会長が訊く
会長が訊く (第3回) 「国内物流の過去・現在・未来」
日本機械学会 会長 伊藤 宏幸(写真左)
エルテックラボ 代表/物流ジャーナリスト 菊田 一郎(写真右)
働き方改革の一環として労働基準法が改正され、時間外労働の上限が規定された。運送業界への本法律の適用猶予が終了する2024年4月以降、労働力不足から物流の一部が麻痺することが危惧され、“物流2024年問題”と呼ばれている。この問題の背景や本質的な課題について、長年にわたり流通の調査・出版・コンサルティングに携わってこられた菊田一郎氏に、物流業の過去・現在・未来について尋ねた。
伊藤:いわゆる物流の2024年問題の回避に向けては、42年前に提唱されて以来、繰り返し言及されるモーダルシフト(トラックなど自動車による貨物輸送を環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用へと転換すること)などの施策が、物流総合効率化法にも明記されていますが、近年、むしろ鉄道による貨物輸送は減少傾向ではないかと感じます。国内物流の特徴や経緯を教えて下さい。
菊田:総合物流施策大綱も含め、モーダルシフトは基本的な物流効率化施策として長年掲げられてきましたが、自動車輸送の利便性に押され、減少傾向が続いてきました。2021年のデータでは計4,040億トンキロの国内貨物輸送量のうち自動車輸送が2,240億キロトン・約55%なのに対し、鉄道輸送は180億キロトン・約4%と、かなり比率が小さい。しかし物流における脱炭素化を進めることが至上命題になっている今、余力に限りはあるとしても鉄道と内航海運へのシフトを全力で進めることは、今後とも政府と産業界にとっての重要課題です。
私が海外、特に欧州と比較した場合、国内物流の際立った相違・課題だと思うのは、「荷姿の標準化」が一部しかなされていないことです。物流効率化の一丁目一番地は、貨物を一定の単位(ユニット)にまとめて運ぶこと。これをユニットロードシステムといい、そのサイズを輸送機関他の荷台と整合した標準的な規格に統一できれば、製造から倉庫・店舗に至る製配販のサプライチェーンにわたって、輸送効率・保管効率を最大化できます。
海上輸送では20フィート・40フィートの標準海上コンテナ規格が見事に全世界で共通運用されていて、これは「20世紀最大の発明」とまで言われます。問題はコンテナの中に積むもう一段階小さな荷姿、すなわちパレットの規格です。この点大陸欧州では、800×1200mmのユーロパレットが約90%の普及率を誇り、異形品以外の大半の製品、生産・物流施設、機材・設備機器がこの共通仕様に合わせて設計・運用されている。ユーロパレットはトラック荷台に横2枚ピタリと積め、積載効率を最大化できています(図1)。パレットに積むさらに一段階小さいユニットは、カートンケースやプラスチック製の通い容器(クレート)で、大陸欧州ではパレットと完璧に整合し4つがピタリと詰める400×600mmサイズに標準化されています。実はこちらのサイズが、人が両手でちょうど抱え込めるエルゴノミクスの思想から生まれた、欧州の物流寸法系列のベース。理想的なユニットロードシステムが戦後、幾多の政治経済的調整・妥協を経て陸続きの欧州各国間で、EU成立に先んじて確立していたのです。
我が国ではどうか。1970年に1100mm×1100mmサイズのパレットがJISで唯一の一貫輸送用(共通規格の共有パレット=プールパレットを発着荷主が積み替えなしで運用する)パレット規格として制定されました。政府も推奨はしたのですが結局市場の選択に委ねてしまい、50余年を経た今も普及率は30%台と言われます。ほかにも一貫輸送用でないJISパレットは7種類あること、欧州以上に多品種・多頻度・少量物流が求められることなどから、トラックの積載率は平均で4割を切っている。街のトラックの6割は空で走っているのです。パレット標準化についてはいま改めて産官学の会議で議論されていますが、上記の標準ユニットロードシステムの巨大な価値を十二分に理解しないまま話を進めるのでは100年の禍根を残すと危惧し、私は関係者に発言を続けています。
図1 ドイツ小売業・EDEKA社物流センターでの現場状況
(左:トラックへのパレット貨物積載状況/中・右:パレットとカゴ車へのクレート積載状況)
伊藤:最近は、共同運送などの業種・業態を超えた協調が進んでいると伺っています。具体的にはどのような動きがあるのでしょうか?
