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機械工学年鑑2019
-機械工学の最新動向-

22. 技術と社会

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章内目次

22.1 概観
22.2 工学・技術教育
22.3 技術史・工学史
22.4 機械遺産を含む産業遺産に関する動向と概説
22.5 技術者倫理

 


22.1 概観

 SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)という言葉が近年広く社会に浸透している.これは,世界各国に共通の様々な課題・問題に対応して,どうすれば人類全体の幸せが実現出来るかを,2030年までに達成すべき17個の目標と169のターゲット(達成基準)として国連が取りまとめたものである(1).その17個の目標を以下に示すが,ほぼ全てに日本機械学会が関連していることが容易に読み取れる.

  • 1.貧困をなくす
  • 2.飢餓をゼロに
  • 3.人々に保健と福祉を
  • 4.質の高い教育をみんなに
  • 5.ジェンダーの平等
  • 6.安全な水とトイレを世界中に
  • 7.エネルギーをみんなに,そしてクリーンに
  • 8.働きがいも経済成長も
  • 9.産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 10.人や国の不平等をなくそう
  • 11.住み続けられるまちづくりを
  • 12.つくる責任つかう責任
  • 13.気候変動に具体的な対策を
  • 14.海の豊かさを守ろう
  • 15.陸の豊かさも守ろう
  • 16.平和と公正をすべての人に
  • 17.パートナーシップで目標を達成しよう

 「機械」という幅広い学術領域の特性により,上記のような社会の様々な課題に対して「技術」「科学」の立場から取り組むことが社会から本学会は求められている.
 日本学術会議では,このSDGsへの取り組みを重視し,さらに現24期の活動方針として「対話の推進」を掲げている(2).すなわち,学術研究者間の対話だけではなく,政府・産業界・マスコミ・海外を含む様々な「社会との対話」を活動方針としている.社会との対話なくして学術の進展や普及は困難であるとのスタンスに立っている.同様のことが日本機械学会にも当てはまると思われる.一つの想定事例としてAI(人工知能)の発展を考えてみたい.近年~今後のAIの発展に伴い,工業製品・システムの設計製造方針・技術は大きく様変わりしていくことが予想され,それにともない技術者の役割やあり方も変容し,ひいては工学・技術教育の根本的な修正が求められる可能性が高い.このような変革・発展を支えるためには,学術団体と社会の対話が必須であり,本学会全体(特に技術と社会部門)の役割は重要なものとなるだろう.
 技術と社会部門では,このような「人と技術と社会」の問題を,技術教育・技術史・技術者倫理などの幅広い分野から考える活動を行ってきている.以下に,「工学・技術教育」,「技術史・工学史」,「産業遺産・機械遺産」,そして「技術者倫理」にスポットを当て,最近の動向について報告を行う.

〔永井 二郎 福井大学〕

参考文献

(1)国連SDGsサイト https://www.un.org/sustainabledevelopment/sustainable-development-goals/
(2)日本学術会議第178回総会資料 http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/sokai/siryo178.html

