25. スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
25.1 概要
25.2 スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス(野球の科学)
25.3 講演会
25.3.1 SHDシンポ/25.3.2 ISEA2018
25.1 概要
健康増進法に基づき策定された「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針(平成15年厚生労働省告示第195号)」では,「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」の「趣旨」,「基本的な方向」,「目標」,「地域における運動の推進」などについて,その概要を解説するとともに各分野の数値目標を掲載している.また,文部科学省は,今後の我が国のスポーツ政策の基本的方向性を示す「スポーツ立国戦略」を策定し(平成22年8月26日文部科学大臣決定),実施すべき5つの重点戦略として,
(1)ライフステージに応じたスポーツ機会の創造
(2)世界で競い合うトップアスリートの育成・強化
(3)スポーツ界の連携・協働による「好循環」の創出
(4)スポーツ界における透明性や公平・公正性の向上
(5)社会全体でスポーツを支える基盤の整備
を挙げている.これらの政策を実現するためには,オリンピック,パラリンピック競技者から幼児スポーツに至るまで,幅広い層が参加できる環境整備が必須となる.その際,重要なのは,安全かつ安心な運動,スポーツ環境の提供であり,今後,益々,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門の役割は重要になってくると考えられる.
さらに,TOKYO2020オリンピック・パラリンピックを間近に控え,ハイパフォーマンスサポート事業を中心に,多くの本部門の関係者が,競技力の向上や環境整備に貢献している.これらの研究成果の還元や恩恵は,単に一部のトップアスリートに限定されるものではなく,国民全体の健康増進,QOLの向上に資するべきものであり,それらに関する研究や方策も大切になってくると思われる.
2017年における当部門の主な活動の概要は以下であった.
- 日本機械学会2018年度年次大会(2018年9月9日(日)~12日(水),関西大学)では,9月9日に市民フォーラムとして「野球の投球における現場対科学の討論会」を開催し,山口高志氏(関西大学野球部監督,元阪神タイガース選手),溝田武人氏(福岡工業大学),神事努氏(國學院大学)の講演,及び討論会を丸山剛生氏(東工大)の座長で実施した.
- 日本機械学会2019年度年次大会(2018年9月9日(日)~12日(水),関西大学)期間中の2018年9月10日(月)に,バイオエンジニアリング部門,マイクロ・ナノ工学部門と共同で部門同好会を開催した.
- シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018を2018年11月21日(水)~23日(金・祝日)に京都テルサにおいて開催した.詳細は25.3項で紹介する.
- 2018年11月に当部門のニュースレター第3号を発刊した.その中で,平昌パラリンピック選手のサポート事業の研究開発事例である「アルペンスキー競技選手用プロテクタの開発」と題したトピックを河村隆氏(信州大学)が紹介した.
- スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門と関連が深い,The International Sports Engineering Association(ISEA)の国際会議(隔年開催)がグリフィス大学をホスト校として,オーストラリアのブリスベンコンベンションセンターで開催された(2018年3月26日(月)~29日(木)).Plenary sessionで8件,一般発表が110件であった.参加人数は194人であった.日本からは31人の参加で,オーストラリアの次に参加人数の多い国であった.全体の参加国は21ヶ国であった.
〔浅井 武 筑波大学〕
25.2 スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス(野球の科学)
昨今野球を科学的な視点から捉えて,指導やゲーム戦略にデータ活用がすすんできている.その背景には米国のメジャーリーグでの成功がある.2003年に書籍や映画となって知られるようになったが,メジャーリーグの資金力の無い弱小球団がセイバーメトリクスを駆使して優勝にまで到達した(1).これは,野球と無縁の統計学者が分析した結果に基づいてゼネラルマネージャーがチーム編成を行い,試合での作戦にもデータを活用した.例えば,犠打はアウトを確実に増やすため,得点を上げるのに必ずしも良い方法でないことを統計データで示した.
2017年にはメジャーリーグのあるチームが,フライボール革命と呼ばれる打撃理論を採用して,ホームランを量産し,ワールドチャンピオンにまでなった.物理学者を中心としたデータ分析チームを編成し,収集した投球・打球のデータを徹底的に分析した.その結果生まれたのがフライボール革命である.ある速度以上になると,ボールの飛び出し時の角度が30度前後になると最も飛距離を生むという分析結果を基に,バットを下から上に振り上げる(アッパースイング)打撃理論である.この科学的分析の裏づけとなったのはレーダードップラーの原理でボールやバットの軌道や速度を計測する装置(2)によって取得されたデータによるものである.この装置は,元は軍事用に開発された技術をスポーツに応用したものである.
