特集 JSMEメンバーが考える2050年の社会像実現に向けた技術ロードマップ
技術ロードマップと社会課題への挑戦
技術ロードマップの検討対象の移り変わり
フォアキャストの視点の追求
日本機械学会技術ロードマップ委員会が活動を開始した2006年頃に、企業の方々に言われたことは、アカデミアが技術の将来を予測できないようであれば、学会活動は必要ないのではないかという厳しい指摘であった。それならば、学会を挙げて技術の将来予測に挑戦し、議論しようではないかという共通の思いを持って活動を開始した。
技術の将来動向は、常に性能が上がり続けるので、将来をその延長で予測することができ、現象のメカニズムに関連するキーとなる科学的なパラメーターを見出すことで、将来予測を定量的に議論できることを示すことができた。例えば、物体から熱を除去できる性能(熱伝達率)、断熱材で熱の損失を防ぐ性能(熱伝導率)、また、繊維材料の強度、発電所の効率、ヒートポンプの性能(COP)などであった。この活動を、機械工学の多くの学問分野で実施したのが第一段階であった(1)。
次に、機械工学の多くの学問分野から見た将来像を集めることで、将来の社会を描くことに挑戦した。各部門、機械工学全体の技術ロードマップなどを集めて、「技術ロードマップから見る2030年の社会」を提示し、技術や社会の将来像を議論した(2)。
これに対して、2023年度日本機械学会誌に掲載されているものは、2016年時点での2030年に対する技術予測の内容を、最近の技術の急速な進展や社会の急激な変化の観点から、見直したものである。これは、現在から将来を予測するというフォアキャストの視点からみて、7年間をかけて突き詰めたもので、より多角的に検討された完成度の高い技術予測であると言える。
技術ロードマップの社会課題への挑戦
バックキャストの視点での検討段階へ
今回の特集号での検討内容は、将来の社会像を想定し、その社会像を実現するためには技術はどうあるべきかというバックキャストの視点からの検討に重点を置いている。2050年の社会像の創発と実現のための課題、分野横断課題の創出、技術ロードマップ策定への挑戦である。
ここでは、今回作られた三つの社会像が、他の方々が考える社会像とどのような関係にあるのかを考察したい。社会像1「人間と自然、都市と地方、個人とコミュニティが長く共存される社会」は、「持続可能性」、社会像2「多様性と包摂性が確保された次世代コミュニティによる総合地域社会」は、「多様性と包摂性」、社会像3「リアルとバーチャルの調和に基づく個人価値尊重と社会サステナビリティの融合社会」は、「リアルとバーチャルの調和」と端的に捉えさせていただくこととする。
本特集の三つの社会像は、おおむね種々の社会像の内容を包含していると言えよう(表1)。具体的には、国連のSDGsの17課題(3)は、社会像1、社会像2に関するものと理解できる。また、日本の科学技術基本計画(4)では、社会像3に関係して、「Society5.0」が取り上げられている。また、経団連(5)、NEDO(6)、タイ政府(7)などが提案する「サーキュラーエコノミ」・「バイオエコノミ(ネイチャー・ポジティブ)」および、「サステナブルエネルギ(グリーントランスフォーメーション)」の推進の概念も、社会像1、社会像2で理解できると考えられる。
技術ロードマップの策定は、世界を牽引し、世界で存在感を出す上での必須なプロセスであると思われ、この検討内容が広く活用されることを期待したい。
表1 他で検討されている社会課題との関係整理
社会課題 | SDGs (国連、17課題) |
科学技術・イノベーション基本計画(日本政府) | 経団連、NEDO、タイ政府の社会の方向性指針 |
1 持続可能性 | 貧困、飢餓、保健、水・衛生、エネルギー、イノベーション、生産・消費、気候変動 | グリーンイノベーション(第3期) | サーキュラーエコノミ、サステナブルエネルギ(グリーントランスフォーメーション) |
2 多様性・包摂性 | 教育、ジェンダー、成長・雇用、不平等、都市、海洋資源、陸上資源、平和、実施手段 | ライフイノベーション(第3期)、Market Pullな研究開発(第4期)、Well Being(第6期) | バイオエコノミ(ネイチャー・ポジティブ) |
3 リアルとバーチャルの調和 | Society 5.0(第5期、第6期) |
参考文献
(1) 日本機械学会誌Vol.110,No.1067,2007年10月号付録.
(2) 日本機械学会誌Vol.118,No.1170, 2016年5月号.
(3) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html (2023年 11月13日).
(4) https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index.html (2023年11月13日).
(5) https://www.keidanren.or.jp/policy/2023/039.html?v=p (2023年11月13日).
(6) https://www.nedo.go.jp/content/100964787.pdf (2023年11月13日).
(7) https://www.bcg.in.th/eng/ (2023年11月13日).
<名誉員>
矢部 彰
◎新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 技術戦略研究センター フェロー、
福島国際研究教育機構(F-REI) エネルギー分野長、
産業技術総合研究所 名誉リサーチャー
◎専門:エネルギー工学、熱工学、ファインバブル技術
表紙:本誌連載企画「絶滅危惧科目- 基盤技術維持のための再考-」のコンセプトに合わせてイラストレーター坂内拓氏とデザイン。本号は「蒸気エンジン」がモチーフ。