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機械工学年鑑2021

4. バイオエンジニアリング

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章内目次

4.1 はじめに
4.2 細胞のバイオメカニクス
4.3 循環器のバイオメカニクス
4.4 診断機器
 4.4.1 概要/4.4.2 最新動向/4.4.3 X線コンピュータ断層撮影装置:X線CT/4.4.4 核磁気共鳴画像診断装置:MRI/4.4.5 超音波画像診断装置:US/4.4.6 X線診断装置/4.4.7 まとめ

4.5 スポーツバイオメカニクス・ヘルスケア
4.6 遺伝子工学・バイオインフォマティクス

 


4.1 はじめに

新型コロナウイルス感染拡大に翻弄された令和2年度だが,いまだに予断を許さない状況のまま令和3年度を迎えた.このようななか,バイオエンジニアリング部門は機械工学を基盤として,超音波診断装置をはじめとしてCTMRIなどの各種診断機器,人工心肺装置,人工呼吸器,ECMO(膜型人工肺)などの治療機器の開発研究に取り組んでおり,さらには細胞,分子,遺伝子レベルの研究にも大きく寄与している.これらは最新のRNAワクチンの効果検証などにも大いに役立つ研究である.現在の新型コロナ克服に関わる診断・治療から,ポストコロナの時代に向けて,マイクロ・ナノ工学部門,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門などとの部門間連携,大学,企業,医療・医学の幅広い連携活動の推進,さらに産業界と医療機器に関する標準化などの情報交換ができる環境の構築を行い,この距離を近づけ,次世代産業への展開を図っている.

本年鑑では,当部門がカバーする研究分野を3分野15テーマに分類し,各テーマが3年ごとに紹介されるように企画されている.本年度は,「バイオメカニカルエンジニアリング」分野から「細胞バイオメカニクス」と「循環器のバイオメカニクス」,「バイオメディカルエンジニアリング・ライフサポート工学」分野から「診断機器」,「スポーツバイオメカニクス・ヘルスケア」,「バイオテクノロジー・バイオインフォマティクス」分野から「遺伝子工学・バイオインフォマティクス」のテーマを取り上げ,各テーマの専門家の先生方に最近の研究動向をまとめて頂いた.

現在のコロナ禍でも従来の研究活動を維持し,機械工学を基盤とした研究開発で真に役立つ研究・開発を推進していきたいと考えている.

〔片岡 則之 日本大学〕

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4.2 細胞のバイオメカニクス

バイオメカニクスの研究対象は,生体分子や細胞などのミクロスケールから組織・器官,さらに個体のマクロスケールまで至り,それぞれのスケールのみならずスケール間を補完するマルチスケールなど幅広い視点の研究が実施されている.その中で細胞バイオメカニクスでは,主に細胞スケールの力や力学特性の計測,力学的環境下における細胞運動,細胞内構造や機能変化の評価などを通して,工学技術開発や生体機能・病理解明への貢献を視野に入れた取り組むが盛んに行われている.第31回バイオフロンティア講演会(2020年12月12,13日,信州大,オンライン開催)では,2日間にわたり細胞バイオメカニクスに関して最多の8セッションが設けられており(1)細胞バイオメカニクスへの関心および研究アクティビティの高さが伺える.

細胞バイオメカニクスにおいてこれまでに行われてきた力学的・構造的環境因子による個々の細胞の応答に関する研究に加えて,複数種の細胞を共培養した三次元的細胞外基質や,スフェロイドと呼ばれる細胞凝集塊を対象とした研究も増えつつある.本会バイオエンジニアリング部門刊行のJournal of Biomechanical Science and Engineering(JBSE)においても,細胞への力学刺激と細胞接着基質形状の組み合わせた環境による間葉系幹細胞分化(2)神経細胞を組み込んだ三次元培養システム(3)(4)骨芽細胞スフェロイド(5)を用いた報告がなされている.これら研究は生体内における組織環境を想定したものであり,同種・異種細胞間や細胞外基質との相互作用など複合的環境を考慮することによって,細胞レベルでの知見を発展させ組織レベルの現象を解明すること,さらにティッシュエンジニアリングへの応用を視野に入れている.このような応用展開への取り組みにおいて,バイオマテリアルや組織バイオメカニクス領域等と融合しながら細胞バイオメカニクス研究の重要性は今後さらに増すと考えられる.

細胞バイオメカニクスでは,細胞外からの力刺激や接着基質形状など力学的・構造的環境に対する細胞応答メカニズム解明を目的として,細胞内構造・小器官など細胞下(サブセルラー)スケールでの力や力学特性計測,構造解析も展開されている.細胞運動や細胞応答において,細胞内張力の発生や力の伝達要素としての役割を担う細胞骨格がこれまでも主な研究対象となっている.他方,細胞核に注目した研究も近年特に急速な拡がりを見せており,上述の第31回バイオフロンティア講演会においても細胞核に関連する発表の多く見られ,間葉系幹細胞分化における細胞骨格と細胞核内構造との関係がJBSEでも報告されており(6)存在感は増してきている.細胞バイオメカニクス研究で従来用いられている光学顕微鏡,原子間力顕微鏡技術に加え,すでに活用されつつある蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)現象を利用した力分子センサーや(7)(8),超解像度顕微鏡法を取り入れたサブセルラースケールの観察・評価技術により,更なる発展も期待される.

