2. 人材育成・工学教育
2.1 人材育成・工学教育の動向
2.1.1 最近の動向/2.1.2 工学系高等教育機関での学生の動向/2.1.3 日本機械学会の活動
2.2 技術者教育プログラム認定の動向
2.2.1 計算力学技術者認定/2.2.2 ISO18436準拠機械状態監視診断技術者の認証
2.1 人材育成・工学教育の動向
2.1.1 工学教育の動向
日本政府は,平成24年から「成長戦略実行計画」を策定し,日本が持続的に成長するための目標や様々な施策の提案を行っている.令和2年12月に菅政権が閣議決定した第5回成長戦略実行計画(1)では,2050年カーボンニュートラルに向けたグリーン成長(自動車の低炭素化,洋上風力発電,水素の活用,カーボンリサイクルなど),企業のデジタル化,規模拡大による中小企業の競争力強化を3本柱とする政策が発表された.また,成長戦略実行計画を着実に実現するために,具体的な施策の取りまとめが行われており,「成長戦略フォローアップ」という形で閣議決定が行われている.令和2年7月に閣議決定された成長戦略フォローアップ(2)では,新しい働き方,キャッシュレス決済,デジタル市場,オープンイノベーション,陸海空のモビリティ,エネルギー・環境・次世代ヘルスケアなどの取組,地域インフラ整備,中小企業の生産性向上などに関して,具体的な方向性,施策が示されている.
本稿では,工学教育や人材育成に関する最近の目立った動きとして,この令和2年7月に発表された閣議決定「成長戦略フォローアップ」で取り上げられた施策について紹介することとする.成長戦略フォローアップの「1.新しい働き方の定着:(2)新たに講ずべき具体的施策」の中に,「xii)大学等におけるSociety5.0時代に向けた人材育成」,「xiii)産業界におけるSociety5.0時代に向けた人材育成・活用」という項目が設けられており,今後の大学教育や産業界における人材育成に関する施策が多数列記されている.
「ⅻ)大学等における Society5.0 時代に向けた人材育成」では,遠隔授業環境の構築加速,高等教育のグローバル戦略の再構築,データサイエンス(数理,AI,統計を含む)のモデルカリキュラム構築,データサイエンス分野の産学連携プログラムの開発,学部等の枠を超えて教育課程を設定できる学位プログラム制度の活用,大学教育における文理横断リベラルアーツ教育の実現,全学的な共通教育から大学院教育までを通じて広さと深さを両立する新しいタイプの教育プログラムの構築,飛び入学等を通じて早い段階から個別最適な学びを実現する「出る杭」を引き出す教育プログラムの構築,予測困難な時代を生き抜く自律的な学修者を育成できる大学教育への転換,などが掲げられている.
一方,「xⅲ)産業界における Society5.0 時代に向けた人材育成・活用」では,データサイエンスを応用して企業等が行う課題解決型学習を中心とした実践的な学びの場を提供する課題解決型AI人材の育成,情報処理技術を革新する高度な数学的才能を有する人材の育成,情報系・制御系に精通した重要インフラ・産業基盤等の中核人材の育成と地方展開,地域におけるセキュリティ人材の育成,教育機関・行政機関等の情報システム担当者を対象とする実践的サイバー防御演習の実施,ICT 分野における破壊的イノベーションに挑戦する人材の発掘・支援,第4次産業革命に対応したものづくり分野の職業訓練の実施,幅広い産業分野の中核技能人材の育成や地位向上,すべての国民が必要とする ICT スキルを継続的に学べる環境整備,などが掲げられている.
また,文部科学省は,国公私立大学を通じた大学教育再生の戦略的推進を図るため,卓越大学院プログラム,Society5.0に対応した高度技術人材育成事業,大学による地方創生人材教育プログラム構築事業,スーパーグローバル大学創生支援事業などの各種補助事業を実施してきたが,令和2年度から「知識集約型社会を支える人材育成事業」が新たな補助事業として開始された(3).この事業では,Society5.0時代に向けて,幅広い教養と深い専門性を持った人材育成の実現を目指している.例えば,4学期制と授業科目の絞り込みにより,少数の授業科目を毎週複数回受講し,学修効果を飛躍的に高めるような大胆なカリキュラム改革が求められている.
以上のように,大学教育や人材育成に関して,国は大胆な目標設定と様々な施策に取り組んでおり,補助事業として予算的な支援も活発化している.将来の工学教育や人材育成を考える上で,これらの動きをうまく捉えつつ改革を進めて行くことが効果的であると思われる.
