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2022/12 Vol.125

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特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」

これからのエンジニアに求められる専門職としてのコンピテンシー

岸本 喜久雄(日本工学会)

技術者資格とコンピテンシー

我が国にとって社会の変革や新産業の創出を担う人材の育成・確保は喫緊の課題である。科学技術は我が国の強みのひとつであるが、その国際的競争力に陰りが出てきていると言われている。エンジニアリングは、ひとの営みとしてなされるものであるので、優れたエンジニアリングを実践するためには、それを担う資質・能力のある人材が必要である。このようなことから工学系の高等教育への期待が大きい。一方で、技術者(エンジニア)を目指す高等教育の修了生にはどのような知識・能力(学修成果)を期待するのか、また、熟練した技術者やプロフェッショナル・エンジニアにはどのような資質・能力(コンピテンシー)が必要なのか、そして、その効果的な人材育成プログラムはどのようなものか、その達成度はどのように評価すべきなのか、等々についてさまざまな議論がなされている。

このような場のひとつとして、国際的には国際エンジニアリング連合(International Engineering Alliance)(1)がある。IEAでは高等教育機関における教育の質保証・国際的同等性の確保と、専門職資格の質の確保・国際流動化は同一線上にあるという認識の下に、高等教育課程の修了生に求められる知識・能力(Graduate Attributes、GA)と高度専門職としてのコンピテンシー(Professional Competencies、PC)を定め、加盟国・地域の教育プログラムや技術者資格の認定はこれらを参照基準として行うことを要求している。本稿では、2021年に改訂されたGA&PCについて、その背景や内容について紹介することでこれらからのエンジニアに求められる専門職としてのコンピテンシーについて述べる。

技術者資格に関する国際的枠組み

国際エンジニアリング連合は、2001年に結成された国際的な組織で、図1に示すようにエンジニアリング教育認定に関する3協定(ワシントン・アコード、シドニー・アコード、ダブリン・アコード)と専門職資格認定の4枠組(IPEA、APEC Engineer、IETA、AIET)によって構成されている。我が国は、教育認定についてはワシントン・アコードに日本技術者教育認定機構(JABEE)が、技術者資格に関しては、日本技術士会がAPECエンジニアとIPEA(International Professional Engineer Agreement)の枠組みに加盟している。図2は、この枠組みで想定する技術者(エンジニア)の成長モデルである。すなわち、まず、認定基準に適合した高等教育プログラムを学修することで、修了生に求められる資質能力(Graduate Attributes、GA)を身につけて技術者としてスタートする段階、続いて、実務による経験と初期能力開発(Initial Professional Development、IPD)による研鑽を行うこことで技術者に求められる高度専門職としての能力(Professional Competencies、PC)を身につけて、技術者資格を獲得する段階、その後は、継続研鑽(Continuing Professional Development、CPD)を行いつつ技術者として活躍する段階、で構成される。したがって、このような枠組みが機能していくためには、(1)高等教育課程の認定、(2)初期能力開発、(3)技術者資格の認定、および(4)継続研鑽の仕組みを整備することが必要となる。

国際的な同等性の確保の観点からは、卒業生としての知識・能力(GA)と専門職としてのコンピテンシー(PC)の内容・水準を合わせることが相互認証の要件となる。IEAではエンジニア、エンジニアリング・テクノロジストとエンジニアリング・テクニシャンに対してGAとPCを提示している。その中で、エンジニアについては複合的(Complex)なエンジニアリング問題に対しての課題解決能力が要となっている。エンジニアリング・テクノロジストは大枠で定義された(Broadly-defined)問題、エンジニアリング・テクニシャンは明確に定義された(Well-defined)問題への課題解決能力を求めるといった違いがある。IEAの加盟団体はGA、PCを模範にして教育認定ならびに技術者資格の認定を行うことが義務付けられている。


図1 国際エンジニア連合の枠組み(1)


図2 技術者の成長モデル(1)

GA&PCの改訂の経緯とポイント

GA&PCは、2005年に第1版が刊行されて以来、エンジニアリング分野の発展と3協定・4枠組みへの加盟団体の増加に対応しながら精度や整合性を高める形で、2009年(第2版)、2013年(第3版)に改訂が重ねられた。第3版から8年を経て、第4版が2021年6月21日に承認・発効された。この第4版では、国際連合による持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、SDGs)(2)を反映すべく、ユネスコの支援のもとに、IEAと世界工学団体連盟(World Federation of Engineering Organizations、WEFO)(3)との合同ワーキンググループを設けて、ワークシップを開催するなど幅広いステークホルダーの知見を取り入れる形で改訂が行われた。このような改訂が行われた背景には、世界が志向するより持続可能で公正な社会の実現に向けて、エンジニアとしての専門職が果たすべき役割が変化してきたことがある。改訂のポイントを表1に示す。

