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機械工学年鑑2021

15. 設計工学・システム

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章内目次

15.1 総論
15.2 最適設計
15.3 サービス工学・知識工学
15.4 ヒューマンインタフェース・感性設計
15.5 マルチスケール設計技術
15.6 設計教育

 


15.1 総論

設計工学・システム部門は,設計工学,システム工学を中心とする分野横断的な部門である.本部門が対象とする分野は,最適設計,感性設計,マルチスケール設計設計教育,サービス工学,知識工学,ヒューマンインタフェース,人工物工学等,多岐にわたっており,最近は人工知能,IoT,VR/AR等の新しい技術が設計の分野に取り入れられ,本部門の対象領域はますます拡大してきている.また,設計工学・システム部門が対象とする研究領域は,学術研究や基礎研究だけではなく,製品設計システム設計に直結しているため,学術分野と産業分野が密接に結びついた活動の展開が期待されている.

2020年は,新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックが発生し,多くの活動が制限されることになったが,本部門の活動としては,オンラインによって,年次大会,部門講演会,シンポジウム等の国内活動や,国際会議の開催を通じて,本部門に関連する学術情報や技術情報の共有,情報交換が積極的に実施された.

国内活動としては,9月13日から16日にかけて開催された年次大会で,基調講演1件,「感性認知工学の新潮流とその可能性」「Society5.0 を支える計算情報科学基盤の深化と進展」「バーチャルエンジニアリングにおける形状設計・計算・加工技術の現状と未来」の先端技術フォーラム3件(部門企画1件,部門合同企画2件),「ものづくりとひとづくりの融合による新たな世界」「人のためから自分のために:新しい工学を目指して」のワークショップ2件,「ヒューマンインタフェース」「解析・設計の高度化・最適化」「価値共創に繋げる1DCAE・MBD」のオーガナイズドセッション3件(部門企画1件,部門合同企画2件)が企画・実施された.

11月26日から28日にかけて開催された第30回設計工学・システム部門講演会では,特別講演2件,鼎談1件,ワークショップ1件,オーガナイズドセッション・一般セッションでの研究発表91件,D&Sコンテストの発表7件の他,キャリアパス講演等が行われた.特に特別講演やワークショップでは,テレワークやオンライン時代における設計工学のあり方等が議論され,オンラインでの開催ではあったが従来と変わらない活発な研究発表や議論が行われた.

また1DCAE・MBDシンポジウム2020が12月10日から12日に開催され,基調講演2件,一般講演25件の他,チュートリアル,企業展示等が行われ,活発なシンポジウムであった.

国際活動としては,2020年から米国のASME(The American Society of Mechanical Engineers)との連携を開始され,8月17日から19日に開催されたIDETC-CIE 2020(International Design Engineering Technical Conferences & Computers and Information in Engineering Conference)において,「COVID-19 and the Next Generation Engineering」のセッションが実施された.

またiDECON 2020(International Conference on Design and Concurrent Engineering)が9月21日から22日にかけて開催された.この会議は,日本とマレーシアの学術交流の場として行われている設計工学,コンカレントエンジニアリングを中心とした国際会議で,2020年はマレーシアの主催であったが,日本からも多くの参加者があった.

11月6日に開催されたJGIoT-DSA2020(Japanese-German Symposium on IoT design, systems and applications 2020)は,IoT設計システム,応用に関する議論の場として,日本とドイツの間で2018年から行われているシンポジウムであるが,2020年は設計工学・システム部門,生産システム部門共催の企画として,オンラインで行われた.

2020年は,年の始めから新型コロナウイルス感染症が広がり,多くの人流を伴う企画やイベントが中止あるいは制限され,本部門の活動においてもほとんどの企画がオンラインに変更して行われた.当初はオンラインでの学術会議の開催は,多くの人にとって始めての経験であり,手探りをしながらの企画・運営であったが,長期化してくるに従い,オンライン開催も効率的に行われるようになってきた.近年は,機械設計における多くのプロセスも,デジタル化,オンライン化が進んでおり,オンライン時代における設計工学のあり方を探るのことも当部門の役目と思われる.今後も時代に即した設計工学,システム工学の促進を目指し,本部門の活動と存在価値の重要性は,ますます高まっていくと考えられる.

