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機械工学年鑑2021

19. 情報・知能・精密機器

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章内目次

19.1 コンピュータ・記憶装置・記憶メディア
19.2 入出力装置
19.3 ホームエレクトロニクス機器
19.4 医療福祉機器
19.5 知能化機器
19.6 柔軟媒体ハンドリング
19.7 社会情報システム・セキュリティ
19.8 生体知覚・感覚機能の機械システム応用
19.9 IoT

 


19.1 コンピュータ・記憶装置・記憶メディア

2020年のパソコン(PC)総出荷台数は約2億7500万台と対2019年比4.8%の増加で過去10年で最高の成長率であった.

2020年のHDD(磁気ディスク装置)の生産台数は対2019年比18%減の約2億6000万台であった.

Enterprise向けがQ2以降大きく落ち込んでおり年率で約27%の減少,MobileおよびDesktop向けもQuater毎の差は大きくないがそれぞれ約30%,16%の減少であった.唯一Nearline向けが約13%の増加であった.

2020年のSSD(Solid State Drive)市場は2019年比で約32.4%増の3億1200万台(推定)と史上初めてHDDの出荷台数を上回った.HDD出荷台数および出荷額が年々減少傾向にあるのに対し,SSDは台数,金額ともに増加傾向が続いている.ただし,総出荷記憶容量ではSSDはHDDの1/5弱とまだ小さく,記録媒体として主役は依然としてHDDであると言える.

(統計はガートナー社およびテクノ・システム・リサーチ社による)

〔江口 健彦 Western Digital〕

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19.2 入出力装置

「事務機械出荷実績」(1)によれば,2020年の主要出力機器の総出荷額(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会会員企業のみの集計)は,1兆1,710億円であり,国内外別では,国内が2,775億円,海外が8,935億円であった.このうち,複写機・複合機とページプリンタの総出荷額は,それぞれ6,457億円(対2019年78.4%)と3,564億円(83.6%)となっている.COVID-19の影響を受け,近年にない大幅な減少を示した.

電子写真方式の出力装置に関し,主要メーカーより発表されたオフィス向けの新機種では,操作パネルの改良やクラウドサービス対応などの操作性・利便性などに重点を置くものが主流であった.また,セキュリティなど,COVID-19の影響下で増加した在宅勤務でのニーズに配慮した工夫や,在宅勤務向けに特化したプリンターの発表があり,さらにニューノーマルでの働き方改革を志向した製品も発表された.ニューノーマルの中での出力機器の在り方についての講演会(2)やディスカッションが精力的になされ,COVID-19への対応が議論された1年であった.

プロダクション(デジタル印刷)領域では,オフィス向け以上の精力的な製品発表がなされた.エアーサクション給紙トレイや,スキューレジスト精度向上技術などを導入し,各メーカー共通して,用紙対応力の高さをセールスポイントとしている.また,高速化などプロダクション市場向けの新たな技術開発,導入が進んでいる.海外では,液体現像方式のプロダクション機が同一メーカーから多数ラインアップされた.商業印刷向け,ラベルおよびパッケージ向けと,アプリケーションごとに最適化された出力機10製品と,独自の制御システムなどがリリースされ,開発力の高さがうかがわれた.

COVID-19のもとで,延期・中止となった研究討論会や講演会が見られたが,4月以降はオンラインでの開催が定着し,研究発表もなされた.電子写真分野では,微弱放電の計測(3)定着フィルム摩耗予測技術(4)定着ムラのモデル化(5),低温定着ホワイトトナーの開発(6),離散要素法による現像剤搬送シミュレーション(7),などについての論文報告があった.例年,日本画像学会が実施している複写機遺産認定事業では,新たに3機種が認定された(8)

上述の通り,プロダクション領域では,用紙汎用性,高画質,高速性の獲得のため,新たな技術開発が活性化しており,そのための解析技術や設計手法も重要になっている.電子写真技術の再成長が期待される.

