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2024/1 Vol.127

表紙:本誌連載企画「絶滅危惧科目- 基盤技術維持のための再考-」のコンセプトに合わせてイラストレーター坂内拓氏とデザイン。本号は「蒸気エンジン」がモチーフ。

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特集 JSMEメンバーが考える2050年の社会像実現に向けた技術ロードマップ

技術ロードマップから見る2030 のレビューとJSME メンバーが考える2050 年の社会像実現に向けた技術ロードマップ

山崎 美稀〔(株)日立ハイテク〕

はじめに

JSME技術ロードマップ委員会では、各部門から選出された代表委員による部門連携グループを設立し、『JSMEメンバーが考える2050年の社会像実現に向けた技術ロードマップ』の策定と公開を目指して活動を展開してきた。本活動では、単に将来を予測するのではなく、実現すべき2050年の社会像を積極的に創造し、その実現に必要な新技術や多様な分野の統合による方策を探求してきた。このプロセスにおいて、バックキャスティングの手法を用い、将来の社会的課題やトレンドを前提として、必要とされる技術や方策を逆算することで具体的な方策を策定してきた。2023年には、2016年に公開した(1)『技術ロードマップから見る2030年の社会』の見直しを各部門で行い、その成果を会誌にて連載する形で議論を深化させてきた。さらに、部門間で選出された代表者による横断的なチームを形成し、ワークショップを通じて、持続可能かつ多様性と包摂性を重視した社会、そしてテクノロジーと自然が調和する社会の構築に向けた探究を行った。その結果として、三つの異なる社会像を設計し、それぞれの課題と解決策を明らかにした。これを基に、新たな技術ロードマップを策定した。

本稿では、このような一連の活動を通じて行われた2030年と2050年に向けた技術ロードマップの策定と公開、およびその直接的、間接的な成果と期待される効果について、エグゼクティブサマリとして紹介する。

技術ロードマップから見る2030年の社会レビュー

時代の激動と共に進化する技術トレンドに対応するため、定期的なレビューと更新は本委員会の不可欠な任務となっている。その一環として、2016年に公開した(1)「技術ロードマップから見る2030年の社会」について、現在の社会・技術的変動を反映させる形で各部門の技術ロードマップのレビューを実施した。本レビューは2023年1月から(2)開始され、12月までに連載が進められ、12月号においては、自動運転技術を中心とした部門横断の技術ロードマップのレビューを掲載した。これらをもとに本特集による「JSMEメンバーが考える2050年の社会像と新技術や横断分野のロードマップ」へとつなげていった。

このような継続的なレビューと更新のプロセスを通じて、技術の変遷や社会の要求に柔軟に対応しつつ、未来へのロードマップをより正確かつ実用的にしていく目的がある。

計算力学分野(3)

2030年における計算力学の技術ロードマップは、高性能コンピュータの普及とその応用が中心である。具体的には、大規模シミュレーションとパラメトリックスタディの二つの方向性が考えられている。流体解析のためのLarge Eddy Simulation(LES)とDirect Numerical Simulation(DNS)は、低レイノルズ数の制約から脱却し、多くの産業で利用される見込みである。これは、輸送機器や流体機器の効率向上と騒音削減を可能にする。設計最適化と不確定性評価も重要であり、高品質かつ信頼性の高い製品の効率的な開発が見込まれる。機械学習との融合は進行中で、新しい価値創造が加速している。デジタルツインやサイバー・フィジカル・システム(CPS)は、Society 5.0(4)の中核技術とされている。新材料の開発では、機械学習などのAI技術を応用し、材料開発の効率を高める「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」が注目されている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のAIアクションプラン(5)でも、シミュレーションとAIの融合が重要課題とされている。製造業において、計算力学は新しいCAE(Computer Aided Engineering)へと進化している。2050年には、計算力学と機械学習の融合による技術イノベーションが期待される。さらに、高齢化、医療、防災・減災、地球温暖化などの社会的課題に対する貢献も期待されている。