力学的・構造的環境変化に応じた細胞現象の理解において,生体分子の働きを調べる分子生物学的な視点も取り入れたメカノバイオロジー研究への展開も近年多く見られる.米国機械学会バイオエンジニアリング部門から派生した国際会議2020 Summer Biomechanics, Bioengineering and Biotransport Conference(SB3C)(2020年6月17-20日,オンライン開催)において細胞レベルでのバイオメカニクスセッションは設定されておらず,メカノバイオロジーと銘打ったセッションが多く見られた(9).医学生物学など他領域の共同研究,医学・医療応用への取組みにおいて,分子メカニズムを取り入れることが必要となっており,境界領域としてメカノバイオロジーに関する研究も更に推進されることが予想される.メカノバイオロジー研究において,基盤的細胞現象を解き明かす細胞バイオメカニクスは極めて重要な役割を担う. 実際にSB3Cのメカノバイオロジーセッションにおいて,細胞レベルのバイオメカニクス研究も散見され,その存在意義は大きい.

〔坂元 尚哉 東京都立大学〕

参考文献

(1)日本機械学会第31回バイオフロンティア講演会, https://www.jsme.or.jp/conference/bioconf20-2/pdf/programNumber_2020Nov21.pdf(参照日2021年4月11日)

(2)Jeong, H., YANG, X., Pei, Z., Ushida, T., and Furukawa, K. S., Osteogenic differentiation of murine mesenchymal stem cells by combination of surface topography and uniaxial stress, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.15, No.3 (2020), p.20-00009. doi:10.1299/jbse.20-00009.

(3)Nakamachi, E., Tanaka, S., Yamamoto, K., Morita, Y., Okita, M., Development of a three-dimensional direct current electric field stimulation bioreactor to enhance the axonal outgrowth and control the axonal orientation, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.15, No.2 (2020), p.19-00480. doi:10.1299/jbse.19-00480.

(4)Imura, M., Yamada,S., Yamamoto, K., Morita, Y., Nakamachi, E., Development of a three-dimensional cell culture system for the enhancement of nerve axonal extension by cyclic stretch stimulation, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.15, No.4 (2020), p.20-00094 doi:10.1299/jbse.20-00094.

(5)Kim, J., Kigami, H., Adachi, T., Characterization of self-organized osteocytic spheroids using mouse osteoblast-like cells”, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.15, No.3 (2020), p.20-00227 doi:10.1299/jbse.20-00227.

(6)Yamazaki, M., Fujie, H., Miyoshi, H., Chromatin condensation retains the osteogenic transcription factor, RUNX2, in the nucleus of human mesenchymal stem cells”, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.15, No.2 (2020), p.20-00083. doi:10.1299/jbse.20-00083.

(7)Wang, J., Ito, M., Zhong, W., Sugita, S., Michiue, T., Tsuboi, T., Kitaguchi, T., Matsumoto, T., Observations of intracellular tension dynamics of MC3T3-E1 cells during substrate adhesion using a FRET-based actinin tension sensor”, Journal of Biomechanical Science and Engineering, Vol.11, No.4 (2016), p.16-00504. doi:10.1299/jbse.16-00504.

(8)Arsenovic, P.T., Ramachandran, I., Bathula, K., Zhu, R., Narang, J.D., Noll, N.A., Lemmon,, C.A., Gundeesen, G.G., Conway, D.E., Nesprin-2G, a Component of the Nuclear LINC Complex, Is Subject to Myosin-Dependent Tension, Biophysical Journal, Vol. 110, No. 1 (2016), pp. 33-43, doi: 10.1016/j.bpj.2015.11.014.

(9) Summer Biomechanics, Bioengineering and Biotransport Conference(SB3C) proceedings book, https://archive.sb3c.org/(参照日2021年4月11日)

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4.3 循環器のバイオメカニクス

循環器は心血管系とリンパ系に大別される.心臓と全身の血管から構成される心血管系は,血液の循環を介して全身の組織に酸素と栄養分を供給するとともに老廃物を回収する役割を担う.リンパ管とリンパ節から構成されるリンパ系は,リンパ液(毛細血管の壁を通って血管外に出た血漿を主成分とし,白血球,組織中の異物や死んだ細胞などを含む液体)が静脈に戻る際の通り道として機能するとともに,その過程で異物の除去も行う.このうち本節では,心血管系のバイオメカニクス,とくに心血管系の血行動態に関する研究動向について述べる.

バイオメカニクス分野を広くカバーする主要学術雑誌として,Journal of BiomechanicsおよびAnnals of Biomedical Engineeringを取り上げる.表4-3-1に示すように,2020年にこれら2誌に掲載された論文の総数はそれぞれ501編および254編で,合計755編であった.そのうち心臓および心臓血管の血行動態に関する論文は2誌の合計で35編,脳血管に関しては合計で13編であった.また,その他の血行動態に関する論文(区分外または両区分に該当する論文)は2誌の合計で11編であった.これらの研究の中から,いくつかの注目トピックスを以下で挙げてみたい.