〔中山 信行 富士フイルムビジネスイノベーション(株)〕

参考文献

(1)事務機械出荷実績, 一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会
http://www.jbmia.or.jp/statistical_data/index.php (参照日2021年4月12日)

(2)日本画像学会電子写真技術部会編集, 激変する社会環境と,電子写真技術の進化の方向性, 電子写真技術研究会予稿集(2021).

(3)大塚幸治, 井本雅規, 山本晃介, 渡口要, 大西拓馬, 微小パターン電極による微弱放電の計測および解析方法, 日本画像学会誌, Vol.59, No.1 (2020), pp.45-50.

(4)中尾修一, 吉岡広起, 内藤洋介, 定着フィルム表層摩耗の予測技術, 日本画像学会誌, Vol.59, No.1 (2020), pp.51-55.

(5)安井甲次, 加藤恭平, 石黒敬太, 依田寧雄, 金森昭人, 定着プロセスにおける濃度ムラの物理モデルと定量評価方法の構築, 日本画像学会誌, Vol.59, No.1 (2020), pp.56-61.

(6)村上毅, 佐藤修二, 飯塚章洋, 高画質と高生産性を両立した低温定着ホワイトトナーの開発, 日本画像学会誌, Vol.59, No.1 (2020), pp.62-67.

(7)竹中直, 佐藤浩一郎, 大谷晃文, DEMによる現像剤粒子搬送シミュレーションとGPUを用いた計算処理速度の改善検討, 日本画像学会誌, Vol.59, No.2 (2020), pp.188-194.

(8)第2回『複写機遺産』発表,日本画像学会電子写真技術部会
http://www.isj-imaging.org/others/heritage.html (参照日2021年4月12日)

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19.3 ホームエレクトロニクス機器

一般社団法人 日本電機工業会の発表(1)によると,2020年の冷蔵庫,洗濯機,ルームエアコンなどの白物家電の国内出荷額は,約2.5兆円,前年比101.0%となり,5年連続のプラスとなった.新型コロナウイルス感染症拡大防止による在宅時間の増加に伴い,巣ごもり需要に代表される調理家電製品や健康清潔意識の高まりから空気清浄機が大幅増となった.また,特別定額給付金による後押しもあり,ルームエアコン等の大型製品も堅調に推移し,民生用電気機器全体では1997年以降最も高い出荷金額となった.

洗濯機では,2019年同様にまとめ洗いや大物洗いへのニーズが高く,引き続き大容量へとシフトしている.一方,冷蔵庫では,少人数世帯の増加もあり401L以上の大容量クラスへのシフトは落ち着きをみせている.掃除機では,「キャニスター形」の数量構成比が減少する一方で,「たて形(スティック型)」の構成比が伸長している.空気清浄機は,消費者の清潔意識の高まりから,年間で初めて800億円を超え過去最高の出荷金額となった.
消費者の在宅時間増加により,私生活や仕事が入り混じった「おうち時間」を豊かに過ごすことへの意欲が高まり,ヘルスケアやウェルネスのための製品やサービスにも注目が集まった.今後は,IoT(Internet of Things)機能を活用し,多様な機器を連携させるサービスビジネスの活発化が予想される.

〔黒澤 真理 (株)日立製作所〕

参考文献

(1)一般社団法人 日本電機工業会,民生用電気機器 2020年12月度ならびに2020年(暦年)国内出荷実績,ニュースリリース(2021-1).