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22.2 工学・技術教育

 日本機械学会2018年度年次大会においては,工学教育・技術教育に関わる学術講演のセッションが主に「伝統産業工学および工学/技術教育」と「環境エネルギー教育」になった.また2018年度の日本機械学会技術と社会部門の部門講演会「技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる」は,日本設計工学会が共催団体から協賛団体となり,また日本弁理士会四国支部が共催団体になった影響が見られた.
 2017年に話題になった製図における用語の変更や製図規格の変遷について言及する発表は,2018年度の日本機械学会年次大会および技術と社会部門の部門講演会では見当たらない.
 講演発表の傾向として,日本機械学会年次大会の工学教育・技術教育に関するセッション,日本機械学会技術と社会部門の部門講演会,日本工学教育協会の年次大会・工学教育研究講演会,日本産業技術教育学会全国大会のいずれにおいても,主催団体ごとに取り扱う分野の違いはあるが,事例報告は多い.日本工学教育協会の年次大会・工学教育研究講演会では,「グローバル化時代における工学教育」というセッションが設けられ,意思の疎通や工業英語に関する発表がなされている.一方,国内に留まらない話題としては,日本産業技術教育学会の全国大会でも「比較研究」というセッションが設けられ,教育方法等が報告された.
 倫理の取り扱いで,日本工学教育協会の年次大会・工学教育研究講演会は「志向倫理(Aspirational Ethics)から捉える新たな技術者倫理教」と称するオーガナイズドセッションを設け,7件の講演とパネルディスカッションを実施した.日本機械学会2018年度年次大会では,特別企画の中で倫理が取り上げられたほか,児玉(1)と加藤(2)が言及した.
 2018年度の技術と社会部門工学・技術教育委員会が関わったセッションで目立ったのは,自然科学の枠に収まらない人文学的な内容を含む発表である.設計仕様の策定や企画立案に関して,上述の加藤の発表(2)があるほか,技術と社会部門の部門講演会では「タイムアクシスデザイン」に関するセッションが設けられた.タイムアクシスデザインについては,下村(3)が「基礎となる考え方や方法論が明確でない」「アプローチはまだその緒に就いたばかりの極めて新しい取り組みである.」と述べている.設計については,「デザイン・シンキングの現場に対応できる人材育成カリキュラムが十分に確立されたとは言い難い.」と杉野(4)と言及しており,学校教育の中で十分に扱っていない問題意識が記述されている.学校教育における授業時間や聴講者の経験に基づく理解力について,知財教育を対象に壬生(5)が議論した.知財教育では,加藤(6)の予稿が授業等で資料になりそうな体裁である.日本機械学会の学術講演の原稿は図表を英文で作成することになっているが,この加藤の予稿(6)を含め,多くの原稿で守られていない.しかしながら議論の内容が機械技術者にとって従来なじみのない人文学的な内容が多い.各発表者らが図表に日本語を用いた決断は,日本語を主に母語とする者の理解の敷居を下げることと,日本語を読まない者の理解を可能にすることを,天秤にかけた上での判断だと推測する.
 「工学教育」や「技術教育」が,専門科目や卒業論文および修士論文の作成に限らず,課程以外の活動も含めて議論された.市民に向けた発信は,例えば公開講座や出前講座について永井(7)が報告したように,工学教育や技術教育の対象者が小学生から大学生,成人までと広い.また学生の課外活動では,例えば製作活動を伴う課外活動はしばしば報告の対象となるものの,2018年度は自動2輪の課外活動が関根らによって報告された(8).実務における技能の習得に関わる課題について,松浦と高田が体系的に議論をしている(9)(10).技能労働等における動作の習得や上達に関しては,日本機械学会年次大会に2017年度まで設けられたオーガナイズドセッション「伝統産業工学」の発表者らが関わり,日本機械学会2018年度年次大会の「伝統産業工学および工学/技術教育」のセッションで複数の報告があった.須田ら(11)が述べるように「被験者数の少なさは課題」であるが,被験者の少ない作業における技術の習得や教育が課題として取り上げられてきた.
 また日本機械学会年次大会の「革新技術を展開するための法工学」のセッションにおいて,議論の趣きも異なるが,長根(12)によって,大学教員や博士号取得者のキャリアが研究資金制度との関わりで議論された.明確に記述されてはいないが,大学教員や博士号取得者には工学教育を受けたものが多数含まれ,工学教育を受けた者の一部が大学教員や博士号取得者となっており,工学教育を受けた者と工学教育を担うもののそれぞれ一部の者のキャリアについて議論していると解釈できる.