〔小木 哲朗 慶應義塾大学〕

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15.2 最適設計

2020年度設計工学システム部門講演会(D&S2020)では,「設計最適化」のセッションには20件(2019年度21件)の発表があり,このうち,産業界の方が著者あるいは共著者となっている発表が4であった.発表内容としては,トポロジー最適化に関する発表が9件,形状最適化に関する研究が3件と半数近くが形状最適化・トポロジー最適化に関する発表であった.応用研究としては,熱交換器,医療用ステント,音響メタマテリアル,太陽電池,熱磁気モータなど多岐に渡り,最適設計の展開領域がさらに広がっていた.「多目的設計最適化設計探索と実問題への適用」においては,4件(2019年度9件)の発表があり,このうち,産業界の方が著者あるいは共著者となっている発表が2件であった.新型コロナウイルスに関連する社会状況の影響を受け,2019年度より発表件数が減少しているものの,産業界からも注目が高く,最適設計の研究領域は拡大傾向にあると考えられる.

2020年度の日本機械学会論文集においては,設計工学・システム分野における関連論文として,せん断型パネルダンパーの形状最適化及びトポロジー最適化(1),固有振動数最適化を目的としたシェル構造の形状最適化(2),プラスチック射出成形における生産プロセスの二目的最適設計(3),車両運度性の設計を目的とした代理モデリング法(4),油圧式変速機の最適設計などの発表論文があった.論文発表としては,やや減少傾向にあった.

最適設計に関する国際動向としては,2020年度は,ACSMO2020(Asian Congress of Structural Multidisciplinary Optimization 2020)がオンライン形式で開催された.このうち,トポロジー最適化形状最適化の発表が半数以上であった.この他,積層造形などを利用した応用研究や不確定性やロバスト性を考慮した方法論など,応用展開を念頭に置いた研究発表が増加傾向にあった.

最適設計の研究は,産業界においても注目を集めている.今後は,基盤的な研究と応用展開に関する研究が有機的に連携し,より一層発展していくことが期待される.

〔山田 崇恭 東京大学〕

参考文献

(1) 西尾佳倫, 劉陽, 小野長門, 下田昌利, 繰り返し荷重を受けるせん断型パネルダンパーの最適設計, 日本機械学会論文集, Vol. 86, No. 891 (2020), DOI: 10.1299/transjsme.20-00046.

(2) 史金星, 下田昌利, 酒井忍, CFRP板・シェル構造の固有振動問題に対するフリーフォルム最適設計, 日本機械学会論文集, Vol. 86, No. 891 (2020), DOI: 10.1299/transjsme.20-00128.

(3) 北山哲士, 橋本咲良, 高野昌宏, 山崎祐亮, 久保義和, 合葉修司, プラスチック射出成形における可変射出速度と可変保圧力を用いたウェルドラインとサイクルタイムの二目的最適設計, 日本機械学会論文集, Vol. 86, No. 891 (2020), DOI: 10.1299/transjsme.20-00161.

(4) 牧野晃平, 三輪誠, 新谷浩平, 阿部充治, 佐々木裕, 再帰ニューラルネットを用いた車両運動性の代理モデリング, 日本機械学会論文集, Vol. 86, No. 891 (2020), DOI: 10.1299/transjsme.20-00177.

(5) 中川修一, 池上聡一郎, 深田和範, 大内田剛史, 帰納的アプローチによる油圧式変速機の最適設計プロセス, 日本機械学会論文集, Vol. 86, No. 890 (2020), DOI: 10.1299/transjsme.20-00268.

