特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」
ジョブ型社会への変化、今後の働き方、求められる人材
働き方をめぐる社会の変化
変わらざるを得ない社会・組織・個人
近年、人事を巡る話題において「ジョブ型」がキーワードになっている。本稿は、ジョブ型が叫ばれている背景について、社会の変化とそれに対応する企業や人事の変化から丁寧に解きほぐした後に、これからの時代の働き方や求められる人材を解き明かすことを目的とする。
私たちの働き方や生き方に関するこれまでの固定観念は、3つの要因による不可逆的な変化により崩壊しつつある。
第1に「第4次産業革命」により、技術革新の急速な進展に伴い、社会が急速に変化していることが挙げられる。第4次産業革命は、IoT(Internet of Things)、AI(Artificial Intelligence)、Big Data、Robotがけん引している技術革命である。これらの技術が普及することで開発コストが軽減され、失敗コストも低下することで参入障壁が下がり、技術さえあれば誰もが低開発コストで消費者のニーズに即座に対応できるようになった。特にAIはさまざまな産業との結びつきを強めて「x-Tech」とも呼ばれる新たな潮流を生み出してさまざまなサービスに実装され、既存産業を脅かしている。2022年5月に経済産業省が公表した「未来人材ビジョン」によれば、AIやロボットに代替しづらい職種や新たな技術開発を担う職種で雇用が増加することや、職種構成の内訳が各産業の雇用の増減に大きく影響することが示されている。
第2に、「人口減少」により、さまざまな仕組みにひずみが生じつつあることが挙げられる。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」によれば、日本の人口は2065年にも9千万人を割り込み、その時点で約40%の人が65歳以上と予測されている。近年、出生数は減少し続ける一方で死亡数は増加していることから、人口の自然減はいっそう加速している。さらに、長寿化・高齢化により人口の年齢構成が変化することから、若年・中堅の年齢層を中心として労働力人口はさらに希少性を増すこととなる。このため、企業が提供するサービスや社会保障は、現状を維持するために必要な人材すら確保できない可能性がある。
第3に、「働き方改革」により、企業や労働者において、労働に対する価値観が大きく変化していることが挙げられる。2017年に政府がとりまとめた「働き方改革実行計画」を踏まえて2018年に労働関連の法律改正が行われ、長時間労働への規制や柔軟な働き方の環境整備が進んだ。特に、長時間労働の規制は、これまでの無限定に働いて勤続年数や勤務時間を評価する勤労観からの脱却を迫られることとなり、限られた時間の中で生み出した成果や生産性による評価を余儀なくされている。また、職場における育児や介護への配慮も進み、副業・兼業の解禁などの取組みも進んでおり、各々のライフステージやキャリアプランに応じた柔軟な働き方の選択が可能になりつつある。
これらの変化は、個人の働き方や生き方にも大きく影響している。Gratton & Scott(1)は、人生モデルが大きく変化していることを指摘している。すなわち、これまでの伝統的な人生モデルは、社会的に分業が進んだ人生モデルであり、教育課程を経て職を得れば、その仕事を引退するまで続けるという①教育、②仕事、③引退の3ステージモデルであった。しかし、テクノロジーの発達と長寿化により、教育段階で獲得した知識や能力が引退まで使い続けられるものではなくなったことから、職を得てからも継続的に知識や能力を更新していく必要性が生じた。さらに、結婚・出産・育児・介護など個人のライフスタイルも変化するので、それぞれのステージに合わせて働き方を変更する必要性が生じた。このような変化により、人生モデルは、新たな学びや柔軟な働き方を組み合わせながら、どのような自分の人生のストーリーを歩み(物語)、どんな新しいスキルを修得し(探索)、どのような関係性をつくりたいか(関係)が問われるものとなった(ポートフォリオ型)。
さらに、これら3つの要因による変化に追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス感染症の拡大は、変化を加速させて決定的なものとしている。全世界が同時期に共通して長きにわたり強制的に経験した社会変化は、これまでの固定観念や価値観に決定的な止めを刺した。社会・組織・個人は、それぞれのレベルで課題に直面しており、最早、変わらざるを得ないところにまで追い詰められている(表1)。
表1 社会・組織・個人が直面する課題の整理
変化するビジネスと人事
