特集 JSMEメンバーが考える2051年の社会像実現に向けた技術ロードマップ
社会像3.リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会
はじめに
日本機械学会メンバーが2050年実現させたい社会像の説明
日本機械学会は、2021年から2050年にかけて、メンバーが描く三つの理想的な社会像に関する議論を深化してきた。具体的には、『人間と自然、都市と地方、個人とコミュニティが長く共存される社会』、『多様性と包摂性が確保された次世代コミュニティによる総合地域社会』、『リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会』をテーマとしている。本特集号では、これらの理念を詳細に解析し、実現に向けた課題と技術的方向性を提案することを目的としている。
特に社会像3『リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会』に関しては、日本機械学会内の22部門から、該当する8部門の代表者が参加して精密な議論を進行してきた。これらの部門は、ロボティクス・メカトロニクス、生産加工・工作機械、情報・知能・精密機器、設計工学・システム、計算力学、生産システム、バイオエンジニアリング、および宇宙工学であり、それぞれが独自の専門知識を活かしながら新しい技術領域の開拓を進めてきた。
社会像3『リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会』のテーマは以下の三つの観点から考察されている。
観点①:この社会は、リアルとバーチャルが共存しており、対面や移動の重要性が保たれつつ、バーチャル空間での活動も拡大している。デジタルツインや先端のハードウェア技術が、多様な体験や表現方法を拡充している。
観点②:多様性と個人の尊重が社会の中心にあり、多様なバックグラウンドを持つ人々が共存する環境で、情報の共有やプライバシー保護も確実に実施されている。
観点③:労働は楽しみながら行われるという基盤があり、競争があってもそれが人々のモチベーションとなり、楽しみを求める文化が確立している。休息を取る文化、例えばサバティカルも導入され、生活全体でのバランスが重視されている。
以上の観点から、リアルとバーチャルの調和に基づいた個人と社会の融合が、私たちの生活や社会に多大な影響を与える可能性があると言える。具体的には、感覚的なコミュニケーションが豊かになり、安全かつ効率的な移動が可能となるなど、多様性とバランスを保ちながら、社会が持続的に発展していくことが期待される。
2050年社会像実現のための課題の抽出
2050年社会像と社会像実現の課題との関係性構築
観点①では、社会像を具現化するための課題が関連キーワードとワークショップの結果に基づいて抽出された。初めに明らかになった課題は規模と範囲が多様であったが、アンケート調査により「バーチャル空間とリアル空間のシームレスな統合」が主要な課題として特定された。この課題を中心に図1に示す関連課題が整理され、統合された。その結果、包括的な課題として「次世代デジタルコミュニケーションとシステムインテグレーションのための技術革新」が明らかになった。この包括的な課題を解決する技術を特定する過程で、課題は再分解され、表1に示すように、4つに分解された課題と、それぞれの課題の詳細な定義が示された。
図1 主課題と関連課題
表1 課題1「次世代デジタルコミュニケーションとシステムインテグレーショ
ンのための技術革新」の分解
観点②でも、社会像を実現する課題がキーワードとワークショップ結果に基づき抽出された。観点①と同様に、課題規模の統一のためアンケートが実施され、図2に示す主課題と関連課題が区別された。これにより、「デジタルを活用した設計開発環境・組織のマネジメント」という包括的な課題が明らかになった。この課題を解決するため、再分解が必要であり、その詳細は表2に示されている。
図2 主課題と関連課題
表2 課題「デジタルを活用した設計開発環境・組織のマネジメント」の分解
観点③においても、社会像を実現するための課題はキーワードとワークショップに基づいて特定された。課題の規模統一のためアンケート調査が施され、図3に示す主課題と関連課題が区別された。これにより、「持続可能なワークライフバランスとパフォーマンス最適化の実現」という包括的な課題が明確となった。この課題を具体的に解決する技術や手法を明らかにするため、課題の再分解が行われ、その詳細は表3に記載されている。
図3 主課題と関連課題
表3 課題「持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンス最適化の実現」の分解
以上のように、本検討では「リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会」というテーマを掲げ、この三つの観点から区分した社会像の、課題1「次世代デジタルコミュニケーションとシステムインテグレーションのための技術革新」、課題2「デジタルを活用した設計開発環境・組織のマネジメント」、課題3「持続可能なワークライフバランスとパフォーマンス最適化の実現」という包括的な課題が抽出された。次章では、これらの包括的な課題とそれに対する分解課題を解決するための技術的アプローチについて検討する。この取り組みの中で、関連する各部門の専門分野が統合され、新たな技術分野の形成に向けた議論が進められる。その成果としての方向性や具体的な提案を示す。なお、本稿は当該分野に関するすべての技術を網羅的に示すことを目的としているのではなく、日本機械学会が2050年に目指す社会像の在り方およびそこまでに到達するためのロードマップを提示することが主目的となっていることを冒頭に申し添える。
課題1.次世代デジタルコミュニケーションとシステムインテグレーションのための技術革新(図4)
図4 課題1「次世代デジタルコミュニケーションとシステムインテグレーションのための技術革新」のための技術ロードマップ
(図中のアイコンは Open AIのイメージ生成ソフトDALL・E3 により生成)
バーチャル空間とリアル空間のシームレスな統合
本課題は、リアル空間とバーチャル空間との間で自然なインタラクションを実現する人間インタフェースの開発に焦点を当てている。新しいインタフェース技術の研究および開発は、ユーザがバーチャル空間を直感的に操作できるようにするために必要となる。日本機械学会が積極的に取り組むべき領域として「バーチャルリアリティ技術とユーザインタフェースの統合技術」が挙げられる(1)。本技術に対する理解を深めるため、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図4)を予測する。
バーチャルリアリティ技術とユーザインタフェースの統合技術
「バーチャルリアリティ技術とユーザインタフェースの統合技術」は、リアル空間とバーチャル空間をシームレスに連携させるための技術である。この技術の進展により、ユーザは物理的な現実空間とデジタルなバーチャル空間との間で、違和感なく、直感的な移動やインタラクションが可能となる(1)(2) 。特に、各年度の日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会においては、「VR」や「触覚・ハプティクス」、「遠隔操作」などのキーワードが急増しており、この領域での研究が活発になっていることが確認できる(3)。
2050年を視野に入れた現代社会において、デジタル技術の進化が進む中、バーチャル空間での活動は日常生活においても普及している(4)。それにもかかわらず、バーチャル空間とリアル空間の間の技術的な障壁は依然として存在する。ユーザが両空間を自由に行き来し、直感的に操作できる環境を整えることによって、生活の質が向上するだけでなく、新しいビジネスチャンスも生まれる可能性が高い。
このシームレスな統合を達成するためには、高度なクロスリアリティ技術(XR)と、人間中心のインタフェース設計が不可欠である。具体的には、3D映像技術、センサ技術、人間の動きや感覚を捉える技術、さらにはこれらをバーチャル空間に反映させる技術の統合、およびこれらの技術をユーザ中心で最適化する研究が必要とされる。
究極的な目標は、ユーザがリアル空間とバーチャル空間の間を自然で直感的な動きで行き来できる環境を構築することである。これにより、生活の質の向上はもちろん、新しい形態のコミュニケーション、学習、エンターテインメント体験といった、まだ想像すらつかない新しい価値の創造が期待される。
2023年現在において、技術的な焦点は「基本的な感覚同期技術の開発」と「3D視覚技術の最適化」に置かれる。この年の目標は、拡張現実(XR)の体験を初期段階で洗練し、初のシームレスな統合体験をユーザに提供することである。また、この年にはさまざまなVRデバイスが市場に登場する(5)、一般ユーザ向けのインタフェースがよりシンプルかつ統一されると予測される。
2025年の展望では、技術的な進展はさらに加速し、「感覚同期技術の高度化」が進行する。タクタイル(触覚)、温度感(6)、嗅覚(7)といった多様な感覚が同期されるようになる。さらに、「AIとの統合によるパーソナライズドインタフェース」の実現が予想される。この段階の主要な目標は、リアルとバーチャルの間でシームレスな遷移を可能にし、ユーザが直感的な操作で高度なバーチャル体験を享受できるようにすることである。そして、感覚同期技術が商業展開され始め、主要企業がこの統合技術の導入と普及を推進することとなる。
2030年の展望を考慮すると、技術的な取組みは「完全な人間中心設計の実現」と、より先進的な「ニューラルインターフェースおよび脳波解析によるインタラクション」に集中する。この段階での目標は、ユーザにバーチャル空間をリアル空間と同等に感じさせる体験を提供し、全感覚によるバーチャル体験を実現することである。重要なマイルストーンとして、2020年代前半から始まったいくつかのニューラルインターフェースの試験(8)が、この時点で製品化されるとともに、全感覚同期技術の研究と開発が活発に行われることが予測される。
2050年の展望として、技術的な取組みは「リアル空間とバーチャル空間の完全な統合」および「脳と直接連携するインタラクション技術の普及」に焦点を当てる。この年の大きな目標は、バーチャルとリアルの境界がない一体化した生活を社会全体で実現し、すべての人々が直感的にバーチャル空間を活用できる社会を築くことである。そして、バーチャル空間での実務、教育、日常生活が一般化し、人々の生活の中心がバーチャル空間へと移行する可能性が高くなることが予測される。