〔加藤 義隆 大分大学〕

参考文献

(1)児玉晴男, 研究開発におけるデュアルユースの倫理的関係, 日本機械学会2018年度年次大会講演論文集(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.S2110002.
(2)加藤義隆, マーケティングを参考に技術と社会を議論するための思考の枠組み, 日本機械学会2018年度年次大会講演論文集(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.J2010304.
(3)下村芳樹, 製品サービスシステムのタイムアクシスデザイン, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180122.
(4)杉野秀樹, 可搬型天体望遠鏡の製作におけるプロダクトデザイン, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180413.
(5)壬生優子, 知財セミナーの課題と展望, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180512.
(6)加藤浩, 研究者・技術者に必要な知的財産教育の在り方について, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180513.
(7)永井二郎, 日常生活に役立つ公開・出前講座 - 熱・沸騰・地球温暖化-, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180621.
(8)関根康史, 渡邉栄貴,藤井瑠也, 福山大学おける「二輪部」の活動, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180426.
(9)松浦慶総, 高田一, 技能情報共有における「気づき」と「語り」を促進する手法に関する研究, 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.G180425.
(10)松浦慶総, 高田一, 技能情報構造化手法による溶接技能学習支援に関する研究, 日本機械学会2018年度年次大会講演論文集(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.J2010103.
(11)須田真通, 後藤彰彦, 桑原教彰, 濱田泰以, 石英ガラスの火加工における新たな教育プログラムを用いた教育効果, 日本機械学会2018年度年次大会講演論文集(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.J2010701.
(12)長根裕美, 研究資金制度の変遷とナショナル・イノベーション・システムへの影響, 日本機械学会2018年度年次大会講演論文集(2018), DOI: 10.1299/jsmemecj.2018.S2110001.

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22.3 技術史・工学史

 技術史研究の国際学会として,国際技術史委員会ICOHTECがある.2018年7月,フランスのサン・ティティエンヌ市,ジャン・モネ・サン・エティエンヌ大学を会場にして第45回年次大会(1)が開催された.主題は,「技術の道筋―過去から未来へ―:ICOHTECの50年」で50セッション140件の研究発表があった.他,シンポジウムが開催された.
 国内では産業考古学会(JIAS)の2018年5月に第42回総会(2)は栃木県日光市足尾町の足尾公民館を会場にして開催,4件研究発表が行われた.同年11月の同学会全国大会(石見銀山)(3)は,島根県の石見銀山世界遺産センターを会場にして開催,7件の講演・研究発表が行われた.
 日本産業技術史学会(JSHIT)は2018年6月に第34回年会(4)を神奈川大学を会場にして開催,13件の一般講演が行われた.
 日本科学史学会(HSSJ)では,欧文誌「Historia Scientiarum」は年間3号,学会誌「科学史研究」は年間4号およびニュースレター「科学史通信」は年4回程度刊行されている.2018年5月に第65回年会(5)は東京理科大学で開催され,シンポジウム9件,講演75件の講演が行われた.
 日本技術史教育学会(JSEHT)は2018年6月に2018年度総会・研究発表講演会を玉川大学で開催,15件の講演があった(6)(7).12月に全国大会(8)を神奈川県厚木市の神奈川工科大学を会場にして開催,特別講演1件,研究発表講演14件の講演があった.2019年3月に関西支部総会・研究発表講演会(9)を開催,大阪産業大学で開催,特別講演1件,研究発表講演12件の講演があった.
 中部産業遺産研究会(CSIH)のシンポジウム「日本の技術史を見る眼」第37回(10)がトヨタ産業技術記念館で開催され,「日本の自動車120年と刈谷から歩んだ豊田喜一郎のクルマづくり」について3件の学術講演が行われた.
 当技術と社会部門では,2018年度年次大会(関西大)(11)においてワークショップで2件,一般講演6件,の計7件の発表が行われた.部門講演会(12)は「技術と社会を巡って:過去から未来を訪ねる」のテーマで弓削商船高等専門学校で開催された.技術史関係は2セッション,一般講演6件の講演が行われた.支部講演会では,2019年3月に東海支部第68期総会・講演会が岐阜大学(13)で開催され,「技術史と技術者倫理」セッションにおいて6件の一般講演が行われた.九州支部第72期総会・講演会が九州工業大学で開催され,「設計工学1」のセッションにおいて技術史関係2件の一般講演が行われた.
 技術と社会部門として合計21件の研究発表講演が行われた.

