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2023/9 Vol.126

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技術のみちのり

カーボンニュートラル社会実現への疾走

ダイハツ工業(株)

2022年度学会賞(技術)
「高効率低コスト新型1.2L 3気筒エンジン」
ダイハツ工業(株)

目指すエンジンは高効率で低コスト

2021年、ダイハツ工業(株)は、Aセグメント(全長3750mm以下の乗用車)車両用のガソリンエンジン「WA-VE」を開発した(図1)。HEV車用にも対応でき、CO2排出低減に貢献するために、コストを抑えながら燃費向上を実現したエンジンだ。

カーボンニュートラル実現へ向けパワートレーンの電動化は世の中の動向である。しかし、新興国など経済状態は国によりさまざまであり、電動化の浸透は一様でないことが想像される。

ダイハツ工業(株)は東南アジアに市場を多く持つことから、ガソリンエンジンの高効率化もまだまだ重要である一方、高効率化によってもたらされるエンジンの複雑化によるコスト上昇を問題と捉えていた。

ダイハツが新しい車作りの方針(DNGA;Daihatsu New Global Architecture)を打ち出した時、エンジン企画部署の堀川は「設計素性を一新した、高効率で低コストのガソリンエンジン開発」を提案した。それはHEV車にも対応できる、今の時代に即した新型エンジンだった。ダイハツではこれまでHEV開発を進めてこなかった。理由の一つはHEVシステムをつけるとコストが上がること、もう一つはダイハツの車両はコンパクト領域なので、軽量化で乗り切れると考えてきたからだ。しかし、時代は変化を促していた。

図1 新開発エンジン
左:WA-VE(ガソリン車用)右:WA-VEX(HEV車用)

 

0ベースからの開発

会社はこの提案を受け入れ、開発にゴーサインを出した。堀川はエンジン企画開発プロジェクトのチーフエンジニアとなり、2017年頃からAセグメント車両用のガソリンエンジン開発をスタートした。

このエンジンのキーコンセプトは「1.2L、3気筒、ロングストローク」である。動力と燃費のバランスよりAセグメント車両に最適な排気量として1.2L、気筒数は「冷却損失低減」を狙い、単筒容積が400ccとなる3気筒を選定、ロングストロークを採用した。このようにあらゆる基本諸元に対しAセグメント車両最適を狙い、新技術開発に取りかかった。新エンジンということで、多くの若手メンバーが参画した新しい体制で開発に臨んだ。

高タンブルストレートポートの開発

燃焼速度が速いと効率の良い時期に点火ができる。燃焼速度を速めるには、吸気流によってシリンダ内に発生するタンブル渦と呼ばれる流動を強化すれば良い。しかし、それがなかなか難しく、自動車業界の課題になっている。

従来構造は流量とタンブルのトレードオフ関係にあり、タンブルを強化すると性能が出なくなる。エンジン設計のチームリーダーである頼實が、この難題に立ち向かった。従来はバルブシート圧入部やポートカッターによる加工部より、吸気流は曲がって入るのが当たり前であった。そのため、ポート形状を工夫しても曲がりの中で流量とタンブルは背反関係でしかなかった。今回ポートとバルブ軸の成す角度を60degと広くとることで、流線がバルブ傘裏を直線的に抜ける位置があることに気づいた。この領域を最大限確保するべく、ポート全体の高さを下げ、ポートカッター形状を生産技術と議論を重ねた。こうして見出した構造(図2右)の結果、シリンダ内で大きなタンブル渦を作ることに成功したのだ。燃焼解析による火炎伝播シミュレーション(図3)を実施した結果、従来エンジンに比べて燃焼期間が25%短縮という高速燃焼を実現したことがわかった。

「土台作りからのスタートなので非常に難しかったが、自由に楽しみながら作れた」と頼實は語った。

図2 吸気ポートレイアウト

 