デジタルリアルとバーチャル/遠隔地間での感覚情報伝達手段の改善
本課題は、バーチャル空間とリアル空間との間での感覚情報(視覚、音、触覚など)の高度な同期と伝達技術に焦点を当てるものである。リアルタイムで遠隔地からの情報をバーチャル空間に転送し、ユーザにリアルな体験を提供するための研究と開発が求められている。解決に必要な技術領域として、日本機械学会が特に注力すべきと考えられるのは、「デジタル/リアルとバーチャル/遠隔地間での感覚情報伝達手段の改善」である。この技術について詳細に考察し、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図4)を予測する。
デジタルリアルとバーチャル/遠隔地間での感覚情報伝達手段の改善技術
視覚情報の同期と伝達に関しては、遠隔地からの情報をリアルタイムで取得し、圧縮して送信する技術が進展している。具体的には、高解像度のカメラや3Dスキャナーが対象の視覚データの捕捉に用いられる。次世代の高速通信プロトコルを通じて、これらのデータはリアルタイムでバーチャル空間に送られる。そして、VRヘッドセットやARグラスを用いて、ユーザにリアルタイムで視覚体験を再現する。聴覚情報の同期と伝達も同様に重要である。環境音や特定の音声を高品質のマイクロフォンで取得し、これらの音声データもリアルタイムでバーチャル空間に送信される。ユーザは、高品質のヘッドフォンやサラウンドスピーカーによってリアルな音響体験を得る。触覚情報も、その重要性が増している。触覚センサを用いて物体の質感や温度を捕捉し、この情報もリアルタイムでバーチャル空間に送信される。ハプティックデバイスや触覚フィードバックスーツを用いて、ユーザにリアルな触覚体験を提供する。
これらの技術、すなわち視覚、聴覚、触覚が融合することで、遠隔地での完全な感覚体験がリアルタイムで可能となる。これにより、遠隔教育から仮想旅行、遠隔医療まで多岐にわたる分野でリアルな感覚体験が共有できるようになる。
この技術の進展は、物理的な距離や時間の制約を超え、新しい形のコミュニケーションや相互作用を生む可能性がある。それは未来の産業や社会に革命的な影響を与え、新しい価値を創造すると期待される。2050年の社会では、遠隔作業やバーチャルリアリティが多くの分野で一般化すると予想される。このような環境下では、言語やデータだけでなく、感覚レベルでのリアルタイムな交流が極めて重要である。こうした技術によって、より効果的なコミュニケーションや医療診断、個別対応の教育が可能になる。これを実現するためには、先進のマルチセンサ技術と高速通信、そして高度なAI技術が必要である。これらによって、リアルタイムで高度な感覚情報伝達が可能となり、多様な用途に適用できるようになると期待される。
2023年現在において、深層学習に基づく創造支援AIが主流となっている。このAIによって、デザイナーのアイデアが補完され、創造プロセスの速度が向上する。さらに、AIが基本的なデザインエラーを自動で修正する機能やシンプルなデザイン提案も行う。無言のコミュニケーションに基づいた初期段階のインタフェースも開発されている。この時点での重要なマイルストーンは、主要なデザインツールとAIの統合である。
2025年の展望では、高度な3DデザインのAI支援が焦点となる。複雑なデザインタスクの半自動化が可能であり、効率化と市場への迅速な適応が促進される。クロスプラットフォームにおけるデザイン同期技術も進化し、異なるプラットフォームでのデザイン作業が円滑となる。また、デザインのトレンドを予測するAIによって、市場動向に迅速に対応することが可能である。この期間のマイルストーンは、VR/AR空間でのデザイン支援AIの実現である。
2030年の展望を考慮すると、AIとデザイナーが共同で創造するプロセスが普及する。新しいデザインフレームワークが開発され、人間が到達しえなかった創造領域が探索される。感情ベースのデザイン調整をする生体認証AIや、継続的に学習する自進化型デザインAIも導入される。この時点でのマイルストーンは、個々のユーザの属性や好みに応じたデザインの自動生成である。
2050年の展望では、デザインの概念そのものが再定義される。意識ベースのデザインインタラクションが可能となり、AIが独自の「感性」を持つようになると予想される。量子コンピューティングによるデザインシミュレーションと最適化も進行し、人間の感性とAIの計算能力が完全に融合する新たな芸術・デザイン領域が形成されると考えられる。この時代の象徴的なマイルストーンは、AIが独自のデザイン哲学やスタイルを持ち、それを人間に教える段階に至ると予想される。
実体を持った個体による情報伝達と表現技術
実体を有する個体がバーチャル空間とリアル空間での情報伝達や相互作用に活用される研究が増加している。その中で、「デジタルツインと工作機械の連携技術」が機械学会によって注目される分野とされている。この技術に焦点を当て、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図4)を予測する。
デジタルツインと工作機械の連携技術
デジタルツインと工作機械の連携技術は、近年、製造業や工業分野におけるイノベーションの核となっている(9)。この技術の核心は、現実世界の物理的オブジェクトやシステムと、それをデジタルで模倣した「デジタルツイン」との連携にある。この連携によって、工作機械の動作や設定のバーチャル空間での変更は、リアルタイムで現実世界に反映される。逆に、現実世界の動作や状態もデジタルツインに即座に反映される(10)。このリアルタイムな双方向の連携により、製造プロセスの最適化、故障予知、保守の効率化など、多様な利点が期待されている。
デジタルとリアル、バーチャルと遠隔地間の感覚情報伝達の向上は、今日の産業と社会が直面する多くの要求と課題に応えるための重要な手段である。情報化社会の進展により、リアルタイムの情報共有がより重要になっている。これは急速に変わる市場環境や顧客のニーズへの迅速な対応を可能にするため、また、国際的な協力や交流が頻繁になっていることに由来する。さらに、効率的なオペレーションは、競争が高まる産業界において、コスト削減や生産性向上の常時の要求である。バーチャル空間での意思決定や設計の変更は、実際の製造や運用前に多種多様なシミュレーションやテストを行い、最適な選択を可能にする。その結果、市場導入までの時間が大幅に短縮され、先行者利益を享受するための重要な要素となる。このような背景から、デジタルツインと工作機械の連携技術は、仮想と現実のギャップを埋め、上記のニーズを効率的に解決する鍵となる技術である。それにより、産業界はより迅速かつ効率的なオペレーションを実現し、経済的利益と社会的価値を向上させることが期待されている。
デジタルツインと工作機械の連携技術の開発の第一歩は、データの収集である。具体的には、センサやカメラを用いて、物理的な形状、動作特性、状態変化など、対象オブジェクトやシステムから詳細な情報を収集する。次に、これらの収集された情報を基にデジタルツインを構築する。バーチャル空間で対象の詳細なデジタルモデルを作成することで、現実世界のオブジェクトと同様の動作や反応を持つデジタルツインを実現する。完成したデジタルツインと現実世界の工作機械を連携させる次のステップは、通信技術や高速ネットワークを用いて、リアルタイムで双方の状態や動作を同期させることである。これにより、現実世界とバーチャル空間との間で一貫性が確保され、互いに影響を与え合うことが可能になる。このリアルタイムな連携によって、シミュレーションと実際の運用がより密接に連携され、設計段階での誤差や不具合を早期に発見し、修正することができる。
以上のように、デジタルツインと工作機械の連携技術は、工業分野における数多くの問題や要求に応えるための鍵となる技術である。それは、単に製造プロセスを効率化するだけでなく、市場導入までの時間を短縮し、経済的・社会的な価値を高める手段として、多くの産業界で注目されている。この技術は、さまざまな産業分野において、新たなビジネスモデルやサービスを生み出す可能性を有しており、今後の進展が注目されている。
2023年現在においては、基本的なデジタルツインの実装と工作機械との連携技術が進行中である。この段階での主要な目標は、バーチャル空間と物理空間との基本的な連携を確立することである。具体的には、工作機械の動作や加工を模倣する簡易的なデジタルツインが構築され、収集されたデータを用いてこのデジタルツインと実機との連携が実用段階に入っている(11)(12)。
2025年の展望では、高度なデータ解析の導入、AIによる自動同期の達成、そして高速通信技術(5G/6G)の活用が注目される。この年の目標は、リアルタイムでの高精度な同期を可能にし、運用段階に突入することである。この目標を達成するためには、AIと高速通信技術を活用してリアルタイムの同期を成功させ、産業界での実運用事例を創出することがマイルストーンとなる。
2030年の展望を考慮すると、さらに進んだ技術が導入される見込みである。具体的には、全自動化が達成され、エッジコンピューティングが採用されることでデータ処理の高速化が図られる。さらに、量子通信の可能性も探求が始まる。この年代の目標は、事実上の即時同期と全自動操作を実現することである。ここでのマイルストーンは、エッジコンピューティングによるデータ処理の加速と、量子通信の実用化に関する研究が始まることである。
2050年の展望では、量子通信が完全に実用化され、ホログラフィックインターフェースが導入され、AIによる完全な自律性が確立されることが期待される。この時点での目標は、人の介在を必要としない完全自動化を実現することであると考えられる。この目標達成のマイルストーンとして、量子通信による遅延のほぼ消失、ホログラフィックインターフェースによる直感的な操作、そしてAIによる全自律運用が挙げられる。
大規模AIモデルを活用した高度機械システム
デジタルツインの精度向上にはAI技術を活用し、高度な機械システムの予測・制御をリアルタイムで実現するための大規模AIモデルの研究開発が求められている。バーチャル空間とリアル空間のデータの連携とリアルタイム性を向上させるAI技術の進化が不可欠である。そのために機械学会が取り組むべき分野として、「脳神経インタフェース技術とバーチャル空間内の操作技術の統合技術」が挙げられる。この技術に焦点を当て、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図4)を予測する。