表4-3-1 2020年に主要学術雑誌に掲載された論文総数および心血管系の血行動態に関する論文数

雑誌名 論文総数 心血管系の血行動態に関する論文数
心臓および心臓血管 脳血管 その他*
Journal of Biomechanics 501 13 8 8
Annals of Biomedical Engineering 254 22 5 3

*区分外または両区分に該当する論文

心臓血管の血行動態に関する研究のトピックスとしては,近年さまざまな分野への応用が進んでいる深層学習の技術をヒト胸部大動脈の血行動態予測に適用した研究が挙げられる(1).この研究では,別の計算流体力学シミュレーションで得られた血行動態データを用いた学習により,大動脈の形状を入力として,定常流の流速および圧力分布を非常に短い計算時間(1秒程度)で出力することが可能となった.このとき,流速分布の誤差は平均で2%以下,圧力分布の誤差は平均で1.5%以下であった.他に深層学習の技術が循環器分野に応用された例としては,例えば,脳主幹動脈閉塞患者の治療前の脳組織画像を入力としてその予後を予測する研究(2)がある.この研究は,入力される脳組織画像からこれまでよりも高次の情報,すなわち質的に向上した情報を導き出そうとするものである.一方,前述の血行動態予測の研究(1)で出力される情報はこれまでのものを質的に向上させるわけではないが,それを非常に短い計算時間で得ることができるという点に特長がある.このことは大きなアドバンテージであり,今後,循環器分野への応用がさらに進むことが期待される.

血管の血行動態に関する研究のトピックスとしては,数値シミュレーションを用いた頸動脈の血行動態の研究に関するシステマティック・レビュー(3)がJournal of Biomechanicsに掲載され,この分野の動向と課題が詳しくまとめられている.次に挙げたいのは,血流が血管壁に及ぼす壁せん断応力のtopological skeleton(位相格)という概念を頸動脈狭窄症患者の血行動態解析に適用した研究である(4).ここで壁せん断応力の位相格とは2016年の論文(5)に端を発しているが,壁せん断応力自体はその血管病への関与が古くから指摘されている力学的刺激の一つであり,これまでは壁せん断応力の局所的な大きさや空間的勾配あるいは時間的変動に関する量が多くの研究で調べられてきた.局所だけに注目するのではなく,壁せん断応力分布の「構造」にも注目し,その構造を特徴付けるために提案されたのが壁せん断応力の位相格である.前述の頸動脈狭窄症患者の血行動態解析の研究(4)では,壁せん断応力の位相格と術後の長期的予後の間に有意な関連性が認められている.今後,脳血管に限らずさまざまな部位の血管病において壁せん断応力の位相格との関連性が調べられ,その臨床的意義が詳細に検討されていくものと予想される.

以上はどれも数値シミュレーションを用いた研究であるが,敗血症の血行動態に関する研究(6)や,血管病の治療機器の一つであるステントの再狭窄に関する研究(7)など,動物実験による研究も報告されている.

国内においても循環器のバイオメカニクスに関する研究は活発に行われており,例えばラットの脳動脈瘤発生初期における病理組織学的解析と数値シミュレーションを組み合わせた研究(8)などが報告されている.なお,本節では心血管系の血行動態に関する研究動向について述べてきたが,例えば大動脈の3次元的なひずみを細胞スケールで調べた研究(9)など,血管組織およびそれを構成する細胞に関する研究も活発に行われている.国内では例年,日本機械学会主催のバイオエンジニアリング講演会において循環器のバイオメカニクスに関するセッションが設けられている.2020年の同講演会は1年延期となったが,2021年以降の同講演会では再び多くの研究発表と活発な議論が継続されていくことを期待したい.

〔下權谷 祐児 日本大学〕

参考文献

(1) Liang, L., Mao, W. and Sun, W., A feasibility study of deep learning for predicting hemodynamics of human thoracic aorta, Journal of Biomechanics, Vol.99 (2020), Paper No.109544, doi: 10.1016/j.jbiomech.2019.109544.

(2) Nishi, H., Oishi, N., Ishii, A., Ono, I., Ogura, T., Sunohara, T., Chihara, H., Fukumitsu, R., Okawa, M., Yamana, N., Imamura, H., Sadamasa, N., Hatano, T., Nakahara, I., Sakai, N. and Miyamoto, S., Deep Learning-Derived High-Level Neuroimaging Features Predict Clinical Outcomes for Large Vessel Occlusion, Stroke, Vol.51 (2020), pp.1484-1492, doi: 10.1161/STROKEAHA.119.028101.

(3) Lopes, D., Puga, H., Teixeira, J. and Lima, R., Blood flow simulations in patient-specific geometries of the carotid artery: A systematic review, Journal of Biomechanics, Vol.111 (2020), Paper No.110019, doi: 10.1016/j.jbiomech.2020.110019.

(4) Morbiducci, U., Mazzi, V., Domanin, M., De Nisco, G., Vergara, C., Steinman, D.A. and Gallo, D., Wall Shear Stress Topological Skeleton Independently Predicts Long-Term Restenosis After Carotid Bifurcation Endarterectomy, Annals of Biomedical Engineering, Vol.48 (2020), pp.2936-2949, doi: 10.1007/s10439-020-02607-9.

(5) Arzani, A. and Shadden, S.C., Characterizations and Correlations of Wall Shear Stress in Aneurysmal Flow, Journal of Biomechanical Engineering, Vol.138 (2016), Paper No.0145031–01450310, doi: 10.1115/1.4032056.

(6) Murphy, L., Davidson, S., Chase, J.G., Knopp, J.L., Zhou, T. and Desaive, T., Patient-Specific Monitoring and Trend Analysis of Model-Based Markers of Fluid Responsiveness in Sepsis: A Proof-of-Concept Animal Study, Annals of Biomedical Engineering, Vol.48 (2020), pp.682-694, doi: 10.1007/s10439-019-02389-9.

(7) He, S., Liu, W., Qu, K., Yin, T., Qiu, J., Li, Y., Yuan, K., Zhang, H. and Wang, G., Effects of different positions of intravascular stent implantation in stenosed vessels on in-stent restenosis: An experimental and numerical simulation study, Journal of Biomechanics, Vol.113 (2020), Paper No.110089, doi: 10.1016/j.jbiomech.2020.110089.

