絶対に絶版させられない!
マイクロメカニックス入門
大南 正瑛 編著、オーム社、1980年発刊
理工書籍には、その執筆者の執筆する目的がある。多くは教科書を念頭におき、学術の進展と醸成の結果枠組みが確立した理論や方法論を学ぶために記述される。もう一つは、分野が特定され発展途上であるが、新たな研究分野として先導していくために執筆する書籍である。前者については、読者に極力わかりやすく、そして理解しやすいことが求められる一方、後者については読者を刺激し、そして理詰めよりも直感的な感覚で研究者や技術者の五感にうったえることが重要になる。大袈裟に言えば、その一冊がその後の研究者人生を決定づけることもある。それほどインパクトのある本に巡り合うことは数少ないが、巡り合ったときにはこの上ない幸せだと言える。
本書は後者に属し、1900年代のCosserat兄弟から始まった一般化連続体力学に関わる内容で、1973年に京都で発足した“GCM(Generalized Continuum Mechanics) 研究会”で議論され、まとめられた書籍である。材料の微細な内部構造、転位に代表される内部欠陥などがマクロな材料特性、変形特性を決定づけるその筋道に関わる考え方、理論、そして適用方法などいろいろな視点から執筆されている。一般化連続体力学は、コッセラ体の極性連続体理論、非局所連続体理論(勾配連続体理論)、統計連続体力学理論など多岐に渡っているが、微視的な内部構造には、(i)極性、(ii)非局所性、(iii)配置の複雑さといった三つの基本概念があり、当該分野に造詣の深い5名の執筆者によりまとめられている。当時はまだ原子論・電子論的な考え方が拡まっていたわけではないので、介在物や転位といった連続体記述のできる微視構造を対象にしていたと思われる。そのため、本書は「マイクロメカニックス」という言葉を題目にしている。
1988年に民間会社から大学に戻った筆者は、当時の研究室の主宰であった大阪大学の北川浩先生が主張した原子論・電子論からの固体力学の捉え方に大きく影響を受けた。ただ、一方で民間企業は製品としてのものづくりが使命であり、大学での研究成果もそれにつながることが最重要課題であると認識していた筆者にとっては、原子からどうやって自動車や飛行機を作れるのかと大きな疑問を抱いていた。すなわち、今で言う「マルチスケール」問題である。学位取得後、米国ペンシルベニア大学での留学の目的は、その埋め合わせ方法論についての研究であったので、一般化連続体力学の話は自然な形で筆者の耳に入った。しかし、帰国後、その分野に関わる書籍が全くないことがわかり、理論の大枠がほぼ確立していた一般化連続体力学の基礎とその応用を学ぶ術は、学術論文以外になかった。その中で1980年に出版された本書が、私の研究意欲をさらに高めたことは言うまでもない。1995年に米国から帰国後、早速この本を購入しようとしたが、絶版で手に入らない。今のようなネットでの購入の仕組みもない。でもどうしてもほしい、読みたい、手元に置いておきたいという気持ちを抑えきれず、著者に直接手紙を出してその胸の内をお話しした。図1は、編著者の大南先生からいただいた書籍とお手紙である。大南先生は1991年から1998年まで立命館大学の総長をお務めになられており、私がお手紙を頂戴した1996年はその多忙な総長在任期間であったことにもあらためて恐縮している。本を頂戴したあと、当時在籍していた神戸大学でこの本に没頭した頃を大変なつかしく思い出す。一般化連続体力学の実用化はまだまだ先の話で、検証する実験的事実も十分でない。ただ、昨今の原子シミュレーション、第一原理計算の活用、そしてナノスケール実験手法の著しい進歩により、近未来的に新たな方法論として活用されることを確信している。現在の学術分野を支えている研究者、最先端技術を構築している技術者、そしてこれから育つ若い人材が、一般化連続体力学の基礎を広く学ぶことができるためにも、この本が残されることを切に願う。
図1 著者・大南先生からのお手紙
<名誉員>
渋谷 陽二
◎信州大学 特任教授、長崎大学 客員研究員、大阪大学 名誉教授
◎専門:固体力学、計算力学、材料力学
キーワード:絶対に絶版させられない!
表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。
デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)