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機械工学年鑑2020
-機械工学の最新動向-

25. 医工学テクノロジー

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章内目次

25.1 はじめに
25.2 ものづくりコモンズ
 25.2.1 概況/25.2.2 医療現場との交流
25.3 医療福祉機器に関する研究の動向
25.4 日本循環器学会,日本機械学会ジョイントワークショップ

 


25.1 はじめに

 超高齢社会を迎えた日本においては,健康寿命の延伸に向けて,医療費や医療従事者に対する負担を増やすことなく,疾患の早期発見・早期治療を達成させることが極めて重要な意義を持つ.そのためには,すぐれた医療機器や健康機器,医療・福祉技術の創出が必要不可欠となる.これらを背景に,本会を含む12学協会により,医工連携に貢献できるものづくりを基盤とする工学各分野の研究者・技術者が医療の最前線にいる医学者と共通な基盤で融合できる場として「日本医工ものづくりコモンズ」(以下,ものづくりコモンズ)が2009年に設立された.また,同2009年には,本会の内部でも大きな動きがあり,部門横断型の医工学テクノロジー分科会が発足し,2011年から本推進会議に発展した.機械力学・計測制御部門流体工学部門計算力学部門バイオエンジニアリング部門ロボティクス・メカトロニクス部門情報・知能・精密機器部門からの協力を得て,2013年より材料力学部門熱工学部門マイクロ・ナノ工学部門,2014年より機素潤滑設計部門も加わり,2016年と2019年にはそれぞれ3年間の設置期間延長が認められ,その活動の規模を広げている.このような経緯を考慮して,「ものづくりコモンズ」の設立・維持に大きく貢献し,この分野全体を牽引してきた谷下一夫氏に,本推進会議の直接的な活動に加えて,広く医工連携に関係した事柄についてご説明頂いた(25.2に詳細記述).また,本推進会議の代表的活動として,年次大会におけるOS「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」がある.本OSをみることで,医療福祉機器に関する研究の動向を読み取ることができる.このOSの内容については,藤井文武氏に説明して頂いた(25.3に記述).さらに,2019年度は,年次大会にて日本医工ものづくりコモンズとの連携のもと,本推進会議を構成する10部門との合同ワークショップを開催した.ワークショップは「日本循環器学会・日本機械学会ジョイントWS」と題し,日本循環器学会の若手の医学系研究者2名,ならびに官から1名の計3名を講師とし,それぞれの立場から,医工連携における最新の研究ならびに,医療研究の今後について講演いただいた.この内容については,葭仲潔氏にその概要の説明をして頂いた(25.4に記述).
 以上,時代の背景および日本機械学会が社会に果たすべき役割として,本学会における部門横断型組織である「医工学テクノロジー推進会議」の役割が益々重要になってきている.

〔陳 献 山口大学〕

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25.2 ものづくりコモンズ

25.2.1 概況

 2019年も臨床医学の学会からの要請を受けて,医工連携イベントを行った.Medtec Japan2019,第33回日本泌尿器内視鏡学会総会,第11回日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会,第45回日本折治療学会であるが,医療者の方々の医療機器開発に対する関心が年々高まっており,極めて盛況なイベントであった.日本泌尿器内視鏡学会,日本血栓止血学会,日本脈管学会がコモンズの連携学会として,正式に参加された.国立国際医療研究センターとコモンズは正式に契約書を交わして,医工交流の場として,MINCの会が設立されている.最近のMINCの会では,海外医療機器動向を知るというテーマで,岡山のカワニシホールディングス社が発刊しているMedical Globe(1)をテキストに勉強会を年に4から6回開催している.同誌で紹介されている最新の医療機器情報に対して,国際医療研究センターの医師の方々から頂くコメント内容が参加者から好評を博している.コモンズ発足以来,理事長として牽引して頂いた北島政樹教授(国際医療福祉大学名誉学長,副理事長)が,2019年5月に急逝された.2019年6月の理事会総会にて,谷下一夫が理事長として選出され,北島政樹教授のご遺志を繋いで,コモンズの活動を継続する事とした.

