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2024/5 Vol.127

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特集 自動車用エンジンの現在と未来

特集「自動車用エンジンの現在と未来」によせて

小酒 英範(東京工業大学)

自動車用エンジンに向けられる社会のまなざしは厳しい。2015年のCOP21においてパリ協定が採択されて以降、化石燃料使用による地球規模の気候変動を抑制する機運が高まり、各国のエネルギー政策においても、特に欧州連合を中心に化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が推進されている。我が国においても2020年10月に政府が2050年のカーボンニュートラル(CN)達成を目指すと宣言し、欧州同様に再生可能エネルギーへの転換を加速する政策が進められている。2021年に発表された第6次エネルギー基本計画では、2030年の再生可能エネルギー割合を38%程度にまで引き上げること、温室効果ガスの削減割合を46%以上とすることが記された(1)。運輸部門における二酸化炭素排出量の全排出量に対する割合は17.4%(2021年)であり、他の産業部門に比べ電動化がしやすいことから、国土交通省は、乗用車については2035年までに新車販売で電動車100%の実現を目指し、商用車については8トン以下の小型車は、新車販売で2030年までに電動車20~30%、2040年までに電動車・脱炭素燃料対応車100%を目指し、8トン超の大型車は実証と早期導入を図りつつ、2030年までに目標を決定するとしている(2)。自動車動力としてのエンジンの役割は終わったのか。この特集を読んだあとにはこの疑問に対し「否」といえるであろう。

本特集は高効率自動車用エンジンの開発に関する6件の記事と次世代カーボンニュートラル燃料(CN燃料)利用のライフサイクルアセスメント(LCA)解析に関する2件の記事で構成される。詳細は記事本文をお読みいただくこととして、ここでは水先案内人として各記事の概要を簡単に触れさせていただく。

まず最新エンジンの開発に関する6件の記事を紹介する。坂井氏らによる「熱効率50%スーパーリーンバーンエンジンの開発」では、空気過剰率2.5の超希薄燃焼を用いた高効率エンジン実現のための燃焼安定化技術の概要、この技術とCN燃料として期待されるエタノールとの組合わせにより正味熱効率49.1%実現の可能性を示している。

安藤氏らによる「副室ジェット燃焼による熱効率向上への挑戦」では、燃焼期間の短縮によるノック回避と熱効率向上のための技術として開発された副室ジェット燃焼の概要と燃焼速度向上により増加する燃焼騒音への対策技術を紹介する。

写真:副室着火燃焼(右)(関連記事P.16)〔写真提供:(株)本田技術研究所〕

日高氏らによる「発電用ロータリーエンジン8C型の開発」では、容積比出力が高く燃料多様化に対する適応性にも優れるロータリーエンジンをシリーズハイブリッド車用エンジンとして開発した事例を紹介する。

写真:発電用ロータリーエンジン(関連記事P.20)〔写真提供:マツダ(株)〕(他への転載、転用を一切禁ずる)

大熊氏らによる「世界初 可変圧縮比エンジンVC-TURBO用マルチリンク式クランク機構の開発」では、高効率運転時には高い圧縮比を使い、高負荷運転時には低い圧縮比へと変化させることが可能なエンジンついて、これを実現可能としたマルチリンク機構を紹介する。

写真:可変圧縮比エンジン(関連記事P.24)〔写真提供:日産自動車(株)〕

内田氏による「正味熱効率55%超の次世代ディーゼルエンジン」では、重量車用ディーゼルエンジンの熱効率向上に対し、サイクル効率向上、冷却損失低減の二つの評価軸に基づき諸技術を開発した事例を紹介する。

伊東氏による「重量車用水素エンジンの実用化を目指して」では、CN燃料として期待される水素を用いるエンジン車を現行ディーゼルエンジン車を基に開発した事例について、燃焼と潤滑の技術課題を含めて紹介する。

以上の6件の記事を通してわかることは、乗用車用ガソリンエンジン、重量車用ディーゼルエンジンの正味熱効率がともに50%を超えるレベルにまで到達しようとしていることであり、また、これらの高効率化を実現するため、燃焼、流体、伝熱、潤滑、機構、振動、材料、制御といった多くの工学分野における革新的技術が統合されていることである。

つづく2件は次世代CN燃料に関する記事である。工藤氏による「燃料のライフサイクルアセスメント」では、次世代燃料利用における環境負荷評価を、製造、輸送、利用、廃棄にわたり評価するライフサイクルアセスメント(LCA)の考え方と水素を対象にしたLCA解析事例を紹介する。

中山氏による「e-fuelに関する技術調査と実証試験」では、再生可能エネルギーを用いて製造される合成燃料を利用するエンジン車(純ICE,PHEV)とバッテリー電動車(BEV)のCO2排出量のLCA解析事例と、ゼオライト触媒を用いて製造された液体合成燃料の実機実証試験を紹介する。

以上のCN燃料に関する記事から、自動車利用におけるCO2排出量の評価にはLCA解析が必要なこと、LCA解析事例では合成燃料を用いたエンジン車はバッテリー電動車と同レベルまでCO2排出量を低減できるポテンシャルを有することがわかる。

本特集のすべての記事を通読して思うことは、持続可能社会においてエンジン車とバッテリー電動車は相反する存在ではなく、両者をそれぞれの技術的特色を生かして適材適所で利用することで社会全体のCO2排出量を低減できることである。また、バッテリー電動車に比べ貴金属や希土類などの希少資源の使用量が少なく、リサイクル性の高い材料で構成されるエンジン車は、資源循環社会の実現にも資すると考える。エンジン技術はモビリティ電動化のためのつなぎ技術ではなく、持続可能社会における自動車用動力として活用されるポテンシャルを有している。さらに、エンジンに関連する技術分野は広範にわたり、これを構成する高度な要素技術とこれらを統合してまとめる技術は我国の自動車産業の貴重な財産であり、これらの技術の途絶や海外流出は、我が国の国際競争力を低下させる危険をはらんでいる。本特集の読者が持続可能社会におけるエンジンの必要性について理解を深められることを切に願う。

最後に本特集の記事を執筆いただいたすべての著者、特集号の編集に携わったエンジンシステム部門学会誌特集企画小委員会のすべての委員に深く感謝申し上げます。

 


参考文献

(1) 「第6次エネルギー基本計画」,経済産業省,
https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005-1.pdf (参照日:令和6年4月2日).

(2) 「脱炭素化に向けた取り組み」,国土交通省,
https://www1.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001587784.pdf(参照日:令和6年4月2日).


<フェロー>

小酒 英範

◎東京工業大学 工学院 教授

◎専門:燃焼工学、内燃機関

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