特集 機械状態監視資格認証事業20周年
機械状態監視に用いるトライボロジー関連規格
はじめに
多くの動的要素からなる機械において、摩耗や焼付きに起因する機械要素のトライボロジー的な機能劣化にどう対処するかは重要な課題であり、メンテナンスと極めて密接な関係がある。そのため、軸受や歯車などのトライボ要素に用いられる潤滑油の性状変化や混入物の有無を調べて機械の状態を監視することが、今日のメンテナンス・トライボロジーの中核技術となっている。こうした動きに呼応する形で、日本機械学会と日本トライボロジー学会は、機械の状態監視診断を行う技術者の認証制度として、2009年10月からISO18436-4に準拠した「機械状態監視診断技術者(トライボロジー)」の資格認証を共同で実施している。カテゴリーⅠ、Ⅱ、Ⅲがあり、受験資格として、それぞれ最小経験期間12、24、36カ月、最小訓練時間24、48、80時間が規定されている。
潤滑油の劣化
一般的に潤滑油の劣化形態は二つに大別できる。一つは潤滑油自身の化学的変化によるものである。基油である炭化水素の酸化はフリーラジカル連鎖反応(自動酸化反応)により進行する。この特徴は、一度反応が始まると停止反応がなければ非酸化物とO2の存在する限り連鎖反応が繰り返されることである。酸化の進行により、粘度や不溶解分などの性状に変化が現れる。また、添加剤の劣化や消耗もトライボロジー特性に大きな影響を与える。例えば、酸化防止剤の消耗は基油の酸化に大きく影響し、極圧剤や摩擦調整剤などの消耗は摩擦特性や耐摩耗性の維持に大きく係わる。このように、潤滑油の機能寿命を予測するためにも添加剤の劣化状態や残存量の監視は重要である。
もう一つは異物の混入による潤滑油の汚損である。潤滑油の汚損の原因は、固相・液相・気相によるものの3通りに分けられる。固相によるものには、固形粒子や前述の潤滑油の酸化・重縮合物などがある。固形粒子の発生源は、なじみ運転時の初期摩耗粉、通常運転時の定常摩耗粉や環境から侵入した塵埃や砂塵などであり、摩耗促進の原因とされている。液相によるものには、水の混入や異種油の混入などがある。気相によるものには空気の侵入があり、油槽内の油面の低下や戻り配管位置の不適による戻り油の空気巻き込み、油温上昇や圧力低下にともなう溶解空気から遊離空気への変化により発生する。空気の混入はキャビテーションの発生やオイル劣化の促進、油膜切れ、油圧剛性の低下を引き起こす。
潤滑油状態監視に係わる規格
予防保全において最も重要なのは、潤滑油の汚損(粒子、水分など)や基油および添加剤の劣化といった根本原因に対する管理目標・基準の設定である。潤滑油分析の結果を受けて汚染源の除去を行い、常に潤滑油の状態を目標値内に管理し、それを維持することが要求される。このための主な潤滑油分析法について関連する規格と併せて概要を紹介する。詳細は表1中の規格を参照いただきたい。
表1 潤滑油分析法と関連規格
1.ASTM色(16段階)
ASTM色標準ガラスと潤滑油の色を比較し、両者の色が一致した標準ガラスの値を潤滑油のASTM色として劣化度が診断される。
2.密度[g/cm3] 浮ひょうまたは振動式密度計で測定される。
3.汚染度:粒子計数法
顕微鏡やパーティクルカウンタを用いて、汚染微粒子の数と粒径を測定する方法であり、ISO4406汚染度コードを用いて表示される。
4.汚染度:質量法 [mg/100mL] 直径47mm、孔径0.8μmのメンブランフィルタで試料油を濾過し、それを脱油・脱水し乾燥させた後の質量と濾過する前のフィルタとの質量差で表される。
5.パッチテスト
潤滑油をメンブランフィルタでろ過した後のフィルタの色から汚染要因および汚染度が調べられる。
6.鉄粉濃度
インラインの磁気プラグなどにより、油中に含まれる磁性粒子を捕捉することで、機器内の摩耗状態が監視される。
7.動粘度[mm2/s] 一定温度条件下で、粘度計の毛細管を自然流下するのに要した時間が測定される。絶対粘度を試料密度で割った値であり、32mm2/s@40℃のように試験温度を併記する。
8.粘度指数
潤滑油の動粘度の温度依存性を表す物性値であり、この値が大きいほど動粘度の温度依存性が小さいことを表す。
9.水分 [vol%、mass%、ppm] 試料油量に対する試料油中の水分量の比率で表され、含有水分量により蒸留法かカールフィッシャー法を用いる。
10.全酸価 [mgKOH/g] 試料油1g中の全酸性成分を中和するのに必要な水酸化カリウムの量で表される。
11.全塩基価 [mgKOH/g] 試料油1g中の全塩基性成分を中和するのに必要な塩酸と等量の水酸化カリウムの量で表される。
12.赤外分光分析(IR)[cm-1] 物質が吸収する赤外線の波長と強度から、化合物(酸化生成物など)を定性・定量分析する。
13.潤滑油酸化防止剤減少率分析法(RULER)
潤滑油中の酸化防止剤残存濃度変化により酸化防止剤の残存寿命の評価や種類の識別が行われる。
14.高速液体クロマトグラフィ(HPLC)
液体の移動相をカラム(固定相)に通過させ、分析種を固定相および移動相との相互作用の差を利用して高性能に分離して検出する。
15.油中金属元素分析(ICP-AES)[mass%] 分析対象元素を気化励起し、得られる発光スペクトル線を検出することより、波長から定性分析を、発光強度から定量分析を行なう。
16.蛍光X線分析[mass%] 試料にX線を照射して発生する蛍光X線のエネルギーと強度から元素を定性・定量分析する。
17.分析フェログラフィ
油中摩耗粉が磁力でスライド上に大きさの順に配列され、粒子の形状、量、色より摩耗状態が診断される。
18.定量フェログラフィ
油中摩耗粉を磁力で沈着管上に配列させ、大きい粒子と小さな粒子の量の割合から摩耗の規模が推定される。
19.内燃機関用潤滑油酸化安定度試験(ISOT)
試料に触媒とワニス棒を浸し、165.5℃で24時間酸化させた後、酸化油の動粘度と酸価の変化から評価する。
20.タービン油酸化安定度試験(TOST)[min] 触媒および水の存在下で試料油に酸素を吹き込んで95℃で酸化させ、あらかじめ定めた劣化状態に達するまでの時間で酸化安定度が評価される。
21.回転圧力容器式酸化安定度試験(RPVOT)[min] 高圧酸素環境下で、銅触媒および水とともに試料油を150℃で酸化させ、酸素圧力が最高圧力から約175kPa降下するまでの時間により使用油の残存寿命が評価される。
22.引火点[℃] 規定の昇温速度で油を加熱し、油面上の混合気に小さな炎を近づけたときに引火する最低温度と定義される。
23.流動点[℃] 規定の冷却速度で冷却したときに流動性を失う最低温度と定義され、0℃を起点として2.5℃の整数倍で表される。
24.泡立ち度[mL] 規定温度で規定時間空気を吹き込んだときの泡まつの体積で評価される。
おわりに
ISO18436-4に準拠した「機械状態監視診断技術者(トライボロジー)」の資格認証試験において、本稿で紹介した規格に関連する問題が出題されている。主に、分析方法と分析対象の関係性や分析条件、分析結果の解釈などが問われている。規格の内容に関する詳細な説明は認証試験受験用のテキスト(1)~(3)を参照いただきたい。本稿がこれから潤滑油の状態監視を業務として行っていく技術者の方々や資格取得を目指す方々の一助になれば幸いである。
参考文献
(1)(一社)日本トライボロジー学会:ISO18436-4 準拠 機械設備の状態監視と診断(トライボロジー)カテゴリⅠ第1版,潤滑通信社,(2019) , pp.184-193..
(2)(一社)日本トライボロジー学会:ISO18436-4 準拠 機械設備の状態監視と診断(トライボロジー)カテゴリⅡ第1版,潤滑通信社,(2019) , pp.147-155.
(3)(一社)日本トライボロジー学会:ISO18436-4 準拠 機械設備の状態監視と診断(トライボロジー)カテゴリⅢ第1版,潤滑通信社,(2019) , pp.61-92.
<正員>
本田 知己
◎福井大学 学術研究院工学系部門 教授
◎専門:機械工学、トライボロジー
キーワード:特集 機械状態監視資格認証事業20周年