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2023/3 Vol.126

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転ばぬ先の失敗学

第3回 失敗は忘れた頃にやってくる

中尾 政之(東京大学大学院)

 

故障の半数は経年劣化として顕在化する

前回の失敗学では、御巣鷹山のJAL機墜落事故(1985年)を紹介した。主因は、墜落7年前の圧力隔壁の修理方法のミスである。その後のフライトごとの加減圧でクラックが伸展し、最後は圧力隔壁が疲労破壊した。失敗は忘れた頃にやってくる。

筆者らは2010年に民生品のリコールを100件しつこく調べたが、そのうち46件の原因が経年劣化だった(1)。例えば、高分子材料や絶縁材料の劣化、配線の疲労断線、金属腐食など。10年後に遅れ破壊する。機械の故障を調べても、原因は経年劣化がほぼ半数を占める。つまり、疲労・摩耗・腐食が「機械の失敗三兄弟」。これらの経年劣化は老化現象のように使用して10年後に忽然と起きる。日本の法律では、減価償却の耐用年数は製品ごとに規定されているが、製造物責任が消滅する、というような免責的な製品寿命というものはない。エンジニアは、家電品は10年、自動車は15年と勝手に思っている。しかし、その後に想定外の大事故でも起きたら、刑事訴訟で過失致死罪を、民事訴訟で製造物責任を問われる。機械にもタイマーを付けて、アポトーシス(組織を良好に保つために細胞に組み込まれた細胞死のプログラム)を発動させたい。

図1は、横軸に平均使用年数を、縦軸に不良率(対数)をとった座標の上に、リコールになった製品事故のデータ(96件)をプロットしたものである(1)(3)。一般に、機械は使用直後に初期故障が頻発し、その後、偶発故障が散発し、最後に摩耗故障が頻発して死を迎える。それを故障率曲線で表すと、時間的に故障が多、少、多と変化するバスタブカーブになる。図1にも太線の「傾いたバスタブカーブ」が見える。また、図の左の前期には〇と△の設計ミスが多く、右の後期には●の経年劣化が多いのも一般論と同じ。後期の不良率は、製造総数を分母にしているので0.01%以下と小さくなり、バスタブカーブは右下へ傾いた。実際は事故後の回収総数を分母にすると、数%の確率で故障が起きている。普通の製品は消費者に飽きられて数年で捨てられる。長年、愛用され続けた優良製品だからこそ、老化を迎えて事故が起きた。エンジニアは寿命10年として設計したので、老化前の廃棄を望んでいるのに。

図1の輸入品の△に注目すると、左軸の近辺に集中している。いずれも東アジア製の安価な商品、例えば、待ち針が残っていた幼児用の服や、テレビのリモコンでもオンしたヒータである。原因は単純な製造・設計ミスであり、使い始めた直後に不具合が発覚した。輸入業者がリコールしたからいいようなもの、ほとんどはメーカーの正体さえわからず、日本の消費者は泣き寝入りすることが多い。図1を分析してから13年経ったが、中国製は驚くほど信頼性が向上した。しかし、依然として、日本の規格が業界団体の緩やかな自主規定に依存しているので、不良の輸入品でも容易に日本に上陸できる。コロナ第1波の頃に出回った中国製マスクには、本当に腹が立った。超音波接合が緩いのか、耳に掛けた途端に紐が次々と外れた。でも泣き寝入り。

図1 リコールになった製品事故の平均使用年数と不良率

(製品技術評価機構の社告データからn=96)(1)(3)

10年後に起きることまで責任を持て

日本人は設計も製造も上手い。しかも正直だから壊れやすい粗悪商品だと知りながら、売りつけるような真似はしない。昭和30年代の悪かろう、安かろうの輸出製品とは異なる。と言っても、故障するリスクは限りなくゼロに近いが、ゼロではない。真摯に10年後を考えて作ろう。

