8. 熱工学
8.1 伝熱および熱力学
8.1.1 概説/8.1.2 熱物性/8.1.3 伝熱/8.1.4 熱交換器
8.2 燃焼及び燃焼技術
8.2.1 燃焼/8.2.2 燃焼技術・燃料
8.1 伝熱および熱力学
8.1.1 概説
2020年は,COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が世界で感染拡大し,日本でも感染者数の増減に合わせて感染拡大防止の対応に追われた.企業や教育研究機関を含めた社会全体で活動が制限され,2020年度の前半では一次エネルギー供給量も前年比6%減少,電力需要も5月では9.2%減少が見込まれる(1).一方,双方向通信型オンラインシステムの発達とオンライン機器の普及により,多くの人が遠隔から対話に参加することとなり,データ通信量も平日昼間で50%を超える増加がみられた.研究会,セミナー,講習会,学会等もこのオンラインシステムを活用して開催された.今後,従来の開催形式に戻る会議も多いだろうが,オンラインでの開催も発表と情報交換の有効な手段の1つとして定着すると予想される.以下に2020年度に開催された国内の主要な学会の内容を中心に熱工学分野の動向について紹介する.
日本機械学会熱工学部門が主催する熱工学コンファレンス2020が2020年10月10日と11日に北海道大学を会場としてオンラインで開催された(2).オーガナイズドセッションとして,「外燃機関・排熱利用技術」「火災・爆発」「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用(マクロからナノスケールまで)」「乱流伝熱研究の進展」「燃料電池・二次電池関連研究の新展開」「マイクロエネルギーの新展開」「熱工学からみたバイオマス変換の最前線」「凝固・融解伝熱および結晶成長の新展開」「ふく射輸送制御」「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展」,「熱工学コレクション2020」の13セッションが企画された.一般セッションでも幅広い分野を対象とした研究が発表されたが,特に,バイオ,混相流,熱機器における熱工学・伝熱工学に関する発表が多く見られる.
2020年9月13日~16日に名古屋大学にてオンラインで開催された日本機械学会年次大会(3)の熱工学部門では,「マイクロ・ナノスケールの熱流体現象」のオーガナイズドセッションにて31件の発表があった.このように熱現象に関する発表として固液・気液界面の微小領域における熱・物質輸送に関する研究内容が多く見られた.また,MEMSやエレクトロニクスデバイスにおける熱現象と熱設計に関する発表も多く見られ,マイクロ・ナノスケールでの熱制御技術の研究開発が1つの主流であるといえる.学会の他にも各種のセミナーと講習会がオンラインで開催され,熱工学部門オンラインセミナーでは「熱ふく射」「燃焼」「燃料電池」「ヒートパイプ」「熱計測」をテーマとした研究が紹介された(4).また,熱工学部門相変化界面研究会でも11回のオンラインセミナーが開催され,沸騰現象を中心として,相界面での熱物質輸送に関する24件の発表があった(5).
さらに例年9月に開催される「伝熱工学と熱設計の基礎と応用」に加えて,2020年9月29日と2021年3月10日に「機械学習×熱・流体工学の最先端」と題した講習会が新たに開催され,機械学習の基礎と乱流,伝熱,燃焼への応用について講義された(4).機械学会の他部門でも機械学習に関する講習会の開催が増えており,年次大会では全体で12件の機械学習の発表があった.機械学習への注目度と普及率は顕著に増加しており,その適用対象,手法の選択,結果の解析に関する検討とともに,熱工学・伝熱工学にて機械学習を用いた研究が増えると予想される(6).
国際会議のほとんどが延期となる一方,海外でもオンラインセミナーが多く開催され,遠く離れた日本からも気軽に参加できた.一例として,マサチューセッツ工科大学(MIT)主催のInternational Colloquia on Thermal Innovationsと題したセミナーが,2020年4月から2021年3月の期間に,表8-1-1に示す内容で22回も開催された(7).セミナーであるため必ずしも分野全体の動向を表すものではないが,テーマ一覧にあるように社会における熱に関する問題は幅広く存在し,それを解決する技術もまた絶えず新しく編み出されることが伺えて興味深い.
このようなコロナ禍の中であっても,自動車産業やエネルギー(発電)の業界では,電動化や2050年カーボンニュートラルという名の技術,社会,政治的な変化に基づく大きなうねりが見られた(8)(9).自動車は製造品出荷額が機械工業全体の約4割を占める重要な産業であり,エネルギー業界と合わせて機械工学と熱工学が中核をなしてきたことからも,技術,社会,環境,政治の視点から正しく評価し検討していく必要がある.一方,熱現象は様々な形態とスケールで至る所で現れるものであり,機械工学でも熱の問題は常に起きる.そのため,社会の在り方,産業構造,環境が変化しても,これまでの技術を継承し,それを異なる視点で応用,発展させることで社会と生活の豊かさに貢献できると考える.
