特集 学会横断テーマ「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」
エネルギーシステムインテグレーション―システム変容における技術開発と社会実装―
はじめに
気候変動や人口増加が進展する中で求められる持続可能な社会を目指した取組みは、電力・エネルギー分野に大きな変容をもたらし、さまざまな構成要素とそれらが提供するものやサービスの価値が変化する。
本稿では、電力エネルギーシステムの変容から始め、確保すべき価値、戦略策定と計画、技術選択と取組み、脆弱性とシステムイノベーション、制度の役割について述べる。
電力・エネルギーシステムの変容
エネルギー需要の変化
1800年代以来、電気が広く使われるようになり、家庭、業務、産業、運輸のさまざまな分野において、従来のエネルギーの代替、あるいは新しい用途として電気の利用(電化)が拡大してきた。現在は、需要側での省エネルギーと化石資源の燃焼の削減、そして二酸化炭素排出のない再生可能エネルギー発電や原子力発電による電力の最大活用に向け、いっそうの電化が進められている(1)。
これから電気の利用が進展する分野としては、家庭・業務・産業におけるヒートポンプ、電磁加熱、電炉などの技術によるさまざまな温度帯での温熱供給や、運輸部門における電気自動車(EV:外部充電蓄電池などで走行)を始めとする移動体の分野が挙げられる。さらに、水素や合成燃料の製造、二酸化炭素の回収・貯蔵・処理(CCS: Carbon Capture and Storage)や大気中からの直接回収(DAC: Direct Air Capture)なども、新たな大規模な電力の需要となり、間接的な電化として運輸部門や産業部門の化石燃料の代替として電解水素などによる合成燃料の利用も期待されている。
再生可能エネルギー発電の大量導入
太陽からの放射や地球の熱や運動を起源とする再生可能エネルギーのうち、太陽光発電(PV)、風力発電(風力)は、多くの国・地域で大きな導入量が期待される。しかし、出力が時間や天気により大きく変動するPV・風力の大量導入が進むと、出力の変動性と不確実性による影響が増加し、火力発電の運転容量が減少してこれまで担ってきた調整力の提供が減少し、電力システムの需給調整が難しくなる。
分散型資源の大量導入
発電側で導入が進むPV・風力は、建物の屋根上の数kWのPVを始めとし、配電網あるいは低圧の送電線に接続される、多数の小容量の設備である。需要側では、住宅・業務用建物におけるヒートポンプ式の空調・給湯に加え、EV 充電器、定置式バッテリー、さらには工場の熱供給など、新たなニーズに対応した多様な小容量の技術が導入される。
これらの小容量で分散して配置される「分散型資源(Distributed resources)」のうち、PV・風力は、本来可能な発電出力の範囲内で、出力を調整することができる。需要側の分散型資源は、電気の利用の時間帯をシフトし、さらには使用量を細かく調整することもできる。このような分散型資源による出力(有効電力)に無効電力を加えたさまざまな調整機能は、発電側は発電量の一部の減少、需要側は使用ニーズの一部の制限を伴うが、需給バランスの維持に加え送配電網の過負荷や電圧の逸脱回避のための調整・制御など、電力システムの運用にさまざまな付加価値を提供する。分散型資源はエネルギーシステムにおける新たな能動的な要素となりこれを分散型資源の能動化あるいは需要の能動化と呼ぶ(2)(図1)。
図1 分散型資源の能動化
長期間のエネルギー貯蔵の必要性
大規模な導入が期待される二酸化炭素を排出しない一次エネルギー源は、現時点では、原子力と、再生可能エネルギーのうちPV・風力である。原子力は一定出力により経済性の高い発電ができ、PV・風力は日射や風の変動により出力が変動する。両者に共通する特性は、従来の水力・火力発電のように需要と供給を一致させる出力調整が難しいことである。原子力発電は一定の時間をかけて出力を増減することはできる、PV・風力は出力を抑制する、あるいは出力が抑制されていればそこから増加することもできる。しかし、原子力は出力変化で機器が疲労し(3)、原子力とPV・風力は可能な出力を使い切れず、利用率が低下するため、いずれも経済性が低下する。
