技術ロードマップから見る2030年の社会
第2回 バックキャスティングによる技術ロードマップ設計
はじめに
ロードマップに対する社会的ニーズの高まり
ロードマッピング(roadmapping)は、時間軸に沿って現在から将来に至るまでのイベントの連鎖を視覚的かつ構造的に描く方法である(1)。日本では、経済産業省による技術戦略マップが技術ロードマップの事例として広く知られており、二次電池、ナノテクノロジー、ヒートポンプなどさまざまな技術に対して将来の機能向上などに関するマイルストーンが描かれてきた(2)。その一方で、最近では国連の持続可能な開発目標(SDGs)、カーボンニュートラル、サーキュラー・エコノミー(循環経済)の実現に向けて、中長期的な戦略立案の支援を目的として数多くの企業でビジョンやロードマップを作成されるようになってきた(図1)。
日本機械学会技術ロードマップ委員会では、2030年に向けて各部門が描く技術ロードマップ(3)や、2050年持続可能なものづくりに向けたビジョン・ロードマップ(4)の作成を進めてきた。ドイツ工学アカデミー(acatech)は Industrie 4.0の考え方に基づいてビジネスモデルのデジタル化を軸に据えたサーキュラー・エコノミーのロードマップ(5)を、産業技術総合研究所はサーキュラー・エコノミー実現に向けた要素技術(例えば、リサイクルなど)や手法論(例えば、ライフサイクルアセスメントなど)の開発目標を明確化するためのロードマップ(6)をそれぞれ作成した。
以上のように、持続可能社会の実現という社会的な潮流を受けて、技術の将来的な機能・性能に加えて、社会と技術の関係性を含めた今後のものづくりのあり方を対象としたロードマップが数多く作成されるようになってきた。本稿では、政府、産業界・業界団体、企業、学会などが持続可能なものづくりを目指す場合に、技術ロードマップ(technology roadmap)の方法論がどのように活用できるのかを論じる。ロードマッピングにもさまざまな方法があるが、その中でも特にバックキャスティング型ロードマップ設計手法の持続可能なものづくりへの適用例を紹介する。
図1 持続可能なものづくりに向けたロードマップの必要性
技術ロードマップ研究の動向
2000年代以降に発展してきた技術ロードマップ研究
技術ロードマップに関する研究は技術経営(technology management)の分野でさかんに進められており、その方法論の開発は2000年代に入ってから本格化したとされる(7)。技術ロードマップにはさまざまな表現形式が存在するが、よく用いられているロードマップの基本構造を図2に示す。ロードマップの特徴のひとつは、市場、製品・サービス、技術とそれらの関係の構造化である(8)。図2のように、ロードマップは複数のレイヤーによって構成されることが多い。これらのレイヤーは、why-what-howの関係に対応する。一方、ロードマップの作成方法およびプロセスも多様であり、対象とするテーマや時間軸によってさまざまな方法が実践とともに編み出されている(9)。作成方法を大別すると、フォアキャスティング型、バックキャスティング型に分類することができる。
ロードマップは将来に至る道筋や思考プロセスを視覚的・直感的に理解しやすい特徴を持つことから、ステークホルダーを交えたワークショップ(WS)と組み合わせて用いられることが多い(9)(10)。WS形式かつフォアキャスティング型の技術ロードマップ作成方法として、T-Planがよく知られている(11)。T-Planでは図2の形式のロードマップを用いて複数回のWSを実施し、そこで参加者がレイヤーごとに知識やアイデアを出し合い、最終的にレイヤー間をつなぐことでロードマップを完成させる。それ以外にも、シミュレーションや設計工学分野で使われるdesign structure matrix (DSM)を組み合わせた方法などが提案されている(12)。
技術ロードマップは、付箋紙、ペン、模造紙があれば作成することができて方法論的に非常に簡便であるため、企業の戦略・計画立案などで広く使われている。ただし、ロードマップ作成の根拠となる基礎データを収集するなど、WSの準備段階に多大な時間を要することが多い。また、ロードマップの表現形式や作成プロセスを適切に選択するためには、それなりの経験とノウハウが必要である。
図2 技術ロードマップの基本構造(8)
バックキャスティング型ロードマップ設計
持続可能なものづくりへのロードマップ設計の適用
筆者は、ロードマッピングのさまざまな方法をロードマップ設計(roadmap design)として一般化および体系化することを試みている(13)。特に、2050年カーボンニュートラルや持続可能なものづくりのように、現在から不連続的な変化もしくはパラダイム転換が必要と思われる将来を描く場合には、バックキャスティング型ロードマップ設計手法(14)が有効である。図3に示すように、この手法ではWSを用いながら(A)ビジョン作成、(B)パス作成という二つの段階でロードマップを作成する。(A)では、ロジックツリーを用いて将来のあるべき姿(ビジョン)を描き、達成すべきゴール・目標を明確化する。(B)では、ビジョンとフォアキャスティングにより作成したベースラインシナリオの間のギャップを埋める形で、ロードマップ上にパスを描く。筆者らは(B)で使うロードマップを“Four arrow model”と呼んでおり、ビジョン・ベースラインシナリオと市場ニーズ・技術シーズという2種類のギャップを埋めることを目的としている。
図3 バックキャスティング型ロードマップ設計手法(14)
日本機械学会技術ロードマップ委員会では2017~18年度にかけて、図3の手法を用いて2050年までの持続可能なものづくりロードマップを作成した(図4)。各年度、技術ロードマップ委員会メンバー10数名が参加して1泊2日で合宿形式のWSを実施した。最終的に、「参加型のものづくり」と「サイバーフィジカルシステム(CPS)を活用したものづくり」という二つのビジョンおよびパスを作成することができた。WS参加者からのフィードバックによると、技術ロードマップを活用することの利点として、思考の明確化と共有、参加者相互の議論による新しいアイデアの気づき、Four arrow modelによるキーコンセプト生成などが挙げられた。一方で、技術ロードマップの完成度を高めるにはWSだけでは時間が足りない、持続可能なものづくりのテーマ設定が幅広すぎる、といった課題が指摘された。これらの課題に対しては、2022年度から各部門代表委員からなる部門連携グループを技術ロードマップ委員会で組織しており、部門横断型の技術ロードマップ作成に向けて継続的に議論を進めている(15)。
図4 技術ロードマップ委員会での実践(2017~18年度)
まとめ
ロードマップ研究の今後の展開
これまでの技術ロードマップに関する研究は、企業などによる戦略立案の実践を通して発展してきた。カーボンニュートラルやサーキュラー・エコノミーといった社会的潮流を受けて、今後のものづくりはパラダイム転換を迫られつつある。このような状況のもと、技術ロードマップの方法論はものづくり系の企業でますます注目を集めている。残念ながら、シルバーブレット的な技術の開発のみによって持続可能なものづくりを実現することは望み薄である。すなわち、政策・規制や価値観変化を含む社会的動向に応じたさまざまな技術の開発、技術の組合せや使われ方の検討に基づく新しい製品・サービスの設計・開発・普及が求められるようになってきている。この点で、技術ロードマップは専門家やステークホルダー間の対話を通した情報共有や新たな気づきを得るきっかけづくりとして大いに有効である。ちなみに、ロードマップは必ずしも技術だけを対象とするものではないため、「技術」ロードマップという呼称自体がミスリーディングであるという指摘もある(1)。