経営戦略と人事戦略が一体となった変革
社会構造の変化と連動して、競争力の源泉にも変化が生じている。これまでの工業化社会においては、モノを作って売ることが価値として認められていたので、与えられたゴールまで最短距離で到達することが競争力の源泉となっていた。しかし、新たな技術が社会に実装され、人々の価値観が変化する中で、工業化社会モデルは支持されなくなってきている。AIの飛躍的進化、オンライン環境の急速な発展やUX(User experience)の改善により、SaaS(Software as a Service)などに代表される革新的で快適な価値提供の在り方が普及し、新たなサービスの誕生や他分野・業種と連携して利活用されるビッグデータに高い価値が見いだされるようになっている。このため、競争力の源泉は、当事者意識をもって自ら設定したゴールに向けて、分野を超えて他者と協働しながら新たな価値を生み出せることに変わりつつある*1。
このような動きは新型コロナウイルス感染症が拡大する前から見られていたものであるが、感染症の拡大により在宅の機会が増えて全く異なる仕事や生活のスタイルを経験したことで、多くの人が社会や企業の既存の仕組み、自身の在り方に限界や疑問を抱くようになった。世界経済フォーラムの主催者として知られるSchwab& Malleret(2)は、政治・経済の社会を崩壊させている新型コロナウイルス感染症による危機は、伝統的な意思決定の仕組みを根本的に変えつつあると指摘し、「The Great Reset」と称して世界の社会経済システムの更新を唱えている。
また、社会や環境に大きな影響を及ぼしている気候変動への関心の高まりも相俟って、企業の利益最優先の姿勢には厳しい視線が注がれるようになっている。2006年に国際連合は投資に環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の視点*2を組み入れた機関投資家の投資原則として「責任投資原則」(PRI:Principles for Responsible Investment)を策定した。PRIに署名する機関投資家は年々増加傾向にあり、株主総会などで理解のない取締役候補に反対票を投じることやESGの観点からの株主提案を行うなど存在感を強めている。
さらに、人材の育成や人が育つ社内環境を整備するなどの人的資本への投資がビジネスの競争優位や企業価値の向上に直結するとの認識は、投資家においても広まりつつある。2018年には、国際標準化機構より人的資本報告のガイドラインとしてISO30414が発行されるなど、人的資本のような非財務情報を開示することは、世界的な潮流となっている。2022年8月には、日本でも内閣官房に設置された新しい資本主義実現本部事務局から「人的資本可視化指針」が示され、企業には資本市場に対して人的資本に関する情報開示が求められるようになった。
技術の進展や社会からの要請により、企業における人材の位置づけは変化を迫られている。2020年9月に経済産業省が公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」は、企業の競争力の源泉が人材となっている中で、企業の人事が目指すべき方向性を示した。人材マネジメントの目的は、コストとしての人的資源の管理から投資としての人的資本による価値創造に移行させるべきであり、個と組織の関係性は相互依存の囲い込みから、個の自律・活性化による選び・選ばれる関係へと変革することが必要と説いている。
企業は過去の成功モデルから脱却し、社会変化に即した価値創造に向けて多様な人材を集められる組織への転換が必要となる。このため、人的資本の考え方に基づいた価値創造を発揮できるように、多様な働き方が可能となる体制を整えるとともに、分野や業界を超えた連携や人材の流動化を生み出すことが成功のカギとなっている。
ジョブ型とメンバーシップ型
日本型雇用慣行からの模索
かつて世界に対して強みを発揮した終身雇用、年功序列、企業別組合に代表される日本型雇用は、これまで見てきた技術の進化、社会・環境の変化、労働者人口の減少や労働者の男女・年齢構成の変化などにより、その持続性が危ぶまれている状況にある。そこで、近年、急速に注目されるようになったのが「ジョブ型」である*3。
ジョブ型とは、濱口(3)が日本型雇用の本質をそのつど職務が書き込まれる空白の石版であるとし、職務(ジョブ)内容を定めない雇用契約(メンバーシップ型)であると指摘し、欧米の職務内容を定めた雇用契約(ジョブ型)と見事に対比させたことに由来する。しかし、濱口(4)も指摘するように、ジョブ型とメンバーシップ型は雇用システムを分類するための学術的概念であり、価値判断とは独立のものであって、良し悪しの問題ではない。つまり、ジョブ型に転換することが日本型雇用の閉塞感を打破してくれる魔法の杖になるというものではない。
