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2024/3 Vol.127

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特集 核融合実験炉ITER 建設最前線

トリチウム除去システムの開発と調達の現状

磯部 兼嗣(量子科学技術研究開発機構)

はじめに

核融合反応を利用した発電を目指すのが量子科学技術研究開発機構(以下、量研)における核融合研究である。現時点で最も達成が容易である核融合反応は、水素の同位体である重水素(D:デューテリウム)と三重水素(T:トリチウム)を用いた反応であり、核融合実験炉イーターおよび各国が進める原型炉(発電を実証する前に成立性を確認する炉)も重水素とトリチウムを核融合反応の燃料にすることになっている。この燃料となる水素同位体のうち、トリチウムは微弱なβ線を放出する放射性同位元素(RI:ラジオアイソトープ)であり、可燃性物質としての管理だけではなく、RIとしての管理も求められる。

一方で、燃料である水素同位体は核融合炉において、さまざまな形態で存在する。核融合反応を起こす真空容器内では水素分子や原子核の状態であり、真空容器からの排気ガス中では水素分子の形態だけでなく水蒸気やメタンなどの有機系化合物の形で排出される。

核融合反応においては、注入した燃料に対し数パーセントしか核融合反応を生じないことから、排気ガス中にも多くの未反応水素があり、排気ガスから燃料をリサイクルすることが求められる。この燃料のリサイクルを燃料循環システムと呼び、この中で水素同位体は水素分子や水蒸気の状態だけでなく、水や液体水素としても存在する。

このように多様な形態をもって存在する水素同位体をいかに管理するかが、核融合による発電を目指すために重要な課題となる(1)

トリチウムをどのように閉じ込めるか

核融合炉ではトリチウムが存在する装置や配管などからの漏洩を防ぐ、すなわち気密性を確保することで一義的にはトリチウムを閉じ込めることができる。

もともと核融合反応を生じさせるためには真空が求められるため、真空容器に接続される各装置、また真空を維持するための装置も気密性を重視した設計となっている。また、燃料循環システムもトリチウムを使用することから気密性を確保されており、燃料の観点からみれば、核融合炉のプラント全体で閉ループが構成されている。

しかし、気密性を確保しなければならない一方で、燃料循環システムにおいては核融合反応で生じるヘリウムや真空容器内で発生する不純物ガスを閉ループ外に排出する必要がある。さらに不純物ガスの排出においては、トリチウムを含まない形にした上で環境中に放出する必要がある。

また、事故でこの閉ループから燃料が漏れだす可能性もあるため、核融合炉を格納する建屋や燃料循環システムを格納する建屋など、RIを内包する建屋では建屋内を負圧に維持し、漏洩したガスやRIが直接環境中に漏洩しないよう対策が取られる。

負圧を維持するためには常時排風機などの回転機器で建屋内のガスを引き込む必要があり、トリチウムが漏洩した場合には、建屋から引き込んだガスからトリチウムを排出基準以下まで除去したあと、環境中に放出する必要がある。

このように環境中にガスを放出するためにトリチウムを含まない排出ガスにする設備がトリチウム除去システムであり、核融合炉における安全上の要となるシステムである。

トリチウム除去システムの開発

ガス中からトリチウムを除去する原理は非常に単純である。核融合炉でトリチウムは、水素ガス、有機系ガス、水蒸気の化学形を持つが、水素ガスや有機系ガスも酸化させれば水蒸気となる。そのため、トリチウムを含んだガスを触媒などで酸化させ、水(水蒸気)の形で捕集するのがトリチウム除去系の原理である。図1にトリチウム除去システムの概略構成を示す。

図1 トリチウム除去システムの概略構成

トリチウム除去システムは、放射化ダストの粒子を除去するフィルター、排ガスを除去システムに送り込む排風機、トリチウムを含んだガスを酸化させる触媒酸化反応塔、水分を回収する水分回収搭で構成され、排気筒からトリチウムを含まないガスとして環境中に排出する。このうち、フィルターと排風機については、商業的に使用されている機器を採用することになっている。

したがって、トリチウム除去システムの開発は効率的なトリチウムガスの触媒酸化法やトリチウム水蒸気の捕集方法に絞られる。トリチウム除去システムを構成する機器は安全上の重要機器であることから、その性能の実証(Qualification)が強く求められる。触媒開発の一例として、図2に量研が田中貴金属と共同で開発した触媒の例を示す。

図2 水に浮かぶ疎水性貴金属触媒(疎水性触媒技術は実用化されている)

触媒の表面に水蒸気が吸着することで酸化性能が大きく低下することが明らかになったため、触媒に疎水機能を持たせることで水蒸気による性能低下が起こりにくい触媒を開発した。その疎水機能により触媒が水上に浮いている。これにより大量の水蒸気が触媒塔内で生成されるような状況においても酸化性能の低下を防ぐことができる。この触媒は、その後の研究開発で実用化となり、田中貴金属工業(株)からTKK-H1Pとの名称で販売されている(2)

