特集 機械状態監視資格認証事業20周年
認証事業(トライボロジー)の概要
はじめに
2008年10月に成立したISO18436-4を受けて、日本機械学会では日本トライボロジー学会と共同で機械状態監視診断技術者(トライボロジー)の資格認証の準備を進めてきた。そして、2009年10月17日(土)に第1回認定試験(カテゴリⅠのみ)を実施した。それ以降、2022年度までにカテゴリⅠを21回、カテゴリⅡを13回実施している(2017年度からは日本機械学会の単独認証)。これまでの合格者は累計でカテゴリⅠが1212名(合格率90%)、カテゴリⅡが246名(合格率84%)となっている(各カテゴリの技術レベルについては後述)。受験者の業界別分類を図1に示す(1)。電力・ガス、エンジニアリング・メンテナンスサービスの2業界で受験者の約70%を占めており、自動車と電機・電気業界が非常に少ない状況である。
2013年度からは、トライボロジー資格認証における最高資格であるカテゴリⅢの認証を開始し、7回行って13名の合格者(合格率35%)を輩出している。カテゴリⅢを受験するためには、カテゴリⅡの資格を取得している必要があるが、合格率は低くなっており、最難関の試験となっている。カテゴリⅢの資格認証を実施できたことにより、2013年度をもってトライボロジーの資格認証制度が完成し、現在に至っている。
本稿では、機械状態監視診断技術者(トライボロジー)の概要、訓練内容の詳細と出題される試験問題のレベルについて紹介する。
図1 トライボロジー資格認証試験業界別受験者割合
トライボロジー分野における機械状態監視診断技術者の必要性
トライボロジーの経済的重要性を示した報告書として、イギリスのジョストレポートが有名である。省資源、省エネルギーを念頭に摩擦や摩耗に伴う損失を経済損失として、その対策を十分に行った場合にどの程度の経済効果が期待できるか、という内容のレポートである(2)。我が国でもこれを受けて同様の推計を行った。かなり古いデータではあるが、1994年の結果を表1に示す(3)。約13.5兆円の経済効果があるという結果であるが、この金額は当時の国民総生産の約3%である。以降、このような調査は行われていないが、国民総生産の3%の金額が節約できると考えると、現在では相当な金額を節約できることになる。これらを契機として、摩擦、摩耗に関しては、経済的な側面からも注目されるようになってきた。
また、表1を見ると摩擦の低減による直接的なエネルギー費用削減よりもメンテナンスが大きな役割を果たしていることがわかる。保全費、部品費の節減、耐用年数延長による設備投資の節減は、機械のメンテナンスを上手に行うことによって達成される。新規設備投資が抑制されがちな不景気時においては、より重要になる。トライボロジーの知識を活用して潤滑管理を適切に行い、機械のメンテナンスを行うことによって大きな経済効果(企業では利益)をもたらすことが認知されており、トライボロジー分野における機械状態監視診断技術者の増加が望まれる。
表1 日本におけるトライボロジー経済効果(1994年)
ISO18436-4準拠機械状態監視診断技術者(トライボロジー)資格制度の概要
資格の種類と技術レベル
ISO18436-4 状態監視技術者(トライボロジー)認証の規格では、資格はカテゴリⅠ~Ⅲまでの3段階が規定されている。カテゴリⅠはいわゆる初級で、カテゴリⅢが最上級の資格である。それぞれに要求される技術レベルは、以下のように定義されている。
(1)カテゴリⅠ
決められた手順やルートなどにしたがってサンプリングを実施できるレベルの技術者
(2)カテゴリⅡ
潤滑油試験、サンプリング、摩耗粉分析などの試験結果の分類、解釈および評価などの方法を確立し実施ができる技術者。また、潤滑油や機器類あるいはその構成要素のトラブルシューティングに対して適切に分析技術の採用ができ、さらに状態監視技術の重要性を理解し基本的な潤滑油および機械状態に関する適切な報告書および改善の推奨ができるレベルの技術者
