった.一方で,日本の科学技術政策のあり方をめぐり,人文・社会科学の必要性が法的にも明示された年であった.

1995年,日本の科学技術政策について定めた法律「科学技術基本法」が制定された.この第一章第一条では「この法律は,科学技術(人文科学のみに係るものを除く.以下同じ.)の振興に関する施策の基本となる事項を定め,科学技術の振興に関する施策を総合的かつ計画的に推進することにより,我が国における科学技術の水準の向上を図り,もって我が国の経済社会の発展と国民の福祉の向上に寄与するとともに世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に貢献することを目的とする.」という文言がある.すなわち,長らく日本の科学技術政策の屋台骨である基本法において,人文科学は端から科学技術とは切り離されてきた.

確かに研究者人口,研究費の額などの点において,人文・社会科学は自然科学に対して規模が小さく,両者の間には懸隔がある.これに対して,経済学者であり,日本学術会議副会長の立場にあった鈴村興太郎は,人文・社会科学と自然科学の関係を,飛行機に例えて「生命科学系の自然科学と,理学・工学系の自然科学を2つの主翼とする飛行機に,人文・社会科学の小さな尾翼がついた姿こそ,学術の3つのパートの安定的・相補的・有機的な連携の表現としてふさわしい」と説明した(1).加えて「尾翼のない飛行機が安定飛行することは不可能であるように,生命科学系と理学・工学系の自然科学が日本の科学・技術の信頼性・安定性のある両翼として機能できるためには,小なりとはいえ人文・社会科学の鋭敏な方向舵による指針と補完が必要不可欠であることである」と人文・社会科学の必要性について述べている(1)

科学技術振興における人文・社会科学の必要性は,政策でも共有されており,2011年に閣議決定された第4期科学技術計画では,「科学技術政策」から「科学技術・イノベーション政策」へと変更された.そこではイノベーションの重要性が強く意識され,科学技術の成果をイノベーションを通じて新たな価値創造に結びつけるべく,科学技術の着実な振興,そしてそのために自然科学のみならず人文科学や社会科学の視点を取り入れ,科学技術政策に加え,関連するイノベーション政策も幅広く対象に含めて,その一体的な推進を図っていくことが不可欠であることが明示された(2)

こうした流れの中,2020年科学技術基本法に代わる「科学技術・イノベーション基本法」が成立した.そこでは人間や社会のあり方と科学技術・イノベーションとの関係が密接に不可分になっていることを踏まえ,「人文・社会科学(法では「人文科学」と記載)のみに係る科学技術」及び「イノベーションの創出」の2つを科学技術基本法の振興の対象に加えることが明記された(3).この2つを法の振興対象に加えた含意として「科学技術・イノベーション政策が,科学技術の振興のみならず,社会的価値を生み出す人文・社会科学の「知」と自然科学の「知」の融合による「総合知」により,人間や社会の総合的理解と課題解決に資する政策となった」と説明している(3)

これまで科学技術政策を通じて,科学技術の研究開発に強力な支援がされてきた.しかし,国民の厚生を改善する発見・発明が生まれても,それを普及させる枠組みがなければ,国民は利用することができない.誰にも利用されることがなければ,そこに新たな価値創造はない.科学研究の成果を価値あるものとして国民が利用できるようにするためには,社会的な枠組みの設計が必要である.そのためには法学や経済学といった社会科学の知見が求められる.

たとえば,AIによる自動運転の実用化において,もし事故が起きた場合,その責任主体は誰なのか,使用者なのか製造者なのか,また責任の割合をどう配分し,どのように負うか,法制度の整備は必須である.しかし,過失の所在や割合を法的に決めたからと言って,そこで終わりではない.重要なのは,価値ある技術が普及し,国民が利用しやすくすることである.そのためには製造者にとっては販売しやすく,そして使用者にとっては利用しやすい“経済的な”枠組みを作ることが必要である.保険の枠組みを援用すれば,保険会社が製造者および使用者のリスクを,保険料と引き換えに引き受けて,三者にメリットのある仕組みを作ることは可能であろう.

法工学は,こうした人文社会科学と自然科学の融合という時代の要請に先駆けて誕生した.これが日本最大級の工学コミュニティである日本機械学会のなかで発展してきたことは,大きな意義がある.今後,法工学が求められる役割はますます大きくなるだろう.そのため,法工学自体もさらなる変化・発展を遂げなければならない.AIの介在や遺伝子操作など,科学技術の進歩により,これまでの前提を覆すことが起こっている.それらの前提の是非を議論し,新たな前提のもとでどのような法制度,経済システムをつくれるか,また倫理上の問題はないのか,分野を超えた議論が必要である.従来は,科学技術,法学,経済学という既存の学問,もしくそれらをつなぐ学問としての法工学,法と経済学,イノベーションの経済学,が存在していた.しかしながら,法工学はこれら分野の枠を超え,経済学の他,倫理学・哲学などの人文科学も加え,社会実装に貢献する学問分野に成長していくことが必要である(図24-4-1).

図24-4-1 既存の学問間の関係性と法工学の新展開

〔長根(齋藤) 裕美 千葉大学〕

参考文献

(1) 鈴村興太郎, 厚生と権利の間(2014), p.277.

(2) 第4期科学技術基本計画, 内閣府https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/4honbun.pdf(参照日2021年2月28日)

(3)「第6期科学技術・イノベーション基本計画」答申素案, 内閣府, https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/6ki_tosinsoan.pdf(参照日2021年2月27日)