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2023/2 Vol.126

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特集 座談会

座談会カーボンゼロ達成に向けた技術開発と社会実装の方向と機械技術者の貢献

近久 武美(北海道職業能力開発大学校)・黒坂 俊雄〔元神鋼リサーチ(株)〕・津島 将司(大阪大学大学院)

本特集企画にあたり、テーマ企画チームメンバー3人による座談会を行った(2022/11/22および2022/11/30 オンライン)。地球温暖化に対する危機感から始まり、2050年に向けた技術者視点によるグランドデザイン、ならびに機械学会に対する期待などに関して意見交換を行った。

<名誉員>

近久 武美

◎北海道職業能力開発大学校・校長、北海道大学名誉教授

◎専門:機械工学、熱工学、燃料電池

<フェロー>

黒坂 俊雄

◎元神鋼リサーチ(株)代表取締役社長

◎専門:機械工学、熱工学、バイオマス熱利用

<正員>

津島 将司

◎大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻・教授

◎専門:熱流体工学、電気化学エネルギー変換

今の気候変動・地球温暖化に対する危機感について

近久:今、地球温暖化が問題になっており、孫の代には砂漠化の進行や大型台風・集中豪雨の発生、あるいはシベリアの永久凍土の融解などにより、とんでもない気候の時代になってしまうのではないかと大きな危機感を持っています。その点、皆様はいかがでしょうか。

黒坂:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測には誤差もかなりあるかもしれませんが、サイエンスとして受け入れるべきものと思います。サイエンスとして正しければ、今のままでは将来は確実に大変なことになることを意味するので、私も非常に重大な問題と危機意識を持っています。

津島:今の世代は次世代の人たちに負の遺産を残さない責任があります。後から振り返って、あの時代にしっかりと対応しておくべきだったと後悔しないように、今行動しなければならないでしょう。

近久:それでは、この座談会は気候変動に対して非常な危機感を持っている立場で、私たちはどうすべきか議論をすることにしたいと思います。

温暖化対策は環境のみならず経済発展にもつながるのではないか

近久:今の日本は海外から大量のエネルギーを購入し、その分を自動車や電子機器・機械製品を輸出して収支を合わせている構造になっています。そこで、再生可能エネルギーの大量導入は目先のエネルギーコストを若干上げることになるとしても海外に流出する膨大な資金が減少し、その分、国内でより多くのお金が循環するために、むしろ経済活性化・雇用の創出につながると思うのですが、いかがでしょうか。

黒坂:基本的に同意です。海域も含めれば、日本には再生可能エネルギーに利用可能な面積は広くあります。新しい製造業や新たな電力サービスの雇用を生み、経済を活性化することが期待できます。ただ、エネルギーは既存の生活インフラであり、新しいサービスを生み出すわけではありません。生活インフラをメンテナンスするために雇用が増えても、社会が豊かになる訳ではない点には注意が必要と思います。

近久:おっしゃる通りで、エネルギーは新しいサービスを生み出すわけではありません。しかし、これまで海外に流出していた大量のお金が国内で循環するようになるわけですから、雇用が増え国民が豊かになる。そうすると、新しいサービスを購入する余力もでき、その結果、経済の活性化と生活向上につながると思うのです。

津島:再生可能エネルギーは既に安くなっているし、日本にはそのための面積も多くあります。しかし、ベース技術がほとんど海外製となっているのが気になります。

黒坂:日本には基本となる技術はあると思いますが、競争力を持つには量産効果が必要でしょう。私もできれば国産の再生可能エネルギー機器が増えて欲しいですが、風車など既にコスト競争力で大きな差をつけられている分野では、当面、海外から再エネ機器類を購入するのは仕方ないかもしれません。海外からエネルギーの購入が減少する範囲内で、再エネ機器を海外から購入することは、貿易バランスからもおかしな話ではないと思います。

近久:私の分析では、海外から風車や太陽電池を購入したとしても設置やメンテナンスに関わる費用が国内雇用につながり、現在の石油火力や天然ガス火力よりもずっと国内で循環するお金が増えると試算されています。

黒坂:再生可能エネルギーが割高となっていますが、これには非効率な施工システム構成、過大な許認可手続き、効率化のためのデジタル化の遅れ、効率化努力を鈍化させる補助金制度などが影響しているように思います。日本の人件費はもはや低いレベルになっていますので、こうした分野の効率化が重要と思います。また、風車や太陽電池はもはや海外から輸入せざるを得ないとしても、電力デバイス関連や省エネルギー技術に関して、日本の技術力を活かして新たな産業を生み出す可能性もあろうと思います。