(3)カテゴリⅢ
潤滑油管理や機械の状態監視診断について、適切な機器の選定や、方法・手順の選定・確立ができるばかりでなく、結果についての適切な分析・解釈そして評価ができるレベルの技術者。特に機械状態監視についてはFMECA(Failure Mode Effects and Criticality Analysis)分析などが駆使でき、故障に対する影響力評価ができること。さらにパフォーマンス向上のための適切な推奨を提言できるなど、高度な技術レベルを有する技術者
当然のことであるが、上位カテゴリ有資格者は下位カテゴリ有資格者に対して指導と監督を行える技術的な能力を有する。
受験資格と認証までの流れ
受験資格は「機械の潤滑と潤滑剤分析に適用される原理と手順を理解することを保証する教育、訓練、経験の組み合わせすべてを有しなければならない。また一般的な機械の知識が必要である。」と定義されており、潤滑技術に対する実務経験があること、および指定された教育機関〔現在は、トライボテックス(株)、ジャパン・アナリスト(株)の2社〕において、一定時間の教育を受講することを受験資格の要件としている。
受験者の実務経験期間、訓練機関における訓練時間を表2に示す。訓練の最後には修了試験があり、これに合格しないと認定試験を受けることはできない。教育訓練から認証までの一連の流れを図2に示す。
表2 認証受験に必要な最小訓練時間(累積)
*注:経験期間は、機械の状態監視に基づいた潤滑剤分析の経験であり、1カ月最短16時間以上の経験をベースとしている。
図2 訓練から認証までの流れ
訓練内容の詳細
各カテゴリ別に訓練内容と訓練時間が規定されている(表3)。表3を見るとかなり盛り沢山な内容となっており、テキストはどのカテゴリにおいても200~300ページある。さらに座学だけでなく、適宜実習も組み入れられており、実務に関する訓練が含まれているのが特徴である。2019年度までは、これらの訓練はすべて対面式で行われていたが、COVID19によって対面で訓練をすることが難しくなったため、座学的な訓練については、遠隔で行うシステムを取り入れた。遠隔訓練については現在も活用されており、受講者や受講者の所属企業の負担を軽減している。
表3 訓練機関における訓練科目と訓練時間
また、いくつかの章や節においては、同じ項目を複数のカテゴリに渡って学習する場合もある。この場合は、資格認証委員会において、既節で述べた各カテゴリに要求される知識レベルをあらかじめ定めておき、それに見合った内容のテキストを作成して、訓練を行っている。表3の第2章で講義する“潤滑体系”を例にすると、各カテゴリにおいては表4のような到達目標を定めている。上位のカテゴリほど専門的な知識が要求されている。
訓練の最後には、訓練修了試験が課せられている。この試験に合格しないと日本機械学会の資格認証試験を受けることができない。また、修了試験のレベルは資格認証試験と同程度である。
表4 各カテゴリに要求される到達目標レベルの例
各カテゴリにおける試験概要と出題レベル
試験問題は、資格認証委員会の試験問題データベースの中から、試験システム小委員会が厳選して出題している。試験問題は、テキストの記述から必ず正解が導き出せるようになっており、カテゴリⅡまでは、過去の合格率が示すように全体的な難易度はそれほど高いものではない。カテゴリⅠ、Ⅱは4つの選択肢から正解を一つ選択する問題であり、70%以上正解すれば合格である(問題数はカテゴリⅠが70問、カテゴリⅡは100問)。
カテゴリⅢにおいては、潤滑管理に関する最高資格であり、正確に内容を把握している必要があることから、筆記試験と面接試験を課している。筆記試験においては4つの選択肢から正解を選ぶ形式ではあるが、正解が複数ある(正解をすべて選択しないと正解にならない)問題も含まれている。さらに、筆記試験合格者(100問中正解70%以上で合格)に対しては、以下の内容で面接試験が課せられている。