投球についても,従来はスピードガンによる球速しか計測値が無かったが,このドップラーレーダー式弾道追尾システムにより回転数,回転軸など新たな評価指標が使われ始めた.これによって,球質と一言で言われていたものがデータで示されるようになった.
日本でもかなり遅れてではあるが,ようやくプロ野球球団の多くがドップラーレーダー式弾道追尾システムを導入することになった.ただ,日本の学術分野を見ると,1990年代から機械工学や体育学の研究者が様々なアプローチで野球の研究をして,成果を出している.例えば,変化球のメカニズムを流体力学により解明した研究(3)やバイオメカ二クスを用いて投球動作時や打撃動作時の力学的エネルギーを算出した研究(4)などがある.
また,昨今のセンサ技術の進展に合わせて,センサを用いた打撃や投球の分析をするための測定器の研究開発がなされている(5)(6).小型の慣性センサをバットのグリップに装着してスイングするだけでバットの軌道や速度を分析するシステムや硬式野球ボールの中に地磁気センサを含む慣性センサを実装することによって,レーダードップラー式装置と同様に回転数や回転軸が計測できる装置が開発されている.様々な専門分野を持った野球の研究者が増えてきており,シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018では5件の野球に関する研究報告がなされた(7)-(11).
2018年日本機械学会年次大会市民フォーラムで流体力学の研究者,バイオメカニクスの研究者,元プロ野球の選手および投手コーチで現役の大学野球の指導者が一堂に会するパネルディスカッション”野球の投球における現場対科学の討論会”が開催された(12).投球術や投手の育成方針,現場における科学的知見の有用性についてそれぞれの立場から有益な議論が行われた.研究者と指導現場の交流が深まり,一層科学的な指導が盛んになることが望まれる.
〔鳴尾 丈司 ミズノ(株)〕
参考文献
(1) https://books.wwnorton.com/books/detail.aspx?ID=5615
(2) https://baseball.trackman.com/
(3) 溝田武人, 久羽浩幸, 岡島厚, ナックルボールの不思議? : 第1報 準定常理論による飛翔解析とフラッター実験, 日本風工学研究会誌 : Journal of Wind Engineering, Vol.62(1995), pp.3-13.
(4) 宮西智久, 藤井範久, 阿江通良, 功力靖雄, 岡田守彦, 野球の投球動作における体幹および投球腕の力学的エネルギー・フローに関する3次元解析, 体力科学, Vol.46(1997), pp.55-68.
(5) 清水雄一,鳴尾丈司,柴田翔平,矢内利政, 慣性センサを用いた野球スイングにおけるバット挙動の計測(バットスイング), シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2015 USB(2017), A-21. DOI: 10.1299/jsmeshd.2015._A-21-1
(6) 柴田翔平, 鳴尾丈司, 加瀬悠人, 山本道治, 森正樹, 浦川一雄, 廣瀬圭, 神事努, 硬式野球ボール型センサを用いた投球解析システムの開発, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017 USB(2017), B-3. DOI: 10.1299/jsmeshd.2017.B-3
(7) 柴田翔平, 鳴尾丈司, 加瀬悠人, 稲毛正也, 山本道治,森正樹,浦川一雄,廣瀬圭,神事努, 硬式野球ボール型センサを用いた投球データ解析とその活用方法に関する研究, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018 USB(2018), A-18. DOI: 10.1299/jsmeshd.2018.A-18
(8) 飛田憲祐, 山倉直人, 山口健, 柴田圭, 堀切川一男, 硬式野球ボールと指の摩擦に及ぼすロジン粉末の影響, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018 USB(2018), A-31. DOI: 10.1299/jsmeshd.2018.A-31
(9) 草深あやね, 小林裕央, 三木豪, 桑田真澄, 工藤和俊, 中澤公孝, 若尾真治, 野球の投球におけるボールリリース時の力学的変数が投球位置に及ぼす影響 ーシミュレーション研究ー, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018 USB(2018), A-32. DOI: 10.1299/jsmeshd.2018.A-32
(10) 山岸謙一, 矢内利政, 鳴尾丈司, 柴田翔平, 1セグメントモデルを用いて投球時の外反ストレスを推定する方法論, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018 USB(2018), A-33. DOI: 10.1299/jsmeshd.2018.A-33
(11) 保富大輔, 酒井忍, 角田浩輔, ウインドミル投法によるソフトボール用投球機の研究, シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018 USB(2018), A-34. DOI: 10.1299/jsmeshd.2018.A-34
(12) https://www.jsme.or.jp/conference/nenji2018/files/scientific_baseball.pdf
25.3 講演会
25.3.1 SHDシンポ
シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018(SHD2018)が2018年11月21日(水)~23日(金)に京都テルサを会場として開催し,特別講演3件とオーガナイズドセッションを含む一般講演147件が行われた(1).