さらに、一次エネルギーの安定供給では、現在は大量に利用している化石燃料の供給量の調整は、石油・石炭・ガスの投入量(採掘量や輸入量)の増/減で行われる。一次エネルギーにおけるPV・風力・原子力の割合が拡大すると、天気と時間による変動と、夏季や冬季の高需要と春夏の低需要の変動が増加し、化石燃料による調整が難しくなる。このため、PV・風力・原子力の割合の増加に伴い、ある段階までは需給バランスの課題が1分から数日の範囲の調整であるのに対し、その後は月間あるいは季節間など、より長期の需給の調整となり、大規模なエネルギー貯蔵技術の導入が必要となる。
電力システムのダイナミクスの質的変化
現行の電力システムは、定常状態では電圧・電流が商用周波数(50Hzや60Hz)の正弦波で、「電力(kW)」は一定の大きさの電圧のもとでその位相の差で発生する同期化力*1で主として送られ、電源事故や負荷脱落時においては需給のアンバランスを同期機の回転慣性が吸収して需給バランスを保つ、いわゆる「交流電力システム」*2である。この交流電力システムでは、現在は、従来型の火力・原子力・水力・揚水の発電機や需要側の大型電動機などの「同期機」がシステム全体の周波数と電圧の維持を担っている。これに対し、PV・風力、蓄電池、需要などのインバータ連系設備が増加すると同期機の運転容量が減少する。この結果、常時の周波数が変動しやすく、事故時の周波数変動も大きくなり大停電のリスクが増し、また、交流電圧の変動や波形の歪みの拡大や事故電流の減少による事故検出難などの、システムの質的変化と新たな技術課題が生じる。
先に述べた再生可能エネルギー発電では1分~数日変動、さらには数日~季節間の変動が課題であるのに対し、同機器の運転容量の減少は10ミリ秒~1分といったほぼ瞬時の応動を必要とする課題である。
また、エネルギーの市場化により、市場価格を通した需要と供給の反応では、人間の意思決定、行動の不確実性・予測を超えた反応などが発生し、市場制度の不完全性と重なり、システムのダイナミクスの変化を引き起こしている。
変容下の価値
変わらぬ基本的視点:S+3E
エネルギーを考える上では、安全性(S: Safety)を前提として三つのE、すなわち安定供給(Energy Security)、経済性(Economy)、環境性(Environment)の確保が目標であることは繰り返し認識され、さまざまな分野・レベルの取組みに反映されてきた。しかし、自然災害や戦争・紛争による世界規模での化石燃料の価格高騰と供給不安は、世界のエネルギー供給を不安定にし、安定供給について「レジリエンス(復元力)」という言葉を用いた議論が活発化している。これまでの安定供給の議論では、1980年代の中東域への1極集中の回避、一次エネルギーの多様化の考え方が組み入れられている。供給途絶などの安全保障の問題などの、国家の意思決定に関連する課題があることを再認識されている。
経済社会のエネルギーに対する依存度が増加し、とりわけ電化の進展により電力の供給不足の影響が大きくなるという状況変化のもとで、毎日のシステム運用では、供給側は社会経済全体の効率的かつ効果的な3Eの確保を目指すのに対し、需要側あるいは個別の需要は、それぞれが必要とするニーズにしたがって、分散型の技術の導入と供給不足時の需要の選別と、能動的な管理・制御が3Eの確保に重要となる。例えば、送配電網では設備故障や自然災害による停電をなくすことは困難であるが、ネットワーク側の故障の頻度の低減、影響範囲の縮小、復旧時間の短縮などと、需要側で選択された不可決な用途に対する分散型の電源や蓄電技術による最小限のエネルギー供給の確保により、経済性を維持しつつ供給側の停電による影響を最小化できる。エネルギーシステムの新たな姿を考えるにあたっては、常に3E+Sへ回帰することが重要である。
時空を越える
