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2023/2 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

脱炭素社会実現に向けた運輸部門の将来ビジョン

松橋 啓介(国立環境研究所)

脱炭素社会

脱温暖化から低炭素を経て脱炭素へ

2050年に日本でCO2排出量を1990年比60~80%削減する道筋を検討する研究が2004年度から5年間の環境研究総合推進費で行われた。その研究は、脱温暖化2050研究プロジェクトと呼ばれ、筆者は交通分野を担当した。2009年のG8サミットでは、先進国全体で80%またはそれ以上の目標とすることが合意された。その頃、目指す社会の姿は低炭素社会と呼ばれるようになっていた。

2015年のパリ協定採択を経て、菅総理大臣が2020年の臨時国会で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。これに続いて、多くの自治体もゼロカーボンシティを表明した。ネットゼロまたはカーボンニュートラルを目指す社会の姿は脱炭素社会と呼ばれるようになった。

脱炭素とは、脱温暖化と低炭素を足して二で割ったような表現だが、80%以上削減がネットゼロになることで、その実現のハードルは、非常に高くなったように感じられる。

十年一昔

右肩上がりから横ばいを経て大幅削減へ

図1は、低炭素社会を検討する際の考え方の参考として、将来像が急激に変化するさまを表している。縦軸は、日本の運輸部門CO2排出量を1990年の値を100%として表したものである。1980年頃の小さな横ばいを挟んで、ほぼ右肩上がりの増加が続いてきた。

最近10年間の傾向をもとに20年先を予測あるいは計画する場合、仮に2000年に身を置いてみると、予測や計画は右肩上がりのトレンドの延長となりやすいことが分かる。その5年後2005年時点では、直前10年間のデータは横ばいとなることから、予測ないし計画も横ばいあるいは微減を前提としたものとなりやすい。

さらに5年後の2010年時点では、直前10年間のデータは減少傾向であり、2000年をピークに減少に転じたようにも見える。その減少トレンドにもとづく2030年の40%削減の姿は、2050年の80%削減を前提としたバックキャストの道筋に接続するようにも見えてくる。

このように、2000年代の10年間に、20年先の運輸部門CO2排出量に関する予測や計画は、90年比で60%増加から40%削減へと極めて大きく変化したともいえる。統計からは、技術開発と個人選択の積み重ねによる燃費の向上や自動車走行量の低減がCO2削減につながったと考えられる。一方、国や自治体の交通や都市に関する計画は、その変化をとらえ、導く対応が十分できているだろうか。

その後2010年~2020年の実際のデータでは減少傾向が弱まり、計画からのギャップが生じている。目標の側はネットゼロへと厳しいものに変わっており、脱炭素社会の実現に向けた道筋を見つけることが困難な状態になっている。現時点で実現可能性が高い技術的な改良に限らず、まずは大幅削減に必要な構造的な変化を想定し、その次に実現に資する技術の実現可能性を検討してみることが必要と考えられる。

図1 低炭素社会に向けた考え方

運輸部門

人の移動と物の輸送で全排出量の約2割

図2に示す通り、2019年度の日本の部門別二酸化炭素排出量のうち、運輸部門が占める割合は18.6%である。そのうち、86%が自動車によるものである。ガソリンや軽油などの化石燃料からのCO2排出量の割合が高く、削減が難しいといわれている。ほかに、車両の製造や道路の建設などにかかる排出量は産業部門で計上されていて、脱炭素社会の実現に際しては、それらの材料の採掘や加工、製造に関する脱炭素化も必要になる。需要側からは、人や物、場所やサービスにアクセスするために移動や輸送が果たす役割は大きく、その大幅縮小を避けるために、通信を含めて脱炭素な代替手段を活用していくことが重要と考えられる。

輸送手段別のCO2排出量を比較すると、2019年度の値では自家用乗用車130g-CO2/人kmに対して鉄道17 g-CO2/人kmと約7倍の違いがある。乗合輸送機関は、一人あたりの空気抵抗や機械抵抗が相対的に少なく、鉄道では転がり摩擦もエネルギー効率も高い。そのため、一定の乗車率が見込まれる場合には、脱炭素に向けた輸送手段として乗合輸送機関が適しているといえる。