(8) Kataoka, H., Yagi, T., Ikedo, T., Imai, H., Kawamura, K., Yoshida, K., Nakamura, M., Aoki, T. and Miyamoto, S., Hemodynamic and Histopathological Changes in the Early Phase of the Development of an Intracranial Aneurysm, Neurologia medico-chirurgica, Vol.60 (2020), pp.319-328, doi: 10.2176/nmc.st.2020-0072.

(9) Sugita, S., Kato, M., Wataru, F. and Nakamura, M., Three-dimensional analysis of the thoracic aorta microscopic deformation during intraluminal pressurization, Biomechanics and Modeling in Mechanobiology, Vol.19 (2020), pp.147-157, doi: 10.1007/s10237-019-01201-w.

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4.4 診断機器

4.4.1 概要

医療機器は,目的別に大きく治療機器と診断機器に分類される.この診断機器には,生体内の形態学的な情報,心電,脳波,筋電,呼吸機能から臓器の動きなどの生理学的な情報,組織や細胞の病理学的な情報,血液その他に含まれる様々な成分の分析による疾病に関わる生化学的な情報,さらに遺伝子や発現タンパク質などの分子生物学的な情報を得る機器まで様々である(1).2019年度日本の医療機器市場(約2.9兆円)の約60%を治療機器,20%を診断機器が占め,診断機器のうち約40%が画像診断機器である(2).

本報では画像診断機器の代表的なX線コンピュータ断層撮影装置(X-ray Computed Tomography:X線CT),核磁気共鳴画像診断装置(Magnetic Resonance Imaging:MRI),超音波画像診断装置(Ultrasound System:US),X線診断装置(X-ray diagnostic equipment)について述べる.

4.4.2 最新動向

画像診断機器では,受診者,患者,技師,医師の負担を軽減する機能開発が活発であり,検査時間短縮化や,高精度診断化に向けて,深層学習や機械学習を用いた人工知能を利用するものが増加傾向にある.

4.4.3 X線コンピュータ断層撮影装置:X線CT

(a)概要

生体内を透過させたX線(10pm~1nm)の吸収量の違いを基に画像を得る装置である.構成は,ドーナツ型のスキャナガントリ,受診者をスキャナガントリ内に運ぶ寝台からなる.スキャナガントリ内には、高速で回転するX線源(X線管装置)及びその反対側に透過X線を受ける検出器が内蔵されている(3).この回転速度は最速0.2秒台/回転である(4).長所は撮像時間が短く,空間分解能は0.2 mm程度と優れており(高解像度),3次元画像も得られることである.短所は放射線被ばくがあり,画質と被ばく量の間には相反関係がある(3).

(b)最新動向

・低被ばく,高画質化技術

低被ばくと高画質の両立が課題である.この課題解決に,画像の再構成方法に逐次近似再構成機能を用いて,被ばく低減と高画質化の両立をめざしたもの (5),深層学習を用いてノイズ成分とシグナル成分を識別する処理を行い,分解能を維持したままノイズを選択的に除去する再構成技術により低被ばく,高画質を提供するものが開発されている(6).

・高画質化技術

画質向上が課題である.この課題解決に,従来の約3/4である0.15mm空間分解能技術が実現されている.この実現ために,高精度寝台,高精細X線管装置及び画像再構成ユニット技術が用いられている.高精度寝台はブレの少ない撮影を可能するために,被写体のブレ抑制を追究した寝台フレーム,駆動機構の改良と高剛性化,摺動部の鏡面加工が採用され,スキャン時の振動を従来寝台の約1/2に低減している.高精細X線管は,ばらつきを制御し,極小焦点化を可能にするために,高精細X線管検出器や陰極電界による電子ビーム収束技術を用いている.画像再構成ユニットは,約100万画素の画像でも80枚/秒の再構成を可能とする高画像再構成能力を有している(7).

4.4.4 核磁気共鳴画像診断装置:MRI

(a)概要

磁気共鳴現象によって生体内に発生させた微弱な電波を受信して、断層像を得る装置である.永久磁石タイプ(0.2~0.4T)と高磁場強度(1.5~3T)の超電導磁石タイプがある(8).超電導磁石タイプの構成は、ガントリ,体内からの電波を受信する受信コイル及び受診者をガントリの中に運ぶ寝台からなる.ガントリ内には強力な磁場を発生させる超電導磁石、電波を送信する高周波コイル、磁場に変化を与える傾斜磁場コイルが内蔵される.長所は放射線被ばくがなく,画像のコントラスト分解能に優れ(正常組織と病変との濃度差が明瞭),空間分解能は0.3 mm程度である.短所は,高画質を得るのに長撮像時間と高磁場を要する.磁場強度に比例して大きくなる傾斜磁場コイルより発生する騒音,磁場・磁石を利用することから装置が大型化する.更に,磁気シールドルームが不可欠である.超電導磁石タイプは磁場発生に大きな電力と液体ヘリウムを使用するため高コストである (3)

(b)最新動向

・撮像時間短縮,高画質化技術

撮像に時間を要し,長時間受診者に体動の抑制が要求されるため負担が高い.そのため,撮像時間短縮が必要であるが撮像時間短縮に伴う画質の向上が課題である.この課題解決の例としてアンダーサンプリングと繰り返し演算処理を,画像再構成演算に使用したもの(9),深層学習を活用した撮像時間短縮と高画質化技術が開発されている(10).