菊田:加工食品物流の業界では、荷主からの要求が過剰/待ち時間が多い/システム化されていない/ドライバーが荷役もさせられるなどなどの多くの問題を抱えていました。「このままでは運んでもらえなくなる」と危機感を持ったメーカー各社は業界を上げて見直そうと、味の素(株)など6社が協働し、F-LINE(株)という加工食品メーカーの共同物流会社を立ち上げました。共同化で合積みして積載率を上げ、物流側の負担を緩和する努力を続けています。また日用雑貨業界では、ライバル企業であるライオン(株)と花王(株)がモーダルシフトによる共同輸送をしている例もあります。これによりCO2排出量を約6割削減し、現在も継続されています。
さらに、日野自動車傘下のNEXT Logistics Japan(株)にトヨタ、アサヒほかさまざまな荷主・物流企業が出資参加して、ダブル連結トラックを導入した幹線輸送の共同化と、ドライバーが交代する中継輸送を実現しています(図2)。こういった共同輸送の事例をさらに広げていくことが問題解決につながると考えています。
図2 NEXT Logistics Japanの物流共同プラットフォーム
共同化の可能性を突き詰めた理想像として今、「フィジカルインターネット(PI)」の構想が注目されています。政府は2040年までの実現を目指したロードマップを発表しました。実はPIの大きな基礎・前提となるものこそ、標準化された貨物を自在に組み合わせて合積みするための「ユニットロードの標準化とモジュール化」なのです。
PIの研究でも欧州が先行していて、ユーロパレット基準の「PIモジュール寸法系列」案をグラーツ工科大学が発表しています。図3の丸で囲んだ400×600mmサイズが前記の標準クレートの平面サイズそのもの。これによって多数の荷主の貨物を合積みする際、パズルのように標準荷姿を組み立てて積載し、輸送効率を最大化しようというわけです。
図3 欧州の標準パレットベースのPI モジュール寸法系列
*グラーツ工科大学, Modular Boxes for the Physical Internetより引用し菊田加工
伊藤:2024年物流問題については、賞味期限・消費期限に関して敏感な国民性もその要因だとテレビニュースでもよく取り上げられています。3分の1ルール(製造日から賞味期限の3分の1を過ぎた商品は原則として小売店は仕入れない)から2分の1ルールに変更するという話もあります。また、オンラインショップの利用で宅配便は欠かせない存在です。
菊田:ご指摘の通りです。ただ、2024年問題については世間に大きな誤解があります。よく宅配便の再配達を減らさなければと指摘されますが、日本における物流量のほとんどをB to B輸配送が占めており、ある調査ではB to C宅配便の物流量は全体の1.4%以下とも言われています。2024年問題で最大の影響を受けるのは実は消費者向けのラストマイルではなく、企業間物流なんです。問題が見えにくい一因は、日本では発荷主が物流費用を負担して商品価格に紛れ込ませているため、コストが明示されにくいという特有の問題があるのです。だからコストを負担しない受荷主の身勝手な要求を受け、ドライバーや物流現場の負担が過剰になってしまった。欧米では逆に着荷主が物流コストを負担するので、コストが常に可視化され、削減策が当然のように行われているんです。
伊藤:各地で物流センターが新増設されていますが、倉庫側の課題も多くありそうですね?
菊田:その通りです。物流の2024年問題ではドライバー不足ばかりが叫ばれますが、倉庫の作業者不足も今後は危機的なレベルになると思います。ヨーロッパではロボット化により将来数百万人単位で雇用が無くなると危惧されていますが、日本は今後半世紀、生産年齢人口が毎年平均65万人減り続けるので、日本では物流作業のロボット化・自動化・省人化で雇用が失われると騒ぐ必要は皆無。逆に「自動化しなければ物流が止まる=経済が回らなくなる」例外的な国なのです。今回は紙幅がないので言及できませんが、私は年来、物流自動化・ロボット化、デジタル化を爆速で進めよう!と具体的提案を続けています。
伊藤:ヨーロッパには学ぶことが多そうですね。
菊田:はい。ヨーロッパでは、デザイン・フォー・ロジスティクス(DFL)という概念が浸透していて、輸配送・保管の物流効率を最適化するよう、可能な限り製品サイズを標準パレット/コンテナなどに合わせて設計することが、半ば当然視されています。スウェーデンでは角砂糖1個のサイズが標準パレットのサイズに整合していると言われます。その影響はサプライチェーン全プロセスにおよび、当該製品の物流・事業コストを下げて収益率を高めるのだから、当然の経営意志決定ですよね。国内でも経営層にエネルギー管理責任者を置くことが求められているのと同じく、欧米に倣って経営層に物流の責任者であるCLO(チーフ・ロジスティクス・オフィサー)を置く法制の準備が進められています。
「荷役近代化の父」と呼ばれた平原直(ひらはらすなお)が、日本にも欧州に倣って標準パレットの共通・共同利用を実現する「パレット・プール・システム」を創り上げようと提案したのは、1958年のことでした。以来75年を経た今なお、私たちはパレットを使わずドライバーや作業者の過酷な手荷役に頼る現場を大半残したまま、「産業と生活を支える、物流が止まる?」危機を迎えているのです。この危機こそが逆に、根本的物流改革の最後のチャンスかも知れません。機械学会の皆さんの使命も重大でしょう。私もまた、「人と地球の環境保全」を通して物流を持続可能なものにするため、提言と報道を続けていく所存です。
(2023年10月6日)
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