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2024/4 Vol.127

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特集 ベンチャー企業の実際

<機械系ベンチャー企業の紹介>夢のあるCAE を日本から-大学のユニークな研究を基に開発したソフトで製造業の役にたつ-

石井 惠三〔(株)くいんと〕

起業

筆者はそれまで約14年間お世話になった日本情報サービス(株)〔現・(株)JSOL〕を辞め1985年3月に起業した。おりしも3年前の秋に発売されたNECの16ビットマイクロプロセッサを持つパーソナルコンピュータPC9801が爆発的に売れ、PCが16ビットの時代に入りビジネス向けアプリケーションがたくさん出てきた頃である。

起業のきっかけを与えてくれたのは、1982年秋にミシガン大学の菊池昇先生を訪ねた時にいただいた「夢と勇気」だ。この時に、近い将来起業することをなんとなく自分の頭の中で思い描き、自分なりのビジネスモデルを「大学のユニークな研究を基にソフトウェアを開発し、それを利用いただくことで製造業の技術を縁の下で支える」と決めた。

黎明期

会社をスタートする時は一人で始め、軌道に乗ったら増員をと考えていたのだが、いざ登記をする段になって総勢5人になっていた。そこで社名をラテン語の「5」を表す「くいんと」にした。あえて平仮名を使ったのは、CAEソフトウェアの寡占化が進み、大半が海外製だったこともあり、強い「日本」へのこだわりを表現したかったからである。

プログラム開発環境は前述したPC-9801、日本無線の8086×2PC、Apollo Domain DN3000などを購入または借り受けて使用した。

これらを使って、当時は珍しかったプリポスト込みの「2次元/軸対称・定常/非定常熱伝導・弾性応力解析プログラムCR-X」をPC専用に開発するとともに、菊池先生、博士課程の学生 鳥垣さんらの研究Adaptive Mesh Refinement(1)を基に「アダプティブ有限要素法プログラムOPTIMESH」を彼らと共同開発した。

そして、無名な零細企業を製造業の方々に知っていただくために、菊池先生のアイデアで、CAEに内在する特有の問題や、夢や希望に焦点を当てた、ソフトウェアベンダーの開催するユーザ会とも、学会の学術講演会とも違う、新しいスタイルのセミナーを目指そうと「くいんとセミナー」を年1回のペースで始めた。

このセミナーでは、その時点におけるCAEの目新しいテーマを選び、最先端の研究を惜しみなく紹介した。Adaptive FEM、均質化法によるマルチスケール解析、トポロジー最適化、形状最適化、イメージベース法による現物モデリング、VOXEL FEM等々多岐に渡る。数年から10数年後に、海外から有力なソフトウェアが現れ、先行していた我々が相対的に苦しくなったが、これも一つの社会貢献と思うことにした。

均質化法を用いたトポロジー最適化

前項のOPTIMESHは製造業でそれなりに評価され使っていただいたが、数年するとSDRC I-DEASに同様の機能が入り、RASNA社からはアダプティブP法を用いた構造解析ソフトウェアApplied Structureが出てきて、FEM Solverを持たずMesh refinement機能のみを独立させたソフトウェアの劣勢が明らかになり、次の製品の準備を開始した。

ちょうど1988年に菊池昇先生とMartin P. Bendsoe先生の「連続体のトポロジー最適化」の論文(2)が内外で脚光を浴びた。この論文には二つの大きな研究項目が含まれていた。

一つは「トポロジー最適化技術」、そしてもうひとつは「均質化法」というマルチスケール解析を行うための応用数学分野の解析技術(3)である。

ミシガン大学に菊池先生を訪ねた時、この研究を引き継いだ博士課程の学生 鈴木克幸さん(現・東京大学教授)から凄い結果を見せていただき衝撃を受けた。連続体のトポロジー最適化技術を使って計算した有名なミッチェルのトラスだ。次はこれだと確信した。

のちに出た論文(4)は平面応力場のトポロジー最適化の完成形とも言えるものだった。この論文が出る前に我々は菊池昇先生、鈴木克幸さんの協力を得てソフトウェアの商用化に取り組み、1989年秋に「連続体のトポロジー最適化ソフトウェアOPTISHAPE」を完成させ発売に漕ぎ着けた。

このソフトウェアは、当該カテゴリーとしては世界初の商用ソフトウェアとして専門書(5)にも記されている。連続体のトポロジー最適化の概要は、以下のようなものである。

解析モデルを含む充分大きな対象領域を多孔質体と仮定し、周期的に空いた微小の穴を含む部分領域のマクロ材料構成則を「均質化法」で計算する。最適化規準法による繰返しステップにこの計算が含まれると計算量が膨大になることから、単位セルにあらかじめ有限個の代表的な穴のパターン(正方形、縦横比の異なる長方形)を単位ヤング率、有限個のポアソン比で均質化計算を行い、均質化された応力―歪み関係式をデータベースに納めておく。これらの代表値を使って種々のパターンは補間近似計算で求める。当然のことながらセルに矩形の穴が空くので材料は直交異方性になる。そして強弱の方向性を持たせるために、マクロ構造解析時に求まる主応力の第一主軸の方向に長方形の穴の長辺の方向を合わせる。

最適化は設計領域の体積または質量を制約して平均コンプライアンス(外力の成す仕事)を最小化するために、最適化規準法を収束と見做せるまで繰り返す。

その後多くのトポロジー最適化ソフトウェアは、要素または節点に仮想材料密度を仮定した等方性材料のSIMP法(Solid Isotropic Material with Penalization)を採用し、最近ではレベルセット法をベースとしたソフトウェアも出てきている。