〔石田 正治 名古屋工業大学〕

参考文献

(1) The 45th Symposium of the International Committee for the History of Technology(ICOHTEC). https://www.icohtec2018.fr/(URL参照日 2019年4月1日)
(2) 第42回(2018年)総会,産業考古学会 http://sangyo-koukogaku.net/news.html#2018soukai(URL参照日 2019年4月1日)
(3) 2018年度全国大会(石見銀山),産業考古学会 http://sangyo-koukogaku.net/news.html#2018zenkoku(URL参照日 2019年4月1日)
(4) 2018年度第34回年会,日本産業技術史学会 http://www.jshit.org/ (URL参照日 2019年4月1日)
(5) 2018年度総会,第65回年会,日本科学史学会(URL参照日 2019年4月1日) https://historyofscience.jp/soukai/2018rikadai/(URL参照日 2019年4月1日)
(6) 日本技術史教育学会ニュースレター「技術史教育」,No.114(2018.4.30) .
(7) 日本技術史教育学会ニュースレター「技術史教育」,No.115(2018.7.31).
(8) 日本技術史教育学会ニュースレター「技術史教育」,No.116(2018.10.31).
(9) 日本技術史教育学会ニュースレター「技術史教育」,No.117(2019.01.31).
(10) シンポジウム「日本の技術史をみる眼」第37回,中部産業遺産研究会 http://csih.sakura.ne.jp/nitigi.html(URL参照日 2019年4月1日)
(11) 日本機械学会2018年度年次大会(関西大)「多様化する社会・技術への機械技術者の挑戦」,日本機械学会https://www.jsme.or.jp/conference/nenji2018/(URL参照日 2019年4月1日)
(12) 日本機械学会技術と社会部門2018年講演会(弓削商船高専),日本機械学会https://www.jsme.or.jp/event/2018-34897/(URL参照日 2019年4月1日)
(13) 日本機械学会東海支部第68期総会・講演会(岐阜大),日本機械学会https://www.jsme.or.jp/tk/Documents/TEC18_program_180307_mini.pdf(URL参照日 2019年4月1日)

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22.4 機械遺産を含む産業遺産に関する動向と概説

 12回目となった「機械遺産」であるが,2018年度の認定では,日本工業大学の所蔵する歴史的工作機械群エアレス塗装機ブラウン管ガラス製造装置新聞博物館の活字鋳造機,の4件が認定された.これらのうち,前半の2件は,産業用機械として広く用いられている機器のいわば元となったものである.後半の2件は,それぞれ,テレビの受像機の重要部品の一つとして,また,印刷文書の作成の根幹をなす要素として過去には欠くことのできないものであったが,近年のディジタル化の波の中で,役割を終えていったものとなる.これらは,一つの技術,特に機械的技術開発の到達点として,文化の面からの社会システムの大きな転換点を示す実物資料と言える.
 ただし,ディジタル化の波の中に消えていった技術が,もちろん全面的復活という意味ではないが,見直される動きも起きはじめている.最も大きな動きがレコードの復権であろう.ディジタルのCDにとってかわられ,消滅したかに思われたレコードであるが,ネットダウンロードが主体となり,CDの売り上げが伸び悩む中,着実に市場で勢いを増しつつある.現在のレコード生産枚数は10年前の11倍の年111万枚強にまで増加している.そして,これまでアジアでレコードプレス機を保有しているのは日本の東洋化成(株)1社だけであったものが,2社目として,2018年に,CD製作大手のソニーミュージックエンターテイメントが,グループ会社であるソニーDADCジャパンにレコードプレス設備(輸入)を導入したことを発表している.米国では,近年音楽ダウンロード件数が,フィジカルメディア(レコード,CD)を下回る状況に拍車がかかり,アナログ復権の度合いが著しい.現在,米国においては,レコードは音楽市場の14%までその割合を回復している.
 CDは記憶容量の関係から,記録周波数が可聴域の20~20kHzに限定されているのに対し,レコードはその上下限を超える音を記録している.ディジタル化は技術発展の指標ともなっていると言えるが,こと音の再生という分野では,ディジタル化は技術の後退であった.従って,その後退部分の回復の動きが起こることが必然である.このような時,技術の発展の先だけを追い求めていると,その過程で忘れられた技術を復活させるには大きな困難を伴ったり,不可能になってしまっていることもある.さまざまの分野の遺産は決して過去の思い出ではなく,社会が忘れてきた技術の貴重なデータなのである.
 このことは,昨今,国内各地で復活運転が行われている蒸気機関車に関しても当てはまる.蒸気機関車の設計図は,今や古文書のように扱われてしまっている.現在国内で,実際に蒸気機関車を製造できるのは1社のみと言われるが,ボイラの全面的修復作業を行なうことができるのも国内には実質的には1社しか存在しない.現在運行中のほぼすべての国鉄型蒸気機関車の大規模ボイラ修復はこの会社で行われており,特に後者が消えていれば,現在のような大人気の復活運転は不可能であった.この事実からもノウハウの面から言っても,アナログ技術の伝承も必須のであることが解ろう.車両ごとに全く異なる状況にディジタルで対応することは,手間の面からも不経済であり,熟練工の技術を活用することが最も早道で,経済的,安全性も担保できる.
 さて,例年述べている他の学協会の動きであるが,土木学会の「選奨土木遺産」には24件,電気学会の「でんきの礎」には4件,情報処理学会の「情報処理技術遺産」には3件,日本化学会の「化学遺産」には3件,というように継続して認定が行われている.さらに,2018年,日本画像学会が「複写機遺産」の認定を開始し,初年度は4点が認定されている.また,産業考古学会では,「推薦産業遺産」制度に加え,2019年度から複数の産業遺産が構成する景観を認定する「産業景観100選」の選考を開始した.このほか,広範な分野を網羅するものとして産業技術史資料情報センター(国立科学博物館)の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」19件の認定が行われている.これらのうち,トピックとしてマスコミで取り上げられる頻度としては,機械遺産が最多であることは疑いがない.また,これに次ぐものは,この未来技術遺産であろう.
 2018年8月,国立科学博物館(筑波地区)で開催された,上記を含む各学協会,大学等の資料館が構成する「自然科学系アーカイブズ研究会」において,機械遺産認定の制度が遺産認定活動の先行事例として位置づけられ,招待講演の場が設けられた.遺産認定の動きはこれら以外の学協会にも波及しており,機械遺産委員会(機械学会)としても情報提供など協力を実施してきている.なお,各学協会の遺産認定のプロセスであるが,ほとんどが半年程度の期間で,書類審査を基に認定していることがこの研究会で明らかとなった.機械遺産の場合は,約1年をかけ,現認調査も行っており,参加者からは作業過程に関する,ある意味畏敬の念の表明を受けることも少なくなかった.
 このほか,産業の遺産(機械を含む)としては,「新津油田金津鉱場跡」が史跡指定された.ここには,動力集中式のポンプ駆動装置(ポンピングパワー)を中心とした油田機器が系統的に現場保存されている.また,碓井峠の初期の鉄道輸送に用いられたアプト式のED40形式10号電気機関車が国の重要文化財に指定された.近年,国の文化財指定には,毎年のように技術遺産が含まれるようになっている.そして,まだ技術遺産が基本となったものは制定されていないが,あるストーリーの中に遺産(文化財)を位置づける文化庁の「日本遺産」制度では2018年,13件が認定されている.これまで,点で位置付けられてきた文化財を拡がりと時間軸を組み合わせて表現しようという試みであり,今後技術遺産を含むストーリーの認定が期待される.
 最後に,これまで,機械遺産委員会は組織上,機械学会「技術と社会部門」に属していた(初年度は,機械学会110周年事業実行委員会の下部組織)が,実質上は部門とは独立した経費配分,運営機構という状況を踏まえて,2019年度認定分に関する活動からは,理事会直属に組織変更されたことを付記する.

注記:各学協会の遺産,文化庁の史跡,重要文化財,日本遺産などの各種制度と認定物品の位置づけに関しては,各学協会等のホームページを参照いただきたい.

〔小野寺 英輝 岩手大学〕

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22.5 技術者倫理

 2018年の工学における不祥事としては,KYB株式会社および子会社であるカヤバシステムマシナリー株式会社の免震・制振用オイルダンパーの一部に,性能検査記録データの書き換えがあったことが挙げられる.これは,2018年10月16日付で,同社のホームページに,当社及び当社の子会社が製造した建築物用免震・制振用オイルダンパーの検査工程における不適切行為について,と題して掲載されており(1),2003年から15年以上にわたり,検査データを書き換えていた可能性が高く,2000年から2003年においても書き換えの可能性があると記載されている.この時点で,物件数として,免震用オイルダンパーだけで,大臣認定不適合の数は128件,顧客との契約による“お客様基準”の範囲外の数は256件,不明の数は519件となっている.製品数にすると,順に499件,1914件,5137件と非常に多い.制振用オイルダンパーは,お客様基準外の物件数は26件,不明の数は57件であり,製品数はそれぞれ146件,3232件で,出荷総数に対する割合は低いが,不適合品が判明している.また,この時点で対象となる免震用オイルダンパーが使用されている都道府県数は47と全国に及んでおり,用途別では,住居,医療福祉施設,事務所,庁舎でそれぞれ100件以上が対象となっており,教育・研究施設,生産施設でもそれぞれ50件に近い数が対象となっている.このように全国の主な施設に影響を及ぼすことになり,社会的責任は非常に重い.その後,不明だった物件や製品のデータ解明が進み,2019年3月15日時点では(2),大臣認定不適合,お客様基準外,不明の件数は順に246件,371件,241件と判明が進んだ.これらはそれぞれ出荷総数の25%,37%,24%にあたり,大臣認定不適合とお客様基準外を合わせた不適合品は,出荷総数の60%を超えている.今後,不明品の判明が進めばさらに増える可能性がある.製品数では,大臣認定不適合,お客様基準外,不明の件数は順に1058件,3056件,3426件と判明し,これらも11%,31%,35%にあたっている.この時点で出荷総数の半分近くが不適合品である.制振用オイルダンパーには大臣認定はないが,お客様基準外,不明の物件数はそれぞれ30件,110件でやはり出荷総数322件の半数近くになっている.製品数では,順に244件,4569件で,出荷総数18165件の26%ほどで,やはり数は多い.不明の製品数がまだ多くあり,今後どれだけ不適合と判定されるか,分析を急いで行い,不適合品と判明した物件は至急,対策を取る必要がある.
 具体的な不適切行為としては,2018年12月19日付の資料(3)および2019年2月4日付で外部調査委員会がKYB株式会社に提出した調査報告書(4)が2019年2月13日付で掲載されているが,主な改ざん行為としては2通りあった.通常の手順は,性能検査工程において基準内から外れた場合は製品を分解し,基準内に入るまで調整し,基準にあった製品にする.こうして大臣認定のものは基準値から±15%以内で,また,お客様基準は通常,基準値±10%で販売している.しかし,性能検査工程において減衰力が基準の範囲内から外れた場合は,一定の係数を乗じることにより,恣意的に値を増減させ,検査記録として提出していた.つまり,出力された減衰力に0.9あるいは1.1など,任意の係数を直接入力し,減衰力の値を調整していた.もうひとつは,係数書換えだけでは基準内に入らない場合,試験機のバランスON機能やアンプ機能を使用して原点調整を行い,検査記録として提出していた.つまり,測定値の中央値を原点へ移動させることで値を調整していた.明らかな測定値の改ざんである.今後の誠意ある対応を期待したい.
 同じ免震・制振用オイルダンパーの業界で,株式会社川金ホールディングスも,2018年10月23日付の同社のホームページに,当社の子会社が製造した建築物用免震・制振用オイルダンパーの検査工程等における不適切行為について,と題して不祥事が掲載されている(5).子会社の光陽精機株式会社では,免震用オイルダンパーよりも制振用オイルダンパーの方が多く,お客様基準外の物件数は89件,製品数は1423件と報告されている.その後,訂正などもあり,2018年12月26日での掲載では(6),それぞれ90件,1516件となっている.
 ここでも,外部弁護士による調査報告書が,2019年2月7日付で川金ホールディングスに提出されており,2月13日付でホームページに掲載されている(7).それによると,2001年1月または2月頃から2010年3月頃までの間は,CSV算出データの数値一つ一つに乗じる係数を手入力することによって,性能検査記録データを書き換えていた,と記載されている.2010年4月頃以降は,CSV算出データ上に,「補正倍率」を入力する欄が設けられ,通常,1.0となっている「補正倍率」の欄に1.0以外の数値を入力すると,CSV算出データ上に記録された減衰力の計測結果に,一律,この「補正倍率」欄の数値が乗ぜられる仕組みとなっていた.そして,それに伴って,性能検査記録データの「変位-減衰力線図」の波形,「速度-減衰力線図」の折れ線グラフおよび各速度における減衰力の理論値と実測値との誤差等の数値も変わる仕組みとなっていた.光陽精機では,2010年4月頃以降,この「補正倍率」欄の数値を1.0から適宜の数値に変更することによって,性能検査記録データを書き換えていた,とされている.また,「補正倍率」欄新設の前後を問わず,書換えを行うに際し,CSV算出データに,修正した減衰力の数値を直接入力することによって,性能検査記録データを書き換えていた,と記載されている.このように値を直接書き込むような事態では測定の意味がまったくない.こうなるとそもそも測定自体していたか,あやしくなってくる.
 このほか,2018年には,国土交通省のホームページ(8)に,株式会社スバルと日産自動車株式会社における燃費および排出ガスについての不正事案を受け,2018年7月9日にその他の自動車メーカー等に対して,同種事案の有無に係る調査を実施した結果,スズキ株式会社(9),マツダ株式会社(10)およびヤマハ発動機株式会社(11)から,排出ガス等の抜取検査において不適切な取扱いがなされていたとの報告があった,と記載されている.この燃費と排出ガス不正は自動車メーカー各社に広がっていたようである.
 また,宇部興産株式会社のホームページには,2018年2月23日付で(12),当社千葉石油化学工場が生産を請け負う低密度ポリエチレン製品において,お客様への納入仕様書に規定された製品検査項目の一部に実際には試験・分析をしていないにもかかわらず,検査成績表に記載している事実が確認された旨の記載があり,その後,2018年6月7日付で外部の調査委員会による報告書が掲載されている(13)
 改ざんやねつ造は各分野に広がっており,憂慮すべき事態である.

〔高田 一 横浜国立大学〕

参考文献

(1) http://www.kyb.co.jp/company/progress/progress_20181016_01.pdf
(2) http://www.kyb.co.jp/company/progress/progress_20190315_01.pdf
(3) http://www.kyb.co.jp/company/progress/progress_20181219_01.pdf
(4) http://www.kyb.co.jp/company/progress/progress_20190213_02.pdf
(5) https://ssl4.eir-parts.net/doc/5614/tdnet/1636978/00.pdf
(6) https://ssl4.eir-parts.net/doc/5614/tdnet/1659786/00.pdf
(7) https://ssl4.eir-parts.net/doc/5614/tdnet/1674556/00.pdf
(8) http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha08_hh_003069.html
(9) https://www.suzuki.co.jp/release/d/2018/0809/pdf/0809.pdf
(10) https://www2.mazda.com/ja/publicity/release/2018/201808/180809a.pdf
(11) https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2018/0809/pdf/supplement-1.pdf
(12) https://www.ube-ind.co.jp/ube/jp/news/2017/pdf/20180223_01_01.pdf
(13) https://www.ube-ind.co.jp/ube/jp/news/2018/pdf/20180607_01.pdf

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