トリチウム水蒸気の捕集方法の開発では、トリチウム取扱い施設で従来使用されてきた乾燥材を用いた乾燥塔方式に代わり、スクラバー塔方式というトリチウム除去設備として新しい簡便な方式を開発した。

イーター(ITER)では、常にトリチウム除去機能を維持する必要があるため、水蒸気の捕集量(吸着容量)に上限のある乾燥塔を連続的に使用する場合には、複数の乾燥塔を切り替えながら運用する必要がある。したがって設備・操作が複雑になり、その分、機器の故障などによる機能喪失リスクが高くなることが、イーターの工学設計期で判明した。

そのため、乾燥塔方式に代わる複雑な操作を必要としない方式が求められていた。スクラバー塔によるトリチウム除去の原理は、特殊な充填物が詰まった塔に、トリチウムを含まない水を導入・散布し、トリチウムを含む水蒸気を連続的に洗い流し、トリチウムを水側へと移行させるものである。そのため、スクラバー塔を用いた場合の必要な操作は、水を塔内に導入するのみという非常にシンプルな設備となった。

しかし、スクラバー塔によるトリチウムの除去はこれまでの実績がないため、量研にて性能確証試験を実施し、トリチウム除去性能やその動特性などを確認した。

この性能確証試験では、トリチウムの除去性能やスクラバー塔の動特性、長期信頼性など、一般的な設備や機器に対する性能確認だけではなく、図3に示すようにスクラバー塔自体を加振し、その後の除去性能を確認することも求められた。このような性能確証試験は、地震などの災害や火災においても性能を維持することが求められる安全上重要機器に対しての要求事項となっている。

図3 三次元加振台の上に設置されたスクラバー塔(中央のステンレス製の銀色の筒がスクラバー塔)

このように、トリチウムガス酸化触媒の研究開発やトリチウム水蒸気捕集方法の性能確証試験を進めたあと、システム全体の性能を確認する統合性能確証試験を実施した。この試験では図1に示した排風機、触媒酸化反応塔、水分回収搭(スクラバー塔)で構成される除去システムを模擬した小型の設備で実施した。

統合性能確証試験の結果、イーターの通常運転で想定される条件、また火災を含む事故の際に想定される条件において必要とされるトリチウム除去率(除去率とは、入ってくるガス中のトリチウムを除去した割合であり、イーターではフランスの原子力規制に則り定められた要件書において、通常運転時:99%以上、非火災の事故時:99%以上、火災時の事故:90%以上と定められている)を満たすことを確認した。

このようにイーターの調達機器は、その安全上の重要度により通常の研究開発だけでなく、地震、火災などの事象においてもその性能を維持することを実証することが求められる。そのため、イーターの機器調達では、量研内での研究開発にとどまらず、広くメーカーなどと協力して進める必要がある。

トリチウム除去システム調達の現状

イーターにおけるトリチウム除去システムは、量研におけるトリチウム除去システムの性能確証試験をもとに、スクラバー塔を採用したシステムとしてイーター機構と量研が共同で調達を進めている。イーターの調達機器において、トリチウム除去システムが現在唯一の共同調達の対象機器である。前述したように、トリチウム除去システムはイーターの安全上の重要機器であり、イーターでトリチウムを使用するための許認可取得に直結する。この許認可取得はイーター機構の専権事項として、所在地であるフランスの規制法に則って段階的に進められている。そのため、トリチウム除去システムの技術的知見と核融合炉に向けた長年のトリチウム取扱い実績を有する量研と許認可取得に責任を持つイーター機構との共同調達という形をとっている。トリチウム除去システムの調達は、すでに国際入札案件としてイーター機構から参加極に通知し、入札参加を希望する企業体の事前審査を完了したところである。この調達契約においても、トリチウム除去システムが安全上重要機器であることから、その設計・製作や使用する機器について、安全上の要求や厳しい品質保証が求められる。トリチウム除去システムは今後の原型炉や発電炉に向けて不可欠な設備であり、イーターでの実績やデータの蓄積が得られることから、各極を代表する企業が入札参加を希望している。今後はイーター機構とともに、この調達を通してイーターの安全性の向上を図るとともに、日本国内にその知見をフィードバックし、日本の原型炉におけるトリチウムの安全な取扱技術の向上に貢献したい。


参考文献

(1) 岩井保則, 核融合研究開発の最近の状況 6 核融合工学研究開発の現状 6.8 トリチウムシステム,RADIOISOTOPES, Vol.67, No.4(2018), pp.195-198.

(2) 岩井保則, 久保仁志, 大嶋優輔, トリチウムを安全に扱うための触媒開発―核融合の実用化に近づく大きな一歩―,化学, Vol.70, No.5(2015), pp.35-40.


磯部 兼嗣

◎量子科学技術研究開発機構 六ヶ所研究所 ブランケット研究開発部 トリチウム工学研究グループ グループリーダー

◎専門:トリチウム理工学

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