脳神経インタフェース技術とバーチャル空間内の操作技術の統合技術
2050年に向けて、機械システムはいっそうの複雑性を増し、高度な自動化とリアルタイム制御が不可欠となることが予想される。そのため、単にデータを収集・分析するだけでなく、それを即時に行動に移せるような高度なAIモデルが不可欠である。
まず、デジタルツインの基礎研究から始め、機械学習や深層学習の手法を用いて精度の高い予測モデルを構築する (13)。その上で、バーチャル空間とリアル空間のデータ連携を高度化し、リアルタイムでの高精度な制御が可能なAIアルゴリズムを開発する。また、脳神経インタフェース技術とバーチャル空間内の操作技術を統合し、直感的かつ高速な操作が可能なシステムを設計する。この技術の最終的な目標は「人と機械がシームレスに連携する未来」である。具体的には、脳神経インタフェース技術とバーチャル空間内の操作技術の統合により、人間の意志や感覚を直接、高度な機械システムに伝達することができる。これにより、より複雑な作業でも人の介在を最小限にしながら、効率的かつ正確に作業を遂行することが可能となる。それが、2050年に目指す次世代のデジタルコミュニケーションとシステムインテグレーションの実現に繋がると考えられる。
2023年現在においては、脳神経インタフェース技術とバーチャル空間内の操作技術の初期研究と基本的な連携が焦点である。具体的には、非侵襲的な脳波センサとVR(仮想現実)ヘッドセットの基本的な連携を実現し、シンプルなコマンドでバーチャル空間内のオブジェクトを操作する(15)ことが目標である。この段階でのマイルストーンは、脳波による基本的なコマンド操作がVR空間で実行可能になることである。
2025年の展望としては、高度なデータ解析とAIの融合により、より精密な操作を行えるシステムの開発が推進される見通しである。ここでの目標は、人間の意志によってバーチャル空間内で複雑なタスクを実行できるようにすることである。複数の脳領域からのデータを組み合わせて解析することで、より高度な操作が可能になる。
2030年の展望を考慮すると、完全な脳-マシンインタフェースの実現と、エッジコンピューティングの導入を目指すと予想される。この段階での目標は、実世界での機械やロボットに対する制御が、脳神経インタフェースとバーチャル空間を通じて、ほぼリアルタイムで可能となることである。マイルストーンは、リアルタイムでの高度なタスク実行が可能になること、そしてそれが産業界での実用事例として認知されることである。
2050年の展望では、完全に直感的なインタフェースとゼロ遅延を目指すと予想される。この時代の技術的挑戦は、脳とマシンが高度に統合され、人の意識や感覚レベルでマシンを制御できるようにすることである。このためには、量子通信の実用化や、高度なAIモデルによる完全な自律性が求められる。マイルストーンは、人の介在をほとんど必要としない完全自動化と、ほぼゼロの遅延での操作が可能となることである。
このように、2023年から2050年にかけて、脳神経インタフェース技術とバーチャル空間内の操作技術の統合技術は、初期の基本的な操作から、完全に直感的で高度に自律的な操作までを視野に入れた進化を遂げると期待される。
課題2.デジタルを活用した設計開発環境・組織のマネジメント(図5)
図 5 課題2「 デジタルを活用した設計開発環境・組織のマネジメント」のための技術ロードマップ
(図中のアイコンは Open AIのイメージ生成ソフトDALL・E3 により生成)
バーチャルヒューマンインタフェースの進化
デジタル技術を活用した設計支援システムやCAD/CAMのインタフェースを進化させることで、人間とコンピュータがシームレスに連携する環境を構築する必要がある。解決策として挙げられる技術の一つは、「力覚、触覚などの五感を活用したリモート情報伝達技術」である。この技術に焦点を当て、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図5)を予測する。
力覚、触覚など五感を活用したリモート情報伝達技術
この技術はバーチャルヒューマンインタフェースの進化に不可欠であり、目的は人間とコンピュータのインタラクションをより直感的かつ自然なものにすることである。具体的には、設計開発や組織マネジメントにおいて、物理的な感触や反応をバーチャル空間で体験し、リアルな感覚情報を共有・操作することが目標である。
現代のデジタル作業環境と人間の感覚との間にはギャップが存在する。多くの設計開発や組織のマネジメントは、視覚や聴覚に依存したデジタルインタフェースを通じて行われている。しかし、人間の感覚は多様であり、触覚や力覚、臭覚や味覚まで、多くの情報が非言語的に処理されている。この多様な感覚情報の制限により、作業効率、決定品質、そしてコミュニケーションの質が低下する可能性がある。例として、プロトタイピングの段階で、物理的な素材の感触や重量をリアルタイムで感じることができなければ、設計者はその素材の適用性を完全に理解できないかもしれない。また、リモート作業が普及している現在では、感覚情報を共有することで、チームメンバー間の理解が深まり、より効率的な協力が可能となる。
この技術を実現するためには、多角的な研究開発が必要である。初めに、人間の神経系についての基礎研究から始め、触覚、力覚、臭覚、味覚などの感覚情報が脳にどのように送信され、処理されるかを理解する。次に、この理解を基にして高精度のセンサとアクチュエータのハードウェアを開発する。このハードウェアは、感覚情報をデジタルデータに変換するだけでなく、逆の処理も可能である。さらに、これらのハードウェアを制御するソフトウェアを開発し、リアルタイムで感覚データを処理できるようにする。AI技術も活用し、感覚データの解析と処理を高度化する。これらの技術要素を統合してプロトタイプを作成後、実世界でのテストを重ね、製品化に向けた調整を行う。最終目標は、この五感を活用したリモート情報伝達技術を、既存のデジタル設計開発環境や組織のマネジメントシステムに統合することである。
また、この技術は、設計開発環境や組織のマネジメントにおける人間とコンピュータ間のコミュニケーションを革新する目的を持っている。具体的には、人間の五感—視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚—をデジタルテクノロジーで模倣または拡張することを最終目標としており、これによりリモートでの情報伝達や作業がより自然で効率的に行えるようになると考えられる。例えば、現行の設計プロセスでは設計者が視覚や聴覚に依存したデジタルインタフェースを主に使用しているが、この技術の導入によっては、触覚で素材の質感を感じたり、力覚で機械の抵抗を体験することも可能になる。その結果、製品設計プロセスが劇的に効率化され、短期間で高品質な製品が開発できると期待される。
組織のマネジメントにおいても、この技術はコミュニケーションの質を高める可能性がある。具体的には、リモートワークが普及している現代において、従業員間のコミュニケーションがテキスト、音声、画像に限られがちであるが、五感を活用したリモート情報伝達技術を用いることで、会話のニュアンスや緊急性、さらには共感までを遠隔で伝達することが可能になる(15)。これにより、作業の効率と従業員の満足度が向上すると考えられる。
このように、五感を活用したリモート情報伝達技術は多様な産業や作業環境に応用可能であり、その実現によって人間中心のテクノロジーが大きく進展すると期待される。
2023年現在においては、手袋型のウェアラブルデバイスが触覚フィードバックの初期プロトタイプとして開発されている。このデバイスには、皮膚に直接触れる部分に約50個の微細な圧力センサが配置され、物体の形状や表面質感をリアルタイムで捉える機能を有している。この段階での目標は、これらのセンサデータを用いて、人間の触覚や力覚を高度に模倣するアルゴリズムを開発することである。具体的には、硬度や温度、湿度など、多種多様な物質属性を精確にシミュレートするコーディングが行われる。マイルストーンとしては、このウェアラブルデバイスを用いた実証実験で、遠隔地の物体の形状や質感を確実に感じ取れることが確認される。
2025年の展望としては、先進のAI技術が触覚と力覚のウェアラブルデバイスに組み込まれるようになると予想される。このAIは、数百個のセンサからのデータをリアルタイムで解析し、より繊細な触覚と力覚のフィードバックをユーザに提供できると期待される。この段階での目標は、この高度なフィードバックが商業や研究の現場で実用的であると証明することであると考えられる。具体的には、遠隔医療におけるクリニカルトライアルを行い、その結果を学術論文で発表することが期待される。マイルストーンとしては、最初の商用製品のリリースと、その有用性の実証が計画されている。
2030年の展望を考慮すると、高度なAI技術とエッジコンピューティングの統合により、新たな触覚と力覚の情報伝達システムが構築されると期待される。このシステムは、大量のセンサデータを即座に解析し、その結果をリアルタイムでユーザにフィードバックできる。具体的には、工場の機械や遠隔地にいるロボットを、現地にいるかのように操作することが可能となると予想される。この段階での目標は、この先端技術をインダストリー4.0(第四次産業革命)において広め、リモート操作を一般化することである。
2050年の展望では、量子コンピューティングと先進の機械学習アルゴリズムが、触覚、力覚だけでなく視覚、聴覚、嗅覚、味覚に至る全感覚に対応したリモートコミュニケーション技術を導入している。このシステムは、人間の五感を超高精度でシミュレートし、リアルタイムで情報を伝達できる。例えば、医療分野では遠隔地にいる医師が、現地での手術と同等の感覚で操作を行うことができるようになる。目標は、高度な自動化とリアルタイムの五感情報伝送を人の介在なしに実現することである。
バーチャル空間におけるセキュリティとプライバシーの確保
設計データと個人情報の共有と保護を両立させるためには、セキュリティ対策とプライバシー保護技術の進展が不可欠である。この文脈で、機械学会が注目すべき分野として「プライバシーバイデザインの考慮とデジタルツインのプライバシー保護の統合技術」が考えられる。本章では、この分野に関係する技術に焦点を当て、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図5)を予測する。
プライバシーバイデザインの考慮とデジタルツインのプライバシー保護の統合技術
2050年までにデジタルを活用した設計開発環境を構築し、組織マネジメントの課題を解決するためには、バーチャル空間におけるセキュリティとプライバシーの確保が不可欠である。そのため、設計データや個人情報の共有と保護を高度に両立させた、新しい形のセキュリティ対策とプライバシー保護技術が求められる。具体的には、「プライバシーバイデザインの考慮」と「デジタルツインのプライバシー保護技術」が主な焦点であると考えられる。
2050年までに普及が予測される五感リモート情報伝達技術は、新しい形態のコミュニケーションとデータ共有を可能にする革新的な手法である。この技術によって、例えば設計者は、物理的なプロトタイプを作成しなくても、リモートで他のエンジニアやステークホルダーと詳細な設計情報を共有できるようになる。エンジニアや管理者も同様に、高度なシミュレーションやテスト結果を瞬時に共有し、解析することが可能となる。しかし、このような先進的なリモート技術が広く普及することで、新たなセキュリティとプライバシーの課題が顕在化する(16)。五感をフルに活用したデータ共有は、従来のテキストやビデオ、音声情報よりもはるかに繊細かつ多面的な情報を含む。例えば、医療分野でのリモート手術では、患者の個人情報や生体データがリアルタイムで送受信されるため、これらの情報が漏洩しないようにガイドラインが設けられている(17) 。また、工業分野でのリモート操作では、企業秘密に該当するような高度な設計データや製造プロセスが関与する場合が多く、これらの情報が第三者に悪用されると、企業にとって大きな損害を与えるリスクがある。さらに、エンターテインメントや教育分野では、ユーザの感情や反応もデータとして収集される可能性があり、このような個人を特定できる情報(PII)も適切に保護する必要がある。これらの理由から、五感リモート情報伝達技術の普及とともに、それに対応した高度なセキュリティ対策とプライバシー保護技術が必要である。
プライバシーバイデザインの考慮とデジタルツインのプライバシー保護技術は、高度なセキュリティとプライバシーの確保を目指す上で欠かせない要素である。まず、プライバシーバイデザインのアプローチは、技術の設計段階からセキュリティとプライバシーを基本に置く方法論である(18)(19)。具体的には、システム設計の初期段階でデータ暗号化のプロトコルを定め、アクセス制御の階層を設定することが重要である。また、どのユーザがいつ何をしたのかを追跡できるような監査証跡を組み込むことで、不正アクセスやデータ漏洩の際に迅速な対処と原因究明が可能となる。次に、デジタルツインのプライバシー保護技術は、リアル世界のオブジェクトやプロセスとそのデジタルレプリゼンテーションを連携させる技術である。このデジタルツイン技術によって、リアルタイムでのデータ収集、解析、そしてフィードバックが可能になる。この過程で生じるデータは極めて繊細なため、匿名化や仮名化の技術を用いて個人を特定できない形に変換することが必要である。量子暗号などの進んだ暗号化技術も検討すべきである。これらの技術は、各々が独立しているだけではなく、相互に連携し合ってより強固なセキュリティとプライバシーの確保を可能にする。例えば、デジタルツインで生成されたリアルタイムのデータは、プライバシーバイデザインの考慮に基づいて暗号化され、しかもそのアクセス権限は厳格に制御されることが考えられる。
この技術は、確かなセキュリティとプライバシーを土台として、リアルタイムで複雑な情報の共有と分析を可能にする環境を目指している。地理的制約を超えた安全かつ効率的な連携を実現することで、テキスト、画像、音声だけでなく、五感に訴えるリモート情報伝達が可能となるシステムの構築を目指す。この環境が整えば、グローバルな製品設計や研究開発、医療における高度な診断や治療提供、質の高いリモート教育の実現が可能となる。さらに、インダストリー4.0やスマートシティ構築にも寄与し、工場のロボット制御や緊急時対応など、遠隔操作が高度かつ安全に実施できるようになる。したがって、この技術は企業や社会全体に新たな価値を創出する潜在力を有していると考えられる。
2023年現在においては、初期段階のプライバシーバイデザインと基本的なデータ暗号化技術が採用される予定である。主な目標は、プライバシーを基本的なレベルで保護するための初期アーキテクチャとポリシーを設計し、実装することである。この方針は、システム全体の安全性とデータ保護を向上させるための基盤を作るものである。年末までには最初のプロトタイプが完成し、このプロトタイプを用いて簡単なデータ共有でもセキュリティとプライバシーが確保されることが期待される。
2025年の展望としては、AI技術がシステムに組み込まれることで、リアルタイムでの高度なデータ解析とフィードバックが可能になる。具体的には、AIが動作の異常検出やデータの解釈を瞬時に行い、その情報をリアルタイムでユーザや他のシステムにフィードバックする。さらに、データの匿名化や仮名化技術が導入されるため、ユーザの個人情報は高いレベルで保護される。この段階の主な目標は、プライバシーバイデザインの原則をさらに高度に統合し、商業環境での実用に耐えうるレベルのセキュリティとプライバシー保護を確立することである。この目標に向けて、具体的なアクションプランやガイドラインが策定され、実際に製品開発に反映されることが期待される。2025年のマイルストーンとしては、商用製品が市場にリリースされ、その有用性が認められることである。特に、医療、教育、そしてインダストリー4.0といった分野で、この技術は多大な影響を与えると予測される。
2030年の展望を考慮すると、エッジコンピューティング(20)とさらに進化したAI技術がシステムに導入される。これにより、リアルタイムでの高度なデータ解析が可能となると期待される。具体的には、エッジコンピューティングの採用によりデータの処理速度と反応性が大幅に向上し、高度なAIアルゴリズムと連携することで、精緻な動作調整や故障予測、リアルタイムの意思決定までもが行えるようになると予想される。この段階での主要な目標は、インダストリー4.0やスマートシティの発展を見据え、リモート操作が日常的に行える環境を整備することである。具体的には、多様な機器やシステムを遠隔で安全かつ効率的に制御できるようなインフラを構築することが期待される。2030年のマイルストーンとしては、自動運転車や工場のロボット、産業用ドローンなどが高度なセキュリティとプライバシー保護のもとでリモート制御可能となると予想される。例えば、自動運転車では遠隔でのエマージェンシーストップが可能になると考えられる。その一方、工場のロボットはリアルタイムでのデータ解析によって故障が即座に察知できるようになると期待される。これらの技術進展によって、人々の生活はさらに便利で安全、そして効率的になると期待される。
2050年の展望では、量子コンピューティングと高度な機械学習アルゴリズムが一般的に導入されることが考えられる。特に、量子暗号や量子通信を用いたセキュリティの強化が実現され、既存の暗号手法を凌駕するセキュリティレベルが達成されると期待される。さらに、高度な機械学習アルゴリズムの発展によって、音、香り、触感、味覚など五感すべてを模倣・伝送する技術も実用化される。目標は、人の介在を極力減らし、リアルタイムで五感情報を遠隔地に伝送できるようにすることである。具体的には、教育現場ではリモートでも実験を行える環境が整い、医療分野では遠隔手術が五感を通してより精密に行えるようになると期待される。2050年のマイルストーンとして、この技術が教育、医療、エンターテインメント、宇宙探査といった多様な分野で基盤技術として認識され、導入されるようになると期待される。例えば、宇宙探査では遠隔での地形調査や生物探索が五感を用いて行え、教育では歴史的な場面や科学実験を生徒が五感で“体験”することが可能となる。これらの進展は、社会全体での効率と生活の質を大幅に高める。
経済合理性・人間的価値観の定量化
デジタル技術を活用したモノづくりには、経済合理性と人間的価値観を定量化し、バランスの取れた設計と製品の開発を支援が必要である。解決策としての技術の中から、機械学会が取り組むべき分野として、「データ駆動型解法(深層学習、量子コンピュータ)による経済合理性と人間的価値観の予測技術」が挙げられる。本章では、この分野に関係する技術に焦点を当て、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図5)を予測する。
データ駆動型解法(深層学習、量子コンピュータ)による経済合理性と人間的価値観の予測技術
2050年に向けて、「データ駆動型解法(深層学習、量子コンピュータ)による経済合理性と人間的価値観の予測技術」は、モノづくりの設計から製品開発、さらにはマネジメントに至るまでのプロセスに対し、高度な定量分析を可能とすると考えられる。具体的には、深層学習を用いて大量の消費者データ、製品使用状況、マーケットトレンドを解析し、量子コンピュータを活用して複雑な計算を高速に処理する。この統合的なアプローチによって、経済合理性と人間的価値観を精緻にモデル化し、未来の製品設計や組織戦略に応用することが可能になると考えられる。
デジタル技術の急速な進化は、企業や組織に新たなチャレンジと機会を提供している。一方で、その進化は経済合理性を中心に設計される傾向が強く、長期的な持続可能性や従業員・顧客からの信頼を損ねるリスクをもたらす可能性がある。そのため、単なる利益追求にとどまらず、「人間的価値観」を経営に取り入れる必要が高まっている。さらに、人間的価値観は一般に主観的であり、多くの場合、その定量化や評価が困難である。
このような課題に対応するためには、人間的価値観と経済合理性の双方を定量化し、それらのバランスを最適化する手段が必要である。深層学習や量子コンピューティングを活用したデータ駆動型解法は、この問題に対する有効な解決策であると考えられる。まず、データ収集の段階では、消費者の購買履歴、オンラインでの行動パターン、製品の使用状況、さらには社内の従業員評価や市場動向に至るまで、多岐にわたる情報を集める。この情報収集にはIoTデバイスやウェブトラッキングツール、アンケートやインタビュー、そして既存のデータベースなどが活用される。収集したデータを深層学習アルゴリズムや量子コンピュータを使用することで、経済合理性(例えば、製品の販売数、コスト削減量など)と人間的価値観(例えば、顧客満足度や従業員のモチベーション)の間の相互作用やトレードオフを高速に計算する。量子コンピュータの高度な計算能力により、膨大な数のシナリオを短時間で評価できると考えられる。これらの解析結果を基に、未来の製品開発や組織のマネジメント戦略に対する具体的な提言を行うことができると予想される。