表8-1-1 International Colloquia on Thermal Innovationsの題目一覧
回 | 開催日 | セミナー題目 |
No. 1 | 2020年4月29日 | Five Grand Challenges in Thermal Science and Engineering for Deep Decarbonization |
No. 2 | 5月6日 | Using the Cold Universe as a Sustainable Energy Resource |
No. 3 | 5月13日 | The Brayton Battery |
No. 4 | 5月20日 | HVAC Systems: Centralized or Decentralized |
No. 5 | 6月3日 | Getting the Heat Out – Electronics Cooling from Smartphones to Data Centers |
No. 6 | 6月17日 | Battery Thermal Management and Safety |
No. 7 | 7月8日 | Extracting Water from Air |
No. 8 | 7月22日 | High Thermal Conductivity Materials |
No. 9 | 8月5日 | Significant Role of Hydrogen toward Sustainable Development Goals |
No. 10 | 8月19日 | Thermal Management of Electric Vehicles: New Engineering Challenges |
No. 11 | 9月2日 | Earth’s Energy Balance |
No. 12 | 9月15日 | Personal Thermal Comfort |
No. 13 | 9月29日 | Thermal Materials for Building Walls and Windows |
No. 14 | 10月13日 | The Future of Concentrating Solar Power (CSP) |
No. 15 | 10月27日 | Dry is the New Cool: Advanced Dehumidification Research for High Performance Cooling |
No. 16 | 11月10日 | Thermal Desalination by Membrane Distillation |
No. 17 | 12月8日 | High Temperature Direct Energy Conversion: Thermophotovoltaic and Thermionic Technologies |
No. 18 | 2021年2月3日 | The Impact and Future of Thermal Metrology |
No. 19 | 2月17日 | Alternative Refrigerants |
No. 20 | 3月3日 | Sorption Technologies for Space-Conditioning, Thermal Storage and Carbon Capture |
No. 21 | 3月17日 | Advances in Additive Manufacturing for Heat Transfer Applications |
No. 22 | 3月31日 | Aligning Policy to Decarbonize Thermal Energy Systems in Industry |
〔巽 和也 京都大学〕
参考文献
(1) 経済産業省 資源エネルギー庁 総合資源エネルギー調査会
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/
(2) 日本機械学会 熱工学コンファレンス2020
https://www.jsme.or.jp/conference/tedconf20/
(3) 日本機械学会 2020年度年次大会
https://jsmempd.com/conference/jsme_annual/2020/
(4) 日本機械学会 熱工学部門
https://www.jsme.or.jp/ted/
(5) 日本機械学会 熱工学部門 相変化界面研究会
http://mech.u-fukui.ac.jp/~PCRC_JSME/
(6) 科学技術振興機構 令和3年度の戦略的創造研究推進事業の戦略目標
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2020/mext_00051.html
(7) International Colloquia on Thermal Innovations
http://meche.mit.edu/international-colloquia-thermal-innovations/
(8) 資源エネルギー庁 エネルギー政策
https://www.enecho.meti.go.jp/category/index.html
(9) 日本自動車工業会
http://www.jama.or.jp/industry/industry/index.html
8.1.2 熱物性
2020年は全世界的なコロナ禍により,開催中止を余儀なくされた国内会議・国際会議が多かった.当然,熱物性関連分野の諸会議も大きく影響を受け,中止・延期となった会議がいくつかある.例えば,アメリカ熱物性会議,アジア熱物性会議と並び熱物性関連分野の主要な国際会議のひとつである第22回ヨーロッパ熱物性会議(The 22nd European Conference on Thermophysical Properties,2020年9月14日~9月17日,ベネチア(イタリア))が2023年開催に延期となった.また,第57回日本伝熱シンポジウム(2020年6月3日~6月5日,石川県金沢市)も開催中止となった.第57回日本伝熱シンポジウムの講演論文に関しては,発表意思の確認が取れた講演に関して「論文集に掲載して既発表」として公開し,最新の研究動向や情報を会員同士が共有できる工夫を行っている.2020年のコロナ禍の中,オンライン開催となった会議の中から熱物性に関わる講演をピックアップし,熱物性関連分野の最新動向について俯瞰する.
第57回日本伝熱シンポジウムでは,オーガナイズドセッション「ナノスケール熱動態の理解と制御技術による革新的材料・デバイス技術の開発」,「ふく射輸送とふく射性質」,「伝熱研究へのMEMSの利用」,一般セッション「熱音響」,「バイオ伝熱」,「分子動力学」,「ナノ・マイクロ伝熱」,「電子機器の冷却」,「物質移動」および優秀プレゼンテーション賞セッションにおいて熱物性関連の発表が行われた.総講演数344件中,55件が熱物性関連の講演であった.オーガナイズドセッションでは「ナノスケール熱動態の理解と制御技術による革新的材料・デバイス技術の開発」が最も熱物性関連の発表が多かった.コロナ禍で実験が難しい状況が影響しているのか,シミュレーション関連の成果発表が多いように感じたが,過去の講演データなどで実験系と解析系の講演割合を詳細に分析していないため憶測の域を出ない.優秀プレゼンテーション賞セッションに関しては,2020年9月28日にRemo(Web会議システム)を用いてオンライン開催された.講演申し込み済の対象講演40件のうち,26件がオンラインで発表した.優秀プレゼンテーション賞オンラインセッションでは6件の熱物性関連の講演が行われ,活発に議論が行われた.
熱工学コンファレンス2020が2020年10月10日,11日の2日間にわたってWebexとYouTubeを組み合わせたオンライン形式で開催された.熱工学コンファレンスでは2015年頃まではオーガナイズドセッション「熱物性」が企画されていたが,最近は「熱物性」を冠するセッションは企画されていない.オーガナイズドセッション「マイクロエネルギーの新展開」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用(マクロからナノスケールまで)」,「ふく射輸送制御」および一般セッションにおいて熱物性関連の講演が行われた.懇親会はRemoを用いて行われた.