図2 運輸部門のCO2 排出量

脱炭素の方向性

ネガティブエミッション技術の導入も

脱炭素社会の実現のためには、電気と熱のそれぞれに①エネルギー消費量の削減、②エネルギーの低炭素化、さらに③利用エネルギーの熱から電気への転換を総合的に推進・強化することとともに、④ネガティブエミッション技術の導入が不可欠になる。ネガティブエミッション技術は、大気中のCO2を人為的に回収または吸収させ、それを再放出しない形で、長期的に貯留する技術・実践・行為である。例えば、植林・再植林、バイオ炭、土壌炭素貯留、湿地・沿岸再生(ブルーカーボン)、バイオマスエネルギー炭素回収貯留(BECCS)、風化促進、直接炭素貯留(DAC)、海洋アルカリ化、鉱物炭化などが含まれる。

2020年12月時点の国立環境研究所AIM(Asia-Pacific Integtated Model)による脱炭素社会の実現に関する試算では、運輸部門の2050年のエネルギー消費量は、電力、水素、合成燃料が大きな割合を占める。交通手段別には、社会変容と電化の効果を見込んだケースでも、貨物自動車、船舶、航空の合成燃料からのCO2が排出され、そのCO2を回収・貯留することが必要となる。

電動自動車

2035年までに新車の100%を電動化

2050年までに保有ベースの100%をバッテリー電気自動車あるいは燃料電池車などの電動自動車とするためには、車両の入れ替えには平均的な保有年数である10~15年程度かかることから、2035年よりも前の時点で新車ベースでの電動自動車のシェアを100%とする必要がある。仮に2035年に新車ベースでの電動自動車のシェアが50%となる場合には、2050年の保有ベースの電動自動車は80%にとどまり、ネガティブエミッション技術の導入がより多く必要となる。

2035年までに新車製造設備をすべて電動車両用に切り換えるための時間は10~15年程度しか猶予がない。そのことが明らかになった2020年頃になって、2035年頃までにすべての新車を電動自動車とする方向性が欧州を中心に急速に打ち出されたと考えられる。

図3は、ハイブリッド車の普及に関して、10~15年の間に前年比1.2倍のペースで生産設備を増強し、2020年に新車販売の100%をハイブリッド車とするシナリオ案である。実際には、政策的な目標とされた販売シェア50%ハイブリッド車に向けて推移した。電動自動車への切り替えでは、これよりも速いペースの持続が必要となる。

 

図3 ハイブリッド車販売のシナリオと実績

移動の脱炭素

需要側を含む対策の組合せ

脱炭素の方向性で述べたとおり、運輸部門のCO2排出量の大幅削減を実現するためには、エネルギーの低炭素化や電動自動車への転換だけでなく、エネルギー消費量の削減も必要である。また、CO2を排出するあるいは今より削減する交通手段の価格が高くなる場合、CO2を排出しない交通手段が選ばれやすくなると考えられる。

移動の脱炭素化の方法を詳しく見ていくと、図4に示すように、エネルギー消費量の削減についても、技術的な改良に加えて、効率的な使い方やモーダルシフト、移動にかかる距離を短くしたり、徒歩や自転車やICTを活用するなど、多面的な需要側の対策が必要となる(1)ことが分かる。

図4 移動の脱炭素の方法

地域別の対策

都市圏/地方、郊外の対策の組合せ

図5に示す通り、大都市圏と地方圏、またそれぞれの都市部と郊外部とでは、取り入れやすい対策の組合せが異なる(1)。大都市圏都市部では、加減速が多い低速での燃費改善による削減効果が期待される。大都市圏郊外部では駅周辺の再開発により、地方圏郊外部では生活圏の集約化により、徒歩に適した地区を形成することの削減効果が期待される。地方圏の都市部ではLRT(Light Rail Transit)により、郊外部では乗り合いタクシーにより、モーダルシフトをすることの削減効果が期待される。