図3 主燃焼期間における火災成長比較

燃焼室のコンパクト化

次に目指すは、無駄な容積を減らして未燃損失が発生しないコンパクトな燃焼室の開発だ。

バルブが開いた時、ピストンに接触しないようにバルブを逃がす仕組みとしてピストン頂面にバルブリセスと呼ばれる凹みを作っている。従来は図4の左のような形状だったが、新開発ではバルブ挟み角を23degに変えたことで吸排気バルブが立ち、燃焼室の天井がフラット寄りの形状になった(図4右上)。これによりバルブリセス部を小さく凹凸が減ったことで燃焼室の表面積が縮小。S/V比を従来エンジンより10%低減することができ、冷却損失を低減した。

図4 バルブリセス影響によるピストン頂面形状の差

デュアルポート&低ペネトレーション(貫徹力)噴霧

ノッキングの抑制には燃料を筒内に導入して気化する時に熱を奪うことが重要である。ダイハツではかねてよりデュアルインジェクタを採用することで噴射期間を半減し、積極的にバルブが開いている間に燃料を筒内に導入する技術を採用してきた。しかし、高い貫徹力で噴霧することで管内付着による未燃損失が不可避であった。新開発では燃料を微粒化した時の霧状の噴霧を活用、逆転の発想で貫徹力をあえて低くすることとした。インジェクタ先端でポートの喉元を狙うことにより噴霧を吸気流に乗せて、燃焼室内に導入したのである(図5右)。これにより壁面付着量を14%低減した。

図5 低ペネトレーション噴霧レイアウト

2系統冷却

燃焼以外のアイテムでは、2系統冷却システムを開発した。第一通路はシリンダヘッドに最短でつながり、常時流水してシリンダヘッドを冷やしている。第二通路入り口にあるサーモスタットは水温が一定温度に達したとき(暖機時)弁が開き、第二通路への流水が始まる(図6)。これによりエンジン始動時(冷機時)のシリンダボア周りの温度上昇が早まり、付着した燃料が気化することで未燃損失を低減、また早期暖気効果で摩擦抵抗を低減できる。体格が大きくコストのかかる電磁弁付きの水制御バルブを使わず、シリンダブロックに小型サーモスタットをビルトインしたコンパクトでシンプルな冷却システムを開発したのだ。

ビルトイン構造の考え方はサーモスタットだけでなく、エンジン全体に及んでいる。例えば、通常金属パイプで配置されるウォーターバイパスパイプもシリンダブロックにビルトインした。このような設計により、部品点数を従来の1.0Lエンジンに対して約10%削減した。

図6 2系統冷却通路

シンプル スリム コンパクト

運動部品も徹底的な軽量化を図った。3気筒特有のNV(Noise Vibration)を良くするために、ピストン、コンロッドの軽量化を行い、偶力を1.0L並みに抑えた。さらに軽量化は、クランクシャフトのカウンターウェイトの小型化につながり、体格を1.0Lエンジンと同等にすることができた(表1)

表1 主要諸元比較

We are one team!

こうして誕生したWA-VEエンジンは、2021年11月発売の「ロッキー」に搭載された。

「開発を成し遂げた要因はチームワークの良さ」だと、エンジン評価のチームリーダーである武富は誇らしげに語った。

「エンジン実験中に問題が発生した時、対応について設計や各機能実験の担当者も一斉に集まり、評価順序の入れ替え、各機能目線での原因究明など、やることを一気に決断。できる部署ができることをそれぞれ実施することで、対策の時間を捻出する工夫が普通ごととして行われていた」という。このエンジンに関わるメンバーは、部署は違っていても皆が同じ目標に向かっていたのだ。方向性を全員が理解して力を合わせたからこそ、高いハードルを乗り越えて開発を進めることができた。One team開発である。

カーボンニュートラル社会実現に向かって、彼らの高効率化への挑戦は続く。

(取材・文 山田ふしぎ)

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