25.2.2 医療現場との交流

 2019年に,文科省科学技術・学術政策研究所が,第11回科学技術予測調査を行い,医療機器(谷下が担当)に関して,極めて興味深いアンケート調査が公表された(2).医療機器開発の重要度は高い(2位)と認識され,国際競争力は最も高いと予測されている.社会の高齢化が進行中の基で,精度の高い非侵襲診断機器や遠隔医療のための地域ネットワーク構築や身体運動補助技術の重要度が高いとして,2030年までには社会的実現が予測されている.医療機器開発の国際競争力は最も高いと予測された一因は,日本の製造業の高い技術力ではないだろうか.優れた医療ニーズと技術シーズとの融合によって,医療現場に有用で独自性の高い医療機器を日本から創出する潜在力が大きい.さらに国際競争力が高いトピックは,重要度も高い.技術的実現に向けた重点政策は,ほぼ平均で,社会的実現に向けた重点政策では,事業補助や事業環境整備が平均より上となっている.臨床治験に対する支援の必要性にも繋がる.疾病を予防又は早期発見して健康寿命を延伸させるための技術やインフラの整備が急務であり,日本に続いて高齢化を迎える諸外国への優れた前例となるだろう.
 2019年3月には,日本医療研究開発機構(AMED)から,医療機器開発の重点化に関する報告書が公開された.これからの医療機器の進展に関して,競争力ポテンシャルという尺度から,5項目の重点課題を絞り込んでいる.それらは,①高齢化により衰える機能の補完・QOL向上,②デジタル化データ利用による診断治療の高度化,③予防(高血圧,糖尿病),④検査・診断の一層の早期化,簡易化,⑤アウトカム最大化を図る診断・治療の一体化である.これらの課題は,必ずしも補助金事業に反映するわけではないが,検討委員会での議論の結果の絞り込みで,今後の医療機器開発の方向性を示唆している点で興味深い.

25.2.3 医療機器開発における基盤研究の重要性

 前述のように,臨床医学者の医工連携に対する関心が,以前になく高まっている.医療機器による診断治療の重要性が医療現場で強く認識され,医療現場を熟知している医療者の発想とものづくり工学との融合から難易度の高い医療機器(クラスⅢ,Ⅳ)が創出され始めている.特に,難易度の高い医療機器を医療現場に届けるためには,基盤研究が重要という認識も高まっており,工学の基盤研究者との共同開発を要望する医療者も増えている.是非とも日本機械学会の会員の方々によって,医療機器の基盤研究を強化して頂きたい.

〔谷下 一夫 慶応義塾大学〕

参考文献

(1)Medical Globe, ㈱カワニシホールディングス学術本部発刊
(2)第11回科学技術予測調査S&T Foresight2019総合報告書

第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書[NISTEP REPORT No.183]の公表について

(3)医療機器開発の重点化に関する検討委員会報告書,日本医療研究開発機構(AMED)産学連携部,平成31年3月
https://www.amed.go.jp/news/release_20190329-02.html

