日本機械学会サイト

目次に戻る

2023/2 Vol.126

バックナンバー

特集 学会横断テーマ「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

今後の展開と日本機械学会会員への期待

近久 武美(北海道職業能力開発大学校)

技術者に求められる対応の緊急性

2020年機械学会誌3月号において名誉員からの一言欄があり、筆者は「誰が地球温暖化を止められるだろう?」なる記事を書いた。現在の状況を「ゆっくりと加熱されている水の中にいるカエル」に喩え、そのうち茹で上がってしまうことを知りながら動かないでいるカエルと同じと表現した。わたしたちはカエルと違ってお湯の中から飛び出すことはできず、この加熱をなんとか抑えなければならない。もうすでに浸っているには熱過ぎの温度に近づきつつあるが、一向にこのお湯の温度上昇を抑えるアクションはなく、次第に茹で上がりの状態に近づきつつある。

この温暖化防止の具体的なアクションをリードするのは政治によるところが大きい。しかし、政治家に対して私たち技術者は将来社会のグランドデザインとその実現に必要な選択肢を提示する必要がある。その点、普遍的な条件問題を対象とすることの多い技術者にとって、経済や価格などの不確定要素が強く影響する本テーマは多少不得意な部類のものかもしれない。それでもこの茹でガエルの例えから明らかなように、そのアクションは緊急かつ極めて重要であり、課題解決の方向を示してくれる人を待っている。

今後の技術開発テーマ

将来社会のグランドデザイン解析や求められる技術開発研究は次のように分類される:①目指す持続可能社会の最適構成像に関する分析研究、②そこに至る有効なシナリオ条件分析研究、③将来社会で要求される技術開発研究、④新たに有望となる新技術開発研究。

まず、①の持続可能社会の構成分析では目標とする炭酸ガスバランスを達成できる社会構造の分析となる。この場合、さまざまな効率やシステム全体のコストについても併せて解析を行い、それらの組合せの中で最適なものを選ぶこととなる。この場合、用いる性能やコスト条件によって解析結果が異なったものとなるので、条件に極力影響されない大局的・客観的な結論を見出すことが望ましい。それが難しい場合には、感度の高い条件とそうでない条件とを分類し、それらに対する結論の変化を示すやり方となる。なお、炭素排出の少ないシステム構成条件はそれほど選択肢が多くないので、概略目指すべき社会構成像を示し得るものと思う。

次にこの目指す構成に到達するための道順を分析するのが②の研究である。これもできるだけ条件によって解が発散しないことが望ましく、これが難しい場合には先と同様に感度の高い条件因子とそうでないものを区別し、条件と結果の関係を整理するやり方となる。こうした研究をさらに拡大し、税金や規制ルールの効果を分析し、提言することも有用な研究となる。2021・22年度の年次大会・横断テーマフォーラムにおける講演のいくつかはこの種の分析に関するものである。

こうした分析研究では用いるデータの信頼性が重要となるほか、大規模な最適値探索プログラムが必要となる。基本的なものは既にあるので、これをベースとして我が国全体で組織的な解析が行われることが望まれる。

③の将来社会で要求される技術開発研究は既に盛んに行われており、水素技術や水電解技術あるいは蓄電技術などに関するものなどが該当する。そのほか、再生可能エネルギー技術の耐久性を向上する研究も大いに必要である。この種のテーマを見出すのは技術者の得意とするところである。ただし、ビジネス的な可能性も重要であり、この判断が特に企業における研究としては難しいところである。

④の研究では座談会でも指摘されているように、安い電力を用いた新材料合成、水電解から副次生産される純酸素の利用などがあろう。将来はさまざまな条件が変化するので、その分、新たな技術開発の可能性がある。

以上、持続可能社会形成のための研究テーマは種々のものがあり、そのいずれもが精力的に取り組まれるよう望まれている。

学会横断テーマの今後の展開と学会員に対する期待

これまでの2年間では電力関連の将来分析を中心として年次大会におけるフォーラムを行ったので、今後は運輸部門および高炭素排出産業部門を対象として将来技術展望のフォーラムを行なっていきたいと考えている。

機械工学は横断的総合技術を扱っており、まさに持続可能社会形成のための技術グランドデザインを提示するほか、必要な技術開発を行う先頭に立てる分野である。私たちが茹で上がってしまう前にこの大きな問題が解決されるよう、機械学会会員の大いなる活躍を期待したい。


<名誉員>

近久 武美

◎北海道職業能力開発大学校・校長、北海道大学名誉教授

◎専門:機械工学、熱工学、燃料電池

キーワード: