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2024/1 Vol.127

表紙:本誌連載企画「絶滅危惧科目- 基盤技術維持のための再考-」のコンセプトに合わせてイラストレーター坂内拓氏とデザイン。本号は「蒸気エンジン」がモチーフ。

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会長が訊く

第4回 「宇宙を動かすエコシステム」

伊藤 宏幸(2023 年度会長)×小田切 義憲〔SPACE COTAN(株)〕・内海 政春(室蘭工業大学)

2040年に世界の宇宙産業市場規模が100兆円を超える試算があるように、新規参入や新市場開拓による成長が見込まれ、新規市場開拓を狙って世界中で新たな宇宙港の建設・運用が進行している。日本政府も中小企業技術革新制度(日本版SBIR:宇宙関係4分野、計823億円)に続き、総合経済対策の一環として、単年度予算に縛られない10年間で最大1兆円規模の「宇宙戦略基金」を宇宙航空研究開発機構(JAXA)に設立する。

SPACE COTAN(株)は、アジアの民間企業など、だれもが使える垂直/水平型などの多様なロケットの打ち上げが可能な商業宇宙港「北海道スペースポート(HOSPO)」を運営する。ビジョンとして“北海道に、宇宙版シリコンバレーをつくる”を掲げ、我が国の宇宙ビジネスのインフラを担う同社の未来像・課題について、会長が訊く。また、北海道大樹町を拠点とするベンチャー企業開発を技術面からサポートする室蘭工業大学 内海教授に、技術課題・人材育成・学会への期待を訊く。

SPACE COTAN(株)代表取締役社長兼CEO
小田切 義憲 氏

 

伊藤:北海道宇宙サミットに参加し、滑走路(図1)とロケット発射場(図2、以下射場)も見学しました。北海道スペースポートは垂直打ち上げ、水平打ち上げの両方が可能ということが特徴と伺いました。現在工事を進めている滑走路の1300mへの拡張に加えて、将来の計画である3000mの滑走路の新設など、さらなる展開を肌で感じることがきました。

小田切:北海道の地の利を活かした開発ができていると私も感じています。「十勝晴れ」と言われる晴天率の高さや高緯度で東と南が海で開かれていて、海上航路・航空路に余裕があるという強みに加えて、3000mの滑走路を新設できると、さらに宇宙輸送事業者のニーズに応えることができます。3000m滑走路の候補地はすでに大樹町が確保しており、Google Earthで見てもすでに滑走路の形が見えるくらいで、JAXAの日本版スペースシャトル構想の利用にアピールするために大樹町が30年前に確保されていたものが、今ようやく日の目を見ようとしています。

図 1 1300mの拡張を進めている滑走路

図 2 北海道スペースポートの整備計画
〔現在運用中の観測ロケット用ロケット発射場(LC-0)に隣接する形で人工衛星用ロケット発射場(LC-1)の整備を進めている〕

 

伊藤:“宇宙版シリコンバレー”というキャッチフレーズを使われているように、スペースポートを町づくりやエコシステムのハブとしてかなり意識されていると感じました。

小田切:北海道スペースポートは空港や港、町からも近くて利便性がよい“天然の良港”です。今回開催しました宇宙ビジネスカンファレンス「北海道宇宙サミット2023」では、大樹町以外のさまざまな町や省庁からも宇宙事業に参画する準備をしているとお声がけいただきました。まさに、人のアサインも変わってきて、どの組織からも真剣味を感じます。今回で3回目の「北海道宇宙サミット」となり、宇宙ビジネスに参画する方々がどんどん増えていると感じます。サミットの翌日には企業版ふるさと納税に協力いただいた33社に北海道スペースポートにお集まりいただき、十勝晴れの青空の下で表彰式を行うこともできました。これからさらに盛り上がっていくと思います!

伊藤:自治体や企業を巻き込まれて盛り上がりを感じますが、学との連携では室蘭工業大学 内海政春教授が指揮を振るわれて、ベンチャー企業の技術開発を後押しされていると認識しています。組織との連携では何を意識されていますでしょうか?