近久:おっしゃる通りですね。そうした技術分野の可能性について後ほど意見交換することにしましょう。

既存エネルギー会社を新エネルギービジネスに誘導する仕組みの必要性

近久:私は再生可能エネルギーを普及させるには既存電力会社がこうしたビジネスをやりたくなるようなインセンティブを与えることが最も重要と思います。そうすれば、電力系統を利用してはるかに合理的な再生可能エネルギーを含んだシステムを構築することができます。電力会社がどんどんと再生可能エネルギービジネスを始めれば、それに付随して新しいエネルギー会社の参入領域も拡大するでしょう。今は電力会社がそうしたビジネスに参入するのを制限するような古いルールがこれを妨げているのではと思うのですが、いかがですか。

黒坂:電力会社は既に一部新エネルギービジネスに参入し始めているように思いますが、それほど積極的ではないですよね。私は発送電分離の導入を評価していますが、新電力は電力不足時に高いスポット価格で電力を購入せざるを得ない現状がそうしたビジネス参入を難しくしていることも一因と思います。

津島:新電力会社が安定供給のために高いスポット電力を購入せざるを得ないのと同様に、電力会社には電力の安定供給義務があることが再生可能エネルギービジネスに積極的になれない一因ではないでしょうか。安定した電源が必要な需要家には高い料金でそれを提供する一方、他の需要家には多少安定供給が保証されなくても良いようにすると状況が変わるように思います。

黒坂:電力会社はこれまで通り保守的であっても十分にビジネスが成立することも、新エネルギービジネスに対して積極的にならない一因ではないでしょうか。

津島:さまざまな選択肢の中で日本の将来の社会や技術をどう描くのか、それに対する中間シナリオや経済的な合理性などを含めると、問題が極めて複雑であると感じています。そのため、何か方向性が見えない感が強くあり、何にチャレンジすべきか不明確で、その結果として既存体制を維持する行動になっているのではないでしょうか。

近久:おっしゃる通りですね。動きだすべき方向性が見えない一方、既存のエネルギービジネスでも会社を維持していけるというのが現在のエネルギー会社の立ち位置のように思います。これを変えていくのは政治でしょうか。

黒坂:政治は多くの業界の意見に強く影響され、なかなか強いリーダーシップが発揮できない現実があるように思います。

近久:鶏が先か卵が先かの議論になりますが、石炭火力を早期にやめ、再生可能エネルギーの導入を推進することを、まず政治が強く示すべきに思います。例えばヨーロッパでは再生可能エネルギーから優先買取するルールがあり、ベースロード電源なる概念はありません。日本ではこうしたルールがありませんから、送電会社にとって厄介な再生可能エネルギーを積極的に購入しようというインセンティブが働かないわけです。政治が既存エネルギー会社を積極的に新エネルギービジネスに誘導し、それを核としてさまざまな企業が新エネルギービジネスに参入して、結果的に海外に流出していた膨大な資金が国内の雇用として循環するようにしてもらいたいですね。

黒坂:電力業界がもっと新しい再エネビジネスに積極投資して欲しい、製造業ももっとゼロカーボンに真剣に取り組めというのはその通りです。しかし、企業には収益を確保し事業継続することの責任があります。企業も、ゼロカーボンに向けてやらなければいけないことは分かっていてシナリオを準備していますが、結局、水素もアンモニアもコストがどこまで下がるか分からず、方針も出ないので発電所の新規構想の絵も描けない。そんなもやもやした状態を改めるために政府に強いリードを望みますが、もっと技術サイドから将来のグランドデザインを提案するような動きが活発にあっても良いのではないでしょうか。それが日本の新しい産業創出につながるはずです。

近久:非常に重要なご指摘と思います。それでは次に将来のグランドデザインについて意見交換するほか、電力デバイス関連・省エネルギー技術などに関する新たな産業創出の可能性について意見交換しましょう。

日本で産業化し得る新しい技術について

近久:2050年のゼロカーボン社会では、主たる1次エネルギーを再生可能エネルギーにせざるを得ないと思いますが、その点はいかがですか。

黒坂:原子力やCO2の隔離もあろうと思いますが、主たる1次エネルギーが再生可能エネルギーになるというのは同感です。

津島:ゼロカーボンのゼロが難しい。脱炭素やゼロカーボンという方法論的な表現は直接的な行動を促す力がありますが、それ自体を目的とするよりも「持続可能な社会をつくる」という表現のほうが柔軟性があり、しっくりときます。エネルギーに化石燃料を用いることには反対ですが、化石燃料は多くの化学製品の出発点となる資源であり、材料の製造などに化石燃料を用いるのは社会が持続可能な範囲内で許容されると思います。

近久:その通りですね。それではゼロカーボンに過度にこだわらない範囲で、主たるエネルギーが再生可能エネルギー由来の電気および熱で供給されることを前提に、グランドデザインを議論することにしましょう。

黒坂:電気をできるだけ直接利用しながら、別途電気やバイオマスの排熱を利用して熱供給していく社会になるでしょう。当然蓄電技術も重要となり、その長寿命化も大切な技術開発課題になると思います。

津島:現在、アメリカやヨーロッパでは電力貯蔵が非常に重要な検討課題になっており、10時間以上の蓄電が話題となっています。こうした分野では日本は技術力を発揮できると思います。このほかに水素や他の化学的なエネルギーによる貯蔵や熱貯蔵も将来基幹となる重要技術になるでしょう。

黒坂:蓄電で無理なところは水素に変換して利用することになろうと思いますが、大口ユーザは良いとしても、一般市民までがどんどんと水素を利用する社会になるかどうか疑問です。

近久:燃料電池自動車の分野で水素の貯蔵技術が十分に発達しており、既に一般市民でも安心して使えるレベルになっています。700気圧の水素タンクは十分に安全なレベルにありますし、断熱性の極めて高い液体水素タンク、水素吸蔵合金や有機ハイドライドで水素貯蔵する技術もあります。したがって、2050年には市民が問題なく水素を容易に扱える時代になっていると考えて良いと思います。

黒坂:現在LPGを個別に配送している住宅がたくさんありますが、同様に水素を配送することになるのでしょうか。

近久:多分、一般住宅は電気だけですべてのことが賄えるようになっており、市民にとって水素は移動体に利用されるエネルギーと思います。そのほか、電力の変動対応には供給に合わせて需要側が制御を行うディマンドコントロールも大いに発達するでしょう。

津島:私も概略同意します。ここで水素の製造効率が気になります。電気のエクセルギーをできるだけ無駄なく水素変換に利用する技術の開発が求められます。併せて、水電解時に副生する大量の純酸素を単に大気に捨ててしまうのではなく、製造業のほか農林水産業や畜産業、あるいは医療や健康・福祉など、さまざまな分野における利用技術開発を期待します。

近久:確かに純酸素を捨ててしまうのは勿体ないので、化学プラントや発電所などの大型施設で利用される可能性は大きいですね。ただし、純酸素は水素以上に危険ですので、一般市民が気軽に利用することにはならないでしょう。

黒坂:アンモニアや合成燃料の利用はどうでしょうか。今盛んに話題になっています。

近久:大型施設でアンモニアを利用する可能性はありますが、安全性から見て市民がエンジン用の燃料としてアンモニアを利用することにはならないでしょう。市民はやはり水素を用いることになると思います。ここで、水素というとすぐに燃料電池を連想しますが、必ずしもその必要はなく、水素を燃料とする内燃機関も大いにあり得ると思います。例えばトラクターや芝刈り機あるいはオートバイなどは水素エンジンでも良いわけです。

黒坂:二酸化炭素と水素を原料として合成燃料を製造できますが、全体的な効率はかなり低くなりますので、よほど特殊な利用でない限り可能性はないと思います。

津島:電力が余るほどある場合には、それを利用して合成燃料を作ることもあり得るのではないでしょうか。元々は太陽エネルギーがスタートですので、そうした可能性もあるわけです。したがって、どのような境界条件でデザインを考えるかが重要です。

近久:確かに湯水のように電気がある場合にはそのようなことも可能になりますし、それによって温暖化するわけではありません。しかし、必要以上に風車や太陽電池が地表にならび、その意味で新たな環境破壊が生じるわけです。したがって考えの前提として、過大とならずに必要なだけの電力が再生可能エネルギーから供給され、それをベースに社会システムをデザインするということになろうと思います。

