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2025/1 Vol.128

表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。

デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)

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技術のみちのり

ブレーキシステム開発はアイデア勝負

曙ブレーキ工業(株)

2023年度学会賞(技術)
「中小型トラック用電動パーキングブレーキのモータギヤユニット開発」

曙ブレーキ工業(株)

市場ニーズ

2022年、曙ブレーキ工業(株)は高出力で耐久性に優れた「中・小型トラック向けの電動パーキングブレーキ用モータギヤユニット」(図1)を開発し、量産供給を実現した。本製品は2ピストンディスクブレーキをベースに、1個のモータ出力を2個のピストンに伝達する世界初の独自機構を備えている。

図1 2ピストン電動パーキングブレーキ

開発は北米から始まった。北米にはトラックの大きな市場があり、特にピックアップトラック(荷台に天井がない車)は大人気だ。電動パーキングブレーキ(EPB)が乗用車向けに普及し始めると、曙ブレーキの北米拠点では中・小型トラック向けEPBも需要があると考え、EPB用モータギヤユニットの開発に着手することを決めた。しかし、乗用車と比べてトラックのブレーキは大型なので技術的な難易度が増す。

2014年頃、モータギヤユニット内にデファレンシャルギヤ(以下、デフと略す)を配置するというユニークなアイデアを考え出した。しかし、同社ではデフを扱うのは初めてだったため、技術者たちは困惑した。デフと言ってもどんなものがいいのか? さまざまな構造を検討し、3年ほど試作を重ねた。そして小型で量産を見据えた作りやすい構造を選び、デフは非常にコンパクトな遊星歯車を使った形に落ち着いた。その後、日本でこの製品を供給することが決まり、2018年頃から日本のエンジニアも開発に参加することになった。

モータギヤユニット開発

EPBは、モータギヤユニットで発生したトルクをブレーキキャリパ内部の直動機構に伝達し、ピストンがブレーキパッドをロータに押しつけることで車を停止させる仕組みになっている。多くの中・小型トラックに適用されている2ピストンのディスクブレーキに、EPB用モータギヤユニットを装着することにした。

モータギヤユニット(図2)は、デフ(図3)を使って1個のモータのトルクを分配し、ブレーキキャリパ内の2個のピストンを動かす構造にした。ブレーキパッドが偏摩耗して、2個のピストンの押しつける力に差が生じた場合は、デフが作動してトルク差を解消する仕組みだ。図4のように、ピストン1側のブレーキパッドがロータに接触すると、ピストン1はいったん止まる。そしてピストン2側のブレーキパッドもロータに接触すると、再び2個のピストンは押しつける力を均等に発生する。また、2個のピストンの押しつける力を確実に解除するために、圧縮スプリングを用いたLSD(差動制限装置)機構を設けた。

開発当初、設計エンジニアの石川は、二つのSun gearが動き出すタイミングはスプリング荷重のみで決まるという設定で考えていたが試験結果と設計の計算が合わない。試験したデータ分析を進めると他の要素も見えてきた。新たな気付きを設計にフィードバックして開発した。

図2 モータギヤユニットの構造

図3 デファレンシャルギヤの構造
(Outer gearに入力されたトルクは、二つのSun gearから二つの軸に出力する)

図4 偏摩耗時におけるピストンストロークの仕組み

EPBをロック! 電磁ブレーキの開発

トラックのような重い車体を止めるには、EPBの駐車ブレーキ力を高める必要がある。そのためにキャリパ内に高効率のボールねじ部品を使うことにした。しかし駐車ブレーキ力発生時に大きなバックトルクが発生する課題があった。これを押さえるための手段を模索した結果、モータ駆動に連動して作動する電磁ブレーキを開発することに決めた。最初、電磁ブレーキはディスクが1枚のみの構造だったが、駐車ブレーキ力を保持するために、開発途中で多板化した。

図2のように電磁ブレーキをモータ軸上に配置し、EPBの非作動時には、スプリング荷重でプレッシャプレートを押しつけて、モータの回転を抑止する(図5)。EPB作動中はコイルに通電し、コイル部に磁力を発生させる。するとプレッシャプレートがスプリングを圧縮しながらロータから離れるため、モータが回転できるようになる。電気をOFFにすると磁力が消失して、再びスプリング荷重でモータの回転を抑止する。これらの動作を行うために、コイル部とプレッシャプレートとの間に一定の隙間(エアギャップ)を適正に設けることが重要で精密加工が要求される。スペーサを利用した構造で加工精度要求を緩和し、量産を実現した。

図5 電磁ブレーキの構造

遠距離という壁

一方で、グローバルな製造ならではの問題も発生した。モータギヤユニットは海外のサプライヤーと協力し製作していたが、開発期間がコロナ禍と重なり、製造の現場にチェックしに行くことができなくなったのだ。設計エンジニアの山口は、オンライン会議などを使って情報交換する頻度を増やし精一杯対処した。しかしコロナが明け、量産準備に入った時、「想定していた精度が出なかったり」「グリスの塗り方が試作時と違ったり」などの問題が出始め、現地に何度も赴いて修正し、量産開始に間に合わせた。

コロナ禍を乗り越えて

こうして開発したモータギヤユニットにより、従来車両のブレーキシステムと比べて約10.7kgも軽くなった。また、既存の量産品と比べて200%以上の高出力化を達成し、GVW(車両総重量=55kg×乗車定員+最大積載量+車両重量)8.5トン未満の車両の適用を可能にした。本製品は新型EVトラックに搭載され、パワートレイン系の効率化に貢献している。

ものづくりで優れたアイデアが浮かんでも、それを実現し量産するのは容易ではない。たくさんの知恵や技術、チャレンジ精神が必要になる。そして開発という長い道のりには、それを乗り越えるための根気が大切なのだ。

取材・文 山田ふしぎ

 

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