第41回日本熱物性シンポジウムが2020年10月28日から30日にかけてZoomを用いてオンライン開催された.「熱物性」を冠する国内唯一の会議でありセッションのバラエティも多彩である.オーガナイズドセッション「高温融体物性と材料プロセス」,「宇宙に関わる熱物性と制御」,「ナノスケール熱物性の評価」,「高分子系サーマルマネージメント(熱伝導や蓄熱など)材料や部材の開発と評価」,「省エネのための熱物性技術」,「食品ならびに生物資源における熱物性」,「相変化および相転移物質の熱物性と利用」,「熱流計測と熱流センサーの応用」および一般セッション「流体の熱力学性質・輸送性質」,「ふく射性質」,「新測定技術」,「標準物質・標準化・データベース」という構成でセッションが組まれ,講演件数は104件であった.懇親会はRemoを用いて行われた.
以上示してきたように,測定技術の開発に留まらずデバイス応用へ熱物性研究がシフトしていることがオーガナイズドセッションのタイトルから窺える.シンポジウムの規模によってWebexとYouTube,Zoom,Remoなど様々なオンラインツールを駆使して運営されており,コロナ禍という国難の中いずれの会議も盛会であったのが印象深い.
次に,熱物性関連の学術誌について簡単に紹介する.日本熱物性学会発刊の学会誌「熱物性」に掲載された論文は8件であり,「環境関連物質」,「建材」,「複合材料」,「MEMS」,「測定技術」に関する研究成果が纏められている.論文誌International Journal of ThermophysicsのEditorial Boardが2020年から新しい体制になり,学術誌の質の向上と査読スピードの向上を目指している.投稿論文に対する最初の査読結果通知は平均13日と非常に短期間での査読を達成しており,2020年のInternational Journal of Thermophysicsの掲載論文は170件と前年と比べて大幅に増大している.また,2020年よりAred Cezairliyan Best Paper Awardが新たに創設され,「ガス温度計測」に関するGavin Sutton(NPL)らの研究(1)に贈られた.
〔田口 良広 慶應義塾大学〕
参考文献
(1)Sutton, G., Fateev, A., Rodriguez-Conejo, M. A., Melendez, J. and Guzrnizo, G., Validation of Emission Spectroscopy Gas Temperature Measurements Using a Standard Flame Traceable to the International Temperature Scale of 1990 (ITS-90), International Journal of Thermophysics, Vol.40, No.99(2019), https://doi.org/10.1007/s10765-019-2557-6.
8.1.3 伝熱
2020年の伝熱関連研究の動向を概観するために,ASMEのJournal of Heat Transfer(JHT, vol. 142 Issue 1-12)に発表された論文についてトピックでの分類を行った.また日本機械学会論文集(86巻 881~892号)および機械学会熱工学部門と日本伝熱学会が共同編集を行う論文誌Journal of Thermal Science and Technology(JTST, vol. 15 Issue 1-3)に発表された論文のうち伝熱に関するものを抽出し,同様の分類を行った.以上の3誌の結果を表8-1-2にまとめる.表8-1-2は分類のカテゴリーも含めて機械工学年鑑2018~2020を参考にしており定点観測的な意味づけもできるだろう.ASME J. Heat Transferの論文総数は171件であった.直近の5年では165件(2016),179件(2017),226件(2018),212件(2019)であった.掲載論文が多い分野は,「熱・物質輸送」,「マイクロ・ナノ伝熱」,「強制対流」が多く,次いで,「蒸発・沸騰・凝縮」,「自然対流・複合対流」,「熱交換器」であり,概ね近年と同程度で論文の分野の分布割合も近年と類似している.2019年は「熱交換器」が28件と大幅に増加していたが,2020年は8件と例年通りの数に戻った.日本機械学会論文集とJTSTに掲載された伝熱関連論文は,それぞれ26件と35件であった. JTSTについては最近3年では毎年30~40件の論文が掲載されていたが,2019年は半減したものの,2020年には35件と例年通りの数に戻っている.なお,燃焼分野に関してはASMEでは別の論文誌Journal of Engineering for Gas Turbines and Powerに掲載されているため,JHTでは掲載数が多くないが,日本国内では燃焼関連の論文は全体に占める割合は34%と多い.
表8-1-2 伝熱関係主要論文誌と分野別論文数(2020)
国際会議に関しては,第10回乱流熱物質輸送国際会議 The 10th International Symposium on Turbulence, Heat and Mass Transfer(THMT-20),第28回 原子力工学国際会議 (ICONE-28),The 7th International Conference on Micro and Nano Flows(MNF2020)の3つの会議は,新型コロナウィルスの影響で2021年に延期されている.
一方,31st International Symposium on Transport Phenomena (ISTP31)は,2020年10月13日(火)~ 10月16日(金)にオンラインで開催された.本会議は毎年開催されており,主催は,Pacific Center of Thermal Fluids Engineering (PCTFE)でJSME,HTSJ, VSJ,GMSIが協賛である.会議は3件のプレナリー講演と134件の一般講演で構成された.一般講演は11のトピックに分類され,なかでもExperimental/Computational Fluid Mechanics,Boiling / Multiphase,Electronic Packaging はそれぞれ20件以上の講演がありこれら3つのトピックで一般講演の45%を占めた.これら以外にはHeat and Mass Transfer, Nanoscale Transport / Materials Processing, Thermal-Fluids Machinery, Energy Systems, Measurement / Imaging, Combustion and Reacting Flows, Fuel Cell, Heat Exchangerのトピックが設けられた.