バイオエンジニアリング分野(6)

2030年のバイオエンジニアリング分野の技術ロードマップには、「マイクロ・ナノバイオメカニクス」および「生体低摩擦接合」の二つの主要なトピックが挙げられている。マイクロ・ナノバイオメカニクスでは、荷重支持組織の形態や機能維持において力学刺激が必要であるとされている。現在の治療法には、幹細胞や成長因子が用いられており、力学環境と細胞分化や組織形成との相互作用が解明されると、治療効果の向上や患者負担の軽減が期待される。一方、生体低摩擦接合においては、物体表面の摩擦研究が進行中である。これはバイオミメティクス(7)の一環であり、多様な分野での応用が見られる。ISO/TC266 Biomimeticsでは、製品の評価や起業、人材育成、用語の検討が行われている(8)。バイオエンジニアリング分野は、機械工学と他分野の融合により、新しい治療法や製品開発が進展している。特に、治療の効果を高める手段として、また新製品の開発において、多様な分野との連携が強調されている。

機械材料・材料加工分野(9)

2030年において、機械材料と材料加工分野の技術ロードマップは、3DプリンタとAdditive Manufacturing(AM)および自己治癒材料といった二つの重要なキーテクノロジーに焦点を当てている。3DプリンタとAM技術は航空、宇宙、医療などで高付加価値製品の製造を実現しており、品質保証とコスト削減が次なるステップである。また、マルチマテリアルとマルチスケールのシミュレーション技術がその進展に寄与するとされている。自己治癒材料は、使用寿命の延長や部材の健全性向上に貢献する潜在能力を有している。特に、カーボンニュートラルな社会構築に向けて、エネルギー機器や使用済み部材の修復に役立つ可能性が高い。これらの材料の設計と開発には、マテリアル・インフォマティクスとデータ科学が大きく寄与すると見られている。3DプリンタとAM技術は「グリーン・イノベーション」、自己治癒材料は「ライフ・イノベーション」として、それぞれ異なる方向での社会貢献が期待されている。ただし、これらの技術が一般に普及するためには、未解決の技術的課題の克服が必要である。

熱工学分野(10)

2030年における熱工学分野の技術ロードマップは、固体、流体、放射の三つの主要領域に焦点を置いている。現在の技術は既に成熟しており、JIS規格に基づく測定装置も一般に普及している。コンピュータの高性能化により、熱物性の研究において新たな可能性が開かれている。この進展は、エネルギー効率の高い住宅、電気自動車、さらには宇宙機といった多様なアプリケーションに貢献している。技術的な突破口としては、数値計算技術の進化が挙げられる。従来は解析が困難だった問題に対し、新たな解法が開発されている。機械学習と光学的測定手法の進化が合わさり、より精度の高い熱物性値が取得可能となっている。社会的な側面では、新材料の探索や熱輸送メカニズムの解明が進行中である(11)~(13)。これにより、工業製品からバイオサイエンスに至るまで、多岐にわたる応用が見込まれている。持続可能でクリーンなエネルギー供給が求められており、この分野においては多角的な革新が不可欠である。熱工学全体の水準向上に向けて多様な視点からの議論が深化していると言える。

動力エネルギーシステム分野(14)

2030年に向けての動力エネルギーシステムの技術ロードマップには、火力、原子力、再生可能エネルギーの三つの主要な要素が組み込まれている。火力発電は、環境対応技術の進化と効率化を目指している。特に、ガスタービンの高温材料研究とCO2回収技術が注目されている。原子力については、安全性と効率の向上が必須である。東日本大震災後の社会的なリスクを考慮しつつ(15)、人材育成と再生可能エネルギーとの連携が課題である。再生可能エネルギーは、日本のエネルギーミックスで増加する傾向にあり、その導入には「時間」間欠性と「空間」偏在性が大きな課題である。セクターカップリングによって、これらのエネルギーの異なる特性を効果的に利用する機会が広がっている。また、地域間連携とビッグデータの活用が、エネルギーシステムの柔軟性と効率を高める方向で進展している。熱供給においては、ヒートポンプ技術と排熱回収が焦点となっている。これにより、エネルギーの効率的な利用と環境負荷の低減が期待されている。

