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2023/6 Vol.126

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学会賞受賞論文のポイント

「DNSとRANSの融合による乱流伝熱面の多自由度形状最適化」

亀谷 幸憲(明治大学)

2021年度日本機械学会賞(論文)受賞

A new framework for design and validation of complex heat transfer surfaces based on adjoint optimization and rapid prototyping technologies

亀谷 幸憲, 福田 豊, 大澤 崇行,長谷川 洋介

Journal of Thermal Science and Technology

DOI: 10.1299/jtst.2020jtst0016


研究背景と目的

持続可能社会の実現のため、温室効果ガスの排出削減に向けた風力発電、太陽光発電、地熱発電などの再生可能エネルギー利用への期待が高まっている。その一方で、現代社会のエネルギー資源では化石燃料に依然として頼らざるを得ない。エネルギー資源消費を抑えるため、エクセルギー最大化技術が追求されるのは必然であり、熱交換器の熱伝達効率の向上が重要課題である。流路の微細化による伝熱面積拡大は、熱伝達率を向上する一方で、対流維持のための圧力損失を著しく増大させ、不可逆的なエネルギー損失の増加を招く。その解決のため、対流効果による伝熱向上が鍵となる。

これまで伝熱面の形状はさまざまに工夫されてきた。しかしその設計はフィン高さやピッチなど限られたパラメータの中で調整される傾向にある。一方で流体制御分野では、随伴解析などの高度な数理最適化を適用することで、より自由度の高い最適化が実現する可能性が見出されている(1)

コンピュータの発達により、DNS (Direct numerical simulation)を用いて乱流の振る舞いを高精度に予測できるようになった現代でも、強い非線形性を持つ乱流場での随伴形状最適化は容易ではない。形状最適化のような長期の時間対象区間を要する最適化問題では、非定常随伴解析は適さない。多くの場合、流れの支配方程式を時間平均し、RANS (Reynolds-Averaged Navier-Stokes)とした定常解析に適応することで乱流場での随伴形状最適化が実施されてきた。しかしこの場合、順解析に乱流モデルを用いることとなり、最適化の精度は乱流モデルの精度に強く依存する。乱流モデルへの依存性を解決すべく、筆者らは順解析にDNSを実行し、乱流統計場とブシネスク近似よりRANS方程式の渦粘性を直接求める定常随伴アルゴリズムを構築した。

本論文ではピンフィンに対して提案した随伴解析アルゴリズムを適用するとともに、3Dプリンタにて作成した供試体を利用した実証も行なった。最適化、試験、フィードバックのフレームワークが構成されることにより、熱交換器開発の高速化が期待される。本稿では、ポイントとなる随伴解析、実験実証について紹介させていただく。

形状最適化アルゴリズム

問題設定

平行平板間チャネルに設置された任意形状のフィンの形状最適化を考える。流れは一定圧力勾配で駆動され、一様発熱を課された流体が等温の上下壁およびフィンで冷却される。また、一様方向には周期境界を課す。主流の圧力損失の抑制と伝熱量の向上を性能指標とするため、ヌセルト数Nuの圧力損失係数fとバルクレイノルズ数Rebの積に対する比を非相似因子として定義し、以下のようにコスト関数を定義する。

右辺の負符号より、非相似因子の最大化を表す。

形状表現と支配方程式

図1 最適形状と実証用供試体(2)

 

任意の伝熱面を符号付き距離関数であるレベルセット関数ϕ0で表現し、ϕ0を基に相識別関数ϕ∈[0,1]を得る(図1)。ここで0、1はそれぞれ流体、固体を表す。ϕをVolume Penalization (VP)法に組み込むことで、固体上での滑り無し条件および等温条件を表現する。支配方程式は以下の非圧縮Navier-Stokes方程式、連続の式、エネルギー方程式となる。

 

(2)

(3)

 

 

 

(4)

 

支配方程式は主流方向平均圧力勾配に基づく摩擦速度、チャネル半幅および一定発熱に基づく摩擦温度で無次元化されており、f = [1,0,0]TQ = 1である。また、式(2)および(4)の右辺最終項はVP法による追加項である。式(2)〜(4)を時間平均することでRANS方程式が得られ、システム形式の制約条件(残差)として以下の式が得られる。

 

(5)

 

 

ここで上付き線は時間平均量を表す。また、νeおよびαeはそれぞれ実効粘性係数および実効拡散係数を表し、渦粘性ντと渦拡散係数ατを含んでいる。ντおよびατはDNSから得た乱流統計量を用い、ブシネスク近似に平均速度勾配テンソルおよび平均温度勾配を乗じた以下の関係式から計算する。

 

(6)

(7)

式(6)-(7)の左辺は局所の乱流エネルギーおよび温度変動の生成項であり、それらを再現するようにντおよびατが得られることに注目されたい。

随伴解析

本最適化では、制約条件R = 0の下で、コストJを最小化するϕの空間分布を得ることで形状最適化を達成する。コスト関数と制約条件から以下の通り対象領域Ω内でのハミルトニアンHが定義される。

 

(8)

 

ここで、ψ=[u θ ]Tは随伴変数から成るベクトルである。相識別関数の微小変化ϕ→ϕ + ϕ’に関するハミルトニアンの変分を考慮すると以下の随伴方程式が得られる。

 

(9)

(10)

(11)

 

ここで、fおよびQはコスト関数の変分から生じる発生項である。適切な境界条件の下で随伴方程式を解くことで感度が得られ、形状を反復更新する。図1にピンフィンに適用した際の形状最適化例を示す。非相似因子増大の達成に加え、流れ場の解析から、淀み点形成による伝熱向上およびカルマン渦抑制による圧力損失低下が達成されている。

実証実験

多自由度形状最適化で得られた形状をナイロン樹脂SLS方式3Dプリンタで制作した供試体の一部分を示す(Ricoh Co., 図1)。供試体を風洞に設置し、差圧計による圧力損失計測および非定常法(図2)を用いた伝熱計測を実施した。非定常法は、供試体上流でステップ関数状の加熱を実施し、供試体出口での温度応答から熱伝達率を計測する手法である。本実験ではfRebおよびNuについて、DNSの結果と計測と同様の結果が得られた。

図2 非定常法による熱伝達率計測の概要(2)

まとめと課題

本研究ではRANSの定常随伴解析に基づく形状最適化について、渦粘性および渦拡散係数をDNSから得た乱流統計量より求めることで高精度化し、VP法と組み合わせることで乱流熱対流場での多自由度形状最適化を実現した。一方で、本アルゴリズムは順解析でDNSを実行できることが前提となる。今後、より高いRe数の乱流場への拡張を進めていく。


参考文献

(1) A. Yamamoto, Y. Hasegawa, N. Kasagi, Optimal control of dissimilar heat and momentum transfer in a fully developed turbulent channel flow, J. Fluid Mech., Vol. 733, pp. 189-220 (2013), doi:10.1017/jfm.2013.436.

(2) Y. Kametani, Y. Fukuda, T. Osawa, Y. Hasegawa, A new framework for design and validation of complex heat transfer surfaces based on adjoint optimization and rapid prototyping technologies, J. Ther. Sci. Technol., Vol. 15, No. 2 (2020), doi:10.1299/jtst.2020jtst0016.


<正員>

亀谷 幸憲

◎明治大学 理工学部 機械情報工学科 専任講師
◎専門:流体工学、伝熱工学

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