・静音化技術

傾斜磁場コイルより撮像中に発生する90dBを超える騒音の抑制が課題となっている.この課題解決に,物理的に騒音を抑制する方法として,傾斜磁場コイルを真空密封し,音の伝達を抑制する方法(11),傾斜磁場パルス形状の見直しと,撮像パラメータを調整する方法 (12) 等が開発されている.

・省ヘリウム化技術

超電導磁石タイプでは,超伝導磁石の超伝導状態を維持するために1000L前後の液体ヘリウムを用いて冷却する必要がある.しかし,世界的なヘリウム需要が上昇し,深刻なヘリウム不足と価格高騰を招いている.この課題解決に,ヘリウム密封型磁石が開発され,7Lの液体ヘリウムで超電導状態を維持することが可能になっている(13).

4.4.5 超音波画像診断装置:US

(a)概要

超音波探触子から超音波を生体内に送信し,組織からの反射(エコー) を映像化することで断面像を得る装置である.長所はリアルタイム画像が得られる,装置が小型である,磁気シールドルームなど特別な部屋が不要,放射線被ばくが無いなど非侵襲的である.空間分解能は0.1~1.5 mmである.短所は,や空気があると観察しにくくなる,観察可能な視野が狭い,検査者の技量により得られる画像に差がある.代表的な撮像方法には,形態情報を得るBモード,心臓など動く臓器の時間的変化の像を得るMモード,血流情報を得るカラードプラ法がある(3)

(b)最新動向

・モダリティ融合技術

US単独では同定困難な病変が存在する.この課題解決にUSとX線CTMRIなど他の画像情報を融合させる技術がある.この技術の1例としてReal-time Virtual Sonography(RVS)(14)がある.RVSはUS,磁気センサ,磁気発生装置,磁気検出ユニットにより構成される.事前に取得されたX線CT/MRIボリュームデータ(3次元データ)をあらかじめUSに取り込んでおく.超音波探触子の位置と角度を検出する方法は磁気発生装置から生じるパルス磁場上の空間座標を基準として,超音波探触子に取りつけられた磁気センサを用い位置を検出する.取得した位置情報をもとに超音波走査面に対応した事前に取り込んだX線CT/MRIのデータより多断面再構成像を作成し,モニタ上にリアルタイムの超音波画像とともに表示される.肝臓,乳腺,前立腺画像診断と治療への臨床応用が進んでいる.

・自動計測技術

超音波検査ではマニュアルで超音波探触子を走査するため検査者(医師・技師)の経験・技量によっても得られる情報が異なり、再現性に欠ける傾向が見られる.この課題解決に自動計測技術が発展している.1例として,心臓のポンプ機能を診断する指標である駆出率の自動計測がある.3次元データを取得できる超音波探触子で取得した一心拍分の動画データから,最適断面画像と,心室容積が最大(拡張末期)・最小(収縮末期)になるタイミングを自動的に選択し,駆出率を計測する(15)

4.4.6 X線診断装置

(a)概要

X線を一方向から生体に照射し,透過したX線をイメージングプレート・フラットパネルディテクタなどの検出器やフィルムで受信、透過画像を得る装置である.一般X線撮影装置,一般X線透視撮影装置,回診用X線撮影装置などがある.長所は,X線CTに比べて,装置が小型,機構部分が少なく,低消費電力であり,簡便,また,X線被ばく量が少ないことである.短所は,X線を一方向から照射するため,臓器が重なっている部分は判読が困難になりやすい.一般X線撮影装置位置決め操作における技師の身体負担が高いことである.

(b)最新動向

・可動部移動アシスト技術

一般X線撮影装置の可動部位置決め操作における技師の身体負担軽減が課題である.この課題解決に,可動部移動アシスト技術が開発されている.重量物の手動位置決め操作をアシストするもので,センシング,ショック軽減,バランス,安定制御,トルク制御の各技術を利用する. 撮影室の天井レールにつり下げた質量約300kgのX線撮影装置を移動して位置合わせをする時に,技師が前後,左右,上下に動かす向きを瞬時に検知し,複数の内蔵モータで移動のアシストを行う.これらにより技師は約9.8Nの力で,スムーズに撮影位置へ移動することができる(16).

4.4.7 まとめ

各画像診断機器には以上のようにいずれも長所と短所が有り,使用については対象や目的に合わせた選択を行う必要がある.これからも,医療現場のニーズに合わせて,機械工学の技術の粋を集め,性能向上,関係者の負担を軽減する機能について開発が行われ,医療に貢献することを期待する.

・Real-time Virtual Sonographyは富士フイルムヘルスケア(株)の登録商標です.

〔鈴木 浩之 富士フイルムヘルスケア(株)〕

参考文献

(1) 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター, 研究開発俯瞰報告書ライフサイエンス・臨床医学分野, (2015), pp.299.
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/FR/CRDS-FY2015-FR-03/CRDS-FY2015-FR-03_09.pdf (参照日2021年5月15日)

(2) 経済産業省, 経済産業省における医療・福祉機器産業政策について, (2020), pp.5.
https://www.med-device.jp/repository/meti-seisaku-202002.pdf (参照日2021年5月15日)

(3) 氏平政伸, 機械工学年鑑2018, https://www.jsme.or.jp/kikainenkan2018/chap04.html(参照日2021年5月15日)

(4) キャノンメディカルシステムズ, CTとは、どういう仕組み?, https://jp.medical.canon/general/CT_construction (参照日2021年5月15日)

(5) 富士フイルムヘルスケア, 逐次近似処理 IPV.
https://www.fujifilm.com/jp/ja/healthcare/mri-and-ct/application/ipv (参照日2021年5月15日)