2.1.2 工学系高等教育機関での学生の動向(4)
大学数は795校となり,前年と比較して,公立大学が1校,私立大学が8校増加した.大学生数は2,916千人で前年より3千人減少した.学生数の内訳は,学部が2,624千人,大学院が255千人で,学部が14千人増,大学院が増減なしであった.学部の学生数は過去最多であった.大学院の学生数のうち,修士課程は160千人で2千人減,博士課程は75千人で微増であった.女子の学部学生数は1,193千人で,前年より10千人増加し,過去最多となった.女子学生が占める割合は,学部が45.5%(0.1%増),大学院が32.6%(0.2%増)となり,過去最多となっている.また,大学の本務教員数は190千人で1.7千人増加した.このうち女性教員の割合は49千人で1.5千人増となっており,教員増の88%が女性教員であった.ここ数年,女性教員数の増加傾向が続いている.
大学生の学部卒業後の進路調査によれば,卒業者の大学院への進学者は全体で65千人(進学率11.3%),就職者は446千人(就職率77.7%)であり,進学率が0.1%,就職率が0.3%減少した.進学率は平成22年度の15.9%がピークで,10年連続して減少している.就職率は,ここ数年の好調な経済状況を反映して令和元年度(平成31年度)に78.0%のピークであったが,新型コロナウィルスの影響により令和2年度は減少に転じた.大学院修士課程(前期課程)修了者の博士課程への進学率は9.8%で前年より0.3%増,就職率は77.9%で0.7%減であった.博士課程(後期課程)修了者は,就職率が69.8%で前年度より0.8%増加し,7年連続で増加し,過去最高となった.
2.1.3 日本機械学会の活動
2019年度に「人材育成・活躍支援委員会」が発足し(5),日本機械学会における人材育成および人材の活躍支援に関する一元的な議論・活動が行える体制が整った.この委員会は,小中学生からシニアに至るすべての階層の人材をターゲットとしており,各種人材育成施策を推進し,技術者の地位向上に資することを目標としている.具体的なタスクとしては,次の4つが規定されている.
(1)機械工学技術者の能力開発・継続教育を図り,国際的に通用する技術者を育成するとともに技術者の地位向上を図る活動を行う.
(2)地域産業振興への寄与を目指した技術者教育や技術相談など,会員シニアが活躍する場を創出するための活動を行う.
(3)初等・中等および高等教育における技術者教育について,関係する教育者も含めた検討を行う.
(4)(1)〜(3)に関する施策提言を行う.
2020年度は,11名の委員および1名のオブザーバにより活動し,上記4つのタスクの実現に向けた具体的な施策について議論をおこなった.具体的な,検討事項は多岐に渡るが,その一部として,比較的早期に実現しそうな取り組みを以下に紹介する.
(1)小中高校生向け企画:小中学生の理科・もの作り離れを防ぐため,またジュニア会友へのサービス向上の一環として,年間を通して「もの作り」に触れる機会(年4~5回)を提供すべく,関東支部シニア会のご協力のもと,「エンジニア塾(仮称)」を令和3年6月から開催している.
(2)インターンシップの学会枠設置:インターンシップが単なる会社説明会になってしまっている現状を改善し,長期インターンシップの活性化とともに,学生員・特別員のメリット向上のため,学会がインターンシップ希望の学生員を特別員企業に推薦する制度を設ける.令和3年度後半から,インターンシップ希望学生の募集と企業への推薦を実施する.
(3)年次大会での啓発活動:年次大会において人材育成・活躍支援に関するワークショップを毎年実施しており,学会員に対する啓発活動を実施している.2021年度の年次大会(千葉大学)では,「アフターコロナにおける大学教育の質保証」と題して,4件の講演の後に総合討論を行う.
(4)技術相談窓口の整備:経済産業省からの支援を受けて,企業等からの技術相談をこれまで実施してきたが,周知が十分でなく,有効に利用してもらえなかった.今後は,部門・支部・シニア会等にご協力いただき,より利用しやすい技術相談制度に衣替えして行く予定である.
(5)講習会のパッケージ化・出前講習会:本会では,部門・支部の主催に年間400件を越える講習会・セミナーが毎年開催されている.部門・支部のご協力のもとに複数の講習会・セミナーをまとめてパッケージ化し,機械技術者あるいは特別員が利用しやすい教育システムを構築すべく検討を進めている.現時点では,基礎講座(4力学コース,設計技術コース,生産技術コース),応用講座(計算力学コース)などの2021年度からの立ち上げを予定している.
今後の議論にもよるが,本委員会では長期に渡りさまざまな事業を進めていく必要があり,会員の皆様には人材育成・活躍支援委員会が実施する各種事業への一層のご支援・ご協力をお願いする次第である.