この技術が目指しているのは、経済合理性と人間的価値観をうまく統合した形での製品開発と組織運営を可能にすることである。具体的には、新製品が市場に導入される際に、その販売戦略や価格設定、機能性といった側面での経済合理性を確保する一方で、製品の使いやすさ、デザイン、エシカルな側面といった人間的価値観も十分に考慮する。さらに詳しく言えば、この技術によって消費者のニーズや行動、嗜好が高度に解析されるため、製品設計段階でその情報を取り込むことができる。これにより、消費者に高い満足度をもたらす製品が開発され、市場導入の際のリスクも低減される。組織マネジメントにおいても同様で、従業員の働きがいや満足度、さらには生産性に関連する多くの要素が定量的に評価されることによって、合理的かつ人間中心の意思決定が可能となると考えられる。
2023年現在、深層学習は複雑な人間的価値観や経済合理性のモデル化には、まだ限界がある。また、量子コンピュータはこの時点で非常に高価であり、計算能力も限定的であるため、主に大学や専門研究機関で基礎研究が行われている。初のプロトタイプアルゴリズムは、具体的には消費者の購買行動と製品評価に関する小規模なデータセットを使用して、経済合理性と人間的価値観の相関関係を分析する。このプロトタイプは主にPythonで実装され、初めてディープラーニングライブラリ(例えば、TensorFlowまたはPyTorch)と組み合わされる。2023年には、プロトタイプアルゴリズムの有効性を検証するための初の研究論文が査読付きの学術ジャーナルに掲載されることが期待される。この論文の成功に続いて、大手製造業者や研究機関との初の共同研究プロジェクトが立ち上がることが期待される。
2025年の展望としては、深層学習のアルゴリズムが高度に進化し、より複雑なデータセットに対応できるようになる。さらに、この年には初の商用量子コンピュータが市場に登場すると期待される。この商用量子コンピュータは、既存のクラシックコンピュータよりも高速な計算能力を持つと予想される。この段階の目標としては、進化した深層学習アルゴリズムと商用量子コンピュータを初めて実世界の商用製品やサービスの設計・生産に活用する。具体的には、自動車産業や医療機器の設計、さらには小売業の在庫管理など、多岐にわたる業界でこの技術が採用される。マイルストーンとしては、この年に初の商用製品がリリースされる。この商用製品は、消費者の購買傾向や製品評価に対する予測精度が格段に向上し、市場での成功を収める。
2030年の展望では、データ駆動型解法が経済合理性と人間的価値観の予測技術が前面に出てくると予想される。特に、量子コンピュータと深層学習を統合したシステムが、最初の大規模な産業プロジェクトとして出現し、量子コンピュータの安定化と多くの産業での利用が進むと予想される。
この期に、高度なAI技術とエッジコンピューティングが組み合わさり、新しい触覚と力覚の情報伝達システムが開発されると予想される。このシステムは、大量のセンサデータをリアルタイムで処理し、高度な解析を即時に実施する能力を持つと期待される。これにより、例えば、工場の機械や遠隔地のロボットを、現地にいるかのような感覚で操作可能になると予想される。この技術は、インダストリー4.0の一部として導入され、製造業や建設業、緊急時の救助活動など、多岐にわたる分野での実用化が進むと期待される。具体的なマイルストーンとしては、自動運転車の遠隔操作や、危険な環境でのロボット操作がこの技術の応用例として挙げられる。これらの応用は、緊急時や災害時において、人命を危険にさらすことなく、効率的かつ安全な作業を可能にする。このように、2030年にはこの技術が多くの産業や研究分野で基本的なインフラとして認知され、その重要性がいっそう高まることが予想される。
2050年の展望では、量子コンピュータの技術が高度に進化し、現実的な時間枠内で非常に複雑な計算が可能になる。これにより、高度な気候モデリングから複雑な生物学的シミュレーションまで、多くの難問が解決されると期待される。一方で、深層学習もまた大きな進展を遂げ、人間の直感に近いレベルでの解析や判断が可能となると予想される。結果として、アートや文学、さらには哲学に至るまで、人間の創造性を豊かにする新たな可能性が拓かれる。目標としては、この高度な技術が世界中の多くの産業や社会基盤に浸透し、それを基盤として機能するようになることである。具体的には、医療、交通、エネルギー、教育といった多くのセクターで、人間中心のデータ駆動型の意思決定が行われると予想される。最も注目すべきマイルストーンとしては、経済合理性と人間的価値観を完璧にバランスさせた次世代のスマートシティの完成が期待される。この都市は、量子コンピュータと深層学習を活用して設計・運営され、高度なエネルギー効率、優れた公共サービス、そして持続可能な環境を実現すると予想される。このスマートシティは、従来の都市が抱える多くの問題、例えば交通渋滞、エネルギーの無駄、社会的不平等などを大幅に削減し、高い生活の質と持続可能性が確保されると期待される。
AIと倫理面の課題
AI活用には、活用に伴う倫理的な課題を検討し、モノづくりにおけるAIの適切な利用と人間との共存を促進するための研究が必要である。解決策としての技術の中から、機械学会が取り組むべき分野として、「AI倫理およびAIの倫理規範の策定と実践」が挙げられる。この技術に特化し、技術の概要、必要性、方法、目標、年代ごとの進捗やマイルストーン(図5)を予測する。
AI倫理およびAIの倫理規範の策定と実践
2050年における「AI倫理およびAIの倫理規範の策定と実践」は、AI技術とその適用が社会全体に広がる中で、倫理的な問題を予防・解決するための重要な要素である。具体的には、AIのデータ収集、処理、意思決定プロセスにおける透明性、説明可能性、公平性、プライバシーを保護するための一連のガイドラインと実践方法がこの領域に含まれる。また、AIシステムが採用する倫理規範は、多文化、多価値観の社会に適用可能で、時代や状況に応じて柔軟に調整できるように設計されるべきである。
AI技術の普及が日常生活に多大な影響を及ぼしているが、これと同時に倫理的な問題も急速に増加している。特に、大量のデータが必要とされるAIシステムの運用は、個人のプライバシーに重大な影響を与える可能性があり、データのコントロールを個人が失うケースも少なくない。加えて、AIによる自動化が進展することで、多くの職種が消失する可能性が出てきており(21) 、社会的不平等の増大が懸念される。また、AIアルゴリズムが持つ潜在的な偏見により、特定の社会的または民族的グループに対する不公平な判断が行われることがある(22) 。このようなアルゴリズムの透明性と説明責任も、社会全体でのAI技術への信頼を確立する上で重要な課題である。さらに、AI技術のセキュリティと安全性に対する懸念も高まっている。高度な自動操作能力が悪用された場合、その影響は極めて重大であり、特に自動運転車や情報生成においてリスクがある(23) 。最後に、AIの決定が文化的価値観や社会的規範に影響される場合、その結果として一部の人々やコミュニティが不利益を被る可能性もある。以上の理由から、AI技術の発展と並行して、その倫理的側面を確実に考慮する必要があり、これが怠られると社会全体の信頼や持続可能性などが脅かされる可能性が高い。
AIと倫理に関する課題の解決には、いくつかの綿密な手法とプロセスが必要である。まず、多様なステークホルダーの参加が不可欠である。これには技術者だけでなく、法律家、社会科学者、一般市民、さらには特定の利害関係者やマイノリティグループまでが含まれる。それぞれの専門家や関係者が持つ多角的な視点と知識は、より公平で包摂的な倫理規範を策定するために欠かせない。次に、透明性の確保が重要である。これは、AIアルゴリズムの開発過程、使用されるデータセットの起源と性質、そしてAIがどのように意思決定を行うのかに関する情報が公開されるべきであるということを意味する。透明性は、AI技術に対する一般の信頼を構築する基礎となる。さらに、公平性と無差別の確保も必要である。具体的には、データセットが偏見のないものであり、アルゴリズム自体も公平な結果を生成するように設計されていなければならない。これには、さまざまな文化、性別、年齢、社会経済状況といった要素を適切に反映させるデータセットの選定と、そのデータに基づいて設計されるアルゴリズムの検証が含まれる。説明可能性 (24)、すなわち、AIシステムがどのようにして特定の結果や判断に至ったのかを、一般の人々が理解できる形で明示することも必要がある。これは、専門的な知識がない利用者でもAIの動作を適切に評価できるようにするためであり、特に高度な機械学習アルゴリズムの「ブラックボックス」性を解消するために重要である。最後に、継続的な監視と評価が必要である。これは、策定された倫理規範やガイドラインが実際に適用され、その効果が正確に評価されるためのものである。具体的には、定期的な監査、パフォーマンス指標の追跡、そしてステークホルダーからのフィードバックを通じて、規範やシステムの運用状況を把握し、必要な調整や改善を行う。
この技術が目指している最終的な目標は、AIがもたらす利益と同時に、倫理的および社会的な問題を前もって認識し、これを最小限に抑えることである。具体的には、データプライバシーの保護、社会的な公平性の確保、そして透明性と説明責任の実施が考慮される(25) 。このような対策により、AI技術が持続可能で公平な社会づくりに寄与するとともに、広範なステークホルダーからの信頼を勝ち取ることができる。また、この技術的・倫理的枠組みは、設計開発環境と組織のマネジメントにも深く関わっている。開発者や経営者は、この枠組みを参考にして、新しいAIプロダクトやサービスをより責任感を持って開発、実装、運用することが求められる。具体的には、倫理的なガイダンスに基づいたデザイン思考を導入し、社内での倫理教育やトレーニングも促進されるべきである。このような取組みによって、組織は高い倫理基準を維持しつつ、技術革新と社会的価値の両立を目指す。
2023年現在においては、AI倫理に関するいくつかの重要な進展がある。初めてのAI倫理ガイドラインとベストプラクティス (26)が一般に公開されることで、開発者や研究者、さらには一般の人々にも、AIをより倫理的に安全な方法で適用するための指針が提供される。このガイドラインとベストプラクティスの公開は、AI倫理の基本的な枠組みとガイドラインを策定するという目標に直結している。さらに、独立した第三者機関がAIの説明可能性と透明性を評価する初の試みも行われる。この試みによって、AIシステムがどれだけ一般の人々に理解され易く、透明であるかが評価される。具体的なマイルストーンとしては、まずAI倫理に関する初の白書が公表される。この白書には、AIがどのように倫理的な問題に対処すべきか、何が許されるのか、何が許されないのかといった基本的な方針が詳細に説明される。次に、小規模なプロジェクトでこれらのガイドラインの有効性が試験される。このプロジェクトは、AI倫理ガイドラインが現実の問題解決においてどれだけ効果的であるのかを検証するためのものである。最後に、AIの透明性と説明可能性のための評価基準が設定される。この基準は、独立した第三者機関による評価の際の指標となるものである。これらの活動と評価を通じて、2023年はAI倫理の土台を確立する重要な一年であると言える。
2025年の展望としては、AIの倫理的側面に関してさらなる進展が予測される。技術面では、より進化したAIアルゴリズムに対応した倫理ガイドラインのバージョン2.0がリリースされる。この新しいガイドラインは、既存のガイドラインをアップデートする形で、多様なステークホルダーから得られた広範なフィードバックを組み込むことが目標である。さらに、AIシステム自体が一定の倫理的基準を自動で維持できるように、自動調整メカニズムが組み込まれたAIシステムも出現する。具体的なマイルストーンとしては、最初にステークホルダーからの広範なフィードバックを基にガイドラインが改修される。このフィードバックは、技術者、法律家、社会科学者、一般市民など多様な人々から収集され、ガイドラインが現実の問題やニーズにより適切に対応できるよう調整される。次に、AI倫理に関する教育プログラムが各レベルで普及し始める。大学や研究機関、企業などでAI倫理教育が行われるようになり、これによってより多くの人々がAIの適切な運用方法について理解を深める。最後に、独立した第三者機関による定期的な監査が開始される。これはAIシステムの説明可能性、透明性、公平性を評価し、必要な改善や調整が行われるための重要なステップである。これらの技術進捗とマイルストーンにより、2025年頃はAIの倫理的運用においてさらなる成熟を遂げる一年となる見込みである。
2030年の展望では、AI技術が社会的な問題解決に積極的に使用されるようになり、それに伴いAI倫理は法制度にも反映され始めるという重要な変化が見られる。目標としては、AI倫理規範が法的にも認められ、これに違反した場合には明確な罰則が設けられるようになると予想される。具体的なマイルストーンとしては、まずAI倫理が国際的な標準として認められることが期待される。多国籍の機関や国際組織が参加する形で、AI倫理規範が全世界に拡散され、多くの国で法的な制度として採用されると考えあれる。次に、AIを用いた社会的実験でこれらの倫理規範が適用され、成功を収めることが期待される。例えば、都市計画、健康診断、犯罪予防などさまざまな分野でAIが導入され、倫理規範に基づく運用が行われる。これにより、AIの社会的な有用性と倫理的な運用が両立する方法の実証が期待される。最後に、多くの国で法制度にAI倫理規範が組み込まれる。これにより、AIを不適切に運用した企業や個人に対する罰則が明確に定義され、実際に適用されるようになると予想される。
これらの技術進捗とマイルストーンを達成することによって、AI倫理はより高いレベルでの社会的認知を得るとともに、持続可能で公平な社会づくりにおいて不可欠な要素となると期待される。
2050年の展望におけるAIの倫理規範は、全世界で広く受け入れられ、多文化、多価値観の社会にも適用されるよう柔軟に調整されていることが予想される。目標としては、AIが持続可能で公平な社会に貢献し、その信頼性と効用が全世界で確立される状態を作り出すことである。具体的なマイルストーンとしては、まずAI倫理規範の全世界的な標準化の達成が期待される。国際的な協調により、AI倫理の基本的な枠組みが各国の法制度やガイドラインに組み込まれ、全世界で共通の倫理規範が形成されることが考えられる。次に、持続可能性と社会的公平性を実現するAIプロジェクトが多数実施され、成功を収めることが期待される。これは、環境保全から医療、教育、経済の公平性に至るまで、多岐にわたる分野でAIが倫理的な観点から責任を持って運用される例を創出する。そして、AI倫理規範が時代や状況に応じて柔軟に調整され、継続的な改善が行われることが予想される。この過程で、新たな技術進展や社会的変化に対応した規範のアップデートが定期的に行われ、多文化、多価値観の社会にも適切に対応することが期待される。
以上のように、2050年頃にはAIの倫理規範が全世界で確立され、AIが社会全体に広く貢献する一方で、その倫理的、社会的課題も最小限に抑えられるようになると期待される。これにより、AIは持続可能で公平な社会構築に不可欠な要素として、その位置を確固たるものとすると予想される。
課題3.持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンス最適化の実現(図6)
図6 課題3「持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンス最適化の実現」のための技術ロードマップ
(図中のアイコンは Open AIのイメージ生成ソフトDALL・E3 により生成)
経済性と人間性の統合指標
競争と楽しさのバランスを実現するために、個々の仕事やプロジェクトの経済合理性を定量化するだけでなく、従業員の価値観も考慮した定量化手法の開発が必要である。従業員の幸福度や満足度、ワークライフハーモニーの指標を組み込むことで、組織の運営をより持続可能なものにできる。この課題解決のために必要な技術の中で、日本機械学会が取り組める技術として、「バーチャル空間とリアル空間を融合したロボット制御技術」が挙げられる。この技術に特化し、概要、必要性、実施方法、目標、そして年代ごとの進捗やマイルストーン(図6)について予測する。
バーチャル空間とリアル空間でのロボット制御技術の融合技術
2050年において、「バーチャル空間と実空間におけるロボット制御技術の統合」は、AIの適用拡大と倫理的課題への対応において極めて重要な要素となる。この技術により、シミュレーションを仮想環境で行い、現実世界でのロボット操作とシームレスに連携させることが可能となり、これによってパフォーマンスの最適化が実現されると考えられる。経済性と人間性を融合させた指標の利用により、バーチャルと実空間の相互作用がワークライフハーモニーとパフォーマンスの最適化に持続的に寄与することが期待されている。
この技術の必要性は、複数の背景要因に起因している。テクノロジーの急速な進化は、人々のバーチャル空間での労働や生活を一般化させており、この傾向は新型コロナウイルスのパンデミックや地球環境問題への危機感によって加速されている。結果として、労働の場やコミュニケーションの手段が多様化し、それぞれに個別の倫理的問題や挑戦が生じている。また、社会が持続可能性や人間中心の価値に注目し、企業評価においても環境、社会、ガバナンス(ESG)の観点が重要視されており、従業員の幸福度やワークライフバランスが評価の要素として組み入れられている。AIとロボティクスの普及によって、バーチャル空間と実空間の境界が曖昧になっており、遠隔医療、オンライン教育、バーチャルオフィスなどがその例である。このような状況下では、新しい倫理規範の策定とそれに基づくガイドラインが不可欠である。
この統合技術を実現するためには、以下の4つの主要機能の導入が求められる。第一に、シミュレーションと実際の操作を可能にする高度なシミュレーションプラットフォームの開発が必要である。例えば、遠隔医療においては、取得されたデータを利用してバーチャル空間で医療診断を行い、その結果をリアルタイムで現場に適用する機能が必要である。次に、経済性と人間性の統合指標(27)を使用することで、この統合技術の影響と倫理性を総合的に評価することが可能となる。例えば、遠隔医療プラットフォームのROI(投資収益率)が高いだけでなく、患者の治療結果や満足度もこの指標(28)で測定される。また、バーチャル空間と実空間が交錯する現代においては、プライバシーの保護、データの安全性、社会的公平性に関する新たな規範を策定し、それに基づくガイドラインを業界の専門家や倫理学者、一般利用者からのフィードバックを取り入れながら更新することが必要である。
最終的には、バーチャル空間と実空間が有機的に統合され、効率性と人間性が共に向上する社会を目指している。この統合技術により、遠隔医療では効率的かつ高品質の医療サービスが提供され、患者、家族、医療従事者の満足度が向上することが期待される。
2023年現在は、バーチャル空間での基本的ロボット制御技術とそのプロトタイプの開発に焦点を当てている。バーチャル空間でロボットを簡単に配置・操作できる環境を設計し、実空間でのテストを行うことがこの段階での目標となる。技術的な進歩とマイルストーンとしては、まず、実機の制御をバーチャル空間内のロボットに適用する基本モジュールの開発、次にデジタルツインを用いた複雑な環境下での動作計画の機械学習、そして、バーチャル空間での物理的挙動のリアルな再現性を向上させることが挙げられる。また、ロボットユーザからのフィードバックをもとにした倫理規程とガイドラインの初期案の策定が開始されると予想される。
2025年の展望としては、バーチャルと実空間でのロボット制御と初期AIの統合が主要課題である。バーチャルと実空間のロボットが同じ動作をする環境を構築し、初期段階のAIによって効率性と人間性を同時に向上させることを目指すと考えられる。技術進捗のマイルストーンには、バーチャルと実空間の連携技術の完成、実作業環境への導入、倫理ガイドラインと統合指標のバージョン2.0のリリースが含まれます。さらに、実際の作業環境とバーチャルシミュレーションとの間のフィードバックループを確立し、進化的な改善の促進が期待される。
2030年の展望では、AIの高度統合と法的枠組みの確立が中心であると考えられる。バーチャル空間でのシミュレーションと実世界でのロボット制御の最適化を目標としている。AIを活用した高度なロボット制御アルゴリズムの開発、国際的な倫理ガイドラインの承認、バーチャルと実空間の融合技術の社会実装と法制化などの主要な進歩が期待される。
2050年までの展望では、バーチャル/実ロボット制御環境の完全統合と世界的な倫理基準の確立が期待される。この融合技術が全世界の標準となり、持続可能で公平な社会構造への寄与が目標となると予想される。全世界での「経済性と人間性の統合指標」の採用、倫理ガイドラインと法的枠組みの国際的標準化、そしてAIと人間の協働によるロボット制御が日常化することが期待される。
個人の価値や感情の可視化
生産現場では、作業者一人ひとりの価値観や感情の変動をリアルタイムに可視化する技術がますます重要とされている。個々の特性をデータベース化し、分析することでタスクの割り当てやキャリア開発に利用し、組織全体のパフォーマンス向上が期待される。この社会の実現に向け、機械学会が対応可能な技術としては、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」および「意思伝達メカニズムの解明およびその技術開発」が挙げられる。これらの技術に特化し、概要、必要性、実施方法、目標、そして年代ごとの進捗やマイルストーン(図6)について予測する。
生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術
2050年における「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」は、個人の価値や感情を可視化する上で中心的な役割を果たす(29)~(31)。この技術は、作業者一人ひとりの生体情報、感情、行動パターンなどの多様な心理・身体データをリアルタイムで収集し分析する。AIはこれらのデータから有益な洞察を引き出し、タスク割り当てやキャリア提案、そして心理的・身体的健康に至るまで総合的なサポートを提供する。2050年に持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンスの最適化が求められる背景には、環境的、社会的、経済的な複合要因が存在する。環境的な要因としては、AIや自動化の進展に伴い、より複雑で創造的な業務が人間に求められるようになる。社会的な要因では、多様性と包摂性の尊重、超高齢化社会における労働人口減少の対策が挙げられる。経済的要因としては、全従業員がパフォーマンスを最大限に発揮することの重要性が増している。
これらの背景から、社会で個人が感じることや貢献できることを明確にし、それを支援する技術の必要性が生まれる。このニーズに対して、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」が有効な解決策を提供し、持続可能な社会構造への貢献が期待される。
データ収集の段階では、人々が日常生活や職場で高機能のウェアラブルデバイスを装着することになる(32)~(35)と考えられる。このデバイスは、心拍数やストレスレベル、皮膚の導電性などの生体情報をリアルタイムで捉え、環境センサによっては作業環境の温度や湿度、照明レベル、さらにはロボットの作業効率までも記録する。これらのデータ収集は、AIの解析精度と信頼性を高めるための高品質なデータセットを作成するために重要である。収集したデータはセキュリティを確保したクラウドサーバーに送信され、そこで進んだAIアルゴリズムがリアルタイムでデータを解析する。その結果、作業者の感情変動やパフォーマンスが定量化され、各個人の特性に応じた行動計画が立案される。AIが生み出した洞察は社内に蓄積され、個々に適したタスク割り当てやキャリアの提案、そしてワークライフバランスの改善に寄与する措置を支援する。このフィードバックループは継続的にシステムに戻され、常に作業環境に適合したAIによる精密な分析と提案が可能になる。これにより、組織の生産性と作業者の満足度が持続的に向上すると期待される。
このように、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」を活用した包括的な生産支援技術は、持続可能なワークライフハーモニーと高いパフォーマンスを同時に達成するための鍵となると考えられる。この技術の究極の目標は、社会を構成する一人ひとりがその働き方や心理的・身体的な健康を維持しながら、キャリア全体にわたる効率を高め、個人の多様な特性や価値観を反映した社会の形成を実現することである。具体的には、この技術から得られるデータを基に、最適なプロジェクトやタスクを割り当てることが可能であると考えられる。AIは創造性が高いと判断した従業員には、新たなプロジェクトのリードを任せるキャリア形成に介入したり、生体情報に基づいたストレスレベルや疲労度を測定して、個々に合わせたワークシフトを提案する。これにより、作業者は自身の能力や価値を最大限に活かすことができ、組織全体の持続的成長とパフォーマンス向上が促されると期待される。
2023年現在においては、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」の開発が初めての重要なステップを踏み出す予定である。第一のマイルストーンとして、ウェアラブルデバイスと環境センサが一体となったプラットフォームのプロトタイプが開発され、リリースされることとなる。このプラットフォームは、作業者の生体情報、感情、行動パターンを含む多様なデータをリアルタイムで収集する能力を持つ。また、データのプライバシーは、2023年の時点でGeneral Data Protection Regulation(GDPR)やその他のデータ保護法に完全に準拠したシステムにより確保される(36)(37)。このシステムの使用により、個人のプライバシーは守られるとともに、安心して使用できる環境が提供される。主な目標は、このプロトタイプを選ばれた先進的な企業でテストし、初期段階のフィードバックを収集することにある。フィードバックは、生体情報の収集精度、AIによる分析の有用性、システムの使い勝手を含む予定である。したがって、2023年は「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」にとって基礎となる年であり、その成功が将来の発展に寄与すると期待される。
2025年の展望では、この技術の開発はいっそう進み、初期の商用バージョンがリリースされる見込みである。このバージョンでは、さらに多くのデータポイントの収集が可能になり、進化したAIアルゴリズムが採用される。これにより、AIは作業者個々の状態や要望にさらに細かく応じられるようになる。加えて、人事部門や経営層向けのダッシュボードが新たに開発され、収集データから得られる洞察を視覚化し、行動計画の策定を容易にする。目標は、この商用バージョンが複数の大企業で採用され、その効果を実証し、技術のさらなる発展へとつながることである。また、導入された企業において、従業員のストレスレベルが低減し、生産性が向上する初期の証拠を提供することも目指されていることが考えられる。したがって、2025年はこのプロジェクトにおける商用化へ向けた重要なフェーズになると期待される。
2030年の展望では、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」はさらに進化し、グローバルな規模での導入が実現されると期待される。この段階では、多言語対応や各国の法規制に適合した形での展開が行われ、技術の普及と認識の拡大が期待される。特に、「自動フィードバックループ」が導入されることで、AIモデルは自身のパフォーマンスを継続的に自己改善し、より精度の高い分析と提案が可能になると考えられる。目標は、この技術が多様な産業で広く採用され、持続可能なワークライフハーモニーの新しいスタンダードとなることが期待される。
2050年の展望では、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」はさらに大きな進歩を遂げ、個人の価値観や文化的背景を理解し、それに基づく精緻な分析と提案が可能な「人間中心のAI」の実現が予想される。また、「パーソナライズされた健康と福祉」の支援も実際に提供されるレベルに到達する見込みである。目標は、この技術が広く認知され、社会全体にポジティブな影響を及ぼし、人々のモチベーションと満足度を向上させることである。これにより、企業や組織、社会全体の持続可能な成長に寄与すると期待される。
意思を伝達するメカニズムの解明およびその技術展開
「意思伝達メカニズムの解明とその技術展開」に関する研究は、従業員一人ひとりの内面的な価値や感情を可視化し、定量化する技術の開発に向けたものである。この技術領域では、ユーザインタフェース、言語処理技術、心理学的指標、脳波や生体信号を含む多角的なデータの統合と解析が行われる。これにより、従業員個人の価値観や感情が明示され、業務への適用が可能になる。
この技術の必要性は、職場の多様な文化、価値観、スキルセットを持つ人々を理解し、尊重することが企業全体の競争力向上につながるためである。また、リモートワークやフレキシブルワークが普及する中で、従業員の感情や価値観をリアルタイムで把握する新たな手法の開発が急務となっている。企業が従業員のメンタルヘルスを理解することは、持続可能な働き方を促進する上でも重要である。AIや機械学習技術の発展に伴い、従業員の仕事への情熱やスキルを正確に理解することが、より高度で専門的な役割への適応を求められている。また、チーム内のコミュニケーションを円滑化し、効果的な協力を可能にするためにも、互いの価値観や感情の理解が重要となる。これらの点から、従業員の価値や感情を理解し可視化する技術は、今後さらに重要になると言える。
データ収集段階では、心拍数や皮膚の電気抵抗といった生体情報をリアルタイムで収集するウェアラブルデバイスを使用する(38)(39)。また、従業員の心理状態や職場での経験に関する情報を得るために、インタビューやアンケートが定期的に実施される。会議や日常のコミュニケーションにおける言語使用パターンも、録音データの解析を通じて調査される可能性がある。次のAI解析フェーズでは、収集された各種データを統合し、進んだAIアルゴリズムと心理学的モデリングを用いて、従業員の感情の変動やストレスレベル、コミュニケーションスキルを多角的に評価する。可視化のステップでは、ダッシュボードやレポートにより解析結果を表示し、経営層から従業員までがアクセス可能にする。これにより、個々の従業員の状態やその業績への影響をリアルタイムに把握できるようになると考えられる。
