10. 宇宙工学
10.1 宇宙輸送
10.2 科学・実用衛星
10.3 宇宙探査
10.4 有人宇宙活動
10.5 小型宇宙システム
10.5.1 小型輸送システム/10.5.2 小型・超小型衛星の動向
10.1 宇宙輸送
2019年度にはH-IIAロケット1機,H-IIBロケット1機の合計2機のロケットが打ち上げられた.H-IIAロケットに関しては,2020年2月9日に情報収集衛星光学7号機を搭載した41号機が打ち上げられ,連続35機の成功となった.また,H-IIBロケットは宇宙ステーション補給機「こうのとり」8号機(HTV8)を搭載した8号機が2019年9月25日に打上げられ,HTV8を所定の軌道に投入した(HTV:H-II Transfer Vehicle).これらの打上成功により,H-IIA/Bロケットの信頼性の高さをあらためて実証することができたと考える.
自立性の確保と国際競争力のあるロケット及び打上げサービスの提供を目的とし,2020年度の初号機打ち上げを目指して開発が進められているH3ロケットは,固体ロケットブースタ(SRB-3, SRB: Solid Rocket Booster)の地上燃焼試験や第1段厚肉タンクステージ燃焼試験(BFT: Battleship Firing Test),1段エンジン(LE -9)認定型の燃焼試験,衛星フェアリングの分離放てき試験等が実施され,着実に開発が進められている.また,イプシロンロケットに関しては,H3ロケットのSRB-3と1段モータの共有化や電子機器開発の共通化に関する検討が引き続き実施されている.
自立性の確保と国際競争力のあるロケット及び打上げサービスの提供を目的とし,2020年度の初号機打ち上げを目指して開発が進められているH3ロケットは,固体ロケットブースタ(SRB-3)の地上燃焼試験や第1段厚肉タンクステージ燃焼試験(BFT),2段エンジン(LE-5B-3)認定型の燃焼試験等が実施され,着実に開発が進められている.
宇宙輸送システムの将来に向けた研究開発としては,H3ロケットの次の世代に向け,更なる低コスト化と国際競争力を確保する方策として,JAXAにおいてもロケット第1段の再使用化を目指した研究が検討されている.打上げから着陸,再使用までの一連の運用における重要技術として,誘導制御技術,推進薬マネジメント技術,エンジン再整備技術を識別し,小型実験機の開発と飛行実験を通じてこれらの技術に関する知見を蓄積すべく,1段再使用飛行実験(CALLISTO: Cooperative Action Leading to Launcher Innovation for Stage Toss-back Operation)の研究が,CNES(仏),DLR(独)との国際協力により進められている.また,そのフロントローディング研究活動として,JAXA独自の小型実験機(RV-X)を用いた飛行試験によりデータ取得を目指した研究も実施されており,2020年3月にエンジンを含む機体推進系の作動特性や音響・振動等の機械的環境条件に関するデータ取得を目的として機体を用いたエンジン燃焼試験が実施された.この成果を反映して2020年度中の飛行試験実施が計画されている.
〔紙田 徹 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
10.2 科学・実用衛星
2019年は,科学・実用衛星に関し,革新的衛星技術実証1号機による革新的衛星技術実証プログラムの実施,ベンチャー企業による衛星の打上げ等,比較的小型の人工衛星の打上げが活発に行われた年であった.温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)等,科学・実用衛星に関わる3件の受注がなされた.超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)が運用終了し,大きな成果をあげた.国外では,SpaceXがStarlink計画用に多数の低軌道通信衛星を打上げ,また,OneWebも同様に低軌道通信衛星の打上げを開始した.
革新的衛星技術実証1号機が2019年1月18日にイプシロンロケット4号機により打上げられた(1).本実証機は,200kg級の「小型実証衛星1号機(RAPIS-1)」と,超小型衛星・キューブサット(MicroDragon,RISESAT,ALE-1,OrigamiSat-1,Aoba VELOX-IV,NEXUS)の計7機から構成されており,JAXAが民間企業や大学などが開発した機器や部品,超小型衛星,キューブサットに宇宙実証の機会を提供する「革新的衛星技術実証プログラム」の1号機である.3月31日に定常フェーズに移行している(2).
続く「革新的衛星技術実証プログラム」の2号機に搭載予定の「小型実証衛星2号機(RAISE-2)」の開発メーカとして,三菱電機株式会社が2019年9月30日に選定されている(3).
ALE-2が2019年12月6日に,Electron (No.10) により打上げられた(4).ALE-2は,革新的衛星技術実証1号機で打上げられたALE-1に続く,株式会社ALEによる人工流れ星の実現に挑戦する人工衛星2号機である.ALE-2により世界初の人工流れ星の実現を目指す.
小型SAR(Synthetic Aperture Rada: 合成開口レーダ)衛星「イザナギ」が2019年12月11日に,PSLV-C48により打上げられた(5).「イザナギ」は国内初の小型SAR衛星で,株式会社QPS研究所は,今後「イザナギ」と同様の小型SAR衛星を36機同時に運用し,準リアルタイムといえる10分毎の観測を目指す.
「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」(GOSAT-GW)の衛星開発プライムメーカーとして,2019年9月3日に三菱電機株式会社が選定された(6).GOSAT-GWは,「いぶき」(GOSAT)と「いぶき2号」(GOSAT-2)の温室効果ガス観測ミッションと,「しずく」(GCOM-W)の水循環変動観測ミッションを発展,継続のため,2023年度(予定)打上げを目指す.
「技術試験衛星9号機(ETS-9)バスの定常運用及び相乗りペイロードの追加搭載等」の契約先として,2019年8月5日にスカパーJSAT株式会社が選定された(7).スカパーJSAT株式会社によれば,ETS-9バスの定常運用としては,同社の横浜衛星管制センターからETS-9の運用を実施する,相乗りペイロードの追加搭載としては,同社から提案した”静止軌道光学モニタ”を搭載し,デブリ等を含む静止軌道上の状況を撮影する(8).なお,同社は2019年4月24日にJAXAと小型実証衛星4型の譲渡契約締結を締結しており,2019年12月2日に譲渡完了した(9).
超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)が2019年10月1日に運用終了した(10).「つばめ」は2017年12月23日にH-IIAロケット37号機により打上げられ,遠地点643 km,近地点450 kmの楕円軌道に投入された後,徐々に高度を落としながら,271.1km~181.1km間で6段階の軌道高度で軌道保持技術を実証した.「つばめ」の最も低い地球観測衛星の軌道高度(軌道高度167.4km)はギネス世界記録(R)に認定された(11).
国外の大きな動きとしては,本格的な低軌道コンステレーション通信衛星の打上げが始まっている.SpaceXは,2018年2月2日にStarlink試験機を2機打上げた後,2019年5月24日に商用サービス機を60機,同様に2019年11月11日に60機打上げている(12).続くOneWebは,2019年2月27日に6機を打上げている(13).
〔小澤 悟 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
参考文献
(1)イプシロンロケット4号機による革新的衛星技術実証1号機の打上げ結果について
https://www.jaxa.jp/press/2019/01/20190118_epsilon4_j.html
(2)小型実証衛星1号機 RAPIS-1 定常フェーズ移行
https://fanfun.jaxa.jp/topics/detail/14446.html
(3)小型実証衛星2号機の開発及び運用
http://stage.tksc.jaxa.jp/compe/tec-p/FY2019-0202.pdf
(4)人工衛星2号機の打上げに成功~2020年、世界初の人工流れ星を実現予定~
https://star-ale.com/news/2019/12/06/000156.html
(5)12月11日(水)小型SAR衛星「イザナギ」の打ち上げが成功しました!
https://i-qps.net/news/169
(6)温室効果ガス観測技術衛星3号(仮称) 衛星システムの開発及び衛星管制システムの開発並びに運用
http://stage.tksc.jaxa.jp/compe/tec-p/FY2019-0187.pdf
(7)技術試験衛星9号機バスの定常運用及び相乗りペイロードの追加搭載等(再公告)
http://stage.tksc.jaxa.jp/compe/tec-p/FY2019-0158.pdf
(8)2020年3月期 第2四半期決算説明会 2019年11月7日(木)
https://www.skyperfectjsat.space/news/files/pdf/5fd3874280f7e492784574a63fbcd0eb_1.pdf
(9)JAXA とスカパーJSAT 間の小型実証衛星4型の譲渡完了について
https://www.skyperfectjsat.space/news/detail/jaxa_jsat.html
(10)超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)の運用終了について
http://www.jaxa.jp/press/2019/10/20191002a_j.html
(11)超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)がギネス世界記録(R)に認定されました
https://www.jaxa.jp/press/2019/12/20191224a_j.html
(12)SpaceX launches Falcon 9 with PAZ, Starlink demo and new fairing
https://www.nasaspaceflight.com/2018/02/spacex-falcon-9-paz-launch-starlink-demo-new-fairing/
(13)First six OneWeb satellites launched from French Guiana
https://spaceflightnow.com/2019/02/27/first-six-oneweb-satellites-launched-from-french-guiana/
10.3 宇宙探査
欧米および中国やインド等が月・惑星探査ミッションを遂行している中,日本も宇宙探査を積極的に推進している.2019年は,小惑星探査機「はやぶさ2」の成果(1)がめざましい.小惑星の観測結果より,さまざまな科学的成果(2)(3)を創出している.最新の成果としては,中間赤外線カメラ(TIR: Thermal Infra-Red Imager)により,解析史上初のC型小惑星の全球撮像を連続1自転分実施し,取得データを解析した結果,表層の岩塊も周辺土壌もほぼ同じ温度であり,温度の日変化は小さいことがわかった.これより,「リュウグウ」表面は温まりやすく冷めやすいという,熱慣性が極めて低い物質で覆われており.地表の岩塊も周辺土壌も多孔質な物質であることがわかった.
「はやぶさ2」は,2019年2月22日に約3mの高精度着陸(タッチダウン)に成功し,サンプル採取を行った.また,2019年4月5日にインパクタによる約10mの人工クレータの生成にも成功し,内部物質の露出を行う快挙を成し遂げた.そして,2019年7月11日に,人工クレータ付近の内部物質が堆積していると推定される場所に2回目のタッチダウンを行い,サンプル採取を行った.すべてのミッションを遂行し,2019年11月13日に小惑星を出発,2020年末頃に地球に帰還する予定である.「はやぶさ2」が探査を行っている小惑星「リュウグウ」は,C型の始原天体で,太陽系が生まれた頃(今から約46億年前)の水や有機物が今でも残されていると考えられており,表面において微量ながら水成分も検出されている.地球の水はどこから来たのか.生命を構成する有機物はどこでできたのかなどの疑問を解く手がかりを得ることが期待できる.
一方,金星探査機「あかつき」は,金星を楕円軌道にて順調に周回し,金星の科学観測を行っている.2019年11月19日には,金星を132周回まわり,6.4金星年分のデータを取得している.科学的成果としては,中間赤外カメラ(LIR:Longwave Infrared Camera)の観測により,世界で初めて金星における熱潮汐波の全球構造が決定された(4).また,連続する熱赤外画像の重ね合わせにより金星雲の微細構造も発見された(5).
日本とヨーロッパ(European Space Agency(ESA):欧州宇宙機関)と共同で推進している水星探査「BepiColombo(ベピコロンボ)」計画は,水星の磁場,磁気圏,内部,表層を初めて多角的・総合的に観測し,「惑星の磁場・磁気圏の普遍性と特異性」や「地球型惑星の起源と進化」について明らかにするミッションである.JAXAは,日本の得意分野である磁場・磁気圏の観測を主目標とするMMO(Mercury Magnetospheric Orbiter)探査機の開発と水星周回軌道における運用を担当し,ESAが打ち上げから惑星間空間の巡航,水星周回軌道への投入,MPO(Mercury Planetary Orbiter)の開発と運用を担当する.MMOとMPOは,2018年10月20日にアリアン5型ロケットによる打ち上げに成功した.日本が担当したMMO探査機は「みお」と名付けられ,2020年4月10日13時24分57秒(日本時間)に地球に最接近し,南大西洋上空の12,689kmを通過した.地球スイングバイにおいて,地球の重力を利用して目標どおり約5km/sの減速を行うことに成功,ESA深宇宙ネットワーク局の探査機運用により,現在「みお」の状態は正常であることを確認した.今後,金星スイングバイなどを行い,2025年に水星に到着し,約1年間の観測を行う予定である.
月着陸実証機SLIM (Smart Lander for Investigating Moon)は,将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を開発し,それを小型探査機で月面にて実証する計画である.従来の「降りやすいところに降りる」着陸ではなく,「降りたいところに降りる」着陸へと質的な転換を果たすもので,世界的にもユニークなミッションである.小型の探査機によって月への高精度着陸技術の実証を早期に実現し,我が国として重力天体への着陸技術を獲得することは重要であり,将来の科学ミッションや国際協働有人探査ミッションに貢献するものである.そのほか,ESAが推進している木星やその氷衛星を調べる次世代探査計画「JUICE(The Jupiter Icy moons Explorer:木星氷衛星探査機)」ミッションに,日本も観測機器の一部の開発を担い参加している.「JUICE 」は,2022年にアリアン5にて打ち上げ,2030年に木星系到着,2032年にガニメデ周回軌道に投入し,約8か月後の2033年6月にミッションを完了する計画で,世界初の氷衛星の周回機となる.
今後の宇宙探査ミッションとしては,JAXAは火星衛星探査計画(MMX: Martian Moons eXploration)を計画している.MMXでは,火星の衛星フォボスの試料サンプルを地球に回収(サンプルリターン)して詳細な分析を実施する.これにより火星衛星起源を実証的に決定して,原始惑星形成過程の理解を進めるとともに,生命材料物質や生命発生の準備過程(前生命環境の進化)を解明する.そのほか,小天体フライバイミッション「DESTINY+」の計画を検討している.
国際有人探査計画については,我が国も,本格的な月惑星探査を進める計画である.現在,月や火星を対象に,国際協働による宇宙探査の検討が活発に行われ,15カ国の宇宙機関より構成される国際宇宙探査協働グループ(ISECG: International Space Exploration Coordination Group)が,シナリオ検討および技術検討を行っている.そこでは,月極域探査,月周回有人拠点(Gateway)計画,月サンプルリターン計画,月・火星有人探査などが議論されている.
月周回有人拠点(Gateway)は,月面及び火星に向けた中継基地として,米国提案のもと,ISS (International Space Station)に参加する宇宙機関から構成された作業チームで概念検討が進められている.規模は,国際宇宙ステーションの6~7分の1で,Gatewayの組立てフェーズでは,4名の宇宙飛行士により年間30日程度の滞在が想定されている. 本構想について,国際パートナーや産業界との協力による2028年の完成を目指し,米国及びカナダ政府が参加を表明しており,ヨーロッパ,日本,ロシアが参加に向けた検討を実施している.日本は,具体的には,ESAとの連携による国際居住棟(International Hab)のサブシステム(環境制御・生命維持装置)での参画,及び地球からGatewayへの物資補給には,宇宙ステーション補給機「こうのとり」を改良して現在開発中の「HTV-X」に,月飛行機能を追加して使用することを検討している.Gatewayでは,Near Rectilinear Halo Orbitという軌道をとることにより,軌道面が常に地球を向き,地球との通信が常時確保される.地球からの到達エネルギーが月低軌道までの70%程度であり,輸送コストが比較的小さくなるという利点がある.また,月の南極の可視時間が長く,南極探査の通信中継としても都合がよい軌道となっている.
月極域探査では,月の水資源が将来の持続的な宇宙探査活動に利用可能か判断するために,水の量と質に関するデータを取得することを目的とし,インド宇宙機関(ISRO)との国際協働ミッションを計画している.月極域におけるその場観測によって水の分布,状態,形態等を明らかにする.また,将来の月面活動に必要な「移動」「越夜」「掘削」等の重力天体表面探査に関する技術の獲得も目指す.さらに, 2019年3月12日にJAXAとトヨタ自動車株式会社は,燃料電池車技術を用いた月面でのモビリティ「有人与圧ローバ」の共同検討について,有人宇宙ローバの開発及び国際協力による月面探査での活用を目指し,試作車の製作・実験・評価を含む3年間(2019年度~2021年度)の共同研究協定を締結した.将来の月面有人探査を目指す計画である.
〔久保田 孝 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
10.4 有人宇宙活動
国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)・日本実験棟「きぼう」:1998年から組立てを開始したISSは,「きぼう」(図4-1)は2009年に完成し,完成後10年を迎えることとなった.
地上からISSへの物資補給は,米国・ロシア・日本の3カ国が分担して行っており,我が国は2019年9月25日に「こうのとり」8号機による補給に成功している.「こうのとり」(HTV:H-II Transfer Vehicle)シリーズは2020年度の9号機が最後となり,その後は「HTV-X」による補給に切り替えられる.
実験環境の整備として,地上技術の進歩や軌道上実験ニーズ拡大の要請の下,最新民生部品を活用し,船外実験ユーザも含めた「きぼう」全体の通信高速化(Gbpsオーダ)に向けたシステム改修にも着手している.さらに,「きぼう」運用・利用における宇宙飛行士の時間をより高度で付加価値の高い業務に充てるため,カメラ撮影や打上げ・保管用バッグの取り扱いなどの汎用タスク,高頻度な実験支援タスク等についての遠隔操作化・自動化・自律化の研究開発も進めている.
船内実験では,小動物飼育装置(MHU:Mouse Habitat Unit)と細胞培養装置追加実験エリア(CBEF-L:Cell Biology Experiment Facility-Left)を用いたマウスの長期飼育は第4回目のミッションが行われた.今回の特徴は,独立した2つの実験を同時に実施し,これまでの骨筋とは異なり中枢神経(脊髄)系を対象とした微小重力影響解析ミッションであることと,人工重力区画では,CBEF-Lにおいて従来よりも半径を倍以上にした大型の遠心加速型人工重力発生機により,世界初月の重力環境(1/6G)でマウスを飼育,基礎データ取得できたことである.また,4回連続してのマウスの全数生存帰還を達成し,安定した小動物飼育ミッションとしての価値を示したことである.
タンパク質結晶生成実験(PCG:Protein Crystal Growth)においては,ロシアのソユーズ宇宙船に加え,米国ドラゴン宇宙船によるサンプルの打上・回収での実験プロトコルも確立し,1年に4~5回程度の実験機会の提供のほか,創薬研究需要に応える結晶化温度条件(4℃と20℃)を提供し,アカデミアや民間に広く利用されている.
静電浮遊炉(ELF:Electrostatic Levitation Furnace)は,80回以上の浮遊溶融実験を実施し,酸化ガドリニウム(融点2420℃)の密度の他,酸化テルビニウム(融点2410℃)の密度,表面張力,粘性の測定に初めて成功し,2019年夏以降より安定した計測運用を進めている.さらに,地上では確認されていない流体現象が発見されたとの速報がもたらされており,今後の詳細解析が期待される.
船外実験では,ISSでもユニークな特徴である「きぼう」独自のエアロックを中心に,NASAやESAをはじめとする海外の様々な宇宙機関,更には海外民間企業等からも多くの利用要請を受けている.簡易曝露実験装置(ExHAM:Experiment Handrail Attachment Mechanism,2015年度運用開始)や中型曝露実験アダプタ(i-SEEP:IVA-replaceable Small Exposed Experiment Platform,同2016年度)の投入により,安定した実験環境と自由度の高い実験計画・回収能力がより簡便に利用できるようになっている.この様な「きぼう」船外実験環境は,新規事業を睨む民間企業による軌道上実証の場としても広く利用されつつある.2018年はロボットアーム先端にイーサネット通信環境を敷設した新たな形態の実験プラットフォームの運用を開始し,2019年初頭には同機能を利用した次世代宇宙機用熱交換器(LHPR:Loop Heat Pipe Radiator)の軌道上実証を成功裏に完了させた.更に2019年10月には民間企業による光通信軌道上実証装置(SOLISS:Small Optical Link for ISS)を船外環境に設置し,次世代高速通信技術の宇宙実証に着手している.エアロックから船外に搬出し,ロボットアームにて超小型衛星を地球周回軌道に投入する衛星放出ミッションは,JAXA・NASAそれぞれ担当する衛星の総数実績が240機を超え,超小型衛星の利用手段として定常化しつつある.2019年度は,九州工業大学が主導する海外の超小型衛星群(BIRDSシリーズ)を放出し,年度後半には,東京大学やルワンダやエジプトの衛星を放出し,グアテマラの衛星などを打上げ,衛星打上げ手段を持たない途上国が日本の大学の協力を受けて超小型衛星の開発・経験を獲得する手段として,「きぼう」が貢献している.これらの活動はSDGsアクションプラン2019にも有用な施策として記載されている.