図5 地域別の脱炭素対策の組合せ

地域イメージ

歩いて暮らせるまちづくり

電動自動車は、バッテリーの体積や重量に対するエネルギー密度が低い特性がある。そのため、単なる電気自動車よりも、小型化・軽量化を追及したパーソナルモビリティ、あるいは架線や急速充電によるLRTやバスの方が、普及の可能性が高くなる。電動アシスト自転車や台車は、荷物の配送にも使われている。

図6は、徒歩とLRT、自転車、パーソナルモビリティ、乗合タクシーなどの組合せで構成した、歩いて暮らせるまちのイメージ図である。水運、鉄道駅、幹線道路沿いに成長した各時代の中心地を公共交通軸で結び、その途中の住宅団地に小学校区などの日常生活圏を形成し、周辺の交通拠点からは農村コミュニティに乗合タクシーなどでアクセスできる。都市内緑地・農地を有するメリハリのある土地利用とし、数十万人規模の都市を想定している。

図6 歩いて暮らせるまちのイメージ図

気候市民会議

くじ引きで選ばれた市民が描く脱炭素の道筋

多くの自治体がゼロカーボンシティを宣言したが、その実現の道筋は明らかではなく、市民に広く共有されているとは言えない。こうした中、我が国では、札幌市と川崎市で気候市民会議の取組みが実施された。

気候市民会議とは、2050年カーボンニュートラル達成の手段を、くじ引きで声掛けした市民から人口構成などのバランスを考慮して選出した会議で議論し、多様な市民の最大公約数的な意見を見いだす方法である。トップダウン的な決め方が市民の強い反発を引き起こした反省から、フランスや英国で取り入れられ、各地の自治体に広がった。公募による参加とは異なり、参加日当を支払い、多様な市民の参加を期待するミニパブリックスの手法を用いる点が特徴である(2)

日本では

脱炭素かわさき市民会議2021の試み

2020年に札幌市で、2021年には川崎市で気候市民会議が行われた。2022年度には、武蔵野市と所沢市などでも実施された。筆者は、脱炭素かわさき市民会議に主催者の1人として関わり、また移動に関する情報提供と提案素案のとりまとめにも関わった。

図7の通り、3000人に郵送で参加を依頼し、75名が参加した。5月から10月の月1回土曜日の午後に会合を実施し、2回目まで情報提供、3~5回目に住まい、消費、移動に分かれて、提案づくりと投票を行った(3)。コロナ禍のため、第5回目まではオンラインであった。会場に移動する必要がないメリットの反面、反応が見えにくいデメリットがあった。

図7 脱炭素かわさき市民会議のスケジュール

市民提案

移動の脱炭素化に関する市民からの提案

移動のグループで出た意見は、図8の通りに整理した。全体は、公共交通機関が便利、徒歩・自転車で暮らせる、電気自動車が普及の3本の目指しているまちの姿とし、その下に、推進したい取組みを項目立てた。さらに、具体的な施策・提案のアイデアについては、現在の施策の比較を踏まえた文言の追加などを行った。

市民の確認を経て投票した結果は報告書として市長に提出し、川崎市地球温暖化対策推進基本計画の改定の他、各部局が脱炭素施策を実施する際の参考として活用されている。

多様な地域や国レベルでの気候市民会議を実施することで、ミニパブリックス手法の改善や施策の蓄積を行うとともに、地域特性に応じた脱炭素地域ロードマップの作成と実現を進めることが期待される。

図8 脱炭素かわさき市民会議:移動に関する提案の構成


参考文献

(1) 松橋啓介, 低炭素社会に向けた交通システムの将来ビジョンの構築について, 都市計画論文集, Vol.42, No.3, (2007), pp.889-894.

(2) 環境政策対話研究所, 欧州気候市民会議~脱炭素社会へのくじ引き民主主義の波, (2021).

(3) 地域脱炭素市民会議, 環境政策対話研究所
https://inst-dep.com/free/kawasaki9217391386(参照日2022年11月25日)


松橋 啓介

◎国立環境研究所 社会システム領域 室長

◎専門:都市工学、環境システム

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