特集 応用広がるモーションキャプチャ
「特集:応用広がるモーションキャプチャ」の趣旨について
はじめに
身近になったモーションキャプチャ
モーションキャプチャについて個人的に思うことは、一昔前だと論文や解説原稿の執筆の際にはモーションキャプチャとは何か、ということについての説明が必要であったということである。しかしながら、ここ最近では一般の方向けの講演会や原稿においても、モーションキャプチャとは何か、ということについて細かく説明をしなくても、おおよそ理解していただけるようになったと感じている。すなわち、モーションキャプチャは随分と身近な技術となりつつあると言える。
身近な技術となりつつあると述べておきながら、その定義を改めて説明すれば、モーションキャプチャとは人や構造物・機械の動きを計測するシステムということになろう。一般的には多数点や剛体の3次元の運動や変位を計測するものを指すと考えられる。本特集はこのモーションキャプチャについて最近の技術的な動向と応用分野の動向について紹介するものである。
モーションキャプチャの研究開発や実用的な応用は、もちろん海外でも盛んに取り組まれているが、本特集としては特に国内の動向について紹介している。以下、各特集記事の趣旨と概要についてまとめておきたい。
計測技術編
マーカレス、慣性センサ、ARマーカ、床反力推定
本特集の前半4原稿はモーションキャプチャに関する技術的な動向を紹介したものである。
各特集記事を紹介する前に、まず光学マーカ式のモーションキャプチャについて触れておきたい。モーションキャプチャ技術として現在最も利用されているものは、赤外線を反射するマーカを身体などの計測対象物に装着し、その動きを複数の専用カメラで計測する光学マーカ式のモーションキャプチャであろう。普及しているという点では本特集の技術動向として取り上げるべきだったかもしれない。しかし、技術的には「枯れた」ものとなってきていると判断し、技術動向の記事としてはこの光学マーカ式モーションキャプチャには力を入れて触れてはいない。ただし、本特集の後半の応用分野編ではこの光学マーカ式モーションキャプチャを用いた多数の応用例が示されているので、関心のある方はそちらを参照されたい。
光学マーカ式のモーションキャプチャに代わって昨今で盛んに研究開発されているのはマーカレスのモーションキャプチャシステムであろう。これは、特に人の身体運動について、身体に特別なマーカなどを装着しなくても、さらには一般的な着衣を着たままでも、可視画像などから身体運動を計測、推定する方法である。本特集では、マーカレスモーションキャプチャ開発の草分け的存在である(株)KINESCOPICの中村仁彦氏(東京大学名誉教授)らに解説をお願いした。紹介システムではマーカレスモーションキャプチャだけでなく、筋骨格解析システムまでをも包含している点が特筆すべき特徴となっている。
マーカレスのシステムと並んで近年注目されているのはウェアラブルなセンサ(慣性センサ)を用いたモーションキャプチャであろう。慣性センサは一般に3軸の加速度センサと3軸の角速度(ジャイロ)センサなどで構成される小型の計測システムである。この慣性センサを用いたモーションキャプチャシステムがいくつか開発販売されているが、本特集では(株)Xenoma銭亦甝氏らに慣性センサ式着衣型モーションキャプチャシステムについて紹介いただいた。このシステムは配線に独自の技術を用い、センサシステム全体を着衣型にした点が特徴となっている。
次いで、ARマーカと呼ばれる独特なマーカを用いたモーションキャプチャシステムについて、(株)フォトロンの内野真喜氏に解説をお願いした。このシステムは単眼カメラで、マーカを装着した物体の6自由度(並進の3自由度+回転の3自由度)が測定可能となっているユニークなものであり、他のモーションキャプチャでは計測が難しい条件下での利用が期待されている。
上記の三つの記事はいずれも基礎的な研究が実用化、製品化にまで結びついた例である。一方で次の記事である「モーションキャプチャによる床反力推定技術」については、まだ研究段階と言える技術の紹介となる。また、直接的なモーションキャプチャ技術の紹介ではないため、この記事については少し説明が必要であろう。モーションキャプチャを用いれば文字通り変位、速度、加速度などの運動学的なデータが取得できる。一方で力に関する情報は取得できない。しかし、身体運動などの動力学分析を行うためには床反力などの力に関する情報が必要となってくる。一般的には力の計測には力センサ、力覚センサを用いることになるが、必ずしも計測が容易ではない。この問題を解決するためモーションキャプチャから得られる運動学的データから力を推定する技術の開発が行われている。いわばモーションキャプチャの拡張技術と言ってよいだろう。本特集では、この身体運動に対する床反力の推定技術に関して国立障害者リハビリテーションセンター研究所の原口直登氏に解説をお願いした。
応用分野編
医療、スポーツ、製造業、技能伝承への応用
本特集の後半の4原稿はモーションキャプチャの応用面についての解説である。
機械学会会員の皆様からでも関心のある応用分野としては、医療、リハビリテーション分野やスポーツ分野が挙げられるであろう。医療リハビリテーション関係としては理学療法分野への応用事例について、常葉大学の金承革氏に解説をお願いした。スポーツ分野への応用については慶應義塾大学の仰木裕嗣氏に解説をお願いした。両氏とも身体運動計測、解析の第一人者である。
これらの医療、スポーツへのモーションキャプチャの応用は比較的以前より取り組まれていたと言えよう。一方、近年では製造業などの産業分野でもモーションキャプチャ技術が使われつつある。この分野への応用に関しては、モーションキャプチャ技術を積極的に産業分野に展開されているアキュイティー(株)の佐藤眞平氏にその動向について解説をお願いした。
最後に前述の製造業への応用と少し重複するところもあるが、製造業などでいわゆる職人と呼べるような技術者の技能を若手などの技能初心者に効率的に伝承するための技能伝承の問題が近年において注目されており、この技能伝承にモーションキャプチャ技術が活用されている。この技能伝承に関して、東京都立大学の髙橋隆宜氏にその具体的取組みを紹介していただいた。
おわりに
以上、本特集記事の概要とその趣旨について述べた。モーションキャプチャ技術は今後ますます高度化するとともに身近な存在となってくると予想される。本特集がモーションキャプチャ技術の動向理解の一助になれば幸いである。
<正員>
長谷 和徳
◎東京都立大学 システムデザイン学部 教授
◎専門:福祉工学、リハビリテーション工学、生体力学(バイオメカニクス)
キーワード:特集 応用広がるモーションキャプチャ