観測ミッションについては高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET:CALorime- tric Electron Telescope)は,観測運用3年を超え,全天X線監視装置(MAXI:Monitor of All-sky X-ray Image)は,観測運用10年目となる現在も良好に観測を継続している.2018年3月には非常に明るいブラックホール(J1820+070)を発見し,8か月間にわたる観測結果をまとめ,米国天体物理学専門誌「アストロフィジカルジャーナル」に2018年11月と2019年2月に掲載されるなど,観測,データ速報を継続し,高エネルギー天体現象に関わる数々の重要な成果を上げている.経済産業省が開発・運用を担当している「HISUI」(Hyperspectral Imager SUIte)が,12月に打ち上げられ,船外実験プラットフォームに設置,観測のためのチェックアウトを実施している. 「HISUI」ミッションでは,観測データを用いて,精密に地表の物質を特定することを目指しており,将来的に石油や金属・鉱物などの資源調査等への活用が期待されている.
日本人宇宙飛行士(若田・野口・星出・古川・油井・大西・金井)については,2019年は2名がISS長期滞在ミッションに向けて訓練を行った.他の5名は,それぞれ次の搭乗員任命に向け資質維持向上訓練等を行っている.
野口聡一宇宙飛行士は,米国が開発を進めている米国有人宇宙船(USCV: United States Crew Vehicle)に搭乗してISSへ向かうための訓練を7月に開始した.過去2度の宇宙滞在の豊富な経験を活かし,民間宇宙船運用開始に向け重要なミッションに臨む.
星出彰彦宇宙飛行士は,ISS長期滞在ミッションに向けた訓練を継続している.長期滞在では,日本人2人目のISS船長として指揮を執ることになっている.
〔渡辺 英幸 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
10.5 小型宇宙システム
10.5.1 小型輸送システム
北海道大樹町を拠点に小型液体ロケットを開発するインターステラテクノロジズ社は,2019年4月,MOMO3号機による宇宙(高度100 km以上)到達に成功した(1).同機は打上げ4分後に高度113.4kmに到達し,大樹町海岸の射点から東南東37 kmの海上に落下した.これにより,同社は日本の民間企業で初めて,独自に開発したロケットを宇宙空間へ到達させた企業になった.7月には4号機を打上げたが,搭載コンピュータが異常を検知し,エンジンを自動停止した(2).機体は高度13.3 kmに到達後,射点から東南東9 kmの海上に落下した.2019~2020年の年末年始休暇期間中には5号機の打ち上げを目指したが,機体との通信系統で発生した不具合の原因究明や対策に時間を要し,期間内の打ち上げを見送った.
キヤノン電子,IHIエアロスペース,清水建設,および日本政策投資銀行が設立した宇宙ベンチャーのスペースワン(株)は,2019年3月に小型ロケットの射場として和歌山県串本町を選定した(3).同年11月に着工し,2021年夏に完成,同年度中の最初の打上を目指している.
米国の小型ロケットベンチャー企業であるロケットラボ社は2019年に7回の打上げを行い,いずれも小型人工衛星の軌道投入に成功した.12月の打上げで軌道投入された7機の小型人工衛星には,日本のベンチャー企業である(株)ALEが開発した「人工流れ星の実現に挑戦する人工衛星2号機(ALE-2)」が含まれる(4).ロケットラボ社は2019年8月にロケットの回収と再使用計画を発表している.打上げ後にブースター(第1段)がパラフォイルで降下し,ブースターとパラフォイルをつなぐケーブルをヘリコプターで引っ掛けて地上施設へ持ち帰る計画である.12月の打上げでは飛行情報をSバンドテレメトリで取得しながらブースターを再突入させる実験を行うなど,ブースター再使用に向けた実験を進めている.
中国の民間企業iSpaceは2019年7月,Hyperbola-1ロケットの打上げに成功し,中国で初めて衛星の軌道投入に成功した民間企業となった(5).これは3段の固体ロケットと1段の液体ロケットを組み合わせた4段式で,5機の小型衛星が高度300 kmの軌道へ投入された.同じく中国の民間企業であるワンスペースは2019年3月にOS-M1ロケットを打上げたが,初段を切り離した後にコントロールを失い,失敗している(6).
米国の小型ロケットベンチャー企業であるベクター社は資金問題を理由に2019年8月に運営を停止し,12月に連邦破産裁判所に破産申請を提出した.最大の投資主であるSequoiaが資金を回収したために資金が枯渇したと見られている.
〔永田 晴紀 北海道大学〕
参考文献
(1)「観測ロケット「宇宙品質にシフト MOMO3号機」の打上げ実験結果について」
http://www.istellartech.com/archives/1871(参照日 令和2年4月2日)
(2)「観測ロケット「ペイターズドリーム MOMO4号機」の打上げ結果について」
http://www.istellartech.com/archives/1953(参照日 令和2年4月2日)
(3)「小型ロケット打上げ射場の建設予定地の選定について」
https://www.space-one.co.jp/doc/pressrelease190326.pdf(参照日 令和2年4月2日)
(4)“Rocket Lab launches milestone tenth mission, completes major success for reusable rocket program”
https://www.rocketlabusa.com/news/updates/rocket-lab-launches-milestone-tenth-mission-completes-major-success-for-reusable-rocket-program/(参照日 令和2年4月2日)
(5)“Chinese iSpace Achieves Orbit with Historic Private Sector Launch”
https://www.space.com/ispace-china-first-private-orbital-launch-success.html(参照日 令和2年4月2日)
(6)“Chinese private firm OneSpace fails with first orbital launch attempt”
https://spacenews.com/chinese-private-firm-onespace-fails-with-first-orbital-launch-attempt/(参照日 令和2年4月2日)
(7)“Vector files for Chapter 11 bankruptcy”
https://spacenews.com/vector-files-for-chapter-11-bankruptcy/(参照日 令和2年4月2日)
10.5.2 小型・超小型衛星の動向
2019年における100kg以下の衛星は229機が打ち上げられ,
2018年の274機と比較して減少している.このうち,10cm四方のCubesat規格衛星は0.25U~16Uサイズまで165機が軌道投入された.これらCubesatは実用レベルへと到達しており,民間では光学衛星サービスのPLANET社が32機,AIS (Automatic Identification System)/ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)/気象データを提供するSPIRE社が18機打上げられた.
また,米国と欧州がけん引しているCubesat規格だが,2019年は中国の打上数が増加している.特に民間Cubesatの打上が数多く見られており,Guodian Gaoke社,Laser Fleet社,SPACETY社,MinoSpace Technology社の光学・IoT(Internet of Things)ミッションとして,6Uサイズ衛星が合計13機打ち上げられた.現在は,技術実証段階にあり,SPACETY社は250M元(約40億円)の資金調達を完了し,将来的には100機単位のCubesatコンステレーション構築を計画している.
また2019年は,米国や中国以外のCubesat民間事業も参入が相次いでいる.フランスでは電波情報解析の民間Unseenlabs社が実証機を打ち上げた.また,光学やIoT衛星としてスペインのAISTECH SPACE社,スイスASTROCAST社,イスラエルElbit社,ポーランドSatRevolution社,リトアニアNanoavonics社らが事業化を目的に実証機を打ち上げている.以上から,2019年はIoT衛星の打上ラッシュともいえた.これら事業者は技術実証成果に基づいて,衛星コンステレーション事業の展開に向けて,追加資金調達を実施するとみられ,実際に事業としての成否は今後判明するとみられる.