それにも関わらず、ジョブ型が注目されるのは、企業のビジネスモデルやそれを支える人材を巡る状況の急激な変化に対して、雇用の在り方を改めることが解決の糸口になると考えられていることによる。例えば、最近注目されているDX(Digital Transformation)は企業の死活問題にも影響するとされ、DX対応に必要なスキルを持つ人材の獲得競争は熾烈になっている。また、ビジネスの変化が激しいことから、将来の経営を担う人材や競争力を支える人材の選抜・登用・育成も重要な課題となっている。これらの人材を自前で育成する場合には、誰を対象者として評価・選抜し、どのように育成するのかが問題となる。自前による育成が難しい場合には、社外に人材を求めざるを得ないが、その場合には、外部労働市場との関係で賃金や配置などの処遇が問題となる。いずれの場合であっても、従業員を可能な限り平等・公平に取り扱うことが色濃いメンバーシップ型の人事制度・慣行の範疇でこれらの問題に対処することは困難である。そこで、メンバーシップ型の限界に対する突破口として、個々の企業においてジョブ型の人事制度が注目されるようになった*4。
人を起点とするメンバーシップ型から職務を起点とするジョブ型に人事制度・慣行を変えていくことは、制度設計の起点が変わるパラダイム転換にも匹敵する。採用、賃金、評価、配置、育成などすべての領域で根本的な思想から再設計が必要となるため、現実的には個社のビジネスの状況や抱えている職種の実態に応じて、段階的に転換を図っていくこととなる。また、一概にメンバーシップ型かジョブ型かの二者択一的な整理を目指すものではなく、個々の企業の事情に応じてさまざまな形態をとりうるものとなる。中村(5)は、このような現状を捉えて、企業が目指しているのは「ジョブ型雇用」ではなく「ロール型雇用」なのではないかと指摘している〔参考文献(5)p.139〕。ロール型雇用とは、賃金制度において職能を重視するメンバーシップ型雇用と職務を重視するジョブ型雇用の中間に位置づけられる雇用である。個人が担っている仕事の枠割をベースに待遇を決定するものであり、人を起点とする人事制度とも馴染みやすいことから、メンバーシップ型で設計された人事制度からの転換も図りやすい(表2)。
近年、さまざまな企業で進められている人事制度をジョブ型に転換する動きも、人事制度をつぶさにみれば、ロール型雇用に分類できる取組みもみられる。「ジョブ型」とは謳われているものの、その実情は個社により異なっていることには留意しなければならない。
表2 人事制度改革の選択肢〔参考文献(5)p.123より一部抜粋〕
これからのキャリア形成
行動や実践に結び付けられる学びの継続
雇用を巡る大きな変化は、個々人のキャリア形成にどのように影響するのか。2021年12月に厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会で報告された「人材開発分科会報告」では、企業主導型の教育訓練の強化とともに、労働者の自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直しの促進が重要と指摘している。社会や組織が大きく変化している状況においては、一度習得した知識やスキルの寿命も限られてしまう。このため、ジョブ型やメンバーシップ型などの雇用システムに関わらず、社会や組織の変化に合わせて、労働者自身が継続的に知識やスキルをアップデートしていくことが不可欠となる。
競争力の源泉が、当事者意識をもって自ら設定したゴールに向けて、分野を超えて他者と協働しながら新たな価値を生み出せることに変わりつつある環境においては、どのような知識やスキルを獲得し、どのような価値の創出を目指すかが重要になる。キャリア形成に向けては、単に知識やスキルを獲得することだけでなく、新たな価値の創出に向けた行動や実践に結び付けることを意識する必要がある。
社会や組織の変化に合わせて新たな知識やスキルを獲得する上で、信念やルーティンなどを変更することは欠かせない。松尾(6)は知識やスキルのレパートリーのうち、有効でなくなったものを意図的に使用停止にして、新しい知識やスキルを取り込むことを「個人アンラーニング」として定義し、適切な形で経験から学ぶことでアンラーニングが促され成長につながることを指摘している。松尾はKolb(7)の「経験学習サイクル」*5を基にアンラーニングとの関係を整理し、状況の変化や他者の行動、研修や書籍がアンラーニングのきっかけとなると指摘している(図1)。
図1 経験学習サイクルとアンラーニング〔参考文献(6)p.17を筆者加工〕
