1. 人材育成・工学教育
1.1 人材育成・工学教育の動向
1.1.1 工学教育の動向/1.1.2 工学系高等教育機関での学生の動向/1.1.3 日本機械学会の活動
1.2 技術者教育プログラム認定の動向
1.3 技術者資格認定・認証の動向
1.3.1 計算力学技術者認定
1.1 人材育成・工学教育の動向
1.1.1 工学教育の動向
2019年度の文部科学省には入試改革の見直し以外に目立った動きがないため,本稿では,経済産業省の「ものづくり白書」(1)における人材育成および「テスト問題バンク」(2)の動向について紹介する.
第4次産業革命と言われるAI,ロボット,ビッグデータなどに関する技術革新が大きく進展し,2030 年頃には超スマート社会が実現すると予想されている.いわゆる,Society5.0の到来である.これに伴い,新たな産業やビジネスモデルが出現し,社会や人々の生活は大きく変わっているであろう.このような急激な社会変革に際して,日本の国際競争力を維持・強化し,SDGsが目指すような持続可能な社会を構築していくためには,ひとえに「人材育成」が成功の鍵になると考えられている.ものづくり分野において,このような急激な社会変化に対応でき,新たな価値を創出することができる人材を質・量ともに充実させることが重要であると言える.具体的には,(1)技術革新や価値創造の源となる知を発見・創造する能力,(2)技術革新と社会課題を結びつけるプラットフォームを創造する能力,(3)AIやビッグデータを活用して様々な分野に展開できる能力,(4)新たな分野を自ら学び続ける能力,などを備えた人材の育成が必要である.このため,小中高校では「ものづくり」への関心・素養を高める理数教育やプログラミング教育などの充実,大学の工学関連の学部・大学院,高等専門学校などでは各学校段階における専門・職業教育や体系的なキャリア教育などの充実,さらに,社会人の学び直し制度,ものづくりにおける女性の活躍促進,ものづくりに関する基盤技術の開発や研究開発基盤の整備など,多様な取組が進められようとしている.近い将来の工学教育に求められることは,このような社会変革に迅速に対応し,教育の質と量を劇的に変えて行くことであろう.
「ものづくり白書」では将来に向けた教育改革の詳細な具体策を説明している訳ではないが,今後の工学教育の改善を考える上で大いに参考になるものと考えられる.興味のある読者は,経済産業省のホームページ(1)から全文をダウンロードされることを勧める.
次に,「テスト問題バンク」の取組について紹介する.学位の質を保証しながら学生の教育ニーズと進路先の多様化に対応していくことは,世界中の国々で重要な課題となっている.この課題を解決するため,ヨーロッパではチューニング,アメリカでは学位資格プロフィールと呼ばれる取組が進められてきた.日本でも,中央教育審議会の答申「学士課程教育の構築に向けて」(2008年)以降,大学の教育課程をアウトカムに基づいて体系化する必要性が強調され,多くの大学が教育課程を「カリキュラム・マップ」等に整理してディプロマ・ポリシー と関連付けるようになった.「テスト問題バンク」は,このようなアウトカムに基づいた教育課程の質保証への取組の一つであり,文部科学省高等教育局と連携しながら国立教育政策研究所が中心となって,機械工学を対象として2014年度より取り組まれている事業である.
工学分野では,学習到達目標が日本学術会議の分野別参照基準やJABEE認定基準として公表されているが,その具体的な水準は示されていない.すなわち,各大学が自ら主体的にアウトカムの水準を決めることが求められていると言えよう.「テスト問題バンク」では,テスト問題作成というアプローチを通じて,学士の学習到達目標に関する共通理解を形成するとともに,作成したテスト問題を海外の大学と共有して国際通用性を確保することを目指している.将来的に,作成・蓄積されたテスト問題は,テスト問題バンク会員が所属する大学等の学生を対象に活用する予定となっている.テストの採点結果を事務局に提出すると,事務局では,複数の大学の採点結果を集約・分析して各大学にフィードバックするとともに,テスト問題の改善に活用する.これらのプロセスを通して,学習成果のアセスメントと学習過程へのフィードバックの在り方について検討を深め,社会的な合意を形成して行く.さらに,妥当性・信頼性・国際通用性が確保されたテスト問題が十分に蓄積された時点で,テストの国際的な一斉実施を目指しており,大学教育のグローバルな質保証に貢献することを最終目標としている.
テスト問題バンクに興味のある読者は,国立教育政策研究所のホームページ(2)を訪れていただきたい.
1.1.2 工学系高等教育機関での学生の動向(2)
大学数は786校となり前年と比較して私立大学が4校増加し,大学生は2,919千人で前年より10千人増加した.学生数は,学部が2,609千人,大学院が255千人で,学部が9千人増,大学院が1千人増であった.女子学生および社会人が占める割合はそれぞれ44.3%(0.3%増),24.2%(0.2%増)となり,いずれもここ数年の微増傾向が続いている.大学および大学院の専門別では,工学系の学部生が全体の14.6%で0.1%減,大学院修士課程は41.0%,博士課程は17.1%であり,いずれも増減なしとなっていた.なお,大学の本務教員数は188千人で1千人増,うち女性教員の割合は25.3%で0.5%増となっており,初めて25%を超えるとともに,女性教員数の増加傾向が続いている.