小田切:地域や組織との連携では、私は名古屋の自動車産業・航空機産業を参考にしています。我々は現時点では人工衛星の打ち上げのみを目標としており、これから人を輸送するとなるとさらに厳しい認証制度が適用されます。すでに経験のある組織と連携する必要があります。また、サプライチェーンの観点からも、まだまだ北海道だけではカバーできませんので、もっと多くの企業にも大樹町に参画いただきたいです。また、従来の石油由来の燃料ではCO2を多く排出する事業のため、地元との連携として、十勝の酪農の課題と絡めて、エア・ウォーター(株)が製造する家畜ふん尿由来のバイオメタンをロケットの燃料に利用しようとしています。ロケット以外にもLNGの代替燃料として活用できることから、工場やトラック、船舶への利用について実証試験が進められているところです。燃料の地産地消、カーボンニュートラルに貢献ができる見込みです。十勝は道内では珍しく民間主体で開拓された土地で、今や日本を支える農業生産地域になっています。十勝の人たちにはフロンティアスピリットがあり、新しいものに対して包容力があるので、地元の皆さんの理解を得て連携を進められています。

伊藤:この建物(大樹町経済センター)の1階フロアにもインターステラテクノロジズ(株)の事務員募集のチラシが貼ってありましたが、大樹町での人材採用の状況はいかがでしょうか?

小田切:人材確保はなかなかうまくいっていないです。道内には高専が4校ありますが、これまでは卒業生の道内の受け入れ先が十分とは言えませんでした。高専の卒業生に十勝で働いてもらえるような環境整備と共にオペレーターや品質管理など間接要員の養成体制構築も必要と考えています。

伊藤:私自身、リアルタイムで米国ケネディ宇宙センター39A発射台から月に向かうサターンVロケットを視聴し、翌年ようやく日本初の人工衛星「おおすみ」を地球軌道に乗せたL-4Sロケット(ラムダ-4エスロケット)を比較して彼我の大きな差を感じ、それが後に航空学科で推進工学を専攻する動機となりました。しかし当時の市場は小さく、機械工学専攻に比べると圧倒的に少数派である同級生の中でさえ航空宇宙業界に就業したものは3割に満たない状況でした。当時は推進系のベンチャー企業が出てくるとは思えなかったので、隔世の感があります。

小田切:現在の宇宙産業の市場規模を見るとまだ大きくはなくて(図3)、割合としては人工衛星のデータや通信を使った事業や地上設備が多く、ロケット打ち上げの市場はこれから大きくなっていくという段階です。2023年6月に改訂された宇宙基本計画では官民連携のもと予算配分などについても考慮いただいていますので、これからの広がりは間違いないのですが、人材の数でいうと日本の宇宙産業関連従業員数は1990年代がピークで(図4)、現在も9千名程度です。宇宙産業を盛り上げていくためには、まだまだ人を増やして育てていくことが重要です。

図 3 宇宙産業市場規模と内訳(2021年)(出展 : SIA 2021 Global Satellite Industry Revenues)

図 4 宇宙関連産業の従業員数などの推移(出典:日本航空宇宙工業会平成 23年度宇宙産業データブック)

 

伊藤:政府からの宇宙事業への期待も大きく、SBIR(中小企業イノベーション創出推進事業)の「民間ロケットの開発・実証」から4件が採択され、そのうち3社は満額の20億円が交付されるとのことです。起業が成功か失敗かということではなく、いろんな選択肢が生まれて、ベンチャーのプラットフォームが構築されると日本の産業がこれまでと異なった形で活性化していきますね。

小田切:まさにその通りで、良い連鎖が生まれることを期待しています。

伊藤:技術面の課題や機械技術者にどのようなことを期待されますか?

小田切:私自身航空業界出身なので、ペイロードの問題はまだまだ改善の余地があると感じています。コスト削減の達成という観点からも、ペイロードの増大は課題であり、エンジンの改良など、さらなる技術開発、技術革新に継続して取り組む必要があります。また、先ほど申し上げたように、宇宙産業のこれからの展開を考えると、技術系人材は欠かせません。学会の皆さんにもどんどん参画いただきたいです!