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25.3 医療福祉機器に関する研究の動向

 日本医工ものづくりコモンズの発足を受け,本会における窓口組織としての役目が大きい本推進会議であるが,推進会議単独でも活動を行っている.その代表的なものが,年次大会における OS 「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」である.本OSを見ることで,医療福祉機器に関する研究の動向を読み取ることができる.
 本分野の発展と深化は,研究課題が術前(治療前)診断・検査から治療,その後のリハビリまでの医療福祉のあらゆるフェーズをカバーしていることからも確認することができる.従来の当該分野における研究開発は,システム・インテグレーションの色彩を帯びたものが多かったが,近年では,医療福祉に関連する生体の各種現象を機械工学の知見を応用して理解し,再現可能なモデルとして確立しようとする「基礎研究」フェーズの課題も意欲的に取り組まれており(1),将来の医療技術の変革・進展への貢献が期待される.また,最近の技術的発展が目覚ましいAdditive manufacturing(5), 機械学習(3)(8)などの技術要素を積極的に活用しようとするものも見られる.
 2019年度の年次大会においては,検査・診断技術に関連する課題として,子宮頸がん検診で用いられる子宮頸部細胞採取器具の改善(4),微量薬液の攪拌に適用可能な変位拡大機構の駆動条件変更による効果を調べたもの(6),多波長・多点計測可能デバイスを用いたグルコース濃度推定(8),治療に関連する課題として,加圧式定量噴霧式吸入器用吸入速度測定センサユニットの開発(2),歯科補綴物造形への金属3D積層造形の応用(5),無針注射器の連射機構の開発と評価(7),繰り返し制御理論を応用した肺腫瘍の呼吸性移動量のモデリング(10),リハビリ・介護に関する課題として,強化学習によりアシスト強度を調整する歩行リハビリテーション装置(3),空気圧シリンダを用いた起立支援装置の駆動条件最適化(9),AR技術を活用した上肢リハビリテーションデバイスの開発(11),生体現象の力学的理解・モデリングに関する課題として,肺変形と気管支・肺胞内の気流の連成解析手法の開発(1)のそれぞれの研究成果が報告された.
 近年の情報分野技術の劇的進展は,従来情報技術とは無縁と思われていた学問分野・技術領域のあり方にも変革を促している.しかし,そのような中にあっても機械工学が基盤とする「形あるものに関する力学」の知見の価値はますます高まっており,機械工学を背景としているからこそ可能な思考やひらめきが,医療福祉技術の進展に貢献するポテンシャルは,今後も高くあり続ける.現在の技術潮流と機械工学との高度な融合が,今後も医療福祉分野の技術進化・発展に貢献していくものと期待される.

〔藤井 文武 山口大学〕

参考文献

(1)蒋飛・平野綱彦・大木順司・陳献,混合体理論に基づく肺内気流動態と胸郭変形の連成解析手法の開発,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24101
(2)中川一人・肥田不二夫・伊藤玲子,微差圧センサを備えたpMDI(加圧式定量噴霧式吸)による吸入状態のモニタリングおよび吸入指導への応用,DOI: jsmemecj.2019.J24102
(3)山内哲也・三浦大輝・臼田伊織・前田海・巖見武裕・島田洋一,歩行リハビリテーションロボットにおける強化学習によるアシスト量最適化システムの開発,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24103
(4)森野ひとみ・平田耕造・中野惠之・山根秀樹・野村和久,組紐および異形断面繊維を用いた子宮頸部細胞採取ブラシの研究開発,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24104
(5)高野直樹・松永智,3D積層造形による歯科補綴物の設計・造形・評価,DOI: jsmemecj.2019.J24105
(6)眞田慎,村岡幹夫,ファラデー液面波による免疫染色の促進,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24106
(7)佐竹彩華・増田健一・小熊規泰・中村真人・北村寛・福島正義,内視鏡手術に資する無針注射器の連射機構の開発とその評価,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24107P
(8)前川大樹・佐藤俊介・角田直人,多波長・多点計測による生体模擬試料の成分濃度の推定,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24108P
(9)佐藤克行・佐々木芳宏・空気圧シリンダを用いた起立支援装置のアシスト制御,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24109P
(10)奥迫翔太・藤井文武・椎木健裕,FIR型繰返し制御による肺腫瘍の呼吸性移動予測,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24110P
(11)只野孝明・巖見武裕・三浦雅弘・木澤悟・寺田裕樹・千田聡明・島田洋一,投麻痺患者のための卓上型上肢リハビリロボットの開発,DOI: 10.1299/jsmemecj.2019.J24112P

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25.4 日本循環器学会,日本機械学会ジョイントワークショップ