(6) キャノンメディカルシステムズ, AIを活用したCT診断装置.
https://global.canon/ja/technology/frontier23.html, (参照日2021年5月15日)

(7) キャノンメディカルシステムズ, Aquilion Precision技術.
https://jp.medical.canon/products/computed-tomography/aq_precision_function (参照日2021年5月15日)

(8) 日立製作所, 永久磁石タイプと超電導磁石タイプのMRI,実際どう違う?, インナービジョン 付録, 2018年9月号, https://www.innervision.co.jp/sp/ad/suite/fhc/sup201809/kokontozai, (参照日2021年5月15日)

(9) 富士フイルムヘルスケア, 逐次再構成法を用いたMR高速撮像技術.
https://medix.fujifilm.com/jp/paper/202101/index.html, (参照日2021年5月15日)

(10) キャノンメディカルシステムズ, MRIの仕組み.
https://global.canon/ja/technology/support28.html, (参照日2021年5月15日)

(11) キャノンメディカルシステムズ.
MRI画像処理技術, https://global.canon/ja/technology/aice2019.html, (参照日2021年5月15日)

(12) 富士フイルムヘルスケア, Soft Sound.
https://www.innervision.co.jp/sp/ad/suite/fhc/sup201609/pickup_tech, (参照日2021年5月15日)

(13) フィリップス, BlueSealマグネット.
https://www.philips.co.jp/healthcare/resources/landing/the-next-mr-wave/sealed-mr-technology, (参照日2021年5月15日)

(14) ⾹⻄和久, Real-time Virtual Sonography(RVS)によるMulti Modalityの融合技術, 超音波検査技術 35(3),(2010), pp.311-314.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jss/35/3/35_3_311/_article/-char/ja/

(15) 超音波診断装置 ALOKA LISENDO 880 (医療機器認証番号:第228ABBZX00092000号)

(16) 島津製作所, RADスピードプロスタイルエディショングライドクラス
https://www.med.shimadzu.co.jp/products/x-ray/08/01.html (参照日2021年5月15日)

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4.5 スポーツバイオメカニクス・ヘルスケア

東京オリンピック・パラリンピックは2021年に延期され,本稿執筆時においても開催には不確定要素もあるが,この大会を契機として長足の発展をみせるスポーツバイオメカニクス・ヘルスケアに関わるバイオメカニクス研究動向として注目すべきは,センシング,画像処理, AIであろう.センシングにおいては慣性センサ,LiDARなどを用いた技術を通じてのパフォーマンス評価,さらにはヒトの行動を推定する研究がセンサ自身の小型化と高性能化で著しい進化を遂げている.東京大会の目玉とも言える技術革新はLiDARによる体操選手の技の判定であり,史上初めて審判に代わってセンシングデータによって採点が行われることが注目を集めている.登場する技術自体はすでに公表されてきたが(1)-(3),スポーツを支えるテクノロジーが審判という新たな役割を担う元年となることが期待されている.この技の判定にはセンシングだけでなく,得られたLiDARデータからの姿勢の復元,推定された姿勢の良し悪しをAIによって判定するなど様々な新規の技術革新が垣間見られる.

センシングにおいて多用されるようになってきた慣性センサにはその使い道としてバイオメカニクス分野では姿勢推定(4)のほかにも,行動パターンの推定(5)といった使い道があるがカルマンフィルタを用いた応用などにおいて,姿勢推定をはじめとして,動力学解析への応用も進んでおり推定精度の向上が進んでいる.

画像処理に関しては,この数年間で飛躍的に進化を遂げたRGB画像処理技術とAIを用いた映像からの姿勢推定をあらゆる分野に応用しようとする取り組みが数多い.OpenPose(6)から始まった姿勢推定アルゴリズムは,PoseNet(7),HRNet(8), BodyPix(9), DARK(10)など多くの発展系がみられ,またヒトの姿勢推定だけでなくDeepLabCutを用いた動物の姿勢推定などへの応用もみられ(11),スポーツバイオメカニクスにおけるフォーム分析だけでなく,生産現場における作業員の労働状態のモニタリング,高齢者の転倒の危険回避などへの応用が産業界では期待されている.従前のアルゴリズムと画像処理に必要とされる計算能力が改善されたことから,監視カメラ自身が姿勢推定や行動推定を行う,いわゆるエッジコンピューティングが精力的に研究されている.こうした防犯に関わる技術革新がスポーツバイオメカニクス,ヘルスエンジニアリングへと派生し,モニタリングされる側が気づかないうちに観察されるのは時間の問題であろう. 実際にオリンピックを前にしたタイミングで,東京大学の中村らはピッチ上の全選手のモーションキャプチャをカメラ映像によって行う技術を発表している(12)

2020年に刊行された論文をサーベイすると,本学会英文誌であるJournal of Biomechanical Science and Engineeringには,やはり東京オリンピック・パラリンピックが契機と見られる研究が散見されるが,そのなかでも機械工学分野との相性のよいパラリンピック競技でもある義足の設計に関わる研究がHaseらによって行われている(13).また東京工業大学のNakashimaらがこれまで研究で用いてきたヒューマノイドシミュレータSWUMはこれまで多くの研究ではその対象がスポーツ運動であったが,2020年の発表では,入浴中のヒトの動態をシミュレートしており(14),スポーツにはじまった研究手法が,ヒトの快適性にもかかわる日常動作の推定に進化を遂げていることに特徴が見られる.また高齢者における歩行やバランスのメカニズムに関する論文が散見されることは,昨今の高齢者社会における喫緊の話題であることを裏付けている.Suzukiらの研究では(5),屋外における歩行運動の動態から認知機能の評価検証を行なっているが実験室外での歩容観察という実世界志向が特徴である.