室蘭工業大学 教授 内海 政春 氏(写真右)
2023年度会長 伊藤 宏幸〔ダイキン工業(株)〕(写真左)

 

伊藤:このように宇宙産業、しかも推進系のベンチャーが盛り上がる状況は本当に嬉しいです。室蘭工業大学ではどのような組織体制になっているのでしょうか?

内海:本学における航空宇宙に関する組織は、学生が所属する航空宇宙工学コースの教員組織(ユニット)と、外部との共同研究や学内プロジェクト研究を推進する航空宇宙機システム研究センターがあります。本学は北海道白老町に約1.5haの敷地を有する白老エンジン実験場を持っており、航空宇宙機システム研究センターがその運用管理をおこなっています。また、北海道大学と本学との連携組織であるf 3工学教育研究センターにおいて、システム工学の素養を持ち、宇宙機などの巨大システムなど複雑な工学システム全体を見渡しながら研究開発を牽引する工学リーダー人材の育成を行っています。

伊藤:今の我が国の技術レベルをどのように評価されていますか?また、小田切社長はペイロードの大幅な改善を期待されているとのことでした。そのための技術的な課題はどのようなところにありますか?

内海:日本の宇宙輸送系の技術開発は、H3ロケットやイプシロンロケットなどに代表されるように長きにわたり国策として進められてきました。一方、米国ではSpaceX社などの民間企業が台頭し、ロケットの再使用化や高性能ロケットエンジンの開発など革新的技術で業界を牽引しています。近年、日本でも宇宙輸送事業を目指すスタートアップが10社以上出現してきており、スタートアップに対する国の支援も拡充されています。技術レベルは米国にはまだまだ及ばないものの、日本のスタートアップも日進月歩の勢いで進化しています。技術的な課題は、低コスト化を実現する製造技術、開発を加速するアジャイル式のプロジェクトマネジメント技術、1DCAEやモデルベース開発(MBD)を含めた総合的な技術力の向上と思います。しかしながら、他国が先導する技術やシステムを後追いするのではなく、日本が得意とする技術や日本の勝ち筋を見据えて、開発を進めていくことが重要と思います。

伊藤:これからの宇宙産業分野の盛り上がりを考えると、技術系人材の育成が欠かせませんが、それを担う教育組織としての課題、また日本機械学会に期待・要望することはありますか?

内海:研究や開発における専門性が重要なことはもちろんですが、巨大システムを作り上げていくための重要なものとしてシステム工学も必須です。システム工学を教育する仕組みをどう構築するかが、教育組織としての課題のひとつと思います。プロジェクト経験や実機への実装までを行わせる機会を提供することが人材育成をするうえで効果的と思います。また、共同研究などのような産学連携、つまり教育機関である大学としての社会貢献がもっと活発になっていくとよいと考えています。学会は技術交流の場として大きな価値があります。産業界からの参加者がもっと増えることを期待しています。

伊藤:宇宙サミットの盛り上がりや、SBIRの採択、JAXAに設置される1兆円ファンドなど、宇宙産業の高まりを感じます。この機運をどのように感じられていますか?

内海:衛星コンステレーションや宇宙旅行など、宇宙産業は世界的に急速に成長しています。日本でもこの機運の高まりは強く実感していますが、宇宙産業の拡大に人材供給が追い付いていないと感じています。人材流動に加えて、大学などの教育機関がもっと積極的に宇宙業界に人材を供給できるような仕組みがあるとよいと思います。学生は大企業のことは知っていますが、宇宙系スタートアップは認知度が低いためスタートアップへの就職は必ずしも積極的とは言えない状況と思います。共同研究は認知度を高める効果もあり、スタートアップが必要とするスキルや技術を学生に蓄積するという側面もあります。このような産学連携により、人材のマッチングが進むとよいように思います。

また、現在の宇宙産業の成長が研究開発や製品化にとどまらず、事業化や産業化まで繋がっていくことを切に願っています。そこに至るまでには、魔の川、死の谷、ダーウィンの海といったさまざまなハードルを乗り越えていく必要があります。大学として、人材育成や技術課題の引き受け手としての役割にとどまらず、国の中長期戦略立案や意思決定にも貢献していくことが、宇宙産業や宇宙業界のいっそうの発展に繋がっていくと思います。

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