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2023/1 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」

機械・インフラ監視におけるセンサ端末

冨澤 泰〔(株)東芝〕

はじめに

2019年度年次大会の理事会企画OSに端を発する一連の学会横断テーマの活動は、これまでの日本機械学会のあり方に対して一石を投じる、大変意義深いものであった。テーマリーダである井原先生のリーダーシップと、企画チームの井上先生の絶妙なファシリテーションのもと、多くの部門や他学会の有識者とのディスカッションを通じて、日本機械学会、ひいては日本社会が抱える多くの課題が明らかになった。その中には、我々の社会の構造的な課題、さらに言えば、我々日本人が日本人であるが故の文化的な背景に根差すような根源的な課題も含まれていたと感じている。

ただ、こうした課題の数々は、むしろ本特集を通じて井原先生自らや、企画チームの他の先生方に語っていただくのが望ましいだろう。そこで本稿においては、筆者の所属である情報・知能・精密機器部門のアクティビティの観点から、これまでの横断テーマの議論の中であまり扱われることのなかった、機械・インフラのヘルスモニタリングに用いるセンサおよびセンサ端末に関してコメントさせていただきたい。

革新的センサの重要性と課題

機械やインフラのヘルスモニタリングにおいて、既存のパラメータから構築されたモデルに基づく予測だけでは、どうしても推定ができないクリティカルなパラメータがしばしば存在する。このようなパラメータをピンポイントで直接計測可能な、「これまで測れなかったものを測れる革新的センサ」が実現できれば、ヘルスモニタリングの性能を抜本的に向上させる切り札となり得る。こうしたことを背景に、情報・知能・精密機器部門やマイクロ・ナノ工学部門など多くの部門で、ゲームチェンジングな革新的センサの開発が盛んに行われている。

しかし、極めて尖った性能を有する革新的センサは、従来のエンジニアリングの範疇を超えた特殊な物理現象を用いたり、限定的な動作環境でのみその真の性能が発揮されたりするケースが多々あることから、往々にして「長期信頼性」や「耐環境安定性」といったキーワードとはトレードオフの関係にある。センサ端末を用いた機械・インフラのヘルスモニタリングがしばしば「まるでセンサ端末自体のヘルスモニタリングをしているようだ」と揶揄される所以である。

このため、革新的センサを社会実装する際には、どうしてもある程度の誤検出や誤動作のリスクを許容した上で、システム全体でヘルスモニタリングの信頼性を担保するような仕組みが求められる。結果的に、トータルで見たときの保守・保全コストが下がればOKという考え方である。

ただ、年次大会ワークショップでも課題として挙がっていたが、総じて日本社会は常に「絶対」を求めがちなあまり、利便性の対価としてどこまでのリスクが「受け入れ可能」なのかというガイドラインの線引きが不得手である。ユーザサイドの自発的な受け入れ努力に依存している限り、劇的な状況改善はなかなか望めないものと思われる。

センサ端末のプラットフォーム化

上述した「受け入れ可能」なガイドラインをシステムレベルで速やかに策定し、革新的センサの社会実装を加速していくためには、センサおよびセンサ端末の規格がある程度標準化され、さらにシステム側・ソフトウェア側と併せてプラットフォーム化されていることが望ましい。このような考えのもと、センサ端末の標準化・プラットフォーム化を目的としたコンソーシアムや、そのためのプロジェクトが過去に数多く設立されてきた。最近では、5か年に及ぶ「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/フィジカル空間デジタルデータ処理基盤」の成果として構築されたエッジプラットフォームについて、産学主導のコンソーシアムによる普及促進活動が開始されている(1)

しかし、元来センサおよびセンサ端末は日本が非常に強い産業競争力を有する分野であり、優れた技術力の企業が国内に数多く存在しているがゆえに、かえって突出したプレーヤーが現れず、デファクトスタンダードが形成されにくい。また、競合企業同士が集まったコンソーシアムにおける議論も、おのずと表層的なものになりがちである。昨今のDX化の流れを受けて、もはやプラットフォームは協調領域から競争領域に属するものとなり、むしろプラットフォームこそが企業の競争力の源泉そのものであるという認識が広まりつつある中で、他社が主導するプラットフォームに乗るという判断も容易には下せないものだ。

しかしながら、このような日本国内での群雄割拠状態の行きつく先には、かつてのパソコンや携帯端末のように、海外の有力なソフトウェアプラットフォーマーの規格に準拠した安価なセンサ端末が乱立するという未来が見え隠れする。我々の生活を支えるインフラの保守・保全を、海外製の安価なセンサ端末と海外の巨大プラットフォーマーに握られるという未来は、多くの日本国民にとって望ましいものではないだろう。

日本機械学会への期待

これまで述べたような課題は、そもそもの発端が顧客からの要求や企業同士の自由競争に立脚していることから、民間企業主導の努力だけでは解決が難しい部分があると考えられる。したがって、どうしても国主導によるガイドラインの策定やデジュールスタンダードの制定、相応のインセンティブを伴うそれらの普及促進、といった動きを期待したい面がある。とはいえ、結果として特定の企業を利することになるような活動はともすると民業圧迫と言われかねず、国が主体的に動くことは困難を伴うものと予想される。

このように「産」と「官」が思うように動けない局面において、中立的な有識者・専門家の集団であるところの「学」、すなわち日本機械学会が果たせる役割は決して小さくないのではないか。例えば、学会内の複数の部門ならびに他学会との横断的な議論によって定められたガイドラインや、学術的知見に基づいて客観的に判定されたプラットフォームの技術的優劣は、「官」の活動方向を定めるにあたって十分な指針となり得るだろう。

もちろん、学会内でこのような議論を行うにあたっては、数多くの企業所属の会員が主体となって、自社のセンサ端末やプラットフォームの優位性についての積極的なアピール合戦が行われることになる。これを、本来の学会の役割から逸脱したものだと感じる方もおられるかもしれない。しかし、企業所属の会員数の増員というスローガンが叫ばれて久しい中、日本機械学会の将来を見据える上で、こうした新しい形での学会と企業のかかわり方も決して否定されるべきものではないはずである。


参考文献

(1) エッジプラットフォームコンソーシアム プレスリリース, https://www.epfc.jp/wp-content/uploads/2022/04/New-EPFC_Press_Rerease_Document20220414.pdf (参照日2022年10月27日)


<フェロー>

冨澤 泰

◎(株)東芝 研究開発センター 研究主幹

◎専門:MEMS、マイクロメカニクス、センシングシステム

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