2050年に向けては、これらのエネルギー源を効率的に組み合わせることで、カーボンニュートラルと安定供給の双方を実現することが目標である。産官学の連携が、これらの課題解決と持続可能なエネルギーシステム構築の鍵である。

エンジンシステム分野(16)

2030年までのエンジンシステム技術のロードマップは、熱効率向上が中心課題である。現在、ガソリンエンジンの熱効率はDHE(Dedicated Hybrid Engine)技術により45%近くまで高まっており、高膨張比化やミラーサイクルなどが採用されている。日本の産学官連携によるSIP革新的燃焼技術プロジェクトでは、熱効率50%を目標としたスーパーリーンバーンエンジンが提案されている。希薄燃焼や低温燃焼、未利用廃熱の回収といった技術が進展することで、Well to WheelでのCO2排出量削減が可能である。電気自動車の普及が進んでいるものの、1次エネルギーの供給バランスや液体燃料のエネルギー密度を考慮すると、内燃機関車は今後も一定の役割を担うであろう。持続可能性とエネルギー効率の向上には、産官学が協力して革新的な燃焼技術を開発する必要がある。

これが2030年までのエンジンシステム技術の大きなトレンドであり、エネルギー問題への対策としても重要である。

機械力学・計測制御分野(17)

2030年を見据えた機械力学・計測制御分野の技術ロードマップは、ITと物理ダイナミクスの融合に焦点を当てている。IoT、AI、ビッグデータの活用により、自動運転から無人航空機、産業用ロボットまで多岐にわたる産業応用が進展している。磁気軸受技術は医療から産業までの応用が広がっており、特に小型で高推力を持つセルフベアリングモータは小児用人工心臓などにも寄与する。1Dモデリング技術も進化し、システム全体の最適化が目指されている。この技術はデータレイクやエッジコンピューティングと連携し、制御工学と融合することでデジタルツインやAIの活用が進められている。AIとデータ駆動の導入により、広範な産業応用と社会貢献が期待されている。部門を超えた広範な連携と多様な専門分野からのフィードバックが集約されることで、効果的な活動が展開されると考えられる。

機素潤滑設計分野(18)

2030年を見据えた機素潤滑設計分野のロードマップでは、歯車とトライボロジーが中心的な要素である。歯車は自動車から風力発電、ロボット、医療マイクロマシンまで多岐にわたる用途に適用されている。大型で耐久性の高い歯車は風力発電に、小型・高効率な歯車はロボットやマイクロマシンに求められている。新しい歯形、特にサイクロイドや複合歯形が、強度と効率の向上に貢献する可能性がある。トライボロジーは摩擦と摩耗を最小化し、効率を向上させる科学技術である。持続可能な潤滑油や新しい表面処理技術がその進展に重要である。企業と学術界の協力が不可欠であり、特に環境や新規ビジネスへの直接的な影響が期待されている(19)。ゼロエミッションや持続可能性といった目標に対して、これらの技術は大きな貢献をする可能性がある。

設計工学・システム分野(20)

2030年までの設計工学・システム分野の技術ロードマップでは、複雑性のマネジメントが特に重要なテーマである。製品開発の段階で、社会と環境に配慮した設計手法が求められている。Discovery Driven Planningやシナリオプランニングなどの先進的な手法が注目を集めている(21)(22)。製品サービス領域では、Web化とAIの進展によって設計の複雑性が増しており、SysML(Systems Modeling Language)やAUTOSAR(Automotive Open System Architecture)などのモデル化技術が重要性を増している。製造と調達においては、Covid-19の影響を受けた供給網に対する対応が急務であり、ロバストかつレジリエントなサプライネットワークの構築が不可欠である。組織内では、Webベースの分散協業と国際的な分業が進む中、DSMなどの全体進捗の可視化技術とセキュリティ強化が必須である。これらのトレンドを受けて、大規模かつ複雑なシステムを効率的に管理する新たな技術が進化することが期待される。このような技術革新は、製品開発から製造、調達、組織運営に至るまでの各フェーズで寄与すると考えられる。