国内の代表的な伝熱に関連する会議として,熱工学コンファレンス(日本機械学会熱工学部門主催),日本伝熱シンポジウム(日本伝熱学会主催)が挙げられる.
熱工学部門主催の熱工学コンファレンス2020は2020年10月10, 11日にオンライン開催された.
本会議は発表の8割近くがオーガナイズド・セッション(OS)の枠組みで予定されていた.まずOSおよびその発表件数を多い順に示す.括弧内の数字が発表件数である.「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究【22】」,「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展【22】」,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント【17】」,「乱流伝熱研究の進展【14】」,「燃料電池・二次電池関連研究の新展開【14】」,「マイクロエネルギーの新展開【14】」,「ふく射輸送制御【11】」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用【9】」,「凝固・融解伝熱および結晶成長の新展開【9】」,「熱工学からみたバイオマス変換の最前線【6】」,「火災・爆発【6】」,「外燃機関・排熱利用技術【5】」,「熱工学コレクション2020【4】」の計13件のOSで構成され,約36件の一般講演とあわせて講演論文数は204件であった.実質的に継続されているOSが多いこともあり,論文数の多い分野は変わっていない.表8-1-2のカテゴリーに沿って分類すれば,燃焼,蒸発・沸騰・凝縮や融解・凝固といった相変化に関する論文や,電子機器冷却に関する論文が多いことが本会議の近年の特徴となっている.
もう一つの国内会議である第57回日本伝熱シンポジウムが2020年6月3日から5日までの期間に石川県地場産業振興センターで開催予定であったが,新型コロナウィルスの影響で中止となった.講演論文集は,掲載希望者のみによるWEB版が発行された.9つのオーガナイズド・セッション(掲載総数:134件),さらに一般セッション(同:154件)で構成された.こちらの会議ではオーガナイズド・セッションおよび一般セッションとほぼ同一規模の掲載があった.まずオーガナイズド・セッションおよびその掲載件数を多い順に示す.括弧内の数字が掲載件数である.「水素・燃料電池・二次電池【36】」,「ナノスケール熱動態の理解と制御技術による革新的材料・デバイス技術の開発【23】」,「燃焼伝熱研究の最前線【18】」,「乱流を伴う伝熱研究の進展【13】」,「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進【12】」,「非線形熱流体現象と伝熱【10】」,「ふく射輸送とふく射性質【8】」,「化学プロセスにおける熱工学【7】」,「伝熱研究へのMEMSの利用【7】」である.一般セッションで掲載のあったセッションおよび掲載件数は以下の通りである.「沸騰・凝縮【34】」「ヒートパイプ【16】」,「電子機器の冷却【15】」,「分子動力学【13】」,「融解・凝固【12】」,「計測技術【10】」,「ナノ・マイクロ伝熱【9】」,「強制対流【8】」,「物質移動【8】」,「バイオ伝熱【7】」,「熱音響【6】」,「多孔体内の伝熱【5】」,「自然対流【4】」,「空調・熱機器【4】」,「混相流【3】」.「水素・燃料電池・二次電池」と「沸騰・凝縮」関連の研究が多く見られるのが特徴である.
以上2020年の伝熱関連の研究動向を概観した.学術誌や会議によって発表件数の多い分野があることを示した.2020年度は,国内外において新型コロナウィルスの影響を多大に受けた1年であった.早く収束し対面による活発な研究討論が再開されることを期待したい.
〔森 昌司 九州大学〕
8.1.4 熱交換器
2020年の国内外における熱交換器に関する研究動向について述べる.熱交換器に関連する研究は多岐に亘るため,対流や沸騰などの伝熱現象に関わる基礎研究の動向については前述の「伝熱」に譲り,ここでは熱交換器の構成要素や構造,ならびに熱交換器を構成要素とするシステムに関する研究の動向を中心に取り上げる.
まず,国内における動向を調べるために,2020年に開催された熱工学関連の主な講演会を調査した.国内で開催された講演会のうち,第57回日本伝熱シンポジウム(6月・石川),2020年度日本冷凍空調学会年次大会(9月・三重),熱工学コンファレンス2020(10月・北海道)を対象として,講演論文集のタイトルおよび緒言等を参考に,「熱交換」または「熱交換器」をキーワードとして抽出した.なお,熱交換器としての「蒸発器」および「凝縮器」もこれに含めた.
第57回日本伝熱シンポジウムでは,「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進」,「化学プロセスにおける熱工学」,「強制対流」,「多孔体内の伝熱」,「熱音響」,「沸騰・凝縮」のセッションにおいて,8件の熱交換器に関連する発表が行われていた(第55回では14件,第56回は16件).熱工学コンファレンス2020では,一般セッションのほか,「外燃機関・排熱利用技術」,「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展」,「凝固・融解伝熱および結晶成長の新展開」などで,6件の熱交換器に関連する発表が行われていた(2018および2019とも5件).上記二つの講演会では,近年多かったバイナイリー発電や地中熱利用など自然エネルギーを対象として研究がほとんどなかった.熱交換器全体を捉えた実用的かつ応用的研究というよりは基盤的研究の発表が多かった.