今月は、のぞみ号の台車亀裂事故(2017年)を紹介しよう。この事故の定説は、「博多発の新幹線ののぞみ号に異音・異臭が発生したが、JR西日本の検査員は原因がわからず運転続行した。新大阪からはJR東海が運行したが、ついに名古屋駅で台車亀裂を発見して運転中止した。亀裂は疲労で伸展したが、疲労破壊を早めた原因は10年前の製造時の削り過ぎと肉盛溶接」である。

この事故も図2に示すように、技術的原因と組織的原因がある(2)。運輸安全委員会の重大インシデント(誰も怪我していないからアクシデントではない)調査報告書には、組織的原因として「正常化バイアスと相互依存」を上げている。正常化バイアスは「異常下でも正常範囲内と判断し平静を保ちたい」という人間の本質である。この時も「これは異常だ! 直ちに運転中止」とは言い出しにくかった。図2(a)に示すようにJR西日本の検査員と運用指令員は相互依存して、互いに「新大阪で床下点検を当然するよね」と思っていたが、どちらからも切り出せなかったから成り行き上、運転継続となった。第二次世界大戦前の日本みたいである。陸軍も海軍も「米国と戦えば負けるよね」と思っていても、互いに言わないから引くに引けずに開戦に至った。マスコミは、この実に人間臭い分析を好んで喧伝した。でも、その人間の本質がわかっても、精神論では再発防止策を構築できない。

一方、技術的原因は図2(b)に示すようにはっきりしている。中間報告書では、板厚7㎜まで削るのを許されていたが、作業員がルール違反して4.7㎜まで削ったのが主因だと述べた。このルール違反で疲労で破断するまでの繰返し荷重負荷回数は1/2程度と短くなった。しかし、設計時に安全率もそれなりに高く設定しているので、製造後10年経って、この位置だけに疲労破壊が起きる理由がわからない。

図2 肉盛溶接の10年後に新幹線のぞみ号の台車に亀裂発生(2)

最終報告書は、主因は削り過ぎでなく、肉盛溶接と断じた。でも事故から2年後の報告なので、興味は失せてマスコミも騒がなかった。台車枠の断面をエッチングし、その組織を観察したら、鋳造組織が浮き出てきたので、肉盛溶接が発覚した。製造員は4.7㎜まで削り過ぎ、その結果、そこの最終仕上げの削り代がゼロになった。仕方がないから肉盛溶接で厚くした後で最終仕上げしたらしい。最終製品の見た目は同じであり、検査は合格した。

現場では、間違って削り過ぎた時、鋳継ぎするように溶湯を盛って補修する、いわゆる肉盛溶接をたまに適用する。でも、溶湯は熱収縮するので、その後に焼鈍しないと、回りに残留応力が残ってしまう。この残留応力が引張であると亀裂を広げるので、疲労強度は著しく劣化する。調査委員会が実験したところ、荷重負荷回数は1/100まで短くなった。これで納得。この位置で疲労破壊した機序がわかった。

調査委員会は製造現場の当事者をインタビューしたが、10年前のことだから誰もが「記憶にない」と答えた。インシデントだから委員会はそれ以上追跡しなかった。でも、もし脱線して乗客1000人が死亡したら、政治家のように「記憶にございません」で済むだろうか? なお、「10年前の製造時のルール違反はもう時効である」と嘯くのは間違いである。業務上過失致死罪の時効は事故が起きてから10年である。事故の原因を作ったルール違反時から10年ではない。だから、仮に製造時のルール違反が30年前であっても、当時の責任者は罪に問われるのである。くわばら、くわばら。


参考文献

(1) 中尾政之,宮村利男:知っておくべき家電製品事故50選,日刊工業新聞社,2010年

(2) 中尾政之,脱・失敗学宣言,森北出版,2021年

(3) 中尾政之,続・失敗百選,森北出版,2010年


<正員>

中尾 政之

◎東京大学大学院工学系研究科 教授
◎専門:生産技術、ナノ・マイクロ加工、加工の知能化と情報化、
創造設計と脳科学、失敗学

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