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15.3 サービス工学・知識工学

近年のサービス工学・知識工学分野における主要なトピックの1つとして,製造業のサービス化(Servitization)(例えば参考文献(1))が挙げられる.サービス化において製造業は,顧客に対して製品の製造・販売を行うのではなく,製品機能をサービスとして提供する.代表例としては,シェアリング,サブスクリプション,Pay-Per-Useなどが挙げられる.また,設計工学・システム部門でも盛んに研究が行われているProduct-Service Systems(PSS)(2)も広義にはサービス化の一形態として捉えることができる.図15-3-1~3は,本分野における動向を把握するために,製造業のサービス化とPSSに関する論文の分析を行った結果である.本分析では,Scopusを用いてタイトル,抄録,キーワードのいずれかに「Servitization」または「Product-Service System*」を含む計3328本の論文を抽出した.次に,これらの論文のタイトル,抄録,キーワードをword2vec(3)を用いて100次元で単語ベクトル化し,クラスタ数3でK-means法を用いてクラスタリングを行った.

図15-3-1は,各クラスタにおける論文のキーワードをカウントしたものである.クラスタ1には,circular economy(CE)に加えて,sharing economy,sustainable product-service systems,sustainable business modelなどの環境関連のキーワードが多く含まれている.CEは「回復性を設計によって保持し,製品,部品,素材を常に最高レベルの価値,効用を提供するよう保存することを目指した経済」(参考文献(4),訳(5))として定義され,既に欧州では政策アジェンダに組み込まれてから数年が経過している(6).このCEが従来の循環型社会などの取り組みと異なる点は,企業の経済性と雇用創出を重視していることである.そしてサービス化やPSSは,製品使用の支援によるエネルギー消費量の削減や,適切なメンテナンスによる製品の長寿命化,シェアリングによる製造量の適正化など,CEを実現する有効な手段として期待されている(7).クラスタ2には,industry 4.0やcyber physical system,internet of thingに加えて,cloud manufacturing,cloud computing,big data,digital twinなどのデジタル技術に関するキーワードが多く含まれている.近年,デジタル技術の進化により様々なデータが取得可能になっており,取得したデータは新たな製品の開発や,顧客との長期的な関係構築,ビジネス機会の探索などに活用することが期待されている.サービス化やPSSは,このようなデータを取得する上でも重要な役割を担う.クラスタ3には,design methodやdesign process,conceptual designなど,設計関連のキーワードが多く含まれている.このことからも,製造業のサービス化やPSSを実現する上で設計が重要な役割を担うことがわかる.

図15-3-2は各クラスタの論文数の推移を示したものである.クラスタ1(環境)とクラスタ3(設計)に対してクラスタ2(デジタル技術)の論文数が相対的に少ないものの,クラスタ1と2にもデジタル技術に関するキーワードが多く含まれている.特に,図15-3-3に示す通り,2020年に発表された論文に関してはdigitalization,digital servitization,digital transformationなどのデジタル化に関するキーワードが数多く含まれており,今後もデジタル技術を活用したCEの実現や,そのための設計方法論の構築に関する研究がより一層活発になることが予想される.

(a) クラスタ1:環境 (b) クラスタ2:デジタル技術 (c) クラスタ3:設計
図15-3-1 各クラスタにおけるキーワード

図15-3-2 クラスタ1(環境),クラスタ2(デジタル技術),クラスタ3(設計)の論文数の推移

図15-3-3 2020年に出版された論文におけるキーワード

〔木見田 康治 東京大学〕

参考文献

(1) Baines, T. S., Lightfoot, H. W., Benedettini, O., and Kay, J. M., The servitization of manufacturing: A review of literature and reflection on future challenges, Journal of Manufacturing Technology Management, vol. 20, no. 5. Emerald Group Publishing Limited, pp. 547–567, Jun. 05, 2009, DOI: 10.1108/17410380910960984.

(2) Tukker, A., Eight types of product–service system: eight ways to sustainability? Experiences from SusProNet, Business strategy and the environment, vol. 13, no. 4, (2004), pp. 246–260.