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19.4 医療福祉機器

医療分野に関しては,これまでの年鑑でもふれられている通り,手術ロボットda Vinciが引き続き展開しているものの,ポストda Vinciとしての手術ロボットの動きが活性化してきた.特に,シスメックス株式会社と川崎重工業の共同出資により設立されたメディカロイド社(1)の手術ロボットシステムhinotoriが2020年8月に規制当局の承認,9月に保険適用を受けた.hinotori に搭載された各種センサ情報や内視鏡映像及び手術室全体を映像等の情報をリアルタイムで取集・解析・提供可能なオープンプラットフォームが提供されており,AI 解析やシミュレーションなど新たなサービスの展開が期待される(2)

また,コロナ禍の影響を受け,時限的・特例的にオンライン診療・服薬指導の実施可能範囲が拡大された(3)が,オンラインでの診療時に得られる情報が限定的であることや医師患者双方の本人確認の方法が普及に向けた大きな課題となっている.本部門でも研究発表がなされている触覚に関する技術開発の適用が期待されるとともに,診療に必要な生体情報を遠隔で取得する方法の研究開発が望まれる.

福祉分野に関しては,データに基づく科学的な介護の実現を目指して,ロボットやIoT技術を活用したプラットフォームの開発が進んでおり(4),特に,見守り技術を持つ企業を中心とした,複数企業を巻き込んだプラットフォームにおいて,成果が出始めている.成果の一つとして,機序は明確ではないが,平常時との乖離度から肺炎の症状発生を予測する手法の可能性が示唆されており,従来の物理現象に基づいたセンサ群の設置によるデータ収集とその解析による方法とは異なる,データドリブンの手法の価値が見いだされ始めている.MSD-IIP部門講演会合同企画特別講演「新しい生活様式とサイバーフィジカルシステム」における東京大学次世代知能科学研究センター 森 武俊 教授の「ビッグデータ IoT が変えるケア・看護」のご講演においても,大規模データの解析に基づく新たな知見の紹介があり,今後,大量データの解析により人が気付けない事象に対する示唆が見いだされ,それを検証していく,というアプローチにより新たなブレークスルーがもたらされることが期待される.

内閣府の科学技術・イノベーションに係わる施策として,2020年度より,ムーンショット型研究開発制度が始動した.『「ムーンショット」とは,人々を魅了する野心的な目標を掲げて世界中の研究者の英知を結集しながら困難な社会課題の解決を目指し,挑戦的な研究開発を進める研究開発制度』(5)である.ムーンショットでは7つの目標が設定されたが,目標1「2050年までに,人が身体,脳,空間,時間の制約から解放された社会を実現」,目標3「2050年までに,AIとロボットの共進化により,自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」の2つの目標において,AI・ロボットが取り上げられており,IoT,AI等をキーワードとした情報・知能・精密機械の重要性が高まっている.医療・福祉機器分野においても,今後ますます情報・知能・精密機械の重要性が高まることが予想される.

〔桑名 健太 東京電機大学〕

参考文献

(1) 株式会社メディカロイド
https://www.medicaroid.com/top.html(参照日2021年5月10日)

(2) 株式会社メディカロイド2020.10.26プレスリリース:手術支援ロボットシステム「hinotoriTM サージカルロボットシステム」用ネットワークサポートシステム「MINS(Medicaroid Intelligent Network System)」を共同開発
https://www.medicaroid.com/release/pdf/20201026_ja.pdf(参照日2021年5月10日)

(3) 新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いについて(令和2年4月10日事務連絡),厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/R20410tuuchi.pdf(参照日2021年5月10日)

(4) AMEDロボット介護機器開発・標準化事業(開発補助事業)成果報告会
http://robotcare.jp/jp/partnership/15_kaigou01.php(参照日2021年5月10日)

(5) ムーンショット型研究開発制度の概要,内閣府
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/gaiyo.pdf(参照日2021年5月10日)

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19.5 知能化機器

少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少は,日本産業における大きな課題である.一方,株式会社野村総合研究所は, 2030年には,日本の約49%の職業が機械に代替可能との試算結果を得ている(1).既存職業の代替については,一般にネガティブな文脈で語られる傾向が強い.しかし,生産年齢人口の減少が見込まれる日本においては,いかにAI技術やロボットを活用していくかが,産業の維持・発展のために重要である.

近年,主流となっている深層学習アルゴリズムとして,CNN(Convolutional Neural Network)がある(2).事前に正解ラベル付きの画像情報を十分な数を用意し,学習することで,高精度の画像識別が可能となる.この技術をベースとして,自動運転を見込んだ信号機や歩行者などの識別や,病理画像診断などへの応用が期待されている.さらに大量かつ冗長なビッグデータから,相関関係を見出す,ビッグデータ解析の研究が注目されている(3)

しかし,現状のAI技術は,事前に学習させた入出力関係の傾向から,未知の入力に対する出力を予測しているに過ぎない.例えば,画像識別では,入力画像に対して事前の学習で与えたどのラベルの可能性が高いかを予測している.このように, AI技術に実現できることは制約が伴う一方,学習対象を限定し,適切に設計することができれば,高いパフォーマンスを発揮する実用性の高いツールとなる.

今後,人間と知能化機器が共存しながら仕事の生産性を高める機器の開発のためには,AI技術の特性(できること,できないこと)を意識した設計が必要である.すなわち,AI技術と人間の役割を具体的に切り分け,その役割に特化した特化型AIの設計,さらに必ずしも専門家ではない人間を想定したユーザーフレンドリーな機器の設計が重要となる.

〔五十嵐 洋 東京電機大学〕

参考文献

(1) 厚生労働省 第3回労働政策審議会労働政策基本部会資料「AIと共存する未来 ~AI時代の人材~」(2017), https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000186905.pdf (参照日2021年5月1日)

(2) F. Sultana, A. Sufian and P. Dutta, A Review of Object Detection Models Based on Convolutional Neural Network, Intelligent Computing: Image Processing Based Applications. Advances in Intelligent Systems and Computing, Vol. 1157, pp. 1-16, (2020), DOI: 10.1007/978-981-15-4288-6_1.

(3) N. Elgendy, A. Elragal, Big Data Analytics: A Literature Review Paper, Advances in Data Mining. Applications and Theoretical Aspects, vol 8557, (2014), DOI:10.1007/978-3-319-08976-8_16.

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19.6 柔軟媒体ハンドリング

様々な分野におけるデジタルトランスフォーメーションが柔軟媒体ハンドリングの分野にも影響している.柔軟媒体ハンドリング分野の代表的な製品でもあるプリンタの2023年度の世界市場は2018年度に比べて約16%低下すると予測されており(1),これと対応するように2019年度の印刷・情報用紙の需要は2018年度に比べ約3.6%しており,2000年度に比べると約35%も低下している(2).一方でプラスチックフィルムの需要は増加しており,2022年の世界市場は2018年度に比べて約110%と予測されている.特に高価格なOLED用位相差フィルムとしての採用が増加している環状オレフィンポリマー(COP)や環状オレフィンコポリマー(COC)フィルムの成長率が高くなっている.

ここ数年における紙媒体やフィルムなどを取り扱う柔軟媒体ハンドリングの研究や技術開発の取り組みは,上述した紙やフィルムなどに関する市場動向を反映した技術ロードマップに示されたように(3),新たな製品展開への取り組みと,従来技術の一層の深化への取り組みの二つが主流となっている.新たな製品展開への取り組みの具体的な内容は,プリンティッドエレクトロニクス(PE)や高分子ナノシートなどに関するハンドリング技術に関する研究であり,従来技術の一層の深化への取り組みとは,フィルムや紙媒体などの柔軟媒体の処理に学理や実験を導入して根本的な信頼性確保は生産性向上を目指した研究である.

2020年度に開催された機械学会の講演会における柔軟媒体ハンドリング分野では,例年通り様々なハンドリング技術に関する発表がなされた.フィルムのハンドリング技術の高機能化や高信頼化に関する内容としては,フィルムの巻取りに関する内部応力解析(4)やロバスト設計(5),巻取り状態の可視化技術(6),フィルムフラッタに関する研究など(7)(8)などの発表があった.また高分子ナノシートの摩擦特性や生産技術に関する発表もあった(9)(10)カット紙に関するハンドリングに関する内容では,紙媒体の受け渡し時の姿勢変化に関する研究(11)や,従来のゴム部材でなく静電吸着を利用した紙媒体の繰出し機構の研究(12)(13)などの発表があった.