一方,2020年度日本冷凍空調学会年次大会では,「熱交換器の技術開発動向と開発事例」のOSが企画されているだけでなく,「霜・雪・氷の諸現象と利用技術」,「デシカント・吸着・吸収・ケミカル系の技術」,「地中熱利用技術」のセッションなどで,空調・冷凍を中心に要素研究から応用研究まで幅広く20件の熱交換器に関する発表が行われていた(2018年度では25件,2019年度は15件).本年次大会では,特に2018年4月~2020年3月に日本冷凍空調学会で実施された「環境変化に対応するための先進熱交換技術に関する調査研究」プロジェクト活動の報告がなされていた.要素研究では,着霜および除霜に関する研究が最も多く,続いて蒸発器や凝縮器,地中熱利用の熱交換器の評価手法などが多かった.
次に,学術雑誌の掲載状況より熱交換器の研究に関する国内外の動向を調査した.国内の雑誌は日本機械学会論文集,Journal of Thermal Science and Technologyであり,国外の雑誌はInternational Journal of Heat and Mass Transfer,International Journal of Thermal Science,Applied Thermal Engineeringである.国外の雑誌に関してはScienceDirectを使い,タイトルに「Heat Exchanger」を含む論文を調査対象とした.また,2019年度の結果(1)と比較し,傾向を評価した.
2020年の国内学術誌2誌での熱交換器の研究報告はわずかである.日本機械学会論文集では,マイクロチャンネル熱交換器流路系の気体流れの圧力損失予測に関する研究の1報のみであった.また,JTSTでは,コルゲートフィンチューブ熱交換器に関する研究の2報であった.
国外学術誌3誌のタイトルに”Heat Exchanger”を含む論文数を表8-1-3に示す.表8-1-3に示す3誌の合計で246報の”Heat Exchanger”がタイトルにつく論文が発表されており,全論文に対する割合は7.5%と,2017年から2019年までほぼ6%弱であったことから2020年は過去3年の割合の平均より約3割程度増加したことになる.
App. Thermal Eng.は,8.7%(2019年:8.1%) の124報であり,チューブ式熱交換器が,最も多く,次にプレート式熱交換器である.具体的なアプリケーションとしては,再生可能エネルギーの利用に関する研究のなかで,地中熱利用について15報,太陽光について3報であった.超臨界CO2流体に関する研究は7報,ヒートポンプについては4報,蓄熱について2報の報告がある.従来形状の熱交換器における伝熱促進について,様々なフィンやBaffleなどについて種々の形状が提案されており,主に実験的評価より数値解析により伝熱特性の評価が行われている.特に,これらの様々な形状を最適化する最適設計に関する研究は20報の報告がある.なお,本誌では1報のレビューが“A review on single-phase convective heat transfer enhancement based on multi-longitudinal vortices in heat exchanger tubes” のタイトルで発表されている.
Int. J. Heat and Mass Transfer では,6.7%(2019年:4.2%) の102報であり,近年この国外学術誌3誌のなかで,最も熱交換器に関する論文の増加傾向が著しい.対象とする熱交換器は,App. Thermal Eng.と異なり本誌では,チューブ式よりプレート式に関する研究が多かった.凝縮器に関する研究が6報,蒸発器に関する研究が3報の報告がある.アプリケーションとしては,超臨界CO2流体に関する研究が6報,ヒートポンプについてが3報,地中熱利用が3報,蓄熱が2報の報告がある.具体的な研究としては,直交流のプレート式熱交換器について厳密な数値解析を試みる研究や熱交換器の汚れの状態を予測するためのモデルの構築などの研究が報告されている.なお,本誌では1報のレビューが,“Experimental study on the uniform distribution of gas-liquid two-phase flow in a variable-aperture deflector in a parallel flow heat exchanger” のタイトルで発表されている.
Int. J. Thermal Scienceでは,5.7%(2019年:4.1%) の20報の報告がある.実験より数値解による研究が多く,特に,多目的最適化を始め,種々の熱交換器の形状を最適化する研究について3報の報告がある.対象とする熱交換器は,大半がチューブ式である.特に,螺旋状にコイルを巻いたチューブ式熱交換器に関する研究が9報の報告がある.一方,新しいタイプの熱交換器も種々報告されている.
国内と国外の研究動向の大きな違いとして,国内においては基盤的な研究が多く,熱交換器全体を捉えての総合的および応用的研究が少ないように感じる.特に,熱交換器の評価の原点である「熱伝達」と「圧力損失」のバランスを含めた研究およびその評価方法が改めて注目されている.また,国外では様々なアルゴリズムを導入し,国内より熱交換器の形状等の最適設計に関する研究が活発である.
表8-1-3 国外学術誌のタイトルに”Heat Exchanger”を含む2020年の論文数
論文数 | タイトルに“Heat Exchanger”含む | 割合 | |
App. Thermal Eng. | 1423 | 124 | 8.7% |
Int. J. Heat and Mass Transfer | 1510 | 102 | 6.8% |
Int. J. Thermal Science | 345 | 20 | 5.8% |
3誌合計 | 3278 | 246 | 7.5% |
〔池上 康之 佐賀大学〕
参考文献
(1)機械工学年鑑2020, 7.1.4 熱交換器(参照日2021年6月).
8.2 燃焼及び燃焼技術
8.2.1 燃焼
2020年はコロナ禍により,他の分野・領域と同様に燃焼関連のほぼ全ての学術会議も中止またはオンライン開催への変更を余儀なくされ,例年とは大きく異なる激動の年であった.
