特集 物理化学ナノ製造プロセスの最前線
「ナノ製造プロセスの最前線」特集によせて
はじめに
ナノ製造プロセスの理念
加工とは、目的とする機能を発現させるために、設計した通りの形状、あるいは物性を有する表面を創成することである。われわれ人類は、いかに便利で快適な生活ができるかという思いのもとに、多種多様な生産活動を行って発展し続けてきたわけであるが、その発展は加工技術の進展が支えてきたと言っても過言ではない。有史以来、加工技術に対しては常に高品質化と高精度化が求められてきたが、現在では、半導体デバイスにおいて線幅10ナノメータを切る超微細な回路パターンの形成に不可欠なEUVL(Extreme Ultra Violet Lithography)露光機用の反射ミラーから半導体デバイス用のウエハ、身近な例では携帯電話のカメラ用の非球面レンズに至るまで、ナノメータ精度の形状とサブナノメータオーダの表面粗さの実現が加工技術には求められている。
このような要求に対して、既存の切削や研削等の機械的な加工法を適用した場合、加工速度は大きいものの、図1に示すように脆性破壊や塑性変形を加工現象として利用するため、必然的にダメージが導入され、素材が本来有する優れた物理・化学的性質を維持することができない。また、工具が接触する加工であるために外部からの振動や熱変形等の影響により、工具の接触位置が変動して加工精度が悪化するという、いわゆる母性原理が作用するため、ナノメータオーダの加工精度を恒常的に達成することは極めて困難である。機械加工において加工精度を向上させるには、装置本体の剛性、ワークテーブルの運動精度、工具の品質、温度環境等のすべてにおいて高精度化を図る必要がある。その結果、装置価格や恒温室等のユーティリティーが極めて高額になるだけでなく、取扱いの難易度も格段に高くなるため、製造現場に導入する際のバリアが非常に高くなってしまうことは否めない。したがって、これらの諸問題を解決するためには、既存技術を改良するだけでは極めて困難であり、新しい概念の革新的な加工技術の開発が望まれている。
その解決のためには、加工に用いられる物理化学現象を原子レベルで理解して活用することで、従来の技術を凌駕する精度と能率を両立する『ナノ製造科学(nanoManufacturing Science)』をものづくり分野における新たな学問領域として創出し、有史以来連綿と受け継がれてきた機械加工プロセスを一新する革新的な『ナノ製造プロセス(nanoManufacturing process)』を創出することが求められる。
図1 機械加工の原理
プラズマ援用ナノ製造プロセス
プラズマを援用した高能率無歪加工
ナノ製造プロセスの一例として大阪大学で開発している「プラズマ援用ナノ製造プロセス」を紹介する。
図2にプラズマ援用ナノ製造プロセス(Plasma-assisted nanoManufacturing)の概要を示す。本プロセスは、形状創成を目的とした数値制御プラズマCVM(Chemical Vaporization Machining)と、表面仕上げを目的としたプラズマ援用研磨(PAP : Plasma-assisted Polishing)という2つのプロセスから構成される新しい加工体系である。プラズマCVMは、図2(a)に示すように大気開放下、あるいは大気圧近傍において局所的な反応性プラズマを発生させ、これを数値制御走査することで広領域における形状創成と加工変質層の除去を行うドライエッチングプロセスである。機械加工のように工具が接触しないため、振動や熱膨張等の外乱の影響を受けないためナノメータ精度の加工を通常環境下において安価な装置を用いて実現できる。プラズマ中には電子や正イオン等の荷電粒子が高周波電界によって加速されており、これらの荷電粒子、特に質量が大きなイオンが加工物の表面に衝突することによるダメージの導入が危惧される。しかしながら本プロセスでは、ガス分子の平均自由行程が極めて小さな(約0.1 μm@1気圧)高圧力雰囲気下でプラズマを発生させるため、イオンの運動エネルギーは極めて小さく(0.1 eV以下)、イオン衝撃による表面ダメージはほとんど考えなくて良い。
図2 プラズマ援用ナノ製造プロセス
図3に単結晶シリコンの各種加工面における欠陥密度をSPV (Surface Photo-voltage) スペクトロスコピーにより評価した結果を示す(1)。SPV法とは半導体表面にバンドギャップよりも小さなエネルギーを持つ光を照射した際に生じる電子遷移の有無を表面電位 (SPV) の変化として検出するものである。加工時にダメージが導入されると、原子配列の乱れに対応した電子準位が本来準位の存在しないバンドギャップ内に形成される。したがって、その欠陥準位に捕獲された電子によって生じるSPVの変化を測定することにより、加工表面における欠陥密度を極めて高感度に評価できる(2)。比較した加工法は、コロイダルシリカを用いたメカニカルポリシング、アルゴンイオンスパッタリング、およびフッ硝酸溶液によるケミカルエッチングである。試料には単結晶シリコン(p-type,CZ,ρ=10 Ω cm)を用いた。これより、最もおだやかな機械加工と考えられるポリシングの場合でも多くの欠陥準位が形成されていることが分かる。ここで伝導帯下端 (1.1eV)から0.17eV下にあるブロードなピークはAセンターと呼ばれる欠陥準位で、酸素と空孔の複合欠陥であると報告されている(3)(4)。それに対してプラズマCVMによる加工面では欠陥準位密度が2桁以上小さく、純化学的な加工法であるケミカルエッチング面とほとんど変わらない。また、アルゴンイオンスパッタリング面と比較してもはるかに準位密度は小さい。これは、イオン衝撃による基板損傷がほとんど無いことを意味する。