表1 GA&PC改訂のポイント

改訂されたGA&PCの概要

GAは認定プログラムの修了生に対して期待する知識・能力を個々に測定可能な学習成果の集合体として示したもので、実務遂行のためのコンピテンシーの継続研鑽を通じて獲得できる修了生のポテンシャルを意味している。一方、PCは専門職としての資格登録を行う段階で期待されるコンピテンシーの要素をまとめたもので、資格登録の際には、それらの獲得を包括的に示すことが求められるものである。

このようなGA&PCは、エンジニア、エンジニアリング・テクノロジスト、エンジニアリング・テクニシャンの3つの職種に対して、以下に示す5つのテーブルで定義されている。

① 問題の識別と解決のレンジ

② エンジニアリング活動のレンジ

③ 知識と態度のプロフィール

④ GA(修了生としての知識・能力)のプロフィール

⑤ PC(専門職としてのコンピテンシー)のプロフィール

第4版の改訂では、これらの構造は保持され、各項目の内容について見直しが行われた。表2に①問題の識別と解決のレンジの中で、複合的なエンジニアリンク問題についての第3版からの改訂の様子を示す。この改訂で表1の内容の具体化が図られている。なお、この第4版の日本語への翻訳作業は、国立教育政策研究所Tuningテスト問題バンク(4)、日本技術者教育認定機構(5)、日本技術士会(6)の3団体で合同委員会を立ち上げて、協同作業により実施された。翻訳版はこれらの団体のホームページに公開されている。複合的な問題、大枠で定義された問題、および、明確に定義された問題の差異はこの翻訳版で確認されたい。

表2 複合的なエンジニアリング問題の定義
(赤字が第3版からの改訂箇所)

表3 エンジニア教育プログラムの修了生の知識と態度のプロフィール
(赤字が第3版からの改訂箇所)

表3にワシントン・アコードの教育プログラムについて③知識と態度のプロフィ-ルの改訂の様子を示す。赤字と取り消し線で示されたものが改訂された箇所である。このプロフィ-ルはGAを定義する際に用いられる。今回の改訂では、プロフィ-ルに「知識」に加えて「態度」が入れられた。WK7~WK9が、それに対応しているが、エンジニアリングの社会的役割・責任、クリティカル・シンキング、創造的アプローチ、包摂的な振る舞いと行動、などであり、これらは、これからのエンジニアに求められるコンピテンシーの方向性を示していると捉えることができる。また、この内容は世界的な共通認識となっていることに留意する必要がある。

④GAのプロフィールは、(1)エンジニアリングの知識、(2)問題分析、(3)解決策のデザイン/立案、(4)調査研究、(5)ツールの活用、(6)エンジニアと世界、(7)倫理、(8)個人とチームによる協働作業、(9)コミュニケーション、(10)プロジェクト・マネジメントと財務、(11)生涯継続学習、の11項目で構成されている。ここで、(6)「エンジニアと世界」は、第3版では、「エンジニアと社会」と「環境と持続可能性」の2項目になっていたのが、改訂によりこの項目に統合された。エンジニアリング活動がより複合的に世界にインパクトを与えていることの反映であると理解できる。

表4に⑤PCのプロフィールの日本語訳を示す。赤字で示した箇所は、改訂版の特徴を表すキーワードである。これからの専門職に求められるコンピテンシーの特徴が良く現れているといえる。

表4 プロフェッショナル・エンジニアのPC
(赤字は第4版の特徴を表すキーワード)

我が国における技術者育成の未来

上述したように、高等教育の修了生が身につけるべき知識・能力と専門職としてのエンジニアに求められるコンピテンシーについて、国際エンジニアリング連合などにおける活動を通じて世界的な共通認識が醸成されている。これらは、エンジニアリング基礎や専門知識に加えて、分析力、解析力、デザイン力や汎用的能力などで構成されており、図2に示したように技術者の成長とともに継続的にそれらの質を高めていくことが期待されている。さらに、これからの時代を担う人材は、社会を改革し、未来を創造するためのコンピテンシーを獲得し、発揮することが期待されている。我が国のエンジニアの能力を時代に即して高度化し洗練させていくためには、このような世界の動きを注視しつつ、産官学が一体となって技術者の育成に取り組むことが求められる。


参考文献

(1) 国際エンジニア連合, https://www.ieagreements.org/(参照日2022年9月26日)

(2) 例えば,外務省 JAPAN SDGs Action Platform, https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/ (参照日2022年9月26日)

(3) 世界工学団体連盟, https://www.wfeo.org/(参照日2022年9月26日)

(4) 国立教育政策研究所Tuningテスト問題バンク, https://www.me-testbank.org/competencies(参照日2022年9月26日)

(5) 日本技術者教育認定機構, https://jabee.org/ (参照日2022年9月26日)

(6) 日本技術士会, https://www.engineer.or.jp/ (参照日2022年9月26日)


<名誉員>

岸本 喜久雄

◎日本工学会会長、東京工業大学名誉教授

◎専門:材料力学、破壊力学、計算力学

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