 2019年度年次大会(秋田大学)にて,日本医工ものづくりコモンズとの連携のもと,本推進会議を構成する10部門の合同企画としてワークショップを開催した.医療関連の技術開発をうまく進めるためには,医工連携は非常に重要な要素である.日本循環器学会と日本機械学会が連携協定を締結していることから,今回,医療技術開発における医師と工学系技術者の相互理解を深める機会の一助となればとの考えから企画したものである.
 ワークショップは「日本循環器学会,日本機械学会ジョイントWS」と題し,日本循環器学会の若手の医学系研究者2名,ならびに官から1名の計3名を講師とし,それぞれの立場から,医工連携における最新の研究ならびに,医療研究の今後について講演いただいた.
 はじめに,東北大学の進藤 智彦先生から「狭心症・認知症に対する超音波を用いた低侵襲治療の開発と臨床試験」について講演があった.近年,虚血性心血管疾患と認知症の一部は,脂質異常症,高血圧,糖尿病,加齢などの主要な危険因子を共有していると言われており,これらの危険因子に長期的にさらされると,血管内皮機能が低下する.したがって,血管内皮は,心血管疾患および認知症の予防および治療のための重要かつ共通の治療標的として認識されていることが紹介された.内皮細胞は,これらの刺激を感知し,一連の生物学的応答に変換することができることから,特定の条件下で生体組織に特定の超音波を照射すると,血管新生や細胞増殖が促進され,臓器の血流や機能の改善に寄与することが示唆されている.低強度パルス超音波(LIPUS)が心血管疾患や認知症の動物モデルにおいて血管新生を誘導し,心駆出率や認知機能の改善につながることが報告された.臨床での有効性や条件を絞り込むことの難しさがあり,そのような部分の科学的裏付けによる絞り込みが,まさに医工連携により開発を加速できる可能性があると感じられた.
 次に「心室性不整脈療を目的とした衝撃波カテーテルアブレーションシステムの開発-ブタ生体実験による検証-」という題で,東北大学の諸沢 薦先生から講演があった.高周波カテーテルアブレーションは心室性頻拍(VT) に対する標準的な治療であるが,不十分な焼灼深度,治療後の再発と関連する炎症の遷延,心内膜に対する熱損傷に起因する血栓塞栓症といった問題点が存在する.衝撃波は熱を発生することなく深部に照射することが可能である.高周波アブレーションの問題点を克服するため,衝撃波アブレーションシステムの開発について紹介があった.深部に不整脈基質を持つ VT の治療に対し,衝撃波アブレーションが有効で安全であることが紹介された.本研究も音場のエネルギーを用いて,生体組織深部にエネルギー照射をする方法であり,今後の治療機器の方向性の一つと言えるだろう.ここでも医工連携は非常に重要な要素であり,医師とエンジニアリングの融合が非常に重要であることが示唆された.
 次に,「経済産業省における医療機器産業政策について」と題して,経済産業省医療福祉機器産業室の葭仲 潔から医療機器を取り巻く国内外の状況や,経産省での産業政策について紹介がされた.また,昨年,厚労省,経産省合同で行った未来イノベーションWGの紹介もあった.現状のまま2040年を迎えた場合に,健康・医療・介護が抱え得るリスクとしては,供給側においては,医療・介護の担い手不足,需要側においては,需要の拡大・多様化が挙げられ,さらに,地域によって医療介護の提供体制に格差が生じてしまうとともに,東京を中心とした都心部では,医療・介護需要が爆発する可能性がある.2040年に向けてこれらの問題を解決し,一人ひとりの自分らしい生き方を支えられるようなケアを実現するためには,供給側と需要側の関係性を変化させることが重要ではないかとの問題提起があった.今後は,先端技術の活用やそれによるコミュニティの形成等により,誰もが支え手になり,共に助け合う「ネットワーク型」の新たな互助へという提案がなされた.時間・空間の制約を超えられるようなインフラ・機器を創出.ベストなタイミングで,一人ひとりの状態に合った医療・介護にアクセスできるような環境づくりをする.(フリーアクセスからスマートアクセスへ)心身機能が衰えても技術やコミュニティにより,機能を補完・拡張できる.誰もが不安なく医療・福祉の支え手になることができるようになる.上記のような解決策が示された.この具体策は“健康・医療におけるムーンショット”にも考えが引き継がれており,予防・どこでも医療アクセス・QOLという三つのテーマとして今後の医療の方向性が示されている.
 三講師共に,非常に示唆に富んだ講演であり,医療機器研究開発において,医師,産業界,アカデミアの関係の在り方も今後多様に変化していく過渡期にあると実感させられる意義深いWSであった.

〔葭仲 潔 産業技術総合研究所〕

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