特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」
エンジニア塾
はじめに
「エンジニア塾」を始めた経緯
JSME関東支部シニア会にて2021年度より「エンジニア塾」を小学生対象に開始して、本年で2年目を迎えた(1)。
4月に募集を関東支部内で開始し、約10名の応募者に対して、ものづくり、科学館などの見学、シニア会メンバーのエンジニア体験談、大学生との交流会、ことづくり事例の紹介などを約1年掛けて行っている。まだ、始めたばかり、大きな成果はこれからという段階ではあるが、本会に将来のエンジニアを目指す小学生への応援団を設けることは良い取組みであると考えている。なお、名称は日本では技術者を幅広く定義する傾向があり、ここでは「エンジニア」として、企画・開発・設計力を有する人材の意味としている(2)。
この塾を本会で始めるにあたって、人材育成・活躍支援委員会(東京理科大 山本委員長)で「未来を担う技術人材の育成」(3)をテーマに議論したことが発端である。
また、その基本となる取組みは、筆者が企業の研修担当部門で新入社員研修を実施した経験(4)、工学院大学で小中学生を対象とした夏のイベント「わくわく科学教室」(5)で指導した経験、および同大学院で指導を行ってきた日本企業経営分析から、エンジニアをどのように育成すべきかという研究テーマ(6)の集大成である。
大学での理工系離れ
1980年代以降の継続的な理工系離れ
1949年の新制大学が発足当初、入学者数は約8万人、1990年には約50万人、2000年以降は約60万人前後で推移し、近年は若干増加している(7)。
しかし、理工系の入学者数は、他分野と比較して、2000年以降明らかに減少傾向(図1)、入学者比率も1990年(22%)以降は減少傾向で2020年(17%)となっている。
前述の通り、全入学者数は微増であるのに対して、理工系の入学者数が減少していることは、日本が科学技術立国を称していることに逆行する現象である。
この背景を分析し、次の三つの仮説を考えた。
仮説1:高等学校での早期進路決定(1年生後半)
仮説2:家庭内での選択指導(文系優先)
仮説3:理工系の仕事を本人も両親も知らない
仮説1について、高校の教員の多くが教育学科または文系で教職課程を卒業された方々で、理工系に親近感が少ない。また、理科を担当する教員数は少なく、またその多くが教育学学科の卒業生であることが要因と想定。この結果、理工系科目での受験指導が少なくなる傾向をもたらしている。
仮説2について、図1の通り大学生の過半数が人文・社会、家政、教育などの文系であり、子供達の両親の少なくとも半分以上は、文系出身と推察できる。自分の学んだ分野へ子供を誘導する可能性が高いと想定できる。
仮説3について、子供の周辺にいる大人は両親、先生、商店、医者、スポーツ選手などであり、理工系の人達が働いている姿を間近で見る機会はほとんどない。両親も同様にどのような仕事をしているか知る機会も少ない(企業などで一緒に働いている場合を除いて)。
これらの仮説に基づいて、理工系離れを防止する施策を特に仮説2、3を対象として検討した。
図1 大学入学者数の推移1950-2020年(学部別)
表1 「大人になったらなりたいもの」アンケート結果
まず、工学院大学で行っている子供向けイベントで、アンケートを実施した。大学が工学系であり、若干理工系へ有意に偏る可能性はあるが、2014年8月に参加した子供達が工作を行っている時間(約30分)に保護者対象にアンケートを行った。もし、「小学生向けエンジニア塾」を開催したら、子供を参加させたいかと問いに、83%(60名中50名が参加希望)と高い支持を得た。引率者の多くが母親であったことから、仮説2については、子供達が理工系を希望する場合には、逆に応援する可能性があることが分かった(5)(6)。
また、仮説3について、第一生命保険(株)が1989年以来30年以上継続して調査している「大人になったらなりたいもの」アンケートの結果に基づいて検討した(8)。
これは、小中高生の男女計3,000名に対して実施、小学生対象(3-6年生)33回分の平均値%と順位を表2に示す。上位は、男子は、スポーツ選手や警察官、女子は食べ物屋さん、保育園などの先生、看護師など子供に身近な職業が上位を占めてきた。しかし、2020年以降、会社員が男性1位、女子4位に出現し、平均値でも上位となっている。会社員が上位になった背景には、コロナ禍で両親が自宅で仕事をしている状況があると思われる。
仮説3は、仕事をしている様子や仕事の内容を子供達に伝えることで、将来の仕事として選ぶ可能性を示している。
仮説1以外への対策として、子供と両親を含めた家庭へエンジニアの仕事を知らせることが、理工系離れの防止かつ仕事としての憧れを抱くことへの大きな要因であると考えた。
なお、仮説1については、文科省が2002年より推進しているスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の活動が普及していることで、高校教員が理工系への進学指導に従来より積極的に取り組んでおり、改善の方向が期待される(9)。
これらを踏まえて、小学生対象とする科学知識習得やエンジニアの活躍事例を身近に知る機会を積極的に提供する「エンジニア塾」を提案した。なお、従来から子供向け科学イベントは、いろいろな企画で各種行われているが、その都度イベントに参加するのみで体系的な教育となっていないことが課題と考えた。そこで、「エンジニア塾」も、バイオリン教室などの「習い事」と同じ位置付けとする案を提案した(図2)。
「エンジニア塾」の実行にあたって、企画案を2019年ら、人材育成・活躍支援委員会にて検討し、2021年に関東支部シニア会主催でトライアル実施することとした。
図2 「エンジニア塾」の位置付け
「エンジニア塾」の概要
2021年からの「エンジニア塾」の実施状況と参加者、保護者からの意見
2021年4月にパンフレット(図3)を関東支部会員に配布し、あわせて関東支部シニア会HPにて募集を行った。
参加費は、各イベントの実費を年間約8,000円程度負担頂き、シニア会メンバーの活動費は支部予算より50,000円支出する予算案にて実施する計画とした。
2021年度「エンジニア塾」活動スケジュール(表2)、および2021年と2022年参加者の学年別内訳(表3)である。
2021年度の参加者全員が東京都内からの参加、新型コロナウイルスの蔓延防止策下で、都県を越えた移動を禁じられているなどの対面活動禁止の環境で活動を開始し、結果的にすべてのイベントをWebでの実施とした。なお、参加者全員がJSMEジュニア会友への登録者である。
図3 「エンジニア塾」パンフレット
表2 「エンジニア塾」(2021年)実施スケジュール
*1 東京ブロック主催行事
表3 「エンジニア塾」参加者数(2021,22年)
入校式(参加者6名、別途1名実施)
「エンジニア塾」の狙いを、参加者と保護者へ説明。
(1)エンジニアを知って欲しい、エンジニアは、人類の健康と福祉、社会の安全と地球の持続性に貢献する職業
(2)小学校から中学・高校を通じて、科学に興味を持って、大学で工学を学ぶこと
(3)工学系の大学生がどのような勉強をしているかを聞くこと、先輩エンジニアの仕事紹介で、どのような職業かを知ること
(4)その結果、エンジニアになりたいと思うことを期待
そのため1年間で、参加者がいろいろなイベントを通じて、科学と工学を理解できる企画内容を説明。
工場・科学館などの見学
エンジニアの仕事を理解するための企業・工場の見学と、科学・工学への興味を促進する科学館や博物館などの見学(Webおよび現地のお勧め候補;表4)。
表4 見学候補施設の概要リスト抜粋(関東地区およびWeb)
ロボット作り
(関東支部東京ブロック主催行事)
ものづくりの楽しみを知るため、ロボット教室に参加。
Webにて先生方の指導により、ラインをトレースするロボット用走行制御ソフト作りを体験(図4)。
図4 ライン・トレースロボット〔ヴイストン(株)〕
エンジニア講演、見学へのアドバイスと学生交流会
シニア会メンバーによる講演と、見学レポート、ロボット作りレポートに対するアドバイス(図5)。学生会に依頼し、大学生達が、なぜ機械工学を選んだかなど意見交換。
図5 参加者への個別アドバイス例
ことつくりと学生交流会
シニア会メンバーによる講演と、大学イベント参加報告(Webおよび現地)および学生達との意見交換。
さらに今後のエンジニアが取り組むべき大きな課題である「ことつくり」について、JSMEが毎年募集している「絵画コンテスト」を参考として、どのような「こと」を参加者が実現したいか意見交換。
修了式
修了書は事前に参加者へ郵送し、当日はWeb開催で本人と保護者の「エンジニア塾」に参加した感想・意見交換。
修了書と修了式の状況(Web画面)である(図6)。
年間5回のイベントを通じて、小学生に科学技術への興味喚起と、エンジニアの仕事を若干でも理解できる機会を提供することができた。一方、コロナの影響で、Web開催か現地開催かなどの検討があり、イベントの実施スケジュールが直前まで決定できず、参加者数が少ないこともあった。
図6 「エンジニア塾」修了書と修了式(2021年度)
参加者〇および保護者◎からの主な意見
良かった点
〇◎エンジニアが創造的な仕事であることが分かった
〇◎「ことつくり」が分かった、興味を持った
〇自動車の動く仕組みが分かった
〇ソフトウェアを作ることができた
◎エンジニアに興味を持つ切掛、良い機会であった
◎科学館などへ親子で一緒に行けた
◎企業が多数の情報をWeb発信していることを知った
改善すべき点:Webより対面が良い
〇◎講演やロボット作りは、やはり対面で行いたかった
〇◎工場見学、大学祭などに実際に参加したかった
2022年度は、コロナ禍であるが「エンジニア塾」を、一部対面(入校式)を導入して実施中である。
参加者は申し込みが当初10名、但し諸般の事情で2名が抜けたが、8名(6家族)を対象として、各イベントを2021年度実施内容への参加者コメントを反映した改善を行いながら、活動実施中である。
「エンジニア塾」の今後について
2023年以降の「エンジニア塾」の実施へ向けた提案
関東支部シニア会主催の「エンジニア塾」は小規模ながら順調に発足することができた。今後の課題として、