また、行動や実践に関して、経済産業省(8)は、これまで以上に長くなる個人の企業・組織・社会との関わりの中で、ライフステージの各段階で活躍し続けるために求められる力として「人生100年時代の社会人基礎力」を定義した。人生100年時代の社会人基礎力は、リフレクション(振り返り)を通じて自分の在り方を自分で決め、3つの視点(目的、学び、統合)のバランスを図りながら、能力を発揮していくことで自らのキャリアを切り開くとしている(図2)。人生100年時代の社会人基礎力を培うためには、リフレクションによって自分で決めた自分の在り方を現場で実践しながら経験を積み、フィードバックを得ながら能力を高めて成長していくことがポイントとなる。
図2 人生100年時代の社会人基礎力(経済産業省)(8)
新たな知識やスキルを獲得し、それを行動や実践に結びつけるためには、成長機会の充実とリフレクションが欠かせない。さまざまな機会を捉えて目標を据えて取り組み、リフレクション(振り返り)を行うことで、新しい成長機会へとつなげていくサイクルを回すことが更なる成長につながる。その際、分野を超えた他者との協働が求められることから、自分とは異なる環境にいる人との協働活動により、自分とは異なる環境にいる人からフィードバックを得ることが有効となろう。
社会や組織がどのように変化しようとも、学ぶことの重要性が変わることはない。留意すべきは学び方であり、社会や組織の変化を見据えながら、自分の在り方に即した新たな知識やスキルを獲得し、価値の創出に向けた行動や実践につなげていくことである。
個人は、社会や組織の変化に耐えうるように、学びに向かう力を継続的に発揮しながら、働き方や生き方を自律的に設計していくことが必要になる。継続的な学びをキャリア形成に結びつけるために、知識やスキルを行動や実践に結び付けられるように、さまざまな機会や手段を用いることがカギとなろう。
注1 社会構造の変化と必要となる思考・発想の変化は、西山圭太『DXの思考法』(2021)文藝春秋が詳しい。
注2 環境(Environment)は地球温暖化や環境汚染への対応、社会(Social)は人権の尊重や持続可能性への対応、ガバナンス(Governance)は社外取締役や女性の登用、ダイバシティへの対応状況などを指す。
注3 2022年9月22日(日本時間23日)に、岸田総理大臣はニューヨーク証券取引所での講演で、メンバーシップに基づく年功的な職務給の仕組みを、個々の企業の実情に応じたジョブ型の職務給中心のシステムに見直す旨を表明している。
注4 例えば、2020年5月日立製作所はジョブ型人財マネジメントへの転換を加速する旨を公表し、同7月にKDDIはジョブ型人材マネジメントの導入を公表している。
注5 「経験学習サイクル」とは、具体的経験、内省的観察、抽象的概念化、能動的実験を循環することで学習が生起されるとするモデルである。
参考文献
(1) Lynda Gratton, Andrew Scott, THE 100-YEWR LIFE , Bloomsbury Information Ltd(2016), 池村千秋訳, LIFE SHIFT人生100年時代の人生戦略(2017), 東洋経済新報社.
(2) Klaus Schwab, Thierry Malleret, COVID-19:THE GREAT RESET, Forum Publishing(2020), 藤田正美, チャールズ清水, 安納令奈訳, グレート・リセット(2020), 日経ナショナルジオグラフィック社.
(3) 濱口桂一郎, 新しい労働社会―雇用システムの再構築へ(2009), 岩波書店, p.3.
(4) 濱口桂一郎, ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機(2021), 岩波書店, p.4.
(5) 中村天江, 第3章 日本的ジョブ型雇用, 慶應義塾大学産業研究所HRM研究会編, ジョブ型vsメンバーシップ型 日本の雇用を展望する(2022), pp.103-157.
(6) 松尾睦, 仕事のアンラーニング―働き方を学びほぐす―,同文舘出版(2021).
(7) Kolb. D. A. Experiential learning: Experience as the source of learning and development. Englewood Cliffs, NJ: Prentice Hall(1984).
(8) 経済産業省, 我が国産業における人材力強化に向けた研究会報告書(2018).
橋本 賢二
◎人事院公務員研修所客員教授
◎専門:キャリアデザイン、キャリア教育、人的資源管理
キーワード:学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」