エネルギーはさまざまな資源・技術で生産されさまざまな用途で使われる。そのため、エネルギーを生産地から需要地に向けて運び一部を貯蔵することで、それぞれの場所の需要への安定な供給が可能になる。例えば、1800年代の燃料ガスは石炭から作られ、採掘・貯蔵された石炭の投入量により製造量を変化させることで、ガス供給は時間を越え、ガス管によるネットワークで空間を越えた。この基本的な構造は現在でも変わらない。天然ガスは燃料の採掘・液化・貯蔵と専用船による輸送、受け入れ基地の極低温タンクでの貯蔵、導管網による輸送によって、電力は水力発電の貯水、火力発電の燃料の輸入と貯蔵、そして揚水発電などの貯蔵設備を含む送配電網により時間と空間(時空)を越えている。石油は採掘と継続的なタンカー・パイプライン・タンクローリーによる輸送と各段階での貯蔵により時空を越えてきた。
地球温暖化対策への対応を進める過程では、時空を越える必要性とその対応はどう変わるだろうか。二酸化炭素を排出しない一次エネルギー源である再生可能エネルギーと原子力は、需要に応じて出力を変化させることは難しい。逆にPV・風力の出力は天気や時間により大きく変動し、その出力予測にも誤差が含まれる。これに対し、PV・風力の割合が増加し、1週間など日射や風が弱く他の電源で電力供給の減少を補えない場合、あるいは世界で生じつつある異常な猛暑あるいは極寒で需要が増加すると、電力の需給ひっ迫が起こる。他方、需要が少なくPVの出力が比較的大きい春・秋には電力が余剰する。夏は風力の出力が小さく、猛暑で冷房需要が増加しても同時にPVの出力は増加する。冬は風力の出力が大きくても寒波で暖房など温熱需要が増加すると同時にPVの出力が下がることが多く、需給のひっ迫はより深刻となる。
これらのエネルギー需給の不一致を解消するためには、個別の発電出力や需要の変動を広い地理的範囲で相殺し(ならし効果)、より広い範囲の需給調整の資源を取り込むための送配電網などネットワークの拡充や、需要の能動化による需要のシフト、PV・風力の出力制御、調整力供給の導入が経済性からまず有効である。次に、貯蔵技術としては、従来の揚水発電(貯蔵容量:最大入出力で約10時間)に対し、現在はバッテリー(貯蔵時間 最大入出力で数時間)の適用が有望である。しかし、今後はより長時間/長期間のエネルギー貯蔵で時間を超えることが必要となる。季節間のエネルギー貯蔵には当面は石油備蓄など化石燃料の貯蔵容量の確保は有効であるが、将来はこれに準ずる、常温・常圧でほぼ液体の物質の製造・貯蔵への期待は大きい(図2)。
このように、時空を越えることは、今後の毎日のエネルギー需給に加え、2050年に向かう長期の社会経済の構造変化において追加的に必要となる。さらに、既存の社会経済構造には、使用可能な資源や自然条件などの地域性がある一方、選択肢となる技術・制度・基本的な考え方などには共通の普遍性があり、将来は地域性と普遍性を活かした新たな社会経済構造への移行が重要である。
図2 エネルギー貯蔵技術の特性(荻本研究室)
戦略策定と設備・運用計画
戦略策定と設備計画
将来のエネルギーシステムへの移行過程では、エネルギーシステム全体の需給構造が変化するため、戦略策定においては、エネルギー全体さらには社会経済の条件の変化を対象とする必要がある。さらに、エネルギーの需給における電力のシェアの拡大に伴い、エネルギーシステム全体の分析・評価においても、電力システムについての時間および地理的粒度の高い分析・評価の重要性が増す。
このため、エネルギー戦略の策定に必要となる定量的な分析・評価では、多様な要素を包含したエネルギー全体と時間的・地理的粒度の高い電力分野のモデル化の双方が必要となり、二者を連携した検討(4)を行うことが効果的である(図3)。
戦略策定とそれに基づく設備計画では、エネルギー需給および電力需給の間の省エネルギー・電化・合成燃料の製造と利用、二酸化炭素の回収/貯蔵のための電力需要など、エネルギー全体と電力の相互の整合が必要であり、エネルギー全体と電力の検討を相互に組み合わせて検討(ソフトリンクと呼ぶ)を実施する手法がある(5)(6)。