(3) Mikolov, T., Sutskever, I., Chen, K., Corrado, G., and Dean, J., Distributed representations ofwords and phrases and their compositionality, 2013.

(4) Webster, K., The Circular Economy: a Wealth of Flows. Isle of Wight: Ellen MacArthur Foundation, 2015.

(5) 坂尾知彦 and 木見田康治, サーキュラーエコノミー実現に向けた設計研究 -product/service systemsとremanufacturingに焦点を当てて-, 設計工学, vol. 56, no. 4, (2021), pp. 153–164.

(6) Commission, E. U., Towards a circular economy: A zero waste programme for Europe, COM (2014), vol. 398, (2014).

(7) Tukker, A., Product services for a resource-efficient and circular economy – A review, Journal of Cleaner Production, vol. 97, (2015), pp. 76–91, DOI: 10.1016/j.jclepro.2013.11.049.

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15.4 ヒューマンインタフェース・感性設計

2020年初旬から全世界的に急速に広がり始めた新型コロナウイルスCOVID-19の感染防止のため,生活に様々な影響が出ている.その中でヒューマンインタフェースの関連分野への影響について述べる.

とくに,ヒューマンコミュニケーションにおいては,人の移動や対面でのコミュニケーションが抑制され,1対1のコミュニケーションの場面だけでなく,会議や授業など様々な情報伝達・共有場面で多人数による遠隔ビデオコミュニケーションがこれまで以上に利用されるようになった.

このような状況下,大学における設計に関する演習や実験もオンラインで行うことが強いられ,演習や実験などの体験学習をいかに行うかが問題となっている.2020年11月にオンラインで実施された第30回設計工学・システム部門講演会において行われたワークショップ『With/After コロナ時代のリモート活動の設計 ~教育・研究の観点から~』では(1),例えば,設計器具の学生の自宅への郵送やパソコンの貸出など,リモートでの設計を行わせ,その後の制作は大学でと様々な工夫が披露された.一方で,義務教育の場面では,海外の専門家の指導を受けるなどオンラインならではの教育例など興味深い取り組みの発表もあった.また東京大学名誉教授の廣瀬通孝先生から,『テレワークとVR』と題して特別講演があり,コロナ禍では,VRに求められる役割も変化し,ブラウザオーバーVR,バーチャルVRなど,新しい技術の萌芽に関する紹介がなされた.この点について,大学や公共図書館において,VRを活用するVR図書館の開発などの動きもある(2).今後,新型コロナウイルスが収束しても,VRやARを利用したオンライン教育・学習が加速する可能性もある(3)

一方,我々の生活においては,マスクが必需品となった.この点についてヒューマンインタフェース学会において,「マスク時代のコミュニケーション」と題して討論会が行われた(4).この中では,マスクの匿顔性により人の思考や行動が変化する可能性やコミュニケーション形態の変化による影響で,人と人,人と社会との関係性そのものが変化せざるを得ず,飛沫を飛ばさない,ウイルスから守る以外のマスク装着によるネガティブな影響が出ることが懸念されることなどが話し合われた.

その他,新型コロナウイルスの感染防止が社会の最重要課題となっているいま,マスクによる飛沫防止,ウイルス感染予防策以外に,人が触るスイッチや手すりなどの抗菌対策,さらには,非接触スイッチの導入などが社会に広がっていくことが考えられる.新型コロナウイルス感染が収束してもしばらくはこの傾向は続くと予想される.

〔大久保 雅史 同志社大学〕

参考文献

(1) 日本機械学会, 第30回設計工学・システム部門講演会,2020.11.26-28(オンライン).

(2) VR図書館,  https://www.vrlib-trc.jp/vr/

(3) Masashi Okubo, Yukari Mizuno, Influence of interactive learning support system using augmented reality on 3D object drawing,Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturing 12(6) 1 – 9 2018, DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0110.

(4)座談会報告「マスク時代のコミュニケーション」,ヒューマンインタフェース学会誌, vol.22, No.4(2020), pp.8-13.