2020年度版でも述べたように,柔軟媒体ハンドリング技術は今後のIoT社会を支えるコア技術の一つであり,さらに薄く,長く,広いフィルムを高信頼に取り扱うハンドリング技術を実現する必要がある.そのためにも,柔軟媒体ハンドリングを用いた応用分野の研究だけでなく,摩擦や媒体のシワといった従来からの課題に対する基礎的な研究とこれら課題を解決する新たなブレークスルー技術開発の取り組みが必要である.

〔吉田 和司 山陽小野田市立山口東京理科大学〕

参考文献

(1)プリンタ世界市場に関する調査を実施(2020年),株式会社矢野経済研究所,
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2494

(2)紙・板紙,日本製紙連合会,
https://www.jpa.gr.jp/states/paper/index.html

(3)日本機械学会先端技術市民フォーラム「情報・知能・精密機器の将来技術」概要集, No.15-17 (2015), pp.29–31

(4)西田武史, 砂見雄太,巻取りロールにおける薄膜フィルムの物性評価とロール内部応力解析,IIP2020情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2020年),№20-8,1A03, DOI: 10.1299/jsmeiip.2020.1A03.

(5)西田武史, 砂見雄太, 巻取り不良の低減を目的としたロバスト設計, 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16201, DOI: 10.1299/jsmemecj.2020.S16201.

(6)中道友,吉田和司, 光干渉断層法(OCT)を用いたフィルム巻き取り状態の3次元可視化検査法, 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16202, DOI: 10.1299/jsmemecj.2020.S16202.

(7)河端茜,廣明慶一,武田真和,渡辺昌宏,局所的に噴流を受ける細長いウェブの空力加振応答(振動特性に及ぼす吹付け角度の影響), 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16205

(8)高橋輝,廣明慶一,武田真和,渡辺昌宏, ノズルからの空気吹出しと吸込みによるシートフラッタのアクティブ制振(吹出し吸込みと方向と設置高さが制振性能に及ぼす影響), 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16206, DOI: 10.1299/jsmemecj.2020.S16206.

(9)仲野駿佑, 砂見雄太, 高分子ナノシートの創製と指先皮膚間の摺動時の摩擦の影響,IIP2020情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2020年),№20-8,1A05

(10)玉田麻樹,砂見雄太,ポリ乳酸を用いた柔軟性メソポーラスシリカ薄膜の開発及び大量生産技術, 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16207, DOI: 10.1299/jsmeiip.2020.1A05.

(11)北内大介, 宮坂徹, ニップ搬送機構における減速受渡し時の紙の姿勢変化に関する基礎検討,IIP2020情報・知能・精密機器部門(IIP部門)講演会講演論文集(2020年),№20-8,1A01, DOI: 10.1299/jsmeiip.2020.1A01.

(12)吉田和司,久冨裕次郎,静電吸着力を用いた紙媒体繰出し機構の基礎検討, 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16203, DOI: 10.1299/jsmemecj.2020.S16203.

(13)久冨裕次郎,吉田和司,紙媒体繰出し機構における静電吸着パッドの電極形状の適正化, 日本機械2020年度学会年次大会講演論文集(2020年), №20-1,S16204, DOI: 10.1299/jsmemecj.2020.S16204.

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19.7 社会情報システム・セキュリティ

ネットワークセキュリティビジネスの国内市場については,2020年度の市場規模は5,792億円(前年度比8.9%増)と推計している(1).市場が拡大している要因には,マルウェア「Emotet」による大規模被害や,大手企業に対するサイバー攻撃の被害の増加に加え,セキュリティ対策が手薄なグループ会社や取引先を経由して大手企業に攻撃するサプライチェーン攻撃など,対策手法の高度化や複雑化が進んでいることが挙げられる.市場は今後も拡大を続け,2025年度の市場規模は7,874億円に達すると予測している.

産業制御システムの業務形態は,COVID-19対策のために「三密」を避けた運用と保守に大きく変わってきた(2).操作室や操作卓の分散化,連続運転における操作員の引継ぎの非対面化,遠隔操作の利用の拡大などである.遠隔操作の拡大はリモートからの攻撃の入り口を増やすことにもなるため,事業環境が大きく変動するにあたって必要なセキュリティ対策予算の維持が求められている.

ここ1年の社会情報システムのインシデントは国内では大きな事例は認められなかったが,海外では,1月,4月,7月につづけてイスラエルの水処理施設にサイバー攻撃が行われ,5月にイランの港湾施設がサイバー攻撃でマヒ状態となった(2).これらのイスラエルとイラン間のサイバー攻撃は報復攻撃とみられ,今後は国際法によるサイバー攻撃への対処も必要とされる.また12月には,米国を中心に広く利用されるネットワーク管理用のソフトウェア製品の開発元が侵入されて,ソフトウェア製品のアップデートが作られるたびに,バックドアをアップデート中に埋め込み汚染を広げた可能性が指摘された(2).米国の主要官庁や大企業を含む組織が攻撃を受けたとされており,全容解明には時間がかかるとみられ,サプライチェーンの完全性を見直すきっかけとなっている.

経済産業省は,デジタル化が急加速する中でのサイバー脅威の状態化「Cyber New Normal」として今後1~3年の5つの処方箋を発表した(3).表19-7-1に示す処方箋の項番1では,クラウドやIoTなどの新しい技術の活用が進み,オープンAPIやオープンソースソフトウェアが充実したことで,開発者自身がシステム全体を把握・検証することが困難になりつつあるため,第三者によるセキュリティ検証の必要性が増大し,検証ビジネスの需要が拡大,産業として重要になっていくと考えられる.

表19-7-1 サイバー脅威の状態化「Cyber New Normal」における5つの処方箋(3)

項番 処方箋
1 「開発のための投資」から「検証のための投資」へのシフト
2 サイバー空間における価値創造を⽀えるデータマネジメントの枠組みの策定
3 セキュリティとセーフティの融合への対応
4 サプライチェーンセキュリティ確保のための産業界⼀丸となった対応
5 Like-mindedの関係強化

〔甲斐 賢 (株)日立製作所〕

参考文献

(1) 2020年度の国内ネットワークセキュリティビジネス市場は5792億円規模,働き方の変化で今後も市場は拡大~富士キメラ総研調査,https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/news/1304869.html(参照日2021年4月)

(2) 宮地利雄,制御システム・セキュリティの現在と展望~ この1年間を振り返って ~,https://www.jpcert.or.jp/present/2021/ICSR2021_01_JPCERT.pdf(参照日2021年4月)

(3) 経済産業省,第6回産業サイバーセキュリティ研究会事務局説明資料,ttps://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sangyo_cyber/pdf/006_03_00.pdf(参照日2021年4月)

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19.8 生体知覚・感覚機能の機械システム応用

機械システムにおける人間の感覚機能の扱い方は,人間の感覚特性を機械システムにとって親和性の高いモデルとして表象し,これを機械システム内の部分要素として扱う方法が一般的である.こうした要素還元論的感覚特性モデルの積み重ねの延長上に,高次な感性や認知を扱うことができる機械システムが存在すると考える.人間の感覚特性を再現するモデルとして,ニューラルネットワークなどが適用され,人間―機械システム全体としてのパフォーマンスを向上させる手段が提案されている.しかし,そうした枠組みとは異なり,人間の感覚機能,および,それに伴い誘発される人間個々の高次感性変化,認知科学的特性に対して別のアプローチが探求されている.

日本機械学会2020年度年次大会で「感性認知工学の新潮流とその可能性」と題した先端技術フォーラムが企画され,人間の感性と機械の関係についての新しい視座が示された.福田(1)が指摘するように,知覚・感覚系のあり方は,機能としての人間の知覚・感覚性の代替ではなく,人間が本来持っている能力を活用するための拡張機能として作用するかという視点が重要である.そのためには,知覚・感覚を機能要素としてとらえるだけでなく人間にとっての高次の感性を誘発する認知的要因としてそれぞれの機能をとらえる必要がある.

例えば,触覚情報提示の分野で運動錯覚,ラバーハンドイリュージョンなどを情報伝達手段として積極的に活用する研究がある(2).このなかで,それぞれの運動錯覚を個別の特性として検討するだけでなく,空間的・時間的な触覚情報提示の集合として触覚提示の現象をとらえようとするGestalt的検討に着目する.一般的にGestaltは,視覚的分野で全体性から個の意味を持たせうる方法として議論される場合が多い.しかし,この概念は,視覚的分野のみならず,機械システムによる触覚提示などの分野で,部分的な触覚情報の寄せ集めではなく,時間的・空間的な全体としての振る舞いにより新しい感覚情報提示などが創造される可能性を予感させる.心地よさを生起するHapticデバイスにこのアプローチを試みた検討は,まさに,「心地よさ」という高次の主観的感性領域に踏み出した好例と言える.

一方,高次な感性を誘発する認知的環境を構成する技術として,ビックデータ,人工知能などの活用により脚光を浴びるIoT技術がある.この技術的話題の中心は,システムとしての効用やシステムを構成するセンサデバイス,データ管理のアーキテクチャなどが中心的研究課題であることが多い.しかし,アクチュエーションからのIoT技術創成も魅力的な研究課題を包含する.センサデバイスやコンピュテーションにかかわるデバイスは,その機能に汎用性を持たせることが構造的に容易なため,多用途の利用方法が想定され研究・開発が促進する傾向にある.一方,アクチュエーションにかかわるデバイスは,比較的固有システム特有な機能に依存した要求を満たさなければならないため,汎用的デバイスの設計が容易ではない.しかし,大岡ら(3)は,こうしたアクチュエーションデバイスとIoTの展開に着目し,IoT上に構成される感覚提示手法として新しいIoT展開のシナリオを提言している.

最後に,顕微鏡下で血管や神経の縫合などを行うマイクロ手術において,マスタースレーブシステムによるマイクロロボットが活用されている.このとき,操作者に力覚フィードバックをする必要がある.力覚フィードバック制御のため,手術器具先端にかかる力を検出する必要があるが,小型微細であるため,センサデバイスなどが装着しにくい.そこで,手術器具の操作による変形具合を画像としてとらえ,変形量を畳み込みニューラルネットワークを用いて推定する手法が提案されている(4).人間に対する感覚情報提示のための新しい測定方法と考えられる.

従来の生体知覚・感覚機能デバイスの研究視点のみならず,感性認知工学をベースとした枠組みが加わることで,更なる研究の新展開が期待される.

〔高橋 宏 湘南工科大学〕

参考文献

(1)福田収一,身体感覚とEmotional Engineering,日本機械学会 2020 年度年次大会 講演論文集,(2020),F12102, DOI; 10.1299/jsmemecj.2020.F12102.

(2)小村啓,矢崎武瑠,大岡昌博,心地よさを生起するHapticデバイス開発に向けた触覚のGestaltの定式化,IIP2021 情報・知能・精密機器部門講演会講演論文集,(2021),pp.122-127.

(3)大岡昌博,触覚情報の記録再生に関する研究,IIP2021 情報・知能・精密機器部門講演会講演論文集,(2021),pp.118-121.

(4)木口量夫,夏久云,マイクロ手術ロボットにおける力覚計測に関する研究,IIP2021 情報・知能・精密機器部門講演会講演論文集,(2021),pp.111-112.

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19.9 IoT

次世代技術としてIoT(Internet of Things)の実用化が注目されており,それに伴いIoT関連の要素技術に関する研究開発が活発化してきた.日本機械学会においても,ここ数年IoT関連の研究発表や特集記事が多く取り上げられるようになり,機械工学分野の将来技術として,その重要性も高まってきている(1)(2).このIoT技術はデジタル技術を基礎とする第四次産業革命の中核技術の一つに挙げられており,将来の社会を変革する大きな原動力となる可能性を有している.近年では特にスマートフォンやスマートウォッチ等の新しい携帯情報端末の普及に伴い,場所にとらわれることなく情報を取得しコントロールできる環境が確立されてきた.この社会的基盤は,インターネットを媒介とした,モノとモノを直接繋ぐ手段,つまりセンサ等により得られたデータを直接インターネットにより伝達,AI等により判断することで人を介さずに得られた情報を活用・制御する技術をベースとしている.

IoT技術そのものの定義についてはまだ明確な定義がなく,その技術分野や要素技術については今後実用化が進むにつれ変化していく可能性があるが,一般的に以下の階層に分類することができる.

1. 機能性デバイス:マイクロセンサ,センサノード,駆動電源
2. ネットワーク:インターネット,無線通信,データストレージ,クラウド
3. データ分析:ビッグデータ,人工知能(AI),情報セキュリティ
4. アプリケーション:IoT応用プロダクト,サービス

近年のAI技術の進展,およびビッグデータやクラウドコンピューティングの利用拡大により,情報処理分野におけるIoTのコア技術が近年急速に進展してきた.この技術を従来の各種家電製品,自動車をはじめとする輸送技術,また建築物等に導入することで,ライフスタイルに直接関係するサービス・プロダクトの革新が期待されている.特に製造プロセスや流通等の分野においてIoT技術がその効率化,低コスト化に大きく寄与すると予想されている(3)(4)

機械工学と特に関連の深い分野として,センサやアクチュエータ等の機能性デバイスの技術分野が挙げられる.特に無線通信機能を実装したセンサ素子(センサノード)の開発に加え,多数のセンサノードを駆動するための電力源として環境発電(エナジーハーベスト)技術の実現が求められており,自立駆動可能な機能性マイクロセンサ技術はIoTの全体像を左右する重要な基盤技術として位置づけられる(5)

以上紹介してきたように,これまでのIoTの応用分野は主に産業用を想定した実用化が中心であったが,将来的には特にSustainable Development Goals(SDGs:持続可能な開発目標)を実現するための中核技術として期待されている.IoTは,その応用範囲の広さおよび波及効果の大きさから社会生活の変革を促すイノベーション技術として世界的な技術開発競争が繰り広げられており,個別の要素技術に加え,その標準化,デファクト化に向けた活動が今後重要となる.更にIoTの実用化において,情報セキュリティやプライバシーに関する技術の重要度が増すと予想され,体系的な技術開発が今後求められる.

〔神野 伊策 神戸大学〕

参考文献

(1) 有坂寿洋,これからが本番,IoT研究発展に向けた取り組み,日本機械学会誌, Vol.123, No.1223 (2020), pp.6–9.

(2) 神野伊策,特集「機械工学が拓くIoT技術」,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201 (2018), pp.4–5.

(3) 山田宗平,則武茂年,センシング技術を活用した製造・物流現場の効率化検討,日本機械学会誌, Vol.123, No.1223 (2020), pp.18–21.

(4) 石橋基弘,人と機械が共に成長するFactory IoT ~製造プラットフォームの構築によるリーン生産の実現~,日本機械学会誌, Vol.123, No.1223 (2020), pp.22–25.

(5) 神野伊策,谷 弘詞,橋口 原,IoT電源としての振動発電技術,日本機械学会誌, Vol.121, No.1201 (2018), pp.22–25.

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