供給「源」に議論が偏りがちな電力・エネルギー問題であるが、供給と需要の再配置が長期間に亘り発生するため、また供給と需要に加えて貯蔵の各技術を連系して先に述べた入出力の変動を相殺する、ならし効果を得るために、電力の送配電網、ガスの管網などのネットワークの検討が重要である。さらにネットワークを通して分散型資源からのさまざまなサービス(電力では調整力と呼ぶ)を利用すると共に、需要や供給の長い期間の増減や配置の変化に応じ、拡充あるいは縮小の設備計画が重要である。
さらに、戦略策定・設備計画には、従来の化石燃料の開発・投資に相当する上流部分に加え、カーボンニュートラルを目指す現在は、下流の二酸化炭素の回収・貯留や設備形成が含まれる。また蓄電池などに不可決なレアメタルなどの資源制約や循環利用、分散型資源の利用・管理・制御に不可決な情報インフラも設備形成の対象である。
図3 エネルギーと電力の連携解析
システム運用
エネルギーシステムは、毎日・毎時・瞬間の需要・供給・ネットワークの変化、例えば、燃料の輸送状況、発電所や送配電網の事故、PV・風力の毎日あるいは希な出力変動、燃料の価格変動や供給制約、気温や社会活動の変化による需要の増減、さらには供給およびネットワークの設備事故や自然災害の中で3E+Sを確保した運用が求められる。このシステム運用では、天気や燃料供給に関する長期・短期の予測から毎日のPV・風力の出力や需要の予測、リアルタイムのモニタリング情報に基づき、設備構成・補修スケジュール・燃料貯蔵量などのリソースの所与の条件のもとで、最適な運用計画とリアルタイム運用、定常的あるいは突発的な事象への対応が連続して行われる。運用の対象は、遠隔地からの燃料輸送、電力・ガスの製造から需要、送配電・ガス導管などのネットワークと広範である。
これからのエネルギーシステムでは、IoTや情報技術・インフラの発展により、無数の所有者の無数の小容量の分散型資源の活用が可能になる。電力の分散型資源は、自端で検出する電圧や周波数に基づく有効/無効電力の自律制御、電気料金や個別の需要予測に基づく個別管理、システム全体の最適化に基づく遠隔の管理・制御などにより運用され、電力を使用するとともに各種の調整力(7)を供給することができる。このような分散型資源の積極的な活用が、図1で述べた分散型資源の能動化である。この能動化では、分散型の多数の資源を管理制御するアグリゲーションの技術を確率することが新たに必要となる(8)。
分散型資源としての電源は、従来の火力、原子力発電などの集中型電源のように個別の設備事故が電力システム全体の需給に大きな影響を与えないという長所を持つ。しかし、インバータで連系されるPV・風力・蓄電池・HP給湯器などは、電圧や周波数の変動で広い地域の多数の一斉脱落を防ぐため、将来に亘り必要となる機器性能を事前に規定するグリッドコードが必要である。ユニット数が1,000のオーダーである集中型電源よりはるかに数が多く、100万台あるいは1,000万台に上る分散型資源が導入される状況では、それらが電力システムに悪影響を与えずその運用に貢献するようにするための施策は、集中型の設備の場合と大きく異なる、新たな運用体系の確立が必要となる。
変容のもとでの技術選択と取組み
技術評価・導入の考え方
地球温暖化対策の社会経済構造の大きな変化の下では、現在や近い将来の、あるいは技術の限られた面を見るのではなく、より広い視野で考える必要がある。エネルギー基本計画における2030年の電力需給の検討では、各種電源の固有のコストを評価した均等化コスト(LCOE)に加え、システム統合コストを反映した均等化コスト(LCOE*)の試算が示された(9)。これに対し図4では、PV・風力が大量導入された同じ条件のもとでヒートポンプ給湯沸き上げ・EV充電・EV充放電の最適化までを行った場合の、PVのLCOE*の試算例を示す(10)。
この図では、EV充電、充放電の活用により事業用PVのLCOE*が大きく減少するという、EVの充放電の時間シフトによる再生可能エネルギーの活用の大きな改善効果が示されている。この例のように、産業におけるプロセスの転換、製品での使用材料の変更、さらには社会経済構造の変化など、2050年など長期の検討では足下の状況にとらわれない、新たな価値を実現するより広い視野が求められる。