呼称の問題もさることながら、技術ロードマップの方法論開発は依然として発展途上であり、社会的ニーズにあわせてさらなる研究が必要である。最近では、定量的な分析との組み合わせ(12)、オンラインホワイトボードの活用(16)などの研究が進められている。加えて、ものづくり分野に適用可能な技術ロードマップの方法論開発については、日本機械学会でも今後さらに議論していくべきと思われる。
本稿の一部は、ケンブリッジ大学・Robert Phaal博士との議論に基づくものである。また、本稿に記載した成果の一部は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20223R04)、日本学術振興会科学研究費補助金(20K04234、21H01234)の支援によるものである。末筆ながら、ロードマップWSにご参加いただいた技術ロードマップ委員会メンバーの皆様に厚く感謝を申し上げたい。
参考文献
(1) Kerr, C., Phaal, R., Roadmapping and roadmaps: Definition and underpinning concepts, IEEE Transactions on Engineering Management, Vol. 69, No. 1 (2022), pp. 6-16.
(2) 技術戦略マップ, 経済産業省・NEDO
https://www.nedo.go.jp/content/100116651.pdf(参照日2022年12月27日)
(3) 日本機械学会技術ロードマップ委員会,技術ロードマップから見る 2030年の社会,日本機械学会誌, Vol.119, No.1170(2016), pp. 283-323.
(4) 日本機械学会技術ロードマップ委員会
https://www.jsme.or.jp/technology-road-map/ (参照日2022年12月27日)
(5) acatech, Circular economy roadmap for Germany, Circular Economy Initiative (2021).
(6) 資源循環スペックロードマップ, 産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/aist_j/news/pr20221121.html(参照日2022年12月27日)
(7) Gordon, A.V., Ramic, M., Rohrbeck, R., Spaniol, M.J., 50 years of corporate and organizational foresight: Looking back and going forward, Technological Forecasting and Social Change, Vol. 154 (2020), pp. 119966.
(8) Phaal, R., Farrukh, C.J.P., Probert, D.R., Technology roadmapping: A planning framework for evolution and revolution, Technological Forecasting and Social Change, Vol. 71, No. 1-2 (2004), pp. 5-26.
(9) Park, H., Phaal, R., Ho, J.Y., O’Sullivan, E., Twenty years of technology and strategic roadmapping research: A school of thought perspective, Technological Forecasting and Social Change, Vol. 154 (2020), pp. 119965.
(10) Phaal, R., Farrukh, C.J.P., Probert, D.R., Strategic roadmapping: a workshop-based approach for identifying and exploring innovation issues and opportunities, Engineering Management Journal, Vol. 19, No. 1 (2007), pp. 16–24.
(11) Phaal, R., Farrukh, C.J.P., Probert, D.R., Roadmapping for strategy and innovation: Aligning technology and markets in a dynamic world, University of Cambridge, Institute for Manufacturing (2010).
(12) de Weck, O., Technology roadmapping and development: A quantitative approach to the management of technology, Springer (2022).
(13) Kishita, Y., Foresight and roadmapping methodology: Trends and outlook, Foresight and STI Governance, Vol. 15, No. 2 (2021), pp. 5–11.
(14) Okada, Y., Kishita, Y., Nomaguchi, Y., Yano, T., Ohtomi, K., Backcasting-based method for designing roadmaps to achieve a sustainable future, IEEE Transactions on Engineering Management, Vol. 69, No. 1 (2022), pp. 168-178.
(15) 山崎美稀, 「技術ロードマップから見る2030年の社会」のレビューの連載にあたって, 日本機械学会誌, Vol.126. No.1250(2023), pp.42-44.
(16) de Oliveira, M.G., Routley, M., Phaal, R., The digitalization of roadmapping workshops, Journal of Engineering and Technology Management,” Vol. 65 (2022), pp. 101694.
<正員>
木下 裕介
◎技術ロードマップ委員会 委員
東京大学 大学院工学系研究科 精密工学専攻 准教授
◎専門:シナリオ設計、ライフサイクル工学、設計工学
キーワード:技術ロードマップから見る2030年の社会