黒坂:これまで議論してきた将来社会ではさまざまな技術が必要となりますが、そのベースは既にあります。それらの技術を洗練させながら産業に結びつけていくことを考えるべきでしょう。日本には素材、部品、機器ユニットなど基本となる技術要素が高いレベルで揃っています。ディマンドコントロールなどの社会の中のシステム化の部分を強化すれば、新しい発明を含めて経済活性化に結びつけるポテンシャルは十分にあると思います。

近久:日本は基礎技術開発では先行するのに、最終的に産業化する段階で負けてしまうことが多かったのはなぜでしょうか。

黒坂:中国は政府が中心となって産業化を推進していることが日本と違いますし、ヨーロッパでは政府と科学者が連携して政策をリードしている特徴があります。

津島:確かにアメリカやヨーロッパでは科学者と政府が連携してCO2削減のための方向性を示している感があります。例えば、大規模電力貯蔵の研究開発などでは、基礎研究と応用研究のほか関連する業界を巻き込んだ実証実験などをバランスよく支援し、競わせながら成長を促しているように感じます。また、炭素税の導入や再生可能エネルギー優先買取りなどの制度を導入し、目的とする方向へ誘導するのが上手です。ヨーロッパでは本当に気候変動が市民の間で主たる話題になっているように思います。

黒坂:日本は合意形成がスタートになり、なかなか状況を変えるような新たな境界条件の設定に至らない特徴があります。その結果、大企業が頑張っている分野だけが競争力を持つ結果となっています。今まで議論したように、2050年の低炭素社会に向けて実に多くの産業化技術が生まれるのは明らかですので、単に難しいと考えるのではなく、チャンスだと考えて、政府と科学者ならびに産業界が連携してそうした方向に踏み出して欲しいものです。

機械学会は新エネルギー社会の形成に貢献できるか

近久:機械学会には今後、新エネルギー社会の形成に大いに貢献してもらいたいと思っていますが、その点はいかがですか。学術的な研究は積極的なのですが、このように政治や経済が関係するような曖昧な領域の研究は機械工学関係者はやりたがらない感があります。

津島:ある分析によると、歴史的に長い価値があり他領域との関連も広いような学術的な研究が日本では高く評価され研究者の数も多いのに対して、その逆のアイランド型と称される研究にはあまり積極的にならない傾向があるようです。

近久:まさしくその通りの傾向がありますね。学術的な研究をする一方でアイランド型の研究も行うような双峰的な研究をしてもらいたいものです。

黒坂:エネルギー関連分野は、社会のインフラ施設や工場の生産活動など、幅広い設備群と連携した最適化の問題ですから、そうした応用領域の研究は機械学会が最も近いように思います。必要とされるエネルギー関連設備は、導入コストの前提条件がどんどん変化しています。例えば、再生可能エネルギー設備は投資回収が長いので、耐久性の高い技術の開発研究を行ってもらいたいものです。

近久:電力系統と連系してどのようなエネルギー設備構成が社会的に最も合理的か知りたく思います。そのような解析研究も是非行ってもらいたいものです。

津島:再生可能エネルギーの導入が進むと余剰電力が多く発生するようになり、電力価値に関する境界条件も変わってきます。そうすると安い電力を利用して新しい物質を作るようなことも成立するようになります。特に電気化学反応は常温で、しかも時間応答性の高い反応ですから、余剰電力を使って廃棄物などから純度の高い物質や材料をつくりだすことも可能になるものと思います。世界に目を向ければ、すでに余剰電力発生時の電力価格が0円で取引される事態も生じています。このように境界条件の変化に応じた新たな技術の研究開発の可能性に溢れており、ものづくりを担う機械工学への期待は大きいと考えます。自分自身としても挑戦していきたいと思います。

近久:目先は混沌としていますが、2050年を対象とするとどのような社会にすべきかある程度見通せますし、そのための選択肢も限られてきます。例えば、経済性成立に関して科学的に無理がある技術や、現在のコストを意識し過ぎて脱炭素を達成する解になっていないものを除くと、選択肢は多くはありません。

しかし、政治が動かなければ巨大なマスは動きません。そのように考えるとこのような細々とした発信努力は虚しく感じますが、技術者が将来のエネルギーシステムに関する議論をもっと重ねて分かり易く提示すべきなのは当たり前です。また、そうしなければ社会も政治も動きません。引き続き本学会横断テーマ、および年次大会におけるフォーラムを継続し、少しでも方向性の提示に繋げていこうと考えていますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

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