生産システム分野(23)

2030年までの生産システム分野の技術ロードマップでは、数々の未来的かつ革新的な要素を包括している。まず、COVID-19とウクライナ軍事侵攻が世界の社会経済に与えた影響を考慮しながら、レジリアンスを重視したグローバル・サプライチェーンの確立が求められている。次に、高精密仮想生産システムは、マルチフィジクス対応の先進物理エンジンとAIの融合によって、製造プロセスの事前評価が可能になっている。組合わせ最適化問題の新しい解決策は、量子コンピューティングなどの進展によって現実的な時間内に見つけられるようになっている。物流においては、「物のインターネット化」が進行中で、地理的分散とコスト削減が期待される。微生物工場による機能性材料生産は、環境にやさしい大量生産の新たな可能性を開いている。人材育成面では、アナログとデジタルの両方に精通した「情実二刀流」人材が必要とされている。また、完全隔離工場は環境負荷を最小限に抑えつつ、持続可能な生産活動が可能である。最後に、ものづくり文化を維持するエコシステムが、地域社会に新たな価値をもたらす可能性がある。これらの要素は、2050年までに生産システムが大きく変貌する一歩となり、多くの研究者や技術者がその変化をリードすることが期待されている。

ロボティクス・メカトロニクス分野(24)

2030年までのロボティクス・メカトロニクス分野の技術ロードマップでは、多くの革新が予測されている。自律型ロボット技術は産業、医療、家庭用途での運用が広がり、特に人間と協働するロボットが注目を集めている。センサ技術の進展により、ロボットはより高度な判断を行い、人間に近い動きや認識能力を持つようになると予測されている。AIの進化もこの分野に大きな影響を与える。AIとロボット技術の融合により、複雑なタスクも効率よく、かつ安全に遂行できるようになる。例えば、AIが高度な診断をサポートし、ロボットが手術を補助する形が一般的になる可能性がある(25)。環境に対する考慮も強まっている。環境負荷の低減やエネルギー効率の高いロボットの開発が進められている。これにより、サステナビリティに対する企業の責任も高まると予想される。また、デジタルツイン技術の導入により、仮想空間でのシミュレーションがより現実に近いものになる。これにより、製造プロセスや製品の性能評価が精密に行えるようになり、時間とコストの削減が期待され、技術の民主化も進むと予想される。オープンソースプラットフォームや低コストのハードウェアが普及することで、より多くの人々がロボティクスとメカトロニクスの恩恵を受けられるようになる。

2030年のロボティクスとメカトロニクスは、人々の生活を大きく変え、産業にも革命をもたらす可能性が高い。

産業・化学機械と安全分野(26)

産業・化学機会と安全分野における技術ロードマップは、社会変化に伴う、技術的進歩、市場の動向、規制の変化、そして社会的ニーズに対応しながら、産業や安全技術の将来的な方向性を示すために使用される。コロナウイルスの影響で加速したリモートワークやAI、IoTの普及は、労働人口減少と産業構造の合理化に寄与している。特に、2020年代にはIoTが安全技術と連携し、労働人口減少に効果的な対策を提供している。これが基盤となり、2030年代には安全を前提としたAIとCPS(サイバー・フィジカル・システム)がいっそう生産現場の自動化を推進する。新たな産業構造も形成され、日本の第1次産業と第3次産業が主軸となると予想される。さらに、2050年を見据えた未来展望では、スマートエコシステムが実現し、安全とセキュリティの技術は社会に不可欠な要素となる。これらの技術は、労働集約型から知識集約型へのシフトを支え、日本および世界の産業構造と社会形成に大きな影響を与える。

交通物流分野(27)

2030年までの交通物流分野の技術ロードマップを概観すると、電動化、自動運転、データ解析、持続可能性が主要なテーマである。初めに、電動車と電動航空機の普及が進む一方で、新しいエネルギー蓄積システムの開発が急務である。次いで、自動運転技術は効率性を高め、人的ミスを減少させるため、多くの物流業者がこの技術の導入を急いでいる。LiDAR、AIアルゴリズム、V2X(車両対何でも通信)がこの分野で進化を遂げる(28)。また、データ解析とAIの進歩によって、サプライチェーンの透明性と効率性が高まる。リアルタイムでの物流トラッキング、需要予測、在庫管理が一段と精緻になり、ビッグデータがビジネス戦略に不可欠な要素となる。持続可能性に関しては、再利用可能なパッケージ材料、エミッション削減、循環経済への移行が急がれる。環境に優しい物流ソリューションが、企業の社会的責任(CSR)と経済的利益を両立させる鍵である。

多様なトランスポートモードの統合と、それを可能にするデジタルプラットフォームも注目されている。MaaS(Mobility as a Service)のようなコンセプトが、個々の交通手段をシームレスに連携させ、効率的な移動と物流を実現する。これらの技術と戦略が組み合わさることで、2030年の交通物流はよりスマート、効率的、かつ持続可能なものとなる見通しである。

自動運転技術で見た分野横断の技術ロードマップのレビュー(29)

2030年までの自動運転技術に関する分野横断の技術ロードマップは、「自動運転に関する分野横断型研究会」(30)の活動において、多角的かつ高度に統合されたアプローチでまとめられたものである。主に、物流や移動サービスに焦点を当てた協調型自動運転システムと、個々の車両に焦点を当てた自律型自動運転システムの二つのカテゴリに分けられる。レベル3以上の自動運転は、システムが運転を主導するため、人間の運転とは根本的に異なるレベルとされる。この高度な自動運転は、AIチップの進化に大きく依存しており、分野横断の技術が必要とされる。品質要求展開表の作成は、製品開発の成否を決定する重要なステップである。この展開表は、人間、ビジネス、機械、開発技術といった複数の軸で整理され、総合的な技術戦略を形成する。このような多角的な視点は、自動運転技術が多数の産業と関連していることを反映している。研究会は、技術ロードマップのほかにも、教育活動や他の学会との連携を行い、多様な専門家が関与する横断型活動を推進している。これにより、多くの関連分野での研究開発が促進され、技術の社会実装がスムーズに進行する可能性が高まる。

JSME メンバーが考える 2050 年の社会像実現に向けた技術ロー ドマップ

急速に変化する社会環境の中で、将来を単に予測するのではなく、目指すべき2050年の社会像を創出するアプローチは極めて重要である。この観点から、各部門から選出された代表者による分野横断的なチームを形成し、ワークショップを通じてその目標についての深い洞察を得る試みは、有意義である。「持続可能で多様かつ包摂的な社会、そしてテクノロジーと自然が調和する社会」というテーマは、現代社会が抱える多くの問題、例えば環境破壊、社会的不平等、テクノロジーの責任ある利用など、多角的に対処するための骨格を提供する。これにより、新しいテクノロジーや横断分野の研究が、具体的な社会課題解決に結びつく可能性が高まる。分野横断のチームが持つ多様な知識と視点は、単一分野に偏った考えでは見過ごされがちな要素を明らかにする可能性がある。さらに、このような多様な視点が統合されることで、より堅牢で実行可能な戦略やロードマップが生まれると考えられる。これは、単に未来を予測する以上の価値を持つ行為であり、緊急性を帯びた多くの課題に対する具体的な解決策を生み出す。