海外に目を向けるとバイオメカニクス分野最大の学術団代である,International Society of Biomechanicsが刊行するジャーナル,Journal of Biomechanicsでは筋・腱・靱帯,いわゆる筋腱複合体に作用する負荷の定量化・推定といった従前からのオーソドックスな研究事例が多く寄せられている(15).こうした生体への負荷推定に関する興味の高まりは2020年に頸椎・脊椎等に関わるバイオメカニクス研究集会の特集号として35件もの論文が刊行されていることからも窺い知れる(16)

〔仰木 裕嗣 慶應義塾大学〕

参考文献

(1) 佐々木和雄,桝井昇一,手塚耕一,アスリートの動きをリアルタイムに数値化する3Dセンシング技術,FUJITSU, Vol.69, No.2,2018, pp.13-20.

(2) 藤原英則,伊藤健一,ICTによる体操競技の採点支援と3Dセンシング技術の目指す世界,FUJITSU, Vol.69, No.2, 2018, pp.70-76.

(3) 国際体操連盟、富士通の採点支援システムの採用を決定, https://pr.fujitsu.com/jp/news/2018/11/20.html (参照日2021年7月7日)

(4) 廣瀬圭, 近藤亜希子,山脇恭二,名和基之,西脇一宇, 慣性・地磁気センサを用いたあん馬・旋回動作の姿勢推定に関する研究, 日本機械学会 シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2020, (B-8-1)

(5) SUZUKI A., TAKAHASHI K., OHTAKI Y., KAMIJO K., INOUE T., NOTO M. and NAKAMURA T., Estimating cognitive function in elderly people using information from outdoor walking, Journal of Biomechanical Science and Engineering,Vol.15, No.2, Paper No.19-00491, ( DOI: 10.1299/jbse.19-00491).

(6) Zhe Cao, Gines Hidalgo, Tomas Simon, Shih-En Wei, Yaser Sheikh, Realtime Multi-Person 2D Pose Estimation using Part Affinity Fields, https://arxiv.org/abs/1611.08050, 2017.

(7) PoseNet: https://github.com/tensorflow/tfjs-models/tree/master/posenet (参照日2021年7月7日)

(8) Ke Sun, Bin Xiao, Dong Liu, Jingdong Wang, Deep High-Resolution Representation Learning for Human Pose Estimation, arXiv:1902.09212

(9) BodyPix – Person Segmentation in the Browser, https://github.com/tensorflow/tfjs-models/tree/master/body-pix (参照日2021年7月7日)

(10) F. Zhang, X. Zhu, H. Dai, M. Ye and C. Zhu, Distribution-Aware Coordinate Representation for Human Pose Estimation,2020 IEEE/CVF Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR), 2020, pp. 7091-7100, doi: 10.1109/CVPR42600.2020.00712.

(11) DeepLabCut : a software package for the animal pose estimation, https://github.com/AlexEMG/DeepLabCut (参照日2021年7月7日)

(12) 複数人ビデオモーションキャプチャ技術を開発~装置や場所の制約を受けずスポーツの試合会場などで手軽にモーションキャプチャが可能に~ https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400130230.pdf (参照日2021年7月7日)

(13)Hase K., Togawa H., Kobayashi S., Obinata G., Parametric modeling of sports prostheses based on the flat spring design formulas, Journal of Biomechanical Science and Engineering,Vol.156, No.1, Paper No. 19-2020 (DOI: 10.1299/jbse.19-00446).

(14) Nakashima M., Takahashi R., Kishimoto T., Optimizing simulation of deficient limb’s strokes in freestyle for swimmers with unilateral transradial deficiency, Journal of Biomechanical Science and Engineering,

(15) Andrew J.J.Smith, Brandon N. Fournier, Julie Nantel, Edward D. Lemaire, Estimating upper extremity joint loads of persons with spinal cord injury walking with a lower extremity powered exoskeleton and forearm crutches, Journal of Biomechanics, Volume 107, 23 June 2020, 109835

(16) 3rd International Workshop on Spine Loading and Deformation, Journal of Biomechanics, Volume 102, 23 June 2020, 109835


4.6 遺伝子工学・バイオインフォマティクス

遺伝子工学における2020年最大のトピックは,「クリスパー・キャスナイン(CRISPR/Cas9)」であろう.マックス・プランク感染生物学研究所(ドイツ)のエマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle M. Charpentier)とカリフォルニア大学バークレー校(アメリカ)のジェニファー・ダウドナ(Jennifer A. Doudna)は,“for the development of a method for genome editing(ゲノム編集法の開発)”により,2020年ノーベル化学賞を受賞した(1).CRISPR/Cas9は,細菌の免疫の仕組みを利用して,生物の遺伝情報(ゲノム)上の遺伝子を,ねらった場所で正確に切断したり,置換したり,挿入したりできる画期的な手法である(2)

事実,同技術はすでに我々の生活に革命を起こしている.例えば,厚生労働省は,ゲノム編集技術で開発した食品(いわゆるゲノム編集食品)の販売に向けた届け出制度を,2019年10月1日から開始した(3).ゲノム編集食品は,その生物が本来持っている遺伝子の特定の塩基を変更(欠損もしくは数塩基の置換,挿入)によって得られたものである.国内第1号の届け出は,“健康に良い機能を追加したトマト”であった(4).すなわち,アミノ酸の一種で主に抑制性の神経伝達物質として機能するγ-アミノ酪酸(gamma-Aminobutyric acid: GABA)の含有量を通常の4~5倍に高めたトマトである.通常トマトは,このGABAの合成を抑える物質も産生しており,一定以上にGABAの量を増やすことは困難である.そこで,この抑制物質の産生を担う遺伝子をCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集によって欠損させることによって,GABAの合成活性を高めたのである.このトマトを1日に数粒食べるだけで,高血圧患者の血圧上昇が抑えられたり,ストレスが低減されたりする効果が期待される.2022年以降には本格的な市場流通が見込まれており,今後CRISPR/Cas9等のゲノム編集技術を用いた新しい機能性食品の開発はますます加速すると予想される.