燃焼に関する講演・発表が主体となる学術会議としては,第58回日本燃焼シンポジウムが2020年12月2日~4日に松山で開催予定であったものを同日のオンライン開催に変更,38th International Symposium on Combustion(第38回国際燃焼シンポジウム)が当初は2020年7月12日~17日にオーストラリア・アデレードで開催予定であったものを半年間延期し,2021年1月24日~29日にアデレード現地およびオンラインを併用したハイブリッド開催に変更となった.また,燃焼関連の講演・発表が多くなされる学術会議として主なものを挙げると,2020年6月3日~5日の第57回伝熱シンポジウム,6月18日,19日の第25回動力・エネルギー技術シンポジウム,6月24日~26日の第30回環境工学総合シンポジウムはいずれも中止,5月22日~24日の自動車技術会春季大会は中止,10月21日~23日の同秋季大会はオンライン開催に変更,9月13日~16日の日本機械学会2020年度年次大会および10月10日,11日の熱工学コンファレンス2020はどちらもオンライン開催に変更,10月14日,15日の第48回日本ガスタービン学会定期講演会はオンライン開催に変更,11月16日~18日の第31回内燃機関シンポジウムはオンライン開催に変更となった.その他,毎年,国際燃焼学会によって開催されているCombustion summer schoolも2020年度は中止となり,また,国際燃焼学会の各地域セクションによるローカルな燃焼関連シンポジウムも殆どが中止または延期となっている(例えば英-仏セクションで5月6日,7日に予定されていた燃焼シンポジウムは中止).一方,以上のような多くの学術会議のオンサイト開催が不可能となったことをきっかけとして,逆にオンライン開催によって盛況を博した企画も存在する.例えば,Georgia Institute of Technologyによって2020年5月より開始された「Combustion webinar」では,世界各国の著名な燃焼研究者が1~2週毎に入れ替わりで講師を担当し,それぞれが専門とする最先端の燃焼関連の話題や基礎的な内容の講義をYouTubeを介して不特定多数に無償で提供しており,燃焼研究の世界的な底上げとグローバル化に大きく貢献している.また日本では,日本燃焼学会が主催する燃焼の基礎から応用までを網羅的に解説する講義企画「燃焼工学講座」(全4回)を2020年度はオンラインで無料開講とし,従来は受講者数が70名程度であったところを200~300名へと大幅に増加させ,燃焼関連の知識・技術の普及に貢献している.
燃焼研究の動向の一端として,オンラインではあるが無事に開催できた学術会議についてその内容を挙げると,まず,オンライン開催となった第58回日本燃焼シンポジウムでは,「エンジンにおける予混合気燃焼のエンドガス部自着火」と題した1件の特別講演,「脱炭素化に向けたエネルギーサプライチェーンと燃焼技術の役割」「ハイブリッドロケットにおける燃焼データ解析手法の開発」「ガソリンエンジンのノッキングとデトネーション」「数値実験による燃焼流れの理解」「実験室規模の微粉炭火炎におけるすす生成特性の非接触計測」の5件の基調講演が行われた.また,オンライン開催のメリットを生かして海外の著名な研究者による海外基調講演・海外招待講演も多く企画され,次世代燃料として期待されている水素やアンモニア燃焼に関わる講演,レーザーを利用した先端燃焼計測技術に関する講演などが行われた.一般セッションに関しては,口頭発表157件,ポスター発表49件の合計206件と,2019年度に比べて発表件数は減少したが,ほぼ例年通りのトピックでセッションが構成された.その中でも「層流燃焼」「乱流燃焼」といった基礎燃焼に関するセッション数が若干減っていたが,従来これらのセッションでは様々な広範な研究内容を包括していたため,一部の発表が他のセッションに移動したことによるものと想定され,実質的な各研究トピックの構成・比率の変化は殆ど無かったものと思われる.また,今回のシンポジウムで新たに企画されたe-Labツアーでは,SIP「革新的燃焼技術」での2つのオープンラボ(研究拠点),アンモニアの実機燃焼の実証に取り組んでいる福島再生可能エネルギー研究所がオンラインライブ映像によって紹介され,参加者の注目を集めていた.
オーストラリア・アデレードでのオンサイトおよびweb上でのオンラインを併用してのハイブリッド開催となった第38回国際燃焼シンポジウムでは,まず1件のHottel Lecture「Combustion in the Future: The Importance of Chemistry」,4件のPlenary Lecture「Challenges for Turbulent Combustion」「Progress towards Nanoengineered Energetic Materials」「Understanding Cool Flames and Warm Flames」「Combustion Dynamics of Large-Scale Wildfires」といった近年の燃焼研究で注目度の高い内容の講演が行われた.また,一般講演(Oral Presentation)では,1776件の投稿論文に対し査読過程を経て選別・採択された709件の発表が行われ,さらにポスター発表(Work-in-Progress Poster,査読無し)では195件の発表が行われた.一般講演の内容では「化学反応」に関する発表が92件と最も多く,「火災」が73件,「層流燃焼」が66件,「乱流燃焼」が60件と続き,その他として「固体燃焼」「ガスタービン・ロケットエンジン」「定置型燃焼システム・低炭素燃焼技術」「すす・ナノ物質」「デトネーション」「燃焼計測技術」「噴霧・液滴燃焼」「レシプロエンジン」「新燃焼コンセプト」など,昨今の燃焼研究において精力的に取り組まれている課題内容が発表されていた.なお,化学反応に関する研究は従来より極めて重要な位置付けであったが,特に最近ではカーボンニュートラル燃料,燃焼シミュレーション技術の高度化といった観点から,多種多様な燃料成分に対する化学反応の研究が広範に渡って展開されており,今後さらにその傾向は強まっていくものと推察される.