Cubesatの大型化も進んでいる.2019年は12UサイズのCubesatが初めて3機打ち上げられた.その3機は「米Hera System社の1m分解能光学衛星」,「米空軍の宇宙デブリ監視衛星」,「仏CNESと民間Nexeya社出資のARGOS(M2M: Machine to Machine, IoT)実証衛星」であった.また,16UサイズのCubesatも米AstroDigital社が2機打ち上げている.
将来予測では,2020年1月にSEI社が1~50kg衛星の需要予測を公表し,2020年は300機程度,2021年は330機程度になると予測し,ミッション割合も2019年-2023年間で,地球観測が45%,IoT/M2M/AIS/ADS-B/光等の通信ミッションが19%,技術実証が22%,サイエンスが13%,新規ミッションが2%になると予測しており地球観測と通信ミッションの需要が拡大すると予測している(1).
2019年のCubesat技術開発動向では,先端技術をさらに高める戦略が発表されている.特にサイエンスミッションとして最も困難とされている宇宙物理ミッションとしてNASAが年間$5M(約5億円)の予算を準備する方針が発表され,ガンマ線バースト観測ミッションBurstCube,ホットトランジット木星近紫外線観測ミッションCUTE(Colorado Ultraviolet Transit Experiment ),M型星の人類居住可能性の紫外線望遠鏡ミッションSPARCS(Star-Planet Activity Research CubeSat),星形成領域と銀河の紫外線観測ミッションSPRITE(Supernova remnants/Proxies for Reionization/ and Integrated Testbed Experiment)が発表された.これらミッションのうち,一部の検出器は日本企業(浜松ホトニクス)のセンサーが採用されたという発表が見られた.これら高度なサイエンスミッションへ対応するため,姿勢制御(ADCS: Attitude Determination and Control System)ユニットについてもNASAがメーカーのBCT社と高精度版(Hyper-XACT)を開発実証する計画も発表されている.この米国動向に対し,ESAもCubesat月探査機(LUCE: LUnar CubeSats for Exploration)や小惑星探査機(APEX: Asteroid Prospection Explorer,JUVENTAS,M-Argo)計画を発表し,フォーメーションフライトミッションという,次世代の商用及び探査ミッションの基盤技術開発を発表した(2).さらに欧州では,Cubesatが次世代の宇宙産業基盤になると定義し,人材育成を目的としたESA Academy CubeSats programmeとしてスペイン,フランス,アイルランド,ポルトガル,イタリア,イギリスの大学生を育成している.この衛星設計教育において,必要な要求仕様を教育するだけでなく,新しい設計支援システム(MBSE:model based system engineering)を導入し,高度人材育成を行っている(3).
これら小型衛星の技術革新と政府宇宙機関や民間企業の利用拡大に伴い,軍の利用拡大方針も発表されている.Cubesatの軍事ミッションはアメリカのみで2019年は1U~12Uまで20機が打ち上げられている.小型衛星における民間企業やNASA等が利用拡大を進める中で軍事的にコストが合えば,利用価値があると報道された点も2019年の大きなポイントといえる(4).
日本では,QPS研究所が1機とALE社が2機の民間小型衛星を打ち上げ,東京大学が2機,東京工業大学が1機,九州工業大学が1機,日本大学が1機の計5機のCubesatが打ち上げられ,またルワンダ初の衛星RWASATを東京大学協力の下で打上げられた.
〔金岡 充晃 シー・エス・ピー・ジャパン(株)〕
参考文献
(1) 2020 Nano/Microsatellite Market Forecast, 10th EDITION SpaceWorks Enterprises,Inc. (SEI),
https://www.spaceworks.aero/nano-microsatellite-forecast-10th-edition-2020/(参照日 令和2年4月3日)
(2) ESA Roadmap for ESA In-Orbit Demonstration Missions & Enabling Technologies , Roger Walker, European CubeSat Symposium 2019, 11-13 September 2019
(3) Fly Your Satellite! The ESA Academy CubeSats programme, David Palma, European CubeSat Symposium 2019, 11-13 September 2019
(4)U.S. military is eager to take advantage of smallsats at scale if price is right
https://spacenews.com/u-s-military-is-eager-to-take-advantage-of-smallsats-at-scale-if-price-is-right/(参照日 令和2年4月3日)