特集 学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」
SDGs が目指す社会と新たな教育-SDGs を達成するためのオンライン授業-
はじめに
本稿は、2020年度日本機械学会年次大会の講演内容である「SDGsが目指す社会と新たな教育-SDGsを達成するためのオンライン授業-」について、教育工学的な視点から、報告するものである。
教育工学(Educational Technology)は、米国最大級の教育工学系学会であるAECT(Association for Educational Communications and Technology)の定義によると、「教育工学は、人間の学習のあらゆる面に関与する諸問題を分析し、それらの問題に対する解決を考案し、実行し、評価し、運営するための人、手立て、考え、道具、組織を含む複雑な統合過程」とある(AECT 1977)(1)。テーマである、オンライン授業に関する考察を、教育工学分野の研究の一分野である、授業設計(インストラクショナルデザイン、Instructional Design:以後ID)分野の知見をもとに解説したいと思う。IDは、鈴木(2006)(2)によって、「教育活動の効果、効率、魅力を高めるための手法を集大成したモデルや、研究分野、またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセス」として定義されている。
今回の講演で注目したのが、持続可能な開発目標であるSDGs(Sustainable Development Goals)の目標の一つである「4 質の高い教育をみんなに」であり、その詳細は、「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」である。この、持続可能な開発目標から、2020年に端を発するコロナウイルス感染症の拡大という、荒波を高等教育機関が受け、どのように進化していくべきなのかを、その前後とともに考察する。また、東京理科大学における、現在の取り組みなども紹介する。
高等教育機関に対する社会の期待と分岐点
1990年代から各国で、高等教育がユニバーサル化するとともに、高等教育機関は社会から大きな期待が寄せられていた。我が国においては、大学審議会答申「大学教育の改善について」(1991)に端を発し、各高等教育機関が、授業改善のためのセミナーなどさまざまなFD(Faculty Development)活動を実施し、学生による授業改善を目的とした調査が実施されるようになった。 大学設置基準においてもFDは、「授業の内容及び方法の改善を図るための組織的な研修及び研究」と定義された上で努力義務化され(1999年)、次いで実施が義務化される(2008年)とともに、学校教育法の改正により、自己点検・評価の義務化(1999年)、さらには認証評価制度の導入(2004年)など、高等教育機関はさまざまな改善を求められている。
また、学士教育課程の量から質への転換が求められるようになっている。これによって、アクティブラーニングのような新たな手法による授業への質的転換が求められた。Bonwell & Eison(1991)(3)は、アクティブラーニングを、読解・作文・討論・問題解決活動の中で分析・統合・評価などの高次な思考課題を行う学習と定義している。
これらの潮流は、我が国に限ったことではない。多くの先進諸国において、1990年代以降、急速に進展したグローバル化と知識社会・知識経済の到来を背景として、高等教育がマス化・ユニバーサル化するとともに、大学教育に対して社会から大きな期待が寄せられているといえよう。言い換えれば、多様化した学生を対象としつつ、高度化する経済・社会の要求に応えるため、いかにして教育機能を強化し、学生の学習成果を向上させることができるか、という難題に直面していると言える。
こうした状況を受け、アクティブラーニング型の授業実践やICT活用教育の実践なども多く行われ、日本教育工学会全国大会での、大学教育改善などのセッションの発表件数は年々増加していた。
一方、この分岐点となったのは、2020年2月からのコロナウイルス感染症の急拡大による、高等教育機関では、オンライン授業を実施せざるを得ない授業となった。上述のように、ICT活用授業や、アクティブラーニングをはじめ、さまざまな授業実践を行っていた教員も、実験実習科目なども、2020年にはオンライン授業を実施することとなった。
インストラクショナルデザイン
オンライン授業は、対面授業とは異なり、同期、非同期を問わず、目の前に学生がいるわけではなく、学習活動を観察しながら臨機応変に授業方法や説明方法を変更するような「ベテランの伝統芸」のようなことはできない。したがって、イントラクショナルデザイン(ID)が大切になる。
既に述べたように、鈴木(2006)は、IDを教育活動の効果、効率、魅力を高める種々の取り組みと捉えている。ここでは、IDについて、具体的に考察していく。効果とは、学習到達度の向上を意味している。効率とは、費用対効果を高めることを示している。費用だけではなく、学生や教員にとっても効率が良いことが望まれるため、学生にとっての学習時間の短縮や、教員にとって授業の準備や、都度教材を作成するのではなく、過去の教材の利活用も含まれる。魅力とは、学習意欲の継続である。この三つの要素を高めるためには、学習目標、評価方法、教育内容を検討すべきと言われている。具体的には、学生に身につけさせるべき知識やスキル、態度を学習目標として設定すること、身につけた力を的確に測定できる評価方法の検討すること、そして、目標に即して学習項目の選択や練習の機会の設定など指導方法を検討することが必要である。この学習目標、評価方法、指導方法の整合性をとることがさらに重要であるとされている。そして、目標に即した項目や練習の機会、方法などの学習内容が必要となる。この学習目標、評価方法、教育内容の整合性をとることが、さらに重要であるとされている。鈴木(1995)(4)は、整合性をとるための考え方として、メイジャー(1970)(5)の三つの質問を紹介している。
・Where am I going?