図4 事業用PV導入の統合コストを含む限界費用(LCOE*)のヒートポンプ給湯機とEV充放電の調整による低減効果
*1電力は、電圧の位相の差で流れる電流と電圧の積で与えられる。このため、交流の発電機や電動機が相対的に一定の位相差で回転する力が働き、その力を「同期化力」と呼ぶ。
*2変圧器により電圧を自由に変換できるなどの特性から、現時点では交流システムが電力システムの大きな割合を構成しており、現在は長距離の送電線や洋上風力から陸上までのケーブル送電に直流送電を用い、陸上の交流システムに組み合わせることが行われている。
継続的な取組み
地球温暖化対策の取組みは、複数世代に亘る継続的な取組みであり、足下の利害や価値観にとらわれない、より俯瞰的視点への回帰が不可決であり、以下の項目の実施が重要となる(11)。
1 長期の不確実性を克服する継続的改善の実施
2 エネルギーシステムインテグレーション
3 制度の改善による変容の牽引
4 データ収集・蓄積・ツールによる分析・活用
5 人材と組織機能の育成
このうち項目1では、2050年の目指す姿からのバックキャストと足下からのフォアキャストにより中間マイルストーンを設定し、時間軸上の優先順位を反映することでPDCAによる取組みを構造化することの重要性を述べている(図5)。
図5 カーボンニュートラルに向けた中間目標設定とPDCAによる取組み
移行過程の脆弱性とシステムイノベーション
移行過程の脆弱性
エネルギーシステムがカーボンニュートラルなど次の一定の安定状態に到達するまでの移行過程では、さまざまな変化要素が先行/遅行することで、安定供給の脆弱性が生じる(12)。例えば電力システムでは、先に述べたように、PV・風力の大量導入による発電出力の変動性・不確実性の増加と従来電源の減少による調整力・系統慣性・電圧安定性などの低下、長期の需給のミスマッチ、化石燃料市場の縮小がもたらす燃料の調達量の調整範囲の低下などが発生する。また、分散型資源の管理・制御の体系の確立が遅れると、無数の分散型資源の機能を活用できないことに加え管理制御ができない設備が増加し、送配電網の混雑が発生する。さらに、新たな電源の立地場所が従来と大きく異なることで、送配電網の不足と余剰が発生する。これらに、エネルギー貯蔵の制約、化石資源への投資の低下に伴う燃料の価格高騰や供給不足なども加わり、システム運用は複雑化しさまざまな対策を短時間で判断して実施することが必要となる。事故・災害によるエネルギーの供給途絶や悪天候や紛争にともなう恒常的な供給不足などの可能性が高まると、社会・経済への影響は大きくなる。
システムイノベーション
エネルギーシステムの変容による移行過程で避けられない脆弱性を克服するためには、多様で無数の分散型資源の能動化を含め、毎日のシステムを、安定かつ効率的・効果的に運用することが求められる。ここでは、機械は、定常的および一定の変動のもとで、事前の設計・ルール・学習などに基づく安定な意思決定が期待される。人間は、適切な情報収集とその判断結果を適切に反映する枠組みのもとで、過去の事例の乏しい状況に柔軟に対応することが期待される。
米国電力における独立システム運用者(ISO)は、市場運営とシステム運用に、混合整数非線形計画などの各種の数理的手法を駆使した運用システムによる、機械と人間の高度な協業を実践している(13)。運用システムは、数千の大規模発電所と数千の送電線・変電所の運用と需要の反応を数千の地点別価格によって結びつけ、安定運用の制約のもとで社会費用が最小となる設備運用を計画し実施する。近年では、PV・風力、蓄電池、需要側の設備については、分散型設備を最大活用するという政策(14)のもと、住宅や業務用建物のエネルギーマネジメントやEV充電管理に代表される、アグリゲータの管理・制御プラットフォームによる個別の管理・制御をISO のシステムと連携し、需給運用あるいは(送配電網の)系統運用に活用する試みも始められている。Internet of Things、すなわちネットワークに接続された「実物」の大規模な世界が展開しつつある。また、米国の天然ガスネットワークは採掘地点と需要を結ぶ巨大なネットワークを形成しているが、2014年の極渦(Polar Vortex)では、暖房需要の増加、ネットワークの障害によりガス不足、またガス不足と凍害による発電停止が発生し(15)、その後ガスと電力のネットワークが相互に協調する運用システムが構築された(16)。