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15.5 マルチスケール設計技術

マルチスケール計算・設計技術は,産業的価値を創出するために量子力学解析技術,巨大規模計算技術,分子動力学解析技術,メソスケールシミュレーション技術などをScale bridging方法により,統合的に活用されてきた.近年では,マルチスケール計算・設計技術の重点応用分野として,例えば,次世代エネルギー,次世代ナノバイオ分子,次世代機能性IT素材分野において活用されている.これらの分野での活用方法としては,Semi-macroscopicな構造および物性を予測するために,第一原理計算を通じた電子構造と分子レベルの物性の把握,これを利用して多くの分子で構成されたMolecular assemblyの挙動のシミュレーションなどが挙げられる.CO2削減や,エネルギー問題解決のための最適なナノ素材の開発においては,上記のような学問的な探索の領域だけではなく,次第に産業で実効性のある技術へと発展している(1)

マルチスケール計算・設計技術は,近年,コンピューターと計算技術の発展により産業的価値の創出に2つの大きな影響を与えている.第一に,新しいナノ物質を設計して提案することにより,実験研究者たちに研究開発の方向性を提示できることである.従来は計算技術が実験を補助して実験では得にくい情報を計算し,すでに実験的に観測された現象を説明するために使用する側面が強かった.しかし,コンピューターと計算技術の発展により,今は計算が実験をリードし,新しい物質や素材を提案する手段となっている.第二に,ナノ現象の理解を助けることで,これを通じてナノ物質を合成·制御できる工程を開発し,ナノ物質に対する新たなアイデアを導き出せることである.つまり,実験的には実装できない理想的な条件での研究が計算により可能となり,事象についての分析と理解が可能になる.このようなマルチスケール計算・設計技術の活用の体表的な事例では,新しい水素貯蔵物質の設計(2),安価で優れた特性の触媒設計(3),第一原理熱力学計算を通じた蛍光体工程最適化設計(4)(5),積層グラフェンのミクロ構造と電子構造変形の原因究明(6)などが挙げられる.

これらの事例に貢献しているコア技術分野には,量子力学基盤の計算技術の理論,原子規模シミュレーション技術,連続体シミュレーション技術,各スケールの長さ間インタフェース,マルチスケール計算・設計プラットフォーム技術,並列化技法およびスーパーコンピューターと大きく6つの技術分野が挙げられる.これらのコア技術は,今後の産業的価値の創出のためには欠かせない技術であるとの共通認識のもとに,世界中で研究開発が進められている.米国ではナノ技術の核心的な競争力がIT技術基盤の設計と情報化にかかっているという認識のもと,2011年にMaterials Genome Initiativeを発表し,既存の強大なITインフラを活用した効率的なナノ素材の研究開発体系を構築している(7).EUではFP7プログラムに続きHorizon 2020のNMPプログラムにおいてもコンピューターによるモデリングは重要な研究開発の軸を構成しており(8),2014年に設立されたEuropean Materials Modeling Councilを中心に,ヨーロッパ産業における計算科学技術の活用の更なる増進に向けて活動している(9).日本でもWorld Premier Institute プログラムのMANA(International Center for Materials Nano architectonics, NIMS)やAIMR(Advanced Institute for Materials Research, Tohoku University)により,理論と実験,先端の分析技術を通じたナノ技術の発展に努めている(10).特にSPIRE (Strategic Programs for Innovative Research)プログラムにおける4つの核心領域の一つとして,「New Materials and Energy Creation,Computational Materials Science Initiative」を選定し,計算ナノ科学分野の育成のための教育,研究,研究者ネットワークの構築を支援している(11).このような国内外の多くの先進研究グループによる体系的な研究開発の推進により,コア技術分野の水準も飛躍的に発展している.また,マルチスケール計算・設計技術の関連周辺技術に対する事業化の現状では,ナノ産業の研究開発を効率的かつ成功させる開発ツールとしての価値の創出を目指している.すなわち,ナノ産業,特にナノ素材の研究開発費用と所要時間を減少させる研究開発環境を提供している.これにより,ナノ素材産業の研究開発者及びエンジニアが試行錯誤方式の開発方法から抜け出し,より科学的で効率的に研究開発を進める手段の提供が進んでいる.商用ソフトウェアの代表的なものとして,Materials Studio,Quantum Wise,Materials Design,Scientific Computing & Modelingなどが挙げられる.