もう一つの大きなトピックは,「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」である.2020年初頭より世界で猛威を振るっている新型コロナウイルス(正式名称:SARS-CoV-2)(5)による感染症である新型コロナウイルス感染症(正式名称:COVID-19)(6)は,同年3月には世界流行(パンデミック)であるとされ(7),2021年4月時点でもその流行は収束していない.感染症に対する有効な対策の一つとしてワクチン接種があげられる.ウイルスのワクチンには主に弱毒化したウイルスを用いた生ワクチン(BCG,ロタウイルスワクチンなど)と,不活化したウイルスを用いた不活化ワクチン(インフルエンザワクチンなど)の二つがある.前者はウイルス感染自体を抑制できる強力な免疫細胞免疫および液性免疫)を誘導できるが,弱毒化ウイルス株の樹立には時間がかかる.後者は液性免疫しか誘導されないため,(一部の不活化ワクチンを除いて)一般に感染を止めることはできず,主に重症化を抑えることを目的としている.その生産には,古典的な手法として,孵化鶏卵にウイルスを接種する方法や,培養細胞(アフリカミドリザル腎由来Vero細胞等)を用いたワクチン株樹立などの方法があげられるが,通常ワクチン開発には重要な抗原部位の同定や副作用への対応など5~10年前後かかると言われ,短時間に大量にワクチンを作ることは困難であるとされる.一方で,流行から1年あまりでスピード承認され,国内で接種が始まったワクチンは,遺伝物質mRNAを活用したワクチンであり,これまでのワクチンとはその作用機序が異なる.mRNAワクチンは, 抗原タンパク質をコードするmRNAを脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)などのキャリア分子に封入した注射剤である.これを筋肉注射すると,mRNA筋肉細胞内に入り,翻訳されることにより, 抗原タンパク質が産生され, 抗原特異的免疫応答が起こる(8).つまり,mRNAワクチンは擬似的なウイルス感染を体内で生じさせ,細胞免疫と液性免疫の両方を誘導する技術である.核酸であるmRNAを用いた技術であるため,変異ウイルスが出た場合も塩基配列を変えるだけで新たなワクチンを作製可能であり,迅速な対応が可能とされる.このような技術の背景には,次世代シーケンスなどによる遺伝子解析技術の進展,および前述のCRISPR/Cas9などによるゲノム編集技術の革新的進歩が大きく貢献していることは言うまでもない.

技術の進歩の一方で,例えば,組換えDNA技術応用食品(いわゆる遺伝子組換え食品)(9)とは異なり,ゲノム編集食品は現段階では食品表示の対象外とされており,表示がなければ食品を調べてもゲノム改変がされているのか否か,されている場合どのような方法でされたのかを判別することはできない.COVID-19に対するmRNAワクチンは,高い発症予防効果と安全性を有することが治験により明らかになっており,接種による利益はその他の不利益を上回るが,稀有な副反応や長期的なワクチンの安全性や有効性については未解明の部分が残されており,今後のデータ蓄積と調査が期待される.遺伝子工学技術の発展は,これまで不可能とされたことを可能にし,社会にあらゆる恩恵をもたらす可能性を有している.一方で,その急速な発展(CRISPR/Cas9もmRNAワクチンもこの十数年に発展してきた技術である)ゆえに,これを利用する社会の仕組みづくりについても同時に検討を進める必要がある.

〔村越 道生 金沢大学〕

参考文献

(1) The Nobel Prize in Chemistry 2020, The Nobel Prize
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2020/summary/ (参照日2021年7月12日)

(2) Jinek, M., Chylinski, K., Fonfara, I., Hauer, M., Doudna, J.A. and Charpentier, E., A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity, Science, Vol.337 (2012), pp.816–821.

(3) ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000709708.pdf (参照日2021年7月12日)

(4) ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000704532.pdf (参照日2021年7月12日)

(5) Naming the 2019 Coronavirus, International Committee on Taxonomy of Viruses (ICTV)
https://talk.ictvonline.org/information/w/news/1300/page (参照日2021年7月12日)

(6) Novel Coronavirus(2019-nCoV) Situation Report –22, World Health Organization (WHO)
https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situation-reports/20200212-sitrep-23-ncov.pdf?sfvrsn=41e9fb78_4 (参照日2021年7月12日)

(7) WHO Director-General’s opening remarks at the media briefing on COVID-19, WHO
https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19—11-march-2020 (参照日2021年7月12日)

(8) Wadhwa, A., Aljabbari, A., Lokras, A., Foged, C. and Thakur, A., Opportunities and Challenges in the Delivery of mRNA-based Vaccines, Pharmaceutics, Vol.12 (2020), 102, 27 pages.

(9) 安全性審査の手続を経た旨の公表がなされた遺伝子組換え食品及び添加物一覧,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000801729.pdf (参照日2021年7月12日)

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