安定需給の追求
現在進行中のエネルギーシステムの変容のもとでのエネルギーの「安定供給」の確保にあたって、需要側の対応を含めた「安定需給」の形に移行することが必要となる。安定需給では、エネルギーシステム全体の需給バランスに需要側が積極的な役割を果たし、停電においては需要の個別の必要性に応じて停電時の需要管理、最低限の供給手段の確保を目指す。従来あるいは新たに導入される需要や供給の設備の機能を活用し役割分担を行う安定需給の確立には、分散型資源を積極的に取り込むシステムイノベーションが不可決であり、その究極的な到達点の一つは、最適性とロバスト性を備えたシステムの構築である。通常時はより広い範囲のリソースを最適に運用することで効率性を追求する。これに対し災害発生などの異常時にはそれぞれの需要あるいは需要群がエネルギー需給を自律的に管理・制御して最低限のエネルギー利用を維持する。分散型資源の大量導入のもと、集中/分散のシステムが災害時の対応のための冗長性を維持しつつ協調するシステム、人間と機械がそれぞれの特性を活かした協業、そしてそのシステム全体を継続的に改善できる仕組みを内包することが、長期の温暖化対策を目指すシステム変容におけるこれからの移行期を乗り切る必須の条件と考えられる。
制度とその役割
自由化・市場化
1980 年代の英国で始められた市場の自由化の流れの中、エネルギー分野においては電力・ガスの自由化が世界の多くの国で行われた。自由化された市場では、価格シグナルが、毎日の取引や運用を最適化し、さらに長期の設備投資を牽引することが期待され、市場制度は価格シグナルにより短期、長期の価値を示すことが重要とされた。しかし、また、分散技術の大量導入の中、欧州や日本のエリア別の電力市場価格は地点別など地理的粒度を上げることが望ましい。また、欧・米・日本を含め現在の世界の多くの卸電力市場で、可変費がゼロのPV・風力の大量導入により市場価格が低下し、ゼロあるいは別途の買い取り価格などがある場合は負の値も出る。一方、石炭・ガスなどの価格高騰で電力・ガスの価格の高騰も大きな社会問題になっている。
このような中、従来の市場メカニズムでは長期の設備形成を確保できず、また適切な地点への立地の誘導も困難な状況が顕在化し、さらに自由化のもとでは事業者は技術開発など長期の投資は難しい。このため、現行の諸制度の問題を解決すべく、市場制度の再設計の議論が始まっている。
グリッドコード
分散型資源の大量導入にあたっては、いったん設置された分散型の機器・設備を改修することはコスト面から難しいため、先に述べた一斉脱落を防止する機能を始め、将来必要となる機能はあらかじめ備えておくことが必要となる。これを実現するためのルールはグリッドコード(17)などと呼ばれ、欧米でその制定、運用が先行している。グリッドコードは、設備の導入普及と使用期間を考えると、10~20 年先までの設備の運用と維持・管理に必要な内容であること求められ、産業競争力にも直結する重要な制度である。
おわりに
電力エネルギーシステムの変容から、確保すべき価値、戦略策定と計画、技術選択と取組み、脆弱性とシステムイノベーション、制度の役割を概観した。読者諸氏の参考となれば幸いである。
なお、本稿では、電力・エネルギーシステムと経済・社会活動全般を大きく変えつつある基礎技術であるデジタル化とそれに伴うサイバーセキュリティについては触れていない。また、材料技術による大きな技術革新の可能性などについても触れられていない。経済・社会活動と密接に結びついている電力・エネルギーを考えるためには、ここで触れていない多くのその他視点を加えて考える必要があることをお断りする。
参考文献
(1) 荻本和彦, 電力システム・再エネインテグレーションの将来, 電気学会全国大会 講演論文集 シンポジウムH4_3 (2019).
