転ばぬ先の失敗学
第9回 「失敗したら社長がまず謝る」という鉄則はいつも正しいとは限らない
雪印の食中毒事件は回収や解明の初動が遅かった
雪印乳業の乳製品集団中毒(2000年)は、「失敗学」“創世記”で最も衝撃的な事件であった。技術的原因は整理すれば単純(1)。3月31日に大樹工場の停電で生乳が停滞し、黄色ブドウ球菌が繁殖したが、「加熱殺菌すれば菌は死ぬから大丈夫」という“殺菌神話”を信じたから。4月10日までに130℃、4秒の加熱工程を介して脱脂粉乳を作ったが、この“殺菌神話”どおりに菌は死んだが、菌が作った蛋白質の毒素エントロトキシンが生き残り、6月27日から関西で約1.4万人の集団食中毒を起こした。不慮のプロセス不良が3カ月後にゾンビのように生き返ったわけだが、工場が生産記録を読み直して解明するのにさらに1カ月かかった。遅い。この毒素は、2023年ならばコロナウイルスと同じようにPCR検査法や、田中耕一氏が発明したレーザ脱離イオン化法で迅速に検出できる。しかし、当時の測定技術は未熟で、既存の測定キットでは微量な毒素を検知できなかった。
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