特集 超音速で飛ぶ世界
特集「超音速で飛ぶ世界」にあたって
超音速旅客機の研究開発現状概観
2022年1月、Boom Supersonic社による超音速旅客機(Supersonic transport: SST)、“Overture”(図1)(1)をアメリカン航空が20機購入するとの発表があった。Overtureは日本航空が開発に出資し、20機の優先発注権を取得している。アメリカン航空は追加で40機を購入する予定も発表しており、既にユナイテッド航空が最大60機(オプション含む)の購入を表明している。今後他の大手航空会社も追随することが予測されるとすると、世界で100機以上の民間SSTによる輸送が開始されることになる。
Overtureは、東京からシアトルを6時間以内程度で結ぶとされ、現状の旅客機から半分程度の時間での旅客輸送が実現する。さらに、これまで検討されてきたAerion社の民間SST(図2)(2)は10席以内程度のビジネスジェットであったが、Overtureは66-88席とすることを見込んでおり、既に運航されている旅客機のビジネスクラス程度の運賃で航空券が提供される予定である。2003年に運航を終えたConcordeの総製造数が20機であり、燃費の悪さから航空券も一般のファーストクラスより高額となったことを考えると、Overtureの実現はConcorde以来の民間SSTとなるという意義以上に、広い層が利用する超音速旅客輸送時代の本格的な到来を予感させる。
我が国でもSSTの実現に向けた研究は活発である。本特集内の展望記事にも示すとおり、宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency: JAXA)では、図3に示す50人乗り程度の次世代静粛超音速機機体概念(3)を念頭に、超音速飛行時の抵抗低減やソニックブーム低減を目指した実証実験機の飛行試験を数度実施(図4)(4)している。各計画には国内の関係する企業や大学の研究室も参加し、技術や研究を進めることができている。2021年にはJAXAと国内企業が、民間SSTの国際共同開発や国際基準策定への参画などに向けた活動を協議するJapan Supersonic Research(JSR)協議会が設置された。同年には、NASAやBoeing社とJAXAとの共同研究契約締結の発表もなされた。これは、NASAの低ソニックブーム実証機開発にJAXAも参画する共同研究であり、国際的にも高い技術的信頼を得ていることの証左と言える。学術界でも、日本航空宇宙学会に2005年から2009年まで「サイレント超音速旅客機研究会」2010年から2015年まで「ソニックブーム研究会」、2018年から「環境適合超音速旅客機実用研究会」をそれぞれ設置し、学会講演会でのセッションの企画や、産学官で情報交換や勉強の機会を設けている。
図1 Boom Supersonic社Overture(1)
図2 Aerion社 AS2(2)
図3 JAXA次世代静粛超音速機機体概念(3)
図4 JAXAの超音速機研究開発と実証試験機(4)
特集「超音速で飛ぶ世界」の概要
本特集「超音速で飛ぶ世界」は、前章で述べた民間SST再興の兆しがある中、我が国を中心とする超音速に関係する研究開発の現状の紹介や最新研究の解説で構成した。空力技術を中心とし、SST特有のソニックブームや抵抗低減を目指したJAXAの実証実験機や概念設計、風洞実験などについて紹介する。
キーワード:超音速で飛ぶ世界