(1)「エンジニア塾」の参加者同士のコミュニケーション拡大
(2)「エンジニア塾」の参加者数の増加
(3)「エンジニア塾」の実施地域・範囲の拡大
(4)「エンジニア塾」参加者の経年的なフォロー
2021年「エンジニア塾」はすべてWeb開催であったため、参加者と保護者が各イベントを通じて、親の仕事や、ものづくりなどについての会話を、家庭内で積極的に図られた点は、評価できる。一方、参加者同士の交流がWeb利用でほとんど行うことができなかったことが反省点である。今後はWebと対面を組み合わせたイベント開催で、学年を越えたコミュニケーション・交流ができる工夫を図る予定。なお、これについては、コロナ禍、学校教育現場で得られたノウハウの活用を検討し、導入を図る予定である。
参加者数の増加については、対面での活動を想定すると、ロボット作りや工場見学、大学祭などへの参加対応などでの人員不足が懸念され、シニア会メンバーの活動では、現行の2倍、約20名程度が限度であると想定している。
関東支部内での参加者募集は、シニア会ホームページや会員向けメールから、本部、支部ホームページへの掲載などPR手段の改善で、年間20名程度を集めることは可能と考える。
また、応募者が大幅に増加した場合には、2-3組のチームを編成する対応策をあらかじめ検討しておく必要がある。
実施範囲の拡大については、各支部で子供向けイベントが各種行われている状況を踏まえて、各活動を「エンジニア塾」の名称で括ることを検討する。共通イベントをWeb経由で行い、各地で実施している対面イベントと有機的に組み合わせて、エンジニアの仕事を理解する場の提供を検討する。
なお、「エンジニア塾」全国的な展開を図るには、JSME全体の取組みとして、機械工学振興事業資金の支援を得るなどして、活動規模の拡大を図る検討も必要である。関東支部活動では、Web活動が主体であるため、現状、年間数万円の支出であったが、対面イベントを各支部で実施すると会場使用料などの経費が格段に増加することが予想される。
「エンジニア塾」への参加者を全員ジュニア会友となることを義務付け、連絡先(住所、メールアドレスなど)を本会事務局で把握する。このデータに基づいて、1回/年の経年アンケートを実施することで、小学生から大学生までの動向を把握するとともに、本会の活動状況〔学生会、日本女性技術者フォーラム(JWEF)など〕を提供することで、機械系エンジニアになりたいと思う機会を増やすことができる。
「エンジニア塾」は、まだ2年目の活動であり、JSME全体に展開する際は、検討・解決すべき課題が多種・多数ある。
会員の皆様方のご協力を宜しくお願いする次第である。
「エンジニア塾」活動へのご協力について
2021年から関東支部シニア会で「エンジニア塾」を企画・検討、運営に当たって、人材育成・活躍支援委員会の山本委員長、関東支部シニア会の本阿弥初代会長、村上第二代会長、鳥毛第四代会長、野口第二代幹事、高屋第三代幹事をはじめとするシニア会運営委員の方々、学生会の皆様に大変お世話になり、ご支援頂きましたこと感謝申し上げる。また、工学院大学で、本「エンジニア塾」の基本となる研究を担当した安井氏、指導に協力頂いた雑賀先生に感謝申し上げる。
参考文献
(1) 中山良一, エンジニアへの第一歩 エンジニア塾から,日本機械学会誌, Vol.124, No.1234(2021) , pp.54.
(2) 大橋秀雄,これからの技術者(2005年) , pp.30-32.
(3) 山本誠,2021年度「学会横断テーマ」 未来を担う技術人材の育成, 日本機械学会誌, Vol.124, No.1233(2021) , pp.18-21.
(4) 中山良一,東芝におけるインターシップと大学における企業教育,工学教育, Vol.53,No.3(2004) , pp.113-115.
(5) 安井涼恭,中山良一,日本における新たな小学生向け工学教育モデルの提案,工学教育研究講演会(2014) , pp.558-559.
(6) 中山良一,安井涼恭,雑賀高,小学生向け「エンジニア塾」の提案,日本機械学会関東支部第21期講演会講演論文(2015) ,10207.
(7) 文部科学省,データベース「学校基本統計」より作成.
(8) 第33回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表など,第一生命険会社
https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/news/pdf/2021_072.pdf など(参照日2022年9月17日)
(9) 文部科学省,スーパーサイエンスハイスクール(SSH)支援事業の 今後の方向性等に関する有識者会議 第二次報告書https://www.mext.go.jp/content/20210701-mxt_kiban01-000016309_0.pdf (参照日2022年9月17日)
<名誉員>
中山 良一
◎元 工学院大学 教授、元 (株)東芝
◎専門:技術経営、工学教育、ロボット工学
キーワード:学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」