H1勾配法による形状最適化

1993年にミシガン大学で、菊池先生から在外研究で滞在中の畔上秀幸先生をご紹介いただいた。畔上先生は「成長歪み法による形状最適化」で名前は存じあげていたが、直接お会いするのは初めてだった。その後、畔上研究室をお訪ねした際には数学的検討が加えられた「力法」と名付けられた形状最適化法を見せていただき、それまでトポロジー最適化のみだったOPTISHAPEに形状最適化を加えさせていただけないかを打診し、ご快諾いただいた。

その後、この手法は数学的厳密さが再検討され、当初の「力法」からより一般化された「H1勾配法」(6)に発展した。我々のソフトウェアもトポロジー/形状最適化手法を備えた「構造最適設計ソフトウェアOPTISHAPE-TS」としてリニューアルし、さまざまな製造業で使われ、現在も発展を続けている(図1)

図1 インフラ点検ロボット(トポロジー最適化及び形状最適化を駆使して軽量化を実施した例)
〔写真提供:(株)イクシスリサーチ、丸紅情報システムズ(株)、(株)くいんと〕

その他

ほかにもいくつかチャレンジャブルなソフトウェア開発を行った。ミシガン大学菊池昇教授とScott Hollister教授の研究(7)を基にした「イメージベース構造解析ソフトウェアVOXELCON」は、現物はあるが図面がない対象構造物にX線CTスキャナを活用して、対象構造の断面画像をたくさん取り、得られたそれぞれの断面の画素値を材料の有無の2値(1 or 0)にして重ね合わせると3Dモデルらしきものができ上がる。この一つひとつの画素をVOXELと呼ぶ小さな立方体で近似すると、FEMモデルを簡単に作成することができ、FEM解析が可能になる(図2)。その後、VOXEL型FEMの欠点をカバーする有限被覆法も加えた。

図2 実構造をCTスキャンし取り込んだ画像をVOXELでモデル化し応力解析をした例
(写真およびCT画像は菊池昇教授提供)

また、応答曲面近似を用いた「パラメーター最適化ソフトウェアAMDESS」は、米国Palo Alto在住の三浦宏一博士と共同開発を行い商品化したソフトウェアで、東レエンジニアリングDソリューションズ(株)の樹脂流動解析ソフトウェア3D TIMONの最適化ソリューション:AMDESS for 3D TIMONとして採用いただいている。

そして「科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)本格研究開発ステージ シーズ育成タイプ」および「内閣府 戦略的イノベーション創出プログラム(SIP)革新的設計生産技術」の研究成果の一部を利用して開発した「CADモデル生成ソフトウェアS-Generator」は、前述のOPTISHAPE-TSで得られたトポロジー最適化や形状最適化の結果形状(FEMモデル)からCADデータを生成するソフトウェアで、「最適化の結果をCADへ」という要求に応えたものである(図3)

図3 構造最適化結果→滑らかなSTL(Stereolithography:多数の三角形パッチの集まり)→NURBS曲面(Non-Uniform Rational B-Splines:自由曲面の集まり)→より滑らかなNURBS曲面

最後に、(株)構造計画研究所と共同開発を行い、設計者向けの構造最適化の市場に投入した、「SOLIDWORKSアドイン構造最適設計ソフトウェアHiramekiWorks」は、SOLIDWORKSで作成した解析対象CADモデルに対してトポロジー最適化や形状最適化ができ、その結果を再びSOLIDWORKSのCADモデルに戻すことが可能で、最近現場で使われるようになった。

おわりに

創業から約39年が経ち、創業時のビジネスモデルを実践し、大学の協力を得てユニークなソフトウェアを独自に開発してきた(8)

主力の構造最適設計ソフトウェアOPTISHAPE-TSは、スタートのトポロジー最適化から35年になり、顧客の要望を取り入れながら時間を掛けて発展し、今では自動車、鉄鋼、重工業、建設機械、精密機械、産業機械、スポーツ用具、ほかさまざまな製造業で使っていただいている。顧客と問題を一緒に考え、技術サポートは問題解決を意識しながら丁寧に行うことで、我々も知識を上げることができ、次のエンハンスの糧になる。

顧客から世に出た製品を見せていただき、「こんなに軽く出来た」、「こんなに性能が上がった」という言葉が、我々にとって何よりのご褒美である。自前のソフトを開発してビジネスを行う難しさに直面しながらも一歩一歩着実に前進し、今後はこれらをベースとした独自の発展を楽しみたい。


参考文献

(1) Diaz, A. R., Kikuchi, N. and Taylor, J. E. A method of grid optimization for finite element methods, Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering 37 (1983), pp.29-46.

(2) Bendsoe, M. P. and Kikuchi, N. Generating optimal topologies in structural design using a homogenization method, Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering 71 (1988), pp.197-224.

(3) Benssousan, A., Lions, J. L. and Papanicoulau, G. Asymptotic analysis for periodic Structures, North Holland, Amsterdam (1978).

(4)Suzuki, K. and Kikuchi, N. Shape and topology optimization using the homogenization method, Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering 93 (1991),pp.291-318.

(5)Bendsoe, M. P. and Sigmund, O. Topology Optimization, Theory, Methods and Applications, (2002),Springer.

(6) 畔上秀幸 形状最適化問題、森北出版(2016).

(7)Hollister, S. J. and Kikuchi, N. Homogenization theory and digital imaging: a basis for studying the mechanics and design principles of bone tissue, Biotechnology and Bioengineering, Vol.43 (1994),pp.586-596.

(8) 石井惠三 CAE私の履歴書、計算工学vol.28 No.3(2023),pp.35-38. 日本計算工学会.


石井 惠三

◎(株)くいんと 代表取締役会長、博士(工学)

◎専門:計算力学、構造最適化

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