(2) 荻本和彦, 岩船由美子, 片岡和人, 池上貴志, 八木田克英: 電力需給調整力向上に向けた集中・分散エネルギーマジメントの協調モデル_荻本_電気学会 B部門大会講演論文集,I-16 (2011).
(3) INTERNATIONAL ATOMIC ENERGY AGENCY: Non-baseload Operation in Nuclear Power Plants: Load Following and Frequency Control Modes of Flexible Operation, IAEA Nuclear Energy Series No. NP-T-3.23 (2018)
(4) 荻本和彦, 赤井誠, 近藤康彦, 末広茂, 黒沢厚志, 電力需給計画モデルとエネルギー計画モデルの連携による長期電力需給解析, エネルギー・資源学会第28回研究発表会講演論文集,15-4 (2009).
(5) 井上智弘, 黒沢厚志, 加藤悦史, 荻本和彦, 岩船由美子, 山口容平, 内田英明, 太田 豊, 下田吉之, ソフトリンクによる2050年のエネルギー需給分析: (1)民生需要変化を考慮したシナリオとその評価,エネルギー・資源学会第39回コンファレンス講演論文集, 5-1(2023).
(6) 荻本和彦, 岩船由美子, 竹内知哉, 瀬川周平, 東仁, 井上智弘, 黒沢厚志, 加藤悦史, 山口容平, 内田英明, 太田 豊, 下田吉之, ソフトリンクによる2050年のエネルギー需給分析: (2)民生需要変化の電力需給への影響評価, エネルギー・資源学会第39回コンファレンス講演論文集, 5-2, (2023).
(7) 資源エネルギー庁第28回電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会資料5 需給調整市場について, (2019).
(8) Y. Iwafune, K. Ogimoto, Y. Kobayashi, K. Suzuki, Y. Shimoda, Aggregation model of various demand-side energy resources in the day-ahead electricity market and imbalance pricing system, Electrical Power & Energy Systems, Vol.147(2023), 108875.
(9) 資源エネルギー庁:第8回発電コスト検証ワーキンググループ 資料1 システム統合を反映した限界費用の試算について(荻本委員提出資料), (2021), https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/2021/008.html (参照日2022.12.10).
(10) 荻本和彦, 岩船由美子, 松尾雄司, 礒永彰, 東仁, 福留潔, システム統合による限界費用を含む発電コストの分析, エネルギー・資源学会第39回コンファレンス講演論文集, 9-3, (2022).
(11) 東京大学エネルギーシステムインテグレーション社会連携研究部門:提言 カーボンニュートラルに向けたシステムインテグレーションの取り組み, (2021), http://www.esisyab.iis.u-tokyo.ac.jp/html/activity-status.html(参照日2022年12月15日).
(12) 荻本和彦, 岩船由美子,脱炭素時代のエネルギーの安定供給を考える,エネルギー・資源学会 第40回研究発表会講演論文集12-4 (2021), p318-323
(13) Federal Energy Regulatory Commission: Increasing Efficiency through Improved Software, https://www.ferc.gov/power-sales-and-markets/increasing-efficiency-through-improved-software (参照日2022年12月15日).
(14) Federal Energy Regulatory Commission: FERC Order No. 2222: Fact Sheet,
https://ferc.gov/media/ferc-order-no-2222-fact-sheet (参照日2012年12月15日).
(15) NERC: January 2014 Polar Vortex Review,
https://www.nerc.com/pa/rrm/Pages/January-2014-Polar-Vortex-Review.aspx (参照日2022年12月10日).
(16) Federal Energy Regulatory Commission: FERC Approves Final Rule to Improve Gas-Electric Coordination, (2015),
https://www.ferc.gov/news-events/news/ferc-approves-final-rule-improve-gas-electric-coordination (参照日2022年12月10日).
(17) 荻本和彦, 占部千由,グリッドコードの意義と取り組み, 太陽エネルギー学会誌, Vol.46, No.1(2020), pp7-13.
荻本 和彦
◎東京大学 生産技術研究所エネルギーシステムインテグレーション
社会連携研究部門 特任教授
◎専門:エネルギーシステムインテグレーション