①「これまで経験してきた機械のトライボロジー的異常に関する診断事例とその対処について」に関するプレゼンテーションと質疑応答
② 潤滑管理、トライボロジーに関する口頭試問
合格には面接試験において、複数試験委員の評価で平均70点以上が必要である。
本稿では、すべての訓練内容における試験問題のレベルを記述することはできないので、すべてのカテゴリで訓練を課せられている第2章潤滑理論/基礎事項について、それぞれのカテゴリに応じた例題をいくつか解説する。トライボロジーの場合は、振動とは異なり計算問題は非常に少なく、記述における定性的な正誤指摘や穴埋め式の問題が多くなっている。カテゴリⅡでは、カテゴリⅠと比較して、説明が長く、正確な理解が要求されるような記述が多くなっている。さらにカテゴリⅢでは、より深い理解を問うために、単純な選択ではなく、複数を組み合わせて正解を選択させるような問題も出題されている。
(1)カテゴリⅠ
[例題1]
比摩耗量の単位で正しいものを選択せよ。
① mm3 ② mm3/hr ③ mm2/N ④ mm3/N・hr
正解:③
比摩耗量は、単位荷重、単位滑り距離当たりの摩耗体積であるので、単位は摩耗体積(mm3)を荷重(N)と滑り距離(mm)で除した単位になる。mm3/N・mmになるのでmmを約分してmm2/Nとなる。正解は③。
[例題2]
流体潤滑条件下における現象の記述において、間違っている記述を選択せよ。
① 摩耗は皆無に近い。
② 潤滑油の動粘度が大きいと摩擦係数は大きくなる。
③ 2面の相対速度が高いと摩擦係数は小さくなる。
④ 摩擦面においては、油膜圧力が発生している。
正解:③
流体潤滑における摩擦係数は、2面間に形成される油膜のせん断抵抗である。相対速度が高いほどせん断抵抗は大きくなるので、間違っている記述は③。
(2)カテゴリⅡ
[例題1]
流体潤滑となるためには、荷重を支えるために摩擦面間に形成される油膜に圧力が必要となる。圧力発生原理などを述べた下記文章において、間違っているものを選択せよ。
① 圧力の発生方法としては、静圧と動圧がある。
② 静圧においては、摩擦面が静止していても2面は接触しない。
③ 絞り作用は静圧である。
④ 動圧では、発生する圧力は潤滑油粘度が高いほど大きくなる。
正解:③
絞り作用は摩擦面間隔が急激に狭くなった際に、すきまにあった流体が粘性によって瞬時に逃げられないことが原因で圧力を発生する。したがって、外部から圧縮流体を供給している訳ではなく自身の運動によって圧力を発生させる動圧であり、間違った記述は③。
[例題2]
潤滑剤の機能について述べた以下の文章a~eにおいて、間違った文章の組合せを選択せよ。
a:擦低減作用とは、接触する2面の間に油膜を形成し、この2面を離すことによって摩擦を低減させることである。
b:腐食防止作用とは、潤滑油が金属表面を覆って、金属表面を空気中の酸素や水分と直接接触することを防ぎ、さびの発生を防止することである。
c:清浄作用とは、エンジン油の場合には高温運転時にエンジン内部に発生する劣化物の沈積を予防、または抑制してエンジン内部を清浄に保つ働きをすることである。
d:さび止め作用とは、金属表面上に保護膜を形成して外部からの腐食性物質との接触防止、金属や金属化合物の触媒作用の抑制、腐食性物質と反応して腐食作用を抑制する働きのことである。
e:密封作用とは、潤滑油自体の粘性によって、二つの部屋を遮断する機能のことである。
① aとb ② aとc ③ bとd ④ cとe
正解:③
bはさび止め作用、dは腐食防止作用の説明である。間違った文章の組合せは③。
(3)カテゴリⅢ
[例題1]
酸化防止剤に関する以下の記述において、間違った記述を一つ選択せよ。
① 酸化防止剤は、連鎖反応停止型と過酸化物分解型に大別される。
② 連鎖反応型酸化防止剤の代表的な添加剤としては、フェノール系とアミン系がある。
③ 過酸化物分解型酸化防止剤の代表的な添加剤としては、塩素系化合物と硫黄系化合物がある。
④ アミン系酸化防止剤は、酸性物質が含まれると効果を発揮しない。
正解:③
過酸化物分解型酸化防止剤の代表的添加剤は、塩素系化合物ではなく、ジアルキルジチオリン酸亜鉛などの亜鉛系添加剤である。間違った記述は③。
[例題2]
潤滑油の電気特性に関する以下の記述において、正しい記述をすべて選択せよ。
① 電界強度Eと伝動流体密度I、導電率kの間には、 I=kEの関係が成り立つ。
② 通常の絶縁油の絶縁破壊電圧は、50~80kVである が、水分が混入すると大幅に低下する。
③ 鉱油の誘電率、誘電正接は、温度上昇によってわずか に低下する。
④ 静電気対策として、潤滑油の体積抵抗率を1013Ω ・cm以下に管理する提案がされている。
正解:①、②、④
誘電正接は低温で極大値を有することや、100℃以上で増加傾向があり、温度上昇によって低下するものではない。③だけが間違いなので、正しい記述は①、②、④。ただし、すべて選択しないと、正解にはならない。
おわりに(今後の発展に向けて)
ISO18436-4準拠機械状態監視診断技術者(トライボロジー)資格認定は13年を経過し、ある程度の社会的認知を得たと考えるが、受験者の多くは発電所、特に原子力発電所のメンテナンス関係者である。東日本大震災の影響によって原子力発電所が稼働停止となってからは受験者減少が続いたが、ここ数年は100名程度で推移している。この分野において、トライボロジー関連の資格保持が業務に必要であると業界で認められており、今後、本資格認証をより発展・普及させるためには、メンテナンスに携わる技術者に必須の資格となるように資格のステータス向上を図る必要がある。
他の業界(自動車、鉄鋼、石油元売りなど)においても職務遂行上必須の資格となれば受験者の増加にもつながるので、各業界へ本資格の有用性をアピールしていくことが必要である。さらに技術士のように、国際的な相互認証などの仕組み作りも必要と感じている。
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【トライボロジー資格認証試験】
カテゴリⅠ・カテゴリⅡ:毎年1回(12月の第1土曜日)
カテゴリⅢ:2年に1回(西暦偶数年の12月第1土曜日)
※訓練機関や試験日などについては、日本機械学会のホームページ(4)、資格取得の詳細はトライボロジーの資格取得案内パンフレット(5)を参照
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参考文献
(1) 潤滑通信社編集部,ISO18436-4準拠機械状態監視診断技術者(トライボロジー)資格認証制度,潤滑経済,700(2023),pp.38-39.
(2) H.P.JOST, Estimates of the Effect of Improved Tribology on the National Lubrication (Tribology)‘Report’ A Report on the Present Position and Industry’s Needs (1966), 78.
(3) 潤滑油協会, 潤滑管理効率化促進調査報告書(1995)
(4) ISO18436-4準拠 機械状態監視診断技術者(トライボロジー)(一社)日本機械学会,
http://www.jsme.or.jp/JOTAIWEB/toppage.htm(参照日2023年8月10日確認)
(5) (一社)日本機械学会:ISO18436-4準拠機械状態監視診断技術者(トライボロジー)資格取得案内パンフレット(2023)
<フェロー>
野口 昭治
◎東京理科大学 創域理工学部機械航空宇宙工学科
◎専門:転がり軸受工学、トライボロジー
キーワード:特集 機械状態監視資格認証事業20周年