図3 各種加工面の欠陥準位密度
プラズマCVM加工後の電子物性を評価するために市販の6インチ貼り合わせSOI(Silicon on Insulator)にMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor)を作製して動作特性を評価した。図4にプラズマCVM加工後のSOI表面に作製したnチャネルMOSFETに対して、ゲート電圧に対するドレイン電流の変化を測定した結果を示す(5)。表1に未加工の参照面に作製したMOSFETと比較した結果を示すが、リーク電流、Sファクタ(立ち上がり部の傾きの逆数)ともに有意差は見られないことから、プラズマCVMによって加工したSOIウエハは、通常のULSI作製用ウエハ表面と同等の品質を有していると言える。
図4 PCVM面に作製したMOSFETのID-VG特性
表1 リーク電流とSファクタの比較
プラズマ援用研磨は図2(b)に示すように、プラズマを照射することで硬脆材料の表面を化学的に軟質化し、軟質化した層のみを母材よりも軟質な固定砥粒を作用させて除去することで高品位に表面を仕上げるドライ研磨プロセスである。CMPのように薬液を含むスラリーを用いない低環境負荷の研磨プロセスであり、SiC、GaN、ダイヤモンド等のワイドギャップ半導体基板や、焼結セラミックス材料等の硬脆難加工材料の表面仕上げへの適用が期待できる。図5は単結晶4H-SiCウエハのSi面を(a) ダイヤ砥粒を用いたラッピング、(b)セリア砥粒を用いたプラズマ援用研磨で仕上げた表面の断面TEM像であるが、ダイヤラップの場合は表面がアモルファス化しているのに対し、プラズマ援用研磨の場合は最表面に至るまで原子配列の乱れがなく、かつ原子オーダで平滑な完全表面が得られていることがわかる(6)。
以上より、「プラズマ援用ナノ製造プロセス」を効果的に適用することにより、ナノ精度の形状創成からサブナノオーダの表面仕上げに至るまでのプロセスをドライ雰囲気下で一貫して行うことが可能となる。
図5 4H-SiC (0001)面の断面TEM像
おわりに
本特集では物理化学的な加工原理を援用することで従来の機械加工を凌駕する加工特性を実現する、「プラズマ援用ナノ製造プロセス」、「触媒援用ナノ製造プロセス」、「電気化学援用ナノ製造プロセス」、「レーザ援用ナノ製造プロセス」を紹介し、これら新しい概念の「ナノ製造プロセス」が難加工機能性材料に対する高能率・高品位加工を実現する一助になることを期待する。
参考文献
(1) Y. Mori, K. Yamauchi, K. Yamamura,Y. Sano, Development of plasma chemical vaporization machining, Rev. Sci. Instrum., 71 (2000), 4627-4632.
(2) 山内和人, 杉山和久, 稲垣耕司, 山村和也, 佐野泰久, 森 勇藏, SPV (Surface Photo-voltage) スペクトロスコピーによる超精密加工表面評価法の開発, 精密工学会誌, 66, 4, (2000) 630-634.
(3) G.D.Watkins, J.W.Corbett, Defects in Irradiated Silicon. Ⅰ. Electron Spin Resonance of the Si-A Center, Phys. Rev., 121, (1961) 1001-1014.
(4) J. W. Corbett, G. D. Watkins, R. M. Chrenko, R.S.McDonal, Defects in Irradiated Silicon. Ⅱ. Infrared Absorption of the Si-A Center, Phys. Rev., 121, (1961) 1015-1022.
(5) 森 勇藏, 佐野泰久, 山村和也, 森田 諭, 森田瑞穂, 大嶋一郎, 斉藤祐司, 須川成利, 大見忠弘, 数値制御プラズマCVM(Chemical Vaporization Machining)によるSOIの薄膜化 -デバイス用基板としての加工面の評価-, 精密工学会誌 69, 5, (2003) 721-725.
(6) H. Deng, K. Yamamura, Atomic-scale Flattening Mechanism of 4H-SiC (0001) in Plasma Assisted Polishing, Annals of the CIRP, 62 (2013) 575-578.
山村 和也
◎大阪大学 大学院工学研究科附属精密工学研究センター センター長 教授
◎専門:超精密加工、物理化学加工
キーワード:特集 物理化学ナノ製造プロセスの最前線