特別講演1では,高知工科大学名誉教授の井上喜雄先生より,「機械システムのダイナミクスと人間のダイナミクス」と題し,機械力学を用いて人間のダイナミクスを表すための手法を中心として,これまで携われてきたスポーツ工学・ヒューマンダイナミクスに関する研究成果および最新研究について紹介された.
特別講演2では,同志社大学特別客員教授の大平充宣先生より,「骨格筋・脳特性の維持・亢進における機械的刺激および感覚神経活動の重要性」と題し,宇宙医科学の観点から抗重力筋であるヒラメ筋の重要性等,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクスにおいて有用となる研究内容について紹介された.
特別講演3では,株式会社富士通研究所の矢吹彰彦シニアエキスパートより,「3Dセンシングによる体操競技の自動採点支援の取り組み」と題し,体操競技における動作を計測し,自動採点することが可能なシステムおよび最新の導入事例について紹介された.
一般講演発表では,4つのオーガナイズドセッション(パラリンピックサポート,ウェアラブルセンシング,バイオフィードバック,モーターコントロール)とスポーツ工学,ヒューマンダイナミクスの一般セッションとして,ゴルフ,バドミントン,サッカー,スキー等,スポーツ種目別に編成されたセッションやシューズ,ヘルメット,車椅子,自転車等の用具に関するセッション,動作計測・解析やスポーツ流体,振動・衝撃等の運動や現象に関するセッションが設けられ,最新の研究内容が報告された.また,ウェアラブルセンシング,動作計測・解析のセッションにおいては発表件数が多く,複数のセッションが設定された.
機器展示では,一般展示および実際に機器の体験が可能なデモ展示が行われた.
今回大会における一般発表は147件,参加登録人数は288名,展示企業数は20社と前大会と同規模の開催となり,盛会裏に終了しました.
図3-1 会場となった京都テルサ・入口
図3-2 一般講演の様子
図3-3 機器展示の様子
〔廣瀬 圭 (株)テック技販 SHD2018実行委員長〕
参考文献
(1) シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2018 USB講演論文集(2018.11).
25.3.2 ISEA2018
2018年3月26日~29日まで,オーストラリアのブリスベンで,ISEA2018が開催された.International Sports Engineering Associationの略で,2年に一度行われる世界最大のスポーツ工学の国際会議である.2018年は,第12回目の開催であった.会議に先立ち,3つのワークショップが行われた.1つ目はAltair Workshop:「Simulation driven design in sports engineering」,2つ目はFIFA Workshop:「From science to the field of play – how we can apply research in football」,3つ目はWinter sport ISEA workshop:「Field-based data collection in winter sports – Experience from the ISEA Winter school」であった(1).特に1つ目の計算機ベースの用具設計は最近のスポーツ工学のホットな話題であろう.Plenary sessionが8件,一般発表が110件であった.参加人数は194人であった.日本からは31人の参加で,オーストラリアの次に参加人数の多い国であった.21ヶ国からの参加者があった.自転車に関する発表が多く,自転車用ヘルメットの空力と温度制御に関する論文(2)がベスト論文賞を受けた.
なお,次回の2020年は,6月22日から25日の期間,日本の東京で開催する予定である.東京オリンピックパラリンピック前の空気を国内外の参加者に感じて頂きたい.
図3-4 VRトラックバイクのデモ体験
図3-5 ジ・ガッパ(オーストラリアンフットボール場)でのバンケット
〔瀬尾 和哉 山形大学 ISEA Fellow〕
参考文献
(1) https://www.isea2018.com.au/workshops(参照日2019年3月31日)
(2) Shaun Fitzgerald, Henry Atkins, Richard Kelso and Alexandre Dimitriou, Bicycle Helmets—Are Low Drag and Efficient Cooling Mutually Exclusive?, Proceedings 2018(2018.03), 2(6), pp.212.