ムーンショット目標3:2050年AIとロボットの研究
AI ロボット科学者の実現にむけて
はじめに
自らサイエンス探究する能力とは
AI技術やロボット技術をサイエンス探究に活用することが期待されており、ムーンショット目標3「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現(プログラムディレクター:福田敏男)」のプロジェクトの一つ「人とAIロボットの創造的共進化によるサイエンス開拓(プロジェクトマネージャー:原田香奈子)」では、ターゲット「2050年までに、自然科学の領域において、自ら思考・行動し、自動的に科学的原理・解法の発見を目指すAIロボットシステムを開発する。」を対象とした研究開発を行っている。
自然科学の領域は広く、物理学、化学、生物学、地球科学、天文学などの分野があり、探究方法も理論科学と実験科学がある。AI技術やロボット技術を活用した科学発見の研究は国内外で注目を集めており、例えば、国内では産業用ロボット技術をベースとするLabDroid(1)を用いた実験自動化はすでに実現している。海外でもラボの自動化によって発見を自動化する試みの報告があり、そのようなラボの今後の発展についても論じられている(2)~(4)。コミュニティとしての広がりも見せており、Nobel Turing Challenge Initiativeがノーベル賞級の発見を目指すという構想(5)のもとで定期的にワークショップを行っており、そのほかにも2023年にアメリカ人工知能学会AAAIにてComputational Approaches to Scientific Discoveryのワークショップが企画されるなど、世界的な議論が進んでいる。特にロボット技術の活用に着目した研究としてはMITが流体力学の実験を支援するロボットIntelligent Towing Tank(ITT)を開発しており、博士学生が5年間で1000件の実験を行うのに対して、このロボットでは2週間で実験を行うなど、圧倒的な効率での実験遂行を実現している(6)。2020年にはリバプール大学が分析装置間を自律的に移動してサンプルを運ぶモバイル・ロボット化学者を発表しており、こちらも従来と比べて圧倒的な効率での実験遂行を可能にしている(7)。このように、AI技術やロボット技術のサイエンス探究への応用が進むが、一方で、これらの先行研究におけるロボットの役割は、既存のロボットを使った自動繰り返し実験によるデータ収集としての役割が大きい。つまり、AIロボットを活用することによって科学者を単純な繰り返し作業から解放し、効率的に発見までたどり着くことを目的としている。このアプローチに加えて、人間の科学者でもこれまでのAIロボットでもできなかった実験を行うことができるようになれば、科学の新しい探究手段となりえる。以上をふまえて、プロジェクトは、AI技術・ロボット技術の進展が貢献する分野であり、かつ、卓上で探究のサイクルを回すことで研究開発を推進できる分野として、生命科学分野の実験科学を対象としている。既存のAIやロボットは、人工物に対する繰り返し作業は得意であるが、自然物は、ばらつきが大きく、特性を計測したり制御したりすることが困難であり、また、扱うべき経時的変化も大きい。特に、動植物に対する操作は、実験コストが大きく、AI技術やロボット技術を活用することによる貢献が期待されている。