日本機械学会2020年度年次大会では,エンジンシステム部門が企画した基調講演「バイオマスのガス化で発生したガスの火花点火機関での燃焼」,「宇宙と航空」セッションでのロケットエンジン燃焼に関する発表,「持続可能社会に貢献するエンジン燃焼・潤滑・後処理技術」セッションでのレシプロエンジン燃焼に関する発表が主なものであり,実機視点での燃焼技術研究が多くみられた.また,日本機械学会熱工学コンファレンス2020では「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」というオーガナイズドセッションが組まれ,当コンファレンス内では分野別で最も件数の多い22件の発表がなされた.発表内容としては,アンモニア燃焼,水素燃焼,マイクロ燃焼,噴霧燃焼など様々な報告がなされた.
燃焼関連の学術雑誌では,2020年度はProgress in Energy and Combustion Scienceにて33件のレビュー記事,Combustion and Flameで計475件の学術論文が掲載された.Progress in Energy and Combustion Scienceでは燃焼関連の内容として,燃焼後CO2回収技術やバイオ燃料の合成・利用技術,石炭燃焼や工業プロセスにおける汚染物質反応モデルに関する記事,Combustion and Flameではアンモニア燃焼,熱分解・冷炎等の化学反応,各種気体や固体燃料の燃焼特性,物質合成などの論文に注目が集まっていた.これらの雑誌はそれぞれI.F.が28.94および4.57と高水準を維持しており,従来と同様,品質の高い論文を掲載している.また,その他にもCombustion Science and Technologyにて235件の学術論文,日本燃焼学会誌にて計7件の学術論文が発行されている.
〔横森 剛 慶應義塾大学〕
8.2.2 燃焼技術・燃料
2020年は脱炭素社会に向けて大きな転換点になった年で,燃料転換時期が大きく前倒しになった.海外ではCOVID-19のまん延で経済活動が制約され,ポストコロナでは従来の状態への回復を目指すのではなく,社会変革とイノベーションを実施し,経済成長に結びつけようとする考え方が広まり,その一つとして地球温暖化対策としての脱炭素社会への移行について,加速される傾向がある.英国は以前よりガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止を打ち出していたが,2月に2040年から2035年に,さらに11月には2030年に前倒しすることを表明した.さらに12月にはパリ協定に基づく英国の国別削減目標を2030年までに1990年比68%削減に引き上げると発表した.中国は,9月に2060年までに実質ゼロを表明した.米国では大統領選挙の結果,パリ協定離脱から復帰へ政策が転換し,脱炭素化を進めることになった.
国内では2019年末に革新的環境イノベーション戦略(1)が策定され,2020年1月には政策の検討が始まった.最終到達点として「脱炭素社会」を掲げ,今世紀後半のできるだけ早期に実現することを目指すとともに,ビジネス主導の非連続なイノベーションを通じて「環境と成長の好循環」を実現しつつ,気候変動問題の解決に貢献していくという基本的な考え方を示された.3月に国土交通省が「国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ」(2)を発表し,2028年にゼロエミッション船の実船投入を開始することになった.これは2018年のIMO(国際海事機関)の国際合意を踏まえたものである.石炭火力発電について,7月に経済産業大臣が非効率石炭火力のフェードアウト検討,環境大臣が石炭火力でのアンモニア・バイオマス利用を発言した.10月には首相が「2050年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指すこと」を宣言した(3).これにより,2050年の温室効果ガス排出の削減目標が一層厳しいものとなり,ゼロエミッションを達成できない産業があり得ることを想定すれば,ゼロエミッションだけでなく,マイナスエミッションとなる技術の社会実装も必要な状況となった.
脱炭素社会において,水素エネルギー技術は電力系統安定のために必要と考えられているだけでなく,日本ではヨーロッパのように国をまたいだ電力ネットワークを持たないため,水素キャリアをエネルギーの輸入に用いることを想定している.2020年は,水素のサプライチェーンに関する技術実証3件が進められた.液化水素については,2019年末に進水式をした世界初の液化水素運搬船(4)が10月に海上試運転を完了した.これはCO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)が2021年にNEDO事業で実施する豪州―日本間のブルー水素のサプライチェーン実証に使用される.水素は褐炭から製造される.MCH(Methyl Cyclohexane)については,次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合(AHEAD)が,世界初となる国際間で水素を輸送する実証試験(5)をNEDO事業で本格的に開始した.ブルネイで天然ガスプラントの副生ガスを改質して得た水素をトルエンと合成してMCHを得て,日本へ輸送,水素を取り出し,トルエンをブルネイに戻す.アンモニアについては,9月にエネルギー経済研究所とサウジアラムコがMOUを結び,世界初のブルーアンモニアバリューチェーン実証(6)を開始した.サウジアラビアで油田ガスからアンモニアを生産し,発生したCO2を回収してEOR(Enhanced Oil Recovery)とメタノール生産に利用する.40トンが輸出された.