持続可能で多様かつ包摂的、テクノロジーと自然が調和する社会

JSMEメンバーによる2050年の社会像の設計は、持続可能性、多様性、包摂性、そしてテクノロジーと自然環境の調和を中心に据えている点で極めて先見的であると言える。このような社会を具現化するためには、多角的かつ具体的な取組みが必要であり、それが三つの社会像として詳細に展開されている(図1)

図1 JSMEメンバーが考える2050年の社会像

第一の社会像である『人間と自然、都市と地方、個人とコミュニティが長く共存される社会』(図2)は、持続可能な環境配慮と地域社会の結びつきを強調している。第二の社会像『多様性と包摂性が確保された次世代コミュニティによる総合地域社会』(図3)では、社会全体が持続可能でありながらも多様な価値観やバックグラウンドを尊重する方向性が見て取れる。第三の社会像『リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会』(図4)は、テクノロジーが持つポテンシャルとその制限を理解し、人々の精神的、肉体的な福祉を中心に据える。各社会像における主要課題を特定し、その解決策を明示することで、実現可能な未来像に近づけると考えられる。特に、モノづくりを基盤にした社会実装技術の選定は、理想と現実のギャップを埋めるために不可欠である。このような総合的な考察に基づいて新たな技術ロードマップを策定することは、長期的な戦略設計において極めて重要なステップであると言える。三つの社会像について本特集で詳細に説明する。

図2 人間と自然、都市と地方、個人とコミュニティが長く共存される社会の課題

図3 多様性と包摂性が確保された次世代コミュニティによる総合地域社会の課題

図4 リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会の課題

まとめ

社会が急激に変化する中で、単に将来を予測するのではなく、2050年に我々が実現させたい社会像を創造し、それを実現するための新技術や横断的な分野での戦略を検討してきた。この道しるべとなる技術ロードマップの更新や新規ロードマップの策定は、機械工学や工学全般に対する社会的な要求に応え、未来を設計する責任を担っている。さらに、その情報を社会全体に発信することで、先導的な役割を果たしている。

技術開発の国際的な動向、技術の基本原理、経済性、産業規模、消費者動向、社会受容性といった多角的な要素を総合的に考慮し、評価するのは、研究者や技術者にとって期待される責任である。このような活動を通じて、部門を超えた分野融合によるイノベーションを創出し、技術ロードマップの維持と更新、また新規ロードマップの策定を進めることは、技術革新、学術進展、産業への貢献といった直接的な成果につながると考えられる。また、社会的認識の向上、政策形成への影響、教育プログラムの強化といった間接的な成果も期待できる。


参考文献

(1) 日本機械学会技術ロードマップ委員会,技術ロードマップから見る2030年の社会,日本 機械学会誌,Vol. 119, No.1170 (2016. 5).

(2) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第1回_「技術ロードマップから見る2030年 の社会」のレビューの連載にあたって),日本機械学会誌,Vol. 126, No. 1250-42 (2023. 3).

(3) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第3回_1 計算力学),日本機械学会誌, Vol. 126, No.1252-40 (2023. 3).

(4) 内閣府, Society5.0, https://www8.cao.go.jp/cstp/ society5_0/(参照日2022年 11月25日).

(5) 新エネルギー·産業技術総合開発機構(NEDO),人工知能(AI)技術分野における大局的な 研究開発のアクションプラン (AIアクションプラン),

(6) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第3回_2 バイオエンジニアリング),日本機 械学会誌,Vol. 126, No.1252-42 (2023. 3).

(7) 平坂雅男, バイオミメティクスを取り巻く課題─国際標準化および産業展開を中心として─, 日本知財学会誌, Vol.13, No.2, pp.11-17(2016).

(8) 公益社団法人高分子学会バイオミメティクス標準化国内審議委員会, ISO/TC266 Biomimetics 第 11 回総会の開催について,Newsletter, ISO/TC266 Biomimetics, Issue 9, December(2020).

(9) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第4回 機械材料・材料加工),日本機械学 会誌,Vol. 126, 1253-40 (2023. 4).