2023年現在は、薄膜生体センサの技術(40)(41)が初期段階を迎え、基本的な生体情報をリアルタイムで取得するセンサが実用化されると予測される。これらのデバイスは、従業員の生体情報や行動データをリアルタイムで収集し、初歩的な人工知能(AI)アルゴリズムによる初期のデータ解析を行うことができる。目標は、これらの技術を用いて小規模なパイロットプロジェクトを立ち上げ、基本的なデータ収集と解析のフレームワークを構築することである。この段階では、従業員は日常生活でウェアラブルデバイスを使用し、収集されたデータはAIアルゴリズムで解析される。初期データの収集と簡単な解析が成功すれば、プロジェクトは次のフェーズへと移行し、さらに進んだデータ解析や応用が可能になると考えられる。
2025年の展望では、改良されたAIアルゴリズムにより、より多くのデータを迅速かつ正確に処理するスケーリングが可能な状態になることが期待される。また、心理学的モデリングも導入され、従業員の心理状態や感情、行動傾向をより詳細に解析することが可能になる。中規模組織での実用化テストを通じて、従業員のプロファイリングとタスク割り当ての精度を高めることが目標である。初の商用プロジェクトのローンチは、この技術の商用化における重要なマイルストーンとなる。
2030年の展望では、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」がさらに進化し、グローバルでの導入が進むと予測されている。各国の法規制に対応し、多言語サポートが追加されることで、さまざまな文化背景を持つ国々でもこの技術が普及すると期待される。AIモデルは自動フィードバックループを通じて自身をアップデートし、より精度の高い分析を行う。この技術が複数の産業で広く採用され、持続可能なワークライフハーモニーのスタンダードとなることが期待される。
2050年の展望では、「生体情報ビッグデータ解析技術・AI技術」が人間中心のAIを導入し、個々の価値観や文化的背景を理解し、精緻な分析と提案を行うレベルに到達していると予想される。心理的、身体的健康に対する総合的な評価と個別のサポートが可能になり、社会全体が健康で活気に満ちた働き方へと移行すると予想される。この技術の普及により、社会全体の生活の質が向上し、多様性が自然と尊重される持続可能な社会の形成が促進されると期待される。
ルールチェンジャー(制約の解消技術)の開発による新たなアプローチの開拓
競争と楽しさのバランスを実現するためには、従来の働き方やビジネスモデルを超えた新しいアプローチや、ルールを変える「制約の解消技術」(42)(43)の開発が求められる。柔軟な労働時間制度の導入や自己決定権の強化、休職制度の活用など、従業員のワークライフバランスを高めるための新しいシステムやプロセスを模索することが不可欠である。このような課題を解決するために、日本機械学会が取組むべき技術として「AIによる感情認識と業務自動化」の開発が挙げられる。この技術に特化し、概要、必要性、実施方法、目標、そして年代ごとの進捗やマイルストーン(図6)について予測する。
2050年に向けて、持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンス最適化を実現するために開発される技術である。この技術は、AIを用いて従業員の感情をリアルタイムで捉え、そのデータに基づいて業務を自動化し、適切に調整する機能を持つ。21世紀の労働と生活スタイルの変化に適応するため、企業や組織は単なる効率追求を超えた持続可能な成長を目指している。従業員の多様なニーズに対応し、最高のパフォーマンスを発揮するための環境の提供が必須である。新しい労働パラダイムでは、従業員の感情や心理状態がパフォーマンスに影響を与えるため、これをリアルタイムで把握し適切に対応するシステムが重要である。リモートワーク環境の生産性や快適さも現代の主要な課題の一つである。これらの課題に対して、従来の方法に縛られず、柔軟な労働時間制度や自己決定権の強化、休職制度の活用など、多角的かつ革新的なアプローチが求められる。「AIによる感情認識と業務自動化」は、多くの制約を解消するための重要な技術となる。
AI感情認識(44)~(48)では、ウェアラブルデバイスや環境センサを通じて心拍数、体温、声のトーン、表情などのデータをリアルタイムで収集し、AIアルゴリズムによる解析で従業員の感情状態を評価する。AIによる業務自動化では、感情データと業務データを総合的に分析し、業務の優先度を自動調整し、効率的なタスク割り当てを実現する。
以上の一連のプロセスを通じて、新しい働き方が可能となり、持続可能なワークライフハーモニーと高いパフォーマンスを実現することが期待される。
この技術は、従業員が心地良く効率的に働ける環境の創造を具体的な目標としている。AIによる感情認識を利用して従業員のストレスレベルや集中度を即座に把握し、そのデータに基づいて業務の優先順位付けやタスク割り当てを自動調整する。この取組みは企業や組織に大きな利益をもたらす。従業員が満足する働き方を実現できれば、生産性が向上し、企業全体の持続可能な成長を促進する。さらに、多様な働き方や価値観が尊重される社会環境の形成にも寄与する。これらはすべて「ルールチェンジャー(制約の解消技術)」の開発という新たなアプローチの下で、持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンスの最適化に寄与すると見込まれている。
2023年現在においては、AIによる感情認識技術の基本プロトタイプ開発が技術的な焦点となっている。この段階での目標は、従業員の心拍数や表情をリアルタイムで捉える基礎的機能の実装にある。このプロトタイプは、初期テストフェーズで企業内の限られたチームや部門に適用され、基本的なフィードバックの収集が行われる。具体的な目標は、新システムへの適応度と、感情読取りの効率性を初期評価し、フィードバックを集めることである。最終的なマイルストーンは、プロトタイプの成功した導入と初期フィードバックの詳細な分析にあり、これが今後の技術改善と展開戦略の礎となる。
2025年の展望では、AI駆動の業務自動化が実用化の段階に入る。AIによる感情認識技術と業務自動化の統合により、感情データと業務データが連携し、従業員の感情状態に応じた自動的な業務割り当てや調整が実現する。目標は、中規模組織でのパイロットテストを実施し、統合システムの効率性や従業員の働きやすさ、その他のパフォーマンス指標を詳細に評価することである。この年のマイルストーンとしては、実用レベルの成功例が報告されることが期待される。
2030年の展望では、リモートワーク環境がAIによりさらに最適化されていくことが予想される。具体的には、AIが照明、音環境、通信速度といった作業環境の各要素を自動で調整し、従業員が集中しやすくストレスを感じにくい労働環境を提供するレベルに達すると予想される。この先進的なリモートワーク環境最適化技術が広く企業や組織に採用され、標準化されることが期待される。個々の従業員のニーズに合わせた最適化が実現し、一人ひとりが最も効率的かつ快適に働けるようになることが期待される。マイルストーンは、ワークライフハーモニーの向上と生産性の大幅な改善である。この技術導入により、明確なROIが得られると予想され、それは生産性の向上のみならず、従業員の満足度や健康状態にも肯定的な効果をもたらすと見込まれる。結果として、企業や組織がこの技術へのさらなる投資を積極的に行うことが期待される。
2050年の展望では、「AI感情認識とAI駆動の業務自動化」技術が高度に最適化され、完全に統合されると考えられる。個々の従業員の感情や状態に合わせた自動調整により、最高のパフォーマンスを発揮できるようになる。目標は、この技術が普遍的に実現し、個々の従業員が心地よく、効率的に働ける環境が広がることである。この進歩により、持続可能なワークライフハーモニーとパフォーマンス最適化を実現する「新しい働き方」が標準となることが期待される。
おわりに
「リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会」の実現と技術ロードマップ
本章では、社会像3「リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会」の実現に向けた議論を行った。本テーマに関与する7つの部門代表から成るメンバーがワークショップを通じて反復的に討議し、2050年に実現を目指す社会像とそれを支える技術ロードマップを策定した。この社会像の具現化には、各部門の専門分野が融合し、新たな技術領域を創出することが求められる。希望する社会像を三つのカテゴリーに分け、それぞれから導き出される包括的な課題を細分化し、解決策を明らかにした。その上で、日本機械学会のメンバーが対応可能な技術を中心に、合計12の技術について議論を深めた。これらの技術項目には、2023年現在から短期的には2025年、そして中・長期的には2030年と2050年の技術的展望が設定され、達成すべき目標とマイルストーンが具体化された。
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ロボティクス・メカトロニクス部門
<正員>
山下 智輝
◎(株)前川製作所技術企画本部技術研究所 知能システム技術グループ 主任研究員
◎専門:食品ロボット、画像認識、人工知能
生産加工・工作機械部門
<正員>
佐藤 隆太
◎名古屋大学大学院 工学研究科 オークマ工作機械工学寄附講座 特任教授
◎専門:生産工学、数値制御工作機械、運動制御
情報・知能・精密機器部門
<フェロー>
五十嵐 洋
◎東京電機大学 工学部 教授
◎専門:ヒューマンインタフェース、人工知能
設計工学・システム部門
<正員>
木下 裕介
◎東京大学 大学院 工学系研究科 精密工学専攻 准教授
◎専門:シナリオ設計、ライフサイクル工学、設計工学
計算力学部門
<正員>
下山 幸治
◎九州大学 大学院工学研究院 機械工学部門 教授
◎専門:流体工学、設計工学、データ科学
生産システム部門
<正員>
小野里 雅彦
◎北海道大学 大学院 情報学科 研究院システム情報科学部
◎専門:生産システム工学、
バイオエンジニアリング部門
<正員>
正本 和人
◎電気通信大学 脳・医工学研究センター 教授
◎専門:機械工学、生体医工学、生体計測、脳微小循環
宇宙工学部門
<正員>
中村 和行
◎(株)テクノソルバ 代表取締役
◎専門:宇宙機構造、宇宙用展開構造、構造解析
技術ロードマップ委員会 委員長
<フェロー>
山崎 美稀
◎(株)日立ハイテク モノづくり・技術統括本部 主管技師
◎専門:環境配慮材料設計・システム設計、製品企画論、技術 開発戦略策定
表紙:本誌連載企画「絶滅危惧科目- 基盤技術維持のための再考-」のコンセプトに合わせてイラストレーター坂内拓氏とデザイン。本号は「蒸気エンジン」がモチーフ。