以上のように,マルチスケール計算・設計技術を活用することで,本格的な実験に着手する前に性能に及ぼす主要因子の影響を抽出でき,高コストの実験研究を最小化し,研究開発コストと時間を節約する経済的効果は非常に大きい(11).研究開発ツールとしての価値を持つマルチスケール計算・設計技術の関連市場は,ナノ産業及び先端素材産業の研究開発投資及び市場規模に比例して成長すると予測される.したがって,今後の市場の研究開発の可能性は極めて多様に存在すると考える.

〔山崎 美稀 (株)日立製作所〕

参考文献

(1) Yokokawa, M., Status of the Next-Generation Supercomputer Project, Presented in International Workshop on Peta-Scale Computing Programming Environment, Languages and Tools, WPSE 2009 (2009)

(2) Han, S. S. and Goddard III, W. A., Lithium-Doped Metal-Organic Frameworks for Reversible H2 Storage at Ambient temperature, J. Am. Chem. Soc., 129, (2007), 8422.

(3) W. Wang et al., Mixed-Phase Oxide Catalyst Based on Mn-Mullite (Sm, Gd) Mn2O5 for NO Oxidation in Diesel Exhaust, Science 17, (2012), 832.

(4) Ha, H. P., et al., SO2 Resistant Antimony Promoted V2O5/TiO2 catalyst for NH3-SCR of NOx at low temperatures, Appl. Cata. B 78, (2008), 301.

(5) Choi, H.C., Cho, S.H., Khan, S.,v Lee, W.Y., Kim, S.G., Roles of Oxygen Frenkel Pair in the Photoluminescence of Bi3+ Doped Y2O3: Computational Predictions and Experimental Verifications, J. Mater. Chem. C, 2, (2014), 6107.

(6) Kim, S.C., Ihm, J.I., Choi, H.C., and Son, Y.W., Origin of Anomalous Electronic Structures of Epitaxial Graphene on Silicon Carbide, Phys. Rev. Lett., 100, (2008),176802.
(7) Materials Genome Initiative for Global Competitiveness, National Science and Technology Council, USA (2011).

(8) What Makes a Materials Function? Let Me Compute the Ways., edited by A. F. de Baas and L. Rosso (European Commission, 2015).

(9) Roadmap for Materials Modelling (2nd Ed., European Materials Modeling Council, 2015).

(10)WPI program in Japan Society for the Promotion of Science. https://www.jsps.go.jp/english/e-toplevel/04_centers.html. (Reference date: April 12, 202)

(11)Computational Materials Science Initiative, Japan. http://www.cms-initiative.jp/en

(12) Swenson, M., Languell, M., Golden, J., Modeling and Simulation: The Return on Investment in Materials Science, IDC White Paper, 2004.

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15.6 設計教育

2020年は新型コロナウィルスの感染拡大によって,世界が一変した年であった.今までの社会生活や経済活動は,ソーシャルディスタンスを考慮したやり方に変わり,それに伴って人々のつながりや価値観も変化してきている.これまで対面で行ってきた様々な活動は,幸か不幸か情報通信技術(ICT)の活用によってリモート化され,以前と全く同じではないものの一定の効果を上げている.コロナウィルスがもたらしたこのような変化は不可逆なものとされ,「ニューノーマル」や「with コロナ」という言葉に表れるように,我々人類は新たな前提・制約のもとで工夫しながら生きていかなくてはならない.