〔山本 誠 東京理科大学〕
参考文献
(1)内閣官房:成長戦略会議,
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/pdf/jikkoukeikaku_set.pdf,(2020.12).
(2)首相官邸:成長戦略フォローアップ,https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/portal/follow_up/,(2020.7).
(3)文部科学省:知識集約型社会を支える人材育成事業,
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/intelligence.htm,(2021.5).
(4)文部科学省:学校基本調査―令和2年度結果の概要―,
https://www.mext.go.jp/content/20200825-mxt_chousa01-1419591_8.pdf (2020.12).
(5)日本機械学会:人材育成・活躍支援委員会,
https://www.jsme.or.jp/human-resources-support/,(2021.5)
2.2 技術者資格認定・認証の動向
2.2.1 計算力学技術者認定
機械設計プロセスにおける計算力学(CAE)の急速な普及とともに,産業界において,計算力学技術者の品質保証が重要な課題となっている.本会では,CAE に携わる技術者の能力レベルを認定・保証するため,2003 年度から計算力学技術者認定試験を実施してきたが,2020 年度は新型コロナ感染症流行による影響で,毎年12月に実施している固体力学, 熱流体力学,振動分野の1・2 級認定試験は中止となった.一方,上級アナリスト試験については,ZoomあるいはWebExを利用したオンラインで実施することとし,固体力学分野,熱流体力学分野,振動分野についてそれぞれ9 月19日(土),27日(日),27日(日)に実施した.合格者数および合格率は,固体分野が2 名(22.2%),熱流体力学分野が3 名(100.0%),振動分野が1 名(50.0%)であった.また,書類審査による初級認定者は,固体分野が49 名,熱流体力学分野が20 名,振動分野が4 名であった.認定試験開始以来,各級の受験者数・合格者数は,これまでの累計で20,052名・10,148名となった.
また,2014年度から開始した非営利組織NAFEMS(The National Agency for Finite Element Methods and Standards)におけるPSE (Professional Simulation Engineer)資格と上級アナリスト資格との国際相互認証の協定に基づき,固体分野上級アナリスト1名,熱流体力学分野上級アナリスト1名,振動分野上級アナリスト1名がNAFEMSのPSEとしてあらたに認定された.
計算力学技術者の認定試験の詳細や合格者のリストなどについては,https://www.jsme.or.jp/cee/ をご覧いただきたい.
〔長嶋 利夫 上智大学〕
2.2.2 ISO18436準拠機械状態監視診断技術者の認証
我が国の産業界は,競争力維持,強化のため,機械設備の安定安全操業が不可欠な環境にある.本会では,その一助として,2004年よりISO18436-2に準拠した機械状態監視診断技術者(振動)を,また,2009年からは日本トライボロジー学会と協力して,ISO18436-4に準拠した機械状態監視診断技術者(トライボロジー)の資格認証事業を実施している.以下に,両診断技術者の2020年度の資格認証試験の概要と現況のトピックスを示す.
(1)ISO18436-2に準拠した機械状態監視診断技術者(振動)
第1回試験を6月20日及び7月11日に予定していたが新型コロナウィルス感染症拡大防止の観点から中止とした.第2回試験は11月21日に実施された.合格者数(合格率,受験者数)は,カテゴリI/II/III/IVでそれぞれ,2名(100%,2名)/103名(84%,123名)/19名(43%,44名)/0名(0%,1名)であった.2020年末での合格者数総数は,5,570名となった.
(2)ISO18436-4に準拠した機械状態監視診断技術者(トライボロジー)
第1回試験(カテゴリI/II/III)を12月5日に実施した.合格者数(合格率,受験者数)は,カテゴリI/II/IIIでそれぞれ,22名(100%,22名)/6名(86%,7名)/0名(0%,1名)であった.結果,2020年末での合格者数総数は,1,368名となった.
(3)その他の活動
機械状態監視診断技術者(振動)については,年1回,コミュニティを開催し,資格認証者間での情報交換,共有を推進している.2020年度のミーティングは,新型コロナウィルス感染症拡大防止の観点から延期とした.2021年度は10月に神奈川での開催予定である.コミュニティに関する情報は,本会のホームページを参照されたい.本ホームページには機械状態監視診断技術者の認定試験の詳細についても記載されている.
2018年度で終了したマレーシアにおける認証事業では認証者の更新のみを行っていく.海外での実情を把握し,国内における認証事業を推進するため,引き続き韓国KSNVE,米国VIと定期的に会合を行っていく.当該資格認証事業が,機械技術者,機械状態監視診断技術者の技術レベルおよび社会的地位の向上に貢献できるよう,事業推進していく.
〔藤原 浩幸 防衛大学校〕