大学生の学部卒業後の進路調査によれば,卒業者の大学院への進学者は全体で60千人(進学率10.5%),就職者は447千人(就職率78.0%)であり,就職率が0.9%増加した.ここ数年の好調な経済状況を反映して,令和元年(平成31年)度も就職率は増加し続けている.修士課程(前期課程)修了者の博士課程への進学率は9.2%で前年より0.1%減,就職率は78.6%で0.1%増であった.就職者のうち75.9%が正規の職員などに就いている.就職者総数を産業別に見ると,製造業が43.6%と最も高く,次いで情報通信業が12.5%,学術研究・専門技術サービス業が7.7%,教育・学習支援業が7.1%の順となっており,情報通信業への就職者の増加が目立った.博士課程(後期課程)修了者は,就職率が69.0%で前年度より1.3%増加した.ただし,正規の職員などは54.8%(1.2%増),非正規職員などが14.3%(0.2%増)となっており,増加傾向ながら,学部卒や修士修了に比べると正規職員に就職するのが難しい状況が続いている.職業別に見ると,専門的・技術的職業従事者が92.8%(0.9%増)を占めていた.ポストドクターなどの数は1.3千人で,修了者に占める専攻分野別の割合は工学が21.7%(2.0%減)で最も高かった.これらの動向は前年度と同様であった.
1.1.3 日本機械学会の活動
2019年度から「人材育成・活躍支援委員会」が発足し,日本機械学会における人材育成および人材の活躍支援に関する一元的な議論・活動が可能となった.この委員会は,小中学生からシニアに至るすべての階層の人材をターゲットとし,各種人材育成施策を推進し,技術者の地位向上に資することを目標としている.具体的なタスクとしては,次の4つが規定されている.
(1)機械工学技術者の能力開発・継続教育を図り,国際的に通用する技術者を育成するとともに技術者の地位向上を図る活動を行う.
(2)地域産業振興への寄与を目指した技術者教育や技術相談など,会員シニアが活躍する場を創出するための活動を行う.
(3)初等・中等および高等教育における技術者教育について,関係する教育者も含めた検討を行う.
(4)(1)〜(3)に関する施策提言を行う.
2019年度は発足初年度ということもあり,11名の委員,1名のオブザーバの委嘱,上記4つのタスクの現状把握と今後の進め方に関する議論を重点的に実施した.例えば,小中学生向けイベントの共通化・標準化,各種講習会・セミナーのパッケージ化,技術相談システムの整備,政策提言に向けた方針などに関して活発な議論が行われた.また,日本機械学会誌2020年1月号特集「プロフェッショナルとしての技術者」の発行,年次大会(秋田大学)において「大教員人材の採用・育成を考える」と題するワークショップを開催するなど普及・啓発活動も実施した.
今後の議論にもよるが,本委員会では長期に渡りさまざまな事業を進めていく必要があり,会員の皆様には人材育成・活躍支援委員会が実施する各種事業へのご支援・ご協力をお願いする次第である.
〔山本 誠 東京理科大学〕
参考文献
(1)経済産業省:「2019年版ものづくり白書」,
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/index.html (2019.6).
(2)国立教育政策研究所におけるチューニングの取組,
https://www.nier.go.jp/tuning/centre.html (2020.4).
(3)文部科学省:学校基本調査―令和元年度結果の概要―, https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/kekka/k_detail/1419591_00001.htm (2019.12).
1.2 技術者教育プログラム認定の動向
日本技術者教育認定機構(JABEE)が行う高等教育機関における技術者教育プログラムの認定審査において,当初から本会は機械及び関連の工学分野審査委員会の幹事学会として活動を行っている(1).2018年度(2019年4月認定)には,3プログラムが新たに認定され,JABEEにおける全16技術分野の認定プログラムの累計は172教育機関で505プログラムになり,認定プログラムからの修了生の累計は約30万人に達している(2).これらのうち,本会が幹事学会を担当する機械及び関連の工学分野のプログラム数累計(旧基準の機械および機械関連分野のプログラムを含む)は83と16技術分野中で最多(約16.4%)で,引き続き認定分野の中核の位置を占めている.認定プログラムの一覧は,JABEEのホームページ上で公開されている(3).
2019年度にはこれらのJABEEプログラム修了者の中から3,728名が技術士二次試験に臨み310名が合格しており,合格率も10.3%と全体の合格率11.6%に匹敵する値となりつつある(4).これに伴い合格者の平均年齢も全体では43.3歳であるのに対JABEE修了者は32.0歳と,引き続き若い技術士を生み出すことに寄与している.