機械工学事典には,設計とは「人間が必要とする機能を一つの製品やシステムなどとして具体化する過程」(1)とある.今回のような破壊的な変化が起こったとき,人間が必要とする機能も,システムが置かれる環境も大きく変化する.よって,変化前に設計された製品やシステムが,変化後に利用されなくなったり動作しなくなったりすることが広範囲に起きる.このとき,変化が起こるたびに現行のシステムを捨ててゼロから作り直すことは,世界の潮流であるSDGsや我が国が目指すSociety 5.0から逸脱する.

したがって,設計教育に今後一層求められることは,ニーズや環境が変化しうることを前提とした「変化に強い設計」を考えられる人材を育てていくことではないだろうか? 究極的には,あらゆる変化に対してしなやかに自律適応するシステムを実現できればよいが,それは不可能である(c.f. 古くはフレーム問題 (2)).現実的には,将来起こりうる変化を想像し設計段階で要件に盛りこむことができる能力,そして,変化が起きた際にシステムが適応する仕組みを設計する能力,あるいは,変化が起きてもシステムの大部分が再利用可能で少しの改修で済むような設計を考える能力等が求められる.重要な関連分野として,タイムアクシスデザイン(3)やライフサイクル工学(4)があり,設計工学・システム部門においても活発な議論が交わされている.筆者が専門とするソフトウェア工学の分野では,デザインパターンやSOLID原則(5),マイクロサービスアーキテクチャ(6) 等が知られている.これらの理論や体系を分野横断的に取り入れ,「変化に強い設計」を全員で考え,教育に取り入れていくことが一つの大きなチャレンジになるのではないか.

さらに,「何を教える/学ぶか」加えて「どのように教える/学ぶか」も,工夫していく必要がある.2020年11月26日~28日にオンラインで開催された日本機械学会第30回設計工学・システム部門講演会(D&S2020) (7) において,筆者はワークショップ「With/Afterコロナ時代のリモート活動の設計 ~教育・研究の観点から~」を企画し,教育・研究の側面でリモート活動をどのように実施していくかを議論する場を持たせていただいた.パネリストからは,大学教育,海外連携プロジェクト,企業教育,学会活動という4つの異なる現場でのリモート活動の事例紹介があった.参加者はその場で小グループに分かれていただき,リモート活動の現状と課題,リモート教育・研究の在り方等を議論いただいた.対面での教育を実施できない制約や苦労話はもちろんのこと,逆にリモートだからこそできたこと,リモートのほうが向いていること等の新たな「気づき」も共有できた.

原稿執筆中の2021年4月現在,コロナウィルス感染拡大は当分収束する気配はなく,今後のワクチン接種の拡がりに期待が寄せられている.しかしながら,もし仮にコロナが収束・終焉に向かったとしても,我々は変化に備えた設計教育の模索を続け,知見を蓄積していくべきと考える.引き続き,コミュニティでの議論を続けていきたい.

〔中村 匡秀 神戸大学〕

参考文献

(1) 日本機械学会,  機械工学事典「電子版」,https://www.jsme.or.jp/jsme-medwiki/

(2) John McCarthy and Patrick J. Hayes, “Some philosophical problems from the standpoint of artificial intelligence”, Machine Intelligence 4: 463-502, 1969.

(3) 松岡由幸,  タイムアクシスデザインとUXデザイン, 日本機械学会誌,vol.121, No.1195, pp.18-21,2018.

(4) 梅田靖, 高田祥三, 松本光崇, “サーキュラー・エコノミー時代のライフサイクル・エンジニアリング”, 精密工学会誌, Vol. 85, No. 10, pp. 817–820, 2019.

(5) Robert C. Martin, “Design Principles and Design Patterns”, objectmentor.com, 2000

(6) James Lewis, Martin Fowler, “Microservices – a definition of this new architectural team”, martinFowler.com, 2014.

(7) 日本機械学会 第30回設計工学・システム部門講演会(D&S2020), https://www.jsme.or.jp/conference/dsdconf20/(参照日2021年4月19日)

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