(10) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第5回 カーボンニュートラルに向けた熱工学 の取組み),日本機械学会誌,Vol. 126 (2023. 5).

(11) 日本熱物性学会編, ナノ・マイクロスケール熱物性ハンドブック (2014).

(12) S. Volz, J. Shiomi, M. Nomura, and K. Miyazaki, J. Therm. Sci. Tech., Heat conduction in nanostructured materials, Vol.11, No.1 (2016), JTST0001.

(13) S. Walia, C. M. Shah, P. Gutruf, H. Nili, D. R. Chowdhury, W. Withayachumnankul, M. Bhaskaran, and S. Sriram, Flexible metasurfaces and metamaterials: A review of materials and fabrication processes at micro- and nano-scales, Appl. Phys. Rev., Vol. 2, No. 1 (2015), 011303.

(14) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第6回‗1 動力エネルギーシステム分野), 日本機械学会誌,Vol. 126, No. 1255-42 (2023. 6).

(15) 東日本大震災合同調査報告書編集委員会, 東日本大震災合同調査報告(機械編), 日本機 械学会(2013年).

(16) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第6回‗2 エンジンシステム分野),日本機 械学会誌,Vol. 126, No. 1255-44 (2023. 6).

(17) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第7回 機械力学・計測制御),日本機械学 会誌,Vol. 126, No. 1256-42 (2023. 7).

(18) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第8回 機素潤滑設計),日本機械学会誌, Vol. 126, No.1257-36 (2023. 8).

(19) 技術のロードマップ トランスミッション分野,自動車技術会
https://jsae.or.jp/public/ brand/roadmap/page3/(参照日2023年6月23日)

(20) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第9回 設計工学・システム分野),日本機械 学会誌,Vol. 126, No.1258-50 (2023. 9).

(21) 江口 隆夫,松尾 武,村谷 諒,古賀 毅, 外部環境要因の不確実性を定量化した事業価値 評価の支援手法, 日本機械学会論文集C編, Vol. 84, No. 857 (2018.1), pp. 17- 00270, doi.org/10.1299/transjsme.17-00270.

(22) Takayuki ISAKA, Wataru YONEDA and Tsuyoshi KOGA, Proposal on Hybrid Risk Evaluation Method (HREM) for Bidding Decision in International Infrastructure Project, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturing, Volume 11 (2017), Issue 5, Pages JAMDSM0063.

(23) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第10回 生産システム分野),日本機械学会 誌,Vol. 126 (2023. 10).

(24) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第10回 ロボティクス・メカトロニクス分野), 日本機械学会誌,Vol. 126 (2023. 10).

(25) 医療機器等における先進的研究開発・開発体制強靭化事業(ロボット介護機器開発等推進事 業),国立研究開発法人日本医療研究開発機構

(26) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第11回 産業・化学機械と安全分野),日本 機械学会誌,Vol. 126 (2023. 11).

(27) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第11回 交通物流部門 燃費・走行効率), 日本機械学会誌,Vol. 126 (2023. 11).

(28) 日産自動車と日立ビルシステムが電気自動車からの給電で停電時のエレベーター利用を可能 にする V2X システムの普及に向けて協創を開始,日立ビルシステム
https://www.hbs. co.jp/news/2023/20230127_01.html(参照日 2023 年 6 月 26 日)

(29) 技術ロードマップから見る2030年の社会(第12回 自動運転技術で見た分野横断の技 術ロードマップ),日本機械学会誌,Vol. 126 (2023. 12).

(30) 「自動運転に関する分野横断型研究会」のホームページhttps://www.jsme.or.jp/tld/ home/workshop/autonomous_car_site/index.htm


技術ロードマップ委員会 委員長

<フェロー>

山崎 美稀

◎(株)日立ハイテク ものづくり・技術統括本部 主管技師
◎専門:環境配慮材料設計・システム設計、製品企画論、技術開発戦略策定

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