脱炭素社会に向けて,カーボンフリー燃料,カーボンニュートラル燃料について様々な取り組みが進んでいる.水素,アンモニアのように燃焼技術の開発が必要なものだけでなく,既存の燃料インフラや燃焼技術を有効に活用するために燃料製造で工夫するものがある.運輸分野について,車両用としては,既存のインフラが使用可能なe-fuelが注目されている.e-fuelは発電所や工場から回収したCO2と水素を合成して得られる液体燃料であるが,商用化に向けた一貫製造プロセスが未確立等の課題がある.船舶用としては,ゼロエミッション船の燃料として,水素,アンモニアがあり,大型船舶用にエンジンの開発が進められている.航空用としては,9月エアバスが水素燃料旅客機3機種の構想と2035年実現を目指すことを発表した(7).水素を燃料としたジェットエンジンでは燃焼技術の開発が課題となっている.一方,複数の持続可能なジェット燃料(SAF; Sustainable aviation fuel;)があり,廃油や油脂廃棄物から合成する「HEFA(Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)」,アルコールから合成するATJ(Alchol to Jet)等がある.
発電分野では,水素燃焼タービン発電の実用化にむけ,開発が進んでおり,米国ユタ州でも天然ガス-水素混焼,水素専焼の導入計画が進んでいる(8).またメガワット級ドライ低NOx水素専焼ガスタービンの実証が成功した(9).石炭火力でのアンモニア混焼,水素専焼を含むロードマップを示した電力会社もある(10).アンモニアについては,天然ガス-アンモニア混焼ガスタービンでのアンモニア噴霧燃焼,石炭火力でのアンモニア混焼技術の開発が進められている(11).バイオマスについては,CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)によるネガティブエミッションが期待されている(12).天然ガスについては,高効率化が期待され,次世代1,650℃級JAC形ガスタービンの長期実証運転が開始された(13).
産業分野では,脱炭素社会における熱供給が課題となっており,電炉以外の工業炉ではアンモニア,水素が燃料として検討され,技術開発が進められている.また,カーボンリサイクル(14)についても検討と基盤技術開発が進められており,化学品,液体燃料の合成が期待されている.その実用化には安価なカーボンフリー水素の大量供給が必要となってくる.水素の供給の点では,2020年は世界最大級となる10MWの水素製造装置を備えた「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」が開所し,出力変動の大きい再生可能エネルギーの電力を最大限利用するとともに,クリーンで低コストな水素製造技術の確立を目指している(15).
〔壹岐 典彦 (国研)産業技術総合研究所〕
参考文献
(1) 総合科学技術・イノベーション会議(第48回)議事次第,内閣府
https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui048/haihu-048.html(参照日2021年4月20日)
(2) 国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ,国土交通省
https://www.mlit.go.jp/maritime/GHG_roadmap.html(参照日2021年4月20日)
(3) 第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説,首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/1026shoshinhyomei.html(参照日2021年4月20日)
(4) Kawasaki Report 2020,川崎重工
https://www.khi.co.jp/sustainability/library/report/2020/pdf/20_houkokusyo_02.pdf(参照日2021年4月20日)
(5) 世界初,水素を輸送する国際実証試験を本格開始,NEDO
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101322.html(参照日2021年4月20日)
(6) ブルーアンモニアサプライチェーン実証試験 「Petroleum Economist Awards 2020」受賞,日本エネルギー経済研究所
https://eneken.ieej.or.jp/press/press201216_jp.pdf(参照日2021年4月20日)
(7) Hydrogen, An important pathway to our zero-emission ambition,Airbus
https://www.airbus.com/innovation/zero-emission/hydrogen.html(参照日2021年4月20日)
(8) 米国ユタ州で再生可能エネルギー由来の水素を利用したGTCC発電プロジェクト インターマウンテン電力(IPA)向けに84万kW級水素焚きJAC形設備を初受注,三菱パワー
https://power.mhi.com/jp/news/20200312.html(参照日2021年4月20日)
(9) 世界初,ドライ低NOx水素専焼ガスタービンの技術実証試験に成功,NEDO
https://power.mhi.com/jp/news/20200312.html(参照日2021年4月20日)
(10) JERAゼロエミッション2050,JERA
https://www.jera.co.jp/corporate/zeroemission/(参照日2021年4月20日)
(11) 世界初,カーボンニュートラルな「ブルーアンモニア」を利用する混焼試験を実施 ~CO₂フリーアンモニアのバリューチェーン構築に向けて,燃料製造側と利用側をつなぐ~,IHI
https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2020/resources_energy_environment/1196925_1601.html(参照日2021年4月20日)
(12) 大規模CO2分離回収実証設備の運転開始について,―バイオマス発電所向けで世界初,ネガティブエミッションに貢献―,東芝エネルギーシステム
https://www.toshiba-energy.com/info/info2020_1031.htm(参照日2021年4月20日)
(13) 高砂工場内に新GTCC実証発電設備(第二T地点)が完成,次世代1,650℃級JAC形ガスタービンの長期実証運転を開始,三菱パワー
https://power.mhi.com/jp/news/20200701.html(参照日2021年4月20日)
(14) 「カーボンリサイクル技術ロードマップ」を策定しました,経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190607002/20190607002.html(参照日2021年4月20日)
(15) 福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)開所式を開催,NEDO
https://www.nedo.go.jp/ugoki/ZZ_100957.html(参照日2021年4月20日)