2018年度の審査対象は,中間審査が27%,認定継続審査が68%であり,新規審査は5%と昨年に増して低い水準にある.今回は,中間審査を実施したプログラムが半数近くあったことから,認定審査に当たっては教育改善の進捗状況が特に注目された.また,認定継続を取りやめるプログラムの数が新規認定プログラム数を上回る傾向が続いており,認定中のプログラム数が漸減しているため,同一校複数プログラムの一斉審査による効率化,変更通知と変更時審査の撤廃など,受審校の負担を減ずる方策を採るとともに,企業関係者の実地審査の視察等を通して,特に産業界からの理解を得るための取り組みを継続して実施している.さらに,的確な審査を実施するため,審査員研修会を実施するとともに,将来,オブザーバーとなって審査員を目指す者に向けたeラーニング講習が開始された.本会でも,前年に引き続き,2019年度年次大会会期中の9月9日に秋田大学において,JABEE事業委員会の主催で新人審査員研修フォーラムを開催した.
また,JABEEは認定する技術者教育の国際的同等性を担保するためのワシントン協定への加盟が認められてきたが,2018年6月のワシントン協定総会において,次回審査までの6年間の継続加盟が全会一致で承認されている.さらに,JABEEはアジア諸国における技術者教育認定団体設立の動きに合わせて国際協力機構(JICA)に協力する形でインドネシアでの認定制度立ち上げの準備作業を実施しており,2019年には同国における技術者教育認定団体IABEEの設置と認定審査活動の支援をしており,2019年6月のワシントン協定総会で暫定加盟が承認され,2021年に正式加盟を目指している(5).
一方,認定基準については,現行の基準が2012年度に適用されて以来,大きな改定は行われてこなかったが,修了生のアウトカムズ保証を主眼とする教育の継続的改善を重視するとともに,教育機関の機関別認証評価との整合性を高め,プログラムと審査員双方の負担を軽減することを目的に,2018年度に策定された新基準(6)は2019年度の審査から適用された.2012年度基準で26項目あった点検項目を整理・統合して11 項目にするとともに,判定段階を適合(A),懸念(C),弱点(W),欠陥(D)の4段階から満足(S),弱点(W),欠陥(D)の3段階に変更している.ただし,認定基準の基本的な考え方を継承しているため,審査結果の傾向には大きな変化は見られていない.
〔関東 康祐 茨城大学〕
参考文献
(1)日本機械学会ホームページ
https://www.jsme.or.jp/jabee/(参照日2020年4月1日)
(2) 2018 年度認定審査サマリーレポート,一般社団法人日本技術者教育認定機構
https://jabee.org/doc/summary2018.pdf(参照日2020年4月1日)
(3)日本技術者教育認定機構ホームページ
https://jabee.org/accreditation/program(参照日2020年4月1日)
(4)日本技術士会ホームページ
https://www.engineer.or.jp/c_topics/001/attached/attach_1013_2.pdf(参照日2020年4月1日)
(5)About IABEE
https://iabee.or.id/en/about-iabee/(参照日2020年4月1日)
(6)日本技術者教育認定機構ホームページ
https://jabee.org/accreditation/basis/accreditation_criteria_doc(参照日2020年4月1日)
1.3 技術者資格認定・認証の動向
1.3.1 計算力学技術者認定
機械設計プロセスにおける計算力学(CAE)の急速な普及とともに,産業界において,計算力学技術者の品質保証が重要な課題となっている.本会では,CAE に携わる技術者の能力レベルを認定・保証するため,2003 年度から計算力学技術者認定試験を実施している.2019 年度も,本会関連部門・支部の協力,国内53 学協会の協賛,日本機械工業連合会,日本産業機械工業会,日本電機工業会の後援を得て,固体力学, 熱流体力学,振動分野の上級アナリスト試験を9 月15日(日)に,1・2 級認定試験を12 月7日(土)に実施した.固体分野は全国5 会場(関東,東海,関西,北陸,九州地区),熱流体分野と振動分野は全国4 会場(関東,東海,関西,九州地区)で試験が行われた.合格者数および合格率は,固体分野が上級アナリスト:2 名(50.0%),1 級:117 名(60.3%),2 級:207 名(31.3%),熱流体分野が上級アナリスト:7 名(87.5%),1 級:83 名(52.9%),2 級:179名(62.6 %),振動分野が上級アナリスト:1名(20.0%),1級:39名(43.8 %),2 級:121名(66.5 %)であった.また,書類審査による初級認定者は,固体分野が60 名,熱流体分野が38 名,振動分野が6 名であった.認定試験開始以来,各級の受験者数・合格者数は共に順調に増加し,これまでの累計で10,113名という多くの認定者が誕生している.
また,2014年度から開始した非営利組織NAFEMS(The National Agency for Finite Element Methods and Standards)におけるPSE (Professional Simulation Engineer)資格と上級アナリスト資格との国際相互認証の協定に基づき,固体分野上級アナリスト3名,熱流体分野上級アナリスト4名がNAFEMSのPSEとしてあらたに認定された.
計算力学技術者の認定試験の詳細や合格者のリストなどについては,https://www.jsme.or.jp/cee/ をご覧いただきたい.
〔長嶋 利夫 上智大学〕