(どこへ行くのか?)
・How do I know when I get there?
(たどりついたかどうかをどうやって知るのか?)
・How do I get there?
(どうやってそこへ行くのか?)
これは、すなわち学習目標、評価方法、指導方法である。この質問に答えることによって、整合性をとるための手助けとする。まず、最初に考察する必要があるのは、入口である。すなわち、どのような学習者が履修者なのかを知る必要がある。
例えば、半期開講授業では、第1回から第15回まで授業があり、最終的に評価を行う。半期の授業の第1回は、ガイダンスを行うことも多く、この回を入口と捉えるならば、学習目標およびその評価は出口として捉えることができる。どのような内容をどのような順序で配置して学習目標に迫るかがシラバス構成の根幹となり、それが指導方法となる。同様に、1回ずつの授業も入口と出口が存在する。授業は、この2点を結んだ線そのものである。この線をどう引くかが、授業方法の選択と言えよう。このように、IDは、受講の有無である履修主義ではなく、学んだ内容を重視する習得主義であることがわかる。このことは、学習成果を重んじる現在の潮流に適合した考え方と言える。この線が、授業方法と言えよう。そこで、本章では、メイジャーの考え方に、始点である授業の入口の観点も加え、授業の入口、出口、方法を各フェーズとして、どのようなことに考慮すべきかを概説する。
授業の入口
まず、最初に考察する必要があるのは、入口である。すなわち、どのような学習者が履修者なのかを知る必要がある。村上(2015)(6)は、「大学授業に関する情報の把握」の必要性をまとめている。まず、授業担当者では動かせない条件として「受講生の特性」、「時間」、「人数」などを挙げ、カリキュラムにおける位置づけの把握として、「科目が設置されている意図」や「関連科目(前提科目、後続科目)」などを挙げている。このような事項を、授業設計の段階で調べておく必要があるとしている。
さらに、前提条件となることをシラバスに記載しておくことも、重要である。
授業の出口
授業の出口、すなわち学習目標について考察する。ガニェほか(2007)(7)は、学習成果の5分類を提唱している。具体的には、「言語情報」、「知的技能」、「認知的方略」、「運動技能」、「態度」の5種類である。この学習成果の5分類に基づいて、学習目標として具体化する必要がある。
学習目標を明確に設定するために、「目標行動」、「評価条件」、「合格基準」の三つの要素が必要となる(鈴木 2004)(8)。
ここで、「目標行動」とは、学習者の行動で目標を示すことである。「-を理解する」、「-を知る」、「-に気づく」というような目標は、学んでほしいことをそのまま記述している反面、うまく教えられたかどうかをどうやって確かめたらよいのかが明確でないことから注意が必要である。具体的な目標を含めて、「-できる」という形にする方がより、学習者自身も目標を知ることができる。
次に、「評価条件」とは、目標行動が評価される条件を明らかに示すことである。条件には「電卓を使って」や「辞書持ち込み可で」のように、学習者が目標行動を行うときに何を使ってよいのか、あるいはどのような制限があるのかを示す。丸暗記だけが授業の目標ではないので、具体的な方策を記述した方が良いだろう。
「合格基準」とは、「全問正解」であるとか、「与えられた5つの目標の中で4つ以上は」などの合格の基準を示すものである。その他の基準として、「1分以内で泳ぐ」のような速さや「誤差5%以内で測定する」のような正確さを明らかにするものを目標に含める場合がある。
授業の方法
授業の入口では、履修者の特性を把握し、授業の出口では、学習目標を明確に定義した。この2点を結ぶものが方法である。授業には起承転結や導入・展開・まとめの流れがあると言われているが、それぞれのフェーズでどのようなことをすべきかは、授業実践者の経験則によるところが大きい。しかしながら、オンライン授業となると、どのように進めて良いか、学生が目の前にいないことで、どのように進めて良いものか悩むことがある。
以下では、授業の各フェーズにおける、授業者が行うべきことをIDではどのように説明されているのかを解説する。
稲垣・鈴木(2011)(9)は、前述のガニェほか(2007)が示した、9教授事象をもとに、フェーズごとの事象を整理している(表1)。
導入のフェーズでは、学習者に新しい学習への準備を整えることが重要である。そのために、学習者の注意を喚起し、本時の学習目標を提示する。続いて、前回までの授業内容や、他科目の授業内容などの前提条件を確認する。ここで重要なことは、授業が始まることを知らせ、聞く体制にするなど、学習者の注意を向けさせることと、授業の学習目標を具体的に示すこと、既習の知識やこれまでの経験を思い出して使える状態にすることである。
展開のフェーズでは、大きく分けて二つのことが必要とされる。具体的には、学習者が各自の記憶に新しい事柄を組み込む作業と、新しく組み込まれた知識や技能を引き出す道筋をつけることである。前者を情報提示、後者を学習への誘導と捉えることができる。
情報提示では、新しい事項を提示することと、学習の指針を与えることが必要である。新しい事柄を組み込むには、導入で確かめた既習事項との違いや関連性を際立たせることで、学習者にとって印象深い内容となる。さらに、新しい内容をただ示すだけでなく、知識構造として意味のある形で覚えられるような助言をすることも必要である。
学習活動の誘導では、新しく組み込まれた知識や技能を引き出す道筋をつける機会を与えることが必要となる。練習の機会を設けるとともに、フィードバックをすることである。自学自習への誘導を適切に行い、学習者の取り組みの様子や発言・発表に適切にコメントすることを心がける。自学自習の際に、どのようなことをすれば良いのか、関連する文献は何かなど、丁寧に支援することで、学習者の1週間の行動目標が明確になるであろう。口頭で指示することに加え、プリントなどに記述することや、インターネット上での指示なども可能である。さらに、シラバスにあらかじめ記述しておくことも有益である。
まとめは、授業の締めくくりとして捉えることができる。学習成果を評価すること、さらに、学習の保持と転移を促すことを行う。学習の保持とは、記憶として知識を蓄積することを意味し、転移とは、その蓄積された知識を用いて、他の問題などに応用することを意味する。学習成果を評価するもっとも直接的な方法として、テストをするということがあるが、ペーパーによるものだけでなく、ウェブ上でテストを行うことも考えられる。また、小レポートなど、バラエティに富んだ評価方法を用いて、学習者の特性を把握に努めるのが良いだろう。例えば、ウェブ上でテストを行うことや、小レポートなど、バラエティに富んだ評価方法を用いて、学習者の特性を把握に勤めるのが良いだろう。学習の成果をノートにまとめたり、復習の機会をつくることで、記憶の保持が可能になる。さらに、転移を促す課題として「自宅や研究室で関連あることについて調べてみましょう」のように、他の場面や学習に応用が利くようにすることも必要である。
9教授事象は、授業者と学習者との間での相互作用によって成り立つ、講義形式の授業だけを想定しているわけではない。協調学習やグループ活動では、学習者同士の相互作用として、フィードバックなどによって、この事象が成立すると考えられている。
表1 授業のフェーズとガニェの9教授事象
東京理科大学の取り組み
2020年3月、東京理科大学ではオンライン授業を、それぞれの科目の特徴や学習目標などを鑑みて、同期遠隔授業と非同期遠隔授業の二つの形式を用意し、担当の先生方に選択していただいた。具体的には、同期遠隔授業は、ZoomなどのWebセミナーシステムを用い、リアルタイムに授業を配信するもの、非同期遠隔授業は、本学のLMS(Learning Management System)を用いて、動画配信や資料配布を行うオンデマンド型であった。授業設計にあたっては、上述のIDに関するセミナーをオンラインで複数回実施し、オンライン授業の注意点などをまとめた。
現在では、対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド型の授業や、各回の学習目標などを鑑み、ある回は対面、ある回はオンラインといったように併用するブレンド型の授業なども行われている。
SDGs時代の新たな学び
SDGs(Sustainable Development Goals)の目標の一つである「4 質の高い教育をみんなに」の下位項目にあるように、「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」に関して、前半部分の「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供」することは、ここまでまとめた、IDを基礎とした授業設計によって叶うであろう。しかし、「生涯学習の機会を促進する」においては、学習者自身の成長を促す必要性もある。
今日、 教育工学をはじめとする教育実践を行う研究分野では、自己調整学習(Self -Regulated Learning:以下 SRL)が注目され、各方面でSRL に関する研究が盛んに行われている。SRLには学習を効果的、効率的に行うためのサイクルがあり、このサイクルを進行させるためには、メタ認知、学習方略、動機づけが必要とされている(Zimmerman and Schunk 2011)(10)。さらに、自己調整学習能力は学習者自身による個別の知的能力や学習スキルではなく、学習者が知的能力を学習スキルに変換する自発的過程であるとしている(Zimmerman 2001)(11)。
このように、今後は、学習者自身が、学習法自体を学ぶといったことも必要になろう。そのためには、大学における授業の中で、シラバスで定められた学習目標を達成するだけではなく、社会に出た後にも自ら学べる力を養成する必要がある。言い換えるならば、教師が責任を負っていた高校までの学びと、社会で必要とされる学びを俯瞰して、その移行期と捉え、さまざまな学習方法を模索、習得することが学生には求められ、高等教育機関ではその支援をする必要を考える時期にきている。
おわりに
本稿は、2020年度日本機械学会年次大会の講演内容である「SDGsが目指す社会と新たな教育-SDGsを達成するためのオンライン授業-」について、教育工学的な視点から、報告した。その中で、インストラクショナルデザインの諸原理に触れながら、どのように授業を設計することで、すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供することを考察した。また、今後の学習を俯瞰し、自己調整学習から生涯学習の機会を促進する提案を行った。
このように、学びは、日々変わっている。「授業は自身が習った方法で教える」のが、誰にとっても楽であるが、インストラクショナルデザインの考え方では、授業の入口において、学習者分析が必要となる。学習者を分析すれば、当時の自分自身と目の前いる学生とが、性格も嗜好もことなることがわかる。自分自身が習ったように教えてしまう、すなわち教育の再生産をしないよう、学生と向き合って教育、研究をしていきたい。
参考文献
(1) AECT Task Force on Definitions and Terminology (1977), The definition of educational technology. Association for Educational Communications and Technology, Washington, D.C..
(2) 鈴木克明,e-Learning実践のためのインストラクショナル・デザイン,日本教育工学会論文誌,Vol. 29, No.3(2006) ,pp.197-205.
(3) B Charles C. BONWELL & James A. EISON.,Active Learning: Creating Excitement in the Classroom(J-B ASHE Higher Education Re-port Series 〔AEHE〕) (1991) ,Jossey-Bass.
(4) 鈴木克明,放送利用からの授業デザイナー入門(1995) ,日本放送教育協会.
(5) ロバート・R. メイジャー(著) ,産業行動研究所(訳) ,教育目標と最終行動一行動の変化はどのようにして確認されるか-」(1970) ,産業行動研究所.
(6) 村上正行(著) ,日本教育工学会FD特別委員会(編) ,大学教員のためのFD研修会ワークブック(受講者用) Ver. 3(2015) ,日本教育工学会.
(7) ロバート・M. ガニェ,キャサリン・C. ゴラス, ジョン・M. ケラー(著) ,鈴木克明,岩崎信(監訳), インストラクショナルデザインの原理(2007) ,北大路書房.
(8) 鈴木克明(編著) ,詳説インストラクショナルデザイン(eラーニングファンダメンタル)(2004) ,日本イーラーニングコンソシアム,p.3-9.
(9) 稲垣忠・鈴木克明(編著), 授業設計マニュアル(教師のためのインストラクショナルデザイン) (2011) ,北大路書房.
(10) Zimmerman, B. J. and Schunk, D. H.,Self-regulated learning and performance: An intro duction and overview. in Zimmerman, B. J. and Schunk, D. H. (Eds.) Handbook of Self regulation of learning and performance (2011) ,Routledge.
(11) Zimmerman, B.J,Theories of self-regulated learning and academic achievement: An overview and analysis. In Self -regulated learning and academic achievement: Theoretical perspectives (2nd ed.) , (B.J.Zimmerman and D.H.Schunk, eds.) (2001) ,1-38, Erlbaum.
渡辺 雄貴
◎東京理科大学 教育支援機構教職教育センター、
大学院理学研究科科学教育専攻 教授
◎専門:教育工学、インストラクショナルデザイン
キーワード:学会横断テーマ「未来を担う技術人材の育成」