絶対に絶版させられない!
機械振動 亘理 厚
亘理 厚 著、丸善、1966年発刊
本書との出会いは偶然だった。当時大学で機械工学を学ぶ3年生で、いよいよ来年から研究室に配属される時期だったと思う。もともと航空機やロケットにあこがれ、ただその延長で工学部に入学した。私の通った大学は3年次から専門課程に進学するのだが、当時優秀な学生の多くは電気工学に進んでいる中で、相変わらず漠然としたあこがれのまま機械工学科に進学した。機械工学科では4力学をはじめとする座学のほか、設計製図や材料試験などがあって、鋳造から切削加工で小型万力を製作する実技もあった。専門課程はアカデミックなイメージを持っていたのに、作業服を着て油まみれになることに多少の違和感を持っていたところ、研究室の紹介で微分方程式を駆使して解明していく機械振動に興味を持った。そこで研究室への配属前に機械振動をより知っておきたいと思っていたところに、本書との出会いであった。当時新宿の百貨店の上階に三省堂書店があって良く立ち寄っていたのだが、専門書コーナーで見掛けて手に取ると、ハードカバーに淡い単色の装丁で地味な本であるが何か惹かれるものがあってその場で購入した。本書は機械振動の基礎と解析法から始まって、固有振動、自由振動、強制振動、過渡振動、自励振動など広く書かれている。著者の亘理先生は当時本会の会長をされておられたのだが、まだ一介の学部生には知る由もなく、残念ながらその後もお会いする機会はなかった。本を開いて読み進めると何か専門家に近づいたような気になって、不思議と愛着が湧いてくる。とは言っても各ページの半分は数式だから、鉛筆で式の展開を書き込みながら読み進めていたようである。その後、卒業研究で液中回転体の振動、修士論文で縦軸ポンプの地震応答解析に取り組んだ時も、本書は常に机に置かれていた。本書の影響なのか、式を展開しながら得られる各項の物理的な意味を考えるようになり、研究にも活かされたように思う。修士の研究テーマの関係でその後、重電機器の製造会社に就職させていただき、その研究所に配属された。ここでは原子力機器や大型回転電機の開発に従事したが、振動を専門にしていたため、他の事業所で振動・騒音問題が発生すると良く声を掛けていただいた。おかげで鉄道やエレベータ、産業用モータ、火力や水力発電機器にも関わることができたが、その振動や騒音対策に本書が活躍したのは言うまでもない。どんな複雑機械でも現象を掴むには勘所を働かせて単純モデル化していくことで、最後は本書にある方程式に落とし込むことができる。もちろんそれでは定量的な説得力はないわけだが、実験や解析の計画には十分役立ったように思う。会社では海外留学制度があって、運良くその末端に加えていただき、米国バージニア大学のE. J. Gunter教授の指導を受けたことがある。当時Gunter先生は飛行体エンジンの振動解析をされていたが、大型計算機は利用システムが頻繁に変わって不便だからと、HPのデスクトップ計算機を駆使されていた。そのため多層構造回転体の振動解析はメモリー容量を節約できる伝達マトリックス法を使っていた。ただ先生のプログラムではどの層も軸方向に同じ位置でメッシュを切らねばならず、データ入力が不便で仕方がない。そこである日、層ごとに自由な位置でメッシュを切れるようにプログラムを改造してみせたら、大変驚かれたことを覚えている。でも実は本書を眺めていて着想を得たものであった。
このように本書とは学生から会社の研究所時代、そして本社に移ってからも、必ず机の引き出しに入れて親しんでいた。購入してから50年近くになり今では装丁もボロボロになってしまったが、自宅の書棚で静かに余生を送っている。著者の亘理先生にもし報告できるなら、一介の学生を技術者としてここまで導いてくれたことに、きっと満足してくださるのではないだろうか。
<フェロー>
風尾 幸彦
◎(一社)日本機械学会 常勤理